朝日奈BDSS: Star on the ground





「夕子さん、誕生日おめでとうございますぅ〜」
「ゆ、ゆかりってば覚えてたの!?」
「はい〜。何と言っても夕子さんのお誕生日ですから〜」
 自分の誕生日すら忘れる彼女がそう言ってくれたことに思わず夕子はほろりとするのだが、朝から家に押し掛けるのはなるべくならやめてほしかった。
「それでは学校へ参りましょう。さあさあ」
「あーはいはい。背中押さないでってば」
 今日は朝日奈夕子の18回目の誕生日である。前々から自分で宣伝して回っていたので、とりあえず周囲は全員知ってはいる。特につるみ仲間の4名は、しつこいくらい聞かされていたので忘れたくても無理な話だった。
「えー?何の日だっけ」
「最近物覚えが悪くってさぁ」
「またまたー、みんな口元がにやけてるよん」
 悪友たちは少し意地悪そうに笑ってたが、後ろでごそごそやったかと思うと、綺麗にラッピングされた包みを差し出した。
「はいっ、誕生日おめでとう!」
「一応祝ってやるわよ」
「さあんきゅっ、期待してたよーん。って、ええっ!?ピッチじゃん!!」
 PHSほしいとはしょっちゅう言っていたが、本当に出てくるとは思わず目を丸くする夕子である。
「マジマジ?後で返せって言ってもヤだからね!」
「ま、4人で割り勘なら大したもんでもないしさ」
「あと持ってないのって火倉だけ?」
「いいわよ、あたしの誕生日にみんなでくれれば」
「それもなんか空しいような…」
「みなさん、仲がよろしいですねぇ」
 そこで初めて友人たちはゆかりに気づく。世間のテンポと無関係に生きている彼女は、忘れ去られることが時々あった。
「ねえねえ、古式のプレゼントって何?」
「あ、ちょっと興味あるー」
「つまらないものでお恥ずかしいのですが…ハエトリソウの鉢植えなど持って参りました」
 ゴーン
 どこに持っていたのかなどという問題ではなかった…。が、
「朝日奈さん、誕生日おめでとう!」
 その声に夕子の顔はぱあっと輝き、あわててそれを引っ込めて、くるりと元気に振り向いた。
「ありがと、コウ!」
 そこには自分の大好きな優しい笑顔がある。彼を好雄から紹介されたのはもう2年前になるが、気がついたら彼に夢中になっていた自分が今はなんだか嬉しい。
「ちゃんと覚えててくれたんだ」
「そりゃ、あれだけ毎日聞かされてりゃあな」
「あによヨッシー、いたの!?それじゃあたしが祝ってくれって催促してたみたいじゃん!」
「まあまあ…」
 公は苦笑すると、カバンから小さな包みを取り出した。流行に敏感な彼女に合うものを探すのは一苦労だったが、情報誌をひっくり返してなんとか用意したのはつい前日である。
「ややだぁそんな気使わなくてよかったのに。ね、開けていい?」
「もちろん。どう?」
「わぁ、タウハウスの帽子じゃん!超嬉しい!!」
 くるくる変わる夕子の表情は本当に見てて飽きない。振り回されることも多かったけど、彼女といる楽しさは一番!と今は断言できた。
「あ、先生来ちゃったよ」
「えーっ、いいじゃん別に。どっかにブッチしちゃわない?」
「だめだめ、どうせ放課後みんなでどっか行くんだろ?」
「う、うんっ。もちろんっ」
「それじゃその時にね」
「(俺のセリフがない…)」
 公と好雄が自分の教室に戻るのを、夕子は帽子を抱きしめたままぶんぶんと手を振って見送った。その後ろで4組の視線が夕子をにやにやと見つめている。
「んーもう、暑いねこのこの!」
「あ、あによぉ…」
「ホント夕子って惚れっぽいわよね。あんなののどこがいいんだか知らないけどさ」
「い、いーのっ!とにかくいいんだからねっ!」
 なにがいいのか知らないが、とにかく担任が来たので席に着く。今日は最高の一日となりそうだった。

 なんだかんだで昼休みも公の所へ入りびたり、そして放課後。
「どうしよっか?カラオケにでも行く?」
「ひなが決めちゃっていいよ」
「んー、それなんだけどさ…」
 頭をかいて言いずらそうにしている夕子に、ゆかり以外は事情を了解した。
「あーはいはい、お邪魔虫は退散しますね」
「お幸せにー」
「あ、あはははは。いや、そんなんじゃなくって…やだなーもう」
 必死でにやける顔を押さえる夕子に、一同は手を振ってその場を去る。…ゆかり以外は。
「まあ、皆さん急用でもあるのでしょうか?仕方ありませんねぇ、それでは参りましょう」
「いや、だからねゆかり…」
「はい?」
「だ〜か〜ら〜!」
「はい〜?」
「(ああああっ)」
 なすすべないまま外へ出ると、公が校門のところで夕子を待っていた。おまけに好雄も。
「(なぁぁんであんたまでいるのよっ!!)」
「(まぁまぁ)
 それじゃ行こうぜ!」
「そ、そうだな」
「そうですねぇ〜」
「(とほほ…)」
 いい場所があると好雄が一同を先導する。いきなり計画失敗かと、足を引きずる夕子だった。
「あ、そういやヨッシーからプレゼントもらってないじゃん」
「ごめぇ〜ん、あたし今びんぼーなのぉ〜」
「超むかーーー!!」
「あっはっはっ…。それより好雄、一体どこ行くんだよ」
「ふふーん、この情報通の俺様をナメるんじゃないぜ。実は西急百貨店で今日始まったのさ…ハニワ展が」
 ごぉーん
「まぁ、素敵ですねぇ」
 当たり前だが喜んだのはゆかりだけである。デパートの催し物会場でぼーっとハニワを見つめる彼女に、公と夕子は思わず白髪になっていた。
「好雄お前なぁ!」
「‥‥‥‥‥」
 公はともかく夕子の方は本気で好雄に殺意を抱きかけていたのだが、当の相手は笑いながら小声でささやいた。
「ほら、古式さんは俺が何とかするからさ。お前らは行った行った」
「え!?」
「ヨッシー、まさか…」
「ま、金ないのは本当だからこんな事しかできねぇけどよ。たまの誕生日くらい好きなだけ楽しんでこいって」
 なんて、なんていい奴なのだろうか。2人は思わず拝みたくなる気分である。
「好雄、お前って男は…」
「なーに、いいってことよ」
「ヨッシー…あんがと、感謝する!
(ゆかりもごめん!そのうち埋め合わせするね!)」
 心の中で手を合わせると、夕子は公の手を取って走り出した。
「ほらほら、早くしないと誕生日終わっちゃうよ!」
「あ…了解!それじゃいってみよう!」

 裏通りのしゃれた小物屋、小さいけどケーキのおいしい喫茶店、こういうところをなぜか公はよく知っていて、夕子はそれが楽しみだった。
 そうこうするうちに夜も更けてきて、店の明かりも消えていく。
「ゲーセンくらいしか開いてないなぁ」
「ゲーセンはまた今度でいいよ。ね、ね、あそこ開いてるよ」
「はいはい」
 ショーウインドーに見入ってる夕子の頬に、ひやりとした感触が当てられる。公が笑いながらジュースを手にしていた。
「のど乾いたでしょ?」
「え、う、うん」
 ちょっと赤くなった顔を見られないようにして、足早に歩きながらジュースの蓋を開ける。夕子の好きなレモンスカッシュだったけど、ちらりと横目で公を見るといきなり缶を差し出した。
「そっちもひとくち飲みたい」
「は?」
「ダメ?」
「いや、別にいいんだけど」
 公から缶コーヒーを受け取ると、夕子は嬉しそうに口をつけた。
「ね、ね、コレって間接キスだよね」
「ぶっ」
「あによぉ、そのリアクションは」
「げほげほっ、あ、いや、大した意味はないけどさ」
 時計を見ると9時を指していた。まだまだ街に人通りは多いが、さすがに高校生の姿は少ない。
「そろそろ、お開きかな」
「う、うん…」
 仕方なさそうに頷いて、そっと腕を絡ませた。急に風が冷たくなったのはさすがに気のせいだろうが、誕生日くらい羽目はずしてくれてもいいのに…と少しだけ思う。
「ねえねえ、そういえばこの前のドラマ見た?」
「あ、そーいえばさぁ、今度朋がライブやるんだって」
「でもやっぱ中日にはもうちょっと粘ってほしかったよねー」
 どうでもいいことを話して、歩調もちょっと遅くして。でも家までの距離はどんどん無くなっていって、もう少しで見えてくるというところで、とうとう夕子は立ち止まった。
「…帰りたくない」
「朝日奈さん…」
「ね、いいじゃん。もうちょっとどっか行こうよ!まだ夜長いし、どっか外で泊まってもいいし、あたし…」
 多分その言葉は予想してたのだろう。公は困ったような顔をすると、言い聞かせるように口を開いた。
「また明日だって会えるだろ?もうこんな時間だし、両親だって心配するしさ」
 びくん、と夕子の体が揺れる。
 誕生日、ずっと楽しみだった。でもこんなことなら来ない方がよかったかもしれない。どうせ終わっちゃうなら、楽しいことなんてない方がいいかもしれない。
「…家になんて、誰もいないもん…」
「…朝日奈さん?」
 公には共稼ぎだとしか言ってなかった。言ってしまえば彼の態度も変わっただろうけど、でもやっぱり口にしたくなかった。帰っても家の中は真っ暗で、「ただいま」って言っても返事が返ることはなくて。
「コウになんてわかんないわよ!!」
 前向きでも明るくもない、自分に一番似つかわしくない言葉を吐き出すと、夕子はその場から逃げ出そうとした。こんな自分は見られたくなかったのに。
「朝日奈さん!」
「放してよっ!!」
 公の手が夕子の手をつかむ。
「放して…」
 絶対に放しちゃいけない。公はもう一度手に力を込めると、そのまま夕子の家とは逆方向に歩き出した。
「ど、どこ行くの?」
「いいから!」
 公の歩調が早くなる。夕子もつられて小走りになった。街灯のともるきらめき市を、2人は手を繋いだまま走っていった。

 そこは高台の上にある古めのマンションで、蛍光灯の周りを蛾が飛んでいた。
「コ、コウってば。こんなとこ入っちゃっていいの?」
「しっ」
 なるべく足音をたてないようにしながら、長い階段を駆けのぼっていく。
「本当は、何でもよかったんだ」
 さすがに息を切らせながら、公は振り向かずに話しかけた。
「朝日奈さんが喜んでくれるなら何でもよかった。でももしかしてつまらないかもしれないけど、やっぱりこれだけは見せたいから…」
 立入禁止の札を乗り越えて、屋上への扉を開ける。きしんだ音とともに開いた先には、一面の灯が降り注いでいる。
「わあ…」
 空いっぱいに星が見える。その下には街の明かりが。
 たたたっと走っていって金網に手をかける彼女に、公はまぶしそうに目を細めて隣に立った。
「星、きれいだね」
「でも俺は、街の明かりの方がいいな」
「…うん、あたしも」
 自分たちの生まれ育った街が、足元に広がっている。手を伸ばせば届く場所に、幾千の光を込めて。
「生きてる感じがするね」
 そしてそこにあの暗闇はない。消えても、また灯って、脈を打つように続いていく。
「だから、好きなんだ」
 公はそう言うと、そっと夕子を背中から抱きしめた。夕子はちょっと照れたように腕に触れると、そのまま彼の体温を感じていた。

 空に輝く星よりも、地を照らす灯を見つめていたい。
 地を照らすともしびよりも、ただ君だけを、ずっと…



「ねぇ、泊まってってよ」
「うーん」
「いいじゃんかぁ。別に変なことしないから、ね?」
 公は思わず苦笑するのだが、夕子としては真剣だった。でも家のそばまでやって来て、それどころではない事態に気づく。
「ちょっとぉ、なんで家の明かりがついてるのよ!」
 なんとなく予想がついて玄関に飛び込むと、案の定台所の方から笑い声が聞こえてきた。
「あら〜、夕子さん〜」
「よ、公。キスくらいは済ませてきたか?」
「な、な、な…」
 真っ赤になる2人の姿に、甲高い笑い声が響く。
「やっだーひなったら、赤くなってやんのー」
「超おかしー!」
「なんであんたらまでいるのよっ!あーっ、おまけに人ん家の冷蔵庫勝手に開けてるし、もう超信じらんない!」
 一応怒ったフリはしたのだが、フリだというのがばればれであった。公は笑いながら肩をすくめると、夕子を椅子に座らせる。
「こりゃ、今夜は徹夜だね」
「…もー、しょうがないなぁっ!」
「夕子さん、嬉しそうですねぇ」
「ゆかりは黙っててよっ!」
 いつも静かな家の中に、今日だけは笑い声が響く。だって年に一度だけの、今日は夕子の誕生日だから。
「そいじゃ早乙女好雄、歌います!」
「あーっ耳が腐る!」
「公!俺とデュエットだぁ!」
「いやだーーっ!」
 夕子の隣に座っていたゆかりは、ちょっと夕子の顔をのぞき込んだ。
「夕子さん、どうかなさいましたか?」
「え?ど、どうもしないよ?」
 夕子はあわてて目をこすると、心配ないというふうに手を振った。
「そういえば、さっきはごめんね」
「はい?なにがですか?」
「あ、いや、わかんないならいーの」
「はいはい、皆さんご静粛に」
 結局公も歌う羽目になったらしい。どんな歌が飛び出すのかと夕子はにやにやしながら見ていたので…それは完全に不意打ちだった。
「Happy birthday to you. Happy birthday to you…」
 そのまま固まっている夕子を除き、女の子たちの声がそれに加わる。
「Happy birthday Dear Yuko・・・ Happy birthday to you!」
 そして続く拍手と、祝福の声。少し困ったような夕子の顔に、すぐにぽろぽろと涙がこぼれだした。
「ありがと…嬉しい…」
 膝の上で握られた手に公の手が重なる。人前で泣くなんて嫌なはずだったけど、今は流した涙の分、なんだか綺麗になれるような気がした。
 寂しいのもいいのかもしれない。いつかみんなが来てくれるなら。

 そして輝くStar on the ground.
 なによりも、誰よりも。ただ君だけを見つめてる。




<END>



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