銀河紐緒伝説(2) 丁々発止編
「皇帝の為人、戦いを嗜む」−−と言われる。政治家として、陰謀家として、常に一
流であったユイナハルトだが、そんな彼女でもここまで気持ちが高揚するのは開戦前の
この一瞬をおいてない。強敵との戦いのために自分は存在するのでは、とまで思うこと
もある。
無意識のうちではあったが、ユイナハルトの右手は胸にかけられた1本のネジをもて
あそんでいた。かつて彼女の唯一の味方だった紫頭の親友、真・世界征服ロボ。いつも
約束を守ってくれた彼に対し、今度はユイナハルトが約束を守る番だった。
そんな彼女を冷ややかに見つめる2つのレンズがある。皇帝の覇気は讃うべきだが、
それが無用な争いを引き起こすとなれば歴史に害を及ぼすことにしかなりはしない。
「(民にも迷惑がかかりますし…やはり廃立…)」
静かな思いを胸に秘め、キサラギシュタインの眼鏡は今日も妖しく光るのだった。
「それじゃみんな、根性で頑張りましょう!」
「おうっ!」
まず先陣を切るのは、やる気万全のニジノンフェルト艦隊である。虹色槍騎兵の破壊
力を生かしつつ、キヨカーマイヤー、カガミンタールの双璧で殲滅するというおよそ隙
のない布陣に、わずか2個艦隊で立ち向かうイゼルローン軍は巨象に立ち向かうアリに
も等しく思えた。まして2個艦隊といっても新兵や老朽艦が多く、きちんと訓練された
帝国軍とはとても比べ物になりはしない。
「でも、ここは大艦隊には適さない狭い回廊内だもの。そこに私たちの勝機があるんじ
ゃないかな」
いつものように指揮デスクにちょこんと腰掛けると、シォンリーはそう言って紅茶を
すすった。まるでお茶の淹れ方を説明するような淡々とした口調だったが、それが幕僚
たちに与える安心感は計り知れないものがある。圧倒的な兵力差にも関わらず兵士達が
正気を失わなかったのは、ひとえに彼女の不敗の神話が存在したからであった。もっと
もサオランなどに言わせると「最初から正気なんてなかったのさ」ということになるが…。
「よーし、それじゃいっちょいってみよっか!」
「拙僧にお任せあれ」
イゼルローン軍の2人の提督、ユウティ・アサヒナンボローとシャクハチバルト・
ヨアヒム・フォン・コムカッツは、戦艦ヒューベリオンとユリシーズの艦上でそれぞれ
号令を下した。並行して前進すると、要塞主砲の射程範囲外を少し外に出たあたりへ布
陣する。もちろん隙あらば帝国軍を誘い込み、「雷羊の槌」の餌食にする魂胆である。
徐々に近づいてくるニジノンフェルト艦隊を前に、兵士達はゴクリと喉を鳴らす。
こんな勝ち目のない戦いに身を投じるとは、自分はどこまで馬鹿なのだろうか。いや、
勝ち目がないわけではないのだ。あの不敗の魔術師がいる限りは…。
当の魔術師はスクリーンを見つめたまま、ベレー帽をしきりに握りしめていた。彼女
が一声発するだけで、最後の戦いは幕を開けるのである。
不意にシォンリーの右手に暖かい感触が置かれる。かたわらで安心させるように微笑
むコウデリカ・シュジーンヒルに、シォンリーも少し照れたような笑みを浮かべると、
指揮デスクを下りてスクリーン場の帝国軍に相対した。
有効射程範囲まであと2光秒、1光秒…
「ファイアー!(撃て!)」
それと同時に真・ブリュンヒルトの艦内でも、ユイナハルトの右手が一閃する。
「ファイエル!(撃て!)」
超高速通信で発信された命令はそのまま各艦の砲塔へと伝わり、沈黙を続けていた空
間はまたたくまに光の矢の交錯する戦場と化した。双方からレーザー光線が降り注ぎ、
磁気によって加速されたレール・キャノンが次々と打ち込まれる。あらゆる場所で火球
が炸裂し、宇宙は極彩色のキャンバスと姿を変えた。
先手を取ったのは帝国軍である。過去幾多の戦いにおいて敵軍を粉砕した虹色槍騎兵
の破壊力は、今もって健在であった。敵の攻撃にもひるむことなく、ひたすら要塞へ向
けて突進する。
「みんな!これで勝てたらお弁当作ってあげるね!」
「おおおおっ!」
それはあまり上品な方法とはいえなかったが、兵士の士気を高めるには十分であった。
敵の猛攻を真正面から受け止める形となったアサヒナンボロー艦隊は、情けなくも一瞬
で解体される。
「ブッチ!」
アサヒナンボローの一言で、艦隊はあっさりと逃げ出した。イゼルローンでは渋い顔
のタンニン参謀長が「普通は『ブッチ』とは言いません。『後退』とか『撤退』といっ
た表現を使っていただきたいですな」と苦言を呈し、シォンリーを苦笑させたものであ
る。
「もう、根性がないなあ」
敵の醜態にニジノンフェルトは思わず口にするが、好機ではあるので全軍突撃の体勢
を取る。イゼルローン軍と混在した状況では敵も主砲を使うわけにもいかず、一気に要
塞までたどり着けるはずであった。銀色の要塞が何度も持ち主を変えられる前から、頻
繁に使われてきた戦法である。
しかし当然ながらそれはシォンリーの予測の範囲内であった。押し縮められたバネの
ように力を溜めたニジノンフェルト艦隊の、その一瞬の隙をついて天頂方向から一斉に
砲撃が加えられる。
「きゃあっ!」
「迷える帝国軍よ、怒りを静めたまえ」
キヨカーマイヤー艦隊と交戦中のコムカッツが、不意に回頭して虹色槍騎兵に打撃を
加えたのだ。眼前の敵を無視した行動に、意表を突かれつつも怒ったのはキヨカーマイ
ヤーである。
「おまえの相手はこのあたしだろ!」
「疾風ノゾミフ」が号令を発し、無謀ともいえる敵前回頭を行ったコムカッツ艦隊に
対し一斉射撃を加えようとする。敵の体勢は崩れたままであり、成功すれば艦隊がひと
つこの戦場から消える羽目になったろう。
しかしキヨカーマイヤーが勝利を確信した瞬間、今度は天底方向からしたたかな打撃
が加えられた。アサヒナンボローの潰走は演技であり、巧みに艦隊を再編成すると、攻
撃に移ろうとした敵軍を捉えたのだ。
「こ、小細工しやがって…」
キヨカーマイヤーは怒りの拳を握るのだが、その小細工にしてやられたとあっては我
が身を恥じるほかはない。とりあえずの被害を確認すると、なんとか立て直しをはかる
ニジノンフェルトの援護へと向かった。
このときミラカー・フォン・カガミンタールの艦隊は、友軍の後ろから冷静に戦況を
分析していた。狭い回廊では2個艦隊が並進するのが精一杯であり、カガミンタールが
割って入ればかえって味方の邪魔をすることにもなりかねない。それもあるのだが、カ
ガミンタール自身の心情はそれよりいささか複雑である。
「(本当にあの女についていって良いのかしら。宇宙でもっとも美しいのはこの私だと
いうのに…)」
カガミンタールの金色妖瞳が微妙な色を帯びるが、その意味は本人にも不分明であった。
「ワーイ、さすがはシォンリー提督ですね!」
「帝国軍の向こうずねに蹴りをいれてやったぜ!」
2人の歓声はシォンリーの気持ちを少しは軽くするのだが、事態がそれほど良くなっ
たわけでもなかった。帝国軍にダメージを与えたとはいえまったくもってささやかなも
のであり、彼我の戦力差を考えれば雀の涙ほどにも満たないのである。
「ま、千里の道も一歩からって言うしさ」
「うん…そうよね」
「ほう、コウデリカくんにしては珍しくいいことを言うではないかね」
「珍しくは余計だよ」
司令室の中に笑い声が響きわたる。『民主主義とは、主従ではなく友人を作る制度で
ある』。その言葉をもう一度かみしめながら、シォンリーは再び戦術を練るのだった。
部下の失態を眺めていたユイナハルトは、苛立ったように爪を噛んだ。やはり自らが
前線に出るべきだったかもしれないが、配下の者に機会を与えるのも支配者の役目であ
る。しかし彼女らがその機会を無駄に浪費するならば、その時こそ自らが出陣する時で
あろう。そしてあるいは、自分はそれを望んでいるのかもしれなかった。
「見事にフジ・シォンリーの掌の上で踊らされていますね」
「これでやられるならその程度の連中よ。失ったところで別に惜しくはないわ」
冷然と言い放つユイナハルトに、キサラギシュタインは納得したような視線を向ける。
『覇者に聖域があってはならない』。彼女が以前から主張してきたことである。
その一方で、艦橋にいるもう一人の少女は不安そうな視線を皇帝に向けた。今や全宇
宙の頂点に立たんとするユイナハルトの右手は、相変わらず1本のネジをもてあそんで
いる。
「(皇帝陛下って、機械にしか心を開かないのかな…)」
もしそうならそれはあまりに悲しいことだった。ミハール・タッテは神様に祈ると、
再びスクリーンに目を向けるのだった。
いきなり出鼻をくじかれた形になったが、帝国軍の士気が衰えたわけではない。イゼ
ルローン軍に休む間を与えることなく、ユイナハルトは命令を発した。
「つまらない小細工にこちらが付き合う必要はないわ。多少の犠牲は構わないから、一
気に敵を覆滅しなさい」
物量的に勝る帝国軍としては用兵の常道ともいえる戦術であり、すなわちシォンリー
としては一番嫌な作戦である。
5月1日の11時35分。命令を受けたニジノンフェルト、キヨカーマイヤーの両艦
隊は、全砲門を開いて前進を開始する。それはもはや前進ではなく、突撃と言うべきも
のであった。
<To be Continued>
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