この作品は同人ソフト「月姫」(c)TYPE-MOON の世界及びキャラクターを借りて創作されています。
琥珀、翡翠シナリオのネタバレを含みます。



















文明開化遠野家






 
 
 
 


 その日曜日はある意味、この屋敷に来て初めての休日になるはずだった。
 というのも秋葉が友達と旅行だとかで、朝早くから出かけていったのだ。普段は休みの日でも八時まで寝ていると怒られるから、ゆっくり朝寝できるのはこんな時くらいしかない。
 そんなわけで陽が昇ってからもベッドの中でうとうとしていたため、家の中が何か騒がしかったのも気に留めなかった。思えばそれが間違いの元だった…。
「志貴さん、もう十時ですよ」
「うーん…さすがに起きるか」
 琥珀さんの声が起こしてくれたのを少し意外に思いつつ、ベッドから身を起こして眼鏡をかけ…そして、眼鏡が壊れたのではないかと思案する。
 机とベッドしかないはずの部屋に、なぜかテレビが、ステレオが、ビデオデッキが、おまけに漫画雑誌が並んでいた。
 これじゃあ、まるで――普通の高校生の部屋みたいじゃないか。自分で言っていて空しいが。
「寝てる間に有彦の部屋に来た…わけじゃないよなぁ」
「ハーイ、ハロー。グモニー志貴さん」
「…なんの冗談ですか、琥珀さん」
 そこにいたのはTシャツとジーパンにサングラスをかけた謎の人物だったが、疑いなく琥珀さんだろう。
「志貴さん、わたしは前から思っていたんです。この屋敷はあまりにも前時代的なのではないかと」
「はあ」
「世間は21世紀だというのに、インターネットどころかテレビもクーラーもないとはどういうことですか! ここだけ明治時代ですか!?」
「気持ちは分かります。分かりますとも」
「というわけで鬼、じゃなくて秋葉さまがいない間に、現代的に改装してみました。いいえお礼なんていいんです。どうせお金は遠野家の口座から引き出しましたから…」
「ちょっと待てぇ!」
 眠気もすっかり吹っ飛んで、慌ててベッドから飛び降りた。いやもちろんテレビは欲しかったが、秋葉が帰ってきた時の地獄絵図を思うと到底喜べない。
「申し訳ありません。志貴さま」
 と、琥珀さんの後ろから翡翠が入ってきた。こちらはいつもの格好だったので一安心する。
「実は姉さんのゲーム機を、秋葉さまが燃えないゴミに出してしまったそうで…」
「それでか…」
「いやですねぇ二人とも、そんな小さな理由じゃありません。ただ現代人として目覚めただけですよー」
 サングラスを外してころころ、とうさんくさく笑う琥珀さん。
「とにかくっ! 今までの古臭い生活とはもうおさらばしたいんです。みんなでトレンディでナウい人間に生まれ変わりましょう」
「どっちも死語だよ…。いやそういう問題じゃなくて、秋葉のいない隙にってのはまずいですよ! 夜には帰ってくるんだから」
「はぁ……秋葉さまですか」
 琥珀さんは軽くため息をつくと、ゴミ虫を見るような哀れっぽい視線を俺に向けた。なんか傷つくなぁ…。
「志貴さん…楽しいですか? そんな風に妹の顔色ばかり伺って、びくびくしながら生きていく毎日に満足ですか?」
「ぐはっ、人の心の傷を…。で、でも俺は妹に負い目があるわけで」
「それが何ですか! 妹のことなんていちいち気にしてどーするんですか。妹なんてのは兄姉が遊ぶための道具です。玩具です。それが妹というものです!」
「ね…姉さん…」
 ああ、後ろで翡翠が目の幅の涙を流している…。秋葉にこんなことを言ったら3日は吊されるな。
「ほら、志貴さん用の携帯電話もあるんですよ。やっぱり必要でしょう?」
「いや別に使いませんけどね。有彦は持て持てうるさいけど」
「若いんだからお友達の方みたいにハジけなくちゃ駄目です。ささ、朝ご飯にしますから早く着替えて来てくださいな」
 携帯を渡して、琥珀さんと翡翠は部屋を出ていった。言いくるめられてしまった…。まあ、考えてみれば琥珀さんも俺と同年代なんだろうし、割烹着姿のアナクロな生活に耐えられなかったのかもしれない。
 着替えて階下に行くと、そこも俺の部屋と似たり寄ったりだった。
 居間には真ん中にワイドテレビがでんと置かれ、各種ゲーム機がラックに入れられその横に。部屋の隅にはパソコンまで置いてある。誰が使うんだ?
「あれ…ここにあった年代物っぽい応接セットは?」
「あんな古いものはゴミ箱ポイポイのポイです」
「そこにあった名画は」
「見ての通り、SMAPのポスターに貼り替えました」
「高そうな壺は…」
「わたしが 片 付 け ま し た」
「終わったな…何もかも…」
「もう、失礼ですね志貴さん。まるでわたしの片付けが破壊活動みたいじゃないですか」
 めっ、というポーズで怒る琥珀さんだが、窓の外に調度品らしきものの残骸が山積みにされている現状では説得力皆無である。
「台所もダイニングっぽくしましたし! 電子レンジも買えて大助かりです。これが人間の生活というものです」
「いや気持ちは分かりますが、これって…」
 そう言って、台所に置かれたテーブルの、そのまた上にある朝食らしきものを指さした
「俺にはコーンフレークにしか見えないんですけど」
「それはもう現代の若者らしく! 朝はシリアル、昼はコンビニおにぎり、夜はインスタントラーメンです」
「嫌な若者像だなぁ…。出されたものに文句は言いませんが、個人的にはご飯と味噌汁がいいです」
「駄目ですねー志貴さんは。そんなことだからじじむさいとか、年寄りじみてるとか、時代の波に取り残された前世紀の遺物とか言われるんです」
「そこまで言われてませんよ!」
「いいえ、より進化したファッショナブル・志貴を目指すべきです。そんなわけで今後は語尾に必ず『YO!』をつけてください」
「嫌ですよそんなの…」
「えー、いいじゃないですかイケてるっぽくて。オープニングだって

 ――ああ、今夜はこんなにも

    月が、きれい、だYO――!

 というように、シリアス度大幅アップです」
「思いっきりギャグじゃないですかっ! ああもう、いいです。ご飯をいただきます」
 話を打ち切ってコーンフレークをかき込む。翡翠は初めて食べるらしく、おっかなびっくりスプーンで皿をかき回していた。
 …まあ、たまにはこんな食事もいいのかもしれない。
 何より、翡翠や琥珀さんと一緒のテーブルで食べられるのだし。
 そんな俺の内心を見透かしたように、にこにこと笑う琥珀さん。
「わたしの文明開化も捨てたものではないでしょう?」
「手法はともかく、圧迫感がなくなったのは認めますよ。何だかんだでこの家は堅苦しかったから」
「秋葉さまもいませんし」
「開放的ですねー」
 ‥‥‥‥。
「…俺、何か言いました?」
「いえいえ、わたしは何も聞いてませんから。この手に持っているテープレコーダーは何でもありませんから!」
「わぁぁぁぁ!」
 奪い取ろうとする俺をひらりとかわして、琥珀さんはレコーダーを手に自分の部屋へ逃げていった。文明の利器なんて嫌いだ…。
「申し訳ありません志貴さま。姉が勝手な真似ばかりして。お屋敷までこんなことに…」
 本当に済まなさそうに深々と頭を下げる翡翠。
「いや翡翠が謝ることじゃ…。でも、よく止めなかったね」
「…姉さんには、逆らえませんから」
「あら翡翠ちゃん、無理することないのに」
 もう戻ってきたのか背後から琥珀さんの声。びくん、として翡翠が振り返ったその先には、琥珀さんの笑顔が――やけに冷たく浮かんで見えたのは、気のせいだろうか。
「無理にわたしに付き合わなくてもいいのに。翡翠ちゃん」
「ねえさ…」
「嫌なら、見捨てればいいのに」
「っ‥‥!」
 翡翠は泣きそうな顔で俯いてしまい、琥珀さんはくすくす笑いながら食器を皿洗い機に入れた。
 何か弱味でも握られてるんだろうか…。と、自分を基準にしてつい考えてしまう俺。
 事情も聞きづらく、黙々とコーンフレークを平らげて居間へ行く。
 せっかくなので、開き直ってソファーに寝転がりテレビを鑑賞。
 翡翠もやってきて、俺の勧めでようやくソファーに座った彼女と、二人でぼんやりと休日の昼を過ごしていた。
 が、不意に廊下から異臭がする。
「何だかシンナーの臭いがしない?」
「シンナー、ですか? そう言われればそんな気も…」
 まさかっ!
 廊下を通ってロビーに飛び出すと、琥珀さんがカラースプレーで壁という壁に落書きしていた。
「あははははははは」
「琥珀さぁぁぁんっ!」
「あら志貴さん。ちょっとアメリカっぽくしてみたんですがどうでしょう?」
「アメリカ人が怒りますよっ! あああ、何ですか『魔辞狩安婆参上』って…」
「!」
 不意に表情を強ばらせる琥珀さん。
「志貴さん、わたしは今気づいたんですが…」
「な、何ですか?」
「両儀式さんが『卒業』という人と結婚したら、名前が『卒業式』になってしまうのでは!?」
「だから何やねん!!」
「折りたたみという人と結婚したら折りたたみ式という名前に…。まったくもって恐ろしいことです」
「琥珀さん…。楽しいですか?」
「ちょっとだけ♪」
 駄目だ、相手にならない…。おとなしく居間でテレビを見ていよう。そうしよう。
 諦めてとぼとぼと居間へ歩き出し…
「それじゃ次は秋葉さまのお部屋を改造しましょう」
「ちょっと待てえ!」
 ぐるん、と振り向いてダッシュで戻る俺。
「駄目ですそれは! 死にたいんですか琥珀さん!」
「いいえ、これも秋葉さまのためです。秋葉さまにイケてるギャルになってもらうため琥珀は心を鬼にして…」
「大きなお世話ですよっ! いや秋葉が怖いから言ってるんじゃないんです。ただ同じ家で暮らす家族をそんな風に裏切るのはいかがなものかと…」
「秋葉さまがいなくて開放的でしたねぇ」

志貴

「もう録音しちゃいましたからね。志貴さんに選択の余地はありません」
「あああぁぁぁ…」
「まあまあ、そんなに無茶はしませんから」
「本当ですね…」
 頭の中でドナドナが流れる中、意気揚々と進む琥珀さんの後を死人のような顔でついていく俺。さらに後ろを同じような顔で従う翡翠は、もはや言葉もないのかさっきから黙ったままだ。
 果たしてやって来た秋葉の部屋は、本人不在でも重厚な扉が威圧感を放っている。
「だいたい秋葉さまだって一応あんなでも女子高生なんですよ。茶髪にルーズソックスで『超〜〜みたいな〜』と言うような秋葉さまを見てみたいじゃないですか」
「怖いですそんな秋葉!」
「ひどいお兄ちゃんですねー。ほら、こんな風にドアノッカーをつけるだけで可愛くなるんですから」
 そう言って琥珀さんは、扉に『AKIBAちゃんのお部屋 ノックしてね☆』と書かれたノッカーを取り付けた。わざとらしく読み方を間違えているあたりが実に陰険だ。
 しかしながらさすがに私物へ手をつけるのは気が引けたのか、部屋の中へは壁やベッドにプリクラを貼っただけだった。
 笑顔の琥珀さんが一人で写っているプリクラ。琥珀さんにとっては女子高生の象徴なのかもしれないが、クラシック調のこの部屋ではあまりにも浮いている。
「――これだけ貼れば、秋葉さまはわたしを忘れませんよね」
「琥珀さん?」
「いえ、何でもありません。さてと、あと残った部屋は…」
 もうどうにでもなれと、3人でぞろぞろと西館の1階へやってきた。
「あ、親父の部屋か。ここなら好きに改装しちゃってください。どうせ誰も使ってな…」
「爆破しましょう」
「はい!?」
「てーいっ」
 どぼずばあぁぁぁぁん
 どこから調達したのか、火のついた球形爆弾が投げ込まれ、爆風と熱風が俺たちを襲う。
 威力こそ弱かったが、火薬の熱は瞬く間にカーテンを燃え上がらせ、眼前にオレンジの壁を作った。
「か、火事です志貴さま!」
「お、落ち着け翡翠! 消火器! 消火器を!」
「あはははははははは」
「琥珀さん笑ってないでくださいっ! 琥珀さ…」
 振り返った俺は、そのまま凍りついた。
 心臓を氷の手で掴む、そんな感覚を抱かせるような、乾いた笑顔。
「姉さん、もうやめて!」
 その笑いは、翡翠が背中から抱きつくまで続いた…。

「…わけを、話してくれますね」
 結局火事を魔眼で『殺して』、頭痛で死にそうな俺に、琥珀さんは微笑で返し…
 そして彼女が語ったネタバレな内容に、俺は言葉を失うしかなかった。
「いやだ、志貴さんったらそんな顔して。いつもみたいに『そんなの最初から分かってましたよ』とか何とか言ってくださいな」
 いや、分かんないって…。
「琥珀さん…。琥珀さんが遠野家を恨むのは当然だし、その権利があると思う」
 やっとのことで、喉の奥から声を絞り出す。
「でも、秋葉を恨まないでやってくれないか。あいつは俺の代わりに遠野家の全てを押しつけられていたんだ。恨むなら一人でのうのうと生きていたこの俺を…」
「違います!」
 悲鳴に近い声で、翡翠が叫んだ。
「わたしが悪いんです。姉さんはわたしのせいで犠牲になったんだから。罰を受けるべきはわたしなんです!」
「いや、翡翠だって被害者だ。むしろ俺が」
「いいえ、わたしが!」
 言い争う翡翠と俺を見る琥珀さんの目は――
 今までと違った、何か愛しいものに対するものに思えたのは、俺の勝手な思い込みだろうか。
「いいんです――もう」
「え…?」
「いいんです。復讐なんて無意味なこと、もう考えてませんから」
 言葉の出ない俺たちに、琥珀さんはくるりと背を向けて天井を見上げる。
「だって、辛いことよりも楽しいことの方を知ってしまったから。志貴さんがここに来てから、本当に楽しかった」
「――琥珀さん」
「わたしは人形なんかじゃないって。志貴さんをおちょくって遊ぶことのできる人間なんだって、やっと気づいたんです」
「ヤな気づき方だけどまあいいです…。それで、この屋敷をこんな有様にしたのは?」
「単なる腹いせです」
「思いっきり復讐してんじゃん!!」
 俺のツッコミを無視して、琥珀さんは翡翠へと透明な笑顔を向けた。
「だからね、翡翠ちゃん。もう気にしないで。翡翠ちゃんがわたしに縛られる必要なんてないんだから」
「で…でも、姉さん…」
「志貴さん、わたしにお暇をください」
「姉さん!?」
 どういうこと、と言いかける翡翠を手で制して、琥珀さんはあらかじめ用意していたかのように言葉を続けた。
「実はもうアパートを借りてあるんです。知り合いの薬剤師さんが雇ってくれることになっていますし、この場所とはおさらばです。
 そんなわけで悪魔はここから去りますから、翡翠ちゃんのことは志貴さんにお願いしますね」
 おかしそうに笑う、計算づくだと言わんばかりの態度は、その実…翡翠のことしか考えてないんじゃないだろうか。
 こんな形で終わらせて、それは琥珀さんのことだから一人でもしたたかに生きていくだろうけど、でも…
 きゅっと両手を握って俯いていた翡翠が、意を決したように顔を上げた。
「志貴さま、わたしにお暇をください!」

「――翡翠ちゃん!?」
 初めて見せる、琥珀さんの表情だった。
「な、何を言っているの!? どうして翡翠ちゃんがそんなこと…」
「…分かった、翡翠。琥珀さんのことを頼むよ」
「志貴さんまで! 一体何を言ってるんですかっ!」
 俺と翡翠の顔を見比べて、本気だと分かって、琥珀さんは堰を切ったように抗議する。
「そんなのおかしいです。わたしに縛られる必要はないって言ったばかりじゃないですか。わたしがいなくなれば、翡翠ちゃんは『翡翠』に戻って、大好きな志貴さんとずっと一緒に…」
「違うわ、姉さん」
 狼狽える琥珀さんを、翡翠は正面から優しく抱きしめる。
「どちらが『翡翠』で『琥珀』かなんてどうでもいい事だった。姉さんは姉さんで、わたしはわたしだもの。
 わたしがすべき事は『男性に触らせない』なんて事じゃない。まず考えるべきは、姉さんを幸せにすることだったの」
 呆然としたままの琥珀さんを、翡翠はもう一度抱きしめると、その頬を両手で挟んで優しく微笑む。
「姉さん、幸せになろう? わたしが姉さんを幸せにする。約束するから」
「翡翠…ちゃん」
「そうだよ、琥珀さん」
 ぽん、と軽く彼女の肩を叩く。
「それに、琥珀さんを一人にしたら何をしでかすか分かったもんじゃないからね。翡翠についていてもらった方が安心だよ」
「もう…志貴さん」
 段々と、琥珀さんの目に表情が戻ってきて…
 ぎこちなく作った笑顔から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「あはっ…おかしいですね、わたしの計画は大狂いじゃないですか…」
 こうして――琥珀さんの計略は、最後に失敗したのだった。

 琥珀さんと翡翠は、今日中にこの家を出ていくことになった。
 ずいぶん急な話だが、秋葉の顔を見ると別れが辛くなるから、ということらしい。
「別にお屋敷をこんな風にしたから秋葉さまが戻る前に逃げ出そうとか、そういうつもりじゃないですよ?」
「…琥珀さん…」
 顔にタテ線の入った俺の前に、荷物をまとめた翡翠がやって来る。
「志貴さま。短い間でしたがお世話になりました」
「秋葉さまと仲良くしてくださいね」
「あ、ちょっと待った。退職金くらい秋葉に払わせるよ。振り込み先を…」
「い、いえそんな気を遣わないでください! とっくに三億円ほど振り込ませていただきましたから」
「‥‥‥」
「さよーならー!」
 翡翠を引きずって駆け去っていく琥珀さんを、俺は遠い目で見送った。
 振り返ると、もはや原形をとどめていない遠野家の屋敷。
『これだけ貼れば、秋葉さまはわたしを忘れませんよね』
 忘れるわけなんて、ない。
 ――その腹黒さを、覚えている。
 ――その嘘くささを、覚えている。
 ――なにもかも、覚えている。
 ‥‥‥‥。
 なんだか鬱になったので、とりあえず秋葉が戻るまでに少しでも中を片付けることにした…。


「に〜〜い〜〜さ〜〜ん〜〜!」
 すっかり赤くなった秋葉の髪は、うにょうにょと四方に伸びている。だんだんこいつも妖怪じみてきたな…。
「どういうことですか、この屋敷の有様はああっ!」
「言いたいことはわかる、わかるから落ち着いて話し合おう」
「落ち着けるわけないでしょっ! それに何ですかそれはっ!」
 髪の毛が俺のポケットに伸びると、携帯電話を引っぱり出して粉砕した。
「まったく! こんなものがあるから現代人は面と向かったコミュニケーションが取れなくなるんです」
「そりゃ偏見だろ…」
「ああもう、兄さんでは話にならないわ。琥珀! 琥珀はどこ!?」
「――琥珀さんなら、いないよ」
「え…?」
 事情を話すうちに、秋葉の髪は黒へと戻り、勢いも目に見えて沈んでいった。

 琥珀さんがいないので、いみじくも彼女の予言通り、夕食はインスタントラーメンを作る羽目になり…
 俺の作ったラーメンをすすった秋葉が一言。
「琥珀の料理の方が美味しいわ…」
「そりゃ仕方ないだろ…。寂しいのは分かるけど、琥珀さんと翡翠の新たな門出なんだから祝ってやろうよ」
「でもっ…。私がいない間にこそこそ出ていくことはないじゃないですか! そんなに私が嫌いなら最初からそう言えばいいのよっ!」
「拗ねるなって。琥珀さんも別れが辛かったんだよ」
 それにしても…
 琥珀さんが滅茶苦茶にした後も、屋敷の広さは変わるはずもなく、高い天井をふと見上げる。
「…二人で、この家は広すぎますね」
 秋葉も箸を置いて、ぽつりと小さくそう言った。
「そうだな。はは、いっそ俺たちも六畳一間のアパートに引っ越そうか?」
「え…?
(そ、それはつまり一つ部屋の中で生活したり
 お風呂上がりも顔を合わせたままだったり
 あまつさえ一つしか布団が敷けなくて一緒に寝るということかしらっ!?)
 ば、馬鹿なことをおっしゃらないでください! そんな事できるわけないでしょっ!」
「そ、そうだな。ただの冗談だよ」
「なっ…。ど、どうして兄さんはそう押しが弱いんですか! まったくもう!」
「なに怒ってるんだよ…」


 その頃、同じ街のとあるアパートでは…
「さーて引っ越し完了。部屋を片づけますよー」
「姉さんは片づけが終わるまで、そこの隅でじっとしててね」
「……翡翠ちゃん、わたしのこと好きだよね?」
「ええ。愛してるわ、姉さん」





<END>





感想を書く
ガテラー図書館へ 月姫の小部屋へ プラネット・ガテラーへ