ゆかりん誕生日SS:2時間だけの後夜祭
あれは1週間前のことでしたでしょうか。わたくしがいつものように部屋でぼーっとしておりますと、こんこんとノックの音が聞こえてまいりました。
「ゆ・か・り」
「まぁお父様、どうぞお入りくださいませ〜」
扉を開けて入ってこられたお父様は、なにやら妙ににこにこしてらっしゃいました。
「あー、ゆかりは何をやっていたのかな?」
「はい、ぼーっとしておりました」
「そうかそうか!うんうん、ゆかりは相変わらず可愛いなあ」
そういうものなのでしょうか?お父様がそうおっしゃるのですから、きっとそうなのでしょうねぇ。
「あー、ところで来週だがな…思いっきり豪勢な宴にするから、学校が終わったらまっすぐ帰ってくるようにな」
まあ、どなたかの結婚式でもあるのでしょうか?おめでたいですねぇ。
「いいな、まっすぐだぞ!間違ってもどこかの男のところになど行ってはならんぞ!」
「はい、承知いたしました〜」
「うんうん、今日もゆかりは可愛いなぁ」
お父様は私の頭をなでてくださると、鼻歌を歌いながら出ていかれました。きっと何か良いことでもあったのですね。よかったですねぇお父様。
「…で、まっすぐ帰れって言われちゃったわけ?」
「はい〜」
「あっちゃ〜…」
夕子さんはお困りのようでした。一体何があったのでしょう?
「あの〜、何か悩みがあるならおっしゃってくださいね。私でよろしかったらお力添えしますので」
「…はい、どうもありがとう。どうしよっかヨッシー」
「計画が全部パァだもんなぁ」
どうやらなにか計画なさっていたようです。ぱぁですか、大変ですねぇ。
「あ、パーティ終わってからっていうのはどう?」
そうおっしゃったのは主人さんでした。昨年のパーティで私のことを心配してくださった、とても親切な方なのです。
「だーめだめ、あの親父さんがうんって言うわけないっしょ」
「じゃあ次の日とか、前の日か…」
「それしかねぇよな。でもどうせなら当日に祝いたかったよな」
早乙女さんに言われて、主人さんはうん…と悲しそうな顔をなさいました。見ていると、わたくしまで悲しくなってしまいます。
「こうなったら…」
おや、夕子さんによい考えが浮かんだようですよ。
「なんでしょう?夕子さん」
「へっへーん、ま、誕生日をお楽しみにね」
まぁ、誕生日だったのですか。それは大変おめでたいですねぇ。
「やっぱ年に1回しかないんだしさ」
「ところで、どなたのお誕生日なのですか?」
あら?みなさん固まってしまいましたねぇ。
そして6月13日がやってまいりました。ぜんぶの数字を足すと10になるので、大変縁起がよろしいですね。
おまけにわたくしの誕生日だったそうでございます。すっかりと忘れていました。
…などと考えてる間にもう放課後ですねぇ。
「ゆーかりっ」
「はい夕子さん、さいきん暑くなってきましたね」
「んな事はどーでもいいって。さ、行こ」
そういって夕子さんは私の手を取って歩き出します。向こうでは主人さんと早乙女さんがお待ちでした。
「おい夕子、おまえの作戦て…」
「ブッチ」
「どこが作戦だ!」
え〜と、ぶっちというのはおさぼりになることですね。でもそんなことしたらお父様がお悲しみになりますねぇ。
「まずいよ朝日奈さん!古式さんが親に怒られたらどーすんだよ!」
まぁ、主人さん…。
「大丈夫だって!ちゃちゃーっと祝ってちゃちゃーっと帰ればさ」
「でもなぁ…」
「あによぉ…いいじゃん!誕生日くらいゆかりと一緒にいたいじゃない!」
夕子さん…。困ってしまいましたねぇ…。
あら?早乙女さんが固まってますね。どうなさったのでしょう。
「お嬢さん、お迎えにあがりやした」
「ひゃっ!?」
まぁ、銀次さんじゃありませんか。わざわざありがとうございます。
でもいきなり夕子さんの背後に立つのはよろしくないと思いますよ。
「あんたらぁ、お嬢さんのお友達ですかい」
「は、は、はいっ!」
「あ、朝日奈夕子でーっす!あはは」
「俺たちゃ大親友だよな、な、古式さん!」
「はい〜、そうですよ」
するといきなり銀次さんの声が低くなってしまいました。お風邪でも召したのでしょうか?
「悪ィが、お嬢様はこれから大ー事な用があるんだ。どうしても連れてくなってんならひとつここで腹ァ割って話しやしょうかい」
「い、いえ、結構ですっ!」
「どうぞお連れになってください!」
「そうかい。それじゃお嬢様、車にお乗りになってくだせぇ」
「はぁ」
夕子さんたちがなにもおっしゃらないので、私は車に乗ることにしました。でもちょっと小さな車ですねえ。(注・ベンツ)
「そうだ、夕子さんたちもよかったら宴にきてくださいね。きっと歓迎」
ブロロロロロロォォ
…まぁ銀次さん、そんなに急いで発車させなくても…。
あとに呆然としている夕子さんたちを残し、わたくしは家へ戻ったのでございます。
「いやぁさすがは社長のご令嬢!まさに花のようなお嬢さんですなぁ」
「わっはっはっはっ、そうかねそうかね」
今日はたくさんお客さんが見えてますねぇ。お父様も大変ご気分がよろしいようで、嬉しい限りです。
「それではゆかりさん、そろそろお召し替えしましょうか〜」
「はい、お母様〜」
「おお、そうだな!いやぁゆかりはなにを着ても似合うからなあ」
お父様は今日のために新しいドレスを3着も買ってくださいました。本当に優しいお父様ですねぇ。
「ゆかりさん、少し疲れたのではありませんか?」
賑やかな会場を後にして、更衣室で着替えさせてもらってる私に、お母様はにこにこと尋ねました。
「いいえぇ、そんなことはないですよ」
「もう少し我慢してくださいね。あの人はゆかりさんを皆に自慢したくて仕方ないのですよ」
そういうものなのでしょうか?でもお父様が喜んでくださるのは嬉しいですよ。
ただ、夕子さんも、早乙女さんも、…主人さんも、いらしてくださいませんねぇ…。
「おお!その服も可愛いな。それじゃこちらへ来て挨拶しなさい」
「はい〜」
ふわぁ…
あら、私としたことがはしたないですね。
「ん?もうすぐ9時か。ゆかりもそろそろ眠いか?ん?」
「そうですねぇ」
「そうかそうか。それじゃそろそろお開きということで」
「皆さん、どうもありがとうございやした!」
銀次さんたちがお客様を送り出し、広間はがらーんとなってしまいました。けっきょく来てくださいませんでしたねえ…。
「なんじゃぁわりゃぁ!」
「こんな時間になんの用じゃあ!」
あら?玄関の方が騒がしいようですよ。
「うるさいっ!ゆかりに会わせろっ!」
「せ、せめて古式さんにプレゼントを…」
「こいつ張り切って作ってたんだぜ!」
あら、あの声は…!
「夕子さん!」
「ゆかり!」
みなさん、来てくださったのですね。まあ、なんだか涙が…。
「遅れてごめんねっ!なかなかスキができなくってさあ」
「朝日奈さん、それじゃ泥棒だって」
顔を見合わせて笑う私たちに、社員のみなさんもとまどってらっしゃいました。
でもそこに、重々しい声が響いたのでございます。
「もう夜も遅い、お引き取り願おうか」
「お父様…」
腕組みをしたお父様が、厳しい顔つきで立ってらっしゃいます。主人さんと早乙女さんは思わず後ずさりいたしましたが、夕子さんだけは私をかばうようにお父様に相対しました。
「まだ9時じゃんよ。夜はこれからでしょ」
「子供はもう寝る時間だ」
「いいかげん子離れしなさいよこの頑固親父!」
ざわっ…と周囲が色めきたちました。夕子さんに殴りかかろうとする方もいらっしゃいます。が、それをお父様が手で制します。
「ゆかり、こっちへ来なさい。そんな連中と付き合っていては頭が悪いのが伝染ってしまう」
「この…!」
なおも怒鳴ろうとする夕子さんに、今度は主人さんが前に出ました。
「お願いします!お父さん、少しでいいですから…」
「貴様にお父さん呼ばわりされる筋合いはない!!」
「俺たちだって彼女の誕生日を祝いたいんです!」
少しの間しーんとなった玄関に、思わず私の声が流れました。
「…お父様、今日だけ外に行かせてはいただけないでしょうか」
「ゆかり…」
ふと気づくと、お母様がお父様のそばに立ってらっしゃいました。
にっこり微笑むその姿を見て、お父様はしばらく複雑な顔をなさっていましたが、ふいにくるりと背中を向けてしまいました。
「…11時までには帰りなさい」
「お父様…」
「二度は言わん」
わたくしは何か言おうとしたのですが、何故か言葉が出ずに、気がつくと夕子さんに抱きしめられていました。
「行こっ、ゆかり!」
「11時じゃ、あと2時間だな」
「それじゃサクッと行こう!」
夕子さんは背を押して外へと駆け出しましたが、私は後ろ髪を引かれる思いで向こうを向いたままのお父様を振り返ります。
「ゆかり」
「は、はい…」
「…楽しんで、きなさい」
「…はい…!」
「それじゃどこ行こっか」
「そうですねぇ、こんな時間に外に出たことはありませんもので」
「大丈夫大丈夫、別に変なところには連れてかないから」
「いやあ、俺は別に変なところでもいいけどな」
「このバカ好雄!」
すぱぁん、と夕子さんの張り手が決まります。
「くすくす…相変わらず、仲がよろしいですねえ」
「なっ…」
「それでは、参りましょう」
「行こう、古式さん」
主人さんが私の手を取って走り出しました。人気のない真っ暗な道路で、夕子さんが思いっきりジャンプします。
「2時間だけの後夜祭っ!」
「まあ、これがゆうふぉおきゃっちゃーというものなのですね」
「ここは朝日奈名人におまかせしましょう」
「ね、ゆかりどれ取ってほしい?」
「そうですねぇ…」
「はい、古式さんはストロベリーね」
「はい、ありがとうございます」
「ここのアイスって超有名なんだ」
「ええと、お代は…」
「い、いいって!俺のおごり」
「ひゅーひゅー」
「カラオケ行こ、カラオケ!」
「空桶ですか?」
「でもなあ、入ったら1時間はつぶれるしなあ」
「古式さん、なにか歌知ってる?」
「はい、黒田節を少々」
「…ボツだな」
「ここのお店の帽子が超おっしゃれー!なんだよね」
「まあ、本当に可愛いですねえ」
「ね、これちょっとかぶってみてよ」
「はい〜」
「あ、可愛いー!」
「古式さんって帽子が似合うなあ」
「まあ、おいしいパスタですねえ」
「ふっふっ、この店はパスタだけじゃないんだぜ古式さん」
『お客様の中で本日が誕生日の方はいらっしゃいますか?』
「はい?」
「あ、この娘この娘」
『それでは店員一同で祝わせていただきます』
『ハッピバースデーツーユー…』
「まぁ、どうもありがとうございます」
「古式さん、疲れてない?」
「いいえぇ、まだ大丈夫ですよ」
「疲れたらいつでも言っちゃいなさいよ」
「そそそ、公の奴がおぶってやりたくてしょうがないらしい」
「なっなっ…」
「くすくす…」
いつもはのんびりと時間が過ぎるのに、今日だけはまるで矢の飛ぶようでした。
「あーあ、もうおしまいかぁ」
「でもちゃんと帰らないと、次の楽しみもなくなるからね」
‥‥‥‥‥
「古式さん古式さん」
「はい?」
あら、わたくしったら。先ほどから主人さんを見てばかりですねえ。
「なんでしょう?早乙女さん」
「ほいプレゼント。なんと豪華好雄君との1日デート券50枚つづり…」
(スパコーン!)
「…というのは冗談で、これ編み物の本ね」
早乙女さんがくださったのは、前からほしかった手編みの本でした。
「いやあ、買うの恥ずかしかったぜ。しかしこれも古式さんのためと思えばこそ」
「優美ちゃんに買いに行かせたわけだ」
「ニャハハ。とにかくおめでとう!」
「…ありがとうございます」
と、私の頭の上に何かが乗せられました。
「これは…」
「うん!やっぱこれが一番似合うや」
先ほどのお店で夕子さんがかぶせてくれた帽子。いつの間にお買いになっていたのでしょう。
「よろしいのですか?最近びんぼうだとおっしゃってましたが…」
「ぐっ。い、いいの、バイトするから」
「夕子さん…ありがとうございます」
「私の見立てだもん、ちゃーんと可愛いから!ね、公くん」
「あ、う、うん」
主人さんはなにか慌ててらっしゃいましたが、ごそごそとバッグの中を探ると、中からなにか取り出しました。
「お、結局なに作ってたんだ?」
「公くんてばあたしらにも秘密なんだもん」
「いやあ、たいしたものじゃないんだけどさ」
照れたように主人さんが差し出したのは…ちょうど抱きかかえられるくらいの手作りのはにわでした。
「‥‥‥‥‥」
あら?夕子さんと早乙女さんが白い眼になってますねえ。
「な、なんだよっ!古式さんならこのハニワの良さをわかってくれるよね!?」
「はい、大変可愛らしいはにわですねぇ」
「ほーら見ろほーら見ろぉ」
「…あんたら絶対変」
そのはにわはとくに飾り付けはありませんでしたが、お顔が何となくユーモラスで、なんだか見ていると心が暖まるようでした。
「…主人さん、ありがとうございます」
「いやぁ、そんなので良ければいくらでも作るから」
「作らんでいい作らんでいい」
まぁ早乙女さん、そんなことはないと思いますよ。
だってこんなに、優しそうなはにわじゃありませんか…。
「…着いちゃったね」
「そうですねぇ」
11時少し前に、とうとう家の前に着いてしまいました。門の前では銀次さんが、ずっと待っていてくださったようです。
「ええと、みなさん本当にありがとうございました。本日はとても楽しく…」
「いーっていーって!結局俺たちだって楽しんだし、なあ公?」
「う、うん…もうハニワを喜んでくれただけで十分」
くすくす…我が家の家宝にいたしますね。
「えーと、さ。ゆかり」
「はい」
「…やっぱいいや!今日って超楽しかったよね!」
「は、はい!」
夕子さん…あなたに出会えて、本当に良かったと思います。
いつまでもこんな風に、4人でいられたらいいですねぇ…
「それじゃ、な」
「おやすみ、古式さん」
「また明日、学校でね!」
そういって夜の中に消えていく3人を、わたくしはいつまでも手を振って見送っておりました。いつの間にか横に立っていた銀次さんが、静かに私を促します。
「さ、お嬢様、もう入りやしょう。まだまだ夜は冷えますからね」
「はい、そうですねぇ」
「…いいお友達を、お持ちになりましたね」
「はい…」
お父様は居間でひとり、いつもは見ないテレビを見てらっしゃいました。
「お父様、ただいま帰りました」
「ああ」
「ええと…お休みなさいませ」
「ああ」
わたしがとぼとぼと部屋へ戻ろうとすると、お母様がにこにことお待ちになっておいでです。
「どうでした?楽しかったですか?」
「はい、でも…やっぱりお父様は、怒ってしまわれたのでしょうか」
だって一度もこちらを振り向いてくれませんでしたし、なんだか寂しそうな背中で…。
「うふふ、大丈夫ですよ。お父様はどんな顔をしたらいいのかわからないだけですよ」
「そうなのでしょうか?」
「そうですとも。明日になればきっともとのお父様ですよ」
それを聞いて安心いたしました。やっぱりお母様は何でもご存じですねぇ。
「あら、そのはにわは、あの髪の黒い方の男の子がくださったのですね?」
「はい、そんなことまでおわかりなのですね」
「それはもう、想いの込められたはにわですからねえ。よく見るとゆかりさんに似ていませんか?」
はぁ…そう言われれば、そうですねえ。
「でもどうしてわかるのでしょう?」
「ゆかりさんにも、いずれはわかりますよ。それではお休みなさい」
「お休みなさい、お母様」
部屋に帰った私は、ことん、とはにわを机の上に置きます。
なんだかあの方自身がそこにいらっしゃるようで、私はしばらくそれを見つめていました。
…あ、あら、もうこんな時間ですね。早く寝ないと、本当にお父様に叱られてしまいますね。
もう残り少なくなった誕生日に、私は最後に電気を消します。おやすみなさい…公さん。
ぱちん、と明かりが消えた部屋で、あの方のくれたはにわは見えなくなってしまいました。でもそこに何か暖かなものを感じて、私は公さんのことを考えながら眠りにつくのでした。
みなさん、今日はありがとうございました。明日も良い日でありますように…
<END>