この作品は「ときめきメモリアル3」(c)KONAMIの世界及びキャラクターを借りて創作されています。
ネタバレを含みます。



















嘘つきは季節の始まり






 
 
 
 



 ついにこの日がやって来た。
 春休みの朝日の中で、御田万里は髪を掻き上げながら不敵に微笑んだ。
 そもそも女優たるもの、観客を騙してなんぼである。4月1日というこの日こそ、自らの才能を試す絶好の機会であるといえよう。
「ふふっ、わたしの演技力をもってすれば嘘を真にするなど雑作もないことですわ。さて、誰を騙して差し上げようかしら?」
 検討の結果、ターゲットを河合理佳に決定した。高い知能を持つ彼女に見破られなければ、演技力が本物であるという証である。決して他に友達がいないということではない。
「あ、万里ちゃんおはよー。…あれ、元気ないね」
 河合家を訪ねた万里は、玄関から顔を出した理佳の前で暗い顔をしてみせた。
「理佳…。わたし、もう生きていけませんわ…」
「ど、どうしたの」
「実は……実はわたし、失恋してしまいましたの……っ!」
「えぇ!? ま、万里ちゃんが?」
 両手で顔を覆ってはらはらと涙を流す万里。完璧に『恋に破れた少女』を演じるその姿に、理佳は疑いを挟む余地もなく駆け寄った。
「そんな…そんなの変だよ!」
「ありがとう理佳。でも、これも運命なのですわ。ああわたしは運命の荒海にたゆたう一艘の小舟…」
「そんなことない! そりゃあ万里ちゃんは高飛車で偉そうで何様って感じだけど、男の子に振られるなんておかしいよ! どう考えてもボロクソに振ってやるってイメージだもん!」
「‥‥‥‥」
 いや、ここで怒ってはいけない。女優たるもの演技を続けなくては。セルフコントロール!
「お、おほほほ。いいえ、きっと私が悪かったのよ。彼を受け止められなかった私がすべて…」
「そっか、よっぽどショックだったんだねー。よりによって万里ちゃんの口から反省の言葉が出てくるなんて」
「…おい」
「でも大丈夫だよぉ。失恋くらい何でもないよ! だって万里ちゃんの面の皮はうちのロボットの装甲より厚いもん!」
 どうやら本気で励ましているらしい理佳の無邪気な笑顔を前に、万里もにっこり微笑むと、右手を垂直に上へ掲げた。
「理佳」
「なーに、万里ちゃん」
「女優チョーーップ!!」
「ギャフン!」


*      *      *



「痛かったぁ。もう、エイプリルフールなら最初からそう言えばいいのにぃ」
 ぶつぶつ言いながらショッピング街を歩く。万里の去り際の『4月1日でしてよッ!』との言葉でようやく事態を理解したが、別にそんな日どうでもいい。だって理佳は正直者だし…。
「おっ、理佳やんか。どこ行くん?」
 なんてことを考えていると、いかにも何か企んでそうなちとせに出会った。
「ジャンク屋だよー」
「なんや、また誰かで人体実験でも始める気かいな」
「えーっ、そんなことしないよぉ。やっぱり他人に迷惑をかけちゃいけないよね」
 …少しの沈黙の後、ちとせが冷ややかな目で返事する。
「ほぉ」
「やっぱりぃー、科学は世のため人のために使うものだと思うしー。科学の発展のためには多少の犠牲が必要なんて全然思ってないよー」
 春なのに寒い風が吹き抜けてから、二人はあっはっはと笑い合った。
「いやぁ、さすがは理佳や。こんな人間のできとる奴は見たことないで」
「えへへ、ありがとー。そういえばぁ、ちいちゃんってこうして見ると結構美人だよねー。きっと男の子にもモテモテだねー」
「…嘘やろワレ」
「うん、全部嘘ー」
「ああっムカつくやっちゃなっ! このやろこのやろっ!」
「いたたたた。なんでみんな暴力ふるうのー?」

*      *      *



「ったく、いらんことで時間つぶしたわ」
 商店街を抜け、まっすぐに友人の家へ向かう。もちろん目当ては牧原優紀子。人に騙されるために生まれ、騙されるために存在するような少女だ。ゆっこを騙さずして何のエイプリルフールか。
「あ、ちとせ。いらっしゃーい」
 親友がそんなことを考えているとは露知らず、玄関から無害な顔を出した優紀子に、ちとせはさも深刻そうに言った。
「休みの日に押し掛けて堪忍な。早く言わな思てん。うちにも…責任あるしな」
「え、え? な、何のこと?」
「なあ、入学したときのイメチェン…実は失敗だったんとちゃうか!」
「ええっ!?」
 ががーん、とショックの優紀子に、一気にたたみかけるちとせ。
「だって誰もゆっこやって分からんかったやん! 別人になってどないすんねん!
 それになんや、赤髪のボブにリボンって。まるっきりToHeartのヒロインやんか!」
「そ、そうだよね。わたしがこんなだから、ちとせも長岡志保のパクリとか言われるんだよね…」
「やかましいわボケ」
 真剣に悩んでしまった優紀子は、すがるようにちとせに尋ねる。
「ど、どうしよちとせ〜。元の三つ編みメガネに戻した方がいいかなぁ?」
「アホ、地味になってどないすんねん。これや、これをつけるんや!」
 そう言ってちとせが取り出したのは、大きな猫耳がついたヘアバンドである。
「…これ?」
「そやでー。知らんのん? 今ヤングの間で大流行やねん。朝から並んでようやく買えたんやで」
「ち、ちとせ、わたしのためにそこまで…。ありがとう、つけてみるねっ」
 と、あっさり引っかかる優紀子に、ちとせは内心で大笑いしていたのだが…
「(う…。か…可愛いやん…っ)」
 猫耳ゆっこのあまりの愛らしさに後ずさる。恥ずかしそうに上目遣いを向ける姿がまた…。い、いや落ち着け。理性を失くすな。
「ちとせ? なんだか鼻血出てない?」
「い、いや、何でもない、何でもないでぇ。決め台詞は『〜にご奉仕するにゃん』や」
「ち…ちとせにご奉仕するにゃん」
「ゆっこ〜〜〜っ!」(がばっ)
「きゃぁぁあああ!?」

*      *      *



「も〜、ひどいよちとせってば〜」
 ぷんすか、と怒りながら街を徘徊する。襲ってきたちとせを殴り倒したはいいが、猫耳バンドをつけたまま母親に見せたら大笑いされた。
 そういえば4月1日だった…。どうしてこう毎年引っかかるんだろう。
 かくなる上は誰かを騙さないと気がすまない。でもちとせが今さら引っかかってくれるとは思えないので、優紀子が騙せそうな唯一の友人を探して街を歩いた。午前中はバイトだって言ってたけど…。
 そろそろ昼過ぎになろうという頃、ようやく仕事帰りらしい彼女を見つけた。
「あ、ゆっこちゃんだ。おつかれー」
「お、おつかれ。かずみちゃん。探したよー」
「え、なになに?」
 無警戒にこちらへ寄ってくるかずみ。ここだ、考えに考え抜いた嘘をここで決めるんだ。
「あのね、知ってたかずみちゃん。テレビでやってたんだけど、今日のかずみちゃんは千年に一度のラッキーデーなんだよ。びっくりだよね〜、えへへ」
「そ、そうだったのー!?」
 かずみの両おさげが驚きでぴん、と張る。
「それでね、神社でパラパラを踊ると永遠に幸せになれるんだって!」
「そ、そりゃあすごいや。さっそく踊ってくるよっ!」
 言うが早いか、かずみは反転して走っていった…。
 やった、成功した。初めて騙される側から騙す側にクラスチェンジしたのだ。ばんざーい。
 が、すぐにかずみがくるりと振り向いて戻ってくる。しまったバレたか…と思いきや、彼女は屈託のない笑顔を優紀子に向けた。
「ありがと、ゆっこちゃん。わざわざそれを知らせるために、あたしのこと探してくれたんだ」
「え? えと…うん、まあ」
「父さんのこととかで心配かけちゃったかな。あたしは全然大丈夫だけどさ、でも気持ちは嬉しかったよ、うんっ」
「そ、その…」
「あたし、ゆっこちゃんと友達でよかった。…なんちって、ちょっと大袈裟だったかな。あははははっ」
「あうぅ…」
 見ないで、そんな輝く瞳でわたしを見ないでぇ、などという内心の声が聞こえるはずもなく、三度回転して神社へ向かおうとするかずみの…おさげを掴むと、優紀子は凄い勢いで頭を下げた。
「ごめんなさいうそなの! 全部わたしが悪いの!」
「へっ?」

*      *      *



「なーんだ、エイプリルフールだったんだ。あははは」
 そういえばそんなイベントもあったっけ。せっかくのお祭りなんだから、ここは参加するべきだろう。
 そんなわけで、お昼を食べてから友人の家へ向かった。
「まあ、かずみちゃん。こんにちは」
「橘さん、おつかれー…じゃなくて、大変、大変だよっ」
「ど、どうしたのですか。落ち着いてください」
「実は…」
 息をすう、と吸って一気に言う。
「もえぎのに火星人が攻めてきたんだよっ!」
「ええー!? そ、それは大変です。急いで避難しないと。いえ、その前に警察に電話でしょうかっ!?」
「(信じてるーー!)」
 まさか信じるとは思わず唖然とするかずみの前で、おろおろと右往左往する恵美。
「で、でも火星人さんも話せば分かって下さるのでは…。やはり友好が一番だと思うのですが、かずみちゃんはどう思いますか?」
「いや、どうって言われても…」
「分かりました、私が話し合ってきます。もしもの時には骨は拾ってくださいね。敷島の大和撫子の行く道は、赤き着物か白き着物か…」
「あ、あの橘さん、エイプリルフールって知ってる?」
「はい? 何が降るのですか?」
 まずい…。4月バカを知っているからこそ嘘が許されるのに、知らなかったらどうなるんだろう。
 内心だらだらと冷や汗を流しながら、固い笑顔で聞いてみる。
「あ、あはははは。あのさ、話は変わるけど嘘つきってどう思う?」
「嘘ですか? 相手の信頼を裏切るなど許されないことです。即座に切腹すべきですね」
「(はうぅぅぅーー!)」

*      *      *



「エイプリルフールですか…。そんな行事があったとは…」
 泣きながら謝ったかずみの説明で、ようやく事情を理解した。
 それにしても恥ずかしい。いくら西洋文化に疎いとはいえ、そんなことで取り乱してしまうとは。
 そういえば生真面目すぎるとよく言われるし、丁度良いから嘘の練習でもすべきだろうか?
 芹華ならきっと分かってくれるだろうし…と考えた恵美は、さっそく彼女のアパートへ向かった。
「あれ、恵美じゃないか。どうしたんだい」
「は、はい。その…」
 心苦しいが、これも自らの成長のため。ああ許してください芹華。
「実は……もえぎのに火星人が攻めてきたんです!」
「は?」
「‥‥‥」
「‥‥‥」

 ‥‥‥‥‥。

「ごめんなさい…。頭を丸めて尼になります…」
「ち、ちょっと落ち着け恵美っ!」
 この世の終わりのような顔で立ち去る恵美を、芹華は慌てて引き留める。
「離してください! 嘘の一つもつけない私なんて、もはや4月1日を生きる価値も…」
「あ、な、なんだエイプリルフールか。いや、いきなり尼になるなんて言うから驚いたよ。すっかり騙されちまったな、はははっ」
「いえ、そちらは本心です」
「…素で返すなよ…。乗ってやってるんだから」
「まあ、そうだったのですか…。でも自らを偽るのはどうかと思うのですが」
「嘘をつきに来たんだろーが!」
 恵美はしばらく困り果てていたが、結局泣きそうな目で、芹華を下から覗き込んだ。
「あの…私は一体どうすればよいのでしょう?」
「(こっちの台詞だよ…)」

*      *      *



「まったく、恵美にも困ったもんだな」
 そろそろ夕方が近づく中、夕食を買いにコンビニへ向いながら、誰へともなくそう呟いた。
 そう言いながらも、ついつい思い出して顔が笑ってしまうのであるが。
 信号待ちをしていたところで、道路の向こうに知った顔を見かける。はて、誰だっただろう…と考えて、3月までのクラスメイトだったことを思い出した。
 けれど、名前が思い出せない。ろくに授業にも出ずに屋上で寝ていたんだから当然だけど、一年も同じ教室で過ごした相手にそれは寂しいことかもしれないと、そう思ってしまうのは恵美の影響だろうか。
「よう」
 信号が青になり、横断歩道を渡ってきた彼女――ベレー帽の下に長い髪のなびく、いかにも清楚なお嬢様といった感じの、要するに自分と正反対の相手に思わず片手を挙げていた。
 相手もこちらに気づき、一応同級生と認識してくれたのか、軽く会釈を返してくる。
「…こんにちは」
 普段ならこれで終わり。用もない相手と話すことなんかないけど……そうだ、今日なら嘘をつくという用事があったっけ。
「そういや知ってるかい? 春休みが一週間延長になったんだってさ。ありがたい話だね」
 相手は一瞬きょとんとしたが、やがてにっこり微笑んだ。
「ええ、理科室がガス爆発で吹き飛んだんでしょう? なんだか怖いわ」
「(‥‥‥。こいつ!)」
 芹華の眼光が鋭くなる。いい所のお嬢様かと思っていたが、なかなかどうして侮れないじゃないか。
「おかしいな。あたしはプールからサンショウウオが大量発生したからって聞いたんだが」
「まあ、きっと騙されたのね。プールから出てきたのはネッシーでしょう?」
「そうなんだ、学校のプールってネス湖と繋がってるものなぁ。あのトンネルって誰が掘ったんだい?」
「さあ、用務員さんじゃないかしら? それとも何か時空のひずみが…」
 通行人が『何だこいつら…』という目で見ながら通り過ぎていく中、無意味に二人の嘘合戦は続いた。
 話が『あさってに宇宙が滅亡する』とかいうあたりまで膨らんだところで、さすがに芹華が手を上げて止める。
「なかなかやるね。あんた」
「ふふ、ありがとう。あなたも」
「あたしは神条芹華。名前忘れてて悪いんだけど、そっちは?」
「和泉穂多琉よ。ほたる、はこういう字」
 『穂多琉』と記された生徒手帳を見せられ、傑作とばかりに手を叩く芹華。
「あはは! わざわざ今日のために用意したのかい。そんな名前の人間がいるわけないだろ」
「‥‥‥‥」
「(…ヤバい…。本当だったか…)」
 4月1日はたまにこういうことがあるから始末が悪い。嘘みたいな本当はあちこちに転がってるんだから気を付けないと。
「いや、悪かった。怒った?」
「そうね、深く傷ついたわ…」
「ごめん、この通り」
「ふふっ、嘘に決まっているじゃない。見事に引っかかったわね」
 なんて性格の悪い奴だ、と思ったが、すぐに相手が
「また、新学期も同じクラスになれるといいわね」
 なんて殊勝なことを言うものだから、芹華は照れたように頬を掻いた。
「ふーん。それも嘘でなけりゃいいけどな」
「もう嘘はお終い」
「そういうことにしとくさ。じゃあな」
「ええ」
 青信号が点滅していたので急いで渡って、道路の向こう側で振り返ると、ベレー帽が遠ざかっていくところだった。
 同じクラスに。
 そんな普通の高校生みたいなこと、本当の自分からすれば全て嘘なのだけど…。
 でも、少しくらいそんな嘘があっても良いかもしれない。

*      *      *



 時計が23時を回ったところで、今日の日記を書いていないことを思い出し、穂多琉はパソコンの前に座った。
 日記といっても書きたいときにしか書かないので、週記か月記と言った方が正確だけど。4月1日だし嘘でも書こうか。
 ‥‥‥。

『今日、彼が戻ってきてくれました』

 あの出来事が、全部嘘なら良かったのに。
 でも事実はどうしようもなく事実で、嘘はどこまで行っても嘘で、穂多琉は溜息をついてテキストを消した。
 もっと楽しいことを考えよう。
 そうだ、今日会った同級生。普段は近づきがたい雰囲気だったし、自分も社交的な方じゃないから丸一年接触がなかったけど、あんな風に会話することになるとは思わなかった。
 そう思えば、エイプリルフールも存在意義はあった。本当のことは恐くても、嘘なら言えるし。
 でも、また話してみたいと思うのは…それは本当。
 新学期から何が待つのか分からないけど、何があってもそれは本当で、本当の中で過ごさなくちゃいけない。
 やっぱり嘘は今日だけでいい。
 そうこうしている間に日が変わりそうだったので、結局『今日はひとつも嘘をつきませんでした☆』とだけ書いて、急いで日記を送信した。







<END>




感想を書く
ガテラー図書館へ
新聞部へ
トップページへ

# エイプリルフールイベントはどのキャラも面白かったなー。
 ゆっこの2回目がお勧め。