暁眠。新しい季節。新しいことが生まれる月。
 でも季節が変わっただけで何かが始まる訳じゃない。始めるのはわたしたち。新しいアカデミーも、新しい伝統も、これからわたしたち自身の手で作っていかなくちゃいけないのよ。
 ソーニャ・エセルバート。新マスターとして頑張ります!





ネクスト・ジェネレーション






「ということで今年の目標その1!『OBに強いアカデミーを作る』!」
「せんぱーい…」
「いいえセシル、これが一番大事なのよ」
 黒板をバン!と叩いて部員たちを見渡す。エルフ族のセシル、ハーフキャットのシンシア、炎の民のチェスター、人狼族のマックス、そしてわたし。現在この5人がウィザーズアカデミーの構成員。前任者のルーファス・クローウンからマスターの職務を引き継いだわたしとしては、いかに以前よりもアカデミーを盛り立てるかが腕の見せ所というわけね。
「はーいしつもんー」
「はいシンシア」
「どうやってつよいアカデミーをつくるのー?」
「いい質問ね。まずは正義の心を持った品行方正な人物を集める必要があるわ。目標その2、『新入部員25名以上』」
 黒板に書き込むと同時にチェスターとマックスが椅子を蹴って立ち上がった。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ!そんなに集まるわけねェだろーがっ!」
「馬鹿とはなによ馬鹿とは!」
「いいや少なすぎるぜ!どでかく100人くらいを目標にしろ!」
「そんなに集めたらこの部屋に入りきらないでしょ!」
「あ、あの、隣の部屋に聞こえますからもう少し静かに…」
 おろおろするセシルにわたしもコホンと咳払い。はぁ、つくづく個性的な集団ね。でも前マスターだって彼らをまとめ上げたんだもの。わたしだってそのくらいしなくちゃ。
「前マスターは1人で5人の新入部員を勧誘したわ。わたしたちも1人5人集めれば25人集まる計算よ」
「おお、そういうことだったのか!さすがソーニャは頭がいいぜ」
「ルーファス先輩は特別だったと思うけどなぁ…」
「なぁにセシル、わたしが彼に劣るとでも言いたいわけ」
「い、いえっ。断じてそんな!」
「まあいいわ、とにかく明日から勧誘を始めるわよ。それじゃ解散!」
「いっしょにかえろー」
「(ボク今年は胃に穴が開くかも…)」
 ぞろぞろと部員たちが出ていき、最後にわたしが鍵を閉める。わたしが最高責任者なんだもの。やるわ、やるわよ。見てなさいデイル・マース!見ててください前マスター!


 一応うちの学校では新入生が学校に慣れる暁眠22日が勧誘解禁日になってるの。
 ということで昼休み、わたしたちは学内広場に来てます。
「なんで俺がお前と一緒に勧誘しなくちゃいけないんだよッ!」
「黙りなさい!あなたが一番問題起こしそうだからこうしてわたしがついてるのよ」
「ケンカ売ってんのかこのアマ!」
「なぁんですってぇ!」
「おいおい、勧誘員がケンカしてちゃしょうがないって」
 はっと振り返ると相変わらず頬に絆創膏の彼が苦笑しながら歩いてくる。
「な、何だよ。教官になったからって威張るんじゃねぇよッ」
「はいはい」
「べ、別にケンカなんてしてません。あなたこそ研修で忙しいんじゃなかったんですか?」
「こっちも昼休み。何か手伝おうか」
「いりません!」
 強い口調に自分でも驚いて、慌ててあたふたと取り繕う。
「ほ、ほら、今はわたしがマスターなんですから!わたしたちだけで十分ですっ」
「そうか。でもあんまり無理するなよ」
 彼は少し寂しそうにそう言うと、手を振って去っていった。ルーファス・クローウン。わたしたちをウィザーズアカデミーに巡り合わせた人。あなたが1年間守り通したアカデミー。わたしが引き継いだんだから…
「何ぼーっとしてんだよ」
「し、してないわよっ。さあチェスター、さっそく勧誘を始めるわよ!」
「お、おうッ」
 できたら真面目そうな人がいいわね。間違ってもデイル・マースみたいな人を勧誘するような愚は犯さないようにしないと。そうね、あそこで絵を描いてる女の子にしましょう。
「ごめんなさい、ちょっといいかしら」
「は、はいっ?」
 ずいぶん小さい子ね。ホビット族かな?スケッチブックを閉じる彼女にさっそく論理的にわかりやすく説明を始める。
「あなた、もうアカデミーは決まった?」
「い、いえっ。まだですけど…」
「そう!それならウィザーズアカデミーはどうかしら。魔法を使って世の中の役に立とうという崇高なアカデミーなのよ」
「デタラメこいてんじゃねぇよ」
「なっ…チェスター!あなた何考えてるのよ!!」
「俺はウソが大嫌いなんだよ!」
「何がウソよ!そういう活動方針だったでしょっ!だいたい」
「え、ええーとしし失礼しますっっ!」
「あ゛…」
 に、逃げられた…。がっくりと膝をついたわたしはそのままチェスターを睨みつける。
「チェェエスタァァ〜〜〜!」
「な、何だよ…。俺はもともとこういうの苦手なんだよ!」
「苦手で済む問題じゃないでしょ!真面目にやりなさいよ真面目に!まったく、何を考えているのかしら」
「先輩風吹かしてるんじゃねぇ!」
「わたしはマスターなのよ!!?」
 …っと、新入生たちがじろじろこちらを見てるわ。しっかりしなさいソーニャ・エセルバート。あなたがアカデミーの評判落としてどうするの。
「と、とにかく勧誘を続けるわよ。さあ行きましょう」
「ちっ…めんどくせぇ」

 昼休みの成果は芳しくなく、放課後に引き続き勧誘に出てもなかなか人は集まらない。
「ぜひ我がアカデミーに入って自分を高めるべきだわ」
「あたし面倒なの嫌いだしー」
「何を言ってるの!そんないい加減な気持ちでこの学園に入ってきたって言うの!?」
「ち、ちょっとぉ…。あたし急ぐからっ」
「あ、待ちなさい!人の話を…ハァ」
 まったく今年の新入生はどいつもこいつも…。他人の言葉に耳を傾ける態度というものがなってないわ!どういう教育を受けてるのよ!
 …チェスターの方はうまくいってるかしら。
「ああ!?んっだとてめぇ!」
「ひいぃぃぃすいません!」
「うるせぇ!ぶっとばされてぇか!」
「ちょっとチェスター何やってるのよ!」
「あ…」
 チェスターに胸ぐらを掴まれていた1年生は手が緩まった瞬間に一目散に逃げていった。な、なんて事…
「もうおしまいよ…。どうしてくれるのよ!」
「う、うるせぇっ!あの野郎が『たった5人のアカデミーか』って馬鹿にしたんだぜ!」
「だからってこれじゃ本当に5人のままだわ!ああ…」
「わ、悪かったなぁ!そういうお前は勧誘できたのかよ!」
「う゛」
 お互いに顔を見合わせて小さくため息をつくと、わたしたちはすごすごとアカデミールームへ戻った。な、情けない。このわたしがこのわたしがこのわたしが…
「あ、お帰りなさい先輩」
「ええと…そっちはどうだった?」
「すみません、ボク人に声かけるのって苦手で…」
「あのねあのね、シンシアいっしょうけんめいせつめいしたのにだれもきいてくれないのー」
「そう…。マックスは?」
「まだ勧誘してんじゃねーのか」
 そこへバタバタと誰かの足音が聞こえてくる。
「ソーニャ、いるか!?」
「マ、マスター?じゃなくて前マスター。すみません、まだ1人も勧誘できてなくて…。でも明日こそはきっと!」
「それどころじゃない!マックスが校庭で暴れてるらしい!」
「えええっ!?」
 また犬呼ばわりされて切れたみたい。結局全員で校庭に直行してなんとか取り押さえて、ケガ人こそ出なかったけどそれはもう大勢の1年生がわたしたちのこと見てた。なんでこうなるのよ…。何とかしなくちゃ、何とかしなくちゃ!

 翌日、わたしは用意してきた紙束をどさっと机の上に置いた。
「何だそれ」
「ビラよ。こっちはポスター」
「ふーん?」
「これを使って宣伝につとめつつ、相手が興味を見せたら即勧誘するのよ」
 ああ、昨日徹夜で作ってたからさすがに眠いわ。徹夜は体に良くないのに…。でもそんなこと言ってられない。前マスターはたった1人で5人の部員を勧誘したんだから。
「何だよソーニャ、そんなの作るならオレに言ってくれれば手伝ったのによ」
「(じーーっ)」
「あ、いやいや昨日は悪かったって!もう大丈夫だぜ、わっはっはっ」
 全然信用ならないマックスと、セシル、チェスターにビラを分ける。わたしとシンシアはポスター貼り。
「とにかく急ぐのよ!ぐずぐずしてたらどんどん他のアカデミーに取られちゃうんですからね」
「おう!任せとけって!」
「いちいちうるせぇ女だぜ…」
「何か言ったっ!」
 とにかくビラ組と分かれてわたしとシンシアは1年の教室へ向かった。もうかなりの壁が他のアカデミーのポスターに占領されてる。そうよ、もっと早くポスター貼りなんてしておくべきだったのよ。言葉だけで勧誘できると思ってたわたしの見通しが甘かったんだわ。わたしのせいわたしのせいわたしのせい…
「ソーニャちゃん?」
「な、何でもないわ。なんとか場所を見つけるわよ」
「はぁい」
 しかしポスター貼りに励むわたしたちの背後から新入生のひそひそ声が聞こえてくる。
「ねえ、あれってウィザーズアカデミー?」
「ああ、デイルとかいう怖いOBがいることだろ」
「あの入学式に乱入してきて『祝いだー!』とか言って魔法ぶっ放した人ね」
 ベリッ
 思わず手に力が入ってポスターに裂け目が走る。
「またそんなことやってたのあの男は!!」
「ソーニャちゃんかおがこわいよう」
「生まれつきよっ!!」
「ふぇぇ〜〜〜〜ん」
 そうよ、わたしがマスターになってから出入り禁止にしたのに相変わらずどっかから入ってくるし、みんなあの男が悪いのよ!
 …でも去年の今ごろはもっと評判悪かったのよ。おまけに部員は1人だけで。
 今は部員が4人もいるのよ。去年それなりに活動したから多少は評判も上がってる。これで去年より入部者が少なかったらわたしって単なる無能…
「シ、シンシア!次行くわよ!」
「ソーニャちゃんいそぎすぎだよう」
「時間がないのよ!!」
「うう…ソーニャちゃんてすぐおこる」
 時間がない。
 去年より盛り上げなくちゃいけないのに。

 ポスターの効果もあまりなく、翌日わたしが疲れ果てていったん部室に戻ると、一番会いたくない顔がそこにいた。
「よーソーニャ君、苦戦してるみたいじゃないか」
「ほ、ほっといてくださいっ!まだまだこれからですっ!」
 そうは言ったもののデイル・マースの言うとおり。勧誘始めてもう3日なのに未だに誰も入ってこない。3日でできなかったことがあと数日でできるんだろうか?やっぱりわたしは口先だけの無能なマスターだったんだろうか。
「おやおや、なーにを焦ってるんだ」
 デイルの言葉にきっと睨みつけるけど、自分でもなんだか弱く感じられた。
「ルーファスはルーファス、お前はお前だろ。誰もルーファスの代わりなんて期待しちゃいないよ」
「それってわたしが前マスターより劣るってことですか?」
「ま、そんなこと言ってるようじゃダメか」
「ふざけないで…!」
 怒鳴ろうとしたところへ他のみんながぞろぞろと帰ってくる。
「ふぃー疲れたー」
「先輩、明日は勧誘お休みにしません?」
 セシルが提案する。決めるのはマスターのわたし。思うように勧誘が進まなくてみんな疲れてる。分かってるけど、だけど、まだ1人も集まってないのに。
「いいわよ、休みたい人は休めば?わたし1人でも勧誘するから」
「そういう言い方って…」
「何よ、わたしは精一杯やってるわよ!誰も分かってくれないんだわ…」
「いい加減にしろよ!」
 チェスターが怒鳴る。だんだんと崩れていくのが分かる。
「頑張ってるのてめぇ1人じゃねぇだろ!」
「だから休みたければ休めばいいって言ってるじゃない!勝手にしてよ!」
「落ち着けって!どうしちまったんだよソーニャ」
「わたしは…っ」
 背後にデイルの視線を感じる。どんどん距離が離れてく。
 少しの沈黙のあと、シンシアがぽつりと呟いた。
「おにーちゃんがマスターのほうがよかったな…」

 沈黙が止まって、空気が凍る。
「シンシアーーー!?」
「だ、だってぇ」
「謝るんだ早くっ!せせ先輩シンシアも決して悪気があったわけじゃないですから!ねっ?」
 セシルの声は聞こえない。拳がぶるぶると震えて、反論しようにも反論できなくて、わたしは子供みたいに喚くだけだった。
「そうよ、わたしはあの人みたいにはなれないわよ!じゃあみんなで呼び戻しに行ってくれば!?ソーニャじゃマスター不適格だって!」
「だから落ち着けってソーニャ!」
「離してよ!!」
 マックスの手を激しく振り払ってそのまま部室を飛び出した。デイル・マースの見てる前で。どこをどう走ったかもわからないまま、抑えきれなくなった涙がぽろぽろ頬を転げ落ちる。これが、こんなのが、ソーニャ・エセルバートの姿だった。


 誰も通らない校舎裏の片隅で、わたしは膝を抱えてうずくまってた。
 ちょっと辛かったくらいで部室から逃げ出した。マスター失格。もうアカデミーには戻れない。戻ってもみんなに会わせる顔がない。
 最初はあんな大口叩いて結局はこの始末。
「ソーニャ?」
 聞き慣れた声。今は心臓を氷で掴まれた気分だった。こんな姿だけは見せたくなかった。
「どうしたんだ」
「マスター…」
「今のマスターはお前だろ」
 顔を伏せたまま首を横に振った。わたしはマスターじゃない。彼みたいにみんなに好かれてない。彼みたいにみんなに優しくできない。そう、わたしは昔から口うるさいだけの嫌われ者だったのに、なんでマスターが務まるなんて思ったんだろう。
「わたしには無理だったんです」
「おいおい…」
 彼は隣に腰を下ろすと、ぽつぽつと話し出した。
「マスターってもそんな特別な存在じゃないよ。俺だって勧誘は先輩に手伝ってもらったし、活動もみんながいたから成り立ったんじゃないか」
「‥‥‥‥‥」
「またいつもみたいに1人で背負い込もうとしてたんじゃないのか?何のためのウィザーズアカデミーだよ。みんながいてこそだろ」
 なんでわたしはマスターやってるんだろう。
 昔は自分の勉強しか興味なかったのに。なんで今は部員集めようと必死になってるんだろう。
「ソーニャ」
 このアカデミーに入って、昔は見えなかったものを見つけたから…
「どうする?」
「…戻ります」
「そうか」
 制服の袖で目を拭うと自分を叱咤して立ち上がった。どちらにせよ前に進む道はひとつしかない。自分を叱咤してなんとか立ち上がり、重い足を引きずって部室へ向かう。
 でも彼がわたしの隣を歩いてくれた。少しだけ足が軽くなった。
「あの、マスター…」
「ん?」
「…部員、あんまり集まらないかもしれません」
 彼の手がぽんとわたしの肩を叩く。
「やるだけやって、結果は後から考えればいいよ」
「はい…」
 アカデミーマスターはわたしだけど、わたしのマスターは彼だった。卒業しても、これからもずっと。

 おそるおそる扉を開けるとマックスの毛深い手がわたしを引っ張り込んだ。
「いやー帰ってきたか!心配したぜうんうん」
「ほら、シンシア」
「うみゃ…ソーニャちゃんごめんなさい〜」
 チェスターはぷいと横を向いている。みんながいる。この場所をなくしたくないし、新しい誰かに来てほしい。それが理由だったじゃない。
「…こっちこそ、ごめんね」
 ようやく肩の力が抜けて、わたしはみんなに謝った。部屋の中にほっとした空気が広がる。最初からつまづいちゃったけど、まだ間に合うかな。
「ま、あれだな」
 デイルがひらひらと手を振った。
「ソーニャが不満なら俺が復学してマスターになってもいいぞ」
「これからも頑張ろうぜソーニャ!」
「よろしくね、ソーニャちゃん!」
「お前らな…」
 思わず吹き出して目をぬぐって、ふと扉の向こうに立ち去ろうとする彼が見えた。
「マスター!」
「俺はもうマスターじゃないよ」
 半開きの扉の向こうから声がする。
「俺がマスターの頃もさ、みんな文句ばっかで、でも誰もやめないで一緒にいてくれて、終わってみればいい思い出で…」
 それが受け継がれて新しい力になる。
「そうやって続いてくんだよな」
「…はい」
「頑張れよ、みんな」
「はい…!」
 みんながそれぞれに頷いて、そのまま静かに扉は閉まる。わたしたちのアカデミー。わたしたちの大事な場所。だからもっと他の誰かに、この場所のことを知ってもらおう。
「…明日も勧誘に行きたいんだけど、いいかな」
「やります!」
「仕方ねぇな」
「うん!」
 なんの縁もなかったみんなが本当にたまたま出会えた偶然だから。
 この奇跡をいつまでも起こし続けようね。


 次の日もわたしとチェスターは勧誘に出かけた。他のみんなも学園のどこかで頑張ってる。
「だいたいてめーは何でも自分でやろうとするから悪いんだよ」
「分かってるわようるさいわね」
「俺たちだっているんだからよー…」
「だから分かったってば…ありがとう」
 チェスターはぷいと横を向く。いつの間にかもう見慣れてる。
「さ、始めましょう。チェスターはあっちね」
「お、おうッ」
「今日も張り切って勧誘するわよ!」
 多くの不思議と多くの奇跡。知らない人と出会って、いつの間にかマスターなんかになって、でも不思議な偶然は、これからも起こり続ける。
「ちょっといいかしら?わたしウィザーズアカデミーの者なんだけど…」
 その一瞬の点に今のわたしがいる。1年後に振り返ったときどう思うんだろう?
 今はまだ分からないから、今できることをしよう。それが連なって軌跡になる。わたし1人じゃなくて、今いる仲間たちと。そしてまだ見ぬ新しい仲間と、その軌跡を広げていこう。

「楽しいところよ、ちょっと変わった人も多いけどね。
 必ず何かが見つかるから…良かったら見学に来てみてね」






<END>






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