詩織SS:ハイパーランチ




 草木も眠る丑三つ時、私はひそかに台所へやってきた。

 何をするのかって?別に大したことじゃないんだけど、ちょっと隣に住む彼にお弁当作ろうかなって…ほ、本当に大したことじゃないのよ。
 この時間なら家族に見つかる心配もないし、安心して料理できるわね。いや、別に悪いことしてるわけじゃないんだけど、「誰にあげるの?」なんて聞かれたら恥ずかしいし…。
 私は部屋に隠しておいたクーラーボックスから昼間調達した材料を取り出した。まさか冷蔵庫の中のもの勝手に使うわけにもいかないし…

 …はぁ…こんなことだから私ってダメなのかも…。もうちょっと素直になれればいいのにね、彼女みたいに…。
 昼間の公くん、すごく嬉しそうだったな。そりゃそうよね、虹野さんにお弁当作ってきてもらえたんだもの。あんなにおいしそうに食べて、私が校舎の影から見てたことなんて全然気付いてないんでしょうね。って別に後つけたわけじゃなくてたまたま通りがかっただけなんだけどっ。
 …いつまでもこんな事考えてても仕方ないので、私はお料理を始めることにしたの。今日のメインメニューは肉じゃが、料理の本も買ってきたし完璧よ。まずは皮むきから始めましょう。
 …よし、むけたっと。やっぱり皮むき器って便利よね。
 はっ!こういうとき虹野さんなら愛情を込めて包丁でむくのかも…。
 ぶんぶんぶん。私は頭を振って嫌な考えを追い払う。じゃがいもをぴったり3分水にさらすと、肉とタマネギを切って鍋でいためる。あとは水を張って…

 …本当にこんなものでいいのかしら。相手は虹野さんのお弁当なのに…。
 公くん、最近私の前であんな笑顔見せてくれたことなかったよね…。そりゃ私だって今まで少し冷たかったかもしれないけど…
(ぐつぐつぐつぐつ)
 だってだって、ずっと公くんはお隣で、言っちゃ悪いけどおねしょした時のことだって覚えてるのよ?それを今さら恋しろなんて言われても無理に決まってるじゃない。
(たぱたぱたぱたぱ(しょうゆ入れてる音))
 でも、それじゃなんで私お弁当作ってるの?彼はただの幼馴染みなんでしょう?だったら他の女の子と仲良くしたって…
(どさどさどさどさ(砂糖入れてる音))
 …彼を、取られたくないの?………そ、そんなことないもん!だいたい公くんが悪いのよ、いくら相手が虹野さんだからってでれでれしちゃって!
(がしゃがしゃがしゃがしゃ(かき混ぜてる音。もちろんアクも一緒に))
 まったくみっともないったらありゃしないわっ!幼馴染みとして見過ごせないから、こうしてお弁当を…お弁当を?なんか理屈が変よ詩織…
(ごぼごぼごぼ)
 …はっ!えーと、どこまで進んだんだっけ。
 あら、もう完成しちゃってるわ。いつの間に…ってちょっと不安かも…
 ううん、弱気になっちゃダメ。もっと自分を信じようよ。ね、詩織。(ォィ

 うん、料理はこれで完成ね。でもこれでは到底虹弁には勝ち得ないわ。
 もう少し思い切ったことが必要なのよ。すなわちこうしてこうしてこう!
 (何をした詩織)

 盛りつけはこんなものね。それじゃ味見してみようかな。
 あっ…でも味見ということは同じお弁当箱から2人で食べるということで…
 ましてや口つけたものをまた戻しておいたりしたら…すなわち間接キ…
 だ、駄目よ詩織!私達まだ高校生なのよ!?
 そういうわけで、味見はしないでおきましょう。

 公くん、喜んでくれるかな…


(そして昼休み)
「主人が倒れたぞーーーっ!」
「救急車を呼べぇぇーーーっ!」
 公くん、ごめんね公くん!
「ふっ、詩織の弁当で死ねるなら本望さ…ガク」
 いやぁぁぁぁぁぁーーーーっ!

 その夜私は泣きながら、ひとり台所に立ちました。彼と同じ苦しみを味わうことが、私のできるせめてもの食材もとい贖罪…
 自分で食べるものだし、こんなものでいいわよね。でも見た目は普通なこの料理が実は恐るべき破壊力を持っているのね。
 いい、詩織。覚悟を決めるわよ。えいっパクリ!


 おいしい。


 …謎だわ…




<END>




後書き
感想を書く
ガテラー図書館に戻る
新聞部に戻る
プラネット・ガテラーに戻る