(*) 美術館に優美ちゃんを連れていくと「優美マンガなら得意なんだけどなぁ」と言ってくださるというただそれだけで浮かんだネタです。
優美ちゃんのまんが道
<第1話>
新進気鋭の期待の漫画家、クリスチーネ早乙女!しかしそう思ってるのは本人だけで、「ポッフステッフ賞」への応募も落選が続いていた。
「やっぱり優美にはマンガの才能がないんだぁーー!」
「お、落ち着け優美!お前のマンガは面白いって、な?」
「いいよもう…慰めてくれなくても…」
「お、おい…」
ここは妹のために一肌脱がねばと、好雄は友人のところへと出かけていく。
「頼む公!藤崎さん!優美のマンガを読んで笑ってやってくれ!」
「いきなりそんなこと言われても…」
「無理に笑っても優美ちゃんも喜ばないんじゃないかな…」
「いいや、今のあいつに必要なのは自信なんだ。このとぉーりっ!」
土下座までして頼む好雄に、二人は顔を見合わせるしかない。
「ほ、ほら。私って演技下手だから」
「気休めはよくないと優美弁のとき教わったしなぁ…」
「そうかい…俺がこんなに頼んでるのに…。よーしわかった公!お前もし笑わなかったら全女子の間に悪い噂流してやるからな!」
「なんじゃそりゃぁぁぁぁ!!」
「マンガは明日持ってくる!じゃあなっ!」
「よ、好雄ーーっ!!」
「早乙女君!」
妹のために鬼と化した好雄。公にはもはやあの人に頼る以外の道はない…。
「紐えも〜〜ん」
「誰が紐えもんよ!」(注・紐えもんは水上広樹氏の著作物です)
「かくかくしかじかで、好雄がひどいことするんだよぉ〜」
「仕方ないわね…。今回だけよ」
と言って白衣のポケットからひみつ道具を取り出す紐えもん。
「笑気ガスーーーー!!」(パンパカパーン)
「それって確か顔の筋肉が引きつって笑ってるように見えるってだけじゃ…」(亜酸化窒素)
「心配ないわ、22世紀の科学を先取りしワライダケの粉末を入れた笑気ガスよ。これを吸えば大笑い間違いなし」
「は、はぁ…」
また公を甘やかす紐えもん。でもこれで明日も安心だね!
その夜、好雄は必死で妹を励ましていた。
「な、とにかく見るだけ見てもらおうぜって」
「いいよ…みんな優美に気を使って笑ってくれるだけで、マンガが面白いわけじゃないんだろうし…」
「そ、そんなことはねぇ!優美のマンガがつまらないなんて言うヤツは俺が泣かしてやる!」
「泣かせる?…そうだ!」
なにか思い付いたのか机に向かってネームを切り始める優美。そして夜は更け、翌日の朝が来た…。
「さあ詩織先輩、読んでみてください!」
「う、うん…」
駄目だ、この目の前の純真な瞳を騙すことなどできない。真実を告げねばならない重みに潰されそうな詩織。マンガを読むこともできずぽろぽろと目から涙がこぼれ落ちた。
「うっ、うっ…」
「泣いた!?」
「泣いたぜ!!」
「え?」
大喜びする優美と好雄。きょとんとする詩織に説明した。ギャグが行き詰まったので、泣かせる感動ものを目指したのだと…。
「これで優美の作風も広がったんだね!」
「よぉっ優美ちゃん」
今ごろになって事情を把握してない公がのほほんとやってくる。ポケットにはもちろん笑気ガス。
「どれどれ、これが優美ちゃんのマンガ?…プッ、アハハハハハ、ハハハハハハ…」
大笑いを始める公に優美の目がみるみるうちに涙で満たされてゆき、そのままダーッと走り去った。
「優美のマンガなんてーーーー!!」
「公ぉぉぉてんめぇぇぇぇ!!」
「ははは…は…?」
後日女の子たちの爆弾が連鎖反応を起こしたといいます。
<第2話>
それでもマンガの道を捨てられなかった優美が調子に乗って同人誌を作った。尊敬する料理の先輩の姿を描いた根性の物語。その名も『虹野ビオレッタ』!!
「だーっ!初めてのくせに表紙フルカラーなんてやりやがって!」
「だってやりたかったんだもーん。それじゃお兄ちゃん、半分お願いね」
「お願いって、おい!」
同人誌50冊を押しつけられ途方に暮れる好雄。とりあえず新たな犠牲者を探して校内を歩く。
「というわけなんだよ夕子。半分引き受けてくれよ、な?」
「しょーがないなぁ、後でなんかおごってよ。で。1冊いくら?」
「500円」
「たっかー!」
ぺらぺらとページをめくりながら目を丸くする夕子。
「なんで28ページしかなくて500円!?普通のコミックスなら400円で200ページじゃん!」
「同人誌ってのはそういうもんなの!これだって原価割ってんだぜ、頼むよ…」
釈然としないまま同人誌25冊を押しつけられる。とりあえず新たな犠牲者を探さないと…。
「あ、如月ちゃん、マンガ読まない?まあ読まないだろうけど、ヨッシーの妹のだから買ってよ」
「はぁ」
「あっ、おーいそこのみんな!マンガ買っちくりー!」
「なになに?『虹野ビオレッタ』、作・クリスチーネ早乙女?なにこれ」
ぞろぞろと女の子たちが集まってくるが、ほとんどは夕子と同じ感想を持つ。
「ごひゃくえん〜?これなら普通のマンガの方が絵だって上手いじゃない」
「そりゃヨッシーの妹なんだからプロにはかなわないよ…。みんな愛の伝道師ヨッシーには色々お世話になってるっしょ?助けると思ってさぁ」
「しょーがないなぁ…」
みんなが渋々とサイフを開いた時、未緒の眼鏡がキラリと光った。
「いえ…。早乙女さんの妹さん、なかなかの才能を持っています。構図といい話の展開といい、あるいは将来売れっ子マンガ家になるかもしれませんね」
「そうなん?」
「そうするとこの同人誌はマニアの間で値段が高騰するでしょうね。K−B○○KSで50万円とか(笑)。私も大事にとっておくことにします」
「‥‥‥‥‥」
ぺこりとお辞儀をして立ち去る未緒。しばらく固まっていた少女たちが、不意にいっせいに動き出す。
「おーい夕子、こっちは完売したぜ。そっちはどうだ?」
持ち前の人脈で本をさばいた好雄が駆けつけると、なぜだか同人誌の山を抱えた夕子が懸命に逃げ回っているところだった。
「こらぁ夕子!1冊売りなさいよ!」
「ほらっ500円!」
「やだっ!虹野ビオレッタはあたしんだい!!」
「ど、どーなってんだこりゃあ?」
<第3話>
同人活動を続けるかたわらプロを目指して投稿を続ける優美。しかし不条理ギャグ『徐々に奇妙な物語』も落選し、少年ジャブンを手にがっくりとうなだれる。
「この雑誌に優美のマンガが載ることは一生ないんだね…」
「お、落ち込むなって!あーもうしょうがねぇなぁ…」
ここはひとつえらい人の話でも読ませて目的意識を持ってもらおうと珍しく図書館にくる。普段なら手に取ることのない本をぱらぱらとめくっているとどこかで見た顔が目に入った。
「紐緒結奈、1980〜。その卓越した天才により世界を征服…なんじゃこりゃ!?」
「フフフ、驚いたようね早乙女君」
悪寒を感じてはっと振り返るとマッドサイエンティストが約1名立っている。
「ちょっと印刷製本装置を開発したから試してみたのよ。とても後から挿入したとは思えない出来映えでしょう?」
「図書館の本で試さないでくれよ頼むから…」
と、あることに思い至っていきなり結奈に詰め寄る好雄。
「ひ、紐緒さん!もしかしてマンガの印刷とかもできるのか!?」
「そりゃできるわよ」
今日も怪しい理科室で、結奈とその下僕の公はふんふんと好雄の話を聞いていた。
「頼むっ!この『少年ジャブン』に優美の原稿を載っけてくれ!」
「好雄〜、そういうのって良くないぜ」
「俺はあいつに元気になってほしいんだよぉ!」
パラパラと原稿をめくっていた結奈がフンと鼻であざ笑う。
「くだらない話ね。私の原作で『世界征服物語』でも描かせた方がまだましだわ」
「そ、そう言わないで頼むよぉ〜」
「まあいいわよ、マシンの肩慣らしにちょうどいいわ」
「ひ、紐緒さん!?」
「お、恩に着るぜ紐緒さん!」
「アオリ文句とかは自分で考えるのよ」
かくして優美のマンガが載ってる以外は本物と見分けのつかない少年ジャブンを手に入れた好雄は意気揚々と家に帰る。
「ええっ!ほ、ホントに優美のマンガが載ってる!」
「やったな優美!」
「さっそくみんなに教えてこようっとーー!!」
「わーーっ!待て、それはちょっと待て!!ほら、そんなことになったらサインがどうとかうるさいぜ。ここは秘密にしておいてお前は次の作品をだな…」
「そっか…。うん、でも編集部からなんの連絡もこないね」
「ち、ちょっと待ってろ!」
あわてて自室に駆け込んで、結奈から借りた携帯電話で自分の家に電話をかける。
「あーもしもしクリスチーネ先生?少年ジャブンの編集長です。次回作も期待してますよ」
『は、はいっ!優美がんばります!!』
電話を切って何食わぬ顔で優美の部屋に戻ると、妹は頭にハチマキを締めてペンを走らせてるところだった。好雄は心の中で応援しつつ、おにぎりなんかを作ってやった。
そしてクリスチーネ早乙女の作品が次々と発表される。動物好きの先輩と猿の心暖まる交流を描いた『すごいよ!!おサルさん』、逆刃刀1本で青春を生き抜くヒューマンドラマ『るろー屋ケンちゃん』、言うことがころころ変わる昨今の政治家を鋭く批判した『方針は演技』などなど…。すべて理科室で製本され、生まれ出る偽りの少年ジャブン。
「紐緒さん、このまま印刷機使わせていいんですか?」
「別にいいのよ。ひみつ道具に頼ってばかりいるといずれ破滅するということを身を持って覚えるがいいわ。ふふふ…」
「(あ…悪魔…)」
結奈の予言通り、破局はついに訪れた。
「ねえお兄ちゃん、これだけ描いたなら原稿料もいっぱいもらえるよね」
「ガビーーン!!」
「優美、お兄ちゃんにはすごく感謝してるから…半分はお兄ちゃんにあげるね!」
優美のありがたい言葉も耳に入らないままわたわたと結奈のもとへ駆け込む好雄。
「ひ、紐えも〜〜〜ん」
「だから誰が紐えもんよ!!」
「俺はどーすりゃいいんだよぉぉぉ!!」
「好雄…。もうやめろよ、こんな事。優美ちゃんを裏切るだけだぜ…」
「こ、公…。…そうだな、俺が間違ってたよ…。優美に正直に話して謝ろう…」
「俺も一緒に謝るからさ」
「私は謝らないわよ」
がっくりとうなだれる好雄は、自分のことよりも傷つくであろう妹を思い悔悟に身を焼くのだった。
そのころ優美はといえば、ジャブンに載った自分のマンガを読み返して唸っていた。
「どれも、これも…よくよく見ればみんな人気作品のマネばかりじゃない!優美が描きたかったのはこんなのじゃないよ!!」
そしてよろよろと家に帰ろうとする好雄の携帯に電話がかかってくる。はっと声をかけようとする公を結奈が押しとどめた。話を聞いていた好雄の目から不意にぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
『ごめんなさい、あんなマンガじゃ原稿料は受け取れません。優美もう一度最初からやり直します』
「そうか、えらいぞ優美…。いや、クリスチーネ先生…!」
まんがの道は長くけわしい。多くの者が途中で道を外れていく。
しかし優美のまんがにかける情熱は決して消えはしないのだ。明日の漫画界背負うため、頑張れクリスチーネ早乙女優美!
<END>