「帰宅部はこういうとき、面白味がないもんやな」
卒業式の学校へ向かうニュートラムで、特に親しい先輩のいない晶がぼやいていた。
一方で同じ帰宅部の奈々はやる気満々である。
「私は盛り上がってるでー! 卒業証書を持った立火先輩と桜夜先輩の撮影チャンス!
第二ボタンは予約済みなのが残念やけど」
「まあ、そこは花歩に譲ってあげてや」と、つかさが口を挟む。
「分かってるって! ずっと慕ってきた先輩と涙の別れってのもええよね。
楓のところはそういうのないん?」
振られた水泳部の楓は、困ったように苦笑した。
「うちは普通っていうか。仲悪くはないけど、そこまで良くもなかったっていうか……。
スクールアイドル部みたいに、みんなで遊びに行ったりしたの、少しうらやましい」
「んー……そうやな。
あたし、最初はあんまり先輩に拘束されたくないなーって思ってたんやけど。
実際遊んでみるとめっちゃ楽しかった」
つかさ達のそんな会話を、夕理は黙って聞いている。
無理してまで話に混ざる意味はないし、三年生の話となるとなおさら加わりづらい。
小都子にべったり過ぎただろうか……と少々の反省を浮かべていると、スマホが鳴った。
「あれ、広町先輩からや」
「おっ、何何? イケメン部長から後輩へのメッセージ?」
奈々が興味津々で首を突っ込んでくるが、同じくスマホを出したつかさが首をひねる。
「あたしには来てへんで」
「ええ!? 卒業の日に天名さんだけ特別扱い!?」
「そ、そんなことがあるはずは……」
焦って本文を開く夕理だが、冒頭の数行を読んで納得した。
「私とだけいまいち距離が縮まらなかったから、最後に一言やって」
「あー。確かに夕理だけ、部長さんの家にも行かへんままやろ」
「べ、別に行く用事もなかったし……」
「つかさは行ったんや! どんな話したの?」
奈々の好奇心はつかさへと向き、向けられた側が言葉を濁している間に、夕理は一人でメッセージを読む。
『夕理、今までほんまにありがとう。
誰も曲を作れなかったうちの部で、お前は奇跡みたいに現れた救世主やった。
活動にもいつも真剣で、私も何度学ばせてもらったか分からへん。
小都子のこと、くれぐれもよろしく頼むで』
(広町先輩……)
自分の方こそ、こんな面倒くさい部員にめげずに付き合ってくれて、どれだけ感謝していることか。
返事を書きたいが、薄っぺらいお世辞は言いたくない。
一生懸命に考える夕理を、同じ中学の子たちが温かい目で見ながら、電車は普段と変わらず走っていく。
* * *
『私は当たり前のことをしただけです。小都子先輩のことも言われるまでもありません。
ただ、部活動をするのが初めての私には、広町先輩は初めての部長で。
そして本当に良い部長だったということは、強く断言しておきます。
今までもこれからも、スクールアイドル部は私の宝物です』
自分の部屋で、夕理からのメッセージを何度も読み返す。
泣きはしないけれど、頬が緩むのは止められなかった。
卒業式は十時から。
朝の時間をのんびり過ごす立火に、別のメッセージが届く。
晴からのものだった。
『お陰様で面白かったですよ』
晴が言うからには、その面白いはfunnyではなくinterestingの方なのだろう。
今は教室にいるのだろうか。
返事を求めてはいないのだろうけど、何となく会話してみる。
『何やかんやで、晴と話した時間が一番長かった気がするなあ』
『したのは部の運営の話でしょう』
『そうなんやけど、私は晴がいてこその部長やったからな』
光と影、それぞれの柱で今年度のWestaは成り立った。
次は晴も最上級生になって、黒子に徹してばかりもいられなくなる。
だからこそ、こんなメッセージを送ってきたのかもしれない。
『お前みたいなやつに会うことは二度とないんやろな。
それくらい、晴は面白いやつやったで』
『部長みたいな人は大阪には大勢いそうですね。でも』
晴にしては珍しく、少し間が開いた。
いぶかしんだ立火の目が、ようやく表示された文章に大きく見開かれる。
『私をここまで信頼してくれる人は、もう現れないでしょう』
* * *
「……あんまり、実感がないで」
バスに揺られながらの勇魚の呟きに、そうやね……と返す花歩も、どこか上の空だ。
立火も桜夜も、今日で本当に卒業してしまう。
数日前まで一緒にいただけに、そんな気持ちになるのも分かるが……
今は姫水が、二人を元気づける役だった。
「私は楽しみよ。生まれて初めての、まともな卒業式だもの」
「え、姫ちゃんそうなん?」
「小学校では冷めてて、中学では病気の真っ最中だったから。
そういえば……一年前は、勇魚ちゃんに心配ばかりかけちゃったわね」
「う、ううん、姫ちゃんは悪ないで!」
一年前、長居中学校の卒業式。勇魚の頭は会えない幼なじみで一杯だった。
帰宅してからの大事件は無事解決したけれど、卒業式の印象は薄くなってしまった。
そして花歩はそういう事情すらなく、ただ何となく友達と別れ、何となく卒業した記憶しかない。
少し悔いの残る二人の顔に、姫水は優しく微笑む。
「私たちが主役の式ではないけれど。でも三人で一緒に参加できる、最初で最後の卒業式よ」
「そうやね……うちらが主役になるときは、姫ちゃんとは別々なんや」
「それに花歩ちゃんも、涙をこらえるような卒業式は初めてなんじゃない?」
「あ、あはは。確かにそうかも」
泣くつもりはない。必ず我慢して笑顔で見送るつもりだけれど。
そこまで思える先輩と別れることは、確かに花歩は初めての経験だった。
寂しさが実感として湧き上がりながら、それでも前を向く友人たちに、姫水はほっとして雑談に切り替える。
「芽生さんのところはもう終わったんだっけ?」
「うん、この前。あっちは卒業ライブなんて、そもそも許可してもらえへんって」
「あはは、真面目な学校やもんね!」
「せやから私たちのこと、少しうらやましいって言うてた」
今日のライブは特に許可は取っていない。
別に許可なんてなくても、場のノリで祝う分には許される、適当で自由な校風。
入学式のライブの思い出を姫水に話しながら、到着したバスから降りる。
あの日と対になる一幕を奏でるため、一年生たちは足取りも強く校舎へと向かう。
* * *
「忍、ほんまに手伝うことない?」
「大丈夫やって! 式は生徒会に任せて、小都子は先輩のことだけ考えて」
ホームルーム後、小都子はそう拒まれてしまった。
頼ってもらえないとそれはそれで寂しいなと、内心で苦笑する。
まあ、来月からは部長が忙しくなって、他人の世話どころではないのかもしれないけれど。
今日は一時間だけ授業を受けてから卒業式。その後は帰宅してテスト勉強だ。
やはり仲の良い先輩がいるのといないのとで、クラスの中は温度差が大きい。
式はどうでもいいとばかりに、参考書を広げている子もいる。
だが何人かは心配そうに、小都子へ話しかけてきた。
「桜夜先輩、もうすぐ本命の合格発表やろ?」
「うん、九時に発表。私は祈るしかできひんのやけどね」
「ラブライブに出たせいで落ちた、とか言われるのは嫌やな」
「ちょっと! そういうアンタが言うてるやんけ!」
「え、ご、ごめん」
クラスメイトに怒る忍をまあまあとなだめていると、教師が来て授業を始めた。
「はい、卒業式のことは忘れて集中!」
現代文の講義の間に、合格発表の時間は過ぎる。
真面目な小都子は花歩たちと違って、授業中にスマホを触るわけにもいかない。
やたら長く感じる授業に耐え、終わると同時に急いで確認すると――
『ドンマイドンマイ』
(あかんかったか……)
落ち込む小都子を、周囲のクラスメイトが慰める。
やはり晴の予測は正確で、完璧なハッピーエンドはまだ来なかった。
桜夜の戦いは、卒業後にもう少し続くのだ。
(けど私たちはもう手伝われへん。せめて精一杯明るく送らないと)
そう決意すると同時に、校内には放送が響いた。
『在校生は体育館へ移動してください』
動き出した校内に、小都子がふと窓の外を見ると――。
* * *
「ほなお母ちゃん、また後で」
「うん、お友達とも思い残すことがないようにね」
母と一緒に登校してきた立火は、昇降口で別れる。
保護者は体育館へ、卒業生は一度教室に集まる手はずだ。
と、窓から見えたのか、小都子が息せき切って外に出てきた。
(おっ、小都子)
目が合うが、言葉は式の後で交わせばよいと、今は視線での挨拶に留める。
横を通り過ぎた小都子は、そのまま母のところへ駆け寄った。
「おばさま! 本日は良いお日柄で」
「あら小都子ちゃん。今まで立火を支えてくれて、ほんまにありがとうね」
「とんでもない。私こそ先輩にはお世話になりっぱなしで……」
そんな会話を背後に聞きながら、立火は微笑んで教室へ向かう。
適当な学校なのでリハーサルなどもなく、式はぶっつけ本番だ。
久々に会うクラスメイトたちは、全国大会を堂々と戦った立火に称賛を送った。
席に着くと、景子が隣で仏頂面をしている。
「くそう。悔しいけど面白かったで」
「最後くらい素直に誉めたらどうなんや。未波はどうやった?」
「恥ずかしくて見てられへんかった。共感性羞恥ってやつ」
「はっはっは。あれを恥ずかしげもなくやってのけた、私たちのメンタルって最強やろ」
「物は言いようやなあ」
と、立火の視界の隅に、ツインテールがおずおずと入ってきた。
先ほど本命校に連敗した桜夜は、相方にではなく、その友人にヘラヘラと笑いかける。
「福家さん、受験はどうやったん? 苦戦してたって聞いたけど」
「え、私? とっくに受かったで」
「何でや! この裏切り者!」
「いや別に同盟組んでへんし……」
呆れる景子の前で、桜夜は立火の机に突っ伏して拳を打ち付けた。
「滑り止めしか受かってへんの私だけや! 後輩の前に出るのが恥ずかしい!」
「そんなお前でも、小都子たちは真心からお祝いしようとしてくれてるんやで。
というか、結局どうするんや。名古屋の家探し、早よ始めたいんやけど」
「ううう……ママと相談するから……」
立火に答えて、桜夜はよろよろと隣のクラスへ戻っていく。
扉を開けたところで、その六組からの声が五組にも聞こえた。
『お別れ会は三時集合! 場所は全員にメッセ送ったからー!』
「……あっちのクラスはマメやなあ」
「うちのクラス、まとめる奴がいてへんからな」
ぼやく景子と未波に、立火は笑って肩をすくめた。
「まっ、式が終わりが縁の切れ目ってのも、さっぱりしててええやろ」
「そうやなー。もうお互い会うこともないやろうし」
「ほんま、立火と景子のせいで、騒々しい毎日やったで」
憎まれ口を叩き合いながら、三年五組の生徒たちは担任が来るのを待つ。
六組に戻った桜夜に、恵が心配そうに声をかけた。
「桜夜ちゃん、さっきの連絡聞こえた?」
「聞こえた。あーあ、お別れ会もハッピーな気分で出たかったなあ」
「後期も駄目なら滑り止めに行くだけの話やろ。そのための滑り止めやないか」
「そうなんやけど、いまいち決心がつかなくて……」
叶絵に言われても優柔不断な態度に、元部員は軽く溜息をつく。
「泉先輩も、いっそお前を部長に指名したら良かったのにな。
そうすれば少しは決断力も鍛えられたのに」
「もー、無茶言わんといてや」
「あはは、でもそうなったら、どんなWestaになってたんやろうね」
恵の言葉に想像を浮かべていると、担任がやってきた。
最後のホームルームで皆が話を聞く中、桜夜は一人だけ肩身が狭い。
が、担任が特別に声をかけたのは桜夜に対してだった。
「木ノ川は大したもんやったなあ。あんな大舞台で堂々としてて」
「あ、ありがとうございます。でも受験はこの有様でして、えへへ……」
「確かにそっちはもう一頑張りやけど、だからって部活での活躍に変わりはないやろ」
「………! は、はい!」
「そうやで桜夜ちゃん! あのアキバドームで、最高に楽しそうやった!」
後ろの席から恵の声が飛び、叶絵が無言で拍手する。
すぐにクラス中が手を叩き、幸せそうに照れている、いつもの桜夜の姿があった。
担任も満足して、慣れ親しんだ教室に別れを告げさせる。
「さ、お別れ会もあることやし、話はこれくらいで。みんな体育館に移動や」
* * *
『それでは、卒業生の入場です』
生徒会のアナウンスに招かれ、体育館へ足を踏み入れていく。
保護者と在校生たちの拍手の中、四組までは普通の入場。
だが五組と六組が並んで入ると、一気に歓声が響き渡った。
『立火せんぱーい!』
『桜夜先輩! おめでとうございまーす!』
(去年より大きなったなあ……)
一年前は立火たち自身が、卒業する泉たちへ歓声を送っていたけれど。
今年の声援は明らかに大きい。そして来年は、もっと大きくなるはずだ。
立火の視界の端に、ぶんぶんと手を振る花歩を見つけて、笑顔で振り返す。
着席した三年生の前で、式は始まった。
(最後くらい、偉い人の話も真面目に聞くか)
どうせ半分寝ている桜夜の分もと、立火は来賓の言葉を耳に刻む。
続く校長の話の中で、「今年度は全国大会まで進んだ部活動もあり……」と、少し触れてくれたのが嬉しかった。
『在校生送辞。生徒会長、樋口忍』
「はい!」
忍もいつぞやのように小都子小都子とは言わず、真面目に卒業生へ言葉を贈ってくれた。
今後も生徒会とWestaは、良好な関係であることを立火は祈る。
前会長の答辞の後、卒業証書授与。
生徒数が多いので、壇上で校長と教頭から渡されるのは2クラスだけだ。
くじ引きに外れた五組は、端の方で担任から受け取ったが……
「立火先輩、最後まで素敵ですー!」
「その凜々しいお姿、一生忘れません!」
在校生の席と近いおかげで、黄色い声を浴びながら受け取ることができた。
一緒にもらった筒に大事に入れて、席に戻り校歌斉唱。
『世界に繋がる浪花の港 開く口たる住之江に――』
(あ……姫水や)
姫水にとっても最後となる校歌。美しいだけでなく、魂を込めた歌声が聞こえた。
こんなに上手いんやから、歌の仕事もしたらええのに、なんて思いつつ、立火も負けじと声を響かせる。
歌の終わりとともに式典は終了し、盛大な拍手が体育館に満ちた。
「いやー終わった終わった」
「ほなな立火」
「ああ……」
住女らしくその場で自由解散。卒業生と在校生、保護者が混ざって喋りながら、三々五々体育館を出て行く。
だがWestaにはこの後が本番だ。着替えるため、急いで校舎に向かう小都子たちが見えた。
「……なあ、景子、未波」
卒業式ライブの宣伝はしていない。客を集めるのは趣旨と違うから。
必要なのは立火と桜夜だけで、あとは一期一会。
その場に通りかかった誰かが観客でいいと、小都子には言われていたが……。
「後で、少し時間ある?」
やはりどうしても、この二人にだけは見て欲しくなった。
* * *
「もう一枚! もう一枚だけいいですか!」
「ちょっと奈々ー。後つかえてんねんでー!」
「ううっ、ここまでか……お二人がいる住女に入って良かったです!」
体育館を出た立火と桜夜はファンに囲まれ、写真撮影や握手に応じて、それぞれ別れを惜しまれた。
一段落ついたところで、近くで待っている大人たちに声をかける。
「お母ちゃん、お待たせー」
「二人で何の話してたん?」
「うちの娘が迷惑かけてすいませんて、広町さんに謝ってたとこや!」
「うぐっ」
ぴしっとしたキャリアウーマンといった印象の人が、桜夜の母親。
後ろめたそうな娘の前で、立火に向けても頭を下げる。
「この期に及んで進路が決まらへんなんて、立火ちゃんもほんまごめんね」
「いえいえ、こういう桜夜にはもう慣れましたから」
「これからも迷惑かけると思うけど、うちの娘をお願いするで。
こら桜夜! 進学か浪人か、決めないと立火ちゃん困るやろ!」
「ま、まあまあ木ノ川さん。後期試験の結果が出てからでも」
「そんなん待ってたら、名古屋でいい物件がなくなるやないの。これ以上この子を甘やかしたらあかん!」
なだめる立火の母に、そう反論する桜夜の母には、今まで甘やかしたことへの後悔が見える。
泣きそうな娘と苦笑する娘の前で、立火の母は優しく語りかけた。
「決めるのは桜夜ちゃんやけど……ただ、うちのお婆ちゃん言うてたで。
『立火は静かなの苦手やから、桜夜が一緒やったら賑やかで安心やなあ』って」
「お婆ちゃんが……」
「な、なんやもう。婆ちゃん、いつまで私のこと子供と思ってるんや」
恥ずかしそうな立火だが、最初に大阪を出ろと言った祖母だけに、余計に心配なのだろう。
今頃は広町家で、お祝いのたこ焼きを準備してくれている。
その姿を思い、桜夜の心は一気に固まった。
「決めた。他が全滅したら、潔く滑り止めに行く!
おばちゃんもお婆ちゃんも、立火のことは安心して私に任せてや!」
「桜夜ちゃん……」
「お前に任される私とちゃうわと言いたいけど、でも、ええんやな」
言いながらもほっとしたような相方に、桜夜は強くうなずきその手を握る。
「でも本命は諦めてへんからね。私が勉強してる間に、住むとこ探しといて!」
「分かった。安くてええとこ見つけとくで」
「……全く、卒業式が終わってようやくなんてねえ」
一応は決断できた娘に、そっと涙をぬぐう桜夜母である。
話を終えた立火がふと見渡すと、景子も未波も恵も、部の後輩たちに別れを告げていた。
そして叶絵は、道を違えた部を見届けるためじっと待っている。
ポケットに振動を感じ、スマホを見た立火は顔を上げた。
「――準備ができたみたいや。後輩たちの、最後の贈り物を受け取りにいくで」
* * *
少し前、部室へ行った小都子たちは衣装を取り出していた。
「あの分やとファンサービスに結構かかりそうや。急がなくても大丈夫やろ」
晴がそう言うので、この一年間の衣装のうちから、自分が選んだものを仲間たちにも見せる。
「私は、やっぱりこれやねえ」
髪をほどいた小都子が掲げたのは、予備予選『パステル色のセレナーデ』のシンプルなドレス。
後輩たちに刺激され、初めて自ら前に出ることができた。
あれがなければ、自信をもって部長を引き継ぐことはなかったかもしれない。
「私たちは、やっぱりデビューが思い出深いです」
「うちは特に苦労しましたから!」
花歩と勇魚は文化祭と京都戦の『フラワー・フィッシュ・フレンド』。
この花の衣装を着たときがピークだったと、今は言わざるを得ない花歩だけれど、くじけず次を目指して再び身にまとう。
そして勇魚のデビュー衣装は、『Supreme Love』の使い回し。桜夜の分も、今日は可愛く楽しく踊ろう。
「夕理ちゃんは……それなんやね」
「はい。失敗であっても、私の大事な一歩でしたから」
小都子の前で、夕理が手にするのはファーストライブ『若葉の露に映りて』。
転んで挫折して、なのに先輩たちは、難儀な後輩を真摯に導いてくれた。
皆がバラバラな恰好の中で、姫水とつかさだけはお揃いだった。
「つかさ、顔が緩んでるわよ」
「え、ええやろ別にー。あたしは初センターやったから当然これやけど、姫水も選んでくれたんやな」
「初めて私が、現実の中で行ったライブだったもの」
地区予選『Dueling Girls!』。バトンと留め具はないが、お揃いの指輪は今も輝いている。
今日の夕理は、そんな光景にも胸は痛まず……
お互い思い合っている二人を、自然と嬉しく感じることができた。
「過去の衣装ばかりやな。バランス的に最新のを選んで正解やった」
理屈っぽく言う晴の衣装は、集大成の全国大会『オール・ザッツ・ファニー・デイズ』。
もちろん黒子の服ではなく、立火の赤いピエロ服を拝借したものだ。
「少しサイズが大きいが、まあ何とかなるやろ」
「晴先輩って、なんやかんやで部長のこと大好きですよね!」
花歩からにこにこと言われて、晴の眉がぴくりと動いたが、直接は答えず着替え始める。
準備が完了したところで小都子に促した。
「そろそろ二人に連絡してええか」
「そうやね。みんな、思いっきり賑やかに卒業をお祝いするで!」
『はいっ!』
円陣は組まず、在校生たちは部室を出ていく。
新たな円陣の言葉を、小都子はまだ考えていない。
立火と同じく、新入生を集めて、次のWestaの形ができたときに決めるつもりだ。
今から行うライブは、それに向けてのスタートでもある――。
* * *
場所は入学式の歓迎ライブと同じ、校門から少し入った場所。
様々な衣装に身を包んだWestaが、二人の客を待っていた。
何人かの生徒や保護者が、何かあるのかと遠巻きに見ている。
(みんな……)
胸を詰まらせながら、立火と桜夜はメンバーたちの正面に立つ。
その脇には母親と友人たち。
そして立火は振り返ると、周囲へ卒業証書の筒を振った。
「これから新たなWestaが、私たち二人をライブで送ってくれるんや!
近くにいる人は何かの縁、良かったら見ていってや!」
『おお!』
遠巻きにしていた者も、新たに通りがかった者も、嬉しそうに集まってきた。
総勢二十人ほどの観客の前で、小都子が優雅にお辞儀をする。
「立火先輩、桜夜先輩。あなた方から受けたご恩は、言葉では表しきれません。
せやからスクールアイドルらしいやり方で、伝えさせていただきます!」
挨拶の間に晴が少し外れ、ノートPCの再生ボタンを押して戻る。
彼女がメンバー内にいるので、撮影する者は誰もいない。
ただこの場限りの、卒業祝いのためだけのライブ。
流れる前奏と同時に、七人の後輩は声を合わせた。
『新生Westaの最初の曲、”私たちらしい別れ方”!』