古式SS:観覧車にのって



 ボカ
「いてっ」
 人の縁とは不思議なもので、飛んできた1個のボールが仲を取り持つこともある。
 運の悪さを呪う僕の前に、ふと気づくと1人の女の子が立っていた。
「あのぅ、お怪我は、ございませんか?」
「う、うん。君は?」
「古式ゆかりと、申します」
 それが彼女との最初の出会い。それだけなら単なる事故だったけど、彼女が気になりだしたのはその後だった。といっても何度話しても彼女の思考がつかめないのは何故かという、実にあんまりな興味だったが…
「そりゃお前、恋ってやつだな」
「いや、そういうんじゃなくてね」
「まぁ、なんのお話でしょう?」
「っ!」
 噂をすれば何とやらとは確かに言うが、それにしたって突然すぎる。こういうところも古式さんの怖さ…もとい魅力のひとつなのだろうか。
「あ、古式さん。今度の日曜空いてる?」
「好雄!?」
 好雄の企みは即座に理解できた僕は、慌てて奴の口をふさごうとした。自慢じゃないが女の子と付き合ったこともなければ、デートをしたこともない僕である。
「実はこいつが古式さんとムガ」
「まぁ、そうだったのですか。ええと…」
 時すでに遅く、彼女は可愛いあごに指を当てて考え込んでしまった。長い長い熟考の後、いきなり時間が動き出したかのように返事をする。
「特に予定は、ありませんねぇ」
「だ、そうだ。良かったなぁ」
 好雄にうらめしそうな視線を向けつつ、僕は前へと押し出される。古式さんは深い湖のような落ち着いた視線で僕の顔をのぞき込む…
「いっ…一緒に遊園地に行かない?」
 彼女はにっこりと微笑んだ。
「そうですねぇ、よろしいですよ」


 デート当日、僕は自分の服装をチェックしつつ、好雄から得たデータを反芻する。彼女は古式不動産のご令嬢で、筋金入りの箱入り娘なんだそうだ。それがなんでまたああもあっさり僕の申し込みを受けてくれたのだろう。やっぱりよくわからない娘だ…。
「…遅いなあ、古式さん」
 場所はここで合ってるはずだが、日曜だけに人が多い。あるいは迷ったのかもしれないが、ここを離れてる間に来たらと思うと探しにも行けず、その後30分ひたすら忍耐を試されることになった。
「申し訳ございません。どうやら、ゆっくり歩きすぎたようですね」
「いや、今来たとこだから気にしなくていいよ」
 のんびりと歩いてくる古式さんを眺めながら、これでも僕より早く家を出たに違いないと自分を慰めることにした。

 制服姿の彼女は正直言って地味な方だけど、今日は白いワンピースに白い靴、上品なリボンが白い帽子にちょこんと乗って、驚くほど可愛らしかった。でもそのにこにこしている瞳の奥は相変わらずよくわからない。
「どうか、なさいましたか?」
「あ、いや、遊園地にはよく来るの?」
「そうですねぇ、昔はよく連れてきていただいたのですけれども、最近はお父様も忙しく」
「ふぅん」
 古式さんはぼーっとしたまま、僕の言葉を待っている。僕は慌てて周りを見渡す
と、一番目立つ乗り物を指さした。
「観覧車に乗ろう」
「よろしいですねぇ」


 …果たして高校生のデートでいの一番に乗るようなものだろうか?
 2人きりの狭い空間とはいえ、彼女はぼーっと外を見ているだけである。
 いや、こうして黙ってても仕方ない。何か話題を持ち出すんだ。
「えーと、さ、古式さん」
「はい?」
「…楽しい?」
「はい、楽しいですねぇ」
 …あまりに不毛な会話だった。
 結局なすすべないまま僕らは地面に降りてしまい、彫像のようになってる古式さんにおそるおそる声をかける。
「あの…着いたけど…」
「あら、まあ、ずいぶんと早かったですねえ」
「…そだね」
 退屈のあまり目を開けて寝てたのかと悲観する僕だったが、ゴンドラを降りた彼女はいつものようににっこり笑ってくれた。
「素敵な眺めでしたねぇ」
 ああ!なんて優しいんだろう…。
 何か言え、気のきいた台詞を何か言うんだ。
「古式さんの顔ばかり見てたから…」
 だーーっ!アホか僕は!
「何かついてましたか?」
 ほら呆れてる。恥ずかしいったらありゃしないよ…
「いや、その、あ、次何に乗ろうか?」
「そうですねぇ…」
 しばーーらく考えていた古式さんは、向こうでぐるぐる回ってるアトラクションを指さした。
「あれなど、よろしいですねぇ」

『絶叫マシーンビビール』

「こっ…これに乗るの…」
「速いですねぇ」
 …乗るしかないよな。
 もしかしたら古式さんが抱きついてきてくれるかもしれないし…(座席に固定されてるから無理か)
「そ、それじゃ乗ろうか」
「はい〜」
 決死の覚悟で乗り込んだ僕だったが…
 結果は惨敗だった。
「大丈夫ですか?ずいぶんと叫ばれていたようでしたが」
「そっ…それは絶叫マシーンだからね!叫ぶのが礼儀というものさ!はははは」
「まぁ、なんということでしょう。大変な無礼をはたらいてしまいました」
「い、いやいいのそんな!」
 …純真な彼女をだますなんて、僕は最低のダメダメ人間だ。
 それにしても絶叫マシーンの上でもニコニコしてる古式さんて一体…


「次は、ゴーストハウスに入ろう」
「楽しそうですねぇ」
 名誉挽回、僕はこういうのはかなり平気な方である。
 それに今度こそ古式さんが抱きつ…いや、何を考えている。僕は彼女に楽しんでもらいたいだけなんだ。
「古式さん、はぐれないでね」
「はい〜」
 そう言うと彼女は…いきなり僕の手を握ってきた。
「!!?」
「どうか、なさいましたか?」
「い、いやっ!なんでもないっ!」
 ぜんぜん意識してないらしい彼女の声が、かえって僕を緊張させる。平常心…
「あのぅ、ずいぶんと汗をおかきになってるようですよ」
「な、なんでもないんだよ!ほんとっ!」
 よけいに焦る僕の声は、すっかりひっくり返っていた。
「えぇと、怖いのでしたらもう出てもよろしいですよ」
 違う〜〜!
「なんでもないってば!ほら、行こう」
「はぁ」
 僕は彼女の手を引いて…手を引いているのだ。古式さんの小さな手は、それはそれは可愛らしく
『ひぃぃぃぃぃーー!』
「ひっ!」
「まぁ、こんにちは」
 り、立体映像かぁ。お化け屋敷もリアルになったもんだなぁ。
「綺麗ですねえ」
「…古式さん、怖くない?」
「はい?なにがですか?」
 だめだ、勝てない…


「それじゃそろそろお昼にしようか」
「まぁ、もうそんな時間ですねぇ」
 彼女が喜びそうなお昼といえばなんだろう…
 …うどん
「へいおまちー」
 運ばれてきたきつねうどんを見て、他にいくらでもおしゃれな店があるだろうにと後悔にくれる僕だった。
 そんな僕の前でも彼女はおいしそうに山菜うどんを食べていたが…
 破局は支払いの時に起こったのだ。
「あ、僕が払うから」
「いいえ、お父様がちゃんとお金を持たせてくれましたので」
「い、いいから」
「でもお父様が、よその方に払わせるようなみっともないことはするなとおっしゃいましたので」
 …ひどいよお父さん。
「でもほら、こういうときは僕がね」
「でも、お父様が」
 ちょっとムッ
「いいじゃないか、お父さんが何言ったって」
 いきなり彼女の目つきが変わった。
「…お父様のことを、悪く言わないでください」

 古式さんが怒った。
 いつも観音さまのような古式さんを、怒らせてしまった。
(もうだめだぁぁぁぁぁ)
「あのぅ、そんなに気になさらなくてもよろしいですよ」
 心配そうな彼女の慰めの声も、すでに僕の耳には届いていなかった…


 その後のことはあまりよく覚えていないが、呆然とメリーゴーランドかなにかに乗っていたような気がする。
(はぁ…)
 ふと時計を見るともう5時だった。僕の最初のデートは、最初で最後になりそうだった。
「古式さん、もう帰る?」
「そうですか?」
 あまり彼女の目を正視できる気分じゃなくて…僕は視線を外して歩いてたので、彼女の表情を見ることができなかった。

 不意に彼女が立ち止まる。
「…古式さん?」
 そこにいたのはいつものにこやかな古式さんで、でもどこかが違っていた。
「本日は、楽しかったですねぇ」
「そ、そう。良かった」
 それが本当なのか、ただの礼節なのかはわからずに。でも何かためらっているようで、少しの間をおいてから彼女は口を開いた。

「ええと…もしかして貴方は楽しくなかったのでしょう、か…」

 …え?
「古式さん…」
 いつもと変わらないはずの彼女の笑顔は、なんだかすごく悲しそうだった。僕は必死で否定しようとして…でも言葉は出てこなかった。
「‥‥‥‥‥」
「ごめん…」
 謝る以外になにができたろう?彼女はずっと僕のことを気遣ってくれていたのに、僕は
「わたくしは、楽しかったですよ」
 彼女は僕の手を取ると、もう一度そう言ってくれた。

 何かしなくちゃ。何でもいいから、そう思って。
「古式さん、もう少しいいかな!」
「は、はい…」


 僕は彼女の手を引いて、観覧車の前に来ていた。
「観覧車、好き?」
「はい。落ち着けるので好きです」
 もうあまり時間もなかったけど、丸一日を無駄にしちゃったけど
 せめて最後だけでも、2人の時間を楽しみたくて
「のんびりしてて、いいですねぇ」
「そ、そうだね」
 古式さんは幸せそうに外の景色を眺めてたけど、僕は外なんてどうでもよくて、ただずっと彼女の横顔を眺めていた。
 観覧車はゆっくりと動いて、最後に地上へ戻ってくる。もう閉園間際で並んでる人もいなくて、僕らはチケットを渡すともう一度乗り込んだ。


 ゆっくりと、観覧車は回る。
 僕たち2人を乗せて、夕焼けのさす町を見下ろして。
「楽しいですねぇ」
「…古式さんと一緒だから」
「あら、まあ…」
 彼女は少し恥ずかしそうにくすくすと笑った。
 ゆっくりと、幸せがめぐる。

「本日は、とても楽しく過ごせました。ありがとうございます」
「い、いや、お礼言うのはこっちの方だよ」
 古式さんの家の前で、ぺこりと頭を下げる彼女に僕はあわてて手を振る。本当に、自分の情けなさばかり目立ってしまったけど、彼女のおかげで救われた。
「また、一緒に遊びに行ってくれる?」
「はい、もちろんですよ」
「また観覧車に乗ろうね」
「よろしいですねぇ」

 にこっ…

 一点の汚れもない、心からの微笑み。
 誰だって安らげる、彼女を好きになっていた。


「で?」
「それだけ」
「…あ、そ」
 好雄には呆れられたけど、彼女がくれた幸せは、いつまでも消えることはなかった。
 周りが気味悪がるほどにこにこしながら、今日も平穏な一日が始まる。
「あ、古式さん」
「まぁ、なんでしょう?」
「今度の日曜日だけど…」

 そして、できたらまた観覧車に乗ろう。
 遠くの景色を眺めながら、いつまでも2人で…。




<END>




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