この作品は「こみっくパーティ」「To Heart」(c)Leafの世界及びキャラクターを借りて創作されています。
隠しキャラに関するネタバレを含みます。
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由宇SS: プロ作家への道
暑かった夏こみも終わり、俺と由宇とおまけの大志はお好み焼き屋で打ち上げを開いていた。
「完売おめでとうっ! また一歩野望に近づいたな、まい同志ズ」
「由宇まで巻き込むなっ」
「野望といえばなぁ…」
鉄板に生地を広げながら、呟くように口を開く由宇。
「ウチ、そろそろ本気でプロデビュー目指そうと思うねん」
「え!?」
「そっちへ行くか猪名川由宇。我々もうかうかしてられんな」
そうか。由宇も同人じゃベテランだし、そんな話が出てもおかしくはないのか。俺より遙かに先を行ってるんだな。
「んで澤田編集長んとこ持ち込も思て、オリジナル描いてるんやけどなぁ…。今までパロばっかやったろ? どうもオリキャラは動いてくれんのや」
「なるほど…。パロディなら最初からキャラ立ってるけど、オリジナルはゼロからだもんな」
「やっぱウチ、才能ないんかなぁ…」
どうも元気がないと思ったら、そういうことだったのか…。俺もゲーパロしかやってないから助言のしようがないな。
と、大志が突然眼鏡を押さえて立ち上がる。
「甘い、甘いぞ猪名川由宇っ!」
「なんやいきなり」
「もとより性格などという曖昧模糊としたものを作り上げるのは至難の業。ここはひとつ具体的なモデルを想定して、それをコピーするがよかろう!」
「ア、アホ言うなっ。人様のキャラをパクるなんてできるかいっ!」
「誰がキャラと言った。パクっても問題ない存在がいるではないか」
そう言って、親指で俺を指す大志。
…え?
ぽん、と手を打つ由宇。
「そっかぁ! 周りの人間を元にすれば、読者には分からへんもんなぁ」
「待て待て待てっ!」
「いやあ、恩にきるで大志はん」
「案ずるな。強敵が一人去れば我々の同人界制覇も容易になるというもの」
「げ、現実の人間を元にするのはやめた方がいいぞっ。俺もネタに詰まって瑞希の高校時代の失敗をマンガにしたら、後でバレて半殺しの目にあってだな…」
「アホ、無断でやれば当たり前や。ネタにするなら本人の許可を得るのが筋っちゅうもんやろが」
ぐっ…。反論の余地がない…。
「ちゅうわけであんたの許可は取ったで。ええな和樹っ!」
「あああ〜」
俺のプライベートがネタにされてしまうのか…。
まあ由宇には同人始めた頃に世話になったし、そのくらいは協力するか。
「よっしゃ、創作意欲が湧いてきたぁ! 和樹、あとは焼いてえな」
「お、おい」
ヘラを投げてよこした由宇は、バッグから取り出した大学ノートを膝の上に広げる。
「へえ、アイデアノートか」
お好み焼きを焼きながら、肩越しに覗き込む俺。
その『主人公』と書かれたページに、由宇は以下のように書き込んだ。
・平凡な人間。顔はそこそこ良い
・大した甲斐性もないのに、なぜか女の子にはモテモテ
・そのくせ優柔不断
・結果として2股3股は当然
「由宇…もしかして俺のこと嫌いなのか…?」
「何言うてんねん、ウチほどあんたを理解してる奴はおらへんで。ほな、主人公の親友は大志はんがモデルっちゅーことで」
「うむ、我々の美しい友情を思う存分物語にするがいい!」
「…こんな憂鬱な気分は初めてだ」
そうこうしている間にお好み焼きが焼き上がり、皿に取って口に運びながら由宇のノートを見せてもらう。
その1ページ目は以下の内容だった。
※キャラクター概略
○主人公(男)
○主人公の親友(男)
○主人公の幼なじみで、世話好きな子(ヒロイン)
○ヒロインの親友で情報屋
○眼鏡っ娘(転校生 いじめられている)
○健気で一生懸命なロボット
○内気な超能力者
○無口なお嬢様
○ひたむきな格闘少女
「…無茶苦茶どっかで見たような気がするんだが…」
「何じゃいワレ、ウチのオリジナリティ溢れる設定にケチつけるんかい」
「いえっ、まったくもって気のせいでしたっ!」
首筋にヘラを突きつけられては、そう答えるしかなかった。
「ほ、本当にこれを編集長のところへ?」
「当然や。いやあ、やっぱキャラが固まると話も浮かぶわぁ」
言いながら、嬉しそうにお好み焼きを頬張る由宇。どうやら天然らしい…。
俺が何も言えないまま食べる方に専念している間に、由宇が何か思いついたらしく大志にノートを渡す。
「そうや大志はん、ラストシーンだけ実演してくれへんやろか?」
「うむ、おやすいご用だまいふれんど」
1ページだけ切ってあったコンテを熟読した大志が、俺へ”さわやかな笑顔”を向けて一言…
「和樹…我々、ずっと友達だよね…?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
死んだ…。
「なんや和樹、そないに感動したんか。これはデビュー即連載間違いなしやな」
「ふははははっ! せいぜい商業誌界にコネを作っておいてくれ、まいしすたぁっ!」
「今晩は悪夢を見そうだ…」
翌日。こみパ疲れで寝ていた俺の所へ、朝から由宇が殴り込んできた。
「主役はできたが他のキャラのイメージが固まらん! 取材や、取材に行くでぇっ!」
「取材って…。今日も暑くなりそうだぜ?」
「ええやんか、夏休みやろ。おたくやからって部屋に閉じこもってたら体に悪いで」
勝手な理屈で外に引っぱり出される俺。
うーむ、取材か。漫画家が休むときの口実くらいにしか思ってなかったからなぁ。
「一体何をどうするんだ?」
「まずは幼なじみのヒロインを固めんとな。みずきっちゃんちはどこや?」
「お、おいっ」
朝から高瀬家を襲撃する俺たち。すまん瑞希…。
「ち、ちょっと。あたしと和樹は高校の時の知り合いで、別に幼なじみじゃないわよ」
「そうなん?」
よく間違えられるけどな。
「ま、ええわ。朝起こしに行ったりしてるんやろ? どんな感じ?」
「ど、どうって…。別に…」
なぜだか赤くなる瑞希。言いづらそうなので、俺が代わりに解説してやる。
「大体いつも怒鳴られて、叩かれて、それでも起きないときは布団をひっぺがされるな」
「な、なによっ。あんたが起きないのが悪いんじゃない、バカっ!」
「ふんふん…。参考になるわぁ」
由宇はノートを広げ、その場でコンテを切った。
(ぐーすかと寝ている主人公)
あかり「浩之っ! とっとと起きなさいよっ、バカっ!」
(布団をはぎ取られ、ゴロゴロと転がる主人公)
浩之 「あ、あかりっ!? ち、ちょっと落ち着…」
あかり「ホントにもういっつもいっつも世話ばっかりかけて! いい加減うんざりなんだからね! このバカっ! バカっ!」(ゴスッベキッ!)
浩之 「ぐはぁぁぁっ!」
(その後、1ページに渡ってバイオレンスシーン)
…コンテを見せられた瑞希は、当然ながらぶるぶると肩を振るわせていた。
「あ…あたしここまで凶暴じゃない…っ」
「ま、まあマンガの話だからさ。な?」
「おかげさんでリアルな描写ができたわ。おおきになあ、みずきっちゃん」
「ま…マンガ描く奴なんて大っ嫌いっ! さっさと帰ってよ、バカーーっ!!」
バターン!
瑞希の家からつまみ出された俺は、呆然と閉じられたドアを見つめていた…。
「み、瑞希に嫌われた…」
「真に偉大な創作は大衆の反発を受けるもんや。さっ、次行こか」
「ううぅ…」
「次はヒロインの親友キャラやな」
「瑞希の友人で俺たちも知ってるのというと…玲子ちゃんくらいかな?」
あの2人はコスプレ仲間だからな。
由宇も了解し、玲子ちゃんのバイトしているゲーセンへと向かう。
「にゃはは〜。そーなんだぁ、猪名川さんも大変だね〜」
今日も気さくな玲子ちゃんは、二つ返事で取材を許可してくれた。
「んでこのキャラが情報屋っちゅう設定なんやけど、いつも話してる情報っちゅうとどんなやろ?」
「あたし? やおいの話とか、やおいの話とか、やおいの話とかかな〜」
おいおい。
「なるほど…。キャラクターとしては面白いかもしれんな」
由宇はそう言うと、キャラクター概略に一言つけ加える。
○ヒロインの親友で情報屋(ホモ専用)
「…ここまで嫌な情報屋は見たことがないぞ…」
「あかんなあ、偏見は。玲子ちゃんもなんか言うたってえな」
「そだね〜。まあ趣味の問題だけど、やっぱ男女の恋愛って生物学的本能ってゆーか、そういうとこあるでしょ?」
「そ、そうかな?」
「同性愛ってそういうのが無いから、より純粋な恋愛感情だけって気がするんだよね〜。なんちて」
そ、そうだったのか。やおいにそんな深い真理があったとは…。
「くっ、どうやら俺が間違っていたようだ」
「いや、マジに取られても」
「するってーとこんな感じやな」
すらすらとノートにコンテを切る由宇。
志保「にゃはは〜、志保ちゃん情報〜」
(黒板にやおいシーンの落描き)
志保「なんとっ! A組の千堂和樹君と久品仏大志君がデキてるって噂だよ〜。前から怪しいと思ってたんだよねぇ」
「ちょっと待てーーっ!」
「何やねん、騒々しい」
「何だよ千堂和樹と久品仏大志って! あらぬ噂が立つだろーがっ!」
「細かいやっちゃなぁ。マンガの話や、気にせんとき」
「名前出されれば気にするわっ!」
「たまたま一緒なだけやろがっ! Keyは全国の久瀬さんに謝ったんか!? 謝ってへんやろっ! つまり名前は公共の財産っちゅーことや」
駄目だ…。由宇に常識を説くだけ無駄だった…。
頭を抱える俺の隣で、ノートを食い入るように見る玲子ちゃん。
「へ〜、そうだったんだぁ〜。やっぱりねぇ〜、うんうん」
「れ、玲子ちゃん。頼むから納得しないでくれ」
「ほらっ、とっとと次行くで」
「あああ〜」
「次はこのキャラや!」
由宇はキャラ概略の中から、『健気で一生懸命なロボット』の一文を指さした。
「作者的に一押しなんやけど、健気っちゅーんが上手く表現できへんねん」
「そりゃ、由宇とは縁のない単語だからな」
「あはははは。ま、せやからここに来たんや」
そう言って、『塚本印刷』と書かれた扉を叩く。
「千紗ちぃ、おるか〜?」
「あっ、関西のお姉さん、いらっしゃいませぇ。お兄さんも、どうしたんですか?」
事情を話す俺たちの隣で、今日も印刷機は回っている。
「千紗ちゃん、夏休みなのに仕事?」
「はいです。印刷所に夏休みはないですよ。千紗も印刷所の娘ですから、夏休みなんて関係ないです」
ううっ、相変わらず健気な子だな。思わず鼻をすする俺と由宇。
「ええ話や、ええ話やで。ウチの作品にも反映させてもらいます」
浩之 「よおマルチ。今日も掃除か?」
マルチ「はいです☆ わたしが働かないと研究所の借金が返せないですよ。一生懸命お掃除して、開発者の皆さんに楽させてあげたいです」
「そんな貧乏な研究所にメイドロボが作れるのか?」
「だー細かい揚げ足取りをごちゃごちゃとうるせー! もっと全体を評価しやがれボケーーッ!!」
「にゃぁぁ〜。マルチさん可哀想ですぅ」
「見てみぃ、このくらい素直に感動でけへんのか! 千紗ちぃはええ子やなぁ〜」
「にゃぁ〜」
由宇にあごの下をくすぐられ、ごろごろと喉を鳴らす千紗ちゃん。もういい、何も言うまい…。
「むっ、千紗ちぃを見て新たなインスピレーションが湧いてきたで」
「今度はなんだ?」
「このキャラ、猫型ロボットにするんはどうやろか!?」
「何ぃー!?」
「つまりこうやっ!」
しゅばばばばば! ノートの上に由宇の鉛筆が走る。
(掃除をしているところへ、ネズミが出現!)
マルチ「にゃぁぁ〜! ネズミです、人類の敵ですぅ!」
浩之 「マ、マルチ?」
マルチ「秘密道具を出しますぅ! 『地球破壊爆弾』〜!!」(ペカペカーン)
地球崩壊の描写(2ページ見開き)
「なんのマンガだよこれ…」
「にゃああっ! 千紗のせいで地球が壊れちゃうですかぁ!?」
「安心しぃ、こういう無茶な事態は夢オチか妄想と相場が決まっとるんや」
「そうですか。安心ですねぇ」
「んなもんに見開き使うなよ…」
「型にはまった創作でプロになれるか、アホォッ!」
由宇、お前は一体どこへ行くのか…。
「無口な奴って何考えてんのかよう分からんし、内面描写もしづらくてなぁ」
「なるほど…」
俺も表面的には描いていたが、内面まで考えたことはなかったな。
ということで俺たちは文具店へ向かった。
くいっ、くいっ
お、この引きは…
「こんにちは…」
言うまでもなく彩ちゃんだ。
「よっ、彩ちゃん。実はかくかくしかじかや」
「内面、ですか…? 普段は、色々なことを考えてますけど…」
「例えば?」
「…さっきまでは、西の空を飛ぶピンクのカバさんのことを考えてました…」
さ、さすが彩ちゃん。その思考があってこそあの独創的な作品が生まれるのか。
「それをマンガにするんは難儀やでぇ…。会話してるときはどうなん? 今もカバのこと考えてるとか?」
「別に…普通です…。話す内容を考えてます…」
「そりゃそうだ、俺たちだってそうだろ」
「するとこんな感じやねぇ…」
浩之「よっ、センパイ。いい天気だな」
芹香(そうですね…。こんな日は、気分もウキウキしてきますね…)
浩之「何してんだ?」
芹香(魔法実験の、準備です…。生け贄にする黒猫を…探してます…)
浩之「ははは、魔法の練習か? 相変わらずだな」
芹香(魔法を笑うものは魔法に泣きます…。ちなみに本日の実験は、聖ソロモンの魔法陣に黒猫の血と蛾のすり身を加え、セバスチャンのヒゲをブレンドして…)
「どこが無口キャラだよ…」
「フキダシの形が違うやん」
「にしたって、コマのほとんどが文字で埋まってるぞ!」
「いや、そこが斬新な無口キャラなんや! 自分の才能の怖さに身震いしてきたで」
俺は頭痛がしてきた…。
「ウチがマンガ界に新風を吹き込むんやー! ほな彩ちゃん、またな!」
「ヘンな人…ですね」
「彩ちゃん、そのセリフは心の中だけにした方がいいと思う…」
「俺もう帰っていい?」
「まあ待ちぃ。内気なキャラっちゅーんもウチ苦手なんよ」
確かに、由宇のマンガは元気と勢いが身上だからな。
って…。
「いきなりこんな所来て、あさひちゃんが会ってくれるわけないだろっ!」
スタジオの前で思わず叫んでしまう俺。
「他に内気な子って知らんもん」
「そうだけどさぁっ! あさひちゃんだって仕事なんだし…」
「あ、あの、その、か、か、和樹さんっ」
振り返ると…電柱の陰にあさひちゃんがいた。
「ご、ごめんなさい。ぜ、ぜ、ぜんぶ聞いちゃいました、あの…。あ、あたしで良ければ協力しますっ」
「ホンマか!? ほらなあ、言ってみるもんやろ」
「ううっ、なんていい子なんだ…。本当にマンガが好きなんだな」
が、目の前でノートと鉛筆を構えた由宇に、緊張しまくりのあさひちゃん。
「え、あ、あの、あたしは何すれば…」
「ま、適当に喋ったってえな」
「え!? え、えと、その、台本…は、ないですよね。えと」
「‥‥‥」
「あ、あう、あの、その、あの」
「あーっイライラするぅ! もっとハッキリ喋らんかいぃぃっ!!」
「コラコラ」
「はっ! あかんあかん、つい…」
あさひちゃん半泣きになっちゃったじゃないか…。由宇が慌ててフォローを入れる。
「いや、おおきにな。おかげさんでキャラのイメージが固まったで」
「え、そ、そうですか? あ、あたし、嬉しい…です」
「この超能力キャラは…こうやっ!」
(主人公が屋上から落ちかける、緊迫のシーン!)
浩之「琴音ちゃん、超能力で助けてくれ!」
琴音「そ、そんな、でも、あ、あたしなんて」
浩之「大丈夫、自分の力を信じろ!」
琴音「あ、あの、わ、わかりました。や、やってみますっ」
(いきなりステッキを取り出す琴音)
琴音「らーめんたんめんたんたんめん!
れいめんにゅーめんひやそーめん!
カードエスパー琴音! はじめからいるけど、ただいま参上!」
(点描トーンをバックに、主人公の体がふわりと浮かぶ)
浩之「ありがとう、琴音ちゃん。いや、カードエスパー琴音…」
琴音「あ、は、恥ずかしいです…」
「くーっ、萌えるシーンやでー!」
「すでに超能力者でも何でもないぞ…」
「似たようなもんやろ。ウチに言わせれば魔法も気も小宇宙もみんな超能力やな。マンガ界はエスパーで溢れてるんや」
はぁ、そうですかい…。
「あ、あの、す、すごく面白そうです。お、応援してますっ」
「おおきにっ! 単行本が出たら真っ先に献上するで!」
あさひちゃん…もしかしてマンガなら何でもいいのか…?
「もういいだろっ、俺は帰るっ!」
「まあまあ、あと1人なんやから付き合ってぇな」
由宇に引きずられていったのは準備会事務所だった。
もしや転校生キャラのモデルに南さんを使う気か? いくら眼鏡かけてるからってそりゃないだろ。
と、俺の内心を見透かしたように由宇が耳打ちする。
「ここだけの話、牧やんも田舎から出てきた時はいじめられてたらしくてなぁ」
「そ、そうなのか?」
「スタッフも色んな奴がおるからな…」
知らなかった、あの南さんにそんな過去があったとは。しかしそういうものをマンガのネタにしていいものかなぁ…。
しかし、由宇にそんな遠慮などあるはずもなかった。
「な〜牧やん、参考までに聞かせてぇな」
「そうねぇ…。確かにそんなこともあったけど、一度お話ししたら仲直りできましたよ☆」
「盛り上がらへんわー!」
「駄目よ由宇ちゃん。最近のマンガはすぐ過激な方向に行きがちだけど、もっと人の心を大切にしなくちゃ…」
うっ、南さんに言われると耳が痛いぜ。
「するとこんな感じやろか…」
ちょっと神妙な表情でコンテを切る由宇。
岡田「だいたいさあ、あんたってムカツクのよねぇ」
松本「そうそう、ちょっと頭がいいからってぇ」
智子「あらあら、ごめんなさいね。私も気をつけますから、皆さん仲良くしましょう? ね?」
岡田「え、えっと…」
吉井「まあ、保科がそう言うなら…」
智子「うふふ、これで私たちはお友達ですね」
(LOVE&PEACE ←擬音)
「くう、今泉伸二のマンガより泣けるで…」
「1ページで解決するいじめ問題って一体…」
「分かってへんなぁ和樹。読み切りやからサクサク進める必要があるんや」
「なら最初からそんな話題出すなよ!」
「うふふ、楽しそうねぇ」
南さんの笑顔でまとめられて、今日の取材はようやく終了した。
「おおきにな、和樹。この恩は一生忘れへんわ」
「な、なんだよ。大袈裟な奴だな」
ぶらぶらと駅へ向かいながら、あははと笑う由宇。まあ、俺も色々勉強になった…気がする。
「ふっふっふっふっふっ」
と、どこからか響く笑い声。
「ここで真打ち登場よっ! パンダのマンガなんてどーでもいいけどぉ、やっぱモデルといったら詠美ちゃん様よね! このちょお美少女を元にしたキャラなら大人気間違いなし!」
「最近のコレクターユイは調子ええなぁ」
「ぷに萌えか」
「ふみゅう! 無視してんじゃないわよ、パンダ、パンダ、パンダぁ! …ポチぃ」
はぁ…。
2人同時にため息をついて、渋々と後ろを振り向く。
「なんやねん、大バカ詠美」
「なによなによなによっ! 人がせっかく協力してやろうって思ったのにぃ!」
「そうなのか? 詠美もいいとこあるなぁ」
「え、ち、違うわよっ! ちょっと通りがかっただけっ!」
相変わらずだな…。
「気持ちは嬉しいんやけど、もうキャラが残ってへんねん」
「いたじゃない、ひたむきな格闘家とかいうやつ」
「ああ。あれはウチがモデル」
「作者の自己投影、カッコ悪ぅ〜」
「ほっとけっ! 見てみぃ、こいつだけはセリフも決まってるんやっ」
と、ノートを広げて見せる由宇。
葵 「確かにウチは普通の女の子が知ってるような楽しいことをほとんど知らん。だけど! それでもウチは、普通の女の子の知らない楽しさをいくつも知ってるんや!」
(バックに炎)
葵 「せやからウチ、自分が変やとわかっていても、間違っているとは思わへん! ウチはウチらしくあればいいって、そう思うんや!!」
「変だって自覚あったのか…」
「何言うてんねん、ウチらおたくは世間から見ればみな変人やで。せやけどウチらは間違っとらん! そうやろ和樹!」
「そ、そうだなっ!」
はっ、思わず釣られちまったぜ。
「ふみゅみゅぅ! それじゃせっかく出てきたあたしの立場はどうなるわけぇ!?」
「んなこと言うてもな…。そうや、こいつのライバルキャラが空いてるでぇ」
「そ、そう? まあ脇役ってのが気に入らないけど、この詠美ちゃん様のすばらしいにんげんせーを使わせてやろうってんだから感謝しなさいよね」
「はいはい、おおきにおおきに…こんな感じやね」
好恵「ふみゅみゅ〜ん、ちょおなまいきぃ〜。この好恵ちゃん様に言わせれば、あんたの格闘技なんてちょおちょお恥ずかしいんだからぁ。
いいわよ、勝負しようじゃない。あたしとあんた、どっちの格闘技が正しいか決めてあげる!」
しげしげと眺める詠美と俺。
「ふーん…んで、このキャラどーなんの?」
「もちろん、葵にこてんぱんにやられる」
「何それぇ! むかつくむかつく、そんなの没ぅ!」
「やかましいっ! ウチのマンガや、キャラの生殺与奪は全てウチが握っとるんや! マンガにおいて作者は神! ウチは神や! ウワーッハハハーーッ!」
「ふみゅ、ふみゅぅぅ…お、覚えてなさいよぉぉっ! うわーーんっ!!」
泣きながら走り去る詠美と、大笑いを続ける由宇。ま、漫画家というのはここまでしなくてはなれないのか。こうはなれない、いや、なりたくないものだな…。
「よっしゃ! さっそく神戸に帰って描き始めるでぇ。和樹、楽しみにしたってな!」
「あ、ああ…頑張れよ」
そして半月後――。原稿を完成させた由宇は、『コミックZ』編集部近くの喫茶店で、澤田編集長にそれを手渡していた。
「って、なんで俺まで呼ばれてるんだ?」
「まあまあ、プロ作家猪名川由宇の誕生をその目で見たいやろ」
そうこうしている間に編集長も読み終わり、由宇は期待を込めた視線を向ける。
「ど、どうやろ?」
「そうね、ハッキリ言わせてもらえば…」
コーヒーを一口すすって、おもむろに口を開く編集長。
「ボツ」
ちゅどーーん
爆散した由宇が、なんとかして食い下がる。
「な、なんでや編集長! 一体どこが悪かったんや!」
「そうね、敢えて言うなら…ToHeartのパクリなところかしら?」
そりゃそーだ。
「なんやてっ!」
原稿を奪い返し、焦りの顔で目を通す由宇。
「ああっ! 言われてみればそんな気も!」
「あのな」
「くっ、何ということや…。ToHeartが好きなあまり、無意識のうちに影響を受けてたんや!」(ガガーン)
「へー、無意識だったんだ…」
「和樹〜っ! なんで指摘してくれへんかったんや〜っ!」
「お前が脅したんだろうがっ!」
「とにかく――」
テーブルに片手をつき、すっと立ち上がる編集長。
「あなたのような人に商業デビューする資格はないわ! 一生同人でパロやってなさい!」
どーーん!
ごもっともな言葉を残し、編集長は伝票を手に去っていった。
灰になった由宇が復元するまで、俺は黙ってアイスコーヒーをすすっていた…。
「はぁ…。ま、しゃあない。旅館でも継いで、趣味で同人続けよか」
「いいご身分だなぁ、おい」
「やはりウチは根っからのパロディ作家やったんやな。和樹、これからも熱くパロってこうや!」
「あ、ああ…」
こうして由宇は神戸に帰り、俺も自分のアパートへと戻った。由宇にはああ言ったけど…やはりいつかはオリジナルも描いてみたいよな。
あ、立川さんからメールが来てる。
『こんにちは、和樹くん。
聞くところによると、オリジナル作品に挑戦されるそうですね。
ここはやはり、王道で病弱美少女との恋愛ものなどはいかがでしょうかっ?
ご迷惑でなければモデルを送りますっ。 立川』
‥‥‥。
お、送りますって…。
その頃――
「このマンガが上手い子がヒロインでぇ、陰険な関西女に色々邪魔されるんだけど、最後には美少年とくっついてハッピーエンドよっ。もう読者もちょお感動って感じよね。
あ、ついでだから関西女は落ちぶれて、ヒロインに恵んでもらうって展開にしよっと」
(カリカリカリカリカリ)
<END>
※最後はペケのパロディです…って俺の事やんけ>パロしか書けない
「由宇がプロを目指す」というのは元々シリアスで考えてたのですが、丁度いいので使っちゃいました。そのうちシリアスも書きます〜。
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