「ザ・ハリセンズのメンバーを紹介するで! まずはいつも元気な佐々木勇魚!」
「明日香村ってめっちゃ癒されるところですね! よろしくお願いしまーす!」
あっ、勇魚ちゃんが先に紹介されるんや……とか下らない思考は必死で追い払い、花歩は大急ぎで頭を回す。
キャラ作り!
つかさの想いが溢れたライブに対抗するには、もはやそれしかない。
しかしじっくり考える時間はない。直感を信じた花歩の選んだキャラは――
「続いて丘本……」
「待ってください部長! 私も皆さんに隠していたことがあります!」
また? という顔の観客に、花歩は勢いだけで一気に突き進んだ。
「実は私は――ツッコミ星から来た、ツッコミ星人だったのです!」
『………』
しーん
「な、なんやってー! 花ちゃん、親友のうちも初耳やで!」
「うむ、花歩のツッコミ力は宇宙レベルやからな!」
「ありがとうございます! 早速ツッコませていただきます!」
素の勇魚とノってくれた部長のおかげで、何とか爆死せずに済んだ。
そして手の甲を勢いよく、近くで見ている万葉へと振る。
キャラ作り以前に、さっきから言ってやりたかったのだ。
「小野妹子って男やないかい!」
(良かった、ツッコんでもらえた……)
万葉は思わず安堵する。世間様に間違った歴史知識を広めるところだった。
お礼を言おうとしたところへ、いきなり安菜が前に出る。
待ってましたとばかりに、余計なことを言い出した。
「男っていうソースはあるの?」
「え……」
「ちょっ、安菜先輩!?」
「まさか日本書紀とか言わへんよね? あんなん藤原氏が自分に都合良く書いたもんやでぇ」
(あああ丘本さん! アホな先輩でごめんなさい!)
予期せぬ事態に花歩は固まっている。ここからツッコミでどう返せというのか……。
見かねた立火とつかさが、万葉と礼阿が助けに入ろうとする。
しかしその前に、花歩の火事場のクソ力が発揮された。
「ソースは――二度漬け禁止ですっ!
って何で串カツやねーん!」
(一人ボケツッコミで切り抜けた!)
何とか場の空気は切れずに繋がった。
この機を逃さず、立火はすぐさまライブへ飛び移る。
「場もあったまったところで曲にいくで! 『なにわLaughing!』」
『うーーーー マンボ!』
もう怖いもののなくなった花歩は、三人だけのスペースで遠慮なく踊る。
勇魚は元からそのつもりで。
そして二人とも、ライブ前に部長に言われたことを思い出していた。
『今日は先輩後輩の関係はなしや。私は二人を対等の仲間と思ってライブする』
『さすがにセンターは私がやらないと、相手を舐めてると思われるからやるけど』
『気持ちの上では関係なく、自分が主人公と思うんやで!』
(部長!)(立火先輩!)
『
ここは水の都大阪 細かいことは水に流して
ノリとツッコミでゴーゴー!』
対等の三人によるザ・ハリセンズ。自分たちも驚くほどノリにノれている。
抜けるような青空の下で、思いきり気持ちよく腕を振る。
『”何でやねん!”』
ツッコミ星人を自称しただけに、花歩の声は広く響き渡り。
そして勇魚の負けず劣らず元気な声も、画面の向こうの姫水へと届いた。
(二人とも、本当に楽しそう)
(勢い任せで、歌もダンスも少し崩れてるけど)
(……でも、今日はこれでいいわよね)
ふと違和感を覚えて、姫水の首が隣へ向く。
そこにいた先輩の目から、一筋の涙が流れていた。
「さ、桜夜先輩?」
「あ、ごめん……。今日の立火、ほんまに幸せそうやから」
部長の重責も、先輩との約束も、誰かとの競争もない。久々に見る、立火の純粋な笑顔だった。
入部した頃は、いつもこんな風に笑っていたのに。
「……私が副部長として、もっと役に立てれば違ったのかなあ」
「立火先輩が自分で選んだことですよ。尊重しましょう。
それに、こんな風に泣いてくれる人がいるだけで、十分報われていると思いますよ」
「え、私泣いてる!?」
気づいてなかったらしく、慌てて両目を制服の袖でこする。
照れ笑いを浮かべながら、画面に向けてエールを送った。
「あー、勇魚も花歩も可愛ええなあ。三人ともがんばれー!」
声に反応したかのように、三人の勢いは増していく。
手拍子とともに、ザ・ハリセンズのファーストライブは終結した。
『打ちましょ(パンパン!) もひとつせ(パンパン!)
* * *
(あ、あかん。時間が足りひん……)
時間が止まったかのような明日香村――というのはしょせん比喩であり、現実には容赦なく時計の針は進む。
焦っている立火の前で、mahoro-paの四人はマイペースにMCを続けている。
「ほんま大阪は派手で分かりやすいよねー」
「飛鳥、感心してばかりではあかんで。分かりにくい奈良の良さをどう世間に伝えるかという」
「礼阿先輩、聖徳太子やってくださいよぉ……せっかく私が作ったキャラなのに」
「えっ、まだ続いてるん?
え、えーと、さっきの子たちみたいなアイドルが飛鳥にいたら、私も
……明日香村に法隆寺があれば、観光客も倍増してたのに。くそう」
「やめてくださいよ。斑鳩町の人が怒りますよ」
(この雑談、いつまで続くんや!?)
そういえば聞いたことがある。のんびりした奈良は時間にもルーズで、『奈良時間』と言われていると。
時計を気にする立火に、後ろで花歩とつかさが青くなっている。
「す、すみません! 私しゃべりすぎて……」
「あ、あたしもっす」
「い、いや、あれは盛り上げるために必要やったで」
とはいえ自分たちも時間を使ったのに、あちらを急かすのもどうか……
などと迷ってる間に、厚かましい勇魚がさっさと行動に移した。
「まよちゃーん、時間押してるみたいやでー」
「え、あ、ごめんなさい! 先輩、ライブを始めましょう!」
「はいはいー」
立火は頭をかいて、笑顔の後輩に感謝の意を伝える。
そして花歩は、密かに夕理へと耳打ちした。
「やっぱり勇魚ちゃんは、今のままでええんとちゃう?」
「それとこれとは別や!」
mahoro-paの二曲目は、ごくありきたりなスクールアイドルの曲。
刺激の強い展開が続いただけに、皆どこかほっとして月並みに盛り上がっていく。
普通に歌い踊る万葉の目に、サイリウム代わりに帽子を振る花歩が映った。
(思い出した。文化祭の動画で、もっと目立ちたいって言ってた子や)
(それでさっきのキャラ作りなのかな)
(私のキャラはどうしよう……)
(……まあ、少しはあの子を見習って、自発的に動いてみようかな)
ライブ終了後、万葉は笑顔で手を振ってサービスする。
素の自分なら絶対にやらないことだ。
「ありがとうお姉ちゃんたち! これからも妹子をよろしくね!」
場は爆笑に包まれ、使ってもらえた安菜は感涙にむせぶのだった。
* * *
「トークバトルコーナーは超特急で進めるで!
まずは明日香村の自慢になるところを、どうぞ」
「え、あ、そうやね。やっぱり日本最古の都ってことかな」
急に振られた礼阿がそれしか言えないので、万葉が仕方なくフォローする。
「もちろん記紀に書かれている最古の宮都は、神武天皇の
場所がどこか分からない上に、神武天皇も実在したかは不明ですからね。
ちゃんと遺構もあって実在が確からしい宮都のうち、一番古いのが飛鳥宮ということですね」
「へー」
感心するだけのWestaに、大阪人の知性も見せねばと夕理が話を続けた。
「その考えでいくと、日本で二番目に古いのは
「え、うちの都ってそんなにすごかったん?
難波宮跡ってあんな一等地に空き地しかなくて、もったいないなあとしか思ってへんかった」
「広町先輩はもう少し歴史を学んでください!」
「飛鳥→難波→飛鳥って遷都したこともあるからねー。昔から明日香村と大阪には縁があるんやー」
「何だか嬉しいです! うちらも縁に引かれてここに来たんですね!」
勇魚が感激する一方で、つかさが少し悔しそうに言う。
「けど二番目かあ。結局大阪の負けってことやん」
「ふっふっふっ」
うまく話が繋がってくれた。
不敵に笑った花歩が、切り札とばかりに知識を披露した。
「実は私も、文化の日に大阪の歴史博物館で予習してきました。
『前期難波宮は最古の本格的な大陸式宮殿』って書いてありましたよ!
学芸員さんが言ってるんやから間違いないです!」
「おお! てことは大阪が一番!?」
一瞬期待した立火だが、飛鳥がにこやかに切って捨てる。
「それを言うたら、『最古の条坊制の都』は藤原京やねー。ほとんど橿原市やけど、明日香村も一応入ってるで」
「あ、そ、そうやったんですか……」
「まあ、どの都もそれぞれ良さがあるってことでー」
「お、上手くまとまった。以上、トークバトルコーナーでした!」
「安菜先輩も何か喋ってくださいよ」
「ううう……万葉ちゃん、こういうときは話振ってよぉ」
「はあ、全く……」
残り時間は五分!
九人のメンバーが少し散る中、中央に残った立火と飛鳥が手を繋いで上に掲げる。
「最後は今日だけの合同ユニット、『mahoWesta』で締めるで!」
「みんなも良かったら一緒にどうぞー」
石舞台を背に、晴れた秋空へその曲名は響き渡った。
『SUNNY DAY SONG!』
ラブライブで勝負するだけがスクールアイドルではない。
大会と違って今はライバル同士でもない……とは、この曲が最初に歌われた際に言われたらしいけれど。
その言葉通り、mahoWestaの九人は、互いに入り交じって歌い踊る。
『サニデイソン♪ サニデイソン♪』
立火の目の前では観客たちが、笑いながら腕を振って。
そしてネット回線を隔てた向こうで、桜夜と姫水も一緒に踊っているのを何となく感じる。
かつての秋葉原と季節は違えど、青く澄んだ空の下で。
ただ楽しむためだけに、スクールアイドルのための歌は流れ続けた。
* * *
時間ぴったりに終わったので、投票受付中に古墳の外に出た。
観客たちも結果を見届けるため後に続く。
近くの広場に移動中、つかさが笑いながら友人に話しかけた。
「今日は花歩の勝ちやな。りくろーのチーズケーキでいい?」
「え!? つかさちゃんもすごい迫力やったやん」
「いやいや、花歩のあれには勝てへんって。ぷぷっ、ツッコミ星人……ぷぷぷ」
「だーー! またそうやって大人ぶりやがってーー!」
そんな二人の会話を、離れて歩く万葉が少し羨ましそうに見ていた。
礼阿と安菜が、申し訳なさに押し潰されそうになる。
「ごごごめんね万葉、一年生一人しか入部させられへんで……」
「こ、こうなったら小生が留年して同学年に」
「いや何言ってるんですか。別にもう慣れてますよ」
「まよちゃんまよちゃん!」
と、人懐っこく近づいてきたのはもちろん勇魚だ。
「一緒に踊ったんやから、うちらもう友達やろ! 連絡先交換や!」
「え、あ、ごめんなさい、スマホは学校に置いてきたので」
「ほんなら後でね! ねーねー、明日香女子ってどんな学校なん?」
「うーん、別に平々凡々な学校ですよ」
話し始める二人に、先輩たちは顔を見合わせほっと息をついた。
広場で立ち止まり、飛鳥と立火はトークの配信を続けながら、投票結果の集計を待つ。
しばらくして結果が出て、互いに数字を読み上げた。
「mahoro-pa、3585票ー」
「Westa、7092票!」
「ぐああ、ダブルスコアで負けた」
礼阿だけへこんでいるが、他の三人には妥当な結果だった。
総票数が上がっているのが、立火としては非常に嬉しい。
余裕があるのは今回まで。次は下手をすれば、自分たちがダブルスコアで負けかねないけど。
何にせよ、今は飛鳥に向けて右手を差し出した。
「春日亀さん、今日はほんま世話になったで」
「こちらこそー。次は飛鳥鍋食べに来てやー」
二人だけでなく、礼阿とつかさが、安菜と勇魚が、万葉と花歩が握手を交わす。
ひとり所在なさげにしていた夕理は、勇魚に引っ張られて万葉の手を握らされた。
そして立火は、カメラやPCを持った明日香女子生に頭を下げる。
「スタッフの人たちも、ほんまおおきに!」
「いえいえ! Westaのファンになりました!」
「あれ、誰かから通信が来てる」
ノートPCを持った子の言葉に、立火とつかさが目配せする。
「ちょっといいっすか」
PCを借りたつかさが設定を行い、周囲と配信先に流れたのは……
『HAHAHAHAHA!!』
金髪のイギリス人による、高らかな笑い声だった。
「ヴィクトリア・ハンセルさん……!」
対照的に笑顔の消えた夕理が、驚きの声を上げる。
神戸から届く映像の中、ティーカップを手にしたヴィクトリアは薄く笑った。
『なかなか愉快な対決でシター。
ですが全国レベルとは到底言えまセーン。兵庫トップの私たちに本気で勝てるつもりデースカ?』
「そんなんやってみな分からへんわ!
それに勝負までまだ二週間あるんや。これだけが実力と思わへん方がええで!」
戦闘スタイルに切り替えた立火と、青い瞳の間に火花が散る。
『クックックッ、全力で叩き潰してやりマース! ん、何や? 深蘭』
『何やじゃないよ。なんで悪役風なの』
『こういうのお約束かなって……』
『どこの国のお約束だよ! えーとWestaの皆さん、神戸に来るのを楽しみにしてるね』
「こちらこそ! お昼は中華街で食べるつもりやから、いい店あったら教えてや」
『
『せいぜい最後の昼餐を楽しむがいいデース。HAHAHAHA……』
笑い声とともに通信は切れた。
晴のアイデアでこちらから提案したものだが、ここまでノリが良いとは思わなかった。
礼阿が心配そうな目を立火へ向ける。
「神戸か……ここからはあまり馴染みのない場所やけど。かなりの強敵そうやな。大丈夫?」
「大丈夫でなくても、越えな全国へは行かれへん。やるしかないんや」
「そのぅ。私たちが身の程知らずに挑戦したせいで、練習時間が削られたりしてへん?」
「もう、何言うてるんや。ライブがどれだけ人を成長させるか、自分だって知ってるやろ。
めっちゃ楽しかったし、力になった! 改めて、今日はありがとう!」
最後にお互い向かい合って、五人と四人は礼をする。
穏やかな拍手の中、バトルロード二回戦は幕を閉じた。
撤収の途中、新幹線内の小都子からメッセージが届いた。
『そろそろ終わった頃でしょうか?
Wifiがないので配信は見られませんでしたけど、帰ったら動画で見ますね。
ちなみに、周りはみんな寝てます』
去年の爆睡していた自分を思い出し、立火は笑って返信した。
来年の今頃、やはり寝ていそうな花歩たちを想像しながら。
『お疲れさん、小都子もゆっくり休んでや。
こっちは最高の秋晴れの、最高に自由な一日やった!』
* * *
「嵐みたいな人たちやったなあ」
眼下に村の風景を映しながら、静かな空気の中で礼阿がぽつりとこぼす。
あの後は学校でお茶と葛餅を出して、高松塚古墳で壁画を見せてから駅でお別れした。
帰りに飛鳥が丘へ行こうと言うので、ここ
展望台の上で、飛鳥は一年生の顔を覗き込む。
「万葉ちゃん、今日はどうやったー?」
「そうですね……正直今までmahoro-paの活動はパッとしないし。
人口は減るし、来年は安菜先輩と二人きりだしで、ずっと閉塞感があったんですけど」
「ううっ、確かに私と二人って嫌やろな……私だったら嫌や」
「でも、スクールアイドルってこういう楽しみもあるんですね。
今となっては、この部に入って良かったと思いますよ」
微笑む万葉に、三人は思わず目を潤ませる。
安菜、来年はもっと他のグループと交流するんや。えっ無理です小生そういうの苦手。安菜ちゃんはやればできる子やでー。
そんな会話を交わす上級生の向こうに、小さく大和三山が見える。
標高は200mもないけれど、古くから歌に詠まれ愛されてきたその山が、今は先輩たちと重なって見えた。
「私たちもまだ終わりではないですよ。地区予選に出るんですから」
この四人での最後のイベントを口にする万葉に、礼阿は電車の去った先を眺めた。
「そうやなあ。一応Westaとも競うことになるけど……」
彼女たちのような覚悟や決意は持てそうないし、今の礼阿はそれでもいい気がした。
道は違うけど、奈良らしくのんびり進むのもいいのかもしれないと。
「飛鳥、地区予選の目標はどうする?」
聞かれた部長は、礼阿の気持ちを汲んだように、へろへろと手を上げる。
「目指せ、最下位脱出ー」
「気が抜けますねぇ」
笑いながら、万葉は先頭に立って歩き出した。
西暦645年に蘇我氏が滅びたこの場所も、今では静かな散歩道。
古代からの原風景に囲まれて、四人はゆっくりと丘を降りていく。
<第27話・終>