先に遭遇したのは立火の方だった。
「よう、お久しぶりやな」
「どーも、広町さん」
暁子の後ろに光はおらず、他の京橋の部員たちがはらはらと見ている。
立火が見る限り平凡な生徒たちに映る。
やはり今回の計画は、暁子の商才だけで遂行しているのだろう。
「この前のライブも見に来てくれたやろ? あの時の一年生が、あんな逸材とはなあ」
「お陰さまで大いに参考にさせてもらいましたわ。GWに情報くれたこと、後悔してるんとちゃうの」
「何言うてんねん。敵は強い方が倒しがいがあるんやで」
不敵に笑う立火に、暁子も負けじと眼鏡を光らせる。
「またまた、色々と文句言いたいこともあるんやろ? 遠慮せず言うたらええのに」
「口喧嘩しに来たわけとちゃうわ。四の五の言わず実力で勝負や」
「相変わらず男前なことで……」
「まーまー、お祭りなんやから楽しくやろう!」
追いついた桜夜が、立火の後ろからぴょこりと顔を出した。
同時に暁子の顔がひるみ、半歩後ずさる。
(げっ、アホの木ノ川……)
「あの時は英語ありがとねー」
「い、いえいえ……」
「でも教えてもらった内容、もうほとんど忘れてん。また教えてくれへん?」
(くたばれマジで! 私の苦労は何やったんや!)
頭痛がしてきた暁子は、桜夜を無視して立火に捨て台詞を投げる。
「とにかく、私たちは何を言われようと徹底的にやる。大阪三強の看板、この夏限りで降ろしてもらうで!」
返事を待たず、身を翻してその場を離れた。
慌てて追いかける部員たちの中で、まゆらが意外そうな顔をする。
「アキコちゃんにも苦手な相手っているんやな~」
「あそこまでのアホは私の常識の外や……」
「けどさすが強豪、本番でも堂々としてる。光はともかく、私たちよりずっと上なのは確かや」
今日ステージに上がる葛の言葉に、下級生たちにも不安がよぎる。
それを安心させるように、暁子は敢えて軽い口調で言った。
「ま、練習通りにやってくれたら大丈夫や。あとは光と私が何とかする。
そろそろ光を呼んでくれる?」
「あ、はいっ」
一年生が電話をかけるが、その顔が徐々に青ざめていく。
「光ちゃん、電話に出ません……」
「何やて!?」
* * *
田舎者丸出しで、光はきょろきょろしながら散歩していた。
(すっごい人ごみだなあ。制服がよーけあって面白い)
(呉に行ったときも、こんなに大勢の女の子はいなかったな)
(これがみんなスクールアイドルだなんて!)
嬉しそうな光は思いきり人目を引いているが、周りはひそひそと話すだけで、天才少女に声をかける者はいない。
それがつまらなくて、誰かに話しかけようかと思った時だった。
「瀬良さん!」
呼ばれて振り返ると、黒髪セミロングの女の子が、いきなり指を突き付けている。
「私はWestaの天名夕理! スクールアイドル界の行く末を真に憂う者や!」
一瞬驚いたが、声をかけてもらえた喜びを顔に浮かべて挨拶する。
「初めまして! って言ってもライブで見たけどね。曲を作れるなんてぶちすごいね!」
「瀬良さん……」
夕理は息を整える。
花歩の偵察情報の通り、光自身は無邪気で素直な子のようだ。
悪いのは全て、あの眼鏡部長なのかもしれない。
ならば改心させられるのではと、落ち着いて説得を試みる。
「あなたは本物の天才やと思う。あなたがスクールアイドルを始めてくれたのは、私としても嬉しい限りや」
「そう? ありがとう」
「だからこそ口惜しいねん。何で金に頼るような、汚い手を使うんや」
「?」
「スクールアイドルの魂である楽曲を金で買おうだなんて! おかしいと思わへんの!?」
真剣な怒りをぶつけたつもりだが……
ぶつけられた方は、何が悪いのか分からない風にきょとんとしていた。
「そう言われても、うちの部は曲作れる人がおらんけん」
「そっ……そこを頑張って何とかするところやろ!? その努力が尊いんやろ!?」
「自分が曲作れるからって言ってない?」
「んなっ……わ、私が言いたいのはそういうことやなくて!」
「まあ、細かいことは別にいいや。私はスクールアイドルができるだけで嬉しい。
それに、暁子部長に任せておけば間違いないからね。部長は私を見つけ出してくれた人じゃけん!」
「な、な、な……。
なんという考えなし! こんなの絶対許せへん!
ええか瀬良さん、そもそもスクールアイドルの歴史というのは……!」
「やめなさい天名さん。自分の正義を押し付ける迷惑な人になってるわよ」
いきなり後ろから、追いついてきた姫水に止められた。
迷惑な人と断じられ、憤激で口をぱくぱくさせている夕理に代わり、姫水が光に相対する。
「初めまして瀬良さん。コムズガーデンでは貴重なご意見をいただけたそうね」
「ああ、あの話聞いちゃった? 私の勝手な感想じゃけん、気にしないで!」
「いいえ――」
その会話は、人をかき分けてきたつかさにも辛うじて届いた。
(よし、ええで藤上さん! ガツンと言うたれ!)
『求められた通りを演じるだけの人形』
そんな評価を姫水に下した奴を、つかさは未だに許せない。
姫水が人形なら、それに心を奪われた自分は一体何なのか。
彼女自身の口から、そんなのは違うと否定して欲しかった、が……。
姫水の態度は何も変わらず、いつもの優等生的な笑みを見せただけだった。
「あなたにそう見えてしまうのは、きっと私の努力が足りないのでしょうね。
いつか認めてもらえるよう、より一層精進するわね」
(なっ……なんで、藤上さん……)
「……ふーん」
光の目はつまらなそうに、がっかりしたように、姫水を視界から外した。
そのまま後ろで愕然としているつかさを捉え、嬉しそうに手を振る。
「あっ、彩谷さーん。こんにちはー」
「何を馴れ馴れしく挨拶してんねん!」
「なんだか顔が暗いね? 本番じゃけん気合入れよう!」
「やかましいわ放っとけマジで!!」
と、迷子になっていた花歩が光の後ろから出てきた。
慌ててつかさの方へ行こうとしたところで、光とすれ違いざまにある音に気付く。
「瀬良さん、電話鳴ってへん?」
「あ、本当だ。もしもし部長? ごめんなさい怒らないで! すぐ行きます!」
慣れない手つきで通話を切って、光は花歩へ笑いかけた。
「ありがとう丘本さん! ステージにはいつ上がれるの?」
「こっちが聞きたいで……」
「そう、冬は勝負できるといいね! それじゃWestaのみんな、予備予選なんかで負けんでね!」
悪気なく余計なことを言って、光は宮島の鹿のように身軽に戻っていった。
目的を果たせなかった夕理は、その場で溜息をつく。
よく分かった、光は桜夜の同類だ。要するにアホだ。
やはり負けるわけにはいかないと、決意とともに顔を上げたが……
その目に飛び込んできたのは、つかさが姫水に食って掛かる光景だった。
「何をあんな奴に言われっ放しになってんねん! 悔しくないの!?」
「え? いちいち反論しても仕方ないでしょう」
「あいつ、がっかりした顔してたで!? あんな顔されて何を平然とっ……」
「どうしたの彩谷さん、あなたらしくない。いつからそんな熱血になったの」
「そ、それはっ……」
花歩がぽかんとしている一方、理由の分かる夕理はぎゅっと胸を抑える。
本当に、つかさらしくない行動ばかり見るようになってしまった。
でも、好きな人を馬鹿にされて悔しがる彼女を、どうして否定なんてできるだろう。
「お、おいおいおい! どうしたんや!」
慌てて飛び込んできたのは立火だった。
ただならぬ雰囲気に割って入る部長に、つかさは気が抜けたように下を向く。
「いえ……何でもないっす」
「ちょっとぉー、本番前に仲間割れとかやめてやー」
不安そうな桜夜を、平然としたままの姫水が慰める。
「大丈夫ですよ。これから桜夜先輩の可愛さで、会場を塗りつぶすんですから。帰る時には皆笑顔になってますよ」
「え、そう? 私ってそんなに可愛い?」
「はい、今日は一段と」
「なんや姫水、ずいぶん桜夜の扱いが上手くなったやないか」
「それはもう、こうも扱いやすい先輩は他にいませんので」
「どーゆー意味やねん!」
桜夜のツッコミに、花歩はほっとして、つかさは便乗して笑顔を作った。
とりあえず空気を取り繕って、戻ろうとする途中――
つかさにだけ聞こえるように、姫水が小声で伝えた。
「心配しないで。瀬良さんが本当に本物なら、後で私を見直すことになるから」
「え……」
どういうこと、と聞く前に、姫水は人ごみの中に消える。
意味は分からなかったが、何らかの自信が彼女にあるのは分かった。
つかさの頬が勝手に緩んでいく。
(い、いやまあ、最初から分かっててんけどな! 藤上さんがあんな奴に負けるわけないし!)
(あ、あたしも、足引っ張らない程度には気合い入れようかなー)
(うん、まあ、ちょっとだけ!)
一同が元の場所に戻ると、さすがの小都子も少し怒っていた。
「冷や冷やさせんといて下さい! もう前のグループが呼ばれましたよ!」
「ごめんごめん。よし、みんな行こか」
立火たちが鞄を持ち上げたと同時に、呼び出しがかかる。
「No.68 Westa。劇場内に入ってください」
一同は急いで公園を出て、劇場に踏み込む。
そこは現在進行中のライブ会場。
既に予備予選の三分の二が経過し、ロビーにまで熱気が届いていた。
* * *
「頑張ってください! 客席から応援してます!」
花歩の声援を受け、ステージメンバーは手を振って楽屋へと向かう。
そして客席へ行こうとした花歩は、晴に止められた。
「一階席は一般のファンや。参加校の部員は二階と三階」
「あ、そうやったんですね。予備予選から見にくるなんて、熱心なファンですね」
「大抵は目当てを見たら帰るが、中には通しで全部見るウォッチャーもいるらしい」
「97グループをですか!?」
「欠席もあるから90くらいやろうけど、それでも修練やな」
(いくらスクールアイドルが好きでも、私には無理やなあ)
とりあえず二階の扉を押してホールに入ると、ライブ中の少女たちが目に飛び込んでくる。
緑が基調の衣装に、透明感があって癒やされる歌声。
花歩はこのグループを知っている。ランキングで何度かWestaを上回っていたから。
(鶴見緑地学園、『GreenTeaPod』!)
(なんかこの前、『ヴィーガン食に挑戦』とかの動画を上げてた!)
エコでロハスなステージを終え、大きな拍手を浴びて演者たちはステージを降りた。
座席が空いてないので、仕方なく立ち見のまま晴と話す。
「少ししか見られませんでしたけど、かなりレベルが高かったですね」
「あそこも強豪やからな。おそらくうちと当落を争うことになる」
改めて眼下を見ると、カメラが一台だけ中央にある。
あれで正面から撮った映像が、今日の夜に公式サイトで公開される。
そして、一週間の投票期間が始まるのだ。
次のグループは一気にレベルが下がり、衣装は制服のまま、曲も適当。
でも、すごく楽しそうに踊っていた。
(ああいうグループやったら、私も気軽に楽しめたのかなあ)
(いやいや、でもそれやと私モブのままやん)
(やっぱり、すれ違う人が振り向くくらいの有名スクールアイドルになりたい!)
野心に燃える花歩の前で、次々と各グループの発表が続く。
時間がないのでMCもなく、はい次はい次と慌ただしく交代していく様は、まるでベルトコンベアのようだ。
「何だか思ってたのとちゃいますね……」
「このカオスが好きって奴もいんねんけどな。ま、お前が期待するようなのは地区予選まで待ってくれ」
一階の観客も飽きているように見える……が、その空気が一変した。
『続きましてはエントリーNo.66、京橋ビジネス学院、Golden Flag』
(来た!)
大歓声の中、光とお供の三人がステージに現れる。
一目で違いが分かる高級な衣装。
輝くライトを浴びた光は、花歩の遠目にも感動に震えているように見えた。
彼女にとっては生まれて初めての大舞台なのだ。
『Ready Go!』
掛け声とともに始まったパフォーマンスは、少なくとも光については圧倒的だった。
プロが作った曲と振り付けで、縦横無尽に空間を飛び回る。
熱狂する劇場の中で、花歩の心は挫けそうになった。
(京橋で見た時より進化してる……)
(これが本物の才能かあ……)
だが。
挫け切らなかったのは、ステージ全体では明らかに欠点があったからだ。
光は気付いているのかいないのか、ただ嬉しそうに、全ての想いを観客にぶつけてくる。
あっという間に二分間のライブは終わり、万雷の拍手の中、四人はお辞儀して退場する。
花歩も一応拍手していると、晴から質問された。
「花歩、どう見る」
「いやあの、私が言うのも偉そうですけど……後ろの三人、足引っ張ってましたよね?」
「せやな」
一生懸命なのは伝わったが、光がますます進化した分、その差が如実に目立った。
凡人の花歩としては親近感がわかなくもないが……。
晴はあごに手を当て考え込んでいる。
「転校生一人に任せるよりは確かに印象は良い。せやけど、それを差し引いてもマイナスが大きい。六王さんは何を考えてるんや……」
(晴先輩にも分からへんことはあるんやなあ)
「まあ、こちらとしては好都合や。後はうちの出来次第やな」
すぐに次のグループがライブを始めている。
この後のWestaの出番を、花歩は固唾を飲んでじっと待った。