「ひなちゃんおはよう。出来はどうだった?」
 にこにこと手を振って駆けてくる沙希の姿に、あたしはふっと肩をすくめた。
「考えてみればさぁ…手間ヒマかけてまずいもの作るくらいなら、お金払っておいしいもの食べた方がいいよね」
「‥‥‥‥‥‥」
 何よ何よその目はぁ〜〜〜〜〜!



朝日奈SS:アンテナランチ





「ね、ひなちゃん。もう一度挑戦してみない?今度はわたしも手伝うわ!」
「いいよ別に。めんどくさいし」
「(や…やる気が感じられない!!)」
 行きつけの喫茶店でケーキを食べながら、あたしは昨日の台所の惨状を思い出していた。だーって300円出せばこんなおいしいケーキが食べられるんだし、その方があいつだって喜びそうじゃん?
「そ、そんなことないと思うな。手作りのお弁当ほどもらって嬉しいものはないと思うよ」
「そぉ?あたしだったら味がすべてーって感じ」
「…ひなちゃんて現代っ子だね…」
「沙希が古すぎんの!今どきつくす女なんて全然流行んないんだかんね」
 ガァーン
 沙希はなんだかショックを受けると、ぽつぽつとケーキをつまみ始めた。
「嫌な世の中になったもんだね…」
「大ゲサな…」
「ううんいいんだ…。ひなちゃんの言うとおり、男に貢がせるのが今どきの女の子なのかもしれないね…」
「誰もそこまで言ってない…」
 勝手に落ち込んでる沙希と別れて、あたしはぶらぶらと街を歩くことにした。行きつけの本屋のドアをくぐると、店員がちょっと嫌そうな顔でこっちを見る。あーあ激マズ、ここも顔覚えられちゃったか。
「(でもたまには買ってるじゃんさ)」
 心の中でぶつくさ言いながら、立ち読みが群がってる雑誌のとこへ行く。情報誌に手を伸ばしかけて、ふと料理の本が目に入った。
「(うーん…)」
 そりゃあたしだってコウに喜んでもらいたいとは思ってるよ。でもできないものはしょーがないじゃん。どうせあたしは沙希みたいに料理うまくないよ。
「あーあっ」
 小さくため息ついて、あたしはぺらぺらと情報誌をめくる。見覚えのある単語が目に留まって、数ページ戻ってみればやっぱり『お弁当』。
「たはは…。なんかハマっちゃってるなぁ」
 そう苦笑いしてたあたしだけど、本文を読んでくうちに目つきが変わってきた。こ、これだーっ!

「トロピカルランチ?」
「そ」
 次の月曜の教室前。あたしはにこにこしながら例の情報誌を(結局買っちったい)コウの前に広げてみせた。
 表通りにForbsって店があって、最近流行ってるお弁当屋なんだよね。お弁当っつっても超ダサなのじゃなくて、すっごいおっしゃれーで若者たちに大人気って感じなんだけど、あたしの場合前にバイトして3日で辞めたって過去があるから(笑)実はあんまり行ってなかったりする。でも時々やってる期間限定ランチはホント超マジでおいしくって、情報誌にも載るし開店前から店の前に行列はできるしで要チェックなわけ以上解説終わりっ。
「ふーん、確かによく聞くよね。今度の休みにでも行ってみる?」
「ヤダ。今日がいい」
「は?」
 きょとんとしてるコウに、あたしは甘えるようにすり寄った。
「ねぇ〜いいじゃん〜。ブッチしちゃお、ね?」
「無茶苦茶言うなよ…」
「そーんな真面目なこと言わないでよ。ねぇねぇ」
 あたしの誘惑にもコウは困った顔をするばかり。まぁ、わかっちゃいたけどね。
「そっか…。でもあたし、コウが来てくれると信じて待ってるから」
「あ、朝日奈さん!?(そんな勝手なーーっ!)」
「11時半に2階席でね!それじゃっ!」
「行かないってば!」
 コウの返事を無視してそのままダーーッシュ!柱の陰で立ち止まり、ちらちらと様子をうかがってみる。ふふふ、動揺してる動揺してる。
「ひなちゃん」
「ひゃっ!」
 …あ、なんだ沙希か。おどかさないでよも〜〜。
「その顔は…さては聞いてたね」
「ご、ごめんね。あんなおっきい声で話してるんだもん…。でもひなちゃん、エスケープなんてよくないよ」
 あーったくこの子は、1年365日もあるんだから、1日くらいサボったって別にいーじゃん。それにさ、
「実はこれは賭けだったりするわけよ」
「か、賭け?」
「そ。学校サボってお昼食べに行くなんてあいつなら普通しないけどさ、でもそれでも来てくれたら、それだけあたしのこと大事にしてくれてるってことじゃん?」
「そんなっ!(ガーン) そ、それじゃもし来てくれなかったら!?」
「…そん時考える」
「それを賭けとは言わないんじゃ…」
「いーのっ!んじゃ、あとよろしくね」
「よろしくって、ええええっ!?」
 叫んでる沙希を残して窓からひらりと…飛び降りはしなかったけど、北校舎のトイレで私服に着替えると、裏門からこっそり抜け出した。それじゃひなちゃん、作戦開始!


「うっわー、もうこんなに並んでるよ」
「ったく、世の中バカが多いよなー」
 ならあんたらもバカだよ。あたしもだけどさ…。
 今9時半で、トロピカルランチは11時から。あたしは話相手もいないので、ただぼんやりと時間が過ぎるのを待っていた。
(コウ、来てくれるかなぁ…)
 ホント言うと全然自信があるわけじゃなくって、ただアイツ優しいしとかいう超甘な計算しかなかったりする。でも今さら後になんて引けないし。
(あーあ)
 やっぱ沙希みたいに料理得意だったらなぁーって。文句たれる前に練習しろって?でもあたしの嫌いな言葉は1番が「努力」で2番が「頑張る」だもんね。
 ちらちらと腕時計を見る。早めに来て一緒に並んでくれないかな、とかいうのはやっぱ虫のいい期待みたい。
 そんなこんなで前の方から歓声が上がって、一度動き出すと行列は早い。あたしはサイフを取り出して、今か今かと待ちかまえてたんだけど
「え〜っ、ひとり1個ぉ!?」
「申し訳ございません〜。今日はほら、お客様が多いもので…」
 ちょっとぉ、なんで今日に限ってそーゆーことすんのよ!あんたあたしになんか恨みでもあるわけ!?
 …なんて言ってもしょーがないので、あたしはお弁当を1つ手に2階へと上がっていった。コウが来たら半分こしよ。
 2人席は満杯だったけど、バッグ使ってなんとか2人分の座席を確保して。今の時刻は11時20分。そろそろ来てくれてもいいんだけどなー。
 周りを見ればカップルばかり。ふんだ悔しくなんかないわよ。もうすぐ超カッコいい彼氏があたしのために来てくれるんだからね。
 11時半。約束の時間。やって来たのはコウじゃなくて、超気色悪い黄色い声。
「ちょっとぉ〜、ここ空いてるわよねぇ〜」
「あ、はい」
「それじゃ座ろうぜェ」
 思わずバッグどけてしまった。コウが座るはずだったとこにケバい女がどっかと座り、香水まき散らしながら隣の男といちゃついてる。よっぽどケリ入れてやろうかと思ったけど、今はそれどころじゃなかった。
(遅刻だぞ、ばか)

 …はぁ…
 あいつっていつも優しかったっけ。あたしが行くとこ、文句ひとつ言わず付き合ってくれた。
 だから今日ぐらいは大目に見てやらなくちゃね。もう時計見る気もしないけどさ。
 ほら、トロピカルランチおいしそーじゃん。周りみんな楽しそーだし、せっかく並んだんならブルー入っちゃ損損。んなことしたって、なんにもいいことないしね。
「いっただっきまーす」
 プラスチックのフォークを取って、適当にランチをつっつき回す。サラダをひとくち取って、えいやっと口につっこんだ。
「ほら、超おいしー。もう最高だねっ!」
 飲み込んで、2口めを取る。なんかフォークが重いような気がしないでもない。
 3口め。ダメだよ、楽しまなくちゃ。ほら、周りみんな仲良さそう。あたしだけ、誰も、いないけど。

(あ、)

 まずい、泣きそう。
 明るい笑い声が聞こえる中、あたしはじっと下を向いたまま、必死で涙をこらえていた。


 1人で食べたって、おいしくもなんともない。
 そんな当たり前のこと、どうしてあいつにはわからないんだろう。


「コウのバカァ!!」
 思わず立ち上がって叫んでいた。頬を伝ってぽろぽろと、押さえきれなくなった涙が転がり落ちる。
 周りはしんとしてこっちを見てる。何よ文句ある!?だいたいあんたら昼間っからベタベタベタベタ暑っ苦しいんだよねっちっとは人の迷惑ってもんも考えなさいよあーまったく超ムカツク!!
「あ、朝日奈さん…」
「あによぉ!!」
 怒鳴って振り返ると…そこにコウがいた。


「朝日奈さん?」
「え、あ、うん…ええっ!?」
 今は12時半。学校ではまだ4時間目の授業中。実際コウは制服で、走ってきたらしく息を切らせてる。
「いや、エスケープなんて本当はいけないんだけどね。その…」
 コウは困ったように頭をかくと、いきなりがくーっと肩を落とした。
「優柔不断と言うなら言って…」
「う、ううん、超嬉しい!ほら座って座って。あんたらちょっとそこどきなさいよ」
「えーっ、何で…」
「うるさいっ!コウがあたしのために来てくれたんだかんね、こういう時はサクッと席を譲るのが世間の常識ってもんでしょうが!」
 なんとか場所を確保すると、ひきつってるコウを席に座らせて。あたしは隣にちょこんと腰を下ろした。今度はこみ上げてくる笑顔がちょっと押さえきれない。
「あ、ほらほら。お腹すいたっしょ?あたしが苦労して並んだお弁当だぞ」
「そ、そうだっけね。ごめん1人で並ばせちゃって」
「やだ、そんなの別にいーってば。はい、あーん」
「え!?」
 硬直してるコウの口に無理矢理押し込むと、口を動かす彼をじっと見つめていた。これって実は間接キスだったり…。
「ね、おいしい?おいしーよね、最高でしょ!」
「いや確かに、さすが有名になるだけのことは有るね」
「えへへ、今度はあたしも食べさせてほ・し・い・な」
 人差し指でコウの胸をぐりぐり。周りの視線がえらく冷たいのは気のせいだよね。
 あーっ、コウのやつも必死で吹き出すのこらえてる。もう超むかー!
「ホント朝日奈さんて…はいはい、ほら口開けて」
「う、うんっ。あーん」
 えへ、でもこれで全部許しちゃう。コウがくれたお弁当、さっきとぜんぜん味が違う。
 あたしが今まで食べた中で、サイッコーのお弁当だねっ!

「…どっかに専業主夫やってくれる人いないかなぁ」
 そろそろ空になってきたお弁当箱を見ながら、あたしはできるだけさりげなーく言ってみた。ホントにさりげなく、ね。
「は?」
「あ、ほら、あたしって家事とか全然ダメだしー、結…婚しても家にずっといるなんてヤだし、でも2人ともいなかったら子供が寂しがるし、家で待っててくれる人がいたらな…とか…」
 って全然さりげなくないかも…。コウもどうしたらいいかわからない顔で、壁に掛かってるポスターなんかを見てる。
 しばらく気まずい空気が流れて、手持ちぶさたなあたしは最後のパイナップルを口に入れた。なんか取りようによってはプロポーズ…みたいだったかも…。
「俺、料理得意だよ」
 思わずコウの顔を見た。あいつは照れくさそうに視線を外すと、あわててお弁当のトレーを片づけてゴミ箱へ向かう。あたしももちろん後を追った。
「ねえねえ、それって…その、そういう意味だよね!?」
「は?どういう意味?」
「もう、意地悪ぅ!いいよーだ、あたしの方はきっちり耳に焼き付けといたからね!」
「ああ、今日もいい天気だなぁ」
 外に出ると、本当に今日はいい天気だった。今のあたしの気持ちみたいに。
「それじゃこれからどっか行こ!」
「了解、俺制服だから、見つかったら一緒に逃げてね」
「うんっ。えへへ、やっぱりコウって優しいなぁ」
 あたしは誉めたつもりだったんだけど、コウはちょっと心外そうな顔でこっちを見た。
「別に優しさで付き合ってるわけじゃないよ」
「いや、そりゃそうだろうけどさぁ…。それじゃなんで?」
 あたしの反撃に、あいつは背中からあたしを抱きしめる。
「朝日奈さんと一緒にいるのが楽しいから!」
 …うん、あたしも。
 これからもずっと、ずっと一緒だよねっ!


「とゆーわけで、ひなちゃんの作戦は大成功でしたぁー」
 沙希の前でびしっとVサイン。やっぱ日頃の行いがいいもんね。
「でもお金出して買ったお弁当というのがなんか納得行かないなぁ…」
「もー、おいしけりゃなんだっていいじゃん。とにかくあたしは幸せだったの!」
 ちょっと考え込んでた沙希だけど、あたしの顔を見てにっこり笑ってくれた。
「…うん、本当にひなちゃん幸せそうだもんね。お昼食べた後なにかあったの?」
「やだもーそんなんじゃないってばぁ!」(ばんばん)
「ひなちゃん、痛い…」
 沙希と違って料理なんてできないけど、でも全然だいじょーぶだね。
 だってだって…コウが一生食べさせてくれるもんねっ☆



<END>



後書き
感想を書く
ガテラー図書館に戻る
新聞部に戻る
プラネット・ガテラーに戻る