キャラットSS: うさぎでゴー





『元の世界とこの世界とを自由に行き来できるようにしてくれ!』
 暁の女神にそう願ったおかげで前回の旅はめでたく終了したのだった。そして‥‥?


「はー、のんびりできる正月はいいなあ」
 少し前まで野山を駆け回ってモンスターと戦う生活だったこともあり、新年早々自堕落にこたつ虫と化していた俺。そこへ突然侵入者が!
「来人さんこんにちはーっ!」
「き、キャラット!?」
「これがこの世界の住居ですか。うーむ素晴らしい!」
「メイヤーまで! さ、寒い、ドアを閉めろっ!」
 かくして平穏はあっさり破られた。とりあえず中へ招き入れ、アパートのドアをしっかりと閉める。
「どうしたんだ急に?」
「うん、来人さんこの前『そういえばもうすぐキャラットの年だなぁ』って言ってたでしょ? 一体どんな年なんだか見に来たんだよ」
「私も学術的好奇心を刺激されましてねぇ」
 そーいえば去年の暮れに向こうへ遊びに行ったときそんな事を話したような記憶が…。
「いや、あれは言葉のあやでさぁ…。別に来てもらっても何もないぞ」
「え、そうなの?」
「キャラットさんが降ってくるとか、キャラットさんの大安売りをしている等はないのですか?」
「あるかっ! 要するに十二支という風習で、毎年毎年その年を象徴する動物が十二種順番に割り当てられており、今年はウサギ年だってことだ」
「ふーん、去年は何だったの?」
「トラ年」
「来年は?」
「タツ年」
「…ひどいよ来人さん…」
「べ、別に俺が竜虎のまっただ中へウサギをほうり込んだわけじゃぁ…」
 文句は昔の人に言ってくれ。
「ま、ま、ま。何にせよせっかくこちらへ来たことですし、ひとつ新年の伝統行事というものを見せてもらおうじゃあーりませんか」
「相変わらずこっちの都合はお構いなしでございますねぇ」
「ご、ごめんね来人さん。迷惑だった?」
「い、いやっ。そんな事はないんだ」
 くぅ、キャラットのあの目で見つめられると弱いぜ。
「しょーがない初詣にでも行くか。しかしお前らのその格好…」
 2人とも旅の時と同じ異世界の服装で、外に出れば浮きまくること間違いなしだ。
「ああ、それならこっちの世界っぽい服をカレンさんが貸してくれたから大丈夫だよ」
「着てこいよ!」
「私は今の衣装の方が好きなんですがね」
「怪しいコスプレにしか見えないよ…」
「失礼な、いいですかこの衣装はですね、古代ビロバニアにおける伝統的なシャーマンの紋様が」
「はーいはいっ! 外に出てるから早いとこ着替えてくれ」
 外で寒風に吹かれること十数分。鼻をすすりだした俺が呼ばれて部屋に戻ると、2人ともそれなりにカジュアルな格好になっていた。しかしメイヤーはともかくキャラットには耳としっぽが!
「ああっカレンの奴わざわざしっぽ穴の開いたズボンなんか持たせやがって!」
「そんなっ! しっぽ穴なしでどうやってズボンをはけって言うの!?」
「今のお前を外に出してみろっ! ただでさえウサギ年だ、ウサギ人間出現のニュースにテレビ局がわんさと詰め掛けてワイドショーのネタにされてしまうぞ! いやそれ以前にキャラットは可愛いから、今年に入って活動を活発化させたバニー愛好家に連れ去られてしまうぞっ!」
「ええっ! この世界がそんな危険な場所だったなんて!」
「来人さんみたいなロリィな犯罪者が大勢いるのですか」
「誰がロリィな犯罪者じゃい!!」
 とりあえずひとしきり試行錯誤した後、しっぽは長めのジャンバーのすそで隠し、耳はカチューシャをしてうさ耳ヘアバンドっぽく見せかけることにした。ウサギ年だし女の子がうさ耳バンドしてても不自然じゃないだろ…。
「はあ、なんか行く前に疲れたよ…」
「ごめんね来人さん」
「ファイトです来人さん」
「んじゃ、行くか…」

 外は元旦らしく抜けるような良い天気。でも1月なので寒いことは寒い。
「ときに来人さん、初詣とは一体いかなる行事なのでしょうか?」
「うーん、神社やお寺…要するに神様が祭ってある所に行って、お賽銭投げて、今年一年の健康や幸せやその他願い事をして帰ってくるんだ」
「なるほどなるほど。神様の名前は?」
「な、なに?」
 困ったな神道の神様の名前なんて知らないぞ…。七福神…じゃあないよな。
「や…八百万の神だ」
「むむ、先日言っていたクリスマスという行事ではイエス・キリストという名前ではありませんでしたか?」
「あれはあれ、これはこれだ」
「なるほど、日本人は多神教…と」
 なんか違う…。
「あれ、あそこ人がいっぱいいるよ。あれが爺ちゃんってとこかなぁ?」
「爺ちゃんじゃない、神社。結構人出てるな」
 短い石段を登って境内に入るといずこからか録音テープの雅楽が聞こえてくる。中には晴れ着姿のおねーさんも何人かいた。うんうん目の保養だ。
 賽銭箱の前にできた行列に並び、2人に5円玉を1枚ずつ渡す。
「わあい! ありがとう来人さん」
「でもこれって確かかなり価値の低い貨幣では? 来人さんもケチですねぇ」
「違うわ! ご縁がありますように、と5円玉を投げるのが通なんだ」
「ああ、日本古来の伝統であるダジャレという奴ですか」
 それもなんか違う…。
 そうこうしているうちに順番が来たので、俺は賽銭を投げると鈴をガラガラ鳴らし、パンパンと手を合わせた。それにならって2人も続く。
「何かいいことありますように」
「背が伸びますように!」
「トロメア碑文が発見できますように。そして学問に興味を持たぬ愚民共が滅びますように」
「正月早々物騒な願い事してんじゃねぇ!」
 本殿の中を覗きたがるメイヤーを引っ張って列を開けた。お祓いでもしてもらえば中に入れるんだろうが、そんな金ないよな。厄年でもないし。
「これでボクの背も伸びるかなぁ?」
「うーん、キャラットは小さい方が可愛いんじゃないか?」
「え〜っ? やだよ、そのうち双面山よりも大きくなってリラさんを踏んでやるんだ!」
 リラ、お前キャラットに何をした…。
「それで来人さん、次はどのような事をするのでしょうか?」
「うーむ、おみくじ引いてお守りでも買うのがセオリーだろうなぁ」
 小さな神社なので目の前が売店だ。お守り、破魔矢、お札にうさぎのキーホルダーが並ぶ向こうで、美人の巫女さんが店番をしている。真っ赤な袴に長い黒髪が似合うぜ…ってあれ…?
「これは家内安全のお守り…。これを買うと良いことが起こりますよ…」
「楊雲じゃねーかーー!」(ガビーン)
「あっ、ホントだー」
「どうしたんです? こんな所で」
「アルバイトです…」
 なんでもバイト親父に紹介してもらったらしい。こっちの世界まで手を広げていたとは、底の知れん親父だ。
「ま、まあとりあえずそのお守りをくれ」
「700円です…」
「高い! 高いよ、どうして神社ってのはこうふんだくるんだ? 少しまけろ」
「…嫌です」
「一緒に旅した仲じゃないか」
「…嫌です」
 お前は里○茜か…。
「いいよもう…。ほらキャラット、お年玉がわりだ」
「わあっ、来人さん大好き!」
「私には何かないのですか?」
「自分で買え」
「くすん、ひどい人ですねぇ」
 もうお年玉って歳でもないだろう。
「あとはおみくじでも引くか」
「ひとり100円です…」
 木の棒が入った箱をカラカラと振り、出てきた番号のおみくじを楊雲に渡してもらう。キャラットは小吉、メイヤーはよりによって大吉だ。
「『万事うまく行く、小事にこだわらず己の道を進むべし』ですか! うーむ素晴らしい!」
「よかったねメイヤーさん!」
「無責任な神社だなぁ…。楊雲、俺のは?」
「‥‥‥‥‥」
 何故か悲しそうに目を伏せる楊雲。
「ど、どうした楊雲?」
「いえ…。なんでも…ありません…」
「何だよ一体!?」
「世の中には…知らない方が良い事もあるのです…」
「気になるだろぉぉぉぉっ!!」
 まさか大凶か? そうなのか? ああ元旦にして早くも俺の未来は閉ざされてしまったというのかぁぁぁあっ!!
「末吉です」
「ぶぅ! お、脅かしやがって…」
「済みません。私が間違ってました…」
「い、いや、そう暗くならんでも」
「ここのおみくじ、凶と大凶は入ってませんので事実上末吉イコール大凶なのですが…。そんな事大した問題ではありませんね…」
「‥‥‥‥‥」
 新年早々どっぷりブルーに落ち込んだ俺は、うなだれたまま本堂を後にした。
「げ、元気出してよ来人さんっ!」
「未来とは自分で切り開くものですよ」
「ふっ、ありがとうよ2人とも」
「まあ私は大吉でしたけどネー」
「(コンチクショー…)」
 こうして正月行事はひととおり終了したのだが…。見ると神社の片隅に何やら人だかりができている。
「わあ、何かな、何かなっ」
「行ってみるか?」
 近くに寄ってみると、それは金網で作られた小さなウサギ小屋だった。正月用に誰かが持ってきたのだろうか。中では白いウサギが一心にキャベツを食べている。
「わあ、可愛いね。なんて生き物なの?」
「何を言う、あれがウサギだぞ。お前の仲間じゃないか」
「え…?」
 俺の言葉は、しかし歓迎されざる視線で迎えられた。
「ボクはあんな白くて4本足の生き物じゃないよっ!」
「は!? ちょっと待て、だってウサギ…」
「我々の世界で『ウサギ』とはフォーウッド族の別称ですよ?」
「ナニーーー!?」
 そ、そういえば向こうの世界ではこの白くてピョンピョン跳ねる生き物は見なかったよな。するとこちらの世界のウサギとあちらの世界のウサギすなわちフォーウッドが同じ名前なのは単なる偶然なのか? そんな馬鹿なっ!
「来人さんはボクをそういう生き物だと思ってたんだねっ!」
「いやその、だって耳が…」
「ボクはヒゲなんて生えてないよっ!」
 くあ、なんか怒らせてしまった。俺たちが猿扱いされるようなもんか?
「まあまあキャラットさん。この生き物も十分可愛いじゃありませんか」
「う、うん、それはそうだけど…。ねえ来人さん、このウサギってどんな生き物なの?」
「そうだな。ハッキリ言ってものの役には立たないが、ひと昔前は食用にされてたらしいぞ」
「‥‥‥‥」
 ぐあ、余計に墓穴を掘ってしまった。
「来人さんはボクをそういう目で見てたんだね…」
「ちっ違う誤解だ! あ、ほらキャラット前が空いたぞほーらほーら」
 すっかり拗ねてしまったキャラットだが、金網越しにウサギと目があったとたん不意にその体が硬直した。何やら取りつかれたようにじっとウサギを見つめている。
「どうした? キャラット」
「うん…。何だか懐かしい感じがする…」
「はは、やっぱり仲間なんじゃないのか?」
 などという更に怒られそうな俺の言葉にも、キャラットは無反応でじっとウサギを注視する。ホントにどうしたんだ?
 と、メイヤーがちょいちょいと俺の服を引っ張った。
「来人さん…。どうやら私の学説は正しかったようです」
「なんだ? 正月から頭使いたくないぞ」
「まあ聞いてくださいよ。実は先日私の世界で10万年前の地層を発掘したのですが…。その中から謎の文書が出てきたのです。『横浜ベ○スターズ優勝おめでとう!』と…」
「はあ!?」
 何じゃそりゃ!? いや、それって…。
「そう、我々の世界は異世界などではなく…実は来人さんの時代より10万年後の地球だったのでは!?」
 なにぃ!?
「ま、まさかっ!」
「10万年もあれば文明は何度も滅び、栄えることを繰り返します。科学は発達し魔法となり、しかし発達しすぎた技術は封印される。そうしてできたのが我々の時代なのでは?」
「そ、そんな馬鹿な…」
 し、しかしそう考えればあの世界にゲーセンや和菓子があったのも説明はつく。するとあの鉄骨が落ちてきた日、俺は異世界に飛ばされたのではなく、実はタイムスリップしていたというのか!
「そして類人猿がヒトに進化したように、ウサギが10万年の間に進化したのが‥‥フォーウッドなのではないでしょうか?」
 ガァーーーーン!!
 ちらり、とウサギに見入っているキャラットに目を向ける。キャラットに眠る過去の遺伝子があのウサギと引かれ合っているのだろうか…?
「この時代のウサギは、すべてのフォーウッドの先祖ということか…」
「そう。逆に言えば先祖であるウサギにもしもの事があった場合、歴史改変によりフォーウッドはその存在を消滅させることになります」
 恐ろしいことを平然と言ってのけるメイヤー。その時俺の脳裏に浮かんだのは、悲しそうな、あまりに悲しそうな瞳に涙を浮かべながら足元から消えていくキャラットの姿だった…
「キャラットぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ひゃぁっ!? ど、どうしたの来人さん!?」
「ううっ、大丈夫だ安心しろ、このウサギは俺が命に代えても守からなっ!」
「え? え?」
「そのウサギが先祖とは限りませんよ」
「ああ、すべてのウサギは俺が守ってやる。グスッ、キャラットが消滅するなんて悲しすぎるじゃないか」
「先祖? 消滅? ね、ねえ何のこと?」
「まあまあ細かいことは気にせずに。じゃ来人さん、我々はそろそろ帰りますので」
「この時代に俺がいるからには安心して向こうの時代で暮らしてくれっ!」
 くう、あの異世界にそんな重大な秘密があったとはなぁ。しかし過去の時代に俺がいるからにはもう安心だ! 強い決意を胸に、俺は元旦の空に誓うのだった。うおーーっキャラットは俺が守ーーーる!!
「メイヤーさん、来人さんに何言ったの?」
「いやあ、軽い新年ジョークですよ。それじゃ元の世界に戻りましょうか?」
「うんっ!」


 その後この近辺でウサギの危機に必ず現れる謎の青年が活躍したというが…その正体は定かではない。




<END>




【後書き】
 新年早々ひどいSSですね(^^;(正月なんてとっくに終わってるしぃ)
 ちなみに私はメイヤー好きです、念の為…

(99/01/09)


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