虹野SS:スペシャルランチ





 最近、私はいつもお弁当を2つ作ってる。
「はい!彩ちゃん。ちゃんと感想聞かせてね」
「Oh,thank you very much!やっぱり持つべきものは友達よねぇー」
「この前みたいに『グッド』一言だけなんて嫌ですからね!」
「わかってますって!それじゃありがたくいただくわね、シェフ虹野」
 お弁当を2つ作るのは、誰かに食べてもらって評価を聞くため。私ってお料理くらいしか取り柄ないし、もっともっと頑張っておいしく作れるようになりたいの。
「おーい、虹野!」
 あれ、早乙女くんが走ってくる。ははーん、また今月も金欠なのね。
「いやー実は…」
「ざーんねんっ!さっき彩ちゃんにあげちゃいました」
「ああっくっそぉーー!」
「また今度、ね?」
 なぜだか知らないけど私のお弁当は虹弁とか呼ばれてて、男子の間で大人気なの。そんな大したもの作ってるつもりはないんだけどなぁ。趣味がお弁当作りなんて私くらいだから、そのせいかもしれないね。
「そういえば公のやつも食べたがってたなぁ、虹弁」
「ふーん、公くんも…公くんもっ!?」
「おわっ!」
「あっ…あ、あははは、なんでもないない!」
 そ、そうなんだぁ、公くんも…。もしかしたら私のお弁当ってけっこうすごいのかなぁ…。
「えへ、えへ、えへへへへ…」
「虹野…?」


 放課後、サッカー部の練習に出ながらも、つい目は野球部のほうを向いてしまう。っていうか、いつも頑張ってる彼のほうに。
 あーあ、なんで野球部に行っちゃったの?サッカー部に来てくれればきっと国立だって行けたのに…。そのためには毎日一緒に練習して、『はいっ!タオル』『ありがとう、マネージャー(にこ)』とか、『今日は遅いから送ってくよ』『本当?嬉しい…』それでもって帰り道で『実は俺…ずっと前からマネージャーのことが…』『えっ…?』とかとか…
「えへ、えへへへ」
「沙希ちゃん?」
「ひゃっ!…は、はい先輩、なんでしょうっ!?」
 び、び、びっくりしたぁ。こら沙希、部活中に妄想しちゃだめよ。
「ちょっとタオル洗うの手伝ってほしいんだけど、いいかしら?」
「は、はいっ!ただいまっ!」
 ああ、不真面目なマネージャーでごめんなさい。いくら早乙女くんがあんなこと言ったからって…
 …うん、本当は彼に一番食べてもらいたい。でも今までほしいなんて言われたことなかったし。
 だったら自分で持ってけって?だってほら、…ねえ。
 もうっ、恥ずかしいなぁっ!まだ心の準備ができてないのっ!
「沙希ちゃん?」
「あ、は、はい、洗濯ですね」
 あーんもういい加減にしなさい沙希!本っ当に進歩がないんだから!
 …うん、そうよ。いつまでもこんなことしてちゃ駄目。だめでもともと、どーんとぶつからなくっちゃなにも始まらないよね。
 うん、せっかく食べたいって言ってくれてるんだもの!彼のためにお弁当作ってみよう!
「沙希ちゃん。そのタオルさっき私が洗ったの…」
「あ゛、すっ、すみませんっ!」


 ふわぁ…朝5時かぁ。ゆうべはけっきょく1時まで下ごしらえしてたし、4時間しか寝てないんだ…。
 ううん!彼に食べてもらう以上、今までで最高のお弁当を作らないと!根性よ沙希!
 今日のメニューはミートボールにスクランブルエッグ、ミニトマトに人参、アスパラガス。平凡な品揃えだけど、やっぱりお弁当って変に豪華にしない方がいいと思うの。珍しいメニューで目を引くよりは、誰にでも手に入る材料とちょっとした工夫、それに何より真心を味わってもらうものよね。…なんて、あはは、ちょっと偉そうだったかな。でもいつか自分で納得できるものが作れるようになったら、ノートにまとめて他の女の子たちにも作ってもらいたいな…
 さてと、お料理お料理!なんの変哲もない材料が、ひとつづつ別の命を吹き込まれてくのって、なんだか魔法みたいでワクワクするよね。

 ことことこと
 うーん、ちょっと味つけが…なんとなく舌に馴染まないかなあ。
 うん、さっき全力を出すって言ったばかりだものね。公くんの好みとかよくわからないけど、自分で納得できないものおいしいって言ってくれるわけないし。作りなおそうっと。
 野菜をフライパンで炒めながら、ぱっぱっぱって塩コショウする。別に名人じゃないから1回で成功ってわけにはいかないけど、すばやく味見しながら整えてくの。

 うん、完璧っ!
 さーてと、だんだん調子出てきたかな。

「うーん、ミートボール甘すぎかなぁ。もう少し抑えた方が全体のバランスが…」
「…沙希ちゃん」
「あ、おはようお母さん」
「台所使いたいんだけど」
「え?」
 ええええっ!?もう6時半!?
「ご、ごめんなさい!あとちょっとで完成なの!」
「そうは言っても、お父さんの仕事もあるし…」
「あ、ほら。ご飯は炊いてあるから」
「…おかずは?」
 私はおずおずと、夜食にするつもりだった失敗作を差し出した。いや、失敗作っていっても決してまずくはないと思うし…。
「本当にしょうのない娘ねえ。もっと早くから準備すればいいでしょう?」
 ひーんごめんなさい。これでも朝5時からやってるんです〜。
 家族に心の中で謝りながら、私は最後の仕上げにかかる。

 今日だけは絶対に譲れない、彼のための、特別なランチ。
 うん…完成っ!



「ねむい〜ねむいよぉ〜」
「ほら沙希、先生来たよ」
「うん…」
 ダメなの私、夜はぐっすり寝ないと…。くっつきそうなまぶたを必死で押さえ、長い長い1時間目が始まる。よりによって古文…。
「ゆく河の流れは〜絶えずして〜しかももとの水にあらず〜」
 こっ…根性よ沙希!
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「沙希、お昼だよ」
「ふぁい?」
 ああ、意識がもうろうとしてる。でも最後まで寝なかったね。この根性があれば大丈夫!
 私はお弁当を2つ持って、A組の教室まで走っていく。
 ドアの前で深呼吸。ここまで来て、迷ったりしない!
「公くんっ!」

「いやぁ本当にいいの?なんか希望者多かったみたいだけど」
「う、ううん。いいの」
「それじゃいただきまーす」
 だって今日はいつもと違う。あなたのために、とっておきのランチ。
 お味はいかが…?
「う、うっ…」
「えっ!?」
 な、何、どうしたの!?私なにか失敗した!!?
「うまい」
「なっ…」
 もう、びっくりさせないでよ。本当に心配したんだからね。
「いやごめん。でも本当に絶句するほどおいしいよ、これ」
 そう言って彼は、嬉しそうにお弁当を食べてくれた。
 作ってきてよかった。そう思えるようなとびっきりの笑顔。
「ああ、俺は幸せ者だなぁ」
 その言葉が、なによりも嬉しいの。女の子の、一番幸せな瞬間。
 あれ、やだ、ほっとしたら気がぬけ…
 バターン
「虹野さん!?」


 ん…
 うっすらと目を開ける。うーん、あと5分…
 …って…私、寝ちゃったの!?彼の目の前で!?
 ど、どうしよう…
 と、頭の下になにか柔らかいものがあるのに気がついた。枕…のわけないよね。
 あれ、上の方に彼の顔が…。えっと、もしかしてこれって…
「虹野さん?起きたの?」
「ぐーぐーぐーぐー(--;」
「違ったか…」
 ひ、膝枕だよねっ!えっと、つまり、地べたに寝かせるのも気の毒だと彼が思ったわけで、ど、ど、どうしようっ!
「…虹野さん、やっぱり起きてるでしょう」
「…うん」
「口元にやけてるし」
 ‥‥‥‥‥。私は真っ赤になりながら、照れ笑いして起きあがる。
「ご、ごめんなさい。寝ちゃったりして」
「よっぽど早起きしたの?」
「う、うん、まあ」
 やーん彼の顔見られない。
 うつむいたままの私に、彼は何かを差し出した。顔を上げると、きれいに空っぽになったお弁当箱。
「ありがとう、本当においしかったよ」

 …きゅん
 作ってよかったね、頑張ったかいがあったね。
 自分で自分にそう言ってあげたかった。あなたの笑顔がほしかったの。
「ま、また作ってきてもいいかな!」
「大歓迎!」
「それじゃまた明日にね!」
「え、いいの!?」

 5時間目の授業中。眠気もどこかに吹き飛んで、明日のメニューを考えてる。
 お料理って不思議よね。こんなに幸せになれるんだもの。
「えへ、えへ、えへへへへ…」
「沙希…?」


 だって世界にひとつだけ、初めて作った、愛情入りのランチ。
 こんなことしかできないけれど、あなたのために、特別なランチ。


 でも明日からは…毎日が特別かも、ね☆





<END>





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