この作品は「CLANNAD」(c)Keyの世界及びキャラクターを借りて創作されています。
幻想世界に関する重大なネタバレを含みます。

KEYSTONE主催の「第9回くらなどSS祭り!それと便座カバー(テーマ:納涼)」に出展したものです。

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幻想世界肝試しツアー





 夏休みも近くなり、外の陽射しは強いというのに、春原陽平は全身から冷や汗を流していた。
 何せ授業中に寝ていたはずが、目を覚ますと変な機械に閉じこめられていたのだから。
「…というわけでこの装置を使えば、お父さんとお母さんが提唱した隠された次元に行けるの。世紀の大発明なの」
「あのー、僕、何でこんなことになってるんですかね?」
 眼前で意味不明のことを喋っていた校内一の天才少女は、陽平の問いに不思議そうに首を傾げる。
「この人ならいくら実験台にしてもいいって、朋也くんが言ったの」
「あいつの言うことを真に受けるなよっ!」
「偉業なんだから喜んでほしいの。それじゃポチッとなの」
「ひぃぃぃーーーっ!」

 空中に放り出され、悲鳴を上げながら地面に落下する。
 頭をさすりながら起き上がると、風景は一転して荒涼とした原野。地面には何かのガラクタが延々と散らばり、傍らの小屋以外には何の建物もない。
「なんだよここ…」
「きゃぁぁぁーーっ!」
「いっ!?」
 声に上を向くと同時に、降ってきた何かの下敷きになる。
「お、おにいちゃんっ!?」
「いつつ…。芽衣!? なんでここにいるんだよっ」
「わかんないよぉ…。給食食べてたらいきなり…」
 まさかあの変な装置が陽平のみならず、その家族まで巻き込んでしまったのだろうか…。
 途方に暮れていると、小屋の方から何かが歩いてきた。
 玩具のロボットのようだが、あちこち壊れ部品が飛び出している。二人の前に立ち、軋んだ嫌な音を立てて一言。
「ぎぎぎ」
「怖ぇぇぇぇぇ!!」
「…お客さん?」
 小声とともに小屋の扉が開き、小さな女の子が姿を現す。安堵の息をもらす二人。
「ちょっと迷い込んじゃってさあ。ここどこ?」
「…ここは、あなたたちがいたのとは別の世界」
「はは。君、面白いねっ」
「…信じてくれない…」
「おにいちゃん、失礼だよっ!」
「僕が悪いのかよ…」
「それで、元の世界に戻るにはどうしたらいいんですか?」
 少女は腕を上げ、小屋から伸びている道を指した。
「…ずっと歩いて行くと出口があるの」
「そうなんですか。良かったぁ」
「…でも、途中で力つきるけど」
「力つきるのかよっ!」
「ど、どうしよう。おにいちゃん」
「ふーん…。ま、女の子やロボットじゃ無理なのかもしれないけどさ。鍛え抜かれた僕なら楽勝じゃん?」
「えー」
「何だよその目はっ!」
 陽平に巻き込まれただけの芽衣なら、陽平が帰ればやはり帰れるに違いない。その推論のもと、兄は一人で旅立つことにした。
「おにいちゃん、無理しちゃダメだからね。泣きながら帰ってきても、わたしは馬鹿になんかしないからねっ!」
「……」
 複雑な心境のまま、陽平の旅が始まった。

「はん。別に大したことないじゃん」
 散らばるガラクタは不気味だが、それ以外は荒野が広がるだけだ。
「それに涼しいしさ。もしかして避暑地? 北海道あたりかもねっ」
 などと言っていると、白い毛玉のような生物が陽平の周りに集まってくる。
「あん? 何だよこの生き物、僕とやろうっての?」
 弱い相手には強気な陽平は、蹴る振りをして追っ払おうとしたが…。
 それがまずかった。数匹が集まったかと思うと、そこには身長1m超の獣が出現していた。
「合体したーっ!?」
「キシャー!!」
「ひぃぃーーっ!!」
 牙をむいて襲ってくる獣に、死に物狂いで逃げ回る。
 しばらく走ってなんとか撒いたが…道がどこだか分からない。出発して数分、早くも迷子になったらしい。
(し、シャレにならないよっ…)
 周囲には何もない。見渡す限り本当に何も。
 恐怖に駆られ、冷や汗を垂らしながら走り出す。走っているはずなのに、暑くならない。涼しい。いや、寒い…?
 雪が降ってきた…!
 荒野はいつしか雪原になっている。半袖のままの陽平は、がたがた震えながら必死で叫ぶ。
「す、すごいなぁ北海道は。7月でも雪が降るんだなっ!」
 それと同時に、何かにつまづいて盛大に転んだ。
 舌打ちして振り返ると…
 ――雪の中から、一本の腕が生えていた。
「ひ…ひぎゃぁぁぁあぁぁぁぁああぁ!!」

 30分ほど泣き叫んだが、状況が変わらないので仕方なく冷静になる。
 見れば腕はぴくぴくと動いていて、それがまた不気味だが…生きているとなると助けないわけにはいかない。
 半泣きで雪をかき分けると、穏やかに眠る少女の顔。先ほどの女の子だ。
「あのー、生きてます?」
「…え、もう朝?」
「こんな時にボケかますなよっ!」
 彼女は雪の中からキョンシーのように起き上がると、陽平にロボットを差し出した。
「…道に迷ってると思ったから。この子を道案内に連れていって」
「げ、この不気味なロボット…?」
「ぎーっぎっぎっぎっ…」
「ひぃぃぃぃ笑ってるぅぅぅぅぅぅ!!」
「…それじゃ」
 少女は煙のように姿を消し、ロボットは歩き出す。仕方なくついていくが…
 すぐに愚痴ばかり口をつき始め、しまいには怒ったロボットに尻を蹴られた。
 しかしそれで思い出したのだ。先ほどからこのガラクタに見ていた、妙な既視感を。
「ま、まさか…。岡崎、か…?」
 ロボットはぴたりと動きを止め、どこかからくぐもった声を出した。
『…そうか。気付いたか、春原』

 雪の上に向かい合って座る。
『正確にはお前の知る岡崎じゃなくて、未来の世界の岡崎朋也だな』
「え、お前将来そんな姿になんの? なんで? 趣味?」
『趣味のわけあるかボケェ!』
「ひいっ!」
『実は俺、高校を卒業してすぐに結婚したんだ…』
「なんだってー! ちくしょうお前うらやまし過ぎるよっ! 僕も結婚してぇぇぇ!」
『でも、女房が子供を産むと同時に死んじまってさ…』
「え…」
 笑い事でない告白を聞いて、さすがに陽平も口ごもる。
「ご、ご愁傷様で…」
『ショックだったけどさ…。何年も落ち込んでから、ようやく子供のために頑張ろうって決めたんだよ…』
「そ、そうかぁっ。いいよな子供がいるってさっ。女の子っ?」
『その子供も、たったの五歳で死んじゃったけどさ…』
「……」
 もう何を言えばいいのかわからない陽平に、岡崎ロボは窪んだ目を向ける。
『なあ春原…。俺がこんな目に遭ってるのに、何でお前はヘラヘラと生きてるんだよ…』
「い、いや、僕関係ないですよねっ…」
『俺達… 友達だろ…?』
 べきべきべき…と嫌な音を立てて腕が伸びる。後ずさろうとするが体が動かない。
 手が陽平の足を掴み、万力のように締め付けた。
『なぁ… ここはとっても寂しいんだよ…』
「ひ…」
『お前もこっちに来いよ…』
「た、助け…」
「ぎ      ぎ  ぎ   ぎ   ぎ       ぎ       ぎ  ぎ  ぎ  ぎ    ぎ      ぎ  ぎ ぎ       ぎ  ぎ     ぎ    ぎ        ぎ          ぎ    ぎ       ぎ ぎ  ぎ    ぎ       ぎ  ぎ     ぎ       ぎ」
「ぎゃぁぁぁぁとり殺されるぅぅぅぅぅ!!」


「おにーちゃーん! どこーっ!」
 戻らぬ兄に心配メーターが振り切れた芽衣は、少女と一緒に雪の中を探し回っていた。
「たーすーけーてー! ヘループ!」
「おにいちゃんっ!?」
 情けない悲鳴に大急ぎで走り出す。その先には…
「…何やってんの、おにいちゃん」
 兄が足首にロボットをぶらさげて、一人でじたばたと暴れていた。
 ひょいとロボットを取り上げると、我に返った兄がいきなり抱きついてくる。
「わ、ち、ちょっとっ!」
「もういやだぁぁぁ! ボクおうちに帰るぅぅぅぅ!」
「うわ、幼児退行してるよぉ…。しっかりしてよ、おにいちゃんっ!」
『わはははは…って、いつまで芽衣ちゃんに抱きついてんだよっ』
「きみがからかうからでしょ…。ねえ、もうすぐ出口だから」
「え…」
 少女の指さす先に看板。『幻想世界出口まで あと500m』
 陽平は慌てて妹から飛び退くと、強引に笑顔を作った。
「は、はははっ。全然大したことなかったよねっ」
「…はぁ…」
「な、なに溜息ついてんだよ。ほら行くぞっ!」
「あ、おにいちゃんっ」
 空元気と早く帰りたい一心で、最後の500mを全力疾走する陽平。
 そしてついに、雪原に立つ一枚の扉にたどり着いたのだった。
「ぜぇぜぇ…。やっと帰れる」
「ねえ、おにいちゃん」
「うわ! …なんだよ、お前そんなに足速かったっけ?」
 息一つ切らせていない芽衣は、突然、兄の腕にぎゅっとしがみついた。
「…本当に、帰るの…?」

「は? お前、何言ってんの?」
 怪訝な顔の陽平を、妹は潤んだ瞳で見上げる。
「だって…あっちの世界じゃ、わたしとおにいちゃんは結ばれないじゃない!」
「ナニー!?」
 爆弾発言に、妹をぶら下げたまま数メートル飛び上がる兄。
「お、お、お前、そうだったの?」
「そうだったの!」
「い、いやだって兄妹だし…」
「どうせおにいちゃんなんて、元の世界じゃ一生彼女なんかできないんだよ」
「情け容赦ない未来を予想するなよっ!」
「でも、ここならずっと二人でいられるもん!」
「め、芽衣…」
 切なさを押さえきれないように、芽衣は陽平の体にしがみついた。
 その柔らかい感触に、兄はあっさりと流され始める。
(そ、そうだよなぁ…いつかモテると思ってたけどちっともモテないし…。このまま帰っても一生結婚できずに寂しい老後…うわ、想像しちまったよっ!)
 胸に感じる芽衣の吐息が、思考をさらに暴走させる。
(そうだよっ、外の女なんて藤林杏とか坂上智代とかあんなんばっかじゃん! 兄が言うのもなんだけど芽衣は可愛いし性格もいいし掃除もしてくれるし! つーか理想的じゃね!?)
 行き着くところまで行き……陽平は、とうとう妹を抱きしめた。
「芽衣…本当に僕なんかでいいんだな?」
「うん…わたしにはおにいちゃんしかいないの…」
「芽衣っ!」
「おにいちゃんっ!」
「芽衣ーっ!」
「ロケットパーーンチ!!」
「ぐほぁ!?」
 いきなり発射された妹の右手を食らい、陽平はゆっくりと宙を舞う。
 その視界の隅で確かに見た。何かの操縦機を手にした岡崎ロボと、その隣の少女を。
『さすがこのラジコン芽衣ちゃんは大した威力だぜ』
「…ガラクタを集めて作ったの」
「むちゃくちゃ精巧ですねぇっ!」
 叫びながら地面に激突する陽平に、はんと鼻を鳴らす岡崎ロボ。
『帰る前にお前の性根を試したんだよっ。やっぱりとんでもねぇ兄だったな』
「岡崎てめぇ…。やっていい事と悪い事があるだろぉっ!?」
『ほー、いいのか? 今のことを芽衣ちゃんに喋ってもいいのか?』
「ひぃっ! す、スンマセンスンマセンっ! そればかりはご勘弁をっ!」
『まあ、手遅れなんだけどさ』
 悪寒にゆっくりと振り返ると――
 実の妹の、それは冷ややかな視線があった。

 周囲の気温が下がった。
 下がった。
 下がった。
 さらに下がった。
「い、いや、はは…。その、違…」


「…おにいちゃんの変態」


「違うんだよぉぉぉぉぉっ!! だって仕方ないじゃんっ! あんな誘惑されたら誰でも墜ちるって! 僕のせいじゃないって!」
「変態」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 ごろごろごろー! と頭を抱えて転げ回る兄に、その日最大の溜息を漏らしてから、芽衣は横へと目を向ける。
「そこのロボットさんも、変ないたずらしないでくださいねっ!」
『反省してマス…』
「まあとにかく出口まで来られたし。ほら、おにいちゃん…もう帰ろ」
「うう…。違うんだー、誤解なんだぁ…」
 さめざめと泣く兄の襟首を掴みながら、芽衣は片手で扉を開ける。
「ほら、おにいちゃんってばっ! 夏休みは少しは帰ってくるんでしょ? ちゃんと連絡してよね」
「え、芽衣…。僕なんかでも帰省していいのかい…?」
「はぁ…当たり前でしょ。こんなおにいちゃんでも、わたしの大事な家族だもん」
「め、芽衣ぃ…」
「それに、おにいちゃんの性癖についてお父さんやお母さんとも話し合わなくちゃいけないし」
「許してくれよぉぉぉぉ!!」
「それじゃお世話になりました。また遊びに来られたら遊びに来ますねっ」
 手を振る少女とロボットにお辞儀して、芽衣の姿は扉の中に消えた。
 それに続こうとして、陽平も二人を振り返る。
「なあ、岡崎とそっちの子…。お前たちも一緒に帰ろうぜ?」
『いや、俺達もうちょっとシナリオが進まないと出られないから』
「身も蓋もないっすね」
『お前もモテないあまり人生に絶望したら、こっちに来ていいからさ』
「大きなお世話だよっ!」
 えいやっと扉へ飛び込むと、最後に悪友の声が聞こえた。
『…さようなら…
 …下僕っ…』
「下僕じゃねぇよっ!!」

 帰ってくると、ことみがクラッカーを鳴らして出迎えた。
「帰還おめでとうなの。安全なのが分かったから、私も行ってくるの」
「本当に実験台だったんすね…」
「そこのスイッチを押してほしいの」
「ああ押してやるよっ! 二度と戻ってくるなっ!」
 全力でスイッチを入れると、装置の中のことみの姿がかき消える。
 せいせいした表情で、懐かしさすら感じる蒸し暑さの中へ陽平は戻っていった。


 そして夏休みは一瞬で終わり…

 残暑厳しい9月だというのに、陽平は自分の机でがたがた震えていた。
「A組の一ノ瀬が行方不明になっている事件で、警察が捜査に来ることになった」
(ぼ、僕のせいじゃないよねぇっ!)
「最後に会った奴が誰かを徹底的に調べることになるだろうな」
(ひぃぃぃーーっ!)

 その頃…
「涼しいの。とってもいい場所なの」
「この人、いつまでいるのかなぁ…」
「ぎぎぎ」






<END>




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