運命のダイス


 初めて会ったのは入学試験の日。あなたは彼女と嬉しそうに話してた。
(あ…、あの人、あの娘が好きなんだ)
 分かってたのになぜか彼の笑顔が頭から離れない。無事入学してからも、気が
つくとあの人の顔を探してた。
 中学では今一つぱっとしなかった私。なんだか3年間を無駄に過ごしたような
気がする。
「高校では、失敗は繰り返さないんだ」
 鏡の前でつぶやくと、私は髪の毛をいじり始めた。
 コアラ…ちょっと変かな?
 ううん、これくらいしなくちゃね。

「いたっ」
「あっ、ごめんなさ…」
 え…?えええっ!?
 コアラが効いたのかな?いきなり彼と正面衝突。
「い、いや。別にいいよ」
 しばらくぶりに聞いた彼の声。優しそう…。なんだか、すごく懐かしい。
「本当に、ごめんなさい。それじゃ…」
 上の空でその場を離れた私は、柱の陰で一人喜んでた。

 運命かな?
 ううん、運命だよね。私、信じる。

 念入りに髪型をセットして、昨日ぶつかったあたりを探す。A組かB組かな?
 あ!いた…こっちに来るぅ!
 私は廊下に立って、どきどきしながら彼が通るのを待った。
 こあらちゃんはここですよ〜。お願い、気付いてっ。
「やっぱあれだな、女の子ってのはだな」
「好雄、お前な…」
 彼は友達と話しながら…私の前を通り過ぎていった。
 ひどいよ…。
「えいっ!」
「いたっ!」
 すっごく悔しかったの。だからって体当たりすることはないでしょ、とは今だ
から言えるんだけど…。
「あっ、ごめんなさい」
「…今、『えいっ』とか言わなかった?」
 思わず赤くなる私の顔を、彼はまじまじと見つめる。
 え、何?何?
「この前もぶつかったよね」
 私の感情のバロメーターがくるっと180度回転した。思わずにやけてしまう
顔を押さえて。
「えっ、そうかな?でも、忘れちゃった」
 ウソばっかり…でもちゃんと覚えててくれてるんだね。嬉しいな。家に帰って、
鏡の前で自分の髪に感謝。
 ようし、希望が出てきたぞ。さっそくデートの申し込み…はさすがに恥ずかし
いから、まずは情報収集ね。
 彼の知り合いはあっさりと見つかった。友達の友達が、彼の幼馴染みだったの。
「…幼馴染みって、もしかして赤いロングヘアの…」
「うん、そう。詩織ちゃんのこと知ってたの?」
 都合の悪いことはすぐ忘れる私も、さすがにこれで思い出した。そうだよ、彼、
好きな人いるんだよね…。
「それでっ、その娘は彼のことどう思ってるの!?」
「さ、さあ…ただの幼馴染みだって言ってたけど…」
 なぁんだ、それじゃ彼の片思いだよね。だったら問題なし。彼の気持ちをこっ
ちに向ければすむことだもん。
 …って、言うほど簡単じゃないよね。まず電話から、かなぁ…。
 その友達から電話番号を聞き出すと、さんざんためらったあげく私は電話機を
取り上げた。
「もしもし、ああああのっ」
 こ、声が裏がえってるよっ!最初の電話でこんな…
『…只今留守にしております。ピーという音が鳴りましたら』
 あ…お、おどかさないでよね、もう!
 どうしようかな…デート先で自己紹介ってのもいいよね、うん。
「今度の日曜日に…」
 ど、どこにしよう。だいたい来てくれるの?来てくれても怒ってたりして。
「あっ、また後で電話するね」
 …私の意気地なし。

 友達から聞いた話では、彼、とてもこの高校に入れる成績じゃなかったんだっ
て。好きな人と同じ高校に行くために必死で努力して、奇跡的に入学して、そし
て今でも彼女のために頑張ってる。
(諦めたほうが、いいのかな…)
 本当に彼が好きなら、彼の恋を応援してあげるべきなのかもしれない。そんな
ことも考えたけど…
 駄目。やっぱり彼のことが好き。話を聞いてますます好きになってる。
 「応援してあげなきゃ」なんてただの逃げだよ。自分の恋もかなえられないで
他人の恋がかなえられるわけないじゃない!
 ‥‥‥‥‥‥
 気がつくと彼の教室の前に来ていた。
 何度も何度もやってきて、その度に何もできずに帰ってたけど…
 彼が歩いてくる。隣には…彼の想い人が。
 何かしなくちゃ。
 …何を?
 彼は私のことなんて知ってすらいない…

 ドン

「おいおい、もう3回目だぜ」
 呆れたような彼の声。私は無我夢中で謝ると、逃げるように背を向けた。
「いいかげんにしてくれよ」
 私の背中に突き刺さった…。

 彼はどんどん素敵になってきてる。体育祭でも活躍したし、テストの順位もも
うすぐ追い抜かれそう。
 私は、何をしてるの…?
 押し慣れた番号に、学校から電話をかけた。当たり前のように流れてくる、留
守番電話のメッセージ。
「学校で、急いでいるふりして、気になる男の子にわざとぶつかるんだ」
 これで、わかってくれるかな…
『わかってくれるわけないじゃない。こんなことしててもなんにもならないよ』
 私の中の声がそう告げるけど、私は必死で耳をふさいだ。
「詩織ちゃんに頼んで、紹介してもらおうよ」
 親友の優しい言葉にも、私は首を振るだけだった。もし彼女が彼のこと好きだ
ったら…?もし彼が、私のことを既に嫌いになってたら。
 そんなことばかり考えて、何もできないまま時間だけが過ぎていった。

 彼の成績は学校でもトップクラス。彼のクラブは全国大会に出場確実。女の子
たちも彼をほっとかない。
(私は、入学する前から彼のこと見てたのよ!)
 そんなこと言っても何にもならない。
 見てただけなんて、何もしないのと同じこと。
 私は…。
 何度も何度も自分に問いつめて、でも私の足は踏み出せない。
 このまま、終わっちゃうの?
 それだけは嫌だった。やっとの思いで決意して、私はダイヤルを回した。
「あのね。私、卒業式の日に、告白しようと思うの」
 これ以上は延ばせない、最後のチャンス。伝説の樹さん、お願いっ!

 たぶん私の顔は真っ青だったかもしれない。
「詩織ちゃんがね…卒業式の日に、彼に告白するって」
 そっか…良かったね。両思いだよ。
 しばらく何も考えられないまま、卒業式は近づいていた。
 高校生活最後の日曜日。私は部屋に一人。
「こんなの…やだよ!」
 そう叫んで、私は受話器を握りしめた。

 夢にまで見た、最初で最後のデート。
 楽しくて、悲しかった…。

 告白は、出来なかった。笑おうとしたけれど涙がこぼれ落ちてきて、私は彼の
前から逃げ出した。
「さよならっ!」
 誰も見ていないところで、一人泣いた。

 卒業式の日、親友の気づかわしそうな視線を、私は笑って受けとめる。
「仕方ないよ、自業自得だもん」
 運命のダイスは公平で、何もしなかった私は結局何も手に入らなかった。
 後悔はたくさんあるけど、泣くのはもうやめにしたの。
「髪型、変えないんだね」
「うん…私のせめてもの勇気だったし」
 でも次はここから一歩踏み出さなくちゃね。今の私は、この髪型に負けてる。

 彼を想い続けたこの3年が、無駄だったとは思いたくない。
 もうあんな思いはしたくないから、
 たったの一歩を踏み出すことが、どれだけ大事かわかったから…

 いつの日か、笑顔で彼に言えますように。

  「素敵な思い出ありがとう!」

                              <END>


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