「かーわいいー!!」
部室に戻ると、桜夜が大はしゃぎで衣装姿の花歩をスマホで撮り始めた。
いえ可愛いのはあなたの方です、と言いたくなる。
立火も親指を立てて誉めてくれて、何とも照れくさい。
「初々しくてええな!」
「私たちにもこんな時代があったんやねえ」
「せやな、もう四十年も前になるか」
「私らいくつやねんっ」
三年生がまたコントを始めた隣で、晴が小都子と何か話している。
「サイズはどうやった?」
「去年の波多野先輩と同じやね」
「ちょっ、ネットに数字公表したりしませんよね!?」
「衣装作りの参考にするだけや。そんなに心配ならホームページチェックしたらええやろ」
花歩と晴のやり取りに、立火が指示を追加してくる。
「というか時間ある時に見といてくれる? 晴の力作やで」
「あ、はい。帰ったら確認します」
「別にあの程度のサイト、普通ですよ」
「またまたー。晴が来る前はめっちゃショボかったで」
「みんな機械オンチやったしなー」
昔話に花が咲きかけたところで、部長が軌道を元に戻した。
「ほな、ちょっと一曲やってみようか!」
* * *
残念ながら、その後の練習はあまり楽しいものではなかった。
μ'sの時代と大きく変わったのは、中学校でダンスが必修化されたことだ。
花歩も中学でストリートダンスを習ったし、多少はできると思っていたのだが……
「あいたっ!」
スクールアイドルのダンスは思ったよりハードだった。
盛大に転んで、慌てた立火に助け起こされる。
「ごめんごめん、いきなり難しいのやり過ぎたわ。最初はもっとゆったりした曲を……」
「うちは基本、速いテンポの曲ばかりですが」
「去年一回だけバラードやったやろ!」
「あれ正直不評やったやないですか」
やっぱり現実は甘くなかった。
衣装だけでアイドル気分になっていたけど、結局はこんなものだ。
「あ、あの、お気になさらず。全国目指してるのに、私なんかの基準に合わせないでください」
いくら一年生とはいえ、さすがに足を引っ張りたくはない。
先輩たちが困り顔なのを見ると、やはりできる人は最初からある程度できるのだろう。
自分の立ち位置を理解して、素の弱虫が顔を出す。
「あの……ほんまはもっと、優秀な子をスカウトしたかったですよね」
「な、何言うてんねん! まだ始めたばかりやろ!」
「せやで! 花歩は可愛いから優秀でなくても許されるで!」
「桜夜先輩フォローになってません!」
上級生たちが慌てて取りなす中、晴だけが冷静に事実を指摘した。
「確かにこの前は、有望な新人を入れようと話していた」
「おい晴!」
「そ、そうですよね……あはは……」
「しかし選り好みをできる状況ではない。花歩には何としてもモノになってもらう」
床にへたりこんだままの花歩の前に、しゃがんだ晴の目が相対する。
その冷たい視線は、弱音すら許してくれそうになかった。
「それにスクールアイドルは技術だけではウケない。物語が大事なんや」
「も、物語?」
「廃校を阻止したとか、阻止できなかったけど名前を残すとかな。醜いアヒルの子が必死で努力しステージで羽ばたいた……なんてことが起きれば、世間は感動し、我が部の全国行きに貢献すること間違いなしや」
「そ、そう。成長型主人公になれってことや!」
「成長型主人公!」
立火の言葉で一気にイメージが具体化する。
花歩が今まで読んだ漫画には、確かにそういう主人公も結構いた気がする。
「わ、私も主人公になれるんでしょうか! こんなに脇役っぽいのに!」
「せやで! 頑張ればなれないものなんてないで!」
「つまり根性ってことですね!」
「そういうことや!」
そう言われると、最初が駄目なのは逆に物語としておいしい気がする。
すごい先輩たちがいる以上、主人公になれるのは再来年かもしれないけれども。
とりあえずはそれを信じて、細々と根性で続けてみよう。
勢いよく立ち上がる花歩を見つつ、桜夜が小声で小都子に尋ねた。
「私は何やろ? 天才型主人公?」
「そ、そうですね……(主人公の友人役かな……)」
* * *
18時が近くなったので、その日の練習は終わった。
制服に着替えて机を元に戻し、最後に軽く打ち合わせをする。
「実は私たち、作曲ができる奴が必要なんやけど」
「はあ、作曲……」
「花歩って実は天才作曲家だったりする?」
「んなわけないやないですか!」
「おっ、いいツッコミやな」
「うう、特技とか何もないです。ほんますいません……」
「なーに、私たちも芸術的センスはサッパリやで」
立火が得意げに言うが、スクールアイドルがそれで大丈夫なのだろうか。
とにかく明日からは作曲者も探すということで、花歩の部活初日は解散となった。
鍵を返しに行った立火を除き、三人の先輩たちと話しながら歩いて、昇降口でさよならの挨拶をする。
(部活が終わる時間ってどこも六時なのかな。勇魚ちゃんと一緒に帰れるかも)
靴に履きかえたところで、連絡しようとしてスマホを手に取るが、二時間前に向こうから連絡が来ていた。
『今日はボランティア部はお休みやって(T T) 先に帰るね』
(あらら)
いきなり休みとは、あまり盛んではない部活なのだろうか。
仕方ないので、明日直接話すことにした。きっと入部を喜んでくれるだろう。
そのまま一人で帰ろうとして、大事なことを忘れていたのに気付く。
慌てて上履きを取り出し、校舎内にとって返した。
「あの、先輩っ!」
「お、どしたん花歩。忘れ物?」
職員室から戻ってきたらしき、廊下を歩いている立火をつかまえた。
「結局私、先輩のことどう呼んだらいいんでしょう!?」
「あー、そういやその話途中やったな」
足を止めて、ひらひらと手を振りながら言う。
「別に好きに呼んでええよ? 広町でもりっちゃんでも」
「ううっ、そういうのが一番困るんですが……」
普通なら『広町先輩』なのだろうけど、何だか遠くに感じてしまう。
小都子は『立火先輩』と呼んでいた気がする。やはりそれが無難だろうか。
「そういえば岸部先輩は、部長って呼んでましたよね」
「あいつにとっては役職の方が大事なんやろな」
(それはちょっと冷たいかなあ)
候補から外そうとした時、立火が少し小さな声で言った。
「あのな」
「は、はい」
「私、ちゃんと部長に見えてる?」
僅かに目を逸らして、ちょこちょこと頬をかきながら。
意外な言葉だった。
花歩にしてみれば、そんなの疑問の余地もないことだったから。
「も、もちろんです! すっごくリーダーって感じやし、誰が見ても部長って思いますよ!」
「そ、そっか……うん、それやったらええねん」
一生懸命断言する花歩に、立火ははにかむように笑う。
たったの数日で、この人の色々な顔を見た気がする。
入学式ライブの堂々とした顔。
見学の際の怖そうな顔。
二度目の見学で、扉越しに見た弱々しい横顔。
部員たちと話している時の楽しそうな顔。
そして今の控えめな笑顔。
「も、もし良かったら……」
「ん?」
まだ出会ったばかりだし、知らないことも多いのだろうけど……
それでも今、この人が喜ぶことをしてあげたいと思った。
「部長のこと、部長ってお呼びしていいですか!?」
できたばかりの後輩の言葉に、新米部長は一瞬驚いたが……
すぐにまた、新しい表情を見せてくれた。
「うん――そう呼んでくれたら、めっちゃ嬉しい」
弾けるような、心からの笑顔を。
* * *
「え、スクールアイドル部に入ったの!?」
眼鏡以外は自分と瓜二つの顔が、驚きに目を見開いている。
自室で報告した花歩に対し、双子の妹の反応は、やはりというか『意外』の二文字だった。
「へ、変かな?」
「いや変ってことはないけど、今までそんな素振り全然なかったやん」
「まあ、自分でも激流に飲まれたって感じやけどね」
たったの三日で色々なことがあった。
一年生が自分一人なのが、正直かなり不安だけれど。
明日からは協力して、部員集めを頑張らないと。
そんな思いを巡らせている姉を見て、妹は腕組みして考える。
「うーん、それやったら私もスクールアイドル部入ろうかなあ」
「おっ、ええんやない。そっちのグループも強いんやろ?」
成績優秀な芽生は、進学校である天王寺福音学院に進んだ。
前回予備予選の二位、小白川和音率いる『
「まあ伝統あるグループやし、私なんかがレギュラーになれるか分からへんけど……」
「大丈夫やって! 姉妹対決なんて感動的な物語やと思わない?」
「もー、私相手なら勝てると思ってるやろ」
「てへへ」
芽生は頭がいい分、運動は苦手だ。今日はダメダメだった花歩でも勝算はある。
ちょっと情けない話だが、生まれる前から一緒の姉妹だ。許してくれるだろう。
「そうそう、ホームページ見とけって言われたんやった」
思い出してスマホを点灯する。
Westaで検索して、すぐに見つかった。
確かに企業サイトと見紛うばかりの力の入ったサイトだ。
過去の記録や動画も分かりやすくまとめられているが、何しろ五年分だ。全部見るのは結構な時間が必要だろう。
花歩の紹介はまだアップロードされていないようだ。
「あ、これ見たらええんやない」
芽生が指し示したのは『Westaの由来』と書かれたページだった。
さっそく開いて、二人で顔を近づけ読み始める。
『関西の大阪市、その西にある住之江区ということでWest。
そしてローマ神話の女神Vesta。
これを組み合わせて作ったグループ名がWestaです』
「女神の名前を使うのはスクールアイドルあるあるやね」
「へー」
『女神Vesta(ウェスタまたはヴェスタ、ギリシャ神話のヘスティア)は、家庭の守り神として知られています。
Westaの初代メンバーは家庭的な人が多かったこともあり、この名がつけられました。
その後代が替わりメンバーも入れ替わって、今では家庭的のかの字もなくなりましたが、まあ細かいことはええねん! 大事なのはノリや!』
「割といい加減やな」
「あ、あはは……」
『それでも一つこじつけるなら、ウェスタは炉とかまどの女神でもあります。
自然に発生した火ではなく、人が人の意志で起こした火と炎。
オリンピックの聖火も、ヘスティアの巫女が灯したと伝えられています。
私たちもまた、自らの胸に灯した火を燃え盛らせてみせます。
大きな炎となって、多くの人に熱を伝えられるように!』
「………!」
この文章は晴が書いたのだろうか。
ちょっと感動している花歩に、芽生が補足を入れる。
「ヘスティアゆうたら、これといったエピソードのない影の薄い女神やね」
「あ、そう……」
「それでもオリンポス十二神の一柱ではあるし、良識のあるいい神様や」
そう言って、妹は温かな目で、デビューを果たした姉の姿を見た。
「花歩には合うてるのかもね」
花歩は言葉では返さずに、きゅっと自分の胸を押さえた。
ここにあるのは、きっとまだ小さな種火だ。
聖火なんて呼ばれるものにするのは、きっと多くの燃料が必要だろう。
それでも確かに燃え始めたのだ。
灯してくれたあの人の――
(――部長)
主人公になる可能性を与えてくれた人の、その期待に応えたい。
その想いがきっと燃料になる。
いつの日か熱く、燃え盛る炎のために。
<第3話・終>