セールスマンマルチ
テストが終わって数日後、長瀬主任がわたしに質問してきました。
「どうだったいマルチ、学校では」
「はいっ。パシリに使われたり、校門で挨拶しても無視されたりしてたですー。えへへ」
「はあぁ…」
ため息をついた主任さんは、某ドラマCD『Piece of Heart』を取り出します。
「感情豊かなマルチがクラスメートに冷遇され、感情に乏しいセリオがクラスメートから卒業証書をもらい『仰げば尊し』まで歌ってもらえたのは、一体どういうわけなんだろう」
「黒田洋介ってまともに東鳩プレイしてないんじゃないですか?」
「‥‥‥‥」
「はわわー! 冗談ですー、リヴァイアスの最終回がクソだったことなんて全然気にしてないですー!」
「…とにかくだねぇ」
ごほんと咳払いする主任さん。
「一般生徒にあまり受けが良くなかったし、HMX−12は心を外して廉価版になんて話も社内で出てるんだよ。このままでは…」
「わ、わたしの妹たちは発売されないんですかっ?」
「売れそうにないものは売ってはもらえなくてねぇ。そこでだマルチ。君、もう一度学校に行って契約を取ってきなさい」
「へ?」
「売れることさえ証明されれば上を説得できる」
皆さんの財布の中身を思い出して、わたしはぶんぶんと頭を振ります。
「む、無理ですよぅ。高校生にメイドロボなんて買えるわけないじゃないですかぁ」
「別に買うのはいつでもいい。将来的に出せば売れるという、保証がほしいんだよ。そうだな…10人もいれば発売にこぎつけられるだろう。それじゃよろしく頼むよ」
「は、はぁ…」
うーん、大変なことになりました。そうだ、寺女で受けが良かったセリオさんに相談してみましょう。今は綾香さんの家にいるはずです。
「もしもし、セリオさんですかー? 実はかくかくしかじかですー」
『――そうですね。無表情の中でたまに見える感情の揺れが、私の人気の要因と分析されます』
「は、はぁー。それでわたしはどうすればー」
『セリオー。そろそろ学校行くわよー』
『――了解しました綾香様。マルチさん、まあせいぜい頑張ってください』(フッ)
プツン。
‥‥‥‥。
「主任さぁぁぁん!」
「なんだいマルチ」
「セリオさんが『フッ』とか言って小馬鹿にしたように笑いましたぁぁぁ!」
「何を言ってるんだい、セリオがそんなことするわけないだろう。それよりそろそろ準備しなさい」
あうう。あんのクソロボ、猫かぶって寺女生徒の歓心をゲットしたんですねー!?
しかしわたしの方がお姉さんです! セリオさんには負けませんー!
「それじゃ行ってきます、主任さんっ!」
「張り切ってるねぇ」
と、意気込んで学校まで来たのですが…
「おはようございまーす」
「おはようございまーす」
ううっ、今日も皆さん見向きもしないで通り過ぎます…。
浩之さん以外の皆さんは、どうしてこんなに冷たいんでしょう。
やはり買い物を頼まれてお釣りをなくしたり、宿題を頼まれて答えを全部間違ったり、PCの操作を頼まれてうっかり全HDを消去したのがまずかったんでしょうか…。
いや、過去のことは忘れましょう! わたしは前向きなやつですー!
「おはようございまーす」
「おはようございます、マルチさん」
ああっ、初めて返事が返ってきました。松原葵さんです。
この人なら買ってくれるかもしれません。しょせんわたしの色違いキャラです。
「葵さん、メイドロボ購入の予定はないですか?」
「あ、私必要ないです。自分のことは自分でできますから」
そんなあっさり…。
「やはりロボットなんかに頼ったら人間ダメになりますよね! じゃ、私トレーニングに行ってきます」
「目からビーム!!」
「ぎゃぁぁぁ!!」
ふぅ、資本主義の敵を一人退治したですー。人間が楽をしようとしてこそ技術は発展するですー。
やはり浩之さんでないと駄目そうですね。探しましょう、浩之さ〜ん!
「なんだそんなことか。もちろん、大学入ったらバイトして買ってやるぜ」
浩之さんはサワヤカにそう言ってくれました。
「うううっ、ありがとうございます〜。そう言ってくれるのは浩之さんだけです〜」
「泣くなって、大袈裟なヤツだな」(なでなで)
「あっ…」
頭をなでられて、目がとろ〜んとしてきた時でした。
「ちょーっと待ったぁ!」
対抗するように、志保さんが割り込みます。
「もちろんこのあたしもいずれは買うわよ」
「ほ、ほんとですかっ!?」
「最先端のメイドロボは、この志保ちゃんにこそふさわしいのよ〜」
「新発売の物には何でも手を出して失敗するタイプだな、オメーは」
「なによ、ムッカつくわねぇ」
一気に2人ゲットですー。ここはもう一押しです。
「あのぅ、あかりさんはいかがですか?」
「え? うーん、メイドロボがいるとお嫁さんの仕事全部取られちゃいそうだね」
「はうう…」
「あ、で、でもマルチちゃんならいいよ。一緒にいると楽しそうだもん」
ううっ、皆さんいい方ばかりです。わたしは感激のあまり、目と鼻からきれいな水を流しました。
「でもさ、マルチちゃん」
しかし雅史さんが冷静にツッコミます。
「君の値段って外車と同じくらいするんだよね?」
「はいっ! 勉強して100万円台には押さえてみせます!」
しーーん
「すまんマルチ、少し考えさせてくれ」
「浩之さんっ!?」(ガーン)
「たかが楽しい生活にその額はちょっとね…」
「100万あれば半年は遊んで暮らせるわよ…」
「ま、待ってくださいー! 月賦でいいです! 粗品もつけますからぁ! あああ〜」
去っていく3人の背中を見送りながら、わたしはがっくりとその場に崩れ落ちました。
「まぁ、AIBOも100万だったら誰も買わなかったろうしね…」
「ううぅ、そりゃ愛玩品としては高いかもしれませんが、癒し効果で人生明るくなるなら安いもんじゃないですかぁ」
「なら不幸背負ってる人の方がいいんじゃない? 琴音ちゃんとか」
「雅史さん、笑顔で酷いこと言ってます」
「なんだいポンコツ? 僕のせっかくの情報を無にする気かい?」
「すすすすびばせぇん! それじゃそうしてみますぅ!」
逃げるように1年生の廊下へと行くわたし。きょろきょろと周囲を探します。あ、いました。
「待ってください〜! 不幸背負ってる琴音さーん!」
「(キッ!)」
パリーーン!!
はわわわわわわわ。
粉々になったガラスの向こうから、目をらんらんと光らせた琴音さんがゆっくりと近づいてきました。
「そんなに滅殺がお望みですか、マルチちゃん…?」
「ととととんでもありませぇぇぇん! わ、わたし、琴音さんの人生を明るくしようと思って…」
「え…?」
よっぽど人生に疲れてるのか、あっさり引っかかる琴音さんです。
「わたし、琴音さんのお役に立ちたいです。琴音さんの喜ぶ顔が見たいんですっ」
「ほ、本当ですか? 他の人みたいに、私の陰口言ったりしませんか…?」
「はいっ! 根暗とか計算高いとかカニバサミ女とかは口が裂けても言いませんー!」
「‥‥‥」
グギゴギガギ
変な音がしたかと思うと、わたしの視界が変わっていました。
「ああっ! なぜか首が180度回転してますぅー!
琴音さん! 直してから行ってください、琴音さーーん!!」
首は通りすがりの委員長さんが直してくれましたが、セールスの方はなかなかうまく進みません。
「お願いします、買ってくださいぃ」
「間に合うとるよ」
「洗剤つけますからぁ」
「しつこいやっちゃなっ! いい加減にせんとケリ入れるでっ!」
「はうう」
やっぱりわたしってダメロボットですね…。セリオさんの足下にも及びません…。
「ぐすっ…ひっく…」
階段の隅で一人で泣いていると、不意に頭に手が置かれました。
「あ…」
(なでなで)
顔を上げると、黒マントに黒帽子をかぶった女の人が。
「せ、芹香さん…」
(こくこく)
「うわ〜〜ん、芹香さぁぁぁんっ!」
緊張の糸が切れたように、芹香さんの胸で泣きじゃくるわたし。何も言わず頭をなでてくれる芹香さんに、わたしは事情を話します。
「やっぱり世の中は不景気なんですねぇ…。え? 100万円なら今月の小遣いで買える?」
(こくこく)
「さ、さすがは芹香さんですぅ! それじゃこの契約書にサインを…」
(ふるふる)
「え? 身内特権で横流ししてもらうからいい? それじゃうちの儲けになりませぇぇぇん!」
「‥‥‥」
「は? 身内が作ったものに定価を払うバカがどこにいる? はぁ、正論ですねぇ…。…あうう」
「‥‥‥」
さすがに哀れになったのか、芹香さんはひとつ助言を与えてくれました。
「相手の危機感を煽るといい? 私もそうやって壺を売りつけました? 誰に売ったのか聞くのが怖いですが、わかりました、そうしてみますー」
さっそく廊下に飛び出して、大声で叫びます。
「みなさん、来栖川は大企業ですー! わたしが売れずに倒産したら雇用不安が起きますー!」
「なんだなんだ」
「そうなると税金を投入して救済ですー! それを防ぐためにも、ぜひわたしをお買いあげ…」
「ふざけるなこの野郎!」
「国民の敵!」
「ああっ逆効果ですー!」
すっかり顧客の信用を失ったわたしは、石を投げられながらほうほうの体で校舎の外へ逃げ出しました。
あうう、もうダメです…。契約数ゼロ。わたしの未来は絶たれました…。
世をはかなんで天を仰ぐわたし。そこへとつぜん、明るい声がかかりました。
「ヘイ、マルーチ! そんな顔してたら売れるものも売れないヨ!」
「あ、レミィさん…」
「OK、何も言わないで。ワタシの家も金持ちネ。買ってあげマース!」
「えええっ!?」
勝手に転がり込んできた幸運に、思わず耳センサーを疑ってしまいます。
「い、いいんですかレミィさん? だ、だって100万…」
「Don't Worry! たぶんマルチが発売される頃には、うちのマギーも買い換え時になってるノ。どうせ買うならマルチが一番だものネ」
「あ、あ、ありがとうございますぅぅぅっ! レミィさんは神様ですぅぅぅっ!」
「気にしないネ! ワタシも動くターゲットができて嬉しいデース!」
‥‥‥‥。
「アメリカンジョーク!」(HAHAHAHAHA)
「冗談に聞こえませぇぇぇん!!」
「嫌なら別にいいヨ」
「あああああっ」
売れずにスクラップか、売れてハンティングの的かの二者択一ですかーっ!?
しかし背に腹はかえられません。私は契約書を取り出すと、レミィさんの名前を書いてもらいました。
「それじゃ発売を楽しみにしてマース! Bye-Bye!」
「あ、ありがとうございました〜…」
はうう、ごめんなさいわたしの妹たち。といっても発売されるかも怪しいですけど…。
「…なんかもう、どーでもよくなりましたぁ…」
気が抜けてふらふらと帰ろうとするわたし。が、
ドン
いきなり走ってきた人にぶつかってしまいます。
「あううっ」
「ご、ごめんなさ〜いっ、私ったらそそっかしくて…。あっ、マルチちゃんだぁ」
「り、理緒さんっ」
どうせ買えないだろうと思って、今日一日視界から外していた理緒さんです。
「あの、ダメ元で言ってみますけど、実はこれこれこういう事情でしてー」
「ひゃくまんえん? 何それ、おいしい?」
わかってました。わかってましたぁー!
「よくわかんないけど、マルチちゃんも大変なんだね」
「はうう、優しいお言葉ありがとうございます…。けどもうダメみたいです…」
「…ねえ、マルチちゃん。うちにおいでよ!」
「え?」
きょとんとするわたしの手を、理緒さんがしっかと握りました。
「そんな研究所になんて帰る必要ないよ! 2人でバイトすれば、何とか暮らしていけるよ。ね?」
「理緒さん…」
そうですね。妹たちも作られそうにない今、研究所に戻る意味なんてないのかもしれません。
でも…
わたしはそっと、理緒さんの手を外しました。
「ごめんなさい…。お気持ちは本当に嬉しかったです」
「マ、マルチちゃんはそれでいいの? 辛くないの?」
「わたし、ロボットですから」
せいいっぱい、わたしは笑顔を作ります。
「ロボットだから、平気です。ロボットには人権がありませんから。
進路も自由もなくて、あるのは商品価値だけなんです」
「それってむちゃくちゃ救いがないね…」
「はっきり言わないでくださいよぅ…」
再び落ち込むわたしに、必死でフォローを入れる理緒さん。
「ま、まあまあ。頑張ればきっといいことがあるよ! 私が言っても説得力ないけど」
「全然ないですね」
「‥‥‥」
「はわわ! 冗談です、理緒さんの言うとおりです!」
そうですね、ダメロボットでも、せめて笑顔は忘れないようにしないと…。
「ありがとうございました、理緒さん」
「うん、マルチちゃんも元気でね」
理緒さんと学校に別れを告げ、わたしは胸を張って歩き出しました。
そして来栖川エレクトロニクスの研究所では…
「やあ、お帰りマルチ。その顔だとうまくいったようだね」
「はいっ! 1人だけ契約を取ってきました。あとの9人はまけてください」
「まかるかーー!!」
こうして心を持ったロボットの発売はお蔵入りとなりました。えぐえぐ。
HMX−12は感情を外した廉価版の販売となり、わたしはデータだけ保存して倉庫行き…ですかねぇ。
「いや、実はすでに相当の予算をつぎこんでいてね。そこで少しでも開発費を回収するために…」
「ために?」
「君はヤフオクに出されることになった」
「救いがありませぇぇぇぇん!!」
「なにしろ世界に1体だからね。うまく釣り上げれば数千万は行くと思うよ。それじゃよろしく頼むよ」
「に…人間なんて……」
こうしてすっかり人間不信になったわたしは、研究所の奥で恨めしげにオークションの推移を見守っているのでした。
い、いつかみんな呪ってやるですー。はうう…。
その頃、自室でヤフーを見ていた綾香は…
「ったく、研究所の連中も何考えてんだか…。ん、なにセリオ? 落札してほしいの?」
「――はい。綾香様さえご迷惑でなければ」
「あんたの頼みなら迷惑のわけないわよ。セバスー! 銀行呼んでー!」
「(これで私に頭が上がりませんね、マルチさん)」(フッ)
<END>