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「結局夕理は、正々堂々玉砕する気ってことでええの?」

 奇跡を信じていない夕理は、電車の中でつかさから尋ねられた。

「か、勝ち抜けへんことは覚悟してるけど……。
 でも一つでも順位を上げたいし、一人でも多くの人の心を動かしたい。そのために頑張る!」
「まあ、あたしも日曜を犠牲にしたんやし、最下位は嫌やな」
「いくら何でもそこまで悪くはないと思うで」
「ならええんやけど」

 環状線は大阪駅を過ぎ、大阪城公園へと向かっていく。


 *   *   *


「立火せんぱーい! 花ちゃーん!」

 城の石垣を横に見ながら、公園内をホールへ向かう立火と花歩に、勇魚と姫水が追いついてきた。
 花歩が慌てて友人たちに謝る。

「今朝はごめんね。急に一人で行っちゃって」
「ええでええで! 幸村さんの神社にお参りなんて、めっちゃ気合入ってるやん!」

 純粋に奮起のためと思っている勇魚の一方で、姫水は花歩の耳元で小声でささやく。

「立火先輩とは何か進展した?」
「な、何言うてるんや姫水ちゃん! ほんまにもー!」
「うん? 姫ちゃん、何の話や?」
「勇魚ちゃんは、こんな下世話なことには興味を持たなくていいのよ」
「どーせ私は下世話ですよ!」

 ぷんぷんしている花歩と、それを慰める姫水と勇魚を見ながら、立火は重い責任を感じる。
 今日帰るとき、何とか彼女たちが笑顔でいられるようにしなくては……。


 城ホールのロビーに入り、冷房に一息つく。
 まだ観客はおらず、関西の精鋭が既に何グループか集まっている。
 予備予選とは真逆の空気、静寂と緊張感に満ちた場所。
 少し脇の方に小都子と晴が来ていた。

「おはようございます。立火先輩、私、サブセンターを全力で努めますね」
「ああ、夕理のためにも頼むで小都子!」
「聖莉守はもう来ています」

 晴が指した先では、聖莉守の部員たちが何かの祈りを終えたところだった。
 芽生に声をかけようとしたが、今日は競う相手だからと思い直す花歩。
 と、きょろきょろしていた勇魚が、ロビーの反対側に目当ての相手を見つけた。

「光ちゃんや! うち、ちょっと挨拶してきます!」
「お、おい勇魚」
「おーい! 光ちゃーん!」

 Golden Flagの面々が振り向くと同時に、勇魚は笑顔で挨拶した。

「皆さん初めまして! うちはWestaの佐々木勇魚! 勇魚って呼んでや!」
(補欠の一年生か……光以上に馴れ馴れしいやっちゃな)
「そうなんだ、よろしくね」

 暁子が引く一方で、光は表面的には笑顔で返す。
 彼女の家族は無事だったが、畑は豪雨で目茶苦茶になり、交通も寸断された。
 それでもラブライブのためにと、故郷を頭から追いやって頑張る光を、他の部員たちは見てきたし、見ているしかできなかった。
 そして本番の今日も、光は努めて朗らかに振る舞う。

「予備予選ではおらんかったよね? 何か用事だったの?」
「あ、うちはボランティア部と掛け持ちやねん。あの時は地震の被災地に……」
「え……そうなんだ。えっと、もしかして、今回の豪雨でも?」
「あ、うん。今日はこっちに来てもうたけど、明日はまた行くから……」

 責められるのかと不安になる勇魚だが、逆だった。
 光の空元気は消え、目に涙を浮かべて勇魚の両手を握った。

「ありがと……!」
「う、うちが行ってるのは広島でなくて岡山やで?」
「それでも、ありがと。本当なら、私も行かなきゃいけんのに」
「何言うてんねん! 今の光ちゃんはスターなんや。ステージでできることがあるはずやで!」
「うん……」
「ほら、飴ちゃんあげるから元気出しや!」
「うんっ……」

 感極まってそれしか言えず、飴の包みを握らされる光に、勇魚は満足そうに破顔した。

「頑張ってや、光ちゃん!
 ゴルフラの皆さんも、一緒に全国行きましょうね!」
(いやアンタらは無理やで常識的に考えて)

 と考える暁子もさすがに言葉にはせず、お礼を言って勇魚を見送った。
 光は飴玉を口に放り込み、仲間たちへと振り返る。

「わはひ、へんりょくではんばりまふ!」
「いや食べながら喋るのやめとこ」
「っ!」

 無言でガッツポーズを作る光に、天才少女が本領を取り戻したことを、部員全員が実感した。

(これで私たちに問題はなくなった! 全国行き、十分狙えるで!)
(それにしてもWestaさん、ここまで敵に塩送ってええんかいな)

 勇魚が戻っていった先では、立火が仕方なさそうに苦笑している。


 *   *   *


「おはよーっす」
「おはようございます」

 つかさと夕理も到着し、最後に桜夜が眠そうに登場した。

「おはよー」
「一番近いお前が、何で一番最後やねん」
「え、ええやろ。乙女は色々と用があるの!」
(桜夜先輩、あまり眠れなかったのかな……)

 先日の約束を思い返し、姫水は改めてロビー内の競争相手を見る。
 Number ∞の大所帯も既に来ていて、厚かましくもロビーの中央を占領している。
 その中の偵察部員が、緊張に上ずった声を発した。

「羽鳥や!」

 各グループが一斉にざわめく。
 入口からゆっくりと歩いてくる一団。関西のほぼ東端、滋賀は長浜からの来訪者。
 その先頭に立つのは、深い湖のような瞳と、どこか浮き世離れした神秘性をまとう三年生。
 前回、前々回の地区予選を、事実上一人で制した彼女こそ――。

羽鳥静佳はとり しずか!』



(この人が――関西の女王!)

 夕理も観客としては何度か見たが、間近で見るのは初めてだ。
 化物かラスボスかという視線を大勢から向けられ、静佳は諦観したように微笑んだ。

「えらい怖がられようやねえ。ただの女子高生やのに」

 その声を聞いただけで、夕理の背筋に電撃が走る。
『湖の歌姫』。
 歌声だけでなく、普段の言葉ですら魔力を帯びているかのようだった。

 王者だからと奢ることもなく、LakePrincessは謙虚にロビーの端へと歩いていった。
 小都子が額に浮かんだ汗をぬぐう。

「あ、相変わらずえらい迫力やねえ」
「なんか住む世界が違う感じですね。やっぱり二位から四位狙いですかね……」

 花歩の言うことには夕理も同感だが、だからといって平伏はできなかった。

「私は、あのグループは好きになれへん」
「夕理ちゃん、相変わらずやなあ」
「スクールアイドルは皆で力を合わせるものや。一人の天才だけで全てが片付くなんて、確かにすごいとは思うけど、そんなの寂しすぎる……」
「ま、夕理みたいに思う奴が多いから、あいつも全国では優勝できひんのやろ」

 立火は虚勢半分で上から言うが、しかし予選レベルでは圧倒的なのは事実だ。
 強い敵ほど倒しがいがある、などと以前言ったことが、今の状況でも言えるかどうか迷っている時だった。
 LakePrincessが立ち止まったあたりで、激しい声が上がった。

「やめろ堀部!」
「殿中にござる! 殿中にござる!」
『!?』

 別の学校の生徒が一人、静佳に日本刀を突きつけている。
 ロビーの全員が仰天する中、立火はその制服に見覚えがあった。

(あれは確か兵庫県トップ通過――)

 関西の西端、播州赤穂からの来訪者、鷹羽たかばね女学院。
 そのうちの一人が、高らかにグループ名を名乗る。

「我ら赤穂四七義少女よんななぎしょうじょ! 貴様に打ち滅ぼされた幾多のスクールアイドルの仇、今日こそは取らせてもらう!」
「まあ待て堀部。そういきり立たへんでも」
「大石! 貴様こんな時まで昼行灯か!」

 身内で会話しながらも、突き付けられた日本刀――もちろん模型はぴくりともしない。
 小芝居とは分かりつつ、場に緊張が走る中、晴が一年生たちに解説する。

「四十七人も部員が集まらなかったので、前衛四人後衛七人で四七義少女と称している」
「苦肉の策って感じっすね」
「部長は大石蔵奈さん。もちろん芸名で、本名は佐藤さん」
「スクールアイドルで芸名って……」

 つかさが呆れている間に、湖国長浜の部員が静佳の後ろからあざけり声を出した。

「さすが逆恨みは赤穂浪士の十八番やな!」
「な……何やと!」
「貴様、言うてはならんことを!」

 忠臣蔵をぶち壊しにする一言に、赤穂の急進派がいきり立つ。
 静佳は困ったように、身内の部員に苦言を呈した。

「椿。あなた部長なのに、何を率先して煽ってるんや」
「はっはっはっ。ラスボスは敵視されるのが宿命やで」
「おのおの方も、ここは我らの吉良邸ではない。今少しの忍耐や」

 大石に諫められ、鷹羽の部員たちも渋々刃を収めて引き下がる。
 ようやく落ち着きが戻った中、光がわくわくした目を王者に向けた。

「あれが羽鳥先輩かあ。ちょっと挨拶してきます!」
「ま、待て待て光! あいつだけはあかん!」
「えー、ダメですか」
(さすがの光でも羽鳥は格が違う……。二年後にようやく並べるかってとこやな)

 一方のWestaでは、つかさが意外そうな顔をしている。

「湖国長浜のお調子者っぽい人、あれで部長なんですか」
「ただのお飾りって感じやけどな」
「もー立火、相変わらず正直すぎや。もっと京都を見習うて、婉曲的に言わなあかんで」
「!?」
「『ええ神輿かついではりますなあ』みたいな感じでね!」

 いきなり後ろから声をかけられ振り返る。
 そこにいたのは一年と少し前、立火たちと一緒に活動していた少女だった。

「小梅!」
「立火、桜夜、おひさ! 元気やった?」
「わー、ほんまに小梅やー! 懐かしいなー」
「近いんやから会いに来てくれてもええのに」
「それはお互い様やろ、って着物!?」

 桜夜が目を見開いた通り、相手が身に付けているのは花蝶をあしらった着物である。

「楽屋で着付けするのは難しいから、京都から着てきたんや。あ、紹介するね。この二人がうちの三年生」



 後ろでしゃなりとお辞儀したのは、扇を持った和風美人。
 そして眼鏡をかけたもう一人が、挨拶の握手を差し出してきた。

「初めまして。天之錦の部長、寿葵ことぶき あおいです。小梅から色々と話は聞いてるで」
「よろしく、広町立火や。小梅が迷惑かけてへんかった?」
「いややなー。私がそんなことするわけないやん」

 小梅の自信満々の態度に反して、葵は眼鏡越しに遠い目をする。

「転校してきた当初は、ほんま京都に勝手な幻想持って迷惑やった……」
「あ、あれ?」
「京都の人は日本の首都は京都なんて思ってへんからね! ぶぶ漬けとかも食わさへんから!」
「小梅お前……大阪の恥を……」
「そ、それはちょっと言うたかもしれへんけど、それくらいやろ? ね、胡蝶こちょうちゃん?」

 胡蝶と呼ばれた長い黒髪の少女は、扇で口元を隠しながら溜息をつく。

「私もラーメン食べただけで、何で懐石食べへんのやって文句言われましたわあ」
「だ、だって胡蝶ちゃんは早蕨さわらび流の跡継ぎやろ!? それが天一のこってりなんて食べてたら、イメージぶち壊しっていうか……」
「あはは、ほんま小梅はアホやなー」
「桜夜にだけは言われたないわ!」
(あの人が日舞の家元の娘さんなんやー。かっこいい!)

 勇魚が立火とのLINEを思い出しながら、じっと胡蝶を見る。
 その目が合い、流し目で微笑まれて思わず赤くなった。姫水がむっとしている。

「ま、何にせよ今日はライバルや。お互い全国目指して頑張ろうやないか!」

 立火が威勢よく言うが、西陣今宮の面々は微妙な顔を見合わせた。
 葵と小梅がそれぞれ諦めたように話す。

「正直なところ、私たちは予備予選を突破できただけでも奇跡みたいなもんや」
「さすがにここまでが限界やなー。最下位でもしゃあないって思ってる」
「そ、そうか……」

 気勢をそがれる立火だが、しかし日舞でアイドルコンテストの上位は難しいのも分かる。お前がやれと言われても無理だろう。

「――とはいえ」

 言葉を継ぎながら、胡蝶が凛とした瞳を向けた。

「決して手え抜くいうことやあらしまへん。
 大勢の若い人たちに、日舞を知ってもらうええ機会や。
 京の伝統、とくとお見せいたします」

 幼い頃から修練を積んできたのであろう、自信に満ちた態度にWestaの皆も息をのむ。
 協会のスタッフがロビーに現れ、それを見た小梅が軽く手を振った。

「ほな、後輩たち待たせてるから。また終わった後にでも!」
「ああ、悔いのないステージにしよう!」

 小梅たちは去り、スクールアイドルも色々ですね、と夕理が感想を漏らす。
 Westaとは全く毛色の違うグループでも、小梅が変わらず楽しそうなのが、立火は嬉しかった。


「はい注目ー!」

 ロビーの中央で、スタッフが大声を上げた。
 公平を期すため、出演順はここで公表されるのだ。

「一覧を配りまーす。代表者は取りに来てくださーい。
 なお、和歌山代表の新宮速玉しんぐうはやたま高校は到着が遅れますので、最後の出演になりまーす」

 その地名に全員が納得する中で、唯一土地勘のない光が暁子に尋ねる。

「新宮ってそんなに遠いんですか?」
「紀伊半島の反対側やからな。特急でも四時間かかる」
「うわあ、広島より遠いや」

 立火が紙を受け取り、皆の元に戻る。
 関西7ブロックから各4グループ、計28の名前がそこには並んでいた。

「15番目! 真ん中でええな!」
「今度は、ゴルフラと立場が逆になりましたね」

 晴の言う通り、Golden Flagは17番。予備予選と同じ2つ差で、かつ前後が逆になった。

「前座にされへんようにせなな! 他に目立つのは……ナンインが貧乏くじか」
「貧乏くじ?」

 一年生が何のことかと覗き込み、瞬時に理解した。

No.11 Number ∞
No.12 LakePrincess

 桜夜がざまあと笑い、小都子が不安そうに眉を寄せる。

「これ全部の印象を羽鳥に持ってかれるやろ。戎屋の行いが悪いからやな」
「言うても私たちも結構近いですよね。間に二つ挟む程度で大丈夫やろか……」

 ほとんど台風みたいな扱いである。
 静佳には勝てない前提で話す上級生たちが、姫水は少し疑問だった。

(そんな姿勢で本当に全国へ行けるのかしら……)


 *   *   *


 スタッフに誘導され、アリーナ席の一隅に座らされた。
 今日はここで、自分の出番以外は観客として過ごすことになる。
 初めて来た花歩は、広大な空間に目を泳がせている。

「こ、こんなに大きいんですね……」
「このステージ構成なら、収容一万人くらいか」
「いちまん!?」

 晴が出した数字に仰天する。
 予備予選のオリックス劇場が確か2400席だから、一気に四倍だ。

「関西中のファンが詰めかけるし、ネットで見てる人はさらに多いんや。ステージ外でも恥ずかしいことはせえへんように」
「へーい」

 立火の説教に渋い顔の桜夜だが、一般客が入ってきたのを見て、きゃぴっと可愛い子ぶる。
(まさか、お姉ちゃん来てへんよね……)
 つかさが見渡すが、この広さでは観客の顔は判別できそうになかった。

 入場も終わり、場内の照明が暗くなる。
 が、唯一明るいステージは、開演時間を過ぎてもなかなか動きがない。
 客がざわめき出したところで、眼鏡の司会が慌ててステージに出てくると、大きく腕を突き上げた。

「みんなー! はっちゃけてるかーい!」



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