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この作品は「AIR」(c)Keyの世界及びキャラクター、
また「痕」(c)Leafのおまけシナリオを借りて創作されています。
AIR全般に関するネタバレを含みます。
友情のAIR劇場
往人さんは再び旅立つことになった。
日差しの照りつけるバス停で、わたしひとりで最後のお見送り。
「それじゃあな、観鈴」
「うん…。ちょっと寂しいけどね」
「まあな」
「往人さんなら友達になってくれると思ったのにね。結局期待させるだけさせといて、タダ飯食って出ていくだけだったねっ。全然気にしてないけどねっ」
「は、はははははー!」
「にははははー」
「あー、えへん。いや、俺はしょせん旅人だからな。友達ならここの人間にしろ」
が、がお…。癇癪のこと知ってて、どうしてそういうこと言うかなぁ…。
「そんな顔をするな。この町にもお前の病気くらい気にしなさそうな奴がいたぞ」
「ええっ!?」
「そいつの名は…」
『遠野美凪』と『霧島佳乃』。
その名前を残して、往人さんはこの町から去っていった。
「うーん…」
どっちも知ってる人だけど…。ちゃんと話したことはないし、いきなり友達になってって言っても迷惑なんじゃないかなぁ。
あ、でもそんな風に考えるから友達ができないのかも。
誰だって最初は面識なんてないんだし、頑張って話しかけてみようかな。うん、観鈴ちん、ふぁいとっ。
ということで、来た道を歩きながら作戦を練る。
「やっぱり声かけるとしたら遠野さんかな」
一応クラスメートだし。なんか変な人だからちょっと敬遠してたけど、考えてみればわたしだって同じだよね。もしかしたら遠野さんも、わたしみたいに寂しい思いをしてるのかもしれない。
『どうせ私を理解してくれる人なんていないんです…』
『そんなことないよっ。今からはわたしが友達、ぶいっ』
『神尾さん…。私、私本当は寂しかったんですぅぅっ!』
か、完璧…。(じ〜ん)
バラ色の未来を見たわたしは足取り軽く駅へとスキップしていった。
数分して汗だくになった頃に、使われなくなった駅が見えてくる。
ベンチには例によってシャボン玉を飛ばす遠野さん。
あ、でもいつもの小さい子がいないや。こう静かだと声かけづらいけど…迷ってても仕方ない。観鈴ちん、がんばっ。
「こ、こんにちはっ」
思い切って元気に声をかける。
遠野さんは顔を上げ、こちらを穴が空くほど見つめると、うつむき気味にぼそりと言った。
「こにゃにゃちわー」
「‥‥‥」
「…なーんちって」
回れ右して帰ろうとする自分を必死で押さえつけ、精一杯笑顔を作る。
「に、にははっ。と、遠野さんひとり? いつもの女の子は?」
「…みちる…」
「え?」
「みちるーーーっ!」
「はうう!?」
「すみません…。取り乱しました」
「い、いえっ」(どきどき)
あの子引っ越しでもしちゃったのかな? これはチャンス、もとい、やっぱり遠野さんも寂しいだろうし友達にならないと!
「え、えーっと、あのねっ」
「…?」
小首をかしげる遠野さん。うっ、きっかけとか考えてくればよかった。
「わ…わたしと友達になってくださいっ」
「友達…?」
さらに傾く遠野さんの首。へ、変な子と思われたかなぁ…。
「だ、ダメ…かな?」
「世界に広げよう…友達の輪」
彼女は無表情のまま言うと、両手を上にあげて輪を作った。
‥え?
「‥‥‥」
「え? え?」
わ、笑うとこなのかな?
「‥‥‥」
変なポーズの遠野さんを前にしたまま、場に重苦しい沈黙が流れる。ど、どうしよう、観鈴ちん大ぴんちっ。
不意に遠野さんは腕をおろすと、ひどく傷ついた視線をわたしに向けた。
「帰ってください…。ギャグセンスのない人と友達にはなれません…」
「にーっはっはっはっ!! おもしろーい! 観鈴ちん大爆笑っっ!!」
「そうでしょう…。えっへん」
得意げに胸を反らす遠野さん。
「そ、それじゃ友達になってくれる?」
「そうですね…。ただし条件があります…」
「じ、条件っ?」
「この私を…、ギャグで笑わせることができたらです!」
「ええーっ!?」
わ、わたしがギャグを? うーんうーん、観鈴ちん困った。
「…やっぱり無理。残念」
「ちちちょっと待ってっ! え、えっと、うんと…。ふ…ふとんがふっとんだ!」
どーーーん!!
効果音とともに、なんだか硬直する遠野さん。
「ふとんが…ふっとんだ…。
ぷくっ…。くくく…」
「あ、笑ったっ。笑ったねっ」
「ぜえぜえ……やりますね神尾さん、さてはプロですね…?」
なんのプロだか…。
「わかりました…。神尾さん、お友達になりましょう」
「え?」
「え、じゃなくて、お友達」
目の前で微笑む彼女の顔が、だんだんと天使に見えた。
や…。
やったーーーっ!
「うううっ、友達いない歴16年…。ようやくわたしも一人じゃなくなったんだ…」
「おめでとうございます、ぱちぱち…」
「えぐえぐ、ありがとう〜」
「それでは友情の証に…進呈」
そう言って彼女は白い封筒を差し出した。
「え、わたしに?」
「はい…神尾さんに」
わーい、やっぱり遠野さん、いい人。なにかな、なにかなっ。(がさがさ)
「…ち、地域振興券…」
「景気の回復しない景気対策に、意味はあるんでしょうか」
とっくに期限切れのこれをどうしろと…。いやいや、そんなこと思っちゃダメ。
「ところで…。友達なのに名字で呼び合うのも他人行儀ですね」
「そ、それだーっ!」
そう、友達といえばあだ名で呼び合う仲。『観鈴ちーん!』『美凪ちーん!』なんて叫びながら夕暮れの海岸を走り回るのっ。
「あ、あのねっ。わたしのことは観鈴ちんって…」
「『ミス・観鈴』にしましょう」
「…は?」
「韻を踏んで…かっこいいです」(うっとり)
「あ、あの、できれば違うのがいい…」
「…『げろしゃぶ』の方がいいですか?」
「ミス・観鈴でいーですっ!」
「気に入ってもらえました…。ばんざーい」
神様…。わたし何か悪いことしたかなぁ…。
「私のことは遠慮なくナギーとお呼びください。さあ」
「ナ…ナギィ〜〜」
「…グー」
びしりと親指を立てる遠野さ…ナギー。だんだんと方向性が違ってきてるような気が…いやいや気のせい気のせいっ。
ぶんぶんと頭を振ると、ここぞと懐からトランプを取り出した。
「そ、それじゃ一緒に遊ぼっ。ババ抜きとか、神経衰弱とか」
「…ババ抜き?」
「あ、ご、ごめんねっ。そんなの子供っぽいよねっ。ナギーの好きな遊びでいいよ」
そう、二人で遊べるならなんだって楽しいから。水遊びしたり、花火したり…。
「それでは…シャボン玉デスマッチをしましょう」
「…なにそれ」
「飲まず食わずでどれだけシャボン玉を吹き続けられるかを競う競技です。その起源は古代エジプトに端を発するといいます」
「なんか目まいがしてきた」
「私たちの友情もここまでですね…。短い付き合いでした」
「わああーー! むちゃくちゃ面白そうだねっ! すっごくやりたいですっ! にははー!」
「分かればいいんですよ…。ポチ」
「‥‥‥」
「…冗談です」
うそだーっ! 目が本気だったーーっ!!
「さあ、ミス・観鈴。吹いて吹いて吹きまくるのです」
「が、がお…」
ストローと石鹸水を渡され、ナギーと一緒にひたすらシャボン玉を吹くしかないわたし。な、なんか想定していた未来と大幅に違う…。
こうして友達というより奴隷の一歩を踏み出しかけたその時っ。
「やあ、美凪君。やはりここか」
「…はい、ここ」
「あ、聖先生。こんにちはっ」
現れたのは霧島診療所の聖先生だった。わたしも癇癪が起きた時とかお世話になってるの。
「こんにちは。観鈴君も一緒とは珍しいな」
「に、にはは…」
一体どうしてこうなったのやら…。いやいや、ようやくできた友達にそんなこと考えちゃダメっ。
「ところで美凪君。母上の記憶が戻ったようだぞ」
「え…?」
「君のことを探していたな」
「? ナギーのお母さん、記憶喪失かなにかだったの?」
「はい…。ではミス・観鈴、さようなら」
「うん、さようなら…って、ええー!?」
ま、まだ何もしてないー! 帰っちゃうの!? ひとりはもう嫌だよっ…。
わたしはすがりつくように、ナギーの手にしがみついた。
「ミス・観鈴…」
「ナギー…」
「じゃま」
がーーーん。
石化するわたしに目もくれず、矢のように走り去るナギー。
がっくりとその場に崩れ落ちる。
「そうなんだ…。しょせんKey作品においては友情<<<家族愛なんだ…」
「な、なにかまずいタイミングで来てしまったかな?」
「もういいや、ネットで予告して事件でも起こそう…。どうせ友達いないし…」
「落ち着けーっ! と、友達が欲しいのか。それならうちの妹などはどうだ?」
「え?」
きゅぴーん! と往人さん直伝の目が光る。
「か、佳乃さんとですかっ?」
「ほう、私の妹を知っているのか」
「はいっ、いつも遠くから見てるだけですけど、明るくて友達多くてすごく妬ま…素敵な人ですねっ」
「はっはっはっ、君は非常に素直な正直者だな。よろしいついてきたまへ」
「はーいっ」
こ、今度こそ普通の友達ができるよね。わたしは最後の望みをかけて、聖先生の後について診療所へと向かった。
「そろそろ帰ってくる頃と思うが…」
先生にいれてもらったお茶を飲んで待っていると、程なくして玄関からぱたぱたと音がする。
「たっだいまだよぉー」
「ああ、お帰り」
現れたのはショートカットの女の子。いかにも気さくそうな屈託のない笑顔。よし、いける!
「あ、あの、こんにち…」
「聞いて聞いてお姉ちゃん。また誕生会にお呼ばれしちゃったんだぁ」
「こんにちは…」
「これで今月3度目かぁ。プレゼント代が大変だけど、やっぱり大勢でお祝いするのって楽しいよねぇ」
「あのぅ…」
「でねでね、あたしの誕生日には友達みんなでパーティ開こうって、今から計画進めてるんだって。楽しみにしててねって言ってくれたんだよぉ。えへへー、嬉しいなぁ」
「‥‥‥」
「ところでお姉ちゃん、その隅っこでいじけてる人だれ?」
「いや、何というか…」
誕生日か…。わたしなんてお母さんにすらプレゼントもらったこともないよ…。ふふ、ふふふ…。
と、聖先生が助け船を出してくれる。
「あー、その子は私の患者でな。夏休みの宿題が詰まったからと相談に来たのだ」
「うぬぬ。宿題のことなんて忘れてたよぉ」
「どうだ、一緒に勉強でもしてみては?」
がばっ! と跳ね起きる観鈴ちん。
「は、はじめましてっ。神尾観鈴っていいますっ、観鈴ちんって呼んでねっ!」
「霧島佳乃だよぉ。佳乃りんでいいよぉ」
す、素直な子…。何の疑問も持たず幸せに生きてきたであろうその人生が憎たらし…いい人だねっ。
「な、仲良くしてくれるとうれしいなっ。にははっ」
「もちろんだよぉ。それじゃ、あたしの部屋に行こっかぁ」
「ああ、後で茶でも持っていこう。…今日はアレは出てこないようだな」
「え?」
「いや、何でもない」
「それではでっぱ〜つ!」
先生に見送られ、佳乃りんに続いて廊下を歩く。他の子の部屋なんて初めて。どきどき。
「わ、可愛いお部屋っ」
「えー、恥ずかしいよぉ」
なんていかにも普通の友達っぽい会話に感激しつつ、テーブルを挟んで向かい合って座る。
「ところで観鈴ちんの宿題は?」
「も…持ってきてない」
「は?」
「え、えっと、宿題と称してお喋りとかしたいなーって」
「あはは。あたしもその方がいいよぉ」
そして始まる何気ないお喋り。学校のこととか、家族のこととか…。わたしにはあまり話すこともなかったけど、佳乃りんはそんなわたしにも楽しそうに色々話してくれた。
今度こそ…今度こそちゃんと友達ができたんだ…。
「それじゃキミをかのりんの友達弟123号に任命するよぉ」
「ひ、ひゃくにじゅうさん…」
「あはは、あたしって誰とでも友達になっちゃうんだぁ」
いちいち自慢してんじゃねえーー! なんて思ってない、思ってないよっ♪
「はっ! でも友達の友達ならわたしの友達も同然だよね!」
「そ、そうかもしれないねぇ」
「つまり労せずして100人以上の友達を手に入れたことに…。フフフ、こりゃもう人生勝ったも同然だね」
「観鈴ちん、目が逝ってるよぉ」
「にーーっはっはっはっ」
ああ、友達100人…。なんて甘美な響き。
しかしこう順調だと落とし穴がありそう…って、今まで不幸だったからそんな気がするだけだよね。
「それじゃ遊ぼっ、トランプしよっ! …佳乃りん?」
トランプを取り出しかけたわたしの手がふと止まる。
急に押し黙り俯いた佳乃りんの顔。その前髪に隠れた向こうから、怪しげなオーラが漂ってくる。い、いやな予感…。
「うらああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
ガシャーーン!
佳乃りんはいきなり立ち上がると、テーブルを思いっきりひっくり返した。
「うらぁ〜〜〜〜〜! このパツキン〜〜〜っ! どこで髪染めやがった〜〜〜〜っ!」
「か、佳乃りんっ!? あ、あのっ、なっ、なにをっ!」
「ぜって〜おかし〜ぞ、その頭はよぉぉ〜〜〜っ!」
「か、佳乃りんに言われたくない…」
い、一体なにがどうしたのっ? あの素直な佳乃りんがタチの悪いチンピラのように…。
やっぱり、わたしにまともな友達なんてできないんだ…。
ひとりで頑張らなくちゃいけないんだ…。
「うら〜〜〜〜〜っ! いちいちプレイヤーの同情引いてんじゃね〜〜、この偽善者が〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
「ひ、ひどいよ佳乃りん。わたし、偽善者なんかじゃないもんっ」(がおっ)
「それが偽善チックだってんだよ〜〜〜〜〜〜っ!」
「何事だっ!」
騒ぎを聞きつけ、聖先生が扉を開けて飛び込んでくる。
「せ、先生っ! 佳乃りんがなぜか目も当てられない不良にっ!」
「くっ、まさか出てきてしまうとは…。実は小さい頃に神社にお供えされていたキノコリゾットを食って以来、佳乃は時々性格が反転してしまうのだ」
「佳乃シナリオってそんな話だっけ?」
「おら〜〜〜〜〜〜っ! 姉貴〜〜〜〜〜〜っ!」
「な、なんだっ?」
「愛してるぜ、ベイベー」
バチーーン(←ウィンク)
‥‥‥‥。
「はぁ…うっとりくらくら」
「陶酔してる場合ですかっ!」
「はっ! いかんいかん、常日頃冷静な私がつい暴走してしまったようだ」(ふ)
「いえ、先生が暴走してるのはいつもですけど…。って佳乃りんがいなーいっ!」
「しまった、外かっ!」
あわてて二人で外に出ると、すっかりやさぐれた佳乃りんが黒い目で獲物を物色している。
「ふっふっふ」
「ぴ、ぴこー!」
「ふっふっふ」
「ああっ、通りすがりの犬にマジックでヒゲを書いてます!」
「不良だ、佳乃が不良になってしまった!」
普段はそりゃあ性格のいい佳乃りんだから、性格が反転したらどんなに恐ろしいことになるか…。ああもうなんでこうなるかなぁ。
「あ、でもわたし解決法知ってる」
「ほう、言ってみたまえ」
「聖先生が佳乃りんに当て身を食らわすの。元ネタはそんなオチでした。ぶいっ」
「このたわけがーーー!」
BAKOOOOOM!
先生の壮絶アッパーカットに宙を舞うわたし。
「私に佳乃を殴れというのか! ああ恐ろしい、お前は悪魔の化身か!」
「ううう…他人よりも身内を大事にする医者」
「家族愛のためなら大抵のことは許される! この訴えは麻枝シナリオにおいて常に続けられているのだ」
「そ、そーゆーもんでしたっけ」
でも先生が当てにならないんじゃどうしよう…。観鈴ちん、超ぴんち。
「君は佳乃の友達だろう。何とかしなさい」
「そ、そんなこと言われても〜」
「ここで佳乃を救うことができれば…君はさしずめ佳乃の大親友だな」
大 親 友 !!
「やります! わたしの友情パワーで佳乃りんを元に戻してみせますっっ!」
「(こいつ本当に友達いなかったな…)」
「佳乃りーーーん!!」(ずどどどどどど)
全力疾走したわたしは、100円拾ってポケットに収めている佳乃りんの前に立ちふさがった。
「ふっふっふ、どうした観鈴? あたいが恋しくなったのかい?」
こ、こんな友達ヤダ…。
「目を覚まして佳乃りん! ついさっきあなたと永遠の友情を誓った観鈴ちんだよっ!」
「誓ってねーよ」
「ちっ」
どうしたらいいのかな〜。
う〜ん。
う〜ん。
きっと熱い友情があれば。
「佳乃、観鈴君もこう言ってるしそろそろ帰らないか?」
「るせぇ〜〜、姉貴面してんじゃねぇ〜〜」
いきなりビンタするとか?
わ、友情っぽーい。
佳乃りん!(パンッ)
つっ…。痛ぇじゃねえかこの野郎!
それはわたしの心の痛みだよ!
「まあまあ、ここは尊敬する姉のためにひとつ」
「へっ、あたしが知らねぇとでも思ってるのか〜〜っ」
「な、何がだ?」(ギクリ)
「てめえときたら『お手製佳乃ちゃん人形』を作って毎晩寝る前に頬ずり…」
「クロロホルム!」
それでも友達かよ!
友達だからこそ…佳乃りんが悪いことするのを見ていられなかったの…。
観鈴ちん…。
だって…それが本当の友達だと思うから…!
「おーい、観鈴君」
でもって、でもって…。
「もう終わったぞ」
「うん、終わった…って、ええっ?」
我に返ると、聖先生の背中で佳乃りんがぐーすか眠っている。
「い、いつの間に…」
「いや、このクロロホルムでちょちょいと」
「そんなもの持ってるなら、最初からやんなさい!!」
海辺の町にわたしのマジツッコミが響き渡った。
先生に頼まれて佳乃りんを診療所に運び、一休みしていると先生も戻ってくる。
「いやはや、今回も大変だった」
「でもこんな発作があるのに友達が多いなんていいなぁ…。どうやってるんですか?」
「なぁに、発作のたびに私が目撃者の記憶を消して回っているのだ」
「ってその手の注射器は何ーーっ!」
怪しげな薬品が針の先端から流れ出てる…。
「ちょっとここ数日の記憶が吹っ飛ぶだけだ。何の心配もいらん! さあ腕を出しなさいさあさあ」
「喋りません喋りませんっ。友達の悪い噂なんて絶対喋りませんっ!」
「そうか…。ま、いいだろう」
そう言って注射器を引っ込める聖先生。今度から病気の時は隣町の病院に行こう…。
「だがこうも容易に起きてしまうとは…。同じような発作を持つ君たちは、やはり悪影響を及ぼし合うのかもしれない」
「え…」
「君には悪いが…。もう佳乃に近づかないでもらえるか」
目の前が真っ暗になった。
…そっか。
わたしのせいかもしれないものね。
迷惑かけちゃ…いけないよね…。
「にははっ、わかりましたっ」
「観鈴君…」
「佳乃りんが起きたら伝えてくださいっ、今日はお話しできて楽しかったって」
「すまない…。妹馬鹿なこの姉を許してくれ」
「い、いいんですっ。それじゃ……さよならっ!」
診療所を飛び出し、涙をこらえて走り出す。
楽しかったな、ちょっとの間だったけど、普通の友達みたいにお話しできて。
ほんとに…ちょっとの間だったけど…。
…往人さん。
わたし、友達できなかった。
結局ひとりも、友達できなかったよ…。
ふと足を止めると、カラスが道端でこちらを見てる。
「ね、ねえカラスさん。わたしの友達になってくれないかな」
ばささささーー(逃亡)
‥‥‥‥。
「あ、そこのセミさん、わたしと友達にならない? ねえねえアリさん、わたしと友達になろうよっ」
「不憫や…。不憫な子やで…」
「わ、お母さんいつからそこにっ!」
振り返るとお母さんがハンカチで目を押さえていた。
「くじけるな観鈴! 根性で強く生きるんやー!」
「ううっ、お母さんにわたしの気持ちなんて…」
「いや、分かる…。うちも観鈴と同じやからな…」
え…? お母さんも…?
「小さい頃からずっとそう。他の人と一緒に酒飲まれへんのや。
うちは一緒に飲みたいのに…
うちの中の、別のうちが暴れてまう。
せやから、みんなうちとは酒飲もうとせえへん。
晴子ちんは、すぐ暴れるからって…」
「それ、ただの酒乱」
「人が慰めてやってんのにいらんツッコミすなっ! このアホちんアホちんっ!」
「ああっごめんなさいごめんなさい! 観鈴はアホちんですっ!」
うううっ、観鈴ちん不幸。結局こうなる運命なのかなぁ。
「ま、世の中一人でも生きていけるもんやで。酒が友達っちゅーんもええやないか」
「い、いやだ〜」
わたしはどろり濃厚ジュースが友達…。憂鬱すぎる…。
こうして何ひとつ成果のないまま、わたしは足を引きずるようにして家へと帰っていった。
そして翌朝。
日差しが眩しくて、頭からタオルケットをかぶる。起きたくないな…。どうせ友達いないし。
「なんや観鈴、夏休みやからってまだ寝とるんかい」
「うん…」
「ええんかな〜、せっかく友達が誘いに来てくれたのに〜」
え…?
パジャマのまま、ベッドの上に身を起こす。空耳? 冗談?
「お、お母さん、今なんて…」
「おっと、もうこんな時間や。ほな仕事に行ってくるさかいな」
お母さんはなんだか嬉しそうな顔で出かけていった。あわてて服を着替え、飛び出すように外に出る。そこには…
「昨日は失礼しました…。ぺこり」
「遠野さん…」
もうないと思っていた光景に、そのまま言葉が続かない。
「あ、あの、えっとっ」
「…違います」
「え?」
「遠野さん、じゃないです」
「あ…。う、うんっ、ナギー…!」
「グー」
やっぱりわたし、アホちんだった。
あんな簡単に諦めちゃうなんて。
もう一度、振り絞るように、もう一度手を伸ばす。
「あ、あのねっ…。今日は…二人で遊べるかな…?」
「無理です」
「え?」
「三人だから…」
ナギーの後ろから、ひょこっと顔を出す小さな影。
「おっはよー」
「え? え? 佳乃りん、だって聖先生が…」
「うんっ、なんだかうるさかったけど、しつこいから『お姉ちゃんなんて嫌い』って言ってやったら寝込んじゃったよぉ」
か、かわいそ。
「今日はヒマヒマ星人1号だから、いっぱい遊べるよぉ」
「それではシャボン玉を吹きましょう」
「あたしは散歩がいいなぁ。観鈴ちんは?」
「えっ? あ、わ、わたしはトランプ…」
「それじゃ、順番こに全部やろうねぇ」
ほっぺたをつねってみる。夢じゃない。
遊べるの…?
わたしが、友達と…?
「に、にはは…」
「あーっ、観鈴ちん、泣いてるよぉ」
「…感激屋さん」
「に…は…」
え…。
涙がぽろぽろと落ちていく。
わたしの意志とは関係なく。
「観鈴ちん?」
「‥‥?」
「は‥‥えぐっ‥‥」
やだっ…!
やっとできた友達なのに!
幸せな時間が、すぐ目の前にあるのに…。
「ああ‥‥っく‥‥うぁぁ‥‥」
それなのに、抗っても無駄だった。
わたしの中の別のわたしは、座り込んで泣き崩れる。
行き着くところはいつもと同じ…。
閉じた暗闇の中で、それをただ呆然と感じていた。
…どのくらい時間がたったんだろう。
顔を上げるのが怖かった。
誰もいなくなった道端を見て、結果を思い知るのがどうしようもなく怖かった。
そんな時…
「あ…」
誰かの手が頭に置かれる。
わたしの中で何かが溶けて、反射的に顔を上げる。
優しい表情でわたしを撫でてくれる、長身の女の子。
心配そうにわたしを覗き込む、背の小さな女の子。
「び、びっくりしたよぉ」
「落ち着きましたか…?」
「あ、う、うん…」
そっか…。
ナギーは同じクラスだから、わたしの癇癪のこと知ってたんだ。
目の前にはまだ一本の糸が垂れていた。立ち上がって、必死の思いでしがみつく。
「あ、あのねっ…。わたし、ヘンな子だから。
誰かと友達になれそうになると、今みたいに泣き出しちゃうの。
小さい頃から、ずっとそうだった」
「‥‥‥‥」
だから仕方ないって思ってた。ひとりで頑張ればいいんだって。
でも、もうやだ。
友達がほしい。
わたしは、友達がほしい。
「でもね、別に辛いからとか、嫌だから泣いてるわけじゃない。
自分でもどうしてだかわからないだけで…
本当は、二人と友達になりたい。
一緒に遊んだり、勉強したり、お話ししたりしたい、だから…」
二人は黙って、わたしの言葉を聞いている。
ごしごしと目を拭いて、せめて笑顔で。
「だからわたしと…友達になってください…っ!」
「もちろんだよぉ」
「もちろんです…」
お日さまみたいに、明るく笑う佳乃りん。
月明かりのように、優しく微笑むナギー。
涙が勝手に溢れてくるけど、今度は癇癪のせいじゃない。
「えぐっ…わたし、ヘンな子だよ…?」
「別に気にしないよぉ」
「気にしません…。変なのはお互い様ですから」
うん…。
往人さんの言うとおりだったね。
こんな簡単なことだった。
ちゃんと正直に、自分の気持ちを伝えればよかったんだね…。
「ありがとう、ありがとう二人ともっ…。
実はわたし8月半ばごろに死んじゃうし、二人も呪いで巻き添え食って死んじゃうけど、そんなの別に気にしないよね!」
「永遠にさようなら」
「ああっうそうそ! 呪いなんて教会でゴールド払えばすぐ解けるからぁー!」
そして時は流れ…
一年が過ぎ、再びやってきた夏休み。わたしは太陽の下で旅の人に出会った。
「往人さん、久しぶりっ!」
「ああ、久しぶり…つーかお前なんで生きてんだよ?」
「うん、それなんだけどね…」
#############リプレイ開始#############
観鈴「二人とも、短い間だけど楽しかったよ…。く、悔いはない…」
佳乃「そんなっ、前世がどうとかで死んじゃうなんてひどすぎるよぉ!」
美凪「はっ。(ピーン) 一人では容量が大きすぎる翼人の魂も、三人の魂を合わせれば受け止められるのでは?」
佳乃「そ、そうかっ! さすがナギー、天才だよぉ」
観鈴「で、でも失敗したら二人まで…」
佳乃「友が苦しんでいるのを見過ごすことなどできない! 死ぬときは一緒だ…!」
美凪「フッ、及ばずながらこの私もお手伝いしましょう」
観鈴「か、佳乃りん、ナギー…。お前らって奴は…」
美凪「ならば! われらの魂をひとつにして――」
佳乃「今こそ燃えろ友情の小宇宙よ!」
観鈴「究極まで高まり、果てしなく奇跡を起こせ!」
カッ!(閃光)
#############リプレイ終了#############
「とまあそんな感じで、三人分の魂で翼人の記憶を受け継いだの」
「そりゃあ良うございましたね…」
「うん、持つべきものは友達。ぶいっ」
ちょうど海に遊びに行くところだったので、水着の袋片手に往人さんと並んで歩く。
「ま、幸せそうで何よりだ」
「うんっ…。やっぱりね、友達っていいもんだと思う。
この一年もいろいろあったけど、やっぱりそう思う」
「そうか…」
「一緒にいろんな所へ遊びに行ったり。
お喋りに熱中して、気がついたら夜になってたり。
たまにはケンカすることもあったけど…
次の日になって、『昨日はごめんね』って言えばすぐ仲直りできた」
「‥‥‥」
「たぶんこれからも、一生の宝物になると思う。
同年代の友達って必要だよね。
それがないなんて、すっごく寂しい人生だよね!」
「‥‥‥」
「? 往人さん?」
「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
‥‥‥‥。
走ってっちゃった…。何かあったのかなぁ? ま、いいや。
「おーい、観鈴ちーん!」
「ミス・観鈴、遅刻…」
「にはは、ごめんごめんーっ!」
二人の声が聞こえ、手を振って走り寄る。その向こうは広がる海。もう何度も行ったけど、一緒ならいつだって楽しい。
「今日も競争するよぉー」
「…はい、今日こそカノピーに勝ってみせます…」
「ううっ、観鈴ちんは今日もビリ」
「あはは、あたしが泳ぎ方教えてあげるよぉ」
「…目指せオリンピック」
「そ、そうだねっ」
砂浜に降りて、サンダルを脱ぎ捨て走り出す。ばしゃばしゃと跳ねる水。潮の匂い。
「観鈴ちーん、水着に着替えてからだよぉ」
「…準備運動も」
「にははっ」
振り返ると、呆れ顔の二人。
波の中で笑いながら、わたしは思い切り腕を広げ、夏の空気を吸い込んだ。
<END>
====================================================================
その頃人気のない山道では、必死に人形へ話しかける一人の青年の姿があった!
「なあ相棒。俺たちは長いこと苦楽を共にした親友だよな?」
『‥‥‥』
「‥‥‥」
『‥‥‥』
「‥‥‥」
『‥‥‥』
「はっ! べ、別に友達なんて欲しくもなんともないねーー!」
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友情のAIR劇場:後書き
AIRの感想でも書いたようにヒロイン同士の絡みがなかったのが残念だったので、ひとつSSで補完しようかというのが発端でした。
けどよくよく考えたら、観鈴って呪われてるじゃん…。
これで友人関係を書くとなるとギャグにするか、悲劇にするか、奇跡を起こすか、設定無視するかしかないですわな。まったく難儀な世界設定だぜ。
AIRで一番好きというか、心を打たれたのは観鈴の孤独感です。
あんな風に独りぼっちで、でも明るくて、友達が欲しいと強烈に思っている姿はすげえ切なかった。
だからあのラストはさぁ…。翼人の物語なんかどうでもいいから、観鈴の物語を見たかったよ。観鈴がどう考え、何を求め、手に入れるかを見たかった。話が地球レベルになったせいでそのへんが拡散してしまった。家族愛なんて晴子さんが一方的に与えてるだけで、観鈴は何もしてねーじゃん。
ということで創作だけでも観鈴ちんに友達を作らせたかったのデース。
ってギャグSSで語るなよって感じですね…。
(00/11/12)
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この作品は「AIR」(c)Keyの世界及びキャラクターを借りて創作されています。
すべてのシナリオに関する重度のネタバレを含みます。
愛のAIR劇場
またもや一文の稼ぎもなく、俺が重い足取りで駅に戻ってくると、みちるがシャボン玉で遊んでいるところだった。
「んに? なんだ国崎往人か。まだこの町にいたの」
「悪かったな」
「べーっ! とっとと出てけ、ばかやろー」
あ、相変わらずだなこんガキャ…。頭に来た俺は、みちるに向けて思いっきり念を込める。
「にょわっ!? か、からだがかってに動くーっ!」
「お前を使って新しい芸を開発してやる。光栄に思え」
「なにすんだーっ! このロリコンはんざいしゃーっ!!」
「うるさいっ! てーい空中大回転」
「にょわわわわわわわわ」
うむ、なかなか面白い芸だ。これなら明日は稼げそうだな。
もうちょっと回してみよう。
「にょわわわわわわわわわわわわわ」
「…楽しそうですね」
「うわあ!」
いきなり背後に現れる遠野。驚きで法術が解けてしまい、みちるはふらふらと遠野に寄り掛かった。
「みなぎ…、こいつがみちるのからだをもてあそんだ…」
「…変態ロリコン犯罪者?」
「ち、違うっ! 俺はただ新しい芸の開発をしてただけだっ!」
「こいつに近づいちゃだめだよっ! 次は美凪を狙ってるよっ!」
遠野は俺たちの顔を見比べると、うつむき気味にぼそりと言う。
「がおー…美凪ちんぴんち…」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「…神尾さんの…モノマネ…」
…しーん
「面白く……ないですか?」
いや、そんな悲しげな瞳で見られても…。
ピンチなのはこっちの方だ…。
「…ウケないギャグに、意味はあるんでしょうか」
「お、面白かったよっ! さすが美凪、モノマネの帝王っ!」
「…えっへん」
「平気で嘘をつく奴はロクな大人になれないぞ」
「国崎往人はだまってろーー!!」
駄目だ、こいつらに付き合ってると体力が吸い取られる…。
俺は会話を放棄すると、夕食の準備にとりかかることにした。とりあえずバケツに汲んでおいた水で米を研ぐ。
「にょわっ、海の水だっ」
バケツに入れた指をなめたみちるが声を上げた。
「ああ、少しは味がつくかと思ってな」
「それはとても…ライスな考えですね」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「…ライスとナイスを…かけてみました…」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「…ぷくく」
ひ、一人でウケてやがる…。
さすがのみちるも石化している。真夏なのにここだけ氷点下だ…。
「やっぱり私…吉本を目指すべきですか…?」
「なんでやねん!」
「お、面白かったよっ! さすが美凪、お笑いクイーン!」
「…イエーイ」
無表情でピースサインを決める遠野。
「すごいよ美凪! ハラショー美凪! チョイナチョイナ美凪!」
「これ以上増長させんなよ」
「…国崎往人のばかやろーー!!」
がすっ!
みぞおちに体重を乗せた蹴りが入った。
「おおお…」
「わかんないのっ!? 国崎往人がびんぼーで元気ないから…笑ってもらおうと思って、美凪はあんなこと言ってたんだよっ!」
「ええっ!?」
ガーン、そ、そうだったのか…。
「悪かった遠野、そうとは気づかずに…」
「大丈夫、気にしてません…全然…まったく…これっぽっちも…」
「‥‥‥」
そんな俺たちを見て、不意にみちるが寂しげな表情を浮かべた。
遠野もそれに気づき、怪訝そうな目をする。
「みちる…?」
「美凪にも…大事な人ができたんだね」
「え…」
「みちるは美凪のためだけに生まれたから…。美凪に必要とされなくなったら、もう存在する理由もない…」
そう言うみちるの姿が薄れていく。そうか、そういうことだったのかリリン。
「みちるっ…」
駆け寄ろうとする遠野の肩をしっかと掴む。
「遠野…。夢はいつか覚めるものなんだ」
「国崎さん…」
泣いてしまうのかと思った。
しかし少女は悲しみを受け止めると、そっと俺の手を離した。
「分かりました…」
「遠野…」
「みちるの存在には代えられません…。この際国崎さんは切り捨てましょう」
「ちょっと待てコラ」
「私だって…汗くさい男より、可愛い女の子の方がいいです…」
「汗くさくて悪かったなぁ!」
その言葉を聞くやいなや、ぱっと表情を変えて遠野に抱きつくみちる。
「わーい、やっぱり美凪のこと大好きー!」
「うん…」
そして俺を見てニヤリと笑う。
「にゃはははは、ざまーみろ。美凪はみちるのもんだー! ばーかばーか」
「ム、ムカつく…。いいのか遠野、夢を見続けたままで!」
「私が夢から覚めなかったら、誰か困りますか?」
「決まってるだろう、そりゃぁ…
‥‥‥‥。
‥‥‥‥。
誰も困らないな」
「やったー! みちるの存在が正当化されたー!」
そ、そうなのか? それでいいんか!
混乱する俺をよそに、しっかと抱き合う遠野とみちる。
「ちるちる、これで二人の愛は永遠ですね…」
「ナギィィィィ!」
つ、つきあってられん…。
俺は荷物をまとめると、勝手に世界を作っている二人を残して駅を離れた。
霧島診療所はまだバイトを募集してるかな…。
そろそろ日が傾きかける中を商店街へと向かう。
「あっ、往人くんだぁ」
「ぴこぴこ」
うまい具合に散歩中の佳乃と遭遇した。しかしこいつのバンダナはよく目立つな。
「それ、暑くないのか?」
「暑いよぉ。お風呂に入っても洗えないから、汗と垢ですごいことになってるよぉ」
「二度と俺に近づくな」
「うそうそ! ちゃんとずらして洗ってるってばぁ!」
本当かよ…。
「実は、俺を診療所で雇ってほしいんだ」
「ほんとっ? やったぁ、お姉ちゃんも助かるよぉ」
元気よくはしゃぐ佳乃。こうやって喜んでくれるとこっちも嬉しくなるな。
「それじゃ君を霧島家の下僕2号に任命するよぉ」
「…おい」
「ちなみに1号はポテトだぁ」
「…ぴこぴこ」
「お前も大変だな…」
「大丈夫だよぉ。だってポテトってめそ…
ゲフッゲフン! な、何でもないよぉ」
「そ、そう。(めそって何だ? めそって何だー!?)」
そんなこんなで診療所の中に入り、同じことを所長に伝える。
「そうか。ではさっそく明日から頼む」
「しかし…本当にいいのか? 今日も全然客がないようだが」
「気にするな。どうせ時給は250円だ」
「阿呆がこき使えたらって、思ったことないかなぁ」
「ちょっと待て、お前ら…」
抗議しようと口を開く俺を、姉妹の冷ややかな視線が迎え撃つ。
「こんな貧乏診療所から金をむしり取る気か。鬼のような人間だな、君は」
「金の亡者だよぉ」
「…もういい、とりあえず飯さえ食えれば…」
「うむ、しかし夕食には少し早いな。まずは茶でもご馳走しよう」
「それじゃあたしは、部屋で宿題やってるねぇ」
佳乃は自分の部屋に引き上げ、俺と聖は診察室で向かい合って座った。
差し出された湯飲みを受け取り、熱い茶をすする。
「あの子も成長したんだなぁ…」
「佳乃か?」
「ああ。昔は勉強もせずに遊んでばかりで、宿題は全部私がやっていたものだが」
「お前、甘やかしすぎ…」
「…それだけ佳乃が可愛いんだ」
ふっと遠い目をする聖。
「そう…私は妹が可愛い」
「ああ」
「顔が可愛い。声が可愛い。仕草も可愛い。ちょっと頭が足りないのも可愛い!」
この町にはこんな奴しかいないのか?
「だから悪い虫は許さん。妹の身は姉が守らねば! 佳乃に近づく男はコロス!」
「お、俺ちょっと急用が…」
う!?
立ち上がろうとした瞬間、全身から力が抜ける。
「ふふ…、そろそろ効いてきたようだな」
「て、てめえ最初からそのつもりで…」
「黙れ、佳乃をたぶらかす悪党め。美しい姉妹愛のためだ!」
「くそぉぉ〜! バイトってのも罠だったかぁ〜!」
「なあに殺しはしない。君の体質は興味深いからな。ポテト、人体実験の準備だ!」
「ぴっこり」
裏切った駄犬とともに手術道具一式が取り揃えられ、俺はなすすべなくベッドに横たえられる。
「お前に医者の良心はないのかぁ!」
「安心しろ、私は天才だ。成功すればお前の法術は倍になる」
「いやだぁぁぁぁ!!」
抵抗空しく聖のメスが振り下ろされ…
「うわらば!!」
悲鳴とともに俺の意識は闇へ落ちた。
「ん? 間違ったかな…。佳乃〜!」
「な〜に、お姉ちゃん」
「捨ててこい! 私の求める医学の道はまだ遠い」
「うん、わかったよぉ」
俺が目を覚ましたのは、夕日の照りつけるゴミ捨て場だった。
「捨てたよぉ」
「お前、自分の行動に疑問はないのか?」
「深く考えてないよぉ」
「考えろ、頼むから…」
そのまま佳乃は帰ってしまい、薬の効果が切れるまでそこで待つ羽目になる俺。
「わ。往人さんが捨てられてる」
「観鈴か…。なんだか久しぶりだな」
「うん、久しぶり。にははっ」
観鈴に助け起こされ、なんとか体も動くようになった。
観鈴は買い物の途中だったらしい。なんとなく並んで歩き出す。
「往人さん、宿なし? だったらうちに…」
「うーむ、しかしお前の母親になんと言われるか」
「だいじょぶ。お母さん、旅行に行っちゃったから」
「そうなのか?」
「だから観鈴ちん、ひとりぼっち。ま、慣れてるけどね。にはは…」
相変わらず不憫な奴だな…。なんでこいつがこんな目に遭わなきゃならないんだろう。
「なあ…要は例の癇癪のせいなんだろ? 薬か何かで治らないのか?」
「ううん、そういうのとは違うと思う」
「そうなのか…」
「…本当は、理由、わかってるんだけどね」
呟くように言って、遠い空を見上げる観鈴。
「わたし、前世は翼人だったから」
「…は?」
「翼人とは星の記憶を継ぐものなの。それは地球の原初から存在し、次々と記憶を受け渡してきた。けれど平安時代に全滅してしまい、その後は人間に転生したけど、魂が大きすぎて人間は死んでしまう。しかも密教の呪いによって常に孤独であり不幸だった。地球の平和のためには幸せな記憶を星に返す必要があるの! それは翼人の魂を継ぐ者に与えられた崇高にして偉大な使命なの! だからわたしは幸せに死ななきゃいけないの!」
「ムーに行け! ムーに!!」
やべーよ…。こいつに友達がいない理由がよく分かった…。
「がお…。自分だって翼を持った少女がどうとか言ってるくせに…」
「ああっ、俺もヤバい奴だったのか」
「往人さん、電波友達」
「そんな友達は嫌だぁ!」
と、例の口調が出たから殴っとかないとな。
ポカッ
「イタイ…。どうして『がお』の素晴らしさは理解されないかなぁ」
「口調として不自然すぎるだろ。せめて『うぐぅ』にしろ」
「うぐぅ」
ポカッ
「うぐぅ…。どうして言うとおりにしたのに殴られるかなぁ…」
「スマン、なんだか無性にムカついた…」
「うぐぅ、ひどいよ」
「悪かった。俺が悪かったから元に戻してくれ」
とか言いながら神尾家が見えてきたその時!
ぶろろろろろろろろぉーーっ!
「ギャース!」
俺は爆走してきたバイクに轢き殺された。
「誰やっ、うちの娘を苛めたんは! お前かゴルァ!」
「お、お母さん…」
「すまんなぁ観鈴、寂しかったやろ? せやけどもう大丈夫、問題は全部解決したで」
「それより、往人さんが血吐いてる…」
「ええねん、AIRの主役はうちら二人やもん。こいつはカラスにでもなって傍観してるんが似合うとるんや」
こ、こん畜生…。
「ほら、お土産買うてきたで。お揃いの水着やねん。これ着て海に遊びに行こ。な?」
「う、うん…。よくわかんないけど、嬉しい。にははっ」
仲良く家に入っていく二人。俺も血を流しながら這いずるように後を追った。
晴子にせがまれ、観鈴は水着に着替えるべく自分の部屋へ行った。
ニヤつきながらテレビを見ている晴子の隣へ腰を下ろす俺。
「…どういうことだ?」
「何がや」
「今まで観鈴に冷たかったくせに」
「…別に観鈴が嫌いやったわけやない。いや、むしろその逆や」
ふ…とアンニュイな表情を浮かべる晴子。
「うち、あの子がめっちゃ好きや。せやけど預かっとるだけやから…。あの子の父親が、敬介の奴が連れ返しに来たら別れるんが辛くなる。そう思て、今まで距離置いてたんや…」
「そうだったのか…」
「せやけど…」
静かな家の中に、テレビの音だけが流れる。
『次のニュース。○県×市に住む橘敬介さん(3X歳)が昨夜より行方不明となっています。警察では事件に巻き込まれた可能性もあると見て捜査を続けており…』
‥‥‥‥。
「こぉんな簡単な方法があったんやねぇ…」(くっくっくっ)
「やっていい事と悪い事があるだろ、お前ー!!」
「安心し。あんな男でも一応観鈴の父親や、殺ったりしてへん」
「そ、そうか」
「ちょっと外人部隊に売っ払っただけや」
「大して変わんねーよ!!」
「とにかく! これでうちと観鈴の仲を邪魔するもんはのうなったわけや。もう遠慮せえへんでえ。観鈴とめいっぱいラブラブしたるねん! ちゅーしたり、ちゅーしたり、ちゅーしたり!」
この町にはこんな奴しかいないのかぁぁぁ!!
「お、お母さん…」
着替え終わった観鈴がおずおずと姿を現す。
「ち…ちょっと恥ずかしい」
おお、これはなかなか…。
ブフーーー!!
隣で晴子が鼻血を吹いて悶絶していた。
「こ、ここまで立派に成長しとったとは…。お母ちゃんは嬉しいでぇ…」(ぼたぼたぼたっ)
「今のあんたは母親でも何でもないと思う…」
「よっしゃ! せっかく服脱いだんや、一緒にお風呂入ろ! おかんが洗ったるさかいなぁ」
「い、いい…。自分で洗う…」
「遠慮せんとき。心ゆくまで洗ったるでぇ、もう隅から隅まで!」
「あああっ観鈴ちん史上最大のぴんちー!」
「サヨナラ観鈴。次に会う時は俺の知らないお前だな」
風呂場に連れ込まれる観鈴を冷ややかに見送る。
腹減った…。夕食まで保ちそうにないので、テーブルの上にあった栗まんじゅうを口に放り込んだ。うむ、悪くない。
全部片づけて茶を飲んでいると、やつれた顔の観鈴がよろよろと出てくる。
「も、もうお嫁に行けない…」
「ご愁傷様。ところで観鈴、そろそろ出ていこうと思うんだ」
「え…?」
一応、腹もふくれたしな。
後ろから満足そうな顔の晴子が首を出す。
「そかそか。そらまあ、うちらの新婚生活を邪魔したくはないわなぁ」
「勝手に言ってろ…」
「往人さんにいてほしいな…」
「…すまない」
「とりあえず他はどうでもいいから、宿題手伝ってほしいな…」
「俺の存在って一体…」
「あ。後で食べようと思ってた栗まんじゅうがない」
「よし宿題でもやろうか! たまには頭使わないとな!」
観鈴の背中から晴子がべったりとへばりつく。
「なんやぁ、水くさいなぁ。宿題くらいうちがいくらでも手伝うたるのに」
「いい。お母さんて頭悪そうだから」
ズガーーーン!!
「ええねんええねん、どうせうちは学のない女や…」
「おい、いいのか?」
「大丈夫。お母さんは強い子」
部屋の隅でいじける晴子を放置して、俺たちは数学のテキストに取りかかった。
が…
「往人さん…」
「‥‥‥」
「わたし、がんばったよね」
「始めて10分しか経ってないけどな」
「がんばったから…もう休んでもいいよね」
「よくねえ」
「ゴールっ…」
「せめて1ページくらい終わらせてから言えよ!!」
既に観鈴は爆睡していた。
その根性のなさが悲しくて…
どうせ夏休み最終日に、泣きながら机にかじりつく羽目になるのが…
ただ予想できて…
「観鈴っ…?」
あわてて晴子が飛び起きる。
「嫌や…
そんなん嫌やっ…
うちをこんな野獣みたいな男と二人にせんといて…」
「誰が野獣だコラ」
「まだ夜はこれからやんか…
酒もいらん…
負けてばかりの阪神もいらん…
観鈴といちゃつけたらそれでええんや…」
「違うだろ」
「ずっと二人でいちゃいちゃしよ…
グラスに二本のストロー差して、二人で飲もうや…
一緒の布団で、あんなことやこんなことしよ…」
「違 う だ ろ」
「観鈴ーっ!」
限界だった。これ以上精神が壊れる前に、俺はそそくさと神尾家を出た。
「さようなら」
結局、なんだったんだろう、この町で過ごした時間は。
星空の下をバス停に向け歩きながら、そんなことを思う。
『この空の向こうには、翼を持った少女がいる』
『それは、ずっと昔から』
『そして、今、この時も』
『同じ大気の中で、翼を広げて風を受け続けている』
この空に、か…。
広大な天空。それを見上げる俺の視界を、何かが横切っていく。
「まったく、あんな百合女の身体になどこれ以上居られぬ。新しい転生先を探さねば…」(ばっさばっさ)
「って、あ、あ、あーーーっ!!」
「ん? なんだおぬし、余の姿が見えるのか」
「つばっ、翼っ、翼っ!」
空にいる、翼を持つ少女。間違いない。ついに見つかったのか。
俺たち一族がずっとずっと探してきた、それが…
「こんな生意気そうなガキだったなんてー!」
「ほっとけ! 呪いのせいであれから成長せんのだっ!」
「で、一体何をしてるんだ?」
「うむ。翼人は滅んでしまったので、人間に転生しなくてはならぬ。あの神尾観鈴とかいう女はもうイヤなので、別の魂の器を探しておるのだ」
な、なんと、観鈴が言っていたのは本当だったのか。
翼人の魂。人間に転生しても、注ぎ終わる前に器は割れてしまうという。
「そうやって大勢の人間をとり殺してきたのか。ひでえ魂だな、ああん?」
「よ、余だって転生したくてしておるのではないっ! 文句はこんな設定を作った麻枝に言え」
反省の色なし! 許しがたい悪霊だな。世のため人のため、不幸な輪廻はここで断ち切らなくては!
俺は人形に念を込めると、そいつへ向けて突き出した。
「吸引!」
「あああっ!?」
きゅぽん
ノリで言ったのに本当に吸い込んでしまった…。さすが千年の法術が詰まってるだけのことはあるな。
『こらーっ、出せーっ! 余を誰だと思っておるーっ!』
『まあまあ、相変わらずでございますこと』
『う、裏葉っ!? なぜここにっ!』
ん、もう一人いるのか?
人形を耳に当てると、誰かがにじり寄る音が聞こえてくる。
『こんなこともあろうかと、意識の一部を人形に残しておいたのでございます。こうしてまた神奈さまと二人きりになれるとはなんたる幸せ』(よよよ)
『く、口元がニヤついておるぞっ! 寄るなっ!』
『ここなら柳也どのの邪魔もありませぬ。ささ、可愛らしい神奈さま…』
『ちょっ、やめっ…あ…ああっ』
俺は人形から耳を離し、思いっきり振りかぶると…
ぶんっ!
眼下に見える崖に放り投げた。これで翼人の魂が迷惑な事件を起こすこともない。観鈴は死ぬこともなく、母親といちゃついて暮らすだろう。俺の無意味な旅も終わった。
「これってハッピーエンドじゃん…」
納得した俺は、山道に向けて新たな一歩を踏み出したのだった。
…明日からどうやって稼ごう。
<END>
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