この作品は「AIR」(c)Keyの世界及びキャラクターを借りて創作されています。
すべてのシナリオに関する重度のネタバレを含みます。
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愛のAIR劇場
またもや一文の稼ぎもなく、俺が重い足取りで駅に戻ってくると、みちるがシャボン玉で遊んでいるところだった。
「んに? なんだ国崎往人か。まだこの町にいたの」
「悪かったな」
「べーっ! とっとと出てけ、ばかやろー」
あ、相変わらずだなこんガキャ…。頭に来た俺は、みちるに向けて思いっきり念を込める。
「にょわっ!? か、からだがかってに動くーっ!」
「お前を使って新しい芸を開発してやる。光栄に思え」
「なにすんだーっ! このロリコンはんざいしゃーっ!!」
「うるさいっ! てーい空中大回転」
「にょわわわわわわわわ」
うむ、なかなか面白い芸だ。これなら明日は稼げそうだな。
もうちょっと回してみよう。
「にょわわわわわわわわわわわわわ」
「…楽しそうですね」
「うわあ!」
いきなり背後に現れる遠野。驚きで法術が解けてしまい、みちるはふらふらと遠野に寄り掛かった。
「みなぎ…、こいつがみちるのからだをもてあそんだ…」
「…変態ロリコン犯罪者?」
「ち、違うっ! 俺はただ新しい芸の開発をしてただけだっ!」
「こいつに近づいちゃだめだよっ! 次は美凪を狙ってるよっ!」
遠野は俺たちの顔を見比べると、うつむき気味にぼそりと言う。
「がおー…美凪ちんぴんち…」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「…神尾さんの…モノマネ…」
…しーん
「面白く……ないですか?」
いや、そんな悲しげな瞳で見られても…。
ピンチなのはこっちの方だ…。
「…ウケないギャグに、意味はあるんでしょうか」
「お、面白かったよっ! さすが美凪、モノマネの帝王っ!」
「…えっへん」
「平気で嘘をつく奴はロクな大人になれないぞ」
「国崎往人はだまってろーー!!」
駄目だ、こいつらに付き合ってると体力が吸い取られる…。
俺は会話を放棄すると、夕食の準備にとりかかることにした。とりあえずバケツに汲んでおいた水で米を研ぐ。
「にょわっ、海の水だっ」
バケツに入れた指をなめたみちるが声を上げた。
「ああ、少しは味がつくかと思ってな」
「それはとても…ライスな考えですね」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「…ライスとナイスを…かけてみました…」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「…ぷくく」
ひ、一人でウケてやがる…。
さすがのみちるも石化している。真夏なのにここだけ氷点下だ…。
「やっぱり私…吉本を目指すべきですか…?」
「なんでやねん!」
「お、面白かったよっ! さすが美凪、お笑いクイーン!」
「…イエーイ」
無表情でピースサインを決める遠野。
「すごいよ美凪! ハラショー美凪! チョイナチョイナ美凪!」
「これ以上増長させんなよ」
「…国崎往人のばかやろーー!!」
がすっ!
みぞおちに体重を乗せた蹴りが入った。
「おおお…」
「わかんないのっ!? 国崎往人がびんぼーで元気ないから…笑ってもらおうと思って、美凪はあんなこと言ってたんだよっ!」
「ええっ!?」
ガーン、そ、そうだったのか…。
「悪かった遠野、そうとは気づかずに…」
「大丈夫、気にしてません…全然…まったく…これっぽっちも…」
「‥‥‥」
そんな俺たちを見て、不意にみちるが寂しげな表情を浮かべた。
遠野もそれに気づき、怪訝そうな目をする。
「みちる…?」
「美凪にも…大事な人ができたんだね」
「え…」
「みちるは美凪のためだけに生まれたから…。美凪に必要とされなくなったら、もう存在する理由もない…」
そう言うみちるの姿が薄れていく。そうか、そういうことだったのかリリン。
「みちるっ…」
駆け寄ろうとする遠野の肩をしっかと掴む。
「遠野…。夢はいつか覚めるものなんだ」
「国崎さん…」
泣いてしまうのかと思った。
しかし少女は悲しみを受け止めると、そっと俺の手を離した。
「分かりました…」
「遠野…」
「みちるの存在には代えられません…。この際国崎さんは切り捨てましょう」
「ちょっと待てコラ」
「私だって…汗くさい男より、可愛い女の子の方がいいです…」
「汗くさくて悪かったなぁ!」
その言葉を聞くやいなや、ぱっと表情を変えて遠野に抱きつくみちる。
「わーい、やっぱり美凪のこと大好きー!」
「うん…」
そして俺を見てニヤリと笑う。
「にゃはははは、ざまーみろ。美凪はみちるのもんだー! ばーかばーか」
「ム、ムカつく…。いいのか遠野、夢を見続けたままで!」
「私が夢から覚めなかったら、誰か困りますか?」
「決まってるだろう、そりゃぁ…
‥‥‥‥。
‥‥‥‥。
誰も困らないな」
「やったー! みちるの存在が正当化されたー!」
そ、そうなのか? それでいいんか!
混乱する俺をよそに、しっかと抱き合う遠野とみちる。
「ちるちる、これで二人の愛は永遠ですね…」
「ナギィィィィ!」
つ、つきあってられん…。
俺は荷物をまとめると、勝手に世界を作っている二人を残して駅を離れた。
霧島診療所はまだバイトを募集してるかな…。
そろそろ日が傾きかける中を商店街へと向かう。
「あっ、往人くんだぁ」
「ぴこぴこ」
うまい具合に散歩中の佳乃と遭遇した。しかしこいつのバンダナはよく目立つな。
「それ、暑くないのか?」
「暑いよぉ。お風呂に入っても洗えないから、汗と垢ですごいことになってるよぉ」
「二度と俺に近づくな」
「うそうそ! ちゃんとずらして洗ってるってばぁ!」
本当かよ…。
「実は、俺を診療所で雇ってほしいんだ」
「ほんとっ? やったぁ、お姉ちゃんも助かるよぉ」
元気よくはしゃぐ佳乃。こうやって喜んでくれるとこっちも嬉しくなるな。
「それじゃ君を霧島家の下僕2号に任命するよぉ」
「…おい」
「ちなみに1号はポテトだぁ」
「…ぴこぴこ」
「お前も大変だな…」
「大丈夫だよぉ。だってポテトってめそ…
ゲフッゲフン! な、何でもないよぉ」
「そ、そう。(めそって何だ? めそって何だー!?)」
そんなこんなで診療所の中に入り、同じことを所長に伝える。
「そうか。ではさっそく明日から頼む」
「しかし…本当にいいのか? 今日も全然客がないようだが」
「気にするな。どうせ時給は250円だ」
「阿呆がこき使えたらって、思ったことないかなぁ」
「ちょっと待て、お前ら…」
抗議しようと口を開く俺を、姉妹の冷ややかな視線が迎え撃つ。
「こんな貧乏診療所から金をむしり取る気か。鬼のような人間だな、君は」
「金の亡者だよぉ」
「…もういい、とりあえず飯さえ食えれば…」
「うむ、しかし夕食には少し早いな。まずは茶でもご馳走しよう」
「それじゃあたしは、部屋で宿題やってるねぇ」
佳乃は自分の部屋に引き上げ、俺と聖は診察室で向かい合って座った。
差し出された湯飲みを受け取り、熱い茶をすする。
「あの子も成長したんだなぁ…」
「佳乃か?」
「ああ。昔は勉強もせずに遊んでばかりで、宿題は全部私がやっていたものだが」
「お前、甘やかしすぎ…」
「…それだけ佳乃が可愛いんだ」
ふっと遠い目をする聖。
「そう…私は妹が可愛い」
「ああ」
「顔が可愛い。声が可愛い。仕草も可愛い。ちょっと頭が足りないのも可愛い!」
この町にはこんな奴しかいないのか?
「だから悪い虫は許さん。妹の身は姉が守らねば! 佳乃に近づく男はコロス!」
「お、俺ちょっと急用が…」
う!?
立ち上がろうとした瞬間、全身から力が抜ける。
「ふふ…、そろそろ効いてきたようだな」
「て、てめえ最初からそのつもりで…」
「黙れ、佳乃をたぶらかす悪党め。美しい姉妹愛のためだ!」
「くそぉぉ〜! バイトってのも罠だったかぁ〜!」
「なあに殺しはしない。君の体質は興味深いからな。ポテト、人体実験の準備だ!」
「ぴっこり」
裏切った駄犬とともに手術道具一式が取り揃えられ、俺はなすすべなくベッドに横たえられる。
「お前に医者の良心はないのかぁ!」
「安心しろ、私は天才だ。成功すればお前の法術は倍になる」
「いやだぁぁぁぁ!!」
抵抗空しく聖のメスが振り下ろされ…
「うわらば!!」
悲鳴とともに俺の意識は闇へ落ちた。
「ん? 間違ったかな…。佳乃〜!」
「な〜に、お姉ちゃん」
「捨ててこい! 私の求める医学の道はまだ遠い」
「うん、わかったよぉ」
俺が目を覚ましたのは、夕日の照りつけるゴミ捨て場だった。
「捨てたよぉ」
「お前、自分の行動に疑問はないのか?」
「深く考えてないよぉ」
「考えろ、頼むから…」
そのまま佳乃は帰ってしまい、薬の効果が切れるまでそこで待つ羽目になる俺。
「わ。往人さんが捨てられてる」
「観鈴か…。なんだか久しぶりだな」
「うん、久しぶり。にははっ」
観鈴に助け起こされ、なんとか体も動くようになった。
観鈴は買い物の途中だったらしい。なんとなく並んで歩き出す。
「往人さん、宿なし? だったらうちに…」
「うーむ、しかしお前の母親になんと言われるか」
「だいじょぶ。お母さん、旅行に行っちゃったから」
「そうなのか?」
「だから観鈴ちん、ひとりぼっち。ま、慣れてるけどね。にはは…」
相変わらず不憫な奴だな…。なんでこいつがこんな目に遭わなきゃならないんだろう。
「なあ…要は例の癇癪のせいなんだろ? 薬か何かで治らないのか?」
「ううん、そういうのとは違うと思う」
「そうなのか…」
「…本当は、理由、わかってるんだけどね」
呟くように言って、遠い空を見上げる観鈴。
「わたし、前世は翼人だったから」
「…は?」
「翼人とは星の記憶を継ぐものなの。それは地球の原初から存在し、次々と記憶を受け渡してきた。けれど平安時代に全滅してしまい、その後は人間に転生したけど、魂が大きすぎて人間は死んでしまう。しかも密教の呪いによって常に孤独であり不幸だった。地球の平和のためには幸せな記憶を星に返す必要があるの! それは翼人の魂を継ぐ者に与えられた崇高にして偉大な使命なの! だからわたしは幸せに死ななきゃいけないの!」
「ムーに行け! ムーに!!」
やべーよ…。こいつに友達がいない理由がよく分かった…。
「がお…。自分だって翼を持った少女がどうとか言ってるくせに…」
「ああっ、俺もヤバい奴だったのか」
「往人さん、電波友達」
「そんな友達は嫌だぁ!」
と、例の口調が出たから殴っとかないとな。
ポカッ
「イタイ…。どうして『がお』の素晴らしさは理解されないかなぁ」
「口調として不自然すぎるだろ。せめて『うぐぅ』にしろ」
「うぐぅ」
ポカッ
「うぐぅ…。どうして言うとおりにしたのに殴られるかなぁ…」
「スマン、なんだか無性にムカついた…」
「うぐぅ、ひどいよ」
「悪かった。俺が悪かったから元に戻してくれ」
とか言いながら神尾家が見えてきたその時!
ぶろろろろろろろろぉーーっ!
「ギャース!」
俺は爆走してきたバイクに轢き殺された。
「誰やっ、うちの娘を苛めたんは! お前かゴルァ!」
「お、お母さん…」
「すまんなぁ観鈴、寂しかったやろ? せやけどもう大丈夫、問題は全部解決したで」
「それより、往人さんが血吐いてる…」
「ええねん、AIRの主役はうちら二人やもん。こいつはカラスにでもなって傍観してるんが似合うとるんや」
こ、こん畜生…。
「ほら、お土産買うてきたで。お揃いの水着やねん。これ着て海に遊びに行こ。な?」
「う、うん…。よくわかんないけど、嬉しい。にははっ」
仲良く家に入っていく二人。俺も血を流しながら這いずるように後を追った。
晴子にせがまれ、観鈴は水着に着替えるべく自分の部屋へ行った。
ニヤつきながらテレビを見ている晴子の隣へ腰を下ろす俺。
「…どういうことだ?」
「何がや」
「今まで観鈴に冷たかったくせに」
「…別に観鈴が嫌いやったわけやない。いや、むしろその逆や」
ふ…とアンニュイな表情を浮かべる晴子。
「うち、あの子がめっちゃ好きや。せやけど預かっとるだけやから…。あの子の父親が、敬介の奴が連れ返しに来たら別れるんが辛くなる。そう思て、今まで距離置いてたんや…」
「そうだったのか…」
「せやけど…」
静かな家の中に、テレビの音だけが流れる。
『次のニュース。○県×市に住む橘敬介さん(3X歳)が昨夜より行方不明となっています。警察では事件に巻き込まれた可能性もあると見て捜査を続けており…』
‥‥‥‥。
「こぉんな簡単な方法があったんやねぇ…」(くっくっくっ)
「やっていい事と悪い事があるだろ、お前ー!!」
「安心し。あんな男でも一応観鈴の父親や、殺ったりしてへん」
「そ、そうか」
「ちょっと外人部隊に売っ払っただけや」
「大して変わんねーよ!!」
「とにかく! これでうちと観鈴の仲を邪魔するもんはのうなったわけや。もう遠慮せえへんでえ。観鈴とめいっぱいラブラブしたるねん! ちゅーしたり、ちゅーしたり、ちゅーしたり!」
この町にはこんな奴しかいないのかぁぁぁ!!
「お、お母さん…」
着替え終わった観鈴がおずおずと姿を現す。
「ち…ちょっと恥ずかしい」
おお、これはなかなか…。
ブフーーー!!
隣で晴子が鼻血を吹いて悶絶していた。
「こ、ここまで立派に成長しとったとは…。お母ちゃんは嬉しいでぇ…」(ぼたぼたぼたっ)
「今のあんたは母親でも何でもないと思う…」
「よっしゃ! せっかく服脱いだんや、一緒にお風呂入ろ! おかんが洗ったるさかいなぁ」
「い、いい…。自分で洗う…」
「遠慮せんとき。心ゆくまで洗ったるでぇ、もう隅から隅まで!」
「あああっ観鈴ちん史上最大のぴんちー!」
「サヨナラ観鈴。次に会う時は俺の知らないお前だな」
風呂場に連れ込まれる観鈴を冷ややかに見送る。
腹減った…。夕食まで保ちそうにないので、テーブルの上にあった栗まんじゅうを口に放り込んだ。うむ、悪くない。
全部片づけて茶を飲んでいると、やつれた顔の観鈴がよろよろと出てくる。
「も、もうお嫁に行けない…」
「ご愁傷様。ところで観鈴、そろそろ出ていこうと思うんだ」
「え…?」
一応、腹もふくれたしな。
後ろから満足そうな顔の晴子が首を出す。
「そかそか。そらまあ、うちらの新婚生活を邪魔したくはないわなぁ」
「勝手に言ってろ…」
「往人さんにいてほしいな…」
「…すまない」
「とりあえず他はどうでもいいから、宿題手伝ってほしいな…」
「俺の存在って一体…」
「あ。後で食べようと思ってた栗まんじゅうがない」
「よし宿題でもやろうか! たまには頭使わないとな!」
観鈴の背中から晴子がべったりとへばりつく。
「なんやぁ、水くさいなぁ。宿題くらいうちがいくらでも手伝うたるのに」
「いい。お母さんて頭悪そうだから」
ズガーーーン!!
「ええねんええねん、どうせうちは学のない女や…」
「おい、いいのか?」
「大丈夫。お母さんは強い子」
部屋の隅でいじける晴子を放置して、俺たちは数学のテキストに取りかかった。
が…
「往人さん…」
「‥‥‥」
「わたし、がんばったよね」
「始めて10分しか経ってないけどな」
「がんばったから…もう休んでもいいよね」
「よくねえ」
「ゴールっ…」
「せめて1ページくらい終わらせてから言えよ!!」
既に観鈴は爆睡していた。
その根性のなさが悲しくて…
どうせ夏休み最終日に、泣きながら机にかじりつく羽目になるのが…
ただ予想できて…
「観鈴っ…?」
あわてて晴子が飛び起きる。
「嫌や…
そんなん嫌やっ…
うちをこんな野獣みたいな男と二人にせんといて…」
「誰が野獣だコラ」
「まだ夜はこれからやんか…
酒もいらん…
負けてばかりの阪神もいらん…
観鈴といちゃつけたらそれでええんや…」
「違うだろ」
「ずっと二人でいちゃいちゃしよ…
グラスに二本のストロー差して、二人で飲もうや…
一緒の布団で、あんなことやこんなことしよ…」
「違 う だ ろ」
「観鈴ーっ!」
限界だった。これ以上精神が壊れる前に、俺はそそくさと神尾家を出た。
「さようなら」
結局、なんだったんだろう、この町で過ごした時間は。
星空の下をバス停に向け歩きながら、そんなことを思う。
『この空の向こうには、翼を持った少女がいる』
『それは、ずっと昔から』
『そして、今、この時も』
『同じ大気の中で、翼を広げて風を受け続けている』
この空に、か…。
広大な天空。それを見上げる俺の視界を、何かが横切っていく。
「まったく、あんな百合女の身体になどこれ以上居られぬ。新しい転生先を探さねば…」(ばっさばっさ)
「って、あ、あ、あーーーっ!!」
「ん? なんだおぬし、余の姿が見えるのか」
「つばっ、翼っ、翼っ!」
空にいる、翼を持つ少女。間違いない。ついに見つかったのか。
俺たち一族がずっとずっと探してきた、それが…
「こんな生意気そうなガキだったなんてー!」
「ほっとけ! 呪いのせいであれから成長せんのだっ!」
「で、一体何をしてるんだ?」
「うむ。翼人は滅んでしまったので、人間に転生しなくてはならぬ。あの神尾観鈴とかいう女はもうイヤなので、別の魂の器を探しておるのだ」
な、なんと、観鈴が言っていたのは本当だったのか。
翼人の魂。人間に転生しても、注ぎ終わる前に器は割れてしまうという。
「そうやって大勢の人間をとり殺してきたのか。ひでえ魂だな、ああん?」
「よ、余だって転生したくてしておるのではないっ! 文句はこんな設定を作った麻枝に言え」
反省の色なし! 許しがたい悪霊だな。世のため人のため、不幸な輪廻はここで断ち切らなくては!
俺は人形に念を込めると、そいつへ向けて突き出した。
「吸引!」
「あああっ!?」
きゅぽん
ノリで言ったのに本当に吸い込んでしまった…。さすが千年の法術が詰まってるだけのことはあるな。
『こらーっ、出せーっ! 余を誰だと思っておるーっ!』
『まあまあ、相変わらずでございますこと』
『う、裏葉っ!? なぜここにっ!』
ん、もう一人いるのか?
人形を耳に当てると、誰かがにじり寄る音が聞こえてくる。
『こんなこともあろうかと、意識の一部を人形に残しておいたのでございます。こうしてまた神奈さまと二人きりになれるとはなんたる幸せ』(よよよ)
『く、口元がニヤついておるぞっ! 寄るなっ!』
『ここなら柳也どのの邪魔もありませぬ。ささ、可愛らしい神奈さま…』
『ちょっ、やめっ…あ…ああっ』
俺は人形から耳を離し、思いっきり振りかぶると…
ぶんっ!
眼下に見える崖に放り投げた。これで翼人の魂が迷惑な事件を起こすこともない。観鈴は死ぬこともなく、母親といちゃついて暮らすだろう。俺の無意味な旅も終わった。
「これってハッピーエンドじゃん…」
納得した俺は、山道に向けて新たな一歩を踏み出したのだった。
…明日からどうやって稼ごう。
<END>
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