このSSは「MOON.」(c)タクティクスを元にした2次創作です。
MOON. 全般のネタバレを含みます。
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葉子さんが訪ねてきたのは、FARGOでの出来事からしばらく経った日のことだった。
白いブラウスに身を包み、以前のように額を出した姿で、彼女は表情を変えぬままぺこりとお辞儀をした。
「お久しぶりです、郁未さん」
「うん、葉子さん…。あんまり変わってないね」
ずっと待ち望んでいたはずなのに、いざ目の前にすると胸がつまって、そんなことしか言えない私。
「はい。郁未さんもお変わりなく」
「そ、そうだ。ゲームセンターには行った?」
「はい、私は郁未さんに感謝しなくてはいけません。この世界にあのような場所があったとは。まさしくゲームセンターこそ神が我らに与え給うた聖地。全人類はゲームセンターに集うべきなのです」
「変わってないね……ほんとに……」
とりあえず上がってもらって、座布団を出してからお茶をいれる。
ここしばらく他人が入ることのなかった私の部屋は、葉子さんがいるだけでなんだか暖かい気がした。
「色々変わっていてびっくりしたでしょ」
きちんと正座した葉子さんに、ティーカップを渡してそう尋ねる。
「そうですね。タクティクスがあんなことになっていようとは思いもしませんでした」
「…まあ、その件は置いといて…」
「そういえば、郁未さんにお土産があったのです」
葉子さんはそう言うと、持参していたデイバッグを開く。
中から出てきたのは、10個あまりのUFOキャッチャー人形だった。
「あはは、ありがとう。よっぽどゲーセンが面白かったみたいね」
「はい…。ついつい夢中になってしまいました」
「ふーん、いくらくらいで取れた?」
人形のひとつを手にとって、眺めながら何気なく聞く。
「そうですね。ひとつ2000円くらいでしょうか」
その瞬間、私の体が固まった。
「あ…」
「あ?」
「アホかぁぁぁぁぁっ!!」
叫ぶ私に、傷ついたような顔で俯く葉子さん。
「アホ…」
「これ原価いくらだと思ってるのよっ!? UFOキャッチャーなんて2回失敗したら諦めなさいよ! ああもう、勿体ないぃっ…!」
「そう…だったのですか」
葉子さんは愕然としたように…まあ、表情はあんまり変わってないんだけど…か細い声を出した。しまった、言い過ぎたっ。
「やはり無理なのでしょうか。私に失われた時間を取り戻すことなど…」
「ご、ごめんねっ。UFOキャッチャーの相場なんて普通わかんないわよね。うん、そんなの大した問題じゃないわよ」
「そうですか。その後ぷよぷよで1面クリアーするまで1万円使いましたが、大した問題ではないでしょうか?」
「…葉子さん、もしかして金持ち?」
「いえ、おかげで一文無しです」
「‥‥‥‥」
この人…。これからまともに生活していけるのかなぁ…。
「やはり失われた時間を取り戻すことなど…」
「わーわーわー! いや、たかがゲーセンでそこまで思い詰めなくても」
「いえ、確かに後悔しているのです。後から知ったのですが、ゲーム機というものを買えば無料でゲームのし放題というではありませんか」
「そりゃゲーセンにそこまで使うくらいならハード買うよね…」
「そこで、残ったお金でこれを買ってきました」
バッグの底をごそごそとあさって、葉子さんが引っぱり出してきたのは…遠い昔に見た覚えのある、赤と白の機体だった。
「郁未さん、一緒に遊びませんか」
なんでファミコン…しかも旧タイプ…。
「これしか買えなかったのです」
「別にいいけどさあ。でもこれだけじゃ遊べないわよ。ソフトがないと」
「そうですか…。わかりました、アイスクリーム屋に行って買ってきます」
「違う違う!」
う〜ん、今どきファミコンソフトって言っても、持ってそうな奴なんて周りには…。
あ…いたっけ。
命がけで宗教団体に乗り込もうというときに携帯ゲームを持ってきて、あまつさえ周囲に布教しようとしたアホが。
「葉子さん、ちょっと待っててね」
アドレス帳を引っぱり出して、メモしてあった番号に電話する。
「あ、由依? 郁未だけど、実はこれこれこういうわけで…」
幸いにも由依はカセットを持っているらしく、持ってきてくれると言ってくれた。
「葉子さん、何のゲームがいいかだって」
「…それでは、テトリスを」
一瞬硬直してから、目を閉じて静かに言う葉子さん。
そういえば由依の携帯ゲームがそれだった。よっぽど気に入ったんだろうか。
『…うして』
『ゲームセ』
『リスを置』
…え?
それは意識の断片。
私は意識を集中させ、流れをさかのぼる。
その映像は、ゲーセンで店員に詰め寄る葉子さんだった。
『どうして、このゲームセンターはテトリスを置いていないのですか』
『で、ですが、あれのブームってもう数年前…』
『(キッ) あなたはテトリスへの信仰が足りません。アレクセイ・パジトノフの御意志によりあなたを消去します』
『そんなパジトノフがいるかーっ!』
‥‥‥。
見なかったことにしよう…。
「由依、悪いけどなるべく早く持ってきて。私の命が危ないから」
「なんの話ですか? 郁未さん」
「はうあ! いや別になにもっ」
電話を切って、引きつった笑顔を浮かべながら再度葉子さんの前に座る。
葉子さんも涼しい顔でティーカップに口をつけた。
「それにしても、あのようなゲームがソ連で生まれるとは思いませんでした」
「うん、ソ連はなくなっちゃったけどね」
「はい?」
「ソ連、なくなっちゃった」
「郁未さん。いくら私が浦島太郎でも、騙そうとするのは感心しません」
「いや、本当だって…」
ソ連崩壊を納得させるのに四苦八苦している間に、チャイムが鳴って由依がやってきた。
「こんにちはーっ。郁未さんがゲームに目覚めてくれて嬉しいですよっ」
「残念だけど、私じゃなくてこの人」
紹介されて、深々と頭を下げる葉子さん。
「私の名前は、鹿沼葉子です。よろしくお願いします」
「は、はははいっ。名倉由依ですっ」
そういえば直接会うのは初めてよね。由依は私の耳に口を寄せて、ひそひそ声を出した。
「綺麗な人ですねぇっ」
「まあね…」
「それはともかく、これがテトリスですよっ」
「こ、これが…」
感動に目を潤ませ、手を合わせて拝み始める葉子さん。
「ありがたやありがたや」
「…ヘンな人ですね」
「まあね…」
由依にファミコンを繋いでもらって、ロシア音楽の流れる中とりあえずプレーイ。
…が、葉子さんの場には一瞬でブロックが積み上がり、気落ちして由依に交代した。
「私はテトリス神に見放されました…。もう生きていく価値もありません」
「どういう神様よ…」
「あはは、それじゃあたしがお手本を見せてあげますよっ」
勢いよくスタートボタンを押してゲームを開始する由依。
「こ、これは!」
「画面に出現すると同時にブロックを落とし、凄まじい速さで消していますね」
「それだけじゃないですよっ!」
由依はコントローラーを持ったまま、天高く飛び上がって落下した。
「月面宙返り(ムーンサルト)ーーー!」
‥‥‥‥。
着地。
「MOON.だけにこの技を使ってみましたっ」
「…何か意味あるの?」
「これはですねぇっ。自分がブロックと同じ速度で落下することで、ブロックが停止しているように見えるんですよっ」
「ウソをつくなウソを!」
「郁未さん」
常識的に突っ込んだのに、葉子さんにキッと睨まれてしまう。
「あなたはゲームへの信仰が足りません」
「んなもん信仰したくない…」
「いいえ、このゲームの技こそ人類を未来に導く救いの手。これから由依さんをゲーム神さま、略してゲ神さまとお呼びしましょう」
「やな呼び方…」
「わっ、なんだか照れちゃいますよっ」
「喜ぶんかい!」
突っ込む私を無視して、熱くゲームについて語り始める由依と葉子さん。ううっ、なんだか疎外されてる気がする。
ピンポーン
あ、誰か来た。
「なんだ、晴香じゃない」
玄関のドアを開けると、ウェーブのかかった髪を揺らして晴香が立っていた。
「ちょっと近くに寄ったから。ほら、この前言ってたノート」
「わ、サンキュー」
「友達のなんだから、早めに返してよ」
手を合わせてありがたく受け取る。FARGOに行ってる間は授業に出られなかったしね。
「ていうか、ノートくらい自分の学校の奴に借りなさいよ」
「うーん、一応成績優秀陸上美少女で通ってるしさ…」
この見栄っ張りが、という晴香の蔑むような視線を浴びつつ、由依も来ていることだしとりあえず上がってもらう。
部屋に入った途端、深々とお辞儀する葉子さんがいた。
「私の名前は、鹿沼葉子です。よろしくお願いします」
「ど、どうも」
いい加減別の自己紹介を考えた方がいいと思う…。
由依と同様に顔を寄せ、小声で尋ねてくる晴香。
「誰? この人」
「ほら、前に話した葉子さん。FARGOにいた人」
「ああ、郁未のマザコン仲間」
「ほっときなさいよ。自分だって似たようなもんでしょ」
「くっ…。それを言うならこの場の全員が同類じゃない」
「わっ、それじゃあたしたちってマザコンとマザコンとブラコンとシスコンの四人組みたいじゃないですかっ」
「なんだか死にたくなるような面子ですね」
「葉子さん…真顔でそういうこと言わないで…」
重苦しい空気が場に流れ…それを打ち破ったのは、やはり由依の明るい声だった。
「それより晴香さん、一緒にファミコンやりませんか?」
なのに例によってばっさり切り捨てる晴香。
「なあに、高校生にもなってゲームなんて子供みたいなことやってるの? だからあんたは貧乳なのよ」
うわ、こいつ自分だって隠れゲーマーのくせに…。
ショックを受けた由依は、葉子さんの肩を抱いてこちらに背を向けながら、屈み込んでぼそぼそと話し始めた。
「聞いてください葉子さん。晴香さんってあんな風に偉そうですけど、実はED直前で相沢祐一も真っ青の現実逃避に走って、あたしがいなかったらヒッキー一直線だったんですよぉっ」
「そうだったのですか」
ぽかぁっ!
晴香にぶたれて、涙目で頭を押さえる由依。
「元祖現実逃避に言われたくないわっ! このアホがぁっ!」
「いたい…。ううっ、本当のことじゃないですかぁっ」
「うるさいわね、由依に発言権はないのよ。だってあんたは貧乳だから」
「これほど言ってるのにまだそんなこと言うですか! もう許さんです! 今すぐ首吊って死ねよです!」
「某所でしか通用しないネタを…」
葉子さんに持ち上げられて少し強気になっているらしく、いつも晴香に虐げられている由依が珍しく立ち上がる。
「勝負です晴香さんっ! あたしが勝ったら二度と胸のことは言わないでもらいますっ!」
「由依のくせに生意気じゃない。いいわ…その勝負受けてあげる」
「や、やめなさいよ晴香。由依ってゲーム上手いんだから」
「心配無用よ、郁未。私は誰にも負けないもの」
「ていうか人の部屋で喧嘩しないでよ。葉子さん、年長者として何とか言ってやって!」
「これ全て神の思し召しです。まこと神はよく知りたもうお方」
「いい加減宗教から離れようよ…」
結局人の話なんか聞かない二人は、コントローラーを握って勝負を開始した。
画面に現れたのは、2個の風船を背につけたキャラクター達。
バルーンファイト…。なんて恐ろしい殺し合いゲームを選ぶんだろう、由依は。
「ゲームスタート!」
かけ声と共に、由依の操るキャラクターが宙高く飛び上がる。
「さあ、割っちゃいますよっ」
素早い連打で敵キャラを次々落としていく由依。にも関わらず、晴香はコントローラーを持ったまま全く動いていない。
「わっ。晴香さん、もう降参ですかっ」
「そんなわけないでしょ。そうね、そろそろいいかしら」
言うやいなや頭上で両腕を交差させると…
「不可視の力で摩擦電気を起こし!
レバー直撃! エレクトリックサンダーーー!」
「ええー!?」
空中を稲妻が走り、画面が一瞬消えたかと思うと、復旧したときには晴香の得点は99万点になっていた。
「なんじゃそりゃぁぁ!」
「ふっ、これがエレクトリックサンダー。摩擦電気でコンピュータを狂わせるという大技よ」
「って、それって対戦中に改造コード使ってるようなもんじゃないですかぁっ!」
「うるさいわね、昔の偉大なゲーマーが使った由緒正しい技なのよ。くらえエレクトリックサンダー二撃! 三撃! 連続五十撃だーーッ!」
「きゃぁぁぁーー!」
あわれ電撃の余波を食らった由依は、消し炭になってその場に崩れ落ちた。
「ふんっ、あんたは私の下僕だってことが理解できた」
「ひ、ひどい」
「うう、無念ですぅ…。葉子さん、後は頼みます…」
「ゲ神さま…。分かりました、この第一使徒である鹿沼葉子にお任せください」
いつの間にか使徒になってるし…。
「なによ、今度はあなたが相手? 身の程を知らないようね」
「煽るのはやめなさいよっ。一応相手は年上なんだし」
「え…年上だったの」
「そうよ23! 私たちより6つも上!」
「23? オバンじゃない」
次の瞬間、晴香は血まみれになって床に転がっていた。
「晴香ぁぁぁぁぁっ!?」
「不思議なこともあるものです…。きっと天罰が下ったのでしょう」
「って葉子さん思いっきり不可視の力使ったでしょっ!」
「いいえ、全ては神の御意志です。郁未さんもこんな目に遭わぬよう、この怪しげな壷を買ってください」
「自分で怪しげとかゆーなよ!」
舌打ちして壷をしまう葉子さんに呆然としてる間に、瀕死の晴香の手が私の足に伸びる。
「い、郁未。後は頼んだわ…」
「ええー!? 正直言って関わりたくない…」
「勝たなきゃノート貸してやらないわよっ」
晴香は泣かせるセリフを残してぶっ倒れた。
振り向くと、既に葉子さんが本体に新たなカセットを差し込んでいた。
「葉子さん」
「はい」
「私…あなたのこと嫌いじゃない」
「…私もです」
「ならどうしてっ! どうして私たちが傷つけ合わなくちゃいけないの!?」
「それがゲーマーの宿命だからです」
「わけわかんねぇー!」
「それがゲ神さまの御意志であり神の声なのです。そもそもゲームとは古代エジプトにおいて人の運命を定める儀式であり、M78星雲では…」
「わかった、わかりましたっ。それじゃ私が1コンね…」
懐かしい音楽が流れ、画面に土管が映し出される。
それは史上最大の殺し合いゲームにして、その後の任天堂ロードの端緒でもある…マリオブラザーズだった。
ゲームが始まり、ヒゲ親父が画面を走る。
「(悪く思わないでね葉子さん。ルイージなんて人生の敗北者を選んだ時点であなたの負けは決まったも同然…)」
というかそんな策を弄するまでもなく、葉子さんは勝手にカメに突っ込んで死んでいた。
「…郁未さん、不可視の力を使ったでしょう」
「使ってないわよっ!」
ムカついたので、葉子さんが蹴り飛ばそうとしたカメを下から叩いて起こしてやった。
あっさり死んで残り一人になった葉子さんは、恨めしそうな視線をこちらに向ける。
「な、何よ。勝負なんだから仕方ないじゃない!」
「…そうですね」
『何をしているの、あなたは』
「って、うわーっドッペル郁未!」
いきなり背後に立ってる色の黒い自分に、思わず飛び上がる私。
『ジャンプしたところに体当たりしてカメの上に叩き落とすの。
相手がカメを蹴ろうとした瞬間に、POWを叩いてカメを起こすの。
火の玉から逃げようとする相手の前に立ち塞がって、ジャンプも邪魔して焼死させるの。
それであなたは満足なの』
「違うっ! 私はそこまでしてないっ!」
『でも、それで相手は追いつめられているのよ。ほら』
言われて葉子さんの方を見ると…
何かを吹っ切ったような顔で、不可視の力を集中している葉子さんがいた。
「郁未さん、私は今、妙に心が静かです…。青い海、緑の大地が私を呼んでいる…」
「あ、あのね葉子さん。わかった、私の負けでいいから」
「このゲームに勝つためならば、このちっぽけな命燃やしても惜しくはない!」
「ちょっと待てーーっ!」
葉子さんはひらりと宙に舞い上がり――
両手を左右に伸ばし、足を上下に広げるという奇妙なポーズで、不可視の力を解放した。
「超 新 星 (スーパーノヴァ) !!」
『そのとき葉子は地球とひとつになった!』(←ナレーション)
‥‥‥‥。
閃光が収まった後にあったのは、全壊した私の家と、なぜか無事なテレビと、1億点をはじき出した葉子さんのスコアだった。
「こんな技を何度も使ったあらしより、それを受けて壊れないゲーム機の方が凄いと思いませんか?」
「言いたいことはそれだけ?」
冷ややかに答える私に、葉子さんは無表情のまま、ちろりと小さく舌を出した。
「てへっ」
「…どこでそんな仕草覚えた〜〜〜ッ!」
「郁未さん、人は常に進化するものです。私も時代の流れに即応しているのです」
「ええいもうあんたとはやっとられんわっ! 何でこうなるのよっ! 私の家ーーっ!」
寒風の中で絶叫が響き、そしてガラガラと音がして、ガレキの下から由依と晴香が顔を出す。
「うわー、えらいことになっちゃってますねえっ」
「ええ、でもこれも試練かもしれないわ。だって人生とは、それ自体がひとつのゲームのようなものなのだから…!」
「(晴香が締めたーー!)」(ガビーン)
こうして住む家を失った私は、葉子さんと一緒に橋の下で暮らす羽目になったのでした…。
「ところで郁未さん、X−BOXはもうお終いでしょうか?」
「知らんわ!」
<END>
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