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「私はねぇ、『スクールアイドルをやりたい』のとは少しちゃうかなぁ」

 ジャージ姿の小都子が、部室の床に近い口からそんなことを言った。
 その背中には同じ服の夕理が両手を当て、うんざりした顔で勇魚を見ている。

「私たち柔軟体操中なんやけど……」
「うん! ダンス中に聞くよりはええかと思て!」
「物怖じせえへん子やねぇ」



 くすくす笑う小都子に、夕理が口を寄せて小声で言う。

「迷惑やったらはっきり言うてやった方がええと思います!」
「まあまあ。うちの部に興味持ってくれてるんやから」

 四月下旬という時期を考えれば、もし入ってくれるならこの子が最後のメンバーになる。
 小都子は体をほぐしながら、昔語りを始めた。

「私が中学生の時の話やけど……」

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 昔から、頼まれると断れない性格だった。
 小学校ではずっと学級委員を頼まれ。
 中学校では四期連続で生徒会長を頼まれ。
 親の職業のこともあったのかもしれないが、何となくそういう役回りに落ち着いてしまった。

「小都子お願い! 宿題教えて!」
「橘、お前にしか頼めへんねん!」
「はいはい、構へんよ」

 頼られるのは嫌いではないし、無理をしているわけではない。
 でも溜め込むばかりの人生では、いつかどこかでパンクしていただろう。
 発散の方法として、小都子が選んだのはお笑いだった。

『邪魔するで』
『邪魔するんやったら帰って~』
『ほな失礼しますぅ……って何でやねん!』

「ふふっ、ふふふふ……」

 居間のテレビで新喜劇を見ている娘を、通りがかった父が気味悪そうに見ていく。
 実際不気味だったのろうが、小都子が健全に成長できたのは、こうして適度に笑ってきたからだ。

(やっぱり、人生には娯楽が必要なんやなぁ)

 友人たちも皆それぞれ、自分のための娯楽を持っている。
 中三になると、進学する学校選びのこともあり、スクールアイドルがよく話題になった。

「堺のスクールアイドルはいまいち振るわへんな~」

 教室での雑談中、詳しい友達がそんなことを言うので、小都子も話に乗る。

「あかんの? 確か予選は大阪市と別になったんやろ?」
「言うても、それ以外も強豪多いしね。泉州やと泉南とか岸和田の学校が人気あんねん」
「ふぅん。でもそっちまではなかなか行かれへんねぇ」

 ここは堺市でも一番北側。泉州地方の他地域よりも大阪市の方が近い。
 特に住之江区は隣接しているので、その友達が耳寄り情報を教えてくれた。

「そういや住之江女子のグループが、割と小都子の好きそうなタイプやで」
「というと、お笑い系?」
「そんな感じ」
「へえぇ。そういうスクールアイドルもあるんやねぇ」

 後で調べてみると近い日にライブがあったので、せっかくの友人情報でもあるし訪ねてみた。
 その時は娯楽を求めていただけで、入学するなんて考えなかったけど。

 体育館の中、まだ強豪になる前のWestaは、観客の数もそれなりだった。
 ホンワカした音楽が流れ、小都子たちが拍手する中、舞台袖から二人の高校生が飛び出してくる。

「どーもどーもー、立火でーす」
「桜夜でーす」
「私ら今年入部したばかりなんですけれども」
「おっ、中学生のお客さんも来てるやないの。次は自分らの番やで!」
「そう、扉はいつも開いとる!」
「ええこと言うやん」
「学校で、開いとる! つまりスクール開いとる!!」
「って何言うてんねん!」
「ぷぷぷっ」

 観客がどちらかというと苦笑している中、小都子だけが本気で笑っていた。
 もちろんギャグの質ではプロの芸人さんにはかなわない。
 でも自分とさして変わらない歳の人が、舞台上で恥ずかしがらず笑いを取る姿には、何だか勇気づけられた。

 その後のライブも本当に楽しそうで……
 ただ面白おかしいだけのステージは、ラブライブ本番では色物としてしか扱われないのかもしれないけれど。
 小都子は時間も重荷も忘れ、無心に声援を送っていた。

「以上、Westaでした! 名前だけでも覚えて帰ってねー!」

 名前どころか、全てが印象的だった。
 一気にファンになり、その後も活動を追いかけるうち……
 徐々に小都子の中で、Westaの比重は増加していく。


 十月に生徒会の引継ぎがあり、小都子の任期はつつがなく終了した。

「橘会長、今までお疲れ様でした!」
「いえいえ。後はよろしくね」
「二年間、何のトラブルもありませんでしたね!」
「みんなのおかげでほんま快調やったねぇ。会長だけに」
「……えっ?」
(滑った……)

 赤面しつつ生徒会室を退出する。
 あとは高校を選ぶだけだが、その頃にはもう、小都子の心は決まっていた。

 自分は面白いことは言えないから、漫才部やコント部があっても入れない。
 でも、あの学校のスクールアイドル部なら。
 Westaの中でなら、メンバーの一員として笑いの舞台に立てると思ったのだ。

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「そやから私はスクールアイドルになりたかったわけやなくて、『この部に入りたかった』のが実際のところやね」
「ええ話ですね!」
「いやあ、なんか照れるわあ」

 耳をそばだてていた立火と桜夜は、恥ずかしそうながらも嬉しそうにしている。
 夕理と背中合わせで体を伸ばしながら、小都子はいたずらっぽく笑った。

「ま、誰かさんにはスクールアイドルやなくて芸人や、とか言われてもうたけどね?」
「い、いやその、あれは……」
「ふふ、冗談や。でも夕理ちゃんにも分かってほしいな。ただの大衆的な笑いにも救われる人はいるって」
「それは――はい、覚えておきます」
「で、親に進学のこと話したんやけど、案の定反対されて……」

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「高校は勉強するとこやろ! 部活で決めてどうするんや!」

 父の言うことは正論ではあったが、それで引いていては何も変わらない。

「べ、勉強なんてその気になればどこでもできるやろ。それより充実した高校生活が大事やと思う!」
「けどねえ。やっぱり大学受験を考えると、それに見合った学校があるんちゃうの」

 母からも責められる。住之江女子高校の偏差値は中の上。
 決して悪くはないが、両親が望むトップクラスの進学校にはほど遠い。

「だいたい何でわざわざ大阪なんや。堺の学校行ってもらわな地元の目が……」
「何でお父さんの都合で決めなあかんねん!」

 父の方こそ下らない理由を持ち出すので、さすがに小都子も切れた。

「私、ずっといい子にしてたやろ!? 高校くらい好きに決めてもええやろ!」
「他のことなら我儘聞いたるが、進路はあかん! お前の人生に関わるんやで!」
「ええもん! 認めてくれへんなら私グレるから! 堺駅の前でアホなことやって、お父さんに恥かかせたるから!」
「なっ……お、親を脅迫する気か!」
「二人とも、少し落ち着いて……」

 結局、言い合いは年明けまで続いた。
 Westaに入りたいという気持ちもあったけど、同じくらい危惧もあったのだ。
 ここで戦わなかったら、親の敷いたレールをたどるだけの人生になると。

「とにかく最終的に、いい大学行けたら文句はないんやろ!?」
「ほう。そこまで言うんやったら、旧帝大くらいは受かるんやろな!?」
「ええよ! 約束する!」

 もう願書の締め切りも近かったので、その言葉にとうとう父も折れた。
 無事に受かった小都子は、すぐさまスクールアイドル部へ入部届を出しに行った。
 三年間を笑って過ごせると信じて。

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「ちょっと待て! 最後のは私も初めて聞いたで!」

 立火が焦って、姫水との柔軟体操を中断する。

「旧帝大って……部活やってて大丈夫?」
「ここに入るために言うたことですし、目いっぱい部活やらな本末転倒やないですか。あと二年ありますし、何とかなりますよ」
「小都子って結構大胆やなあ」

 立火が感心するが、先日阿倍野にいた三人の一年生からすると、納得いく話ではある。
 回想は終わり、勇魚は元気にお礼を言う。

「確かに、うちもこの部ってめっちゃ楽しそうやと思います! 参考になりました!」
「ふふ、それなら何よりや」
「えらい厳しいお家みたいですけど、お父さんは何のお仕事してはるんですか?」

 晴の事務仕事を手伝っていた花歩が、机越しに尋ねる。

「それは……」
「あれ、知らんかったん? 議員さんやで」
『ええええええええ!?』

 桜夜があっさりとバラし、一年生の間に衝撃が走った。

「え、国会ですか!?」
「いやいや、府議」
「へええ」

 桜夜との柔軟体操を終えたつかさが、悪い顔で近寄ってくる。

「ゲスなこと聞きますけど、てことは先輩の家ってお金持ちなんです?」
「ある方とは思うけど、でも議員なんて選挙に落ちたらただの人やからね。割と綱渡りの生活やねんで」
「せやでー。小都子にタカろうとしても無駄やで」
「それを知ってるってことは桜夜先輩、後輩にタカろうとしたんですか」
「えへんえへん。うっ、急に記憶喪失が」

 軽蔑の目をした夕理を除き、部員たちは笑いに包まれる。
 皆の体操が終わり、ダンスの練習に移った。
 六人で配置につく中、小都子は一人のメンバーが気になっている。

(姫水ちゃん、あんまり話に入ってきいひんなぁ……)

 穏やかに微笑みながら聞いてくれてはいたが、どこか一歩引いた感じがあった。
 やはり東京の人とは、ノリが少し違うのだろうか。
 無理に合わせても仕方ないので、なるようにしかならないけれど……。

 そして夕理もまた、一人のメンバーが気にかかっていた。

(小都子先輩。さっきの話、続きがあるんやないですか)

 胸躍らせた小都子が入部した年、Westaは変質したはずだ。
 外から見る限りは相変わらずギャグもあったが、内側は相当のスパルタだったと聞いている。
 そこで小都子の求める笑いは得られたのだろうか。

「ん? どうしたの、夕理ちゃん」
「い、いえ……」

 ダンス練習が始まったので、結局聞けずじまいだった。
 考え過ぎなら良いのだけれど。


 *   *   *


「当時のWestaは広報があかん状況やったから、私の能力を活かせると思った。以上」

 ノートパソコンで作業をしながら、晴は簡潔に答えて話を打ち切った。

「なるほど! 参考になりました!」
「いやいやいや、もう少し何かないんですか」



 隣で作業をしていた花歩が思わず突っ込む。
 その眼前にはノートが開かれているが、その表面は白紙のままだ。

「花ちゃんは何してんの?」
「チラシの図案作りや。いきなりやれ言われて苦戦してるとこ」

 行き詰まっていた花歩は、情けない声で晴に助けを求めた。

「何かこう、ライブのキャッチフレーズみたいなのはないんですか」
「それも含めてお前が考えるんや。私だっていつかは卒業すんねんから、誰かが引き継がなあかんのやで」
「ですよねー……裏方の仕事も大事やもんなぁ」
「裏方!!」

 ぴょんと跳ねるように勇魚は立ち上がった。
 その単語に、一気に視界が開けた気がする。
 むしろ、なぜ今まで考えなかったのか。

「そうや! うちは裏方を目指せば良かったんや!」
「え、そう? まあ人助けが好きな勇魚ちゃんには合ってるかもやけど……」
「あのμ'sも、伝説になるほどの三人の友達が裏で支えてはったらしいで!」
「へー、変わった人たちやね。何でステージに上がろうと思わへんかったんやろ」
「きっと裏方が好きな人やったんや! 知らんけど!」

 勝手に想像した勇魚は、晴の目の前へ行って机に両手をつく。

「というわけで先輩! うちも裏方になれるでしょうか!」
「やりたいなら構へんけど、今みたいなライブ前はともかく、普段はそこまで仕事はないで。お前に任せたら逆に私のする事がなくなる」
「そ、そうですか……」
「手持ち無沙汰になりたくなければ、他にもやることを探すんやな」
「せやでー。私もこれ終わったら練習するから、一緒にステージに立とうよ」
「うーん……」

 解決したと思ったのに、作業量という壁に阻まれてしまった。
 たぶんμ'sの裏方だった人も、普段は他のことをしていたのだろう。
 では勇魚は何をしたいのかという、元の問題に戻ってしまう。

「晴先輩、やっぱり昔のことも話してくださいよ」

 困っている友達を見て、花歩がアシストしようと先輩に懇願する。
 面倒くさそうな目を向けられるが、そこを何とか、と目で語る後輩に、晴も軽く溜息をついた。

「私にはそんな大したエピソードはないで」
「それでもいいです! 聞きたいです!」
「なら手短に」

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「私をマネージャーとして雇ってもらえませんか」

 四月の下旬。新体制が軌道に乗り始めた頃、目つきの悪い一年生が部を訪ねてきた。
 応対した泉部長は、変わった申し出に真意を測りかねている。

「マネージャー? アイドルではなくて?」
「主に広報を考えています。率直に言って、皆さんの広報戦略はなっていません」
「へえ」
「ホームページは貧相やし、ツイッターの更新も遅い。実力はあるのに勿体ないです」
「おう、なんやコラ偉そうに。ケンカ売りに来たんか」
「落ち着け伊達」

 後ろから顔を出した強面の三年生を、泉が苦笑して制する。

「確かにこの子の言うことも一理ある。うちは宣伝が足らなすぎや」
「ケッ、そういう世間に媚び売る真似は性に合わんねん。実力さえあればいずれは評価されるもんや」
「考えが古いですね。今の時代はSNSを駆使しなければ埋もれるだけですよ」
「ああゴルアァ!?」
「菊間はどう思う?」

 振り返って尋ねる部長に、眼鏡の三年生が顔を向ける。
 彼女がこの部で芸術方面……具体的には作詞作曲、振り付け、衣装デザインの全てを担当していた。

「私も広報までは手ぇ回らへんし、やってくれたら助かるねぇ。それ以外も手伝うて欲しいことは多々あるで」
「何でもやりますよ」
「よし。立ち話もなんや、ちょっと入れ」

 部室へ招き入れ、渋い顔の伊達の前を通り過ぎて、椅子に座らせる。
 柔軟体操をしている立火たちが興味深そうに見る中、泉も入部希望者の正面に座った。

「申し出はありがたいが、ステージに立つ気はないんか?」
「顔が良くないですしね」
「自分、裏方に徹して楽しいんか。そっちに何のメリットがあるんや」
「将来、社会に出た時のための訓練です」

 一年生は無表情のまま、淡々とした声でそう答える。

「社会性に乏しい人間なので、少しは人間関係に慣れようと思いまして。
 高校に入ったのもそのためです。
 そうでなければ、高認試験を受けて大学へ行ってますよ」
「簡単に言うやっちゃな。友達作りに高校来たってこと?」
「友人は不要です。大過なく三年間過ごせればそれで合格。
 誰かと親しくする気はありません。
 その上で社会に適合するには、能力を示すしかないやないですか」
「それでうちの部か……」

 泉はちらりと後ろを見た。
 その先にはお団子ヘアの一年生を含む、初々しい後輩たちがいる。
 顔を元に戻すと、少し迷いながら、後ろに聞こえないよう声を落とした。

「まだ私個人が思っていることやけど、本心ではもっと上を目指したい。
 たとえ無謀でも、ラブライブ優勝のために全力を尽くしたいんや」
「いいですね。そうでなければ面白くない」
「そうか――そう思ってくれるか」

 腹を決めたように、泉は立ち上がった。

「部長の泉や。うちの部のマネージャー、お前に任せる」

 握手のため右手を出そうとして、泉は思い直し引っ込める。
 さっそく自分の扱いを理解してくれた部長に、新入部員に薄い笑みが浮かんだ。

「岸部晴です。皆さんと仲良くする気はありませんが、勝利のために全力を尽くします」

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「私のような孤独を苦にしない人間は、スキゾイドパーソナリティと言うらしい」

 キーを叩きながらの晴の言葉は、相変わらず抑揚がないと同時に、揺らがない意志も感じられた。

「だから何やねんて感じやけどな。私は自分の性格を気に入っているし、この性格のまま満足いくよう生きてみせる」
「そ……そうなんですか」

 言葉のない一年生たちに、晴はちらりと視線を上げる。

「花歩、さっきから手が止まってるで」
「は、はい! すみません!」
「さて、私としては佐々木には是非入部してほしい」
「ほんまですか!? 晴先輩がうちを!?」

 晴はパソコンに文章を打ち込むと、花歩に見えないように勇魚へ画面を向けた。

『姫水の精神安定剤として』

「………」

 別にがっかりはしない。勇魚だって本当はそうしたい。
 でも、と、前方で練習中の姫水を見る前に、晴の言葉が続く。

「あいつがそれを良しとせえへんのやろ。なら代わりに、私が入部理由を作ってやろう」
「え……」
「実はスクールアイドルは、ボランティア部の次くらいに人の役に立つんや。
 お前の歌やダンスで、元気づけられる人間がいるかもしれない」

 少しぽかんとしてから……
 誰かの役に立ちたい女の子は、半信半疑で言った。

「……うちがAqoursに元気づけられたみたいに?」
「せや」
「そ、そうなんでしょうか……わざわざうちのファンになる人がいるとはあんまり……」
「世の中は広いんや。物好きが現れる可能性も0.001%くらいあるやろ」
「めっちゃ低いですね!?」

 花歩が突っ込むが、ゼロではないと晴は言いたいのだろう。
 確かに、もしそうなってくれるなら、こんなに嬉しいことはないけど……

「私から言えるのはそれくらいや。そろそろええやろ」
「は、はい! お邪魔しました!」

 見学を終え、ひとり部室を出ていく。
 姫水たちの歌声を背後に聞きながら。

 やらない理由がない。
 スクールアイドルは好きだし、近くで姫水を見守れるし、部は楽しそうだし、先輩たちや花歩からも望まれているし、そして誰かへの応援になるかもしれない――
 そこまで揃っていてなお、勇魚は決心がつかなかった。
 自分でもなぜなのかよく分からない。

(あと一押しだけ)
(何かあったらええんやけど……)



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