きらめき市に謎の生物を追え!


 誰かに見られてる気がする。
 見張るのは私の得意技なんだけど、その私がいつも誰かの視線を感じるの。
「ニヤリ」
 はっ!
 …と振り向いたけど、そこはいつもの通学路。
 しーんとして、誰もいない…ううっやだなあ。

「っていうふうなことがあったんだ」
「な、なんか怖いね」
 授業も終わった帰り際、親友のめぐに話してみる。彼女って怖いの好きだし、
頼りになるかなーとか思ったりして。
「ね、今日家によってかない?」
「えええっ!?」
「一人で帰るのやだよぉ〜。お願い、ねっ?」
「それは聞き逃せないわね」
 いきなり後ろから冷たい声。振り返ると、個人的にあまり関わりたくない人
が腕組みをしてこちらを見てた。
「ひ、紐緒さんっ?」
「どうやら調べてみる必要がありそうね。私も一緒に行ってあげるわ」
「えええ遠慮しときますっ!」
「そう、そこまで頼まれては仕方ないわ。それじゃ行きましょう」
 あーんっ、なんでこうなるのぉ。どうせこの人にはなに言っても無駄だろうし。
「めぐ、こうなったら一蓮托生よ!」
「‥‥(T_T)」

 私の家は小高い丘の上の閑静な住宅地にあって、もともとあまり人通りの多
い方じゃないの。特にこれまで意識もしなかったけど、やっぱり変質者とか出
やすいのかなあ。
 ちらり、と横を見れば無言で歩く一応同い年の女の子。とりあえず変質者相
手ならこの人がいれば安心よね。まともな方法で助けてくれるとも思えないけ
ど…。
「ニヤ」
「!」
 不意にずざっ!と紐緒さんが身構えた。突然のことで私たち2人はびっくり。
「ど、どうしたの紐緒さん!」
「あの…、なにかあったんですか?」
「静かに!」
 私たちは石のように固まって、全身を耳にしてあたりを見回してみる。そう
いえばさっきなにか聞こえたような…。
「ニヤリ」
「…見晴ちゃん、今だれか笑わなかった?」
「そ、空耳じゃないかなあ」
「そ、そうだよね。あはは…」
「来るわ!」
 いきなり叫ばないでぇ〜、と見る間に近くの茂みがざわめいて、そこから飛
び出す黒い影!
「ニヤリ」
「やはり貴様ね!」
「コ、コアラ!?」
「コアラさんだよね…」
 そう、私たちの目の前にいたのは、どう見ても動物園にいるあのコアラだった。
ただちょっと目つきが悪いような気もするけど。
「動物園から逃げ出したのかなあ…」
「あなたたちは黙ってなさいっ!ここで会ったが100年目よ!」
 そう言うなり紐緒さん、なんかいきなり変な銃みたいのを取り出したの。
 ち、ちょっとっ!?
「紐緒ブラスター!」
 BEEEEEEEM!
 ああかわいそうなコアラちゃん、あわれ紐緒さんの実験台に…と思いきや、
おそるおそる目を開けると私の前にコアラちゃん。
「くうっ!やるわね!」
「か、かわしたの…?」
「ニヤリ」
 な、なに?こっちの方じーっと見てる。見晴の顔になんかついてる?
「見晴ちゃん、危ないっ!」
「え?」
 めぐの声に顔を上げると、紐緒さんが銃をこっちに向けて!
「紐緒ブラスター第2弾!」
「ちょっとおぉぉぉ!」
「やめてえっ!」
 必死で紐緒さんの腕を押さえるめぐ。そのすきにコアラはすたたたたーっと
逃げていく。
「だ、大丈夫?見晴ちゃん」
「う、うん。ありがとう」
 私はへたへたとその場に座り込む。めぐが来てくれててよかったぁ。
「あなたたちのせいで逃げられたじゃないの!」
 この人は…。

 ほうほうのていで家に帰り着いた私。部屋の中にはめぐと、なぜか紐緒さん
まで。
「あのね紐緒さん、悪いんだけど」
「ごちゃごちゃ言ってる暇はないわ。作戦会議よ」
「あのねえ…」
「お茶はいらないわよ」
 出す気なんかないわよっ。
「あ、あの…。作戦って、なんの作戦なんですか?」
「ふっ、よく聞いてくれたわね」
(めぐってばよけいなこと聞かないでよぉ〜)
 私の心の叫びを無視して、重々しく口を開く紐緒さん。
「実はね…奴等の正体はリヤニ人。惑星リヤニからやって来た、恐るべき侵略
 者なのよ」
「悪いけど私ちょっとこれから塾が」
「待ちなさい」
 むんず
「もう遅いわ。あなたたち2人はすでに秘密結社紐紐団の戦闘員なのよ」
「なんですかそれ…」
「断ることは許されない。断れば、死あるのみよ。それじゃ戦いに出かけまし
 ょう」
 ああああっ見晴ってば不幸!

 いつのまにか私たち2人は変な戦闘服を着せられて、さっきの場所に呆然と
立ちつくしてた。
「ねえ見晴ちゃん、本当に私たち戦闘員になっちゃったね」
「そうね…」
「私、コアラさんと戦うなんてやだな。動物大好きだもん…」
 めぐ…そういう問題じゃないと思うな…。
「ええい黙りなさい!コアラじゃなくてリヤニ人だって言ってるでしょう!」
「はーいはい」
「だいたいさっきだって2足歩行してたでしょう?これだから凡人は嫌よ」
「そ、そうだった?」
「うーん、どうだったっけ?」
「都合の悪い記憶を消すとは、奴等もなかなかやるわね」
 紐緒さんてば、また変なこと言ってる。
「ニヤリ」
「来たわっ!」
「ええっ!?」
 がささっ、と茂みから姿を現す目つきの悪いコアラちゃん。また出てくるとは
思わなかったなぁ。
(…あれ?ホントに2本足で立ってるような)
 そう考えて、あわてて私は頭を振った。コアラが2本足で立つわけないじゃ
ないのっ。しっかりして見晴!
「ニヤニニニヤリリニヤ」
「…コアラって、あんなふうに鳴くんだ…」
「うん、初めて聞いたね…」
「現実を直視しなさい!」
 あーっ聞こえない聞こえないなんにも聞こえない!
「リヤニニヤリヤニヤリニヤ」
「なんだか見晴ちゃんに話しかけてない?」
 めぐまでそんなことを…。
 おまけにあのコアラ、またこっちの方じーっと見てる。私がなにしたってい
うの!?
「ふっ、どうやらこれを使うときがきたようね。この」
 そう言って紐緒さんが取り出したのは、灰色のボディに黒い点がぽつぽつと
浮かんだ奇妙な箱。
「『ホンヤクコンニャク3号機』があれば!奴の話していることなど筒抜けも
 同然よ」
「どうやって作ったのよそんなもの…」
「いまどき直感でこのくらい作れないでなにが科学者よ」
 紐緒さんは変な箱からコードを伸ばすと、ヘッドホンにつないで自分の耳に
かけた。
「さあリヤニ人、地球の代表としてこの紐緒結奈が話を聞きましょうか!」
 無意味に気合いの入った紐緒さんを無視して、コアラちゃんは私に話しかけ
…じゃなかった、私の方を向いて鳴き声を上げたの。
「ニヤヤニヤニヤリヤニニヤリニ」
「ち、ちょっと…」
「なになに、『同志タテバヤシ・ミハルよ、我々はお前を迎えに来たのだ』。
 なるほど、どうやらその髪型のせいで仲間と勘違いしているようね」
「あのねえ!」
「ニヤリリリリヤニニニヤリニヤニヤヤリニヤリ」
「『そうではない。君は元々太古に地球に漂着したリヤニ人の末裔。その髪型
 もリヤニ人の血がなせるわざなのだ』。なんだそうだったの」
「しまいにゃ怒るわよ…」
 もう付き合ってられないっ。めぐ連れて逃げた方がいいみたい。
 …めぐ?
「かわいい…」
 め、めぐ?なんか目がとろんとしちゃってるよ?
「コアラ、可愛いよね…」
「…でも、目が怖いよ」
「そ、そうかな…?私には、よくわからないけど…」
 よくわからないって、どう見ても目つき悪いよ?ねえ。
「ついに出たわね。『ラブリー怪音波』!」
「なにそれ…」
「リヤニ人の特殊能力よ。その音波を浴びた者はまともな思考能力を奪われ、
 奴らを可愛いと思い込むようになるのよ」
「ニヤリ」
 なんか頭痛がしてきた…。
「ふうん…あなたには効かないところをみるとどうやら本当にリヤニ人のようね」
「ひ、紐緒さんだって効いてないでしょ!」
「私は強固な精神力でレジストしてるのよ」
 むちゃくちゃ言ってるよぉ。めぐ、しっかりして!
「かわいい…」
「ニヤリリヤニヤニヤリリヤニ」
「『さあミハル、戻っておいで。仲間が君を待っている』」
 …ああ、私は本当に地球人じゃないの?お父さんお母さん、私たちは惑星
リヤニに行かなくてはならないの?
 って、そんなわけないでしょーがっ!
 私はめぐの手をつかむと、くるりと回れ右をした。
「ちょっと、どこへ行くつもりよ」
「これから塾があるの」
「まだ戦いは終わってな…もとい、始まってもいないわよ!」
「本当にごめんなさいっそれじゃっ!」
 すったかたったー
「ええいしょせん頼れるのは自分の力だけね!いくわよリヤニ人!」
「ニヤリ」
 バシュバシュバシューーーン
 後ろで変な音が聞こえたけど、私はわき目もふらずに走り続けた。
「うーん…あれ?見晴ちゃん?」
「めぐ!?よかったぁ気がついて…」
「え、紐緒さんは?コアラさんは?」
「振り返っちゃだめぇ!」
 めぐの顔を無理矢理前に向け、とにかく一刻も早く非日常から遠ざかる。
「紐緒エクスクラメーション!」
「ニヤリ!」
 ズガガガガガガァァァン!
 その戦いが結局どうなったのか、私は知らないし知りたいとも思わない。
 あ、変な戦闘服着たまんまだった…。


 次の日曜日、私はめぐと一緒に動物園に出かけたの。
「コアラ?3匹ともちゃんと檻の中にいるよ?」
「あ、な、ならいいんです」
 やっぱりあれは夢だったんだよね。紐緒さんもあの後学校に来てないし。
研究所で新兵器を開発してるって噂もあるけど。
「ね、見晴ちゃん。せっかくだからコアラ見てこうよ」
「うん、いいよ」
 この前やってきたばかりの新種のコアラは、飼育員さんの言うとおり3匹
とも檻の中でくつろいでいた。それにしても目つき悪いよね。あれでお客さん
集まるのかなぁ?
「ねえ、あのコアラかわいいね」
 近くで5歳くらいの子が声を上げる。うんうん、小さい子はなに見ても可愛
いんだよね。
「コアラ、超可愛かったね!」
「‥‥‥可愛かったですねえ」
 …あの人たち、うちの生徒だよね。別に個人の好みは勝手だけど…。
「可愛いね…」
 めぐ?いくら動物好きでもそれはないんじゃない?
「可愛いよ…」
「うん、可愛い…」
「可愛いよなあ…」
 ちょっとちょっと!
 見晴パニック!みんな急に目が悪くなったの!?

 そして3匹のコアラたちが、いっせいにこちらを振り向いた。

「ニヤリ」


 あなたのそばに、リヤニ人。

                           <END>



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