パンパン
「(学業が成就しますように。あまり貧血を起こしませんように…)」
 別に神仏を信じてなくても、これはもう年中行事のひとつである。如月未緒は賽銭を投げ入れて手を合わせると、特に健康方面に力を入れてお祈りするのだった。
「おーい、未緒ちゃーんっ」
「あっ、館林さん…。明けましておめでとうございます」
「おめでとっ。ねぇねぇ、よかったら一緒にお参りしない?」
 なんとなく見晴の髪型がしめ飾りに見える今日この日だが、未緒は申し訳なさそうに首を振る。
「ご好意はありがたいのですが、これから明日の塾の予習をしなくてはいけませんので…。失礼いたします」
「そ、そう…。(何も元旦から…)」
 そそくさときらめき神宮を後にする未緒。しかしその後の惨劇を思えば早々にその場を離れて正解だったのかもしれない。あるいは初詣の場に近寄る黒い影を無意識のうちに感じ取っていたのであろうか…?


正月SS: お正月だよ全員集合!



 見晴とあやめは参道でぶらぶらと愛を待っていたが、いつも時間は守る彼女が今日はなかなか現れない。
「ったく何やってんのよ新年早々」
「自分だって遅れてきたくせに…」
「う、うっさいわねぇ!こっちにもいろいろ事情があんのよ!」
 と、階段の下の方にようやく愛がちょこまかと走ってきた。2人はほっと胸をなで下ろすのだが、見ればなぜかその右手が赤い髪の少女の左手にしっかりと握られている。
「お、おめでとっ。遅くなってごめんね」
「おめでとう。藤崎さんも来たんだ」
「来なくていいのに」
「あやめぇっ!!」
 言われた詩織はじと〜っと2人を見ていたが、いきなり愛を抱きしめると口をとがらせて断言した。
「プンだ、私のメグはあなたたちなんかに渡しませんよーだ」
「…は?」
「し、詩織ちゃんっ!」
「いや、別にいいんだけどさ…」
「う、うん。別にいいよね」
「ち、違うのーーーっ!」
 愛の説明によるとどうやらお酒弱いくせに御神酒飲んで酔っぱらったらしい。呼びに行ったときは「公くんのばかーーーっ!」とか叫んでいたそうなので原因はそれだろう。
「えっ?そうだっけ、忘れちゃった…。いいじゃない昔のことよ…」
「やっぱり酔っぱらってる…」
「あ、でも主人くんならそこにいるよ。おーい」
 見晴が声をかけると、いかにも公とついでに早乙女兄妹が駆けてきた。まずは全員年始の挨拶を済ませ、
「先輩、おめでとうございます!」
「おめでとー」
「いやー正月早々縁起がいいぜ。これはチェックだチェック!」
「‥‥‥‥‥」
「じ、冗談だって紫ノ崎さん!」
 あやめに睨まれて首をすくめる好雄のかたわらで、公は詩織におそるおそる声をかけた。
「や、やあ詩織‥‥‥」
「そう…優美ちゃんと一緒に初詣に来てたんだ…」
「な、なんだよっ!俺が誘ったらあっさり断ったくせに!!」
「プンだ、知らないっ!私にはメグがいるもん!!」ぎゅー
「あ、あの、違うんですこれはっ!」
「おおう!チェックだチェ…」
 どばきぃっ!!
 あやめと優美の同時回し蹴りをくらい、泣きながら首をさする好雄を含め一同はなんとかお参りをすませる。「何お願いしたのー?」「きゃあきゃあ」などと盛り上がってる女の子たちに、立ち直りの早い好雄がさわやかに提案した。
「よし、それじゃおみくじを買いにいこうぜ!」
「うん、行こう行こう!」
 飛んでくる賽銭をかわしつつ社務所へ向かう。アルバイトらしき巫女さん姿の女の子に好雄がほくそえみつつメモ帳を取り出したが、近くで顔を確認してガッカリした顔でしまい込んだ。
「なんだ、夕子かよ…」
「あーっヨッシー!なんだとはなによぉ」
「ひなちゃん、あけましておめでとう」
「おめでと」
「あの、おめでとう」
「朝日奈さんおめで…なぜ睨む詩織!」
「おめでとう、朝日奈さん」
「みんなおめでと。なんかよくわかんないメンツだね」
「そうだね。どれが誰のセリフだかさっぱりわかんないね」
「うわーっ館林さんそれを言っちゃ駄目だぁーーー!」
 夕子の話では給料の高い元旦に働いて残りの日で遊ぼうという殊勝な心掛けらしい。そうこうしているうちに同じく巫女さん姿のゆかりが奥から出てきた。
「皆様、本日は大変明けましておめでたく…」
「あ、もう挨拶はいいってば。着替えるのに何時間かかってんのよ」
「そうですねぇ、袴というのは、着るのが大変ですねぇ」
「おお、さすが古式さん"には"似合うぜ!チェックだチェック!」
「このサル!」(げしぃっ)
「ぐはぁーーーー!」
 全員がおみくじを引き、この神社に伝わる伝説のとおり女の子はみんな大吉だ。
「ふぅん、そんな伝説があったんだねぇ」
「ないない」
「…俺たち二人は大凶かい…」
「あははははっ、超ラッキーじゃん?」
 どよんと落ち込む男二人を気の毒に思ったのか、ゆかりがにこやかに声をかけた。
「実はこの神社では厄落としなどもやっているのですよ〜」
「そ、一回2千円だから安いっしょ?」
「まさか最初からそれが目的でわ…」
「失礼な!」
 突如本殿の扉ががらりと開き、現れたのは宮司姿の伊集院。参拝客たちが唖然とする中、とうとうと年始の説教を始めた。
「一年の計は元旦にあり。しょせん最初から運に見放されている君たちに、この僕の有り余る強運を分けてあげようというのだよ。ありがたく思いたまえ、はーーっはっはっはっ」
「なんだ伊集院か…」
「厄落としどころか顔見た時点ですでに厄だな…」
「ええい所詮庶民には理解できんか!」

 などと元日とはいえ普段と変わらぬ光景が繰り返されるきらめき神宮。

 しかし黒い影は着実に忍び寄っていた。それは本殿の屋根によじ登り、大勢の中でセリフのない愛をじっと見つめている。一人は黒い長髪に黒いローブの美形悪人、もう一人は臼と杵の胴体に獅子舞の顔というおめでたい怪人であった。
「くっくっくっ明けましておめでとうキューティメグ。今年こそは我らPETがこの地上を支配させてもらうよ」
「あんたそんなコト考えてたんですか…」
「ゆけ、正月魔人よ!めでたさに酔い無意味に賽銭など投げる浮かれトンチキどもに、悪の鉄槌を下してやるのだ!」
「は、ははぁーーっ!!」
 総帥の命令を受けた正月魔人は屋根からヒラリと飛び降りると、ごていねいにガラガラを鳴らして賽銭箱の上に着地する。
「おめでとうございます!」
「な、なんだね君は!我が伊集院財閥は芸人など…」
「おめでとうございます!」
「う…うわぁぁぁぁーーーっ!」
 正月魔人はいきなり巨大な紐を取り出すと、伊集院の体に巻き付けてコマ回しを始めた。
「ああっこいつなんてことを!」
「いいぞ、もっとやれ!」
「きっ君たち覚えていたまえっ!ううっ吐き気がっ!」
「(ど、どうしようキューティメグに変身しなくちゃ…。でもコンパクト家に置いてきちゃった…)」
 愛に打つ手のないまま正月魔人の暴虐は続く。今度は巨大羽子板を取り出すと、参拝客に向けて羽根を打ち出した。
「おめでとうございます!」
「詩織、危ない!」
「公くんっ!?」
 詩織をかばって公が羽根を受ける…まではよかったが、みるみるうちにその顔に墨のラクガキが浮かび上がる。
「ぷっ、なぁに公くんその顔。あはっ、あはははははっ」
「詩織ぃぃぃ!そりゃねぇだろぉ!!」
「あ、あの、ごめんなさい。ちょっと酔っ払ってるみたいなんです…」
「ふぇーーんお兄ちゃぁぁぁぁん!!」
「優美ぃぃぃぃぃ!!」
「はっ!」
 見れば優美が凧にくくりつけられ天高く吊り上げられている。助けようとする好雄も顔が福笑いにされてしまい、鼻の下に目があるような状態だった。ちなみに夕子とゆかりは…逃げていた。
「くっ、何なのよこれは!」
「(ねぇめぐ、キューティメグに変身しないの?)」
「(コンパクト忘れちゃった…見晴ちゃんこそキューティコアラは?)」
「(や、やだよぉっ!あやめだっているのにぃっ!!)」
 しかし乙女二人のひそひそ話を聞き付けたかのように、正月魔人がぎろりと視線をこちらに向ける。
「ふはははははっ、おめでとう!今日こそ貴様らはこの地上から消え去るのだ!」
「えええええええっっ!!?」


「♪あいつの名前は殺人コアラ〜 ヤツはすごいぜ〜
  なにせ目つきが殺人仕様〜 結奈にゃ弱いぜ〜
  だけど彼女はこう言うのさ〜 『殺人コアラ?ああ…リヤニ星人のことね』
  なんともふ〜し〜ぎ〜〜〜」
 その頃参道の階段を上りながら、タクトを振って大声で歌う少女の姿があった。後ろにはなるべく距離を置くようにして、ショートカットの女の子が二人並んで歩いてくる。
「おい…誰かやめさせろよ…」
「誰かってったって…]
「ヘーイ私の仲間たちィーー!早くお参りにレッツゴーよ!」(アハハハ)
「わあっバカッ大声出すな!!」
「な、なんだかなぁ…」
 しかし神社の方から参拝客たちがわたわたと逃げてくる。何事かと階段を駆け登ると、あやめが見晴と愛をかばうように立つ前に、じりじりと怪人がにじり寄っているところだった。
「ど、どうなってんだこりゃ!?」
「清川!?来たらダメよ!」
「あ、わかった。欽ちゃんの仮装大賞…」
「真面目な顔で大ボケかますな虹野ーーーっ!!」
 突然の闖入者に正月魔人が獅子の顔を向ける。望が思わず身構えるが、正直言って元旦から相手にしたいような相手ではない。
 と、それを制するように彩子が前に進み出た。
「あ、彩子!?」
「ヘイ、ユー! ハッピーニューイヤー!」
 その言葉に何か気分を害したらしい正月魔人が、今度は本格的に彩子の方を向いた。
「元日から英語を使うとは日本の文化というものを知らんヤツ。この正月魔人のめでたさに勝てると思ってるのか!」
「フフーン? 残念だけど私のセクシーアートの方が100倍おめでたいわよぉー」
「ウハハハハハ、どうせ目の出た鯛とかそんな絵だろう!面白い、見せてみろ!」
「なんか論点がずれているよーな…」
 一同の注視する中、彩子はスケッチブックにすらすらとペンを走らせた。にたりと笑って正月魔人の前に突き出したその絵は…
「きらめき市を襲う巨大な茶柱!」
「め…めでたいやらめでたくないやらーーー!」(ガビーン!)
「(今よっ!!)」(キュピーン)
 正月魔人のスキをつき、彩子のスケッチブックが炸裂する!
「チョットダケギ・リジャナイ・ノーーーーー!」
 ボグシャァ!!
「ぐはぁぁーーーー!!」
 全員が唖然とする前で正月魔人の体は5mばかり吹っ飛んだ。立ち上がろうとするが力つき、よろよろと彩子に手を差し伸べる。
「う、うう最後に一つだけ教えてくれ…。その髪形の名前は…?」
「フフフ…これ? 『ステキカット』よ…」
「(『ステキカット』…。今年は”来るぜ”…)」
 正月魔人の顔は安らかだったという…。

「あの、あの、ありがとう!」
「いやぁ、なんだかさっぱりだったけど見直したぜ!」
「ナイスガッツ彩ちゃん!!」
 ナーイスガッツ…
 ナーイスガッツ…
 ナーイスガッツ…
「誰がガッツよコンチクショー!」
「ええーーー!?」(ガビーン!)
 かくして境内に平和が戻る。思わぬ伏兵に敗北した総帥は、屋根の上でひとり歯ぎしりするのだった。
「おのれ愚かな人間どもめ!だが今回は所詮はまぐれのようなもの。このPETの世界支配はどうあがこうと免れるものではないのだ!ウワーーッハハハハハーーーッ!!」
「へぇ、それは聞き捨てならないわね」
「だっ誰だっ!」
 いつの間にか自分の後ろに、妙なコントローラーを手にした女生徒が冷ややかな視線を送っている。
「あなたに名乗る名などないわ、邪魔者は叩きつぶすのみよ!ロボ行きなさい!」
「あぎゃぁーーーーっ!」
 PETの未来は今年も暗いらしかった。


 ちなみにその頃鏡さんは
「はい、みんな5円ずつね」
「よーし、おれが最初だぁーー!」
「あーっずるーい!」
「こらこら、ケンカするんじゃないの。今年一年みんなが健康に暮らせますように…」
 近所の神社で静かにお参りをしていましたとさ。



<END>


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