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「エントリーNo.17! 色々と物議をかもしています。果たしてマネーは正義なのか!
 京橋ビジネス学院『Golden Flag』!」
(あのお姉さん、あけすけに言う人やなあ)

 苦笑いする暁子だが、別に問題を隠すつもりもない。
 ナンインに匹敵する歓声の中、光と三人はステージに立つ。
 同時に人の身長くらいはある白い立方体と、二倍はある円柱がスタッフに運び込まれている。

(なんやあれ?)

 客席に残っているWesta三人が同じ疑問を持つ。
 ステージギミックも工夫したければ生徒の自由である。もちろん自費の範囲内だが。
 その自費が常識外れの連中が、何をするつもりなのか……。

「ただいま」

 衣装を着たままの立火たちが戻ってきた。結果発表はこの格好で聞くのが常だ。
 一年生たちに労われる中、立火は少し逡巡する。

「晴……」

 だが聞かないわけにはいかない。予備予選でも聞いたことだ。

「……客観的に見て、私たちはどうやった」
「駄目でした。Worldsの劣化版でしかありませんでした」
「そう……か……」
「それでも、もう一度言います。決めた以上は、奇跡を信じてください」
「……ああ」

 晴ちょっと厳しすぎない!?と言いたそうな桜夜を、手で押し留める。
 諦めてしまった方が楽かもしれない。
 けれど晴の提案を蹴った以上、最後まで信じ続けるのが立火の義務だった。
 またうつむいてしまった姫水を視界に入れながら、気力を奮って明るい声を出す。

「ま、人の好みはそれぞれやからな! 投票がどうなるかはまだ分からへんで!」
「そ、そうですよね! 信じて待ちましょう!」

 そう言ってくれる花歩の笑顔は固い。
 この子はまだ、自分をカッコいいと思ってくれるのだろうか……。

 その間にステージの準備は終わり、光の声が響いてきた。

「こんにちは! 広島から特待生として来ました、瀬良光です!
 難しい話は分からんけど、お金の力でここに来られたことは感謝してます。
 故郷の広島は豪雨で大きな被害を受けました。こちらもお金がないとどうにもならんけん、よかったら募金してくださいね!
 代わりに最高のショーを見せますので、おひねりということでひとつ!
 行きます、『サニー・アイランド』!」
(せやから、スクールアイドルにお代もおひねりもあり得へん! いや募金はしたけど!)

 夕理の心の抗議など聞こえるわけもなく、優しい太陽のような曲が始まる。
 同時に、ステージがスーッと暗くなった。

(!?)

 光だけにスポットライトが当たり、同時に立方体、円柱、背後の壁に映像が映し出された。
 今や知らない者ものはいないほど、最近あちこちで使われている。
 かといって普通なら高校生に手は出ないそれは……

(プロジェクションマッピング!)

 驚愕する観客の前で、映し出されたのは瀬戸内の島々。
 船が行き交う中を、光が人魚のように飛び跳ねる。

『陽光さざめく内海で 心のフレーム震わせる
 暖かな風待ちの港 忘れない愛しい景色』

 そして懸案の三人はといえば――
 見えなかった。
 一生懸命踊っているが、そこはライトや物体の影になる部分。
 観客席からは見えず、従って下手なのも目立たない。

(はあああ!?)

 夕理の血圧がまた急上昇する。

(下手な奴は客席から隠すって、何やのそれ!?)
(スクールアイドルにとって、どれだけの屈辱なんや!)
(アンタ達、ほんまにそれでええの!?)

(それでええんや!)

 夕理の声が聞こえたわけではないが、客が思っているであろうことに、三人はきっぱりと返す。

(これなら光のそばにいられるし、足も引っ張らない!)
(どのみち私たちは、光なしでは間違ってもこんなところには立てない身)
(光ちゃんを一人にしないためなら、何でもするで!)

 三人のパフォーマンスは、光にだけは感じ取れる。
 誰がなんと言おうと、同じステージにいてくれる。

(みんな!)

 もはや静佳の影響など消え去った。
 光は軽業師のように、ひらりと箱の上に飛び乗る。
 そこには大きな貝が映されていて、それが勢いよく開くと同時にジャンプ!
 円柱の頂点にタッチすると、そこから水の映像が溢れ出す。

(うーん、やり過ぎやろ)
(映像会社の作品を見に来たんとちゃうんやけど……)

 そう考える凉世のような者もいたが、少数派だった。
 隣の和音や聖莉守のメンバーは、ただ眼に映る光景を素直に感動している。

(よし、ここや!)

 曲のクライマックス。ステージ全体が不意に明るくなる。
 波間から現れたかのような三人に、いたんだ、という視線が集中する。

(ここだけを、ひたすら特訓した!)

 暁子が思い出す通り、ここからの十五秒だけを死ぬ気で特訓してもらった。
 光が身軽にジャンプすれば、三人も同じくジャンプ。
 難しいステップも、遜色ないレベルで追随する。

(くっ……ちゃんと見せ場も用意してた)

 十五秒は一瞬で終わったが、夕理の弾劾は鈍らざるを得ない。

(いくよ、締め!)

 最後に四人でポーズを取り、きらめきが映像エフェクトとして散っていく。
 響き渡る万雷の拍手は、手応えを感じるのに十分なものだった。
 暁子は周りの部員たちとハイタッチし、後は神仏に祈る。

(頼むでー、投票されてくれ。文字通りの高い代償を払ったんや)

 高額なプロジェクションマッピングを発注した結果、軍資金は残り少ない。
 全国大会に行けたとしても、曲と衣装だけで終わりだろう。
 そして金が尽きた時点で、自分たちは弱小グループに舞い戻る。

(それは別にええねん。いっときの夢を見せてもらっただけや)
(けれど、夢のまた夢と消える前に……)
(光だけは、必ず相応しい場所へ連れて行く!)


 Golden Flagが退場し、花歩は気まずそうに声をかける。

「ごめん夕理ちゃん、見入っちゃった……」
「勝手にしたらええやろ!」

 怒りの行き場がない夕理の右前方から、不意に声が発せられた。

「……行くで。不利は承知や」

 思いつめた表情で、楽屋へ向かう奈良のグループの名を小都子が呟く。

「平城宮学園『瑠璃光ルーリーライト』……」
「照明芸が得意なところやな。ある意味、うちと同じ状況か」

 晴の言う通り、ゴルフラにインチキみたいな映像美をかぶせられ、劣化版としか見てもらえないだろう。
 それでも彼女たちは愚痴ひとつ言わず、本番へと赴いていく。

 果たして三つ後の本番で、ダンスに合わせ次々切り替えられるライトは見事な技術だった。
 しかしどうしても、プロジェクションマッピングには見劣りする。
 少し弱い拍手の中で、奈良のスクールアイドルは笑顔でお辞儀する。
 弱肉強食を繰り広げながら、ラブライブは続いていく――。


 *   *   *


『YO YO!
 私ら市井の女子高生!
 ちょっと退屈この人生!
 ステージ上がれば起死回生!』

 桜夜にはラップの良さはよく分からないが、目の前の現実として観衆は盛り上がっている。
 確実に、Westaよりも大きく。

(もうやめてよお……)

 今、自分たちは何番目なのだろう。
 少なくとも十位以内には入っていないのは桜夜にも分かる。
 恐る恐る隣の立火を見ると、気丈に顔を上げ前を向いている。
 けれど、握った手は小さく震えていた。
 既に戦線は崩壊し、方々から攻め込まれているような状態で、逃げ出すこともできない。

「北山女子高校『KYO-烈』の皆さんでした! さすが京都のトップ通過でしたね!
 続いてNo.25、おおっとこちらも実力者!」

 羽織を模した衣装に、刀を下げた十一人が登場する。
 前衛四人、後衛七人、その名も――

「赤穂四七義少女!」
『やれー!』
『羽鳥さんを倒せー!』

 先ほどは静佳を絶賛していた客も、今は仇討ちを応援している。
 やはり一強状態はみんな面白くないのだ。

(私は大失敗したけど……アンチ羽鳥さんとして地位を確立した人たち。参考にしないと)

 姫水も気を取り直して見守る中、大石たち前衛の四人が口上を述べる。

「私たちは悲願を遂げるべく、精進を重ねて参った」
「日曜もゴールデンウィークもなく! ひたすら練習に次ぐ練習!」
「その裏付けがあればこそ、自信を持って言える!」
「ここが我らの吉良邸! 今こそ討ち入りの時!」
(ぐ……!)

 立火の自信は逆に揺らぐ。
 やはり、練習が足りなかったのだろうか。
 ブラック部活と言われようが、休みなしで働かなければ、全国の資格などなかったのだろうか……。

(でもそうしていたら、一年生たちはUSJには行けへんかった)
(豊かな高校生活を送らせてやりたいし、送りたい)
(その考えはあかんことなんか……?)

 果たして、目の前では修練を積んだ剣劇が開始される。
 歌声を響かせながら、舞台の上で縦横無尽に刀が振るわれていく。
 キン! キン!
 実際に打ち合っているわけではないが、効果音に合わせるタイミングも絶妙だ。

『月光に輝くRONIN BLADE
 主君のため 決して引かぬREVENGE!』

 特に赤穂浪士随一の剣客、堀部安子こと田中の刀さばきは客の目を奪った。
 最後に全員が納刀してから、一斉に抜刀する。

(また負けた……)

 立火も桜夜もうなだれる通り、終わった後の拍手はWestaの倍はあった。

「羽鳥を倒すため、恥を忍んでお願いしたい!」
「どうか、我らに一票を!」

 揃って頭を下げる浪士たちに、拍手の勢いはより一層増す。
 ある意味利用されている静佳は、楽しそうに笑っていた。


 *   *   *


「熱狂の地区予選も、いよいよ最後のグループとなりました!
 エントリーNo.28、和歌山県代表、新宮速玉高校!」
(や、やっと終わりや……)

 げんなりしている桜夜の前で、巫女服の五人がステージに現れる。

「遠く熊野の聖地より
 幾多の海山乗り越えて
 お待たせしました八咫angelやたエンジェル!」
『わああああ!』
「いえーい! ラストの舞台、みんなノッてくでー!」

 熊野三山、速玉大社の巫女かと思いきや、意外と軽いノリに花歩は驚く。

「あ、明るい巫女さんですね」
「あのギャップが人気の秘密やねん。あそこはいつも楽しそうやねえ」

 少し羨ましそうな小都子に、立火ははっとする。
 部活とは、アイドルとは本来楽しいもののはずだ。
 なのに、今日は皆に辛い思いばかりさせてしまった。
 頭を振って、部長は全員に声をかける。

「色々あったけど、これで終いや。
 最後は観客として、目一杯盛り上がろうやないか!」
「そうですね! うちもそうしたいです!」

 大喜びの勇魚が、立ち上がって周りに声をかける。

「ほら、姫ちゃんも! つーちゃんも! 立って立って!」
「うん……そうね」
「ったく、しゃーないなー」

 渋っていた夕理も、両脇の小都子と花歩に促され、少しだけとノリ始める。

八咫烏やたがらすさん お願いよ
 私の恋を導いて
 牛王宝印ごおうほういん ラブの加護
 吉兆 吉兆 叶えます!』
「ゆいちゃーん!」

 明るいラブソングに、桜夜は笑顔でセンターの名を呼んでいる。
 和歌山トップ通過の強豪。本当なら、倒すことを考えなければいけないのだけど。
 それは自分だけでよいと、立火は心の中に押し込め部員たちを見守った。

 Westaの面々にとっては、その日最後のささやかな楽しみとなった。


 *   *   *


 全28グループの演者が、衣装姿でステージに集結している。
 制服の晴たち、あるいは鏡香や暁子たちは客席から。
 全員が固唾を飲んで、その瞬間を待った。

「会場の約一万人、ネットの約五万人からの、厳正なる投票結果が出ました!」

 お姉さんにとっては何度もの予選の一つでしかなく、その声も明るい。
 しかし練習を重ねてきたそれぞれの部員には死活問題だ。
 天国か、地獄か、ついに発表が始まった。

「第四位、大阪市代表――」

 立火と桜夜の呼吸が同時に止まる。
 もしかして、もしかして――
 全ては勘違いで、実際は大好評だったのではないか!?
 そんな泡のような期待は、呼ばれた名前の前に弾けて消えた。

「難波大学附属高校『Number ∞』!」
(何やと!?)

 鏡香が思わず立ち上がり、場内にも驚きの声が上がる。

(全国上位常連の私たちが、地区予選ごときでぎりぎり四位!?)
(く、くそ、ファンの強さを過信しすぎたか)
(けどまあ、ゴルフラさえ叩き落とせれば……)

「第三位、大阪市代表――」

 今度は、もう桜夜は期待する気力もなかった。
 立火は必死で希望を保とうとする。それが晴へのけじめだからと。
 だが今回も、現実は残酷で……。

「京橋ビジネス学院『Golden Flag』!」
「やっ……たーーー!!」

 光は満面の笑みで飛び上がり、仲間の三人にもみくちゃにされる。
 暁子は喜びよりも、安堵で座席に身を沈め。
 鏡香は口をあんぐり開けたまま絶句していた。

(なんで……)

 そして、最もショックを受けていたのは夕理だった。

(私たちが負けるのはいい。実力が足りなかっただけや)
(でも、なんであいつらが全国に行けるん!?)
(アイドルの努力よりも、派手なプロジェクションマッピングの方がアンタ達の見たいものなの!?)

 目に涙を浮かべ、祝福に沸く観客席をにらみつける。

(アンタ達にとって、スクールアイドルって一体何なんや!)
(ねえ……!)
(誰か答えて……)

 誰一人としてそれに答える者はなく、枠はひとつまたひとつと消えていく。

「第二位、兵庫県代表、鷹羽女学院『赤穂四七義少女』!」
「や……」
「やった! やったで!」

 本人たちも予想外の高さだったのか、ステージ上ではしゃぎ声が響く。
 が、リーダーの大石が昼行灯を脱ぎ捨て、メンバー達を一喝した。

「何を喜んでいるのか! 結局羽鳥は討てなかったのだぞ!」
「そ、それは……」
「我らの忠臣蔵は、今回も仇討ちかなわず終わった! 次の全国が最後の機会だ!」

 静佳を指さす大石は、最後と言うからには夏で引退なのだろう。
 指された方は穏やかに微笑んでいる。
 全国……。
 彼女たちが簡単に口にするそれが、今の立火にはどれだけ遠いのだろう。

「残すは一位の発表のみとなりました!」

(ああ……またこの状況や……)

 去年の夏は、初めての地区予選に夢中のまま終わった。
 去年の冬は、まだ可能性はあると必死で自分に言い聞かせていた。
 今は――。

「第一位、滋賀県代表、湖国長浜高校『LakePrincess』!
 文句なしの三連覇です! おめでとうございます!」

 静佳は優雅にお辞儀をし、場内は納得の歓声に埋め尽くされる。
 奇跡なんてどこにもない現実に、勇魚は座席に崩れ落ちた。

「そんな……うちら、全国に行かれへんの……?」

 晴は無言で、その頭に軽く手を置く。
 最後まで部の方針に従ってくれたことを感謝するように。
 その隣で、花歩は小市民的な計算を繰り広げ始めた。

(前回の13位より上なら、何とか面目は立つはず!)
(せやけどそれも正直厳しいかな……うん、夏同士で比べるべきやな)
(確か去年の夏は21位やったから、せめてそれを……)

 その計算が終わる前に、最後の瞬間が始まってしまった。
 マイクを持ち直したお姉さんが、今度は意識的に明るい声を出す。

「それでは五位以下の順位を発表します!
 どのグループも素晴らしいライブでした! 数字にとらわれ過ぎないでね!」

 フォローじみたことを言うが、それで納得するのは聖莉守と天之錦くらいだ。
 残るグループが、自らの存在を懸けた数字が――
 スクリーンに一斉に表示された。


 無意識に下から探した小都子は、すぐさまうつむいた。

 夕理は毅然とその結果を受け入れ。
 つかさは参ったなという態度で頭をかき。
 そして姫水は、肝心な時に現実感の消える自分を心から嫌悪する。

「立……火……」

 目の前で、桜夜がボロボロと泣いている。
 それを認識しながら。結果を頭では理解しながら。
 立火は感情が追いつかずに、うつろな目で数字を見上げていた。

(ああ……そうやったな……)

 ショックを受けるということは、最後まで希望を持てていた証なのだろうけど。
 それがとうとう終わった中で、ぼんやりと考える。

(晴の言うことは、いつだって正しいんや……)




『26位 Westa』


 負けに不思議の負けなし。
 正面から挑んだWestaは、実力通りに完敗した。


<第18話・終>

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