この作品は「CLANNAD」(c)Keyの世界及びキャラクターを借りて創作されています。
ことみシナリオに関するネタバレを含みます。

葉鍵板SSコンペスレ第二十七回(テーマ:「If」)に投稿したものです。


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 部室にいたのは、ことみちゃん一人でした。
「椋ちゃん、こんにちは」
「ことみちゃん、こんにちは」
 お昼休み。ことみちゃんと岡崎くんが正式に付き合いだしてからも、私たちは時々ここでお弁当を食べていました。
 渚ちゃんはあの後熱を出して休学してしまいましたけど、いつか戻ってきてくれることを信じて、こうして集まっています。
 とはいえ私もことみちゃんもお喋りな方ではないので、二人きりになると少し困ってしまいますけど…。
「ええと…お、岡崎くんとは最近どう?」
「二人とも健康なの」
「そ、そう…」
 隣に座って何か話題を探していると、ことみちゃんの方から口を開きました。
「椋ちゃん…実は相談があるの」
「え? は、はい」
「えと…」
 口を開いたそばから、言葉に詰まっています。何かあったんでしょうか。
「別に根拠があるわけではないの。ただ見ていて、何となく思っただけなの」
「そう…。大丈夫、言って」
「あのね、もしかして」
「うん」
「もしかして…」
「……」
「…杏ちゃんは、朋也くんのことが好きなんじゃないかって」
「え…!」
 私はお弁当箱を手にしたまま、思わず固まっていました。






さまよう仮説








 それは、妹の私ももしかしたらって思いながら、なるべく考えないようにしてきたことです。
 ことみちゃんは思い詰めた瞳で、じっと私のことを見ています。とりあえずこの場は否定するしかありません。
「え、ええと、き、き、気のせいじゃないかな」
「…やっぱり。椋ちゃん、動揺してる」
「そそそんなことないよっ! えと…その…だから……あぅ」
 上手いごまかし方が思いつかず、そのまま言葉が途切れてしまいました。これでは認めてしまったみたいです。お姉ちゃんごめんなさい…。
 泣きそうな顔のことみちゃん。沈黙に耐えられず、私はおずおずと尋ねます。
「あの…もしそうだったら、ことみちゃんはどうするの?」
「……」
 返事はありません。もしそうなら杏ちゃんを倒すの、なんてこの子が言うわけはありませんが、修羅場を予想して焦る私です。
 と、事の中心人物が遠慮なく姿を現しました。
「やっほー、遅くなってごっめーん」
「お、お姉ちゃんっ!?」
「あれ、どうしたのよことみ、暗い顔して。ははーん、椋にいじめられたんでしょ?」
「そ、そんなことしないってばっ…あ、ことみちゃん!?」
 お姉ちゃんの前でどんな顔をすればいいのか分からなかったのでしょう。ことみちゃんは突然立ち上がると、お姉ちゃんの脇をすり抜けるように出ていってしまいました。
 後には唖然としたお姉ちゃんと、冷や汗まみれの私が残されます。
「…説明してもらえる?」
「ノ、ノーコメントで…」
「椋っ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
 結局私も、その場を逃げ出すしかありませんでした。

 夜になって、お姉ちゃんが私の部屋に問い詰めに来ました。
「さあ全部吐いてもらいましょうか。さもないとあんたの恥ずかしい秘密をみんなにばらすわよ」
「あ、あの、本当に何でもないから…」
「椋は小学校のときに算数の宿題と間違えて、自作のポエムノートを提出してしまいましたーっ!」
「いやぁぁぁぁ!!」
 これ以上隠し通すのは無理のようです。仕方なく、私も覚悟を決めました。
「あ、あのねお姉ちゃん」
「うん」
「その…岡崎くんのこと、どう思ってる?」
「へっ?」
 きょとんとしてから、お姉ちゃんは視線をさまよわせます。
「どうって…腐れ縁の友達でしょ? まあバカで不良だけど、あたしは優しいから相手してやってるわけよ」
「……」
「何よ、その目は」
 うーん…。本気のような気もするし、無理しているような気もします。
「って何っ!? まさかあたしが朋也に片想いしてるとか、わけわかんない想像してたんじゃないでしょうねっ!」
「ち…違うんだ」
「違うわよっ! だ、だいたい…あいつは、ことみの彼氏じゃない」
 あ、一瞬暗い顔をしたような…。でも私がそう思い込んでるからそう見えた可能性もあります…。
「ええと…ことみちゃんは気にしてるみたい」
「バッカよねぇあの子も。いいわ、あたしがちゃんと否定しとくから」
「そ、そう…」
 分からなくなってきました。ここまできっぱり言うからには、私とことみちゃんの勘違いだったんでしょうか。
 でも昔のお姉ちゃんは、本当に楽しそうに岡崎くんのことを話していました…。分かりません。人の心が覗けたらいいのに。
 考え込む私を見て、お姉ちゃんが反撃してきます。
「そういうあんたはどうなのよ」
「え…私?」
「そうよ。実は朋也のこと気になってたりしないの?」
「わ、私は…」
 それは…お姉ちゃんの話を聞いて、憧れのようなものはありましたけど。
 でも最初の会話で大失敗しました。遅刻は良くないとか余計なことを言って、帰ってきたのは無視と拒絶。すっかり勇気も萎えてしまって、その後何もしていません。
 もちろんことみちゃんへの態度を見て、本当は優しい人なんだって今は知っています。
 もしも、あと少し勇気を出していたら、ことみちゃんでなくて私が…
(――って、いけない)
 頭を振って、よからぬ仮定を追い出しました。
「どうしたのよぉ〜。あんたこそことみを裏切ってるんじゃないのぉ〜?」
「うー…」
 意地悪を言うお姉ちゃんに、私は少しむっとして言い返します。
「も…もしそうなら、お姉ちゃんはどっちを応援したの?」
「え…」
 あ…意地悪すぎたかもしれません。
 なんて残酷な仮定。私が慌てて撤回しようとすると、その前にお姉ちゃんはきっぱりと言いました。
「椋」
「お姉ちゃん…」
「いくらことみが友達でも、実の妹の方が優先に決まってるでしょ」
「ご、ごめんねっ。ごめんねっ」
「バッカねぇ、何謝ってんのよ。んじゃ、早く寝なさいよ」
 そう言って、お姉ちゃんは部屋を出ていきました。
 優しいお姉ちゃん。
 私はどうすべきなんでしょうか。お姉ちゃんの言葉を素直に信じていればいいんでしょうか。
 でも、もしお姉ちゃんが人知れず辛い思いをしていたなら、私は…。

 朝はことみちゃんに会えなくて、ひたすらお昼休みを待ちました。
 二時間目の授業が終わったところで、もう一人の当事者が姿を現します。
「よう」
「お、おはようございます…」
「なあ、ことみの奴何かあったか?」
「え! ど、ど、どうしてでしょうか…」
「何か悩んでるみたいだし、昨日も一緒に帰ってくれなかった」
「あ、あの、大したことじゃないです…」
 実際は大したことなのかもしれませんが、そう言うしかありません。
「あの…女の子同士の問題なので…」
「…へえ」
「で、でも大丈夫ですから。私が何とかしますから」
「……。まあ、藤林がそう言うんなら大丈夫だろうけどさ」
 岡崎くんはそう言うと、席について春原くんと漫才を始めました。
 私のことを、ことみちゃんの友達として信用してくれているのだと思います。
 …何の取り柄もない私が、その信用に応えられるでしょうか。

「杏ちゃん、違うって言ったの」
 お昼休み。部室にことみちゃんを見つけて、隣の空き教室に誘いました。
「そ、そう…。じ、じゃあやっぱり思い過ごしだったんじゃないかな」
「でも杏ちゃんの性格なら、朋也くんを好きじゃないなら違うって言うし、好きでもやっぱり違うって言うの。論理的に判定不可能なの」
「う、うん…」
「シュレーディンガーの猫なの…。今の杏ちゃんは、朋也くんを好きでもあり、好きでもない状態なの」
「よ、よく分からないけど、それでどうしようか?」
 どうといっても、実際はどちらなのかはっきりしない以上、どうしようもありません。
 せいぜいどちらかを仮定して、その場合のことを考えるくらいです。といっても"好きでない"と仮定するなら何の問題もないので…。
「…もし、お姉ちゃんが岡崎くんのこと好きだったら、どうする?」
 もう一度尋ねました。聞きづらいことですけど、聞かないと先に進みません。
「も、もしそうなら…」
「う、うん…」
「私は、切腹して杏ちゃんにお詫びするしかないの…」
「…あのぅ」
 お姉ちゃんを倒すどころか、逆方向に疾走していました。
「しかもただ死んで終わるものではないの。杏ちゃんに地獄の火の中に投げ込まれるものなの」
「ええと…お姉ちゃんはそんなことしないと思うよ」
「だって私、ずっと杏ちゃんを傷つけてきたことになるから…」
「ことみちゃん…」
 確かに、岡崎くんを別にすれば、ことみちゃんのために一番一生懸命だったのはお姉ちゃんでした。
 二人をけしかけるようなことを言ったのも、バイオリンのためのカンパを集めたのも、全部お姉ちゃんです。
 もし、岡崎くんのことが好きだったなら…
 それら全て、お姉ちゃんはどんな気持ちで行ってたんでしょう。
「で、でもほら。もし本当にそうなら、の話だから」
「同様に確からしい感じだから、二分の一の確率でそうなるの…」
「そ、それじゃ占ってみる?」
「え…?」
 私はポケットからトランプを取り出して、例によって焦ってばら撒き、ことみちゃんの手伝いで拾い集めてから扇形に広げました。
「それでは、3枚引いてください」
「はい」
「えーと…ハートの7にスペードの1にクラブの4。ハートは『好き』を表します。714は『ないよ』。つまり好きじゃないよってことですねっ! よかったねことみちゃんっ」
「そ…そんなに杏ちゃんは朋也くんが好きだったの…」
「はい?」
「椋ちゃんの占いは絶対外れるって、杏ちゃんが言ってたの」
 ひどいよお姉ちゃん…。
「杏ちゃんが好きな人を私が奪ったの…。もう私は悪女で泥棒猫でルパン3世なの…」
「いや、最後のはちょっと違うんじゃ…。あの、ことみちゃんっ」
 ことみちゃんはふらふらと出ていってしまいました。そのまま寺に行って尼になりかねない勢いです。
 どうしたらいいんでしょう…。って私こればっかりですね…。

「…ねえ、もうお姉ちゃんが本当のことを言うしか解決の方法はないよ」
「だからずっと本当のこと言ってるじゃないっ! いい加減あたしも怒るわよ」
 帰り道、スクーターを手で押しながら、お姉ちゃんは頭から湯気を出しました。
 確かに、もし好きでもなんでもないのなら、いつまでもこんなことを言われたら普通怒りますよね…。
「ううぅ…」
「はぁ…ったくしょうがないわねぇ。いい? そもそも考えてみなさいよ」
「?」
「もしあたしが朋也のこと好きなら、ことみの応援なんかするわけないじゃない。何が悲しくて、好きな男がライバルとくっつく手伝いしなけりゃならないのよ。あたしだってそこまでお人好しじゃないって」
 力を込めて言い切っていますが、額面通りには受け取れません。
「…お姉ちゃんは、そこまでお人好しだと思うよ」
「なっ…あ、あんたねぇ」
「だって、いつも私のこと助けてくれたもの…」
「……」
 しばらく、二人とも黙ったまま歩き続けます。
「あのね、もしもよ?」
「うん」
「本当にもしもの話だからね? あたしが朋也のこと好きだとして…それでどうなるのよ」
「え…」
「朋也が好きなのはことみなんだから、今さらどうしようもないでしょ」
 それは…そうです。
 岡崎くんの気持ちは決まってるんですから。別の女の子が好きになったところで、かえって辛い思いをするだけでしょう。
「…でも、お姉ちゃんは本当にそれでいいの?」
「だーかーら、それで良くなかったら、何かいい未来でもあるの?」
「う、うん…そうだね」
 ことみちゃんと岡崎くんが結ばれる以外のifなんてないから。
 それでことみちゃんは納得してくれるでしょうか…。
「あんたも余計な苦労を抱えてるわねぇ。もう放っておけば? ことみもそのうち忘れるわよ」
「そ、そういうわけにもいかないから」
「はぁっ…。そういうとこ、あたしと違って委員長体質よね」
 そう言ってお姉ちゃんは話を打ち切りました。
 逃げてるように見えるのは、それは邪推だと思うことにしました。

「…もし私が朋也くんと別れれば、杏ちゃんの恋が叶う日も来るかもしれないの…」
 いきなり別のifを持ち出されました…。
「私が朋也くんと別っ…。えぐっ…」
「考えただけで泣くくらいなら言うのよそうよ…」
 ことみちゃんの頭を撫でてなだめます。
「別れるなんて無理だよね? なら現状通りで納得するしか…」
「そ、そうだ。朋也くんを半分こして…」
「だから無茶言わないで」
 ことみちゃんはじっと俯いていましたが、涙目の顔を上げて、私を見つめました。
「初めてできた、女の子のお友達なの」
「ことみちゃん…」
「杏ちゃんも、椋ちゃんも、渚ちゃんも、私にとっても優しくしてくれた。なのに私は、何のお返しもできてない。
 もしかしたら本当に好きじゃないのかもしれないし、好きだとしてもこんなことして杏ちゃんは喜ばないかもしれないけど…」
 泣き声が混じりながら、かすれていって。
「でも、自分の幸せのために友達を踏みにじる可能性があるのなら、そんなこと絶対できないっ…」
 ことみちゃんは、声を殺して泣き続けます。
 その髪を撫でながら、私はただ、途方に暮れるしかありませんでした。


 ――私には、どうにもできません。
 やっぱり、いつもお姉ちゃんの陰に隠れていた私になんて、何の力もありませんでした。
 とばっちりを受けた岡崎くんは、毎日一人でとぼとぼと帰っていきます。
(そうだ…渚ちゃん)
 もう一人の友達のことが頭に浮かびます。いつも前向きで一生懸命な彼女なら、何か助言してくれるかもしれません。
 病気で休んでいるのに厄介事を持ち込むのも気が引けますが、他にどうしようもなく、私の足は古河家へ向かいました。

 渚ちゃんの家のパン屋さんに行くと、煙草をくわえた男の人が店番をしていました。
「こ、こんにちは…」
「おう、好きなだけ買ってけ。お薦めはたくあんパンだ」
「い、いえ…。あの、渚ちゃんのお父様ですか…?」
 男の人はぽかんと口を開けて煙草を落とすと、嬉しそうに破顔します。
「おうっ、渚の友達かぁっ! いかにも渚の親父様だ。あまりのカッコ良さに惚れんじゃねぇぞ?」
「え、えと…、その…、あぅぅ…」
「本当に惚れちまったかっ! まあ気持ちは有り難く受け取ってやるぜ」
「秋生さんは…、秋生さんは…」
「げ、早苗っ!?」
「私より女子高生の方が好きなんですねーーっっ!!」
「俺は大好きだーーっ!! って違うっ! 今のは早苗が大好きということであって決して女子高生が好きという意味ではぁぁぁっ!!」
 二人で走っていってしまいました…。
 戻ってこないので、仕方なく勝手に上がらせてもらい、渚ちゃんの部屋をノックします。
「はい、どうぞっ」
「あ、あの…。藤林椋です…」
「椋ちゃんですかっ!? いらっしゃいです。どうぞどうぞ入ってくださいっ」
 扉を開けると、渚ちゃんがベッドの上に身を起こしていました。顔色はあまり良くないです。
「ご、ごめんね。急に押し掛けてきて…」
「いいえっ! 退屈してましたからすごく嬉しいです。もう大歓迎ですっ!」
 お土産のゼリーを渡して、二人で食べながら世間話。
 どう切り出したものか迷っていると、渚ちゃんの方から気付いてしまいました。
「椋ちゃん、何か悩み事ですか?」
「え!? あ、あの、別にそんな」
「えっと…もしよかったら、話していただけないでしょうか」
「で、でも、渚ちゃんも大変なのに」
「確かに今の私はこんなですけど、でも皆さんとお友達でいたいです。一緒にいることができないなら、せめて相談に乗るだけでも繋がっていたいんです。…ダメ、でしょうか」
 その真摯な目に、私は胸を突かれました。どうして私の周りは…こんなに優しい人ばかりなんでしょうか。
 一呼吸整えて、私は口を開きます。
「実は…」

「それは…困ってしまいましたね」
 渚ちゃんは腕組みをして、うんうんと考え込んでいました。
「でも、杏ちゃんがそうだなんて全然気づきませんでした。わたし鈍感ですっ」
「あ、あの、まだそうと決まったわけじゃないから」
「そ、そうでしたね。それが問題なんでした」
 再び、二人で悩み始めます。
「渚ちゃんは…」
「はいっ」
「渚ちゃんは…岡崎くんの隣にいるのが、もし自分だったらって思ったりしませんか…?」
 つい、そんなことを聞いてしまう私に、彼女は数秒固まってから飛び上がりました。
「えええっ!?」
「ご、ごめんなさいごめんなさいっ! 変なこと聞いてっ!」
「い、いえそれはいいんですけど。で、でも岡崎さんみたいな素敵な人が、わたしの彼氏になんてなるわけないですっ。たとえ百万回生まれ変わってもありえませんっ!」
「そんなことはないと思うけど…。渚ちゃん可愛いし…」
「わわ、何を言い出すんですかっ! もう、椋ちゃんは人をからい過ぎですっ」
 大困りの渚ちゃん。この人の場合、謙遜でなくて本気だから手に負えません。
「えっと…もしかして椋ちゃんは、そう思ってるんですか?」
「そ、そんな、私はっ…」
「…杏ちゃんは、そう思ってるんでしょうか」
「…分かりません…」
「ことみちゃんは…」
「…思ってるのかも。『もし自分さえいなければ、他の女の子が彼の隣にいたのかもしれない』って」
 いくつもの可能性や運命を思うと、何だかやるせなくて、私たちは同時に溜息をつきました。
「…どうして人間は、『もしも』なんて考えるんでしょう」
 また変なことを言い出す私に、渚ちゃんはこちらを覗き込みます。
「椋ちゃん?」
「だ、だって意味ないのに。未来のことならともかく、過去と現在なんて一つに決まっていて、他の可能性なんか考えても仕方ないのに」
「そうですね…」
 そう言って、渚ちゃんは自分の膝の上の手を見つめました。
「…でもわたしは、時々考えてしまいます。もしこんな体でなかったら、みんなとずっと一緒にいられたのにって」
「あ…! ご、ご、ごめんね…」
「いいんです。それに、逆方向の"もしも"だってあります」
「え?」
「もし、岡崎さんやことみちゃんと出会えなかったら、椋ちゃんや杏ちゃんともお友達になれませんでした。
 もしそんなことになっていたら、今もずっと一人ぼっちでした。だから…今はすごく幸せです」
 えへへ、と幸せそうに笑う彼女に、私の心も少しだけ、軽くなった気がしました。
「そ、そうだよね…」
「そうです。もしもとハサミは使いようですっ」
「う…うん」
「椋ちゃん。もし私たちが本当の友達なら、本音を言い合って崩れることはないです。だんご大親友ですっ」
「…ありがとう、渚ちゃん」
 渚ちゃんと友達になれて良かった。
 立ち上がり、次は三人で来ることを約束して。微笑む渚ちゃんに見送られながら、私はパン屋さんを後にしました。

「えっと…ことみちゃん、3枚引いてください」
「…?」
「き、今日はことみちゃんの未来を占います」
 いきなり突きつけられたトランプを、ことみちゃんはおずおずと引きます。
「ことみちゃんの未来は…。誰も喜ばないのに身を引いて、上手くいっているものも壊して、結局みんな不幸になります」
「椋ちゃん…いじめる?」
「う、占いは占いだから」
 ごまかし笑いを浮かべて、私はトランプをしまいました。
「でも、外れたならそれでいいって、運命を覆せる証拠なんだって、そう思ってる…。ことみちゃんは、今の未来を覆してくれる?」
「……」
 ことみちゃんはうなだれたままです。でも、彼女もそんな未来は嫌はなずだって、そう思いたいから。
「行こう、ことみちゃん」
 私は手を取って、お姉ちゃんのところに連れていきました。

「まだ、つまんないこと考えてるの?」
 約束通り部室に来ていたお姉ちゃんは、もう聞くのも嫌なように投げやりに言いました。
「杏ちゃん…。私、朋也くんと別れた方がいい…?」
「なっ――」
 こ、ことみちゃん、いきなりそんな爆弾発言は…。
「もし、あたしに遠慮して付き合うのやめるなんて言ってみなさいよ――ことみのこと、一生許さないからね!」
 凄い剣幕でした。言われたのが私だったら、脅えてこくこくと頷いたかもしれません。でも…
 お姉ちゃんの言うことには弱点があります。ことみちゃんは必死で踏みとどまって、言いました。
「…線対称なの」
「はあ?」
「そ、そのままそっくり、お返しするの」
「な、何がよっ」
「き、杏ちゃんがっ…。わ、私に遠慮して朋也くんを諦めたなら…一生許さないのっ…!」
「な…!」
 自分の言ったことが跳ね返ってきて、さすがのお姉ちゃんもうろたえます。
 その表情を見て、私の気持ちも決まりました。
 結局、お姉ちゃんもことみちゃんも、同じなんです。
「だ、だからっ…。あたしは最初から朋也のことなんて何とも思ってないし、だから遠慮なんて全然…」
「お、お姉ちゃん」
 私はことみちゃんに寄り添って、まっすぐ前を向きました。
「これで最後にするから。お姉ちゃんの答えが何でも、それを信じるから。正直に答えて」
「椋…」
「岡崎くんのこと……どう思ってる?」

 私とことみちゃんの目に見据えられて、お姉ちゃんは立ちすくんでいました。
 ごめんなさい。でもないんです。本当の気持ちを見て見ない振りをするような選択肢は、もう。
 無言の時間が流れて…
「…わかったわよ。認めるわよ」
 ようやく、仮説が収束します。
「そうよ、あたしは朋也が好きだったわよ! ていうか今でも好きよっ! これでいいっ!?」
 悪い方の仮説だったけど、でも収束しないよりはいいはずだから。

「き、杏ちゃん…。私…」
「でもっ…!」
 震えていることみちゃんに、お姉ちゃんの言葉が続きました。
「二人とも、あたしのこと買いかぶってる。別のお人好しでも、遠慮したわけでもないから。
 臆病だっただけよっ…。あいつの気持ちがことみに向いてるの知ってたから、フラれるくらいなら友達のままの方がいいって…。二人をくっつけて、いい友達のポジションでいようって、そう思っただけっ…!」
 ごめんなさい。
 お姉ちゃんは、言いたくないことも含めて吐露してくれました。辛そうなお姉ちゃんに心の中で謝りながら…やっぱり私は、この人が大好きでした。
「杏…ちゃん」
 頭の中が真っ白になった風に、ことみちゃんは立ち尽くしています。
 その親友に、みたびトランプを突きつけます。
「こ、これはことみちゃんの未来です」
「椋ちゃん…?」
「選択肢はたくさんあります…。それぞれについて、もし選んだ場合にどんな結果があるか、ことみちゃんなら分かるはずです」
 きっと、一番いい未来を選んでくれるって。
 ことみちゃんはのろのろと、お姉ちゃんの前に歩を進めます。

「ごめんね、杏ちゃん」
 一瞬、息を呑んで――

「ごめんね。…でも私、朋也くんと離れたくない」
 ――私たち姉妹は、同じように息をつきました。

 ことみちゃんの目から、ぼろぼろと涙がこぼれます。そんな彼女を抱きしめて……私の前で、お姉ちゃんは優しく言うのでした。
「うん――正解よ、ことみ」


 次の日。一人だけ蚊帳の外だった人が、私に話しかけてきました。
「なあ。ことみの奴が真面目な顔で『これからもよろしくなの』とか言ってきたんだけどさ」
「そ、そうなんですか」
「結局何があったんだ?」
「えっと…お、乙女の秘密です」
 胡散臭そうな目を向ける岡崎くんに、私はあさっての方角を向いてしらを切ります。
「…まあ、いいけどさ」
「あの…岡崎くん」
「あん?」
「もし、岡崎くんのことを好きって娘がいたら、どうしますか?」
 彼は少し考え込んでから、答えます。
「相手によるな」
「あ、相手によるんですか…」
「ああ。相手がことみならOKだし、それ以外なら断るしかないだろ」
 そう言って、授業をさぼって図書室に行く彼を、私は黙って見送りました。もしかしてあったかもしれない胸の痛みは、それ以上の安堵に包み込まれました。
 あの二人にはもうifなんてなくて、ただ真っ直ぐな道を歩いていけること。
 一方でお姉ちゃんや渚ちゃんや私には、無限のifがあって、収束するのを待っていること。
 そうしてふと考えます。もし、私が私でなかったら、こんな時間を過ごすこともなかったって。
 そう思うと、何の取り柄もない私でも悪くない気がして……何だか少し、嬉しくなるのでした。








<END>




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