【注】
紫ノ崎あやめ(しのさきあやめ):オリキャラ。みはりんの中学からの友人。見晴SSにはちょくちょく出てきます。
画:狐鉄丸さん









 そぼろを顔にするでしょ。佃煮を鼻にするでしょ。そしてそして…
 えいっ完成!見晴特製コアランチ!
「わ、我ながら傑作だよね…。誰かに食べてもらわなくちゃ!」





見晴SS:シークレットランチ






「で?」
「え、えへへ…。どっちか彼に渡してきてくれないかなーって…」
「何寝ぼけてんだか…」
「あの、見晴ちゃん…。やっぱり自分で勇気を出さなくちゃダメだと思うな…」
「ひ〜〜〜〜ん」
 そう、そうなの。いくらお弁当を作ってきても、今のわたしには一目惚れした彼に渡す勇気すらないの…。ああっ弁当の無駄!
「駄目だよね、わたしって…。あはは…嫌になっちゃうね…」
「わかってんなら何とかしなさいよこの弱虫毛虫!」
「何よそこまで言うことないでしょあやめのスカポンタン!」
「あ、あの、ケンカはやめて…」
 うう、なにかいい方法はないかなぁ…。ぶつかってそのお詫びに押しつけてくるとか、密かに彼のお弁当とすり替えておくとか…。
「だーーーっ!どうしてそういうくだらないことしか思いつかないのよ!」
「どうせあやめにはわかんないわよ…」
「ああっイライラする!あんたなんてただのストーカーよストーカー!」
「ひっど…」
 ストーカーってのは…って今さら説明するまでもないよね。そこまで言う!?
「ちょっと彼に一目惚れして遠くから見つめてるだけじゃない!ねぇ、めぐ?」
「う、うん…。見晴ちゃんストーカーみたいな悪い人じゃないよ…」
「じゃあ聞くけどあんた知らない男からいつも見張られてたらすごく気持ち悪くない?体当たりされたり変な留守電入れられたりしたら嫌がらせだと思うわよ普通!」
「う、うん…。そ、そう言われてみればそうかもしれないけど…」
「(い、言えない…。おまけに彼の後つけてデートに乱入してただなんて…)」
 心の中でムンクなわたしに、あやめはバンと机を叩く。
「そう言われるのが嫌だったら堂々と正面からアタックしなさいよねっ!まったくもう!」
「ううう…」
「うううじゃぁないっ!!」
「あの…、あの…」
 薄情なあやめにずたぼろにされたわたしは、その日一日立ち直れずにどっぷりと落ち込む羽目になったの。当然お弁当は渡せずじまい。いや、どっちにしろ渡せなかったんだろうけどね……。

「(そっか、わたしってただのストーカーだったんだね…。あは、あはは…)」
 とぼとぼと帰り道を一人歩く。中身の詰まったお弁当箱が重いね…。こうなるってわかってたのに、どうして今朝はあんなにはしゃいでたんだろ…。
「フフフ!お困りのようだねおじゃうさん」
「誰っ!?」
 誰もいない公道に謎の声が響きわたる。近くの生け垣がごそごそと揺れて、中から飛び出してきたのは…
「ニヤリ」
 コアラーーーーーーーーーーーー!!
「リヤニ星人アルトノイス!レベルKの続きがいつまでたっても出ないのでヒマを持てあましていたところだ。ここはひとつ手助けしてやろうではないかね」
「な、何でよぉっ!あなたと関係ないでしょ!」
「そこはそれ同胞のよしみだ」
「いやーーーっ!宇宙人なんかと同胞じゃないーーーっ!!」
 くるりと回れ右して逃げ出そうとするわたしに、後ろからコアラの冷ややかな声が飛ぶ。
「弁当を渡せなくてもいいのか」
「うっ…」
「リヤニ星の科学をもってすれば雑作もないんだけどなぁ。いや無理にとは言わないけどさ〜。弁当もったいないなぁ〜〜」
「うっうっ…」
 あああっ宇宙人の言葉に心引かれる自分が憎いっ!でもでも、これも彼への想いのためということで…。
「ち、ちょっと話だけ聞いてみようかなっ」
「最初からそう言えばいいのだよ。それではついてきたまい」
 わたしは目つきの悪いコアラに先導されて裏道へと入っていったの。ああ、こんなところ人に見られたら言い訳のしようがない…。

 たどり着いたのは使われてない廃工場。小さな救命ポッドみたいなのが転がっていて、わたしたちはその中に入っていった。
「まあゆるりとくつろいでくれたまえ。このポッドは私が私物化…もとい黙って借用してるものだから遠慮はいらんよ」
『おい、アルトノイス!貴様今どこにいる!?地球人と軽々しくコンタクトをとるなとあれほど!』
 ブツン
 いきなり喋り出した通信機のスイッチを思いっきり切ると、アルトノイスさんはわたしの方を向いてニヤリと笑うの。
「遠慮はいらんよ」
「…どうでもいいけどなんで宇宙船にコタツとミカンがあるんですか?」
「すべては地球の文化の探求だ。プレステもあるよ」
 そしてわたしはコタツに入ってコアラと向き合いながらミカンの皮をむいている。シ、シュールすぎる…。
「で、その弁当というのは?」
「あ、はい。これです」
「うむ、リヤニ星人に似せて作るとは…。やはり君に眠るはリヤニの血」
「ちちち違いますぅっ!!」
「まあそれはそれとして」
 いきなりふわりとスプーンみたいのが宙に浮くと、アルトノイスさんはそれを使ってお弁当を食べ始めたの。テ、テレキネシスってやつかなぁ?
「あれだ、机の中に入れておくのがラブレターとチョコレートに共通するセオリーというものだろう?」
「なんか変なこと詳しいよね…。でもさすがにお弁当じゃ気味悪がって食べてもらえないよ」
「そこで作戦を立てるのさ」
 なんでわたしコアラと一緒にラブラブ大作戦なんてやってるんだろ…。
「自分に疑問を持つな!さてここにカウム光線銃がある。これを照射すると相手の警戒感を取り除くというものだが…たとえばこれはリヤニ星のお菓子だがひとつどうかね?」
 そう言って出てきたお菓子は一見長崎カステラに見えるんだけど、一切れ切ると断面がマーブルタンビー!
「え、遠慮しときます!」
「そこでこの光線を照射すると」シュビビビ
「わぁ、おいしそう。いっただっきまー…って、ええっ!?」
 な、何食べようとしてるのよわたしってば!こ、これがその何とか光線の威力?
「そういうことだ。主に凶暴な宇宙生物や排他的な日本人に対し威力を発揮する」
「誰が排他的な日本人ですか!」
 で、でもこれなら食べてはもらえそうだよね…。うん、別に毒じゃなさそうだし。で、でもこんな変な光線に頼るなんて…。
「わたし、やっぱり…」
「ほほう、つまり君の彼への気持ちはその程度だっと」
「ち、違うもんっ!」
 そうよ、彼への想いだけは誰にも負けないわ!そのためならたとえこの手が汚れようと…。それがわたしの一目ぼれ道…。
「と、とりあえず借りてくねっ」
「どうぞ〜」
 その後どうやって家に帰ったかはよく覚えてない。でも気がつくとわたしは、机の上の光線銃を見ながらずっと悩んでいたの。

 翌日のJ組も特に変わることなく、もちろん宇宙人なんて一人もいない。いや、いるかもしれないけどわたしじゃないっ。
「あの、見晴ちゃんどうかした?」
「え?ど、どうもしないよ。えへへ」
「う、うん…。お弁当、今日も作ってきたんだ…」
「え、あ、ま、まあねっ」
「‥‥‥‥‥‥」
 へどもどしてるわたしに、いきなりあやめがずずいと顔を近づける。
「あんた何隠してるのよ」
「ぎっくぅ〜〜!な、何も隠してないよっ!」
「『ぎっくぅ〜〜』なんて言っといて全然説得力ないのよっ!」
 ああ、めぐならともかくあやめになんて話したくなかった…。でもしつこく問いつめられて、結局昨日の顛末を話す羽目になったの。
「あっきれた…」
「そう言うと思ったから話したくなかったのに…」
「言うに決まってるでしょ!捨てなさいよそんな光線銃!」
「や、やだっ!」
 あやめに言われてかえって決心がついたみたい。わたしは光線銃とお弁当の入った袋を抱きしめると、きっとあやめをにらみ返す。
「だって他にどうしようもないんだもの!何もしないよりはいいじゃない!」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「だって…だって好きなんだもん!お弁当渡したいんだもの!いいじゃない…ほっといてよ!!」
 バン!あやめの手が机を叩く。でもわたしは頑として顔を上げようとしなかった。
「…あんたとなんか絶交よ」
「こっちだって…」
「ふ、2人とも落ち着いてよ!ま、待ってぇあやめちゃん!見晴ちゃんも、ねぇ…」
 めぐが何か言ってるみたいだけどもうわたしの耳には届かなかった。ただわたしの手の中にはお弁当だけが残っていたの…。

「(だって好きなんだもん…。好きなんだもん…。好きなんだもん…)」
 別にあやめに嫌われたって、他の誰に嫌われたって、一目ぼれした彼さえいればそれでいいもの…。
 わたしは光線をお弁当に当てると、そっと彼の教室に向かったの。次は体育の時間だから、もう誰もいないはず。
「(いいんだよね、見晴…。だって一生懸命作ったんだし、別に悪いことしてるわけじゃないし、彼だって食費が浮いて助かるだろうし…)」
 最初はゆっくり歩いてたんだけど、だんだん足が小走りになる。彼の教室との距離がこんなに遠くなかったら、もっと違ってたかもしれないのに。
「(!)」
 もう誰もいないと思ってたのに、A組の教室から彼が出てくるのが見えた。わたしはあわてて柱の影に身を隠す。彼はこちらに気づいてない。
 コツ、コツ、コツ、コツ
 他の音が耳から消えていって、足音だけが頭に響く。
「(本当は、本当はこんなんじゃないの)」
 彼が近づいてくる。本当はちゃんと渡したいの。一生懸命作ったんだもの、ちゃんと直接手渡したいの。
「(あ…)」
 でもわたしの体は動かなくて…。彼はそのまま、わたしの横を通り過ぎていった。わたしのことに気づきもしないで。
「(‥‥‥‥‥‥)」
 なんだか力が抜けてわたしはその場にへたりこんだ。
 たぶん他の人が見たらすごく情けないんだろうなって。そう思ったら、そのまま立ち上がれなかった…。


「げ、元気出してよ見晴ちゃん…。やっぱりずるして渡すよりこの方がいいよ」
「うん…」
 結局なにもできずに教室に戻ってきて、机の上には中身の詰まったお弁当。わたしはしばらく自分の机に突っ伏してた。
「はぁ…」
「み、見晴ちゃぁん…」
「あーまったくうっとうしいわねっ!」
 あやめに絶交されずにすんだかな…。でもやっぱり、嫌われちゃったかな…。
 と、わたしの頭に手が置かれた。
「…明日があるわよ」
 わたしは思わず顔を上げる。いつも『明日明日って明日っていつよ!』って、怒ってばかりの彼女だったから。
「あやめ…」
「な、何よ…。だいたいあんたはねぇ!」
「あやめぇっ…」
「ち、ちょっと抱きつかないでよ!もう…」
 そうだよね。いくら相手のこと好きだからって、彼に顔向けできないようなことしちゃダメだよね。弱虫なのは仕方なくたって、人として恥ずかしいことしちゃダメだよね。だから、だからいつかちゃんと渡そう。時間かかってもいいから、ちゃんと自分の手で渡そう…。
「わ…わかればいいのよ」
 照れくさそうに横を向くあやめに、わたしはにっこりと微笑んだ。

「でね」
 その日の放課後、わたしはお弁当持って例の廃工場に出かけたの。
「そーゆーわけで光線銃は使わなかったの。ごめんね」
「‥‥‥‥‥」
「そ、そんな怒んないでよぉっ。あ、ほら、残り物で悪いけどお弁当あげる。昨日もわりとおいしかったでしょ?」
「人が苦労して開発した光線を…」
 アルトノイスさんはぶすっとしてコタツのテーブルを爪で叩いてる。何もそんな…。
「だ、だいたい開発って、これって前から使われてるものなんじゃあ?」
「そうじゃない。この光線銃は特別にカウム光線の他ギゲレムア光線も照射する仕組みになっていて、これを当てられた食物はβアイムル質を含み、食べた者を巨大宇宙怪獣と化すはずだったのだよ。本当なら怪獣ヌシヒトゴンと超人ミハルマンの愛と悲しみの戦いという面白い話になっていたのに君には失望した…。ま、仕方ないから今回のことはキッパリ忘れてまた次の企画を」
「このくされ外道ーー!!」
 どげしぃっ!!
 見晴パンチが炸裂し、コアラはお空の星と消えた。ぜえはあ…、一瞬でも宇宙人なんて当てにしたわたしがバカだったっ!!
 そしてわたしはお星様に誓うの。間違ってもストーカーみたいにならないように、好きだってことに誇りを持てるようにしようね。見晴ファーイト!


『次のニュースです。本日夕方きらめきタワーに半死半生のコアラが引っかかっていたという事件があり、当局では事実関係を調査しています』
「世の中不思議なことがあるもんねぇ」
「‥‥‥‥‥‥‥」



<END>




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