5万1千8百円!
「やっばいなぁ…」


朝日奈SS:バイトでファイト!




 もち、あたしのサイフの中身のワケない。んじゃなんの金額かって?
 ハッキリ言っちゃうとゆかりに借りてる借金だったりする。金欠のたんびにちょいちょい借りてたような気はするけど、さすがに5万越えはまずいよねぇ…。
「夕子さん、どうかなさいましたか?」
「あ、いや〜〜〜〜〜〜〜ちょろっとお金のことでね」
「まあ、そうなのですか?それでは私がご用立てを」
「だーっ!だからそれをやめなさいって!」
 ホントゆかりってば無警戒だし、こりゃあたしに貸したことも忘れてるね。早いトコ返さないとマジで問題だねこりは。
「そういうことはちゃんとしなさいっていつも言ってるでしょーが」
「はい?」
「って、あたしも人のことは全然言えないんだけどさ」
「それは、困りましたねぇ」
 ん、ぐちぐち言っても仕方ないっか。サクッとバイトして完済しよう!
「待っててね、ゆかり!」
「はぁ…」

「でさぁ、どっかにいいバイトないかなっと思って」
「えらい!」
 やっぱこういうとき頼りにできるのはヨッシー。いちおあたしも今週2で近くの輸入雑貨屋の手伝いとかしてるんだけど、さすがに5万一気で貯めるのはちょい無理だしね。こっちは友達にでも頼んで、時給いいバイトに乗り換えよっかなとか思って。
「いやぁ、古式さんなら踏み倒すも可能だろうに、敢えて返そうというその心意気!もう感動しちゃいましたよ俺は」
「いやぁ、照れるじゃん」
「ところでこの前3千円貸したはずなんだが」
「…別にいいよ、あんたは」
「なんじゃそりゃぁぁ!」
 あーっうっさいわねぇ。サルなんだから細かいこと気にするんじゃないわよ!
「だからー、いいバイト教えてよ。懐あったまったら利子つけて返すわよ」
「当てになんねぇなぁ…。まあいいや、耳かっぽじってよーく聞けよ」
 ヨッシーが取り出したのはいつものアルバイト情報誌。やっぱそれしかない?
「これなんかどうだ?」
「コンビニー?きついわりに大したことないじゃん」
「じゃあこっちは?」
「距離的にちょっとね…」
「お前なぁ、いくら俺でもそうそう都合いいとこなんて見つからねぇよ」
「そりゃわかってるけどさぁ」
 高校生の場合とにかく時間でほんど切れちゃう。夕方5時からなんて滅多にないんだよね。といって土日つぶれちゃうのは痛すぎるし、「時間応相談」のとこもあたしに都合いい時間は他の人も都合いい時間だしなぁ…。んで、時給よくって短期で近くのトコねぇ…。
「ねぇよ」
「んな簡単に言わないでよぉ〜」
「会場設営はダメだしなぁ…」
 か弱い女の子なんだから仕方ないっしょ。あ、イベントスタッフなんていいなぁ。でもあれもこれも高校生不可ばっかり…。
 ヨッシーはペラペラとメモ帳をめくり始めた。頼むよヨッシー、あんたのメモ帳が頼りだよ。
「夜のお店は?」
「おい!」
「仕方ねぇな。本当ならこれは企業秘密なんだが…」
 ヨッシーが取り出したのはケヤキ通りの一大アミューズメントビルのチラシ。アミューズメントっていってもカジノとかビリヤードとかそういう大人向けのとこなんだけど…。
「時給1200円(以上)、土日は丸一日、平日は18:00〜22:00、仕事はホールスタッフ。条件18歳以上…って1年や2年はしょっちゅうごまかしてるからいいとして」
「ちょっとちょっと!そんなのホントに空いてたの!?」
「そこはそれ、つてのある奴がちょっと実家に帰るんで、誰か代わりを探してるってわけさ」
「あ、なーるほど…って、そんなのあるんなら最初から出してよ!」
「ニャハハ、もったいつけた方がありがたみが出ると思って」
 ったくもう…ま、とりあえずは助かったけどね。
 あたしはヨッシーに手を合わせると、4000円にして返すって約束した。あいつは笑いながら期待してないって風に手を振ったけど、あたしだってそうそう恩知らずじゃないわよーっだ。

「夕子さん、一緒に帰りませんか?」
「ごめんゆかり!しばらく一緒に帰れそうにないや」
「そ、そうですか…」
 ゆかりには悪いんだけど、今日からバイト始まっちゃうしね。期間は10日間、計算したら6万7千2百円。いやもう、ボロいバイト見つけちゃったなぁ。
 …と思ったらやっぱり世の中そう甘くなくて、むっちゃくちゃ忙しいったら。さすが人気スポットだけのことはあるわ。
「いらっしゃいませぇ」
 最初は元気だったあたしの声も、だんだんトーンが落ちてくる。ちょっとエネルギー節約しないともたないわよコレ。
「朝日奈さん、このメダル向こうへ運んでくれる?」
「はぁい、わかりました」
 顔で笑って心で泣いて。こんな重いもの女の子に持たせるんじゃないわよっ!ああ、腕がちぎれるよう…。
「お疲れさまでしたぁ」
 なんとかその日の仕事は終わって、あたしは家に帰ってシャワー浴びるとソッコーでベッドに入った。でもこれで約5000円かぁ、ま、仕方ないよね。

「夕子さん、お昼ご一緒しませんか?」
「ごめんゆかり、ちょっと寝かせて」
「はぁ…」
 3日目の仕事が終わった翌日の昼休み、あたしは昼ご飯も食べずに寝倒してた。昨日は変なオヤジにからまれるし、なんかもう疲れがどっと出た感じ。こりゃ1200円でも安いよ…。
「夕子さん、先生がいらっしゃいましたよ」
「ZZZ…」
「夕子さん〜」
「んー、いいよ…。あの人うるさく言わないし…」
 要するに見放されてるんだけどさ…。ああ、考えてみたらあたしなんで学校来てるんだろ。中退してフリーターになった方が良くない?でもゆかりに会えないか…。
「夕子さん、今日もお仕事ですか?」
「ん、ごめんね。それと明日学校休むから」
「そ、そうですか…」
 土曜と日曜は朝10:00から夜8:00まで仕事。途中2時間休みがあるけど、あとは8時間働き通し。
「そんなに、大変なのですか?」
 ゆかりはしょぼんとしちゃってる。うーん、最近相手してあげてないから無理ないか。
「あとちょっとだから、ね?そしたらまたどっか遊びに行こ」
「は、はいっ」
「んじゃ、ちょろっと行ってくんね」
「はい〜」
 ゆかりはにこにこと送り出してくれたけど、翌日の土曜日は見事にいつもより客が多かったり…。おまけに
「げげっ!」
 あれ、うちの先ちゃんじゃん。教師がこんなとこ来るなぁー!
「(やっば〜〜〜〜)」
 あたしはなるべく顔を伏せて近づかないようにしてたけど、そしたら今度は店長から元気がないとか注意されるし、超サイテー…。
 でも時給のためなら仕方ないよね。テキトーに手抜いて日曜も切り抜けて、あと4日で給料日!ゆかりとヨッシーに返しても少し手元に残るし、なに買おっかなー。えへへ。

 ところが月曜日。
「いらっしゃいま…っておい!」
「こんにちは〜」
 きらびやかなカジノホールに、全然似合わないのんびりした声。なんでゆかりがここにいるのよぉぉっ!!
「なにか夕子さんのお力になれれば、と」
「いや、気持ちはひじょーにありがたいんだけどさ。ここ18歳未満は立入禁止だよ?」
「まぁ、だって夕子さんは17…」
「だーーっっ!!いいから帰りなさいってば!」
 あたしの声にゆかりは泣きそうな顔になると、とぼとぼと出口に歩いていった。いや、そりゃあたしだってかわいそうとは思うよ。でも仕方ないじゃん、ねえ。
「(だいたいなんでゆかりがここに入れんのよ)」
 あたしがそう疑問に思ってると、店長が飛んできてゆかりにぺこぺこ頭下げてた。ああ、古式不動産ね。そりゃゆかりだもんね。
 ま、いいや。お仕事お仕事。

「おい、古式さん落ち込んでたぜ」
「え、そう?」
 ヨッシーに言われて、あたしはあわててゆかりを探した。いつもぼーっとしてて何も気にしないみたいだけど、やっぱりそうもいかないんだ。ちょろっと反省。
「あ、ゆかり。昨日はどなってりしてごめんね」
「い、いえ…」
 なんかちょっと気まずいなぁ。でもバイトもあと少しだし。
「なにかお金が入り用な事でもあるのですか?」
「う〜ん、そんなとこ。でも別にゆかりが気にすることじゃないから」
「そ、そうですか…」
 なんであたしがこのバイト始めたのか、まだゆかりには言ってない。言ったらどうせ返さなくていいとか言い出しそうだから。
 とにかくなんとかごまかして、あたしは今日もバイトへ行った。

 正直言っちゃうと、ゆかりをうらやましいと思ったことは何度もある。「お金ほしい!」ってのはほとんど年中思ってる。でもゆかりはあたしの親友だし、泣き言言うヒマあったら自分で稼げばいいんだよね。
 そんなこんなで10日間のバイトもとうとう最終日。なんだかんだで残業してたし、あたしの計算では7万ちょいのはず。
 ちゃんと用意してきたハンコを押して、ありがたく労働の成果を受け取った。やっぱこの一瞬だよねー、あの苦労ももう過ぎたことだし、手の中には封筒が収まってる。はーい、お疲れさん!
「…あれ?」
 妙なことに気がついて、あたしは封筒を開けてみた。なんかやけに厚い。はて?
 数えてみたら…15万円!!?
「ち、ちょっと!」
 ほかの人の封筒と間違ったのかもしれない。あたしは慌てて上の人のとこ行ったけど、向こうは困ったように手を振った。
「あ、君はよく頑張ったからね。特別報酬だよ、うん」
 給料2倍になる特別報酬なんて聞いたことない…。実際ほかのバイトの娘たちがじろじろとこっち見てる。そりゃそうだよ、同じ仕事しててこの差だもん。
「そんな…」
「あーいいから、つべこべ言わずに黙って受け取りなさい。社会というのはそういうものなのだよ」
 なにそれ…超むかぁ!!
「この朝日奈夕子様をなめるんじゃないわよっ!」
 あたしは封筒を思いっきり机に叩きつけると、唖然とした一同を背にそのまま店を飛び出した。


「はぁ…」
 近くにあった公園で、あたしは深々とため息をつく。10日間の労働はすべてパァ。今日の給料あてにしてたから、サイフの中身は300円…。
「バカなことしたなぁ…」
 あの苦労は一体何だったんだろうね…。でも7万だけ抜き取って叩き返すってのもカッコ悪いしなぁ…。でも300円…。
「はぁ〜〜〜…」
「夕子さん」
 あたしが顔を上げると、いつからいたのかゆかりがにこにこしながら立っていた。
「お金、たまりましたか?」
「いや、それがね…」
 苦笑いするしかないあたしを見て、ゆかりは急に不安そうな顔になる。
「駄目だったのですか?」
「う〜ん…ちょっとね…」
 ごめんゆかり、しばらく返せそうにないや…。それどころかまた借りるかも…。
「変ですねぇ、ちゃんと頼んでおいたはずなのですが…」
「…は?」
 あたしはピンときて立ち上がると、ゆかりの肩をつかんでゆさぶった。
「頼んだって、頼んだっていったい何?」
「はい、夕子さんがお金をほしそうでしたので、考慮してくださいねとお店の方に…」
 …たはは…
「ゆかりぃ〜〜〜〜〜…」
「はい?」
 あたしはへなへなと脱力すると、よくわかってないゆかりにしばらく寄りかかってた。

「このたびは大変ご迷惑をおかけしまして…」
「あ、いーのいーの。別にゆかりが悪いんじゃなんだから」
 結局あの後ゆかりを連れて、お店に戻って事情を説明した。んで、あたしの手の中には現在7万2千円。そういや店の人はやたらゆかりに頭下げてたっけ。社会とはそういうものねぇ、ま、あたしには関係ないっか。
「はい、ゆかり」
 まだ落ち込んでるゆかりの手に、あたしは封筒を握らせた。中身は5万2千円。200円は利子ってことで。
「これは…」
「ん、あたしがゆかりに借りてたお金」
「そんな、受け取るわけには…」
「あに言ってんの。もともとゆかりのお金っしょ?」
 ゆかりはなんだかそのまま泣きそうだった。あたしが顔をのぞき込むと、封筒を抱きしめたままぽつぽつと口にする。
「…このために、お忙しかったのですね」
「ん、うん。まあね」
「…私はお金よりも、夕子さんと一緒にいることの方がずっと嬉しかったのに…」
 …そっか。
 あたしはうつむいたままのゆかりの頭をなでる。ごめんね、寂しい思いさせて。
「申し訳ございません、夕子さんがせっかく一生懸命働いてくださったのに…」
「もーいいって。それよりどっか遊びに行こ!」
「はい?」
「ダメ?」
「いえ…よろしいようですよ」
 ゆかりの顔がぱあっと明るくなる。うん、やっぱ笑ってる方がかわいいよ。
 あたしはゆかりの手を引くと、そのまま街を駆けていった。軍資金は十分だし、今までの分遊びまくろうね!
「ね、ゆかり!」
「はいっ」

 そして後日
「ごめんヨッシー、残ったお金ぜんぶ使っちゃった…」
「あのなぁ!!」
 とほほ、結局あたしにお金は立ち止まってくれないみたい。
 ま、いっか。忘れよ、忘れよ。
「忘れるなぁ!!」



<END>



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