2003年12月12日 [長年日記]
_ ……(−−#
まずは全文を引用する。掲示板のままリンクを張っても消える恐れがあるので。
れす 投稿者:春日井 投稿日:12月11日(木)05時28分38秒
コマプ墨田>様
昨日、「アサヒ新聞」の方が「JASRAC問題」について取材に来ました!お金を取られる方の言い分と取る方(JASRAC)の言い分を記事にするそうです!なんか俺に裁判でもして欲しいのかな?ちなみにこんなサイトを見つけました!
http://www8.big.or.jp/~vid/Diary/20031106.html
(以下、今回の話とは関係ないので略)
読んだス 投稿者:コマプ墨田 投稿日:12月11日(木)21時46分14秒
あー、今、そのサイトざっと見たけど、国民がこういう考え方にとどまってくれる事がJASRACさんの願いだな。著作権者に直接お金が渡る確実なシステムがあれば当然誰だって払うさ、国際水準で適正価格であればだけど。払う時は月一律何万なんで、誰がどうJASRAC管理曲を演奏したか関係ないし、始めからそんなことを問題にしたシステムじゃないんだから、ホントに権利がある人には渡っていないと思うしかあるまいでしょ。その金がどうなってるかはみんな分ってる訳でしょ。じゃ、今までなんでこんな奇妙な仕組みに国民が黙ってたかというと、それは業界内の笑える話だったからでしょ。でも、ここに来て、そのシステムを、国民の生活の現場に持ち込もうとしてる。ライブハウスもJAZZ喫茶もギリギリでやってる訳だから、生活賭けて。大もうけしてるところなんて僕は知りません。一般商店のBGMからも徴収する訳でしょ。キチンと著作者に渡るシステムを構築してからやるんだったら文句は言わないかもしれないが、全然違うでしょ。本末転倒だよ。今回メディアにはフェアにこの仕組み(ブランケット方式)について詳細書いて欲しいね。そうじゃないと報道側もグルだと言うふうに国民はとるよね、これは確実。
システム自体がおかしいんじゃ誰も信用しませんよ。信用できない機関に金を払う人間なんていないよね。まあ、強引な取立てに異議を持ってるのは、そりゃ誰が見たって当然だよね。何年かに一回の調査で握った一日の使用を根拠に何年分の可能性としてのMAXの額を請求したりしてるという情報があるがホントだとしたら、それがなぜ通るのかが分らない。ホントに法治国家なのかよ、この国?
DAY TRIP掲示板より引用
論理性が薄い。自分達に利になる事しか出していない。感情にかかる部分が大きい。
おまけに、私の話が「JASRAC に有利」ですか。そりゃまぁ JASRAC に関しての「非難しか出ていなかった」からあえて「JASRAC の穴には目をつぶる」書き方しましたからね。
_ 頭に来た。徹底的にいく(怒)
一部、引用とは関係ない部分もある。それらは 2ch やとある日記とかで見たものである。
_ 1)権利許諾
著作権の中に「演奏権」というものもある。つまり、演奏する権利は「著作権権利保持者」にあり、権利者の「許諾」や権利の譲渡無しには(一部の場合を除き)演奏してはならない。これは著作権法で定められている著作者の持つ正当な権利である。
したがって、演奏より前に「許諾」を求めるのが法的に正当であり、事後承諾として求めるのは間違っている。
_ 2)非難の的
私の非難の的は(1)にかかる部分であり、「許諾を求めない(お金による解決含む)」「求めていない」事に対して怒っている。
これらは JASRAC 云々以前の話であり、法的な権利の話である。
_ 3)JASRAC
その上で、 JASRAC の話になる。
JASRAC の内部が見えないなどのおかしな部分、頭に来る部分が数多くあるのは私も理解している。そしてその点に関しては私も頭にきている。
しかし、「JASRAC がおかしいから金を払わない」という事こそ「法律から見たら本末転倒ではないか」!
_ まずそこに「権利」が先に存在し、その上で「権利に許諾を求める」という姿勢が見えない。私はここに対して反論している。
その上で、JASRAC の運用がおかしいから「運用改正を求める運動を起こす」などなら理解出来る。それならば大いに賛成出来る。
しかしなんだ? どの言い訳も JASRAC の内部が見えないから「権利者に金を払わない」という形ではないか!
全く持って論理的でない! この点が私が筋が通っていないとしている。
_ まず JASRAC であろうとなんであろうと「権利者に金を払う」が先にきているべきものであろう。
その上で「 JASRAC の体質があまりにもおかしい」事への非難を行なうのが筋ではないか。
そしてどういう形であれ JASRAC に許諾を受けるための金を払ったのなら「それは権利者へいかなければおかしい」のであり、そして払ったからこそ「それを知る権利がある」。
_ そして JASRAC は金の流れを透明に見せる「義務」がある。
JASRAC はどこまでいっても「権利管理団体」であり、「権利管理団体」でしかない。権利者ではない。「管理の委託」しか受けていない。
著作権使用料として徴収したお金の流れをもっと明確に、透明に、見せる事。これは JASRAC の「義務」である。
玉木氏のウェブページを見る限り、JASRAC はこの義務を果たそうとしていない。(音楽著作権とJASRAC問題/掲示板)
これは攻められてしかるべき物だ。
_ だが、だからといって(1)に挙げた権利の侵害が無くなるわけではない。
JASRAC の義務を果たしていない事も、利用者の海賊行為も、どちらも等しく著作者の権利を侵害しているのではないか?
_ 4)金額算定
(1)に書いた通り、著作物の利用はまず「許諾」を求める事が必須である。
したがって「 JASRAC の奴らよ、演奏してる場にきていちいち数えろ!」というのは、「手前は何様だ」となる。これは言い替えれば「著作者よ、俺らの演奏してる所まで来て、本当に演奏してんのかどうか数えてみろ!」だろう。
権利を利用させていただくという気配が微塵も感じられない。
卑屈になる必要はないが、尊大になるのは社会を形成する人間として間違っているのではないかと考えるが如何がか。
_ そして同様に。
(1)に書いた通り、まず「許諾」を求めるものであるからこそ、自分達がどの曲に対して演奏権の許諾を求めるのか数える義務が「演奏する側に発生する」のではないか?
JASRAC は丼勘定でデタラメやってるから、数年前の一回演奏しただけで、今までずっとやってたなどというほとんど理に沿わない金額算定を食らわせて来るが、そもそも「事前に許諾を求めていればこんな事にはならない」し「事前に許諾を求める形が正しい著作権法の運用」だろう。
JASRAC は正確な資料無しに求めてきているのである。しかも正確な資料を提供する側はその義務を果たしていない。どんぶり勘定もやむなしの事態としか考えられない。そもそもどんぶり勘定で済ませてしまう事態がおかしいが、それは正確な資料を提供する義務を果たさない事を正当化するものではない。これらは全くの別事象であろう。
特殊な演奏形態……即興での演奏などの場合ならともかく、事前に曲が決まっているなら、先に許諾を求めていればこんな事にはならない。
自分達の義務を果していないのに JASRAC の非難とはこれ如何に。何様ですか?
_ 5)金額算定への異義申し立て
これら全てを考えた上で、金額がおかしいというならば、私も賛成する。
例えば、春日井氏の200万払えであっても、JASRAC は「延々と演奏し続けた事を証明」出来ない限りは「200万請求出来る正当な権利はない」。
同様に「延々とは演奏していない事を証明」してしまえば「200万をはねる事が出来るだろう」。そうすれば演奏した分だけの支払で済む。ただし「金額が減るだけで払わなくて済むわけではない」が。
これならば法廷の場でも通るのではないか。
_ 200万という金額算定、一つも「通っていない」。
それにかこつけて「権利者の許諾を求めない」まま「演奏権を侵害した」のをうやむやにしようとするのも「法治国家」ではありませんね。放置国家ですかね。
思考が短絡している。
_ 「JASRAC が信用出来ない」というのは「著作権権利者に許諾を求める(の一例としてお金を払う」というレベルの副次的事象なわけ。
「JASRAC」という組織が存在していない場合は、「利用者が権利者に対して一つ一つ個別に許諾を求めて歩き回らなければならない」んですよ。
この現実は見えているのでしょうか?
そうやって許諾を求めて回るという複雑さを中間するための「権利管理団体」でしょう。
だから「金を払う」という前提条件の元、で JASRAC を非難しないとおかしいというのは(3)で書いた通り。
_ JASRAC のどんぶり勘定やら金額算定やらおかしい部分があまりにもたくさんあるのは、私よりも知っているでしょう。
ならばなぜそれをもっと大々的に国民に啓蒙しないのですか?
これは許諾を求める側も、権利委託側も、両方が起こしていい事だ。その動きはどれだけ起こっていますか?
最近であれば、漫画家が「貸与権を漫画にも!」と動きを起こしていますね。マスコミまで動かしました。
音楽でこのような動きはどこか起こしていますか? JASRAC の内部を透明にしなければならないという運動もどこまで起きてますか?
_ JASRAC への非難にかこつけて演奏権などの侵害(海賊行為ですな)ばかりやってるうちは、全く持って「同情出来ない」。
それならば、まだある程度は権利者にお金を回している JASRAC の方が筋が通っている。彼らは法的な権利許諾を受けた上で、金の回収を行なっているのだから。全てが白ではないにしろ、完全な黒(許諾を受けないままの演奏)に比べれば白だ。
どちらがより「法治国家」での動きだというのか!
_ まぁどちらも等しく違法行為だろうがな。
_ 7)運営による儲け云々
儲かっていなければ他人の権利を侵害しても良いとでもいうのでしょうか?
_ 生活かけてやってるというなら、作詞家、作曲家もそうですな。
彼らの権利は?
_ 自分達の状況や権利ばかりを叫んで、他人の権利は無視ですか?
_ 8)権利管理団体
これは全く別の話になる。
_ そもそも「権利者」の考えだって千差万別だ。
ネットワーク上は自分達で許諾管理するから、物理的な流通は「権利管理団体に」任せるというのだってあるでしょう。
逆にネットワーク上での管理だけやってくれってのもあるでしょう。
CCと同等のライセンスで管理してくれという所もあるとおもわれる。(イギリスだったかではそういう著作権管理団体が現れたというのが数日前にニュースになってましたな……ソースなくしたけど(TT))
そういうさまざまなニーズを JASRAC は全く満たしていない。満たしているのはレコード会社の懐と、 JASRAC の私腹だけでしょうな。
_ そういう意味では権利管理団体がもっと現れなくてはおかしい。
利用者から見た場合、権利の許諾を求める先が増えるのは悩ましいが、それにより権利を使いやすくなるなら喜ぶべき事ではないか?
そして複数になった管理団体への許諾請求を代行する事業というのも考えられる。
_ このような形でさまざまなニーズを満たす複数の方法ある社会が、正しい社会だと思われるが如何がか。
権利管理団体が(ほぼ)一つという現状はあまりにもおかしい。
その現状にかこつけて暴走している JASRAC は(暴走行為が)問答無用で問題だと考えてるがね。
_ 9)いずれにしても
自分達の欲望のみを声高に叫んでいるようにしか見えない。
国際水準で適正価格でないというなら、それをもっと声高に叫ぶべきだろう。
確実なシステムに見えないというなら、それをもっと声高に叫ぶべきだろう。
なぜそれをもっと、もっと叫ばない。
_ そういう事をまとめたウェブページ一つ作って、それを音楽仲間で運営していくだけでも状況は変わっていくのではないか?
マスゴミがやるかどうかに「頼る」のではなく、手前の足で歩くべき所だろう。
_ あれだけ言うのであれば。
状況が「変わる」のを待つのではなく、自らの手で状況を変える努力をもっとはらって、形として見せてもらいたいものだ。
_ もちろん、自分達に不利な点も含めて、全てを公表していかないと、「正当な判断」は出来ない。
権利というのは微妙なところがあり、今回のような著作権は利用者の権利と著作者の権利とのバランスが非常に難しい。
それのどこに落ち着ければよいのか、大勢の判断を仰ぐ結果が必要だろう。
政府は「一部の既得利権者の声しか聞こうとしない」。これでは正当な判断になるわけがない。
ならばそれを声高に叫べばいい。おかしいと叫ぶ人間が多ければ多い程、足元を揺さぶる事が出来る。
法律がおかしいと思うなら法律がおかしいと叫べ。JASRAC がおかしいと思うなら JASRAC がおかしいと叫べ。声を大きくしろ。
おかしい事をおかしいと言わなければ何も変わらない。
_ 尤も政府はそれを「無理矢理な法改正/立法で押え込もう」ともしてるが。
(それを司法が認めちゃうんだもんなぁ。やってらんねぇよ>象の檻/12/16 21:00 追記>沖縄米軍基地楚辺通信所の話で、著作権とか知的財産権の周りでそういうのが出たかどうかは、私は判例を知らないです。これは象の檻での皮肉です。ただ実際には JASRAC がらみでそういう事があるようですが……調べてないので確定的にはかけません(^^;;<追記ここまで)
_ 10)利用権の話
これは少し別の話なので改めて引用を行う。
レスです 投稿者:河崎 投稿日:12月12日(金)09時55分33秒
コマプ墨田殿>
権利そのものの保護は必要だけれど、それを管理して利用者の保護もしていかないと片側通行の
中途半端な管理になってしまう。
今、現状では、「俺様」法律がはびこっているようで、疑問が残ります。
すこしでも利用者のことを考えたやりかたに変えていってもらいたいものです。
(以下関係ないので略)
どうも。 投稿者:コマプ墨田 投稿日:12月12日(金)20時05分12秒
河崎様、そのとおりです。僕なんかも、口汚く書いてはいますが、今のこのやられ方だとどうしてもそうなっちゃうわけです。きちんと道理をとおして、話をする姿勢が向うにないということがダメな訳です。直に訴訟ですから。しかし、このあたりやはり文化庁の「文化審議会著作権分科会報告書(案)」72Pの「権利侵害行為の見直し」という項目を読むと、重要な検討項目として議論もされているのでしょうが、あまりに不十分ですわ。もう中間業者側が盲点を見て取ってうまくやってしまってるということになりませんかね。国も実態の把握が甘いわけですよ。
DAY TRIP掲示板より引用
利用権を考える場合に考えなければならない「対象」が何か、理解したうえで書いているのか微妙に考える。よってここにもあえて反応する。
_ 利用権とはさて、「何」に対してか。
この場合、「著作物」に対してであり、すなわちその対象と来るものは「著作権」であろう。つまり、この話は「法」のレベルの話であある。
そこで気になるのは「今のこのやり方」というのは何を指すのか?
話の流れなどを考えると、どうしても「JASRAC」に思える。
これは大きな「間違い」だと考える。
_ さて、JASRAC とはどんな団体か。
音楽著作権の運用の委託を受け、その運用を行い、音楽著作物の使用にまつわる利用の許諾と、それにかかわるお金のやり取りを仲介する団体である。
司法機関ではない。
JASRAC の判断はあくまでも一例であり、法的(著作権法に限らず、場合によっては憲法なども持ち出すことが出来よう)にその考えが「正しいわけではない」。「正しいかもしれない」くらいが現実的な認識だと考える。ただし、本当に「正しい」の可能性はかなり高くなるだろうが。
_ したがって、「利用権」云々を考える場合に、JASRAC を持ち出すのはミスリードでしかない。考えるのであればあくまでもその相手は「著作権」でないと、話にならない。
文化審議会はあくまでも「著作権」に対して考えているが、それに対してコマブ氏はどうか? 「利用権」に相対する物として(私の推測が間違っている場合)一体何があると本当は考えているのか?
_ このような考えをまずするべきだと考える。
その上で、利用権に関してはすばらしい論文がある。これは一読の価値が十二分にあると勧めよう。
『「エンドユーザーの著作物使用から見える近代著作権法の問題点」 〜利用権中心主義の提言〜 (“ぷれたつ”)火塚たつや氏』
私自身はこの論文にいささかの(考えに対してで)違和感を持つが、(論文として)「非常に良い」もの考えている。さすが正規に法律を学んだ方である。私のように市井で暇な時に興味に任せて付け焼刃を叩いている小物とは違って、きっちりとまとめられている。
ちなみに、ここでも「利用権」はあくまでも「著作権」に対してで考えられている。
_ 私も著作権の改定に関して利用権の拡大は必須と考える。
しかしそれが「フェア・ユース」のような概念で行うことはいささか難しいと考える。どこまでを「フェア」と見ればよいのかの線引きが今の許可式の利用権に比べてはるかに難しくなると予測されるからだ。
こればかりは、おそらく裁判で一つずつ積み重ねていくしかないだろうが、逆に言えば裁判で決定するまで怖くて使えないとも考えられる。
とは言うものの……利用権の拡大はこの方法が一番自由度が高くなるとも考えられるので、反対とは言えないところが……
この結論に対しての大前提も小前提も詳細にはまとめていないので(勉強不足もあります)これ以上書くのは止めておく。
_ 最後に
もうかなり元とははなれている。
_ これはどう見ているかわからないが、私はあくまでも「著作権」を中心に見ている。断じて JASRAC を中心にではない。
したがって本当に「私と同じ考え」が増えれば、それは JASRAC にも不利なのは上に論じた通り。
国民がきちんと「権利」と言うものを理解すればするほど、JASRAC には不利だろう。国民が「無知」なのにかこつけて今まで悪徳殿様商売をやってこれたのだから。
_ とまぁいろいろと書きつつも私はここで日記でいろいろと書く以上の行動を起こす気はない。
私はせいぜいが CD の視聴程度で、後は TV やラジオを視聴するくらいか。
ライブハウス云々や喫茶店の状況などは知らない。
これはその状況を知ってる人間が、詳細を切実に訴えてこそ力を持つものであろう。
私のような業界にはかけらも関わっていない愚者がやっても請求力がない。
_ 音楽に限らず、「著作権」「著作権法」と言う枠でいろいろと見て、愚昧に戯れ言たれるのがせいぜい。
だからこそ私は自身を「愚者である」と堂々と日記タイトルで宣言しているのである。
_ ところでさぁ
果たして「どこまで」読んだのかねぇ。
この一ヶ月ちょいの中、これ関連の話、それなりの数と文章量があるんだけどねぇ。
昨日にも書いてたけど、この反応見るとどーも読まれてない感じ。
まぁいいけど。その分ネタを提供してくれたわけだから(w
_ そこまで言うからには
ああ、このフォローを忘れていた。
私は決して「著作権法を全文読んで、判決例を調べてから来い」とかそういう事をいうつもりは無い。そんなことは私も出来てない。
それに知らない人間の素直な意見、実直な意見と言うのは必須でしょう。知っている人間がそのことを考える場合にも。
_ ただね。「そこまで言うからには」という便利な言葉がある。
JASRAC の現状非難はいくらでもやってよ。でもね「(発言者当人ではないかもしれないが)自分の行為がどのようなものか」というのをどこまで考えた発言なのかね。そこを考えるのよ。
「JASRAC をそこまで非難するからには」。この後には例えば「自分の行為がどのようなものかわかっているのか?」とか「著作権とか法律を勉強しているのか?」とか。
見てると「非難」一方だけで、酷いものは自身の行為は「絶対に正義だ」と見てるようなものまで。だからあきれたり反感を覚えたり。
客は客の理論とは言うけどね。ならば同様に店は店の理論があろうよ。
共に相手の理論を知って譲歩点を求めるとかそういうのならばともかく。
一方的な押し付けと宣言には辟易。自民党がその筆頭をはるか遠くまで突っ走ってる感じもするけど。
_ だから酷い非難のみに対しては、不勉強な点を批判する。
これはどちらの立場がと言う問題ではない。どういう立場でも関係なく発生する。
全てが中庸であれとも思わないが、極端のみはどうかと考えるね。
それと硬直よりは流動というところかね。