この作品は「ONE〜輝く季節へ〜」Tactics、および(c)「CLANNAD」(c)Keyの世界及びキャラクターを借りて創作されています。
葉鍵板SSコンペスレ第三十回(テーマ:「過去のテーマ・再び」)に投稿したものです。
乙女対決!七瀬VS智代
「それでは、この件はこの方針で進めることにする」
今日も働く生徒会。会長のリーダーシップで会議は滞りなく終わり、役員たちから賞賛の声が上がる。
「さすが坂上だ。どんな懸案もすぐ片づくぜ」
「坂上万歳!」
「ジーク坂上!」
(私の女の子らしさはどこへ行ってしまうんだろう…)
責務を全うすることに異論はないが、女の子らしい女の子からどんどん離れていくような気がして憂鬱な智代である。
溜息をつきながら帰り支度をしていると、生徒会室の扉が開いて女生徒が顔を出した。
「坂上さん、大変ですよー」
「どうした宮沢さん。というか、もう少し大変そうな顔をしてくれ」
「すみませんー。でも坂上さんに勝負を挑みたいという人が、校門に来てるんです」
「何っ!」
うんざりだが、放っておくわけにもいかない。沈痛な面もちで、早足で廊下に出る。
「まだこんなことが続くのか…。私の過去は消えないんだな」
「違いますよ。坂上さんが女の子らしいと聞いて、乙女勝負を挑みに来たそうです」
足が止まった。
ぎぎぎ、と機械のように有紀寧の方を向いて、そのまま壁際まで飛びすさる。
「う、ウソだっ! そうやって私をかついで笑い物にする気なんだろう!」
「そう疑心暗鬼にならないでください。わたしの兄も言っていました。坂上智代の蹴りは巨象をも倒すが、そこには女の子らしさが秘められていると…」
「全然誉められた気がしないぞ…」
「でも乙女勝負は本当ですよ。ほら」
有紀寧の指さす方を見ると、確かに窓の向こうの校門に見えるのはいかつい不良ではなく、両側に垂らした髪を大きなリボンで留めた女の子だった。
頬をつねるとちゃんと痛い。智代はにやける顔を押さえながら、とにかく急いで校門へ向かった。
一方の校門では、他校の制服を着た女生徒が不敵に校舎を見上げていた。
「ふふ…早く来なさい坂上智代。今こそ誰が本当の乙女かを証明してみせるわ!」
彼女の名は七瀬留美。乙女を目指し乙女の道を進む一介の少女である。
「で、なんで瑞佳がついてきてるのよ」
「だって乙女勝負だなんて心配だよ…。
いつものようにドジってボロ負けして落ち込むんじゃないかって心配だよー。
いつだって七瀬さんのことが心配だよー!」
「だーっ! 親切なのかコケにしてるのかどっちよっ!」
そうこうしているうちに、智代が駆け足で到着する。
「!」
一陣の風が吹く中、二人の自称乙女が対峙した。
「おまえが挑戦者か。私がこの蔵等高校の生徒会長である坂上智代だ」
「その安直な学校名やめましょうよ…」
堂々と名乗る相手に、留美も負けじと胸を反らす。
「自己紹介どうも。あたしは椀加賀谷九鬼瀬杖高校の七瀬留美よ」
「そんな名前だったんだうちの学校…」
「坂上さん! あなたが女の子の中の女の子と聞いてはるばるやって来たわ。どちらが真の乙女に相応しいか勝負よ!」
「……」
「どしたの?」
「いや、ちょっと感動が…」
そっと涙を拭い、爽やかな笑顔を見せる智代。
「いいだろう、だが私は手強いぞ。何しろとっても女の子らしいからなっ!」
「望むところよ。あたしの乙女ぶりを見て驚くことね!」
「それで勝負方法は何だ?」
「え? ええっとー」
「それくらい考えてこようよ…」
「う、うるさいわねっ。この計算と打算のなさがピュアな乙女の証なのよ」
「話はわかりました」
と、いつの間にか二人の間に小柄な少女が割り込んでいる。
「ここはこの唐突に参上した風子に任せてもらいましょう」
「何? このちっこいのは」
「子供には危険だぞ。下がっていなさい」
「わーっ、二人とも失礼ですっ! とても乙女の態度とは思えませんっ」
「な、なかなか可愛い女の子よね」
「うん、小さくて女の子らしいぞ。私の身長をあげたいくらいだ」
「欲しいのはやまやまですが、それより勝負です。二人にはこれを使ってもらいます」
そう言って風子が掲げたのは、立方体の木片である。
「芸術対決ですっ! この木を彫って、どちらが可愛いものを作れるかを競ってください」
(芸術…!)
(可愛い…!)
「ちなみにお奨めはヒトデです」
「ヒトデ…! 確かにオトメと似ているような気がするわ…!」
「トしか合ってないぞ」
とりあえず渡された木片を手に、二人はセコンドとともに美術室へ移る。
「七瀬さん、彫刻できるの?」
「あ、当たり前じゃない。いいわ、あたしがこれから彫る『高原で帽子を押さえて佇む乙女・プロヴァンス風』を見て腰を抜かしなさいよ」
「そのタイトルだけで腰を抜かしそうだよ…」
一方で、彫刻刀を握ったまま固まる智代。
「宮沢さん。私は何を彫ればいいんだろう…」
「それは自分で考えないと意味がないですよ」
「そうは言っても、木刀くらいしか思いつかないんだっ!」
「荒んだ人生を送ってきたんですねー。でもほら、この木片の大きさでは木刀は無理ですし、心に浮かぶ通りに彫ればいいのではないでしょうか」
「そ、そうか?」
そして三十分後。
「そこまで!」
風子の号令と同時に、智代は手の中の物体を見て肩を落としていた。
「し、手裏剣になってしまった…」
「ドンマイですよー」
「すごいですっ!」
「え…」
「んーっ、この肌触りはまさにヒトデですっ! 足が一本少ないのがそこはかとなく斬新です」
「そ…そう?」
「10点満点をあげますっ!」
一方の留美は…
「……」
「これ、何だか聞いてもいいですか?」
「…高原で帽子を押さえて佇む乙女・プロヴァンス風…」
「謎の物体Xにしか見えないのは仕様ですか?」
「ひんっ…」
「評価不能、0点です。それでは風子でした。ヒトデ・グッドバイ」
風子が文字通り風のように去った後には、床に両手をついた留美が残った。
「負け…? こうもあっさりあたしの負けなの? フフ、フフフ…」
「ち、ちょっと待ってくれ」
さすがに手裏剣で勝っても嬉しくないので、慌てて止めに入る智代。
「こういうものは、やはり三番勝負が定番ではないだろうか」
「え…」
「私たちの戦いはこれからだ!」
「あ…ありがとう! 次は負けないわよ!」
「すごく男らしい人だよ〜」
「それ、本人には言わないでくださいね」
次なる勝負の場を求め、一同は学生寮へ移動した。
「はぁ…いきなりそんなこと言われてもねぇ」
「頼む美佐枝さん。あなたのような理想の女性にこそ勝負方法を決めてほしい」
「確かに、その胸は乙女に相応しいわね」
「どこ見てんのよっ! まあ、料理対決でもすればいいんじゃないの? 安直だけどさ」
(料理…!)
自信に満ちた智代の表情に対し、七瀬の額を冷や汗が落ちる。が、ここはハッタリをかましておく。
「フフ…坂上さん、降参するなら今のうちよ? こう見えてもあたしはクマさんクッキーを作るほどの実力者なのよ!」
「く、クマさんクッキーだと…! 呼び方からしてラブリーだぞっ!」
「じゃ、寮の台所使っていいから」
台所の端と端に別れ、2つのグループはさっそく作業に取りかかる。
「どうしよう宮沢さん…。私は料理は得意だが、クッキーとかは作れないんだ」
「そう深く考えなくても、普通の料理でも十分女の子らしいと思いますよ?」
「そういうものか」
留美はといえばやっぱりクッキー。
「そういえば、どうしてクマさんなの?」
「え!? ほ、ほら、乙女といえばテディベアじゃない?」
「そうなんだ。女の子らしいね」
(言えない…。初めて作った日にたまたま履いてたのがクマさんパンツだったからだなんて…)
そして料理が完成。美佐枝さんが舌鼓を打つ。
「んー、どっちもまあまあねぇ」
「そんな淡泊な」
「もっとこう、『材料の風味と調理技術が見事なハーモニーを!』みたいな評はないの?」
「あたしゃ料理漫画の審査員かいっ。まあ味は似たようなもんだから、品数の多さで坂上さんの勝ち」
「えええー!?」
2連敗…! 意気揚々と乗り込んできておいて、この結果はあまりにも惨め…!
だが…
「待つんだよもん!」
持つべきものは友達だった。
「実は七瀬さんは、クッキーしか作れないんだよ」
「って、なに追い打ちかけてるのよっ!」
「ううん、それこそが乙女にしか為せない技なんだよっ。ただ乙女になりたいがために、不器用な七瀬さんがひたすらクッキーの練習だけを重ねてきたんだよ…。このクッキーにはそんな想いがこもってるんだよっ!」
「そ…そうだったのかー!」
暴露された事実に、智代は衝撃のあまりうち震える。
「ま、負けた…。私は料理とは、空腹を満たすものとしか考えていなかった…!」
「いやそれが普通なんじゃ」
「見事だ七瀬さん。この場は潔く負けを認めよう」
「そ、そう…。瑞佳、なんか複雑だけどお礼言っとくわ」
「うんっ」
かくして勝負は一勝一敗。最終戦に持ち込まれた。
「次はどうするんですか?」
「こう間接的じゃなくて、直接乙女できるものがいいわね」
「そうだな。お姫さまなんて女の子らしくていいぞ」
「そんなの無茶だよ…」
「それなら演劇部がいいよ〜」
間延びした声に振り向くと、黒髪の上級生がにこにこと立っている。
「みさき先輩!? どうしてここに」
「雪ちゃんがここの演劇部の指導をするっていうから、手伝いにきたんだよ」
「この学校に演劇部なんてありましたっけ?」
「そういえば、設立したいという要望だけ出ていたな」
みさきに案内されてぞろぞろと空き教室に向かうと、中から厳しい声が聞こえる。
「何をやっているの古河さん! その程度で演劇部を作れると思うの!?」
「ううっ…すびばせん〜」
「泣いてる暇はないわよ。発生練習千回!」
「あえいうえおあおー」
「な、なんか怖い雰囲気ね…」
「大丈夫だよ。雪ちゃんはちょっと鬼部長だけど、心の底は…やっぱり鬼なんだよ」
「聞こえてるわよ、みさきっ!」
「わあっ、冗談だよ〜」
扉が開き、中には鬼部長と本日の教え子、そして小柄なスケッチブック少女がいた。
『いらっしゃいなの』
「三人とも、実はかくかくしかじかなんだよ」
「そ、それは素晴らしいことですっ。坂上さん、七瀬さん、どうぞ演劇部の舞台で思う存分対決してください」
「それはいいけど、何の劇をやるのよ」
「そうですね。シンデレラなんてどうでしょうか」
「初心者向けには丁度いいわね」
『王道なの』
(シンデレラ…!)
その内容を思い出し、途端に二人の間に火花が散る。
「当然シンデレラはあたしよね」
「何を言ってるんだ。私に決まっているだろう」
「うーん、ちょっとヒロインが一人の劇は無理ではないでしょうか」
有紀寧が困り笑顔を浮かべていると、七瀬の腕がちょいちょいと引かれる。
「何よ瑞佳。あたしにカボチャの馬車をやれって言いたいわけ?」
「誰もそんなこと言わないよ。それよりいいアイデアがあるんだよ」
「え、何? ふんふん、なるほど…」
瑞佳に耳打ちされ頷く留美。納得したように顔を上げ、シンデレラ役を智代に譲った。
不思議そうな顔の智代だが、とにかくヒロインをできるということで断る理由もない。演劇部員たちも動きだし、即席の劇の準備が始まった。
「とりあえず人手として通りすがりの天才少女ほかに来てもらったわ」
「いじめる? いじめる?」
『こんにちはなの』
「こんにちはなの」
『なの』
「なの」
「わけわかんない会話してるんじゃないっ!」
衣装はかつての演劇部が使ったものを引っぱり出し、いよいよ舞台が幕を開ける。
『はじまりはじまり』
「昔々あるところにシンデレラがいて、継母や姉にいじめられていたの」
「どうしてあんたなのよ…! 喧嘩が強いだけの…!」
「えっと、占いをします…。シンデレラさんに彼氏なんかできません」
「ああ、なんて可哀想なこの私」(棒読み)
その様子を部屋の端で、審査員の雪見とみさきが細かくチェックする。
「ちょっと智代ちゃんは演技が固いね」
「それは初めてなんだから仕方ないわ。それよりみさきには見えないの? あの坂上さんのぎこちなさに表現される女の子らしさが…」
「見えないよ〜」
「坂上さん、恐ろしい子…!」
雪見がわなないている間にも劇は進む。
「お屋敷にお城への招待状が届けられたの」
『たの』
「あんた留守番ね♪」
「留守番です♪」
「理不尽だ! だんこ抗議するぞ」
「坂上さん。役、役」
「はっ。なんて可哀想なこの私」
一人残されたシンデレラが憤然と箒を動かす中、場面は次へ。そういえば魔法使い誰だったっけ…と皆が考えた時である。
突如始まったBGMとともに、それは華麗に舞台へ舞い降りた。
「魔法少女プリティルミー! お呼びでなくても参上よ!」
「ま…魔法少女だとぉぉぉぉ!!」
ミニスカートに大きなステッキ、可愛い髪飾りでポーズを決める留美の姿は、智代に打撃を与えるのに十分だった。
(や、やられた…。シンデレラよりよっぽどインパクトが強いじゃないかっ。
しかし悔しいが私にこの役はできん! プリティトミーなんて語呂が悪いし!)
「よくわからないけど、乙女らしい気がするよ〜」
「恐ろしい子ー!」
審査員たちにも受けて、瑞佳は嬉しそうに声援を送る。
「七瀬さん、頑張れ〜」
「ううっ…。好評なのはいいけど、この衣装は恥ずかしいわよっ」
赤面しながらも、やけくそ気味にステッキを振る魔法少女留美。
「シンデレラ、あなたにドレスと馬車をあげるわよっ。エロイムエッサイムー」
即席の劇なので衣装が替わる仕組みなどはなく、智代は部屋の端へ行ってドレスを羽織る。
念願のドレスの筈なのに落ち込み気味の智代を見て…有紀寧がそっと、その両手を取った。
「坂上さん、諦めてしまうのですか?」
「宮沢さん、それは…」
「まだ勝負は始まったばかりじゃないですか」
「…うん、そうだな」
吹っ切った顔で戻る智代。留美も油断は出来ないと気を引き締める。
ドレスを着た智代と魔法少女は、微妙な緊張感を漂わせながらお城へ向かった。
『さてさて、お城にたどりついたシンデレラと魔法少女』
「そこでは王子様が結婚相手を探していたの」
「は、はいっ。わたしですっ」
ぶかぶかの王子服を着た渚が、転びそうになりながら前に出る。
「ああ…でもわたしなんかが王子様役でいいんでしょうか。もっと相応しい人がいるような気がします。わたしなんて勉強もスポーツもダメですしっ。可愛くもありませんしっ。生まれてきてすみませんすみませんっ」
「そこまで卑屈だとかえってイヤミよ…」
「そうだぞ、産んでくれたご両親に失礼じゃないか」
「はっ、確かにその通りです。えーと、わたしは神に選ばれた人間です。わたし以外はミジンコです。って、すごく傲慢なことを言ってしまった気がしますっ」
「頼むから演技をしてくれ…」
と言われても、ヒロインが二人では王子もどちらと踊ればいいのかわからない。
「どうしましょう…。こんなのわたし、選べないです」
『そこで王様の出番なの』
「ふむ…ここはどちらかに辞退してもらうしかないの」
「な、なんだってー!」
二人の間の緊張感は膨張し、一気に破裂した。
互いにジト目を向けながら、刺々しい言葉を交わす。
「シンデレラ、誰のお陰で城に入れたかわかってるわよねぇ? 少しは遠慮したら?」
「何を言う恩着せがましい。お前の目当てはこの招待状だったんだろうが」
「…この場で決着をつけるしかないようね」
「勝負ということだな」
「いや、劇自体が勝負だったんじゃ…」
「名前対決! あたしの名前の方が何となく可愛い!」
「家族対決! 私は家族思いのいい長女だっ!」
「友人対決! 瑞佳は可愛くて優しくて折原のバカすら許すほど心が広いのよ!」
「宮沢さんだって美少女だし人当たりがいいし不良に慕われるほどの人格者だぞ!」
「話がずれていってますよー」
もはや口では埒があかぬと、二人は距離を取って身構えた。
「やはり、直接拳を交えるしかないようだな!」
「ふっ、望むところよ」
「ええー!? お、落ち着いてよ。ど、どうしよう宮沢さんっ」
「困りましたねえ」
「この人だけ落ち着いてるよっ。ね、七瀬さん。深呼吸した方がいいよ。はぁーってしてよ」
「はぁぁーーー!!」
「なんか違うー!!」
「くっ、なんという気合いだ。相手にとって不足はないな!」
もはや誰にも止められず、ついに魔法少女対シンデレラの激闘が始まった。
拳と拳、蹴りと蹴りが交錯する中、雪見が悲しそうな瞳で呟く。
「空しいものね…。けど、いつかはこうなる展開だった気がするわ」
「雪ちゃん、それシンデレラじゃないよ」
しかし留美の拳は、しょせんは浩平に血反吐を吐かせる程度である。
幾多の不良たちをなぎ倒し、春原の顔面を変形させる智代の蹴りには及ばなかった。
「きゃぁぁぁーー!!」
車田正美風に吹っ飛び、頭から床に激突する留美。
「がはっ…。ど、どうやらあたしの時代もこれまでのようね…」
「すまない…。これも時代の流れと思って諦めてくれ」
「はっ! でも喧嘩が弱いってことは、あたしの方が乙女らしいんじゃあ?」
「し、しまった! 試合に勝って勝負に負けるとはこのことかぁっ!」
「やった! 最強ヒロインとかストリートファイターとか色々つけられた汚名も、これであんたにプレゼントよっ!」
「そんなぁっ! 待ってくれもう一度戦おう! わざと負けるから!」
「醜い争いだよ…」
「あのー、ちょっといいですか?」
収拾がつかなくなっている中を、有紀寧が軽く手を挙げる。
「最初から気になってたんですけど、七瀬さんはどこで話を聞いたんですか? 坂上さんが女の子らしいって」
「どういう意味だ宮沢さん…」
「いえ、少し気になっただけですよー」
留美はきょとんとして、起き上がりながら答えた。
「そりゃあインターネットよ。乙女が集まる乙女のサイトに書き込まれてたのよ。『蔵等高校の坂上智代は宇宙一女の子らしいぞ』って」
「そうなんですかー」
「誰がそんなこと書いたんだろうね」
誰がそんな大ウソ書いたんだろうね、とは誰も言わなかったが、そんな雰囲気が場に漂う。
その沈黙に耐えかねたように、智代がゆっくりと崩れ落ちた。
「す、すまないっ…。つい出来心でっ…!」
「自作自演かい!」
「だって…だって誰も私のことを女の子らしいって言ってくれないんだもん!」
『だもん、じゃねーよ。なの』
「実際女の子らしくないんだから仕方ないじゃない」
「雪ちゃん、本当のこと言っちゃ悪いよ」
「うわぁぁぁぁぁん!!」
「あ、坂上さん!」
ドレスを翻して泣きながら駆け去る智代。
それを、留美は必死で追いかけた。自分の姿を重ね合わせるように。
ドレス姿のシンデレラは、屋上の隅にうずくまっていた。
瑞佳や有紀寧たちが扉の影から見守る中、留美はゆっくりと近づいていく。
「笑え、笑ってくれ…。私はもう坂上智代であることに疲れてしまったんだ…」
「あほっ、笑ったりするわけないでしょ。あたしにも気持ちはわかるもの…」
「え…」
「世間の偏見って悲しいわよね…。あたしもお淑やかで優しい女の子なのに、なぜか世間では漢女なんて根も葉もないことを言われてるわ…」
「……」
「何よ瑞佳その顔はっ!」
「な、何も言ってないよ〜」
こほんと咳払いして、留美は智代の肩に手を添える。
「だけどあたしは諦めないわよ! リボンをつけて、本当の乙女になるんだって決めたんだから。こんなところで立ち止まってられないわよ」
「七瀬さん…」
「だから…さ、あんたも泣き言いわないで、もう少しだけ頑張ろうよ」
「ありがとう…。あなたのその根拠のない自信が羨ましいぞ…」
「誉めとらんわっ!」
智代は立ち上がり、とても女の子らしい顔で留美と握手した。
「もう、勝負をする意味はないな」
「そうね。そもそも戦うこと自体乙女らしくないような気もするわ」
「そんなの最初から気付いとけっちゅーねんー」
ことみのツッコミはとりあえずスルーされる。
「悲しいの…」
「わかってもらえたようですね。二人とも」
そしていつもの柔らかな笑顔で、二人の近くへ歩いていく有紀寧。
「二人は誰よりも女の子らしい女の子です。だって、女の子らしくなろうと努力するその姿こそが、真の乙女の証なんですから…」
「そ、そうか?」
「そう言われればそんなような気が」
「そうですよー。お二人の素晴らしさはわたしが一番よく知っています。ですから二人とも、今のままのあなたたちでいいんですよ」
後光の差すような有紀寧の笑顔に、感激の涙を流す乙女たち。
「ああ…!」
「ゆきねぇ様…!」
「なんか洗脳されてるー!」
「くすくす…これで二人ともゆきねぇ教の信者です」
【ゆきねぇ教】もっともらしい説教とまったりした雰囲気で、不良共すら虜にする宗教。危険度A。
「な、七瀬さんもう帰ろうよっ! それじゃお邪魔しましたー!」
「あたしは乙女〜、あたしは乙女よ〜フフフ」
「また来てくださいねー」
ゆきねぇ様がハンカチを振る中、かくして遠方からの来客は元の学校へ帰っていった。
そして…
「というわけで、あたしの乙女修行の旅は終わったのよ」
「みゅ?」
「ね、前より少し変わったと思わない?」
「うー…たくましくなった」
「そんなこと言うのはこの口かぁっ!」
「みゃーーーっ!!」
「七瀬さん七瀬さんっ」
一方生徒会室では。
「どうだみんな、七瀬さんと同じ髪型にしてみたんだ。とても女の子らしいとは思わないか?」
『こわっ!』
「…もう一度…言ってみろ…」
『ひぃぃぃーーっ!!』
真の乙女への道はまだ遠いようだった。
<END>
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