俺はなにか買ってくることにした。
「これなんかどうだ?ステキな鼻眼鏡だぞ」
「変なもの想像させないでくださいよ!」
「何を想像したのかなぁ。ん〜?言ってみたまい」
「(何が楽しくてこういうことをするんだこの人は…)」
さんざん迷ったあげく結局羽ペン。とりあえず値段のわりに見た目はよさそうだ。
「でもソーニャっていつも羽ペン使ってるしな…。今さらいらないかな、でも買っちゃったしな…」
「でぇーい買ったんならぐじぐじ言っても仕方ないっスよ!!」
「犬は単純でいいよボソ」
「(プツン) 誰が犬だぁーーーー!!」
「お、俺が言ったんじゃない!先輩人の声色で何するんですかぁっ!!」
「ジョークジョーク、HAHAHAHAHA」
「うがーーー!!」
「落ち着けマックス!うわぁぁぁぁ」
そんないつもの騒々しい部室に、いつものようにずかずかと足音が響いてくる。
「うーるーさーいっ!」
「あ、ソーニャ…」
「あ、ソーニャじゃありません!まったく人が委員会に行ってればこれだし、ちょっとマックス、あなた部室を壊す気なの!?蒼紫もミュリエルも、呆れてないでなにか言ってよあなたたち『だけ』が頼りなんだから!アリシア先輩っ何がおかしいんです!3年生がそう不真面目だからアカデミー全体が」
「あーうるさい」
「デイル・マース!ええわかってるわみんなあなたが悪いってことはね!今日という今日はこの世に正義があるということを思い知らせてやるわ!」
「ち、ちょっとソーニャ!」
あわてて止めに入る俺は、もしかしたら学習能力がないのかもしれない…。
「だいたいあなたがいけないんです!まったく、もう少しマスターとしての自覚を持ってもらいたいわ!」
「いや、その、だから…」
「ガミガミガミガミガミガミガミガミ」
…しーくしくしく。
結局蒼紫がなんとか取り持って、その日のアカデミーの勉強が始まった。少しの間彼女の好きな静寂が訪れる。来週はダンジョンへ行く予定なので彼女も真剣だ。
「あー、えへん」
蒼紫がわざとらしく咳払いする。いや、わかってますよ言いたいことは。
「だからここはね…ミュリエル?」
「あ、う、うん」
ミュリエルもソーニャに勉強を教わりながらちらちらと眼鏡越しにこちらを見る。アリシアと合わせて、つごう3組の視線が俺の行動を待っていた。ちなみに1人わかってないマックスは魔法の本を前にうんうん唸っている。
「(なんかタイミングが…)」
「ルーくぅぅ〜〜〜〜ん」
「わかった、わかりましたってば!」
何事かと顔を上げるソーニャに、俺はプレゼントを持ったまま足早に近づいた。先輩がにやにやしながら見てるのがなんか気になるけど。
「えと、ソーニャ」
「はい?」
「こ、これ…つまらないものだけど」
小さな包みを差し出されたソーニャは、きょとんとした顔でこちらを見た。
「いったい何でまた?」
ああっ大事なことを言ってないじゃないか!俺のバカバカ。
「誕生日おめでとう!」
「え!?」
あわてて立ち上がるソーニャに、次々とお祝いが送られる。
「おお、そうだったぜ!おめでとよソーニャ!」
「おめでとう、ソーニャ殿」
「くすっ、おめでとう」
「おめでとう、ソーニャ…」
ミュリエルの嬉しそうな顔に、ソーニャはわたわたと手を振った。
「い、祝ってもらういわれなんてないわよ!だだだって私他の人の誕生日なんて祝ったことないし…」
「くすくす…でもねぇ」
アリシアはいきなり俺の背中をどんと押した。
「部長が祝いたいって言うんだから仕方ないじゃない?」
「え…」
「いや、だから…」
ソーニャは真っ赤になっていた。こういうのは不慣れなのだ。
そういうところが…俺は好きだったりするんだけど。
「あ、ほら、これ良かったら受け取ってくれる?」
「マスターからプレゼントをもらう理由はありません!」
ガーーン
「苦労して選んだのに…」(どんより)
「あ、ウソ、ウソですってば!あーもうすぐ落ち込むんだから!」
現金なもので俺は即座に笑顔になって、そして小さな包みが彼女へと手渡される。
ソーニャは包みを手にしたまま困ったような顔で、「ありがとうございます」と小さく言ってくれた。
「はっはっはっ、いやーめでたいめでたい!めでたいではないか」
「この上なく嫌な誕生祝いですね…」
先輩の声がいつものソーニャを連れてくる。例によってつくづく嫌そうだ。
「ソーニャよ!」
「なんですかっ!」
「またフケたね」
「(ピシッ)」
高笑いとともに逃げる先輩。モップをかざして追うソーニャ。なんだかんだでこの時が一番生き生きしてるなんて言ったらソーニャに殴られるだろうな。
「ルーくんも大変ねぇ」
「え?」
アリシアがしみじみと同情してくれたけど、別にそんなことはない。
「そんなことないよ」
だって先輩を追いかけながら、ソーニャは俺のプレゼントをしっかりと胸に抱きしめていてくれたから。
もう日の暮れかかった学園で、俺が鍵を返してきて帰ろうとすると、玄関のところでソーニャが待っていた。
「ちゃんとお礼言ってなかったから…ありがとうございました」
そう言ってぺこりと頭をさげる。
「別にいいよ、そんな…」
「でも、あんなりっぱな羽ペン。高かったでしょう?」
「俺に高いものなんて買えるわけないよ」
「それはそうですけど」
「…納得されるとちょっと悲しい」
ぷっ、と小さく吹き出して。何とはなしに、2人で並んで歩いてた。
いつからだっけ、彼女を可愛いと思うようになったの。気が強くて、融通がきかなくて不器用で。でもほんのたまに見せる笑顔が、少しずつ俺の心に残っていった。
まわりはみんなやめろって言ったっけ。趣味が悪いとか、他にも女の子はいるだろとか。でも関係ない、好きなんだから。
「マスター?」
「ん?」
「い、いえ…」
そのままソーニャはうつむいて、魔法の空気の中を歩いていった。
ほとんど何も話せなかったけど、初めて一緒に帰ることが出来た。
そして別れ道に来て、ソーニャはもう一度お礼を言う。俺は答える代わりに
「使ってくれる?」
「も、もちろんです!」
「良かった」
何かもう少し気のきいたことを言おうと思ったけど。考えつかないまま陽は流れて、ソーニャはぺこりとお辞儀して歩いていった。俺はしばらく彼女を見送った。
「ソーニャ!」
小さくなってくその姿に呼びかけて、振り向いた彼女に思いっきり手を振る。
「また明日、学校で!」
「…はい!」
ソーニャも笑って手を振ると、薄暗くなった街へと姿を消した。あの笑顔がすごく好きだった。
もうすぐ今日も終わって、また明日部室で会って。
でもこの日がいつか大事な思い出になるように。
今は振り向いてもらえなくても。でも君のことが好きだから。
誕生日おめでとう、ソーニャ。
霜森11日 ルーファス・クローウン