嫌SS:ホラーな話



「こわい…」
 あの、こんにちは。こわい話大好き少女、美樹原愛です。今日は朝からこわい話とかを考えていたのですが、たった今ものすごくこわい話をひらめいてしまったのでした。
「ど、どうしよう…。ううん、せっかく思いついたんだもの。みんなに教えてあげなくちゃ」
 そう心に誓った私は、さっそく詩織ちゃんの家の呼び鈴を押すのでした。
「おはよう、メグ」
「おはよう、詩織ちゃん。あのね、実はたった今こわい話を思いついたの」
「あ、そういえばメグ宿題やってきた?あの問題はなかなかに味があったけど、なおかつ多少は物足りなかったわね」
「う、うん。それでね…」
「ところで今日はいい天気ね。成層圏の青が巻積雲で、きっと明日も晴れるかもしれないわ。それでも晴れの日は晴れ晴れと、曇りの日もそれはそれで良いものがあるとも言えるわね」
 けっきょく詩織ちゃんは学校につくまでしゃべり通しで、私にひとことも言わせてくれませんでした。そんなに私の話が聞きたくないんですね。ちょっと許せませんね…。
「あ、ねえあやめちゃん見晴ちゃん、こわい話聞きたくない?」
「見晴、次体育だっけ」
「うんっ、早く行かなきゃ」
 …くすん、やっぱりこの前ぞんびの話とかヒザにフジツボの話(*1)とかしたのがいけなかったのかしら…。こうなったら誰でもいいから聞いてもらわなくちゃ…。
(*1)海で転んだ人が家に帰ってからヒザがやたら痛かったので医者に診てもらったところ、ヒザの骨のお皿の裏側にフジツボがびっしり繁殖していた…というわりと有名な話。

「おーほほほほ」
「あ、鏡さんだ…」
 あの人この前ちょっとこわい話したらきゃぁきゃぁ怖がってたので、とっても話しがいのある人なんです。会えて嬉しいです…。
「あの…、こんにちは」
「げげっ美樹原愛!わ、私ちょっと気分が悪くなって」
「そ、そんなこと言わないで話聞いてください…。今日は地縛霊も背後霊も見えませんから…」
「いやぁぁぁぁーーっ!」
 鏡さんは一目散に逃げていってしまいました。くすん、悲しいです…。でもあんなふうに怖がれるのってうらやましいですね。私なんて最近たいていの事じゃ怖くなくて…。
「で、でも今日の話は本当にこわいんです。早く誰かに教えたい…」

「あれ、美樹原さん。どうしたんだ?」
「あっ、清川さん…。実はこわい話を思いついたんですけど…」
「はははっ、こわい話?悪いけどあたしに怖いものなんてないぜ」
 …こわい話をバカにしてますね…ちょっと生意気です…。
ピカッ…ゴロゴロゴロ…
(ビクゥッ!)
ゴロゴロゴロ…ピシャーーン
「ち、ちょっと美樹原さん…うわあああーーーっ!(ダダダダダーーッ)
 ね、ウソついちゃダメです…。誰だって怖いものはあるんですから…。
「あっ、かんじんの話をするのを忘れてました…」

 どうしよう、誰かいい人いないかな…。明るい人はダメですね、暗い人がいいです…。
「こんにちは、なにか御用ですか?」
 如月さんはにっこり笑って尋ねました。この人なら大丈夫です…。
「あの…、こわい話考えたんです」
「まあ、ヒッチコックの系統でしょうか。それとも小泉八雲とか?」
「あ、あの…」
「怖いといえば地球の温暖化も怖いですね。増加する犯罪や社会問題の怖さを扱った、そういう話なんですね?」
「あの…、やっぱり、いいです…」
 私は目に涙を浮かべてそう答えました。くすん、やっぱり頭の出来が違うみたいです…。
「そ、そうですか?残念です。ぜひお聞きしたかったんですけど…」
「ごめんなさい。そんなにたいした話じゃないんです…。ごめんなさい」
 如月さんに謝って、その場を立ち去ろうとしたときでした。
クスッ
「はっ!?」
 私が思わず振り返ると…そこにいたのは、いつもの如月さんです。
「どうしました?美樹原さん」
「あ、あの、如月さん、今…」
「はい?私がどうかしたのですか?」
 にこやかに微笑む如月さんを見て、私はぞぞぞーっと背中が寒くなりました。
「あ、あのっ、なんでもないですっ!」
 私はわき目もふらず駆け去りました。ああ、怖かった…如月さん、ステキな体験をありがとう…。
「どういたしまして…(クスクス)

 でも、けっきょく誰にも話はできなかったんです。私、悲しいです…。
「メグ」
「し、詩織ちゃん?」
 校舎裏で落ち込んでいた私が顔を上げると、目の前に詩織ちゃんが立っていました。後ろには見晴ちゃんとあやめちゃんがいます。
「ごめんね、メグ。メグがそんなに辛い思いをしてたなんて…」
「わたしたちなら大丈夫だから、遠慮しないでこわい話していいよ」
「まあ、昼ごはんがまずくなるの我慢すればいいだけだし」
「みんな…」
 ありがとう、ありがとうみんな…。でも私はこわい話の後の方がごはんがおいしいです…。
「そ、それじゃ話すね」
「うんっ」
「実はある人が山で遭難して、ほら穴で一晩を過ごすはめになったの」
「ふんふん」
「だけど朝起きてみたら額がむずむずするの…。鏡を見ると、そこにはなぜか小文字のyが書かれていたんだって」
「うんうん」
「それでそれで?」
「…おしまい」


「何じゃそりゃーーーっ!!?(ガビーン!)
「あ、あの…。小文字のyでこわい…」
「いや、それはわかるよそれは!」
「それ以前に話に全然脈絡がないじゃない!!」
「えと、その…」
「だいたいなんで舞台がほら穴なのーー!!?」
「あの…、ホラーな話だし…」

 ガビーーーーーーーーーン



 その日の夕方、私は自分の部屋でムクを抱きしめ1人泣いていました。理解されないって悲しいです…。
「ね、ムクはこわい話だと思うよね?」
「‥‥‥‥‥」
 あ、ムクが呆れた目で見てる…。そう、そうなのムク…。うふふ
「キャンッ!?」
 あ、今度は怖がってる…。やっぱりムクは、私の友だちですね…。
「ありがとう、ムク。それじゃ今度は怪談話をしてあげるね」
「キ、キャイーン!」
「ある人が恋人の自殺を止めようとビルの階段を駆け登ったの…。でも一番上まで行ったのにその上にまた階段があって…。それを登り切ったらさらに階段があって…」
「キャイーン、キャイーン!」



<END> 


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