この作品は「ときめきメモリアル2」(c)KONAMIの世界及びキャラクターを借りて創作されています。
ときメモ2全般に関するネタバレを含みます。

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バーニング!体育祭






 日差しも強まり、夏が始まる6月のひびきの高校。衣替えの済んだ生徒が登校する中、今年も体育祭の日がやってきた。
 光たち3年生にとっては最後の体育祭。自然と気合いも入ろうというものである。
「6月だぁ! 晴れだぁ! 体育祭だぁ! いい天気になったよねっ! これはもう張り切らなきゃいけないよねっ! ねっねっねっ」
「ハイハイ」
「も〜、琴子ノリ悪いよ〜。もっとこう、若人のパッションをはじけさせようよっ!」
「アンタに元気全部吸い取られそうだわ…」
 とか話しながら学校への坂を登っていると、ふと前方に誰かがしゃがみこんでいるのが目に入る。
「あ、八重さんだ」
 なにやら道端へ手を伸ばしている長身の少女。目を凝らすと、黒猫が一匹警戒がちにその手を見ている。
「おいで…、おいで…」
「ニー」
 しかし一声鳴くと、ぷいっ、スタタタタ…と去っていく猫。
「ああっ!(ガビーン) 猫まで…猫まで私を裏切るのね…。
 もういい、死のう…」
「わーーーっ!! ちょっとちょっと八重さん、落ち着いてっ!」
「陽ノ下さん…だって私なんて花も咲かない迷惑な人間だし…」
「そんなことないよ、八重さんのペースで咲けばいいんだよっ! ねえ、琴子もなんとか言ってやって」
「勝手に死ねば?」
「琴子ぉぉぉぉぉっ!!」
「うるさいわね! こーゆーいじけ虫を見てると無性に腹が立つのよっ!」
「ううっ…私なんて…私なんて…」
「あーあ、ホントにいじけちゃった…」
 仕方がないので、しくしく泣く花桜梨の襟首をつかんで学校まで引きずっていく光。校門を過ぎたところでくるりと2人に向き直る。
「2人とも、私たちみんな白組なんだから仲良くしなくちゃダメだよ! 赤組に勝てないよ?」
「別に勝ち負けなんてどうでもいいわよ」
「どうして人は争うのかしら…」
「んなこと言ったら体育祭が成り立たないでしょ〜! もっと燃えようよ〜!」
「ニャハハ、いいこと言うぜ陽ノ下!」
「誰っ!?」
 振り向いた瞬間、特撮用の色の付いた煙が炸裂する!
 ドン!
 チュドドーン!
「生徒会長、赤井ほむら!!」(バーーン!!)
「(さ…)」「(さいてー…)」
「ほむらー、みんな呆れてるよ」
「あ、茜は黙ってろよっ。とにかく! あたしら赤組、白組にはぜってー負けねぇからな。なにしろ赤井と茜で赤赤組だぜ! どうだおもしれーだろ」
「ぜんぜん」
「赤点組の間違いじゃないの?」
「ほむら、ボクたちバカにされてるよ…」
「ち、ちくしょー! 本番では徹底的にのしてやるぜ、覚悟しときやがれっ!」
「うんっ、私負けないよっ! ようし、勝負だ赤井さんっ!!」
「相変わらず爽やかな奴め…」
 早くも火花が散っているところへ、ふと校舎の方から一人の男子生徒が走ってくる。とたんに顔を輝かせぶんぶんと手を振る光。
「あ、公くんだ〜。お〜い、こうく…」
 だが当人は気づきもせず、代わりにほむらの襟首をむんずと掴む。
「ほむらっ! まーたサボりやがって、生徒会だって準備があんだぞっ!」
「ちぇ、見つかったぜ」
「こうく…」
「ほら、行くぞ。ったくいつも手間かけさせやがって」
「わかったわかった、引っ張るなって」
 そのまま校舎へ向かおうとする公の前に、いきなり立ちはだかる黒い影。見れば琴子の右手が鞭のようにしなって…
「この馬鹿っ!」(パシーン!)
「おうっ!?」
 強烈な平手打ちに、顔を押さえてもんどり打つ公。
「あなた…あなた光の気持ちを考えたことはあるの!?」
「へ? 光?」
「幼なじみなら暴走しないように管理しなさい!!」
 言われて後ろを振り返ってみると…
「そう…そうなんだ公くん…。私より赤井さんがいいんだね…へえそう…」
 ズゴゴゴゴゴゴゴゴ
 光の背後から地獄の炎の如きオーラが立ち上っていた。
「げえーっ!? ま、待て光、俺はただ生徒会役員としての務めをっ!」
 にっこり笑って近づくと、公の肩に手を置く光。
「あはは〜♪」
 ベキッ
「あはは〜♪」
 ゴスッ
「私は全っ然気にしてないよっ♪」
「じゃあ何で主人が血流して倒れてんだよ…」
「し、死ぬ…」
「それじゃまた開会式にねっ。じゃあね〜」
「おめーも大変だな」
「感心してないで助けろ…」
 かくして体育祭の幕は切って落とされたのである!


*    *    *


『ケガに気をつけて、正々堂々戦ってくださいね』
 華澄先生の注意も終わり、体操着の光たちもそれぞれの組の陣地へ集合した。
「みんな頑張ろうね! 赤井…じゃなくて赤組には絶対負けないよっ!」
「あーハイハイ」
「私怨…」
「ふ、2人とも〜」
「だいたいあの馬鹿男は赤組じゃない」
「うん、そうなんだよ…って馬鹿男じゃないよぉっ!」
 校庭の反対側、赤組の陣地を眺めればはるか遠くに公の姿。離れ離れの2人の運命に涙する光である。
「まあまあ、俺たちが味方だから安心してよ」
「坂城くんに穂刈くんかぁ」(ハァ)
「そ、そりゃないぜ陽ノ下さん」
「あ、あははは。冗談冗談! みんな頑張ろうね!」
 琴子はともかく、陸上部の光にスポーツ万能の花桜梨、純一郎と結構体育会系なメンバーである。これならいい勝負ができそうだ。
 と、白組の中でなにやら人混みができている。
「あれ、何かな?」
「野球部の連中みたいだよ」
 首を伸ばしてのぞいてみると…
「みんな頑張ってねっ。一生懸命応援するモンっ」
「もちろんだよ佐倉さん!」
「楓子ちゃん、萌えー!」
 大門高校へ旅立ったはずの佐倉楓子が、男子に囲まれちやほやされていた。
「(くっくっくっ、男なんてちょろいもんだモン…)」
「佐倉さん…」
「あ。や、やっほー。久しぶりだモーン」
「あなた転校したんじゃないの?」
「え〜? 楓子わっかんな〜い」
 ‥‥‥‥‥。
「いつの時代の人間よあなたは…」
「水無月さんに言われたくないモン…。ねね、親友の花桜梨ちゃんは私の味方だモン?」
「ごめんなさい、誰だっけ?」
「ががーん! ううっ、みんなひどいんだモン。楓子ショックだモン…」(しくしく)
「ひどいぞお前ら、佐倉さんをいじめるな!」
「楓子ちゃん、俺たちがついてるよっ!」
「うんっ、楓子嬉しいっ」(きゃっ)
「佐倉さん…」
 見事にチームワークのなさそうな白組だった。

 一方の赤組では、ほむらが中指を立てて盛り上がっていた。
「どぅあーいじゃうぶ、むわーかせて!」
「張り切ってるなぁ」
「主人! 人生負けてしまったら負けだぜ!」
「わかるようなわからんような理屈だな…。ま、一文字さんも頑張ろうぜ」
「えー? やだよボク、張り切っても一文にもならないもん」
「あ、茜…。てめえそういう奴だったのか…」
「ふっ、ほむらに何がわかるんだよ。しょせん世の中ゼニさぁ! 同情するなら金をくれ」
「うわーっこんな茜は嫌だぁーー!」
 などとぎゃあぎゃあ騒いでいる上級生を横目で見ながら、軽くため息をつくのは伊集院メイ。
「ふ、相変わらず騒々しい連中なのだ。あんなサルどもと同じ組なんていい迷惑であるな」
「はっ、メイ様」
「ま、しょせんは庶民の遊戯、メイが本気になるまでもない。適当に流すとするのだ」
 げしいいぃぃっ!!
 言ってるそばからほむらのキックが炸裂し、その体が横っ飛びに吹っ飛ぶ。
「め、メイ様ーーっ!」
「てめえは引っ込んでろ」(げしっ)
「な、なにをするのだ山ザル! 親にも蹴られたことないのにーーっ!」
「るせぇコラ」
 ぐい。
 胸ぐらをつかまれ、目の前に怖い顔を見せられてびびりまくるメイ。
「いいかクソガキ、あたしはこの体育祭に命かけてんだ。本気でやらなかったらぶっとばす!」
「わわわかったのだっ。し、し、仕方ないから本気を出してやるのだ。別に怖かったわけではないぞ! 本当だぞっ!!」
「ならよし」
 半泣きになったメイを放し、ぼーっと見ていた茜にも怒鳴りつける。
「茜も気張れよなっ! 勝ったらメシおごってやるから!」
「ほんとっ!? ボク頑張るよっ♪」
 まさに恐るべき勝利への執念。同じ組に巻き込まれた一般生徒たちは、ただ恐怖に震えるしかないのであった。
「な、なんだか怖い組に入っちゃったよー。美幸ついてないなー」
「そんなことはないですよ美幸ちゃん。今週は赤がラッキーカラーと占いに出ています」
「そうなの美帆ぴょん? やったー、美幸ラッキーだねー」
「その頭の構造があるかぎり美幸ちゃんは幸せですよ」
「…美帆ぴょん、なんだかひどいこと言ってない?」
「気のせいです」(ふふふのふ)


*    *    *


 ひととおり両組が陣取ったところで、さっそく競技が始まった。まずは基礎中の基礎、100m走である。
『出場選手は準備位置に集合してください』
 校庭に流れる放送に、準備運動をしていたほむらが手のひらに拳を打ち付ける。
「よっしゃ、行ってくるぜ!」
「ほむら、頑張ってねー」
 ピストルを持った華澄先生が待つスタートラインへ続々と集まる選手たち。徒競走なら陸上部の独壇場、光も琴子の声援を背に出場していた。
「ま、適当に頑張んなさいよー」
「陽ノ下さん、ファイトだモンー」
「うんっ! ようしやるぞっ、えいえいおー!!」
「へっ、盛り上がってんじゃねえか」
「赤井さん…!」
 ほむらを見た途端に走る火花! 第1走からの対決に、2人の間に緊張の渦が巻き起こる。
「あなたにだけは…あなたにだけは負けないんだからっ」
「そうはいくかよ。仕事のたびに主人から逃げ回ってる逃げ足を見せてやるぜ!」
「自慢になるかっ!」
「それでは位置についてー」
「そ、それで公くんとはどんな関係なの?」
「ああ? さーて知らねーな」
「位置について…」
「ほむら、頑張れよー!」
「おう、目ん玉開いてよーく見てろよ!」
「公くん…。やっぱり赤井さんを応援するんだ…」
「ええー!? だ、だって赤組なんだから仕方ないだろっ」
「位置に…」
「言い訳なんて聞きたくないよっ! 公くんの浮気者ー!!」
「人聞きの悪いことを言うなぁ!」
「ああーうざってぇ!」
 ダギューーーン!!
 銃声とともに足下から上がる土煙。見ると極低温の怒りを込めた華澄が、ピストルから硝煙を上げていた…。
「位置につきなさいって言ってるのよ…」
「は、はいぃぃぃ!!」
「ああっ、私の拳銃がなーーいっ!」
「咲之進、減俸なのだ」
 とにかく第1走開始である。
「よーーい」
 パンッ!
 スタートダッシュはさすがに練習量の差があり、光が頭ひとつ飛び出した。しかし負けじと加速するほむら。強引な走りで光に食い下がる。
「でぇりゃぁぁぁぁ!」
「ぬぉぉぉぉぉぉっ!」
 ガッ! ガッガッ! F1レースのごとく競り合い、後続を引き離してなお加速する。
「(くっ、さすがだぜ陽ノ下。陸上部は伊達じゃないってことか…!)」
「(す、すごいよ赤井さん。生徒会なのにこの速さなんてっ…!)」
 みゅぃぃーーーーーん
 2人のあまりのスピードに、周囲の空間が歪んでいく…
「はうっ!?」
 一瞬後、ゴールテープを持った匠&純を吹き飛ばし、通り過ぎた閃光がそのまま轟音とともに校舎の壁に激突した。
「だ、大丈夫!? 光ちゃん、赤井さん!」
「ハラホロヒレハレ〜」
「せ、先生…。どっちが勝ったんだ…?」
「あんなもの見えるわけないでしょっ!」
『ええーっ!?』
 結局公式記録は同着…。初戦は引き分けという、まさに伯仲した実力を象徴するかのような結果となったのだった。
「ちっ、このケリは次でつけてやるぜ!」
「うんっ、まだまだ競技はいっぱいあるもんね!」


*    *    *


「ふぃー、疲れた疲れた」
 男子400mを制した公が、汗をふきふき戻ってくる。今のところ得点は赤組が若干リードしていた。
「よっしゃ、よくやったぜ! 次は騎馬戦だな」
「ふふふ、ここでメイの出番なのだ」
「なんだよいきなり」
「なにしろ他人を馬にして戦場を駆け回る競技! メイのためにあるようなものなのだ。さあさあ馬になれ庶民ども」
「て、てめぇふざけるんじゃねぇーっ! 上に乗るのはあたしだっ!」
「なにおう、サルはサルらしく地べたをはいずり回ってればよいのだ!」
「はぁ、ジャンケンで決めたら? ボクは下でいいからさ」
「よっしゃー! じゃんけんぽんっ!」
「あいこでしょっ!」
「相変わらずだなぁ…。そういえば寿さんは出ないの?」
「うん、美幸が出るとみんな巻き込んじゃうからー。美帆ぴょんに替わってもらったよー」
「そ、そう…」
 赤組でジャンケンが続いている間に、放送席からは実況の声が流れてくる。
『さあ午前中のハイライト、騎馬戦の時間がやって参りました! 実況はあなたの街の雇われレポーター、九段下舞佳がお送りします』
『舞佳…。あなたほんとに仕事は選ばないのね…』
『華澄も相変わらず細かいわねぇ。ところで校長、騎馬戦というとやはり帽子の取り合いなのかしらん?』
『いや、この高校でそんな軟弱なルールは必要ないのじゃよ』
『ほうほう、といいますと?』
『ひたすら相手に体当たりし、大将の騎馬を地面に這いつくばらせた方が勝ちなのじゃああ!!』
『ええっ? ちょっと校長、そんな騎馬戦がありますかっ!』
『コナミにはあるのじゃよ』
『だからってそんな危険な行為は教育上…』
『わしがひびきの高校校長、爆裂山である!!』
『華澄先生の抗議は空しくかき消されました! それでは現場に画面移しまーす』

 白組では楓子・琴子・匠・純一郎でひとつの騎馬を形成していた。
 なんとなくメンバー的に楓子が騎手なのだが、そこへひとつの問題が…
「わ、私は馬でいいモン! 匠くんが上に乗るといいんだモン」
「ええー? ダメだよそんな、女の子を馬にしたら俺の人気が落ちちゃうじゃん」
「人気はともかく、体重的には佐倉さんが騎手の位置ね」
 ”体重”の単語を聞いたとたん、楓子の目に涙がうりゅうりゅとたまっていく。
「うわーん! どうせ私が上に乗ったら戦う前から重みで潰れちゃうとか、心の中ではそう思ってるんだモンー!!」
「どうしてこう被害妄想の強いやつばかりなのよ…」
「また私の陰口言ってる…。やっぱり死のう…」
「ああーもう!」
 地面にのの字を書く花桜梨に琴子がキレる直前、光が飛び出して楓子の手をしっかと握る。
「佐倉さん、前向きなのがあなたの取り柄じゃない! 私より2cm低いのに2kgも重いことなんて大した問題じゃないよっ!」
「光ちゃん…。フォローになってない…」
「ううんオープニングで華澄先生も言ってるよ。『重いではあなたの心にあるから。だから忘れないで、あなたの重いが伝説の鐘を鳴らせることを…』」
「なんか違うーー!!」
「とにかくガンバだよー! ファイトだよー! 勝利の女神は私たちに微笑んでるよーー!!」
「い、勢いでごまかされてる…」
 結局楓子が騎手になり、3人に担がれて送り出されるのだった。
「確かに重いわね」(見た目より)
「琴子ちゃんなんて嫌いーーー!!」

 その頃、人目につかない校舎の陰では…
「いきなり呼び出されたかと思えば、なんであたしが騎馬戦に出るのよっ!? あんた自分の体育祭でしょっ!」
「あんな野蛮な競技に出られるわけないじゃないですか。私デリケートですから」
「あたしはデリケートじゃないってことかーっ! 付き合ってらんない、帰るっ」
 せっかく仮病使ってきら校の体育祭さぼったんだから…とは口に出さなかったが、とにかく逃げ出そうとする真帆。しかし姉の目が糸のように細くなる。
「そういえば妖精さん、この前お父さんの湯飲みが割れてたのは何故なんでしょうねぇ?」
「こ、このやろ…」
「え? 妖精さんは犯人を知ってるんですか? それじゃさっそくお父さんに教えてあげましょうか?」
「だーーっ、わかったわよーーっ!」
 結局ひび校で運動する羽目になった真帆。ぶつぶつ言いながら美帆が用意した体操着に着替える。
「(ったく、この前留守番押しつけて遊びに行っちゃったの、まだ根に持ってるわね…)」
「自業自得です」
「人の心を読むなっ!」
 しぶしぶ入れ替わって赤組に来ると、ジャンケンの決着がついていた。
「わーーっはっはっはっ。当然の結果なのだ、ばーかばーかばーーか」
「くそーちくしょームッキーー!!」
「も〜、子供のケンカなんだから〜」
「(何が悲しゅうてこんな連中と一緒に騎馬戦やらなきゃならないのよ…)」
「あ、美帆ぴょん頑張ってねー」
「え? うん、まー適当に…ですね」
 そこへ生徒を心配してやってくる華澄先生。
「みんな気をつけてね? 危険行為はダメよ」
「うむ、安心するのだ教師。メイにはこの日のための秘策があるのだ」
「き、教師って…。いえ、自ら創意工夫するなんて偉いわね。秘策って何かしら?」
「ふっ、それでは特別に見せてやるのだ。今月のメイ様大発明ー!」
 背後の咲之進からブツを受け取ると、ド○えもんよろしく天に掲げる。
『グレネードランチャァ〜』(ペカペカペカーン)
「対装甲特殊弾を装備! どんな屈強な騎馬だろうが跡形もなく吹き飛ばす優れものなのだ」
「没収!!」
「ああっ教師横暴! グレてやるのだー!!」
「私……転職しようかな……」(遠い目)
 華澄が疲れ切った顔で戻っていく中、いよいよ騎手を乗せた騎馬たちがラインにつく。
『世紀の一戦が今始まります…。それでは騎馬戦ファイト、レディー・ゴォォー!』
 パン!
 ピストルの音とともに、声を上げ突っ込んでいく各チーム3つの騎馬。
 白組の陣形は敵の大将に突進する『攻撃型』。
 赤組の陣形はおのおの独自に敵を倒しに行く『分散攻撃型』である。
 特にほむら・茜・真帆の赤組大将騎はパワー・スピードとも申し分なく、次々と敵に激突しては体力を奪っていった。
「で、メイは一体何をすればよいのだ?」
「‥‥‥」
「このルールだとただ乗ってるだけだな…」
「なにーっ!? ふざけるな、メイも活躍するのだーっ!」
「いてててて」
「ち、ちょっとメイちゃん暴れないでよー!」
「(ああ、超最悪…)」
 そこへ襲いかかるは楓子の乗る白組騎。ボタン連打で赤組大将騎へ体当たりする。
「水無月さん、ここは俺たちに任せてくれ!」
「ま、それじゃよろしく」
「頑張ってえ〜」
「女の子にいいところを見せてやるんだー!」
 と、勢いだけはよかったのだが…
「会長キーーック!」
「茜ちゃんキーーック!」
 どーーん
「ぐはっ!」
 逆に返り討ち。衝撃で弾き飛ばされ、騎馬のバランスが崩れかける。
「ち、ちょっと落ちるーっ! あんたたちちゃんと支えなさいよねーっ!!」
「‥‥‥‥」
「はっ! え、えーと、支えてほしいんだモンっ」(てへっ)
 この際楓子は無視することにした琴子は、代わりに矛先を敵チームへ向けた。
「そこのあなた、何なの会長キックって!『会長蹴撃』に改名しなさい」
「なんじゃそりゃあ!」
「す、すまん赤井さん。水無月さんは和洋のことになると目の色が変わるんだ」
「だからあんまり刺激しないで。ねっ?」
 しかし純と匠のフォローを素直に聞くような面子ではなかった。親指を立てると、ぐいと下へと向けるほむら。
「けっ! 和風が怖くてゴッドリラーが見れるか。S・H・I・T!!」
「それよりバイトに行っていい?」
「メイのハンディアナライザーにおけるマイクロプロセッサの調子がおかしいのだ」
「うわ、超アクシデントって感じ…ですね」
ぅおおおおのれぇぇぇええ!!! どいつもこいつも、エゲレス語を使うな!! ら抜き言葉は許さん!! 超って言うなぁーーー!!」
「だぁぁぁぁぁ!!」
 琴子だけ暴走始めたせいで、縦に伸びる白組の騎馬。
「落ちる落ちる落ちるーーっ!!」
「仕方ない、突っ込むぞ匠!」
「スマートじゃないなぁ…」
 崩れる勢いで特攻をかける琴子たち。しかし茜が右手を構えて待ちかまえる!
「かわいそうだけどタダ飯のため、キミたちには消えてもらうよっ!」
「なにィ!」
「ボクのこの手が光って唸る! お前を倒せと輝き叫ぶ!
 くらえ、愛と怒りと悲しみの…シャァァァイニング袖龍ーーーーー!!!
 まばゆい閃光とともに発生する白の龍。番長直伝の秘奥義に、琴子たちの騎馬はひとたまりもなく崩れ去った。
「か、『輝く袖龍』に改名しなさいよっ…」(ガク)
「だから騎馬戦なんて嫌だったんだモン…」
『勝負あり! さすが茜ちゃん、圧倒的な強さを見せつけましたぁー!』
『こ、こんなの騎馬戦じゃない…』
 差をつけられ、意気消沈する白組陣営。
「で、でもみんな頑張ったよ! ねっ」
「白組も終わりね…」
「や、八重さ〜〜ん」
 一方で喜びにわく赤組陣営。
「すごいねー。美帆ぴょん運動神経良かったんだねー」
「え? えーと、運動選手の霊を降臨させたんですよぉ」
「ま、ちょろいもんだぜ!」
「メ、メイの活躍は…」
 華澄も気を取り直して、生徒の長所を褒め称える。
「すごいわね一文字さん。やっぱりお兄さん譲りかな?」
 が、見事に逆効果だったらしく、目つきの変わった茜にいきなり胸ぐらを掴まれた。
「兄は関係ねぇだろ!? 兄は! おー!!」
「ひいっ校内暴力!? 学級崩壊の始まりよー!」
「華澄さん華澄さんっ」
 公が仲裁に入って収まったものの、ますます教師としての自信をなくす華澄だった…。


*    *    *


 午前の競技も終わりに近づいたころ、放送席からアナウンスが入る。
『次はタケヒロサーカスによるアトラクションをお送りします』
「まあ、サーカスを呼ぶなんて豪華ですね」
「面白そうだねー」
「タケヒロサーカスだって!?」
 思わず身を乗り出す公の前で始まる芸の数々。はたして肩に猿を乗せた小柄な少女が、一輪車に乗りながら手を振っている。
 他に曲芸、玉乗り、ピエロに動物たちと、幻想的なサーカス団に生徒たちはしばし競技を忘れて見入っていた。
「すごいねっ。あの子なんて私たちより年下じゃないかな?」
「なかなか見事な曲馬団ね」
「馬なんてどこにもいないと思う…」
 しかし演技が終わるやいなや公に駆け寄る少女を見て、光の心に不安が走る。
「すみれちゃん!」
「主人さん、お久しぶりですっ」
「こんなところで会えるとは思わなかったよ」
「えへへ…。すごく嬉しいです」
「すみれちゃん…」
 ガスッ
「こ〜う〜く〜ん〜」
「ひ、光!? いきなり殴るな!」
「信じらんない! 中学生にまで手を出してたなんてっ!」
「あの…。私中学生じゃないですけど…」
「じゃあ小学生!? サイテーだよ公くん! 犯罪だよっ!」
 何を言っても無駄そうな光に頭を抱える公。おまけに赤組からもヤジが飛ぶ。
「ニャハハハ。なんだよ公、三股かー?」
「女難の相が出ていますね」
「お前らも煽るなっ!」
 しかしすみれにとっては酷な状態だった。その顔に影が差し、うつむいた瞳に涙が浮かぶ…。
「そ、そうですよね…。私なんかが近くにいたら迷惑ですよね…」
「いや、あの…」
「ごめんなさい主人さん!」(ダッ)
「すみれちゃんちがうんだーー!!」
「ってラブひなごっこやってる場合かっ!」
「はぷろっ!」
 光のローリングソバット一閃、地面に伸びている間にサーカス団は撤収してしまった。
「あああ〜」
「公くんっ! 周りにこれだけ可愛い子がいるのに、校外の子にまで手を出さなくてもいいじゃない!」
「うるさい、すみれちゃんはお前ら変人とは違うんだっ! …あ゛」
 迂闊すぎる失言をした公が見たのは、怒りに燃えるひび校女子の面々だった。
「誰が変人だコノヤロウ!」
「公くん、私のことをそーゆー目で見てたんだねっ!」どかばきぐしゃ
「たーすーけーてー! 純〜! 匠〜!」
「(他人のふり他人のふり…)」
「(許せ、公…)」


*    *    *



 午前のメニューはすべておしまい。昼休みとなり、それぞれ昼食の場所へ散っていく。
「琴子、おべんと食べよ〜」
「あら、彼と一緒じゃないのかしら?」
「いいもん、公くんなんてっ」
 ぷーっとふくれる光を見て、ついくすくすと笑ってしまう。どうせ昼休みが終われば忘れるくせに…。
 と、そこへ楓子が魔法瓶両手にやってくる。
「光ちゃんお疲れ様だモン! これは私からの差し入れだモン」
「え、いいの?」
「うんっ。きっとおいしいと思うんだモン。ぜひ光ちゃんに飲んでほしいんだモン」
「あなたが飲んでみなさいよ」
「‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
「べ、別に私より人気のある奴は葬ってやろうなんてことは全然考えてないモン!!」
「だから、あなたが飲んでみなさいよっ!!」
「ああっ、男の子たちが可愛い私を呼んでるモン。それじゃバイバイ〜」
「さ、佐倉さんって…」

 一方で同じ顔の姉妹2名は、なるべく人目につかないよう理科室で昼食をとっていた。
「はい、真帆のお弁当も作ってきましたよ。どんどん食べてくださいね」
「言われなくても食べるわよっ。あー疲れた」
「うふふ」
「…変なもん入ってないでしょうね」
「とんでもありません。真帆には午後も働いてもらわないといけませんから」
「‥‥‥」
 しかし道に迷った美幸が、常識では計れない迷い方で通りかかる。
「あれー、美帆ぴょんこんなとこにいたんだー…って美帆ぴょんが2人いるよー!」
「騒がないでください美幸ちゃん。これは忍法影分身の術なんです」
「そ、そうだったんだー!(ガーン) 美帆ぴょん忍者だったんだねー。修行の邪魔しちゃ悪いから行くよー」
「‥‥‥‥」
 その後しばらく黙ってサンドイッチをつまんでいた2人だが、ふと真帆がぼそりと言う。
「あんたの学校ってあんな奴ばっか?」
「そうですね。私以外は変な人ばかりですね」
「…いい、突っ込む気も失せるわ…」

 そして中庭の片隅では…
「ああー、結局女の子誘えなかったよー」
「すまん、俺に付き合わせたせいで…」
「ま、たまには男の友情を深めるのもいいんじゃないか?」
 フクロにされた公が保健室に行っていたため、出遅れた彼らは結局男だけで弁当を食べる羽目になった。
 まあそれはそれで女の子の話題などで盛り上がりながら楽しく過ごしていたのだが、ふと時計を見ると昼休みが終わりかけている。
「やべっ、長居しすぎた! もう集合時間だぜ!」
「うわ、早く行かなきゃ!」
「匠、空き缶片づけてけよ」
 自分のゴミを片づけた純が、地面に転がる缶を指さす。
「え〜? ごみ箱遠いじゃん」
「お前なぁ…」
「遅刻したら怒られるだろっ。だいたい公に付き合って遅くなったんだぜ」
「う、それを言われると辛い」
「し、しかしだなぁ…」
「誰か片づけてくれるよ! ほら行こ行こ」
 中庭に空き缶を残したまま、こそこそと立ち去ろうとする男子3人。だがしかし!
「お待ちなさい!」
 どこからともなく現れたのは、横一線のアイマスクで素顔を隠し、固そうなマントに身を包んだ長身の少女!
「私の名はエコロジー八重…。通りすがりの自然を愛する者よ!」
「や、八重さん!?」
「いいえ八重花桜梨などという美少女ではないわ。環境を守る戦士、エコロジー八重よ! ちなみにこの衣装は環境に配慮して牛乳パックで作ったの」
 じーー。
 エコロジー八重の視線が地面の空き缶に集中する。
「はうっ! い、いやこれはっ!」
エコロジー八重・3つのルール
 (1) 自然の中にゴミを捨てる奴は死刑
 (2) フロンガスを使う奴は死刑
 (3) ペットボトルをリサイクルしない奴は死刑
「わ、悪いのは匠であってですねっ!」
「ああっ汚いぞっ! 俺だって悪いとは思ったけどつい出来心で!」
「そういう考えが自然を汚すのよ…。あなたたちみたいな人は呼吸するのも止めなさい。地球温暖化が進むから」
「む、無茶苦茶だぁー!」
「問答無用。くらえ、環境に配慮した手作り石鹸を!」
 びしゅびしゅびしゅ
「ぐはっ!」
 悪党三人、顔面に固い石鹸を受けて地に倒れる。少女は空き缶を片手で握りつぶし、匠の口へ押し込むと、ふぅと額の汗をぬぐった。
「これを読んでいるみんなは自然を大切にネ!」
 涼風とともに去っていくエコロジー八重。ひびきのの自然は守られた。ありがとう、エコロジー八重!
 でも石鹸を武器にするのは資源の無駄遣いだぞ!


*    *    *


「午後は二人三脚からだよっ。琴子、頑張ってね!」
「まあいいけど、私の相手は誰よ?」
「八重さんだよ」
「え゛〜〜」
「そんな顔しないのっ! 他に身長が釣り合う人いないんだから。ところで八重さんどこ?」
「あ、来たんだモン」
 たったったっ…と軽く駆けてくる花桜梨。
「ごめんなさい…。ちょっと自然を守ってたら遅くなっちゃって…」
「そうなんだ、偉いね八重さん!」
「そんな…ただゴミを片づけただけだし…」
「どうでもいいわ。あなたと私で二人三脚よ。ホラ、行くわよ」
「やだ」
「‥‥‥」
「だって私、あなたのこと信じたくない! いつか傷つけられる気がする、て言うかもう傷つけられてるし!」
「知るかぁぁぁっ!! さっさと来なさいこの自己中女っ!!」
「人間なんて…人間なんて…」
「が、頑張ってね〜」

 赤組も赤組で、美幸が暗い顔で落ち込んでいた。
「あれ、どうしたんだよ寿?」
「ほむらっち…。美幸のパートナーの公くんが行方不明なんだよ…」
「ナニー? 許せねぇやつだな」
「いいんだよー。美幸と二人三脚なんてろくなことが起きるわけないもん。逃げて当然だよー!」
 実はエコロジー八重の手で再度保健室送りになったのだが、彼女たちには知る由もない。
 と、生徒たちの中から小柄な少女が顔を出す。
「主人さんいないんですか?」
「あ、さっきのサーカスの子だー」
「どっか行っちまったぜ」
「そうですか…」
 すごすごと戻ろうとするすみれ。そこへ美帆のアンテナが、ピーンと電波を受信した。
「そうだ、あなたが代わりに出場してみませんか?」
「え!?」
「み、美帆ぴょん、この子にだって都合があるよー」
「あらごめんなさい。でも体育祭に出たそうな顔してるって、妖精さんが言ってるものですから」
「わ、私は…」
 優しく微笑む美帆に、すみれは思わず口ごもる。そう、憧れの高校生活。外から見るだけだった普通の学校行事が、今目の前にあるのだから…。
「あのっ…。本当に私でいいんですか?」
「うふふ、もちろんです」
「おう、やる気があるやつは歓迎だぜ」
「ち、ちょっと待ってよー! 美幸なんかと一緒に二人三脚なんてしたら…」
「い、いいんです! やらせてください。体育祭、出てみたいんです!」
 すみれの必死の声に、もはや反対する者はいなかった。
「うんうん! それじゃボクが先生と掛け合ってくるよ」
「メイは体操着を取り寄せてやるのだ」
「うわーん、みんないい人たちだよー!」
 準備の後、スタートラインで足を結びつける美幸とすみれ。互いの薄幸な身の上を、それでも明るく語り合う。
 それを見ていた隣のコースの琴子はちらりと隣の少女を見る。警戒気味に視線を逸らす花桜梨。その光景はあまりに対照的だった…。
「八重さん」
「な、何…?」(ああっいじめられる酷いこと言われる傷つけられる…)
「はぁ…。別に私を信じろとは言わないわ。でもね、光は本気であなたのこと応援してるのよ?」
「え…」
「あなたは自分からは何もしないの? 他人の手を待っているだけなの?」
 顔を上げると、光が、楓子が、白組のみんなが一生懸命応援してくれている…。花桜梨が今まで見ようとしなかったものが初めて目の前に開けていた。
「ごめんなさい…。私が間違っていたみたいね…」
「わかればいいのよ」
「私…私、一生懸命走る! 少しでもみんなの役に立てるように!」
 それを聞いてふっと微笑む琴子。2人がスタートラインに立ち…そしてピストルの音が鳴った!
「ずえええりゃぁぁぁぁぁ!!」
「ひぃぃ!?」
 花桜梨は走る! 今までの自分を吹っ切るように全力を込めて! その走りは後続を大きく引き離し、文句なしの1位でゴールテープを切ったのだった。
「やった…やったわ水無月さん! これでみんなの信頼に応えられたのね…。あれ?」
 ふと足元を見ると、琴子がボロ雑巾になって転がっていた。
「‥‥あ、あはは」
「や〜〜え〜〜〜〜」
「ごめんなさい…。二人三脚だってこと忘れてた…」
「ワザとやったわねこのアマーーー!!」
「違うーーーっ!!」
「手打ち確定!!」
「琴子、真剣はダメーーっ!!」
「殿中だモン! ご乱心だモン!!」
 続いて2位、3位の組が次々ゴールする。しかし美幸&すみれだけはまだコース半ばで、滑り、転び、突如発生した地割れに飲み込まれかけていた。
「ううっ、こんなところに活断層があったなんてついてないよー」
「ついてるついてないの問題じゃないと思うんですけど…」
「ごめんねすみれちゃんー! みんな美幸が悪いんだよー!!」
「そ、そんな気にしないでください! 私は出場できただけで十分幸せ…」
 バサバサバサバサ!
 言ってるそばからカラスの大群が襲ってくる。
「…ちょっと自信なくなってきました…」
 しかし2人はやり遂げた! 最下位が確定しながらも、最後まで走り抜いたのである。
 よろめきながらゴールラインを越えた彼女たちに、周囲から惜しみない拍手が送られた。
「うえーん! 生きてゴールを踏めるなんてラッキーだったよー!」
「体育祭って恐ろしいところなんですね…。私やっぱりサーカス生活でいいです…」
「あー、なんか違うような気もするけど、まあ人生に納得できたならいいんじゃねぇ?」
 とにかく高校生活を体験できたすみれは、みんなに深くお礼を言って帰っていったのだった。
「ええっ? すみれちゃんが来てたのかー!?」
「遅ぇよお前」


*    *    *


 その後も競技は着々と進み、一時は赤組が大幅リードしていた得点も、リレーで光が3人抜きなどして巻き返し、それなりにいい勝負になっていた。
 そしていよいよ最終競技、棒倒しの開始である!
『実況はみんなのお姉さん、九段下舞佳がお送りしまーす。解説は爆裂山校長と』
『爆・裂・山!!』
『華澄先生よん』
『だいたいみな教育というものを真剣に考えているのか荒廃した時代に何が必要なのか分かっているのかそもそも森○朗が文教族って時点で終わってるわ何が神の国だか教育改革を唱える前に自分の頭を再教育しなさいよああもういっそ私が出馬してこの国の実権を握り真の教育制度を…』
『もしもし華澄? 華澄ちゃーん』
『少年法は改正せよ!!』
『ひっ!?』
『あら舞佳、なんの話だっけ?』
『だから棒倒し…』
『ああ、みんなケガしないようにね。事件起こさないでね』
『じゃが我が校の棒倒しは特別なのじゃよ』
『またですか…』
『己の肉体を武器とし、相手にぶつかっていくのが棒倒し! しかしその途中体力の尽きた者は…天使になって昇天するのじゃあー!!』
『生徒を殺す気かぁぁぁっ!!』
『し、仕様じゃよー』
『いーじゃん、どうせ試合が終われば生き返るんだし。それじゃ勝負いってみよう!』
『や、辞めてやるっ…。こんな学校…』

 まずは男子棒倒し。得点は赤組がリードしていたため、これで赤が勝てば優勝だったのだが…
「す、すまん…」
「ふん、情けない庶民め」
「いや、よく負けたぜ主人! 得点を見てみな!」
 64対64!
 見事なまでに同点。決着は女子棒倒しに委ねられたのである。
「くーっ、盛り上がってきたぜー!!」
「それにしてもあっさり負けちゃったね」
「なんかこっちの作戦が読まれてたみたいだなぁ…」
「そういえば試合前に、坂城さんと穂刈さんが何か嗅ぎ回ってましたね?」
「うんー。赤組の作戦を聞きに来たから、美幸が教えてあげたよー」
「お前かぁ! お前が敗因かっ!!」
「ひー!? 正直者でごめんなさいぃぃー!!」
 最後まで騒々しい上級生をよそに、メイは工具を使って黙々と何かを作っていた。

 そして白組では…
 ここへ来て琴子がようやくやる気を見せていた。
「ふふふ。私の兵法三十六計、ついに披露する時が来たようね」
「琴子…。その鎧かぶと一式、どこから持ってきたの…」
「合戦よ! 皆の者、出合え、出合えぇー!!」
 デン、デン、デンデンデンデンデン…
 どこからか太鼓の音が響き、なぜか背後にはためく『風林火山』の旗。
 白組女子の選手が集結する中、敵陣に放った斥候が戻ってくる。
「今年の敵は血の気が多そうだよ」(匠の情報)
「特に偏った陣形じゃないな」(純の情報)
「ふっ、私の計算通りね。皆の衆、もそっと近う寄れ」
「どうして水無月さんてああ偉そうなの?」
「ま、まあ大目に見てあげてよ。ねっ」
 琴子の策は守備型である。壁と区域防御で固めた守備はそうは破れない。敵の攻撃部隊を全滅させてしまえば、あとは相手の棒を倒すだけだ。
「さすがだモンっ! それじゃ敵とやり合うのはみんなに任せて、私は棒を持つモン」
「…けど、こちらが守備に徹すると分かれば、向こうも守備を捨てて攻撃してくるんじゃないの? そうなったら消耗戦…」
「その点は抜かりはないわ。光!」
「え、私?」
「あなたが俊足を生かし、敵陣をかき回すのよ」
「わ…わかったっ! 責任重大だね! ようしみんなっ、絶対勝つぞーーっ!」
『おーーーーっ!!』
 こうして決まった白組の陣形は『一騎当千』の変形である。14人で守備を固め、攻撃力の高い1人を突撃ではなく回り込みに当てる。
 しかしその会話の上空をハエ型メカが飛び回っていたことは、誰一人気付かなかった…。

 はたして偵察メカが集めた音声は、赤組のメイのもとへ送られていた。
「はーーはっはっはっ! 低脳どもめ、お前らの作戦など全て筒抜けなのだ」
「さ、さすがにやりすぎのような気がするよー」
「何を言っている。先にスパイを送ったのは向こうなのだ」
「まーな、やられたらやり返さねぇとな」
「それではこういう作戦はどうでしょう?」
 妖精さんのお告げをもとに作戦を話す策士・白雪美帆。『炎の矢』の陣形を基礎とし、さらに棒持ちを茜一人に任せるという大胆な手法を取る。浮いた人材はすべて突撃・守備崩しに回すという超攻撃的陣形だ。
「棒持つのボクだけかぁ。大丈夫かな?」
「一文字さんは頑丈ですから平気ですよ」
「なんか複雑だけど、まあいいよ…」
「で、向こうの陽ノ下はどうするんだよ」
「それは赤井さんに抑えてもらいます」
 その言葉に、意を得たりと笑みを浮かべるほむら。
「へっ、分かってるじゃねぇか! やっぱり対決ってのはこうでないとな」
「喜んでもらえて嬉しいです。それじゃちょっと準備がありますので…」
 そう言って美帆はひとり校庭を離れていく。
 人気のいない中庭まで来て、携帯電話を取り出し短縮ダイヤル。が…
『ただ今おかけになった電話番号は、現在使われておりません』
「…真帆、お仕置きしますよ?」
『と、とにかく使われてないのよっ! じゃっ!』
 ガチャン! ツーツー
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ
「ねえ妖精さん、どんなお仕置きがいいですか? え? 真帆の歯ブラシにカラシ塗ってやれ? それは甘すぎますよぉ」
「おーい美帆ぴょんー。そろそろ出番だよー」
「はぅっ!」
「ああっ!? どうしたの美帆ぴょん!」
 突然その場に崩れ落ちた美帆に、美幸は仰天してそばへ駆け寄る。
「ど、どうやら宇宙悪魔ギルゴニアーの呪いがかかってしまったようです…」
「ええっ!? なんかよくわかんないけどしっかりしてよー!」
「私のことは気にしないでください…。それより必ず赤組に勝利を…ガク」
「み、美帆ぴょんーーっ! わ、わかったよー、美帆ぴょんの分まで頑張るよぉーー!」
「(ニヤリ)」
 結局美帆の代わりに別の女子が入り、いよいよ両組が互いの棒に向け相対した。

      
       
       
 生徒     
生徒生徒生徒    
楓子生徒     
生徒琴子    
生徒生徒     
生徒花桜梨生徒    
 生徒     
       
       
_____________________
   
       
       
       
   生徒   
  生徒  ほむら 
生徒生徒     
生徒生徒生徒美幸生徒
メイ生徒     
  生徒    
   生徒   
       
       
_____________________
…棒持ち  …区域防御  …壁  …回り込み  …突撃  …守備崩し  …迎撃 


『さあ泣いても笑っても最後の勝負になりました! 勝つのは赤か!? 白か!? 女子棒倒し…スターートゥ!!』

 本日最後のピストルが鳴り響き、赤組12人の攻撃が雪崩を打って敵陣へと突入する!
 それを迎える白組守備陣はたったの9人。いきなりの計算違いに、さすがの琴子も慌てふためく。
「な、なんでこんなに多いのよー!」
「水無月さん、向こうは棒持ちが1人しかいないわ…」
「ば、馬鹿にしてるわ! 光、こっちが持ちこたえてる間に棒を倒しちゃいなさい!」
「うんっ!」
 赤組の棒に向け無人の荒野を駆ける光。しかしその前に赤い影が立ちふさがる!
「おおっと! 先へ行きたければあたしを倒すんだな!」
「赤井さん――!」
 宿敵との決着の時! 左右にかわし、なんとか抜き去ろうとする光。だが食い下がるほむらを振り切れず、その場から一歩も先へ進めない。
 その間に赤組の突撃・守備崩し部隊が白組へ襲い掛かる。
「くっ、この失策は将である私の責任…。かくなる上は1人でも多く道連れにしてやるわ!」
「そうね…。勝負は人数だけで決まる訳じゃない…」
「た、頼むモン〜。棒に近づけないでほしいんだモン〜」
 怒号とともに激突する両チーム。ピコピコピコ…と体力を失った選手が次々と昇天していく。
 しかし棒持ちに5人も割り当てたこともあり、倒れるまで時間がかかる間に琴子と花桜梨が奮戦。なんとか互角の勝負をしていた。
「ちっ、しぶとい奴らなのだ! それにこちらが予定より1人少ないのだ」
「待ってよー! 転んじゃったよー!」
「あいつか…。ええい、かくなる上はメイ1人で片づけるのだ。よし、セットアップ完了!」
 体操着の袖に現れたエンブレムをポチッと押す。
「メイ様改造体操着、バトルモードオン!!」
「な、何ですってぇ!」
 ジャキンジャキンジャキーーン!
 メイの体中に装着されるバズーカ、レーザー、マシンガンの数々。両手を前に出して銃口を向ける。
「全砲門一斉射撃!!」
 ドガガガガガガガガ
 まさに織田の鉄砲に破れる武田騎馬隊。次々と散っていく選手たち。しかも味方まで巻き込むヒドさである。
「み、密集してるから仕方ないのだっ。みんなの仇はメイが取ってやるのだ」
『伊集院さん校則違反よっ!』
『規則規則ではよい教育とは言えんぞぉ。ガッハッハッ』
『そういう問題かーーっ!!』
 無茶な校長に、もはやここまでと琴子も日本刀を取り出した。
「水無月さん、それじゃ無理だと思う…」
「八重さん…武士道とは死ぬことと見つけたりよ!!」
 気合い一閃、メイに斬りかかる琴子! しかし…
「伊集院家! ミラクルゴージャスバーニングファイヤー!!」
 チュドーーン!
 西洋重火器にあえなく破れる和風の魂。壁ユニットのため動けない花桜梨の前で、琴子の体が地面に落ちた。
「ふっ、無様なものね…。全ては私の責任だわ…」
「そ、そんなことない…。責任なら白組全体の…」
「…あなたに慰められちゃお終いね」
 琴子の目から一筋の涙が落ちる。
「た…たのむ…あの棒を倒してくれ…。た…のむ…。白組の…手で…」
 最後の言葉を残し、琴子の体は昇天した。
「あなたが泣くなんて…。あなたが私にたのむなんて…よっぽどくやしかったのね…。
 あなたのことは嫌いだったけど棒倒し選手としての誇りは持っていた…。私も少し分けてもらうわ、その誇りを…。
 私は白組の棒倒し選手よ! あなたたちにやられた仲間のためにも、赤組の棒を倒す!」
「ふん…。くだらないことなのだ…」
「いや、美幸は感動したよー! 涙ボロボロだよー!」(びー)
「おまえ邪魔…」
 5人いた棒持ちも、苛烈な攻撃に今や残るのは逃げるのだけは上手い楓子のみ。
「か、花桜梨ちゃん〜〜」
「大丈夫…。あなたは私が守るから」
「ブワカ者がァァァ、伊集院家の科学は世界一ィィィィィ!! 伊集院家(中略)ファイヤー!!」
 メイの全火力が花桜梨に向け放たれる。しかし…
 花桜梨の前に突如現れた赤いガラスのような壁が、すべての攻撃をはじき返した!
「なにっ!? な、なんなのだそれは!」
「分かっているはずよ、ATフィールドは心の壁。何人にも侵されざる聖なる領域」
「何を言っているのか分からないよカヲリ君!」
「そう、そういうことなのねリリン」
「リリンって何?」
「メイに聞くな!」
 その間にバレーボールを取り出し、攻撃に転じる花桜梨!
「ひ〜の〜た〜ま〜…スパァァーーイク!」
「にゃー!」
「そんな馬鹿なぁぁぁっ!!」
 花桜梨の火の玉スパイクがメイの装備を粉砕し、爆砕し、塵芥と化し、2人まとめて吹っ飛ばした。
「勝った…。私はここにいてもいいのね?」
 おめでとー。(パチパチパチ) ありがとー。
「にゃー!」
 が、ボールごと壁に当たって跳ね返った美幸が、まっすぐ花桜梨に突っ込んでくる。
「ええっ! どういうことよリリン!」
「美幸に聞かれても知らないよー!」
 BAGOOON!!
 結局3人揃って昇天…。白組陣内での攻防は、すべて相打ちという結果で幕を閉じた。
「そ、そんな…」
「ヘッ、後はあたしたち次第ってことだ!」
「くっ、わかったよっ!」
 最後に残ったフィールドプレイヤー2名がついに戦闘態勢に入る!
「会長キーーック!」
「きゃぁぁぁ!」
 とはいえ普通の女の子の光には、ほむらの相手は荷が重い。キックに体力が削られていく。
「どうしたその程度かっ」
「ま、負けないよっ。勝って公くんを取り返すんだからぁっ!」
「へー。そういやあたし、主人といると楽しいからしょっちゅう遊びに行ってんだよなー」
「んなっ!」
「ほ、ほむらっ!」
 赤組で応援していた公が、慌てて声を張り上げる。
「バカっ! 何だってわざわざ刺激するようなことを言うんだ!?」
「くっくっくっ決まってるじゃねぇか。火薬庫での火遊びってのは…スリルがあるからよ!!」
「(こ、こいつはもう…俺の手にはおえんっ…)」
 プツン
 ほむらの望み通り、切れた光の目つきが変わる。
「ふふ、ふふふふ…」
「よ、ようやく本気になったな。行くぜ会長キック!」
 しかし渾身の力を込めたキックは宙を切り、光の俊足が動き出す。
「馬鹿の一つ覚えの会長キックがいつまでも通じると思ってるの?」
「なにィ!?」
「超神速”縮地”!!」
 フ ォ ン !!
 かき消える光の姿! いや、わずかに地面を蹴る音が響くのみ。速すぎて目にも映らないのだ。
「さ、さすがは陸上部ってことか…」
「感心してる場合じゃないよっ!」
「ぐっ!」
 ズガガガガガガガガ
 見えぬ相手から次々と繰り出される攻撃。防ぐことしかできないほむら。が…
「へへっ…効かねぇな」
「ええーっ!?」
「お前の攻撃は軽すぎる! 結局最後にものを言うのはケンカの場数ってことだ。いくぜ必殺!」
 跳躍したほむらの体が、回転しつつ突っ込んでいく!
「会長ドリルキーーック!!」
 光の速さにかわされるが、そのまま地面へと潜るほむら。ドリルとキック。まさにほむらを体現するような必殺技である。
「そ、それなら棒倒しに行こーっと」
「させるかボケェーー!!」
「きゃぁぁあ!!」
 背後の地面から攻撃を受け転倒する光。ほむらは再度地中に潜り、次々と光に攻撃を加えていく。もはや光の体力は風前の灯火。
「(も、もうダメ…。ううん、頑張れ光! きっと公くんも応援してるよ!)」
「頑張れほむらー!」
「‥‥‥‥」
「だ、だから赤組なんだから仕方ないだろぉ!?」
 そう、公に頼ることが間違いなのだ。彼は赤組、自分は白組なのだから…。白組のため、散っていった琴子や花桜梨のため、最後まで戦わなくては!
「くっ!」
「うっ!?」
 ほむらの攻撃をわざと受けた光は、そのまま相手を羽交い締めにする。
「さよなら公くん…。佐倉さんあとは頼んだよー!」
「な…なにぃこれはーー!!」
「廬山亢龍覇!!!」
 最後に残った生命力を爆発させる光! ほむらを道連れに昇天していく。眼下に小さくなるひびきの高校、ひびきの市、日本列島…。
「わ…わかっているのか陽ノ下。このままでは二人の体は大気との摩擦に耐えきれず溶けちまうぜ!」
「この光、もとより死は覚悟の上!」
「自分が死んでの勝利などなんの価値があるか!? なんのためにそこまで戦うのだ! なぜだーっ!?」
「赤井さん、ひび高生ならわかりきったこと…。青春のためよ!!」
 ド  ン  ! !
「体育祭とは生徒が全力を出しきるものだと私は知った! 青春を燃やし尽くし勝利に邁進してこそ意味があるのだと…。そのためならこの光ひとりの命などやすいもの…!」
「陽ノ下、おまえは死んではならん…。おまえのような奴こそ生きて高校生活を盛り上げなくてはならないのだ…」
 だ…だがもう遅いようだ。せめて星になって結果を見守るか。なあ陽ノ下…。

「光ーーっ! ほむらーーーっ!!」
 公の絶叫もむなしく、2人の体は遥か天空へと消えていった…。
『おおっとぉー壮絶な最期! 陽ノ下選手、赤井選手ともに星となりましたぁー!!』
『感動じゃーー!!』
o』(←自分の常識が崩壊していく華澄先生の図)
 しかしこれで全てのフィールドプレーヤーは消滅…。残るのは茜、楓子の棒持ち2人のみである。
『ル、ルールでは引き分けね』
『ええー? 同点なんだからそれ困るじゃん』
『でもルールでは…』
『ダメねー華澄。そんなんじゃこれからの国際化時代を生き抜く人材は育てられないわよん』
『ま、舞佳に教育のことで説教されるなんて…』(ずーん)
『うむ、舞佳君の言う通り! ここは棒持ちの2人で決着をつけてもらおう!』
『んでも棒はどうすんの?』
『なあに、倒さなければよいのじゃから、棒を持ったまま攻撃するのじゃよ』
「ちょっと待てーーっ!」
 無茶な方向へ進む放送に、たまらず楓子が悲鳴を上げる。
「ふざけないでよクソ校長! 向こうの怪力女はともかく、か弱い私にそんなことできるわけないでしょうがぁぁぁっ!」
「‥‥‥‥」
「はっ」
 しーーーん
 恐る恐る後ろを振り向くと、茜が棒倒しの棒を竹刀よろしく上段に構えていた…。
「ひぃぃえぇぇぇ!!」
「本性を出したね佐倉さん…。どうせボクは怪力女だよ…」
「えっ、あっ、こ、言葉のあやが誤解なの〜! 楓子泣いちゃうっ。ネ?」
「ああっなんかムカつく! この際遠慮はしないことにするよ!」
「しょんなーーーっ!!」
 茜の腕が一閃し、巨大な棒が横に薙払われる!
 ズズーーン
 白組の棒が音を立てて地面に落ち、後には目を回して気絶した楓子だけが残った。

『そこまで! 勝者赤組!!』

 長い長い戦いの集結だった…。
「勝ったよほむら…。ボクたちの優勝だよ。
 でも、ほむらがいないとつまんないよ…。戻ってきてよ…」
 それを聞いたのかどうかは分からないが、空からほむらと光が降ってくる。
「ほ、ほむらーっ! 赤組が勝ったよーーっ!」
「おお、やったぜ茜ーーっ!」
「ま、負けちゃったんだ…」
 その他昇天した連中も全員復活、閉会式の準備が始まった。
「光ちゃん、ごめんなさいだモン…」
「う、ううん。佐倉さんのせいじゃないよっ」
「光…」
 心配そうに見守る琴子の視線を背に、とぼとぼとほむらに歩み寄る光。
「えへへ…。負けちゃった、赤井さん」
「陽ノ下…」
「ううん何も言わないで! もう公くんのことは諦めるから…。彼のこと、よろしくねっ!」
「ま、待てよ陽ノ下! 何か勘違いしてねーか!?」
 走り去ろうとする光の腕を、ほむらが慌てて掴み止める。
「え…?」
「もー、ほむらがそういう風に言ったんでしょ」
「へへ、悪い悪い。実を言うと、あたしと主人はさ…」


*    *    *


「ふぅ、一年分くらい疲れたような気がするなぁ…」
 長い一日が終わり、帰宅路を歩く公。そこへ待っていた光が、ぴょこっと姿を現す。
「公くんっ」
「あ、光…」
「えへへ」
 公の前まで歩いてくると、ぺこりと頭を下げる光。
「今日はごめんねっ」
「え?」
「あの後赤井さんに聞いたの。公くんと赤井さんはマブダチなだけで、恋人とかそういうんじゃないって…。なのに私、勝手に勘違いしてやきもち焼いて…」
「ああ…、そうだったのか。気にするなよ」
 誤解を解いてくれたほむらに一安心の公。夕焼けの中で、光の顔が赤く染まる。
「で、でも私、公くんに嫌われたんじゃないかって…」
「そんな…本当に気にしなくていいよ。

 だって俺が好きなのってすみれちゃんだし」













「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
「ゲブゥ!!」
「公くんの……ばかあああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!」

 最後に顔面に迫る光の鉄拳を見た公は、そのまま流れ星となった。
 夕暮れの空を飛ぶ星はひびきの市を、定食屋でおかわりする茜や、空の財布を見て泣くほむらの頭上を、真っ直ぐに横切っていくのだった…。


*    *    *


 日曜日を挟んで、翌週の月曜日。
「ひ、光に会うのが怖い…」
 一応生きていた公だが、学校へ行けば光に会わなくてはならない。それでもサボるわけにもいかず渋々家を出る。空も今の心を表すように曇り空だ…。
 と、家の前にトラックが止まっているのが目に入る。
『タケヒロサーカス』
「え!?」
「お〜い、公く〜ん」
 トラックから顔を出したのは、なぜかサーカスの衣装を着た光。
「ひ、光!? 何してんだ!?」
「うんっ、公くんの気持ちはよくわかったよ。サーカスの子が好きなんだね!」
「‥‥‥あのぅ‥‥」
「だからサーカス団に入ったよっ。すみれちゃんには負けないんだからっ♪」
「私は止めたんですけど、パパが…」
「いやー、人手不足なんで助かります」
「おいこらおっさんーー!!」
 愕然とする公の前で、トラックのエンジンがかかる…。
「よーし、それじゃ行きましょ! みんな!」
 光のかけ声とともにサーカス団は発車し、公を残してそのまま旅立ってしまった。
 背後に殺気を感じて振り返ると、日本刀を構えた琴子の姿が…
「主人君…」
「お、俺のせいなのかーーっ!?」
「当たり前じゃーーーっ!!」
「ひぃぃぃぃーーーーー!!!」


「あら?」
 いつもの通学路で、ふと足を止める美帆。
「どしたの美帆ぴょんー」
「いえ、誰かの悲鳴が聞こえた気がしたんですけど…たぶん気のせいですね」
「ふーん。それより体育祭は勝ててよかったねー」
「うふふ、そうですね」
 とか話しながら学校への坂を登っていると、前方に誰かが立っているのが目に入る。
「あ、八重さんだー」
 なにやら手を広げて、道端の黒猫へにじり寄っている長身の少女。
「猫さん、私気がついたの…。待ってるだけじゃダメなんだって、自分から積極的にならなきゃって…」
「ニ、ニー…」
「ねこーねこー!!」
「フギャー!!」
 そのまま猫を追いかけて走り去る花桜梨に、ぽかんと口を開けて美幸は一言。
「なんだろね今の…」
「そろそろ梅雨ですねぇ」
 曇り空を見上げながら、美帆はにっこりとそう言うのだった。






<END>





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