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第19話 再起の夏休み


(ちょっ、部長さん、しっかりしてくださいよ!)

 呆然自失としている立火の姿が、つかさにとってはあまりに歯がゆい。

(分かり切ってた結果でしょ!? 何のために晴先輩がわざわざ警告してくれてたんや!)

 表彰式に出る上位四校以外は、制服に着替えるためステージ袖から退場していく。
 唯一着替える必要のない天之錦が正面の階段から降りる際、小梅は心配そうに振り向いた。

(立火、桜夜……)

 やはり声をかけようと戻りかけたところ、胡蝶に止められた。

「あきまへん小梅はん。今はそっとしておくのが情けいうもんや」
「うう……久しぶりに会うたのに、何でこないなことに……」
「うちの順位は覚悟してたけどねえ」

 葵が見上げる数字は27位。まさかWestaの隣になるとは思わなかった。

「せやけど、これも芸の道。時に地を這い苦汁をすすっても、それもまた芸の肥やしです」
「胡蝶が言うと重みがちゃうなー」

 後ろ髪を引かれながら、着物のスクールアイドルは京都へ帰っていく。


「広町さん……」
「和音。私たちに言えることは何もないで」

 聖莉守も似たようなもので、心配そうな和音を凉世が押し留めた。
 その間に三年生たちが近づいて、今までの感謝を伝え始める。
 進学校の天王寺福音では、彼女たちはこれで引退だ。
 返事をしながら、凉世は内心で溜息をついた。

(前回と変わらず八位か。あんなに頑張ったのに……)

 しかし勝敗にこだわらないポリシー上、それを顔に出すこともできない。
 表面上は素晴らしいフィナーレだったという風で、部員たちと会話を交わす。
 悔しがることは――今頃きっと、妹がしてくれているだろう。


 袖に消える立火たちへ、表彰式のためステージへ上がった鏡香が冷ややかな目を向ける。

(アホか、何を一丁前に落ち込んでんねん)
(去年の冬に私が言うた通りやろ。ここに来られただけでもラッキーと思え!)

 とはいえ鏡香も他人に嫌味を言える余裕はない。
 地区予選四位などという情けない結果、OGに吊し上げられかねない。

(全国では絶対に好成績を残さへんと……)


 同じくステージに上がった暁子が、退出する夕理と目が合う。
 改めて悔しさがこみ上げた夕理は、目に涙を浮かべてキッとにらみつけた。
 憎まれ役が板についた暁子は、肩をすくめて視線を外す。

(そう怒らんといてや。私は全国が終われば受験に集中。アンタらも私の顔は見ずに済むんや)
(……光は、どうなるやろな……)


 出演前とは打って変わり、混雑する楽屋の中。
 もう一校、話しかけるか迷っていた学校がいたが、こちらは実行に移した。
 近くで着替えていた二年生に対して。

「ハーイ。かぶっちゃいましたネー」
「あ、はいっ! 恐れ入りますっ!」

 金髪のイギリス人からいきなり声をかけられ、小都子は慌ててそんなことしか言えない。
 代わりに隣の夕理が進み出て、ぺこりと頭を下げた。

「私たちの完敗です。特に私の曲は未熟すぎました」
「あなたは、一年生?」
「はい……」
「せやったら、一回目のラブライブが終わっただけやないの。あと五回もチャンスがあるんやね」
「え? は、はい」

 いきなり関西弁になったヴィクトリアに、夕理は戸惑いながら返事をする。

「三年間見守りたいところやけど、私たちは卒業したら本国に帰んねん。
 次のラブライブが、もう一度勝負できる最後の機会やな」

 青い目を閉じ、彼女は今回の結果を噛みしめる。
 Worldsは六位。あと一歩で全国へ行ける位置は、悔しそうでもあり、手ごたえを感じているようでもあった。

「せやから冬に必ず、またこの場所で会うてや」
「は、はいっ!」
「あの……関西弁、お上手ですね」

 感心したように言う小都子に、着替えを終えた留学生はHAHAHAと笑った。

「普段の喋りはキャラ作りデース。あ、ちょっと深蘭、置いてかんといて!」
「何してんの、帰るよー」

 仲間たちを追いかけながら、もう一人の留学生に話しかける。

「深蘭も『~アル』とか言うたらええのに」
「言わないよ! 前から疑問なんだけど、その語尾って何が発祥なの?」
「うう……日本人が勝手に変な語尾を作って申し訳ない……」

 周りの神戸っ子に謝られつつ、Worldsも退場していく。


「立火先輩、行きましょう」
「あ、ああ……」

 小都子に促され、蒼白のまま楽屋を後にする。
 部長として、何か言わないといけないのは分かっているが、喉が干からびたように声が出てこない。
 隣で泣いている桜夜にも何もしてやれない。
 先代の泉部長は、負けたとき何て言っただろう。

『私たちは精一杯やった、悔いはない! せやろみんな!』

(今の私が、そないなこと言えるわけがない!)

 結果を見れば、現実を直視できず夢みたいなことを言い、有能な参謀の意見を退けた。
 幸村どころか、秀頼と淀君の悪いところを合わせたような選択をしてしまった。

(私は、私はっ……!)


 *   *   *


「立火先輩!」

 ロビーに出たところで、勇魚が立火の胸に飛び込んできた。
 潤んだ目で先輩を見上げながら、彼女は力強く言う。

「順位は残念やったけど、気持ちは観客みんなに伝わったと思います!
 この悔しさをバネに、また冬に向かって頑張りましょう!」
「勇魚……」

 その言葉をどこか空虚に感じてしまう自分を、立火は殴りたくなった。
 部長が何も言えないから、勇魚が代わりに言ってくれているのに。
 その後ろにいる花歩と晴に対しては、とてもではないが顔を直視できない。

(立火……ああーもう!)

 立火がちっとも復活しないので、桜夜の涙は引っ込んでしまった。
 こういう時こそ副部長の出番だ。
 場を和ませる冗談のひとつも言わねば!

「け、けどあれやな。下から三番目って、ほんま中途半端やな。
 いっそ最下位の方がネタになったやろ」

 と、引きつった笑顔で言ったところ、帰りかけの一人の女生徒が足を止めた。
 そのまま後ろ歩きで戻ってきて、いきなり桜夜の胸倉をつかむ。

「なら代わったろか!? ああん!?」
「ひいい! ま、まさか最下位の方ですか!」
「その通りや! これから打ちひしがれて明日香村に帰るとこや!
 私たちはネタか!? 面白いんかコラ!?」
「ごめんなさいぃぃぃぃ!!」
「まーまー礼阿れあちゃん、そこまで怒らへんでもー」

 同じ学校の子が、のんびりした声でなだめる。

「飛鳥時代からの歴史に比べたら、一回のラブライブくらい大したことないでー」
「アンタはそうやって呑気なことばっか!
 それやから奈良県民は商売が下手って言われるんや!」

 28位、明日香女子高校『mahoro-pa』の二人は、言い合いながらホールを出ていく。
 何とか解放された桜夜に、もうギャグを言う気力はなかった。
 他の上級生が頼りにならないので、仕方なく前に出たのは晴である。

「部長。ラブライブも終わりましたし、三日くらい休養を取りませんか」
「あ、ああ。せやな……」

 終わり、という言葉にまたダメージを受けた立火は、弱々しく了承するしかない。
 晴は表情を変えず、一年生たちに向き直った。

「ということで、来週の月火水は休みにする。各自夏休みの課題を進めるなり、天神祭を楽しむなりしてくれ」
「勉強する気分じゃないんですが……」
「そんな気分になる日はどうせ来ないやろ。いつかやらなあかん事は、暗い時こそ進めておけ」

 花歩の愚痴は一蹴され、晴の目は夕理と姫水へ向く。

「たとえネタかぶりがなかったとしても、姫水が本調子だったとしても、順位はせいぜい三つ四つ違った程度や。余計な責任を感じないように」
「は、はい……」
「はい……」
「夏休み中の活動時間は土曜と同じや。
 木曜に今後の方針を決める。それまでには部長も復活してるやろ。
 では解散。今日はお疲れさま」
『お疲れさまでした……』

 外に出た途端、むわっとした蒸し暑さが一気に襲ってきて、ますます気が滅入る。
 駅に入り、内回りのホームに行こうとしたつかさが、反対側の桜夜を怪訝そうに見た。

「桜夜先輩はこっちとちゃうんですか?」
「ん……一応、立火の家までついてく」
(さすがは嫁さんですね! ひゅーひゅー!)

 などと囃し立てられる状況ではなく、つかさはすぐに来た電車に乗り、夕理と一緒に去っていった。
 反対側に乗った七人も、重い空気は変わらない。
 天王寺で六人が降り、一人残った車内で小都子は溜息をつく。

(私が部長やとしたら、今日何ができたんやろ……)
(やっぱり晴ちゃんが次期部長の方がええんとちゃうかなあ……)


 乗り換えた地下鉄の駅で、上りと下りの分かれ道に来た。
 長居組とはここでお別れだが、未だに立火の心は浮上しない。
 それでもこのままは帰れないと、必死で声を絞り出す。

「か、花歩!」

 終わってから一言も話していない後輩は、まっすぐに部長を見た。
 思わず視線を逸らした立火は、あまりの情けなさに吐き気を催す。

「ごめん……カッコ悪い部長で……」
「………」

 勇魚と桜夜がはらはらしている中、下りホームに電車が入ってくる。
 その轟音に、花歩の泣きそうな声が重なった。

「そーですね! 今の部長はカッコ悪いです!」
「ははは花ちゃん!?」
「でも、すぐに元の部長に戻ってくれるって信じてますから!
 今の分を取り返すくらい、またカッコいいところを見せてくれるって信じてますからね!」
「花歩……」
「……今日は、ゆっくり休んでくださいね」

 微笑んで、ホームに降りていく後輩の姿を、立火の潤んだ目が見送った。
 電車に乗ってから、当人は頭を抱えてしゃがみ込む。

「あああ~! 偉そうなこと言っちゃったあ~!」
「そんなことないで! 花ちゃんグッジョブや!」
「そうね。花歩ちゃんは素敵な後輩よ」

 保証した姫水は、約束を裏切った上に慰めることもできなかった桜夜を思った。

(……少なくとも、私なんかよりずっと)



「引退しますか? 続けますか?」

 住之江公園駅で別れる際、晴がそのものずばりを聞いてきた。
 立火は思わず息をのんで、むきになって言う。

「つ、続けるに決まってるやろ!
 このまま引き下がれるわけないやろ。負け犬のまま終わりなんて……」
「また負けるとしてもですか」

 立火も桜夜も、一瞬脅えたように身を固くした。

「冬に全国へ行ける可能性も、残念ながら低いでしょう。進学を危険に晒してまで、本当に続ける意味がありますか」
「晴……」

 立火はすぐに答えを返せない。
 冬――。
 晴の案に従っていれば、冬に勝つ可能性を高められた。
 いや、勝つ勝たないはいい。少なくとも、冬に繋げたという自己満足だけは得て帰ることができた。
 こんな、苦労ばかりして何の成果もない現実よりはずっと……。

「ごめん晴。言う通りにしていれば……」
「部長!」

 珍しく大声を上げた晴は、耐えるように強く拳を握る。

「私も今回は、自分自身の非力さにはらわたが煮えくり返る思いです。
 ですが、こういう時こそ冷静にならないといけない。
 あと四日のうちに、身の振り方をきちんと考えてください」

 晴はお辞儀をすると、ニュートラムの駅へ去っていった。
 最後に残った桜夜が、軽く息をついて顔を上げる。

「ほなら、私も帰るね」
「あ、うん……」

 家まで来てくれるのとちゃうの? と思ったが、すぐに理由は分かった。
 同じ電車から降りた女性が、少し離れて立っていた。
 帰っていく桜夜と二言三言を交わしてから、彼女は立火に近づいてくる。

「立火、お疲れさま」
「お母ちゃん、見に来てくれてたんや……」
「うん。ライブは普通に良かったと思うで」
「……普通じゃあかんねん。普通じゃ……」

 地区予選ともなれば、一定以上のレベルは当たり前のこと。
 病弱な母が猛暑の中を来てくれたのに、不甲斐ない結果を見せてしまった。
 うつむく娘の頭を、母は優しく撫でる。

「人生、勝つときもあれば負けるときもある。
 今までだって、何度も負けたことはあったやろ?」
「それは、そうやけど……」

 去年のラブライブでも負けたし、野球で負けて悔し泣きしながら帰ったこともあった。
 でも、その時は気楽な一兵卒だった。
 今は自分がリーダーであり、部長なのだ……。

(四月からこっち、私は五人の一年生を勧誘した)
(それは、こんな想いをさせるためやったんか……?)


 *   *   *


 花歩が家に着くと、父が居間のテレビで高校野球を見ていた。
 準々決勝で、片方のチームがボロ負けしている。

「……ただいま」
「おお、お帰り……その顔はあかんかったか」
「その負けてる方の学校も、結構強いんやろ?」
「それはまあ、準々決勝まで来るくらいやからな」
「おかしいやん!!」

 無性に理不尽に感じて、いきなり怒鳴る娘に父は驚く。

「私たちだって大阪市で四位やで!? あんなにあるグループの中で四位!
 十分すごいのに、何で一回負けただけで全否定されなあかんの!?
 上に進んだら、どこかで負けるに決まってるやないか!」
「……誰かに何か言われたんか?」
「そっ……そういうこととちゃうけど……」

 全否定しているのは自分たち自身だ。
 楽しかった予備予選も、今日負けただけで上書きされてしまった。
 必ずバッドエンドで終わるなんて、理不尽なシステム過ぎる……。

「確かに上に進めばどこかで負けるけどな。
 それを怖がるようなチームは、そもそも上へは行かれへんのとちゃうかな」
「……うん……」

 父に諭され、とぼとぼと部屋に戻る。
 スマホを見ると、芽生は聖莉守の人たちとパーティーだそうだ。
 今朝誘われたことを思い出すが、こんな事になってもやっぱりWestaが好きだった。
 妹が帰ってきたら、いっぱい愚痴を聞いてもらおう……。


 あびこ駅から帰る途中、まだ生気のない幼なじみを、勇魚は覗き込む。

「姫ちゃん。晴先輩も言うてたけど、責任感じることないで」
「違うの……それよりもっと悪い」

 頭を振る姫水に唯一あるのは、自分自身への嫌悪感だった。
 せっかく得た現実感で逆に酷い目に遭い、反動でまた夢の中へ逃げ込んだ自分の脳への。

「私のせいで負けたのに、それすら他人事みたいに思ってる。
 先輩たちが辛そうなのを見ても、私の心は何も動かない。
 ねえ勇魚ちゃん。私は本当に病気なのかな。
 ただ単に性格の悪い人間で、それを病気のせいにしているだけなんじゃ……!」
「姫ちゃん!」

 落ちていく姫水の思考を、勇魚は叫んで引き戻す。

「まず、病気を治そう」
「勇魚ちゃん……」
「今までただ治るのを待ってたけど、何も変わらへんかった。
 でも今日は、えらい目にあったとはいえ現実感が戻ったんや。
 これまでのことを整理して、もう一回考えよう」
「うん……」
「うちは頭悪いけど、一生懸命考えるから!」

 未来の看護師はにっこり笑って、幼なじみと手を繋いで歩き出す。
 ずっと昔の夏、アイスを落として泣いたときも、この道をこうして手を繋いでくれた。
 記憶をよすがに、姫水のリハビリは続いていく。


「正直、負けてほっとしてんねん」

 弁天町で降りて別れる直前、つかさが吐露したのはそんな言葉だった。

「アキバドームって、全スクールアイドルの憧れなんやろ? よく知らんけど」
「うん……」
「そんなとこに、あたしが行っていいわけないやろ。
 まだ初めて数か月の、真面目にやってもいないあたしなんて、行けないのが正解やって」
「………」
「……夕理は怒るかもしれへんけど……」
「怒らへんよ……怒れるわけない……」

 うつむいて聞いていた夕理は、顔を上げてつかさを見る。
 その顔は微笑んでいるのに、泣き出しそうに見えた。

「巻き込んでごめん……」

 それだけ言って、夕理はきびすを返して家へ走っていく。
 つかさは呆然としていたが、もやもやした何かに押され、思わず地面を蹴りつけた。

(何やねん、それ!)


 誰もいない家で部屋に飛び込んで、夕理はベッドに顔を埋める。
 Golden Flagのことさえなければ、結果を受け止めて猛省するだけで済んだ。
 だが、あれだけ金を使ったグループを全国に押し上げる大会に、どう向き合えばいいのだろう。
 あと何度、スクールアイドル界に絶望するのだろう。

(もうやだあ……!)

 ――それでも。
 夕理のどん底は五分と持たず、むくりと起き上がると、半べそをかきながら机に向かった。
 ノートを取り出し、五線譜に音符を書き込む。
 あんなに辛い目に遭ったのに、また次の曲を作りたくなってしまう。

(病気やな。我ながら……)

 惨敗した大会だとしても、何だかんだで刺激になった。
 同じくスクールアイドルを愛するヴィクトリアと、またあの場所で会えるように。
 良い曲を。もっと良い曲を……!


 *   *   *


 ラブライブ明けの日曜日。
 外はうだるような暑さの中、立火は部屋にこもって受験勉強をしていた。
 いくら落ち込んでいても、頭から布団をかぶって苦悩するような余裕は、今の自分にはない。
 晴の言う通り、何をする気分でもない時こそ勉強しておかなくては……。

 翌日も翌々日も同じ状況で、部屋から全く出てこない孫を、さすがに祖母が心配して見に来た。

「婆ちゃん。もう結構経つし、結果も出たから言うてええと思うけど」

 立火は祖母の顔も見ず、問題集に目を走らせながら小さく言う。

「やっぱり私、部長向いてへん……」
「ふん、それやったらどないすんねん。他に任せられる奴はおるんかい」
「それは……」

 こんな重荷を、優しい小都子に押し付けて逃げるのか。
 今の状態で自分が引退したら、冬は予備予選も突破できないだろう。
 先輩たちとの約束も守れない……。

「どっちにしろ、落ち込んでる時に言うたことなんて誰も聞かへんで。元気になってから言うんやな!」

 祖母はそう言って、皿一杯のたこ焼きを置いていった。
 もそもそと食べながら、立火の勉強は続く。

 水曜日。
 明日にはみんなと会わねばならないが、まだ言うべき言葉が見つからない。
 昼過ぎに、花歩からメッセージが届いた。

『天神祭でぱーっと遊びませんか? 勇魚ちゃんと姫水ちゃんもいますよ!』
(ああ、今日やったか……)

 京都の祇園祭、東京の神田祭と並ぶ、日本三大祭りのひとつ。大阪天満宮の天神祭。
 そのクライマックス、本宮が今日だった。
 でも、花歩にだけは会えない。
 カッコいい部長は、あれからどこか遠くに消えたままだ。

『ごめん、受験勉強で忙しいんや。三人で楽しんでや』
『わかりました。あまり根を詰めないでくださいね!』

 気遣う文面が胸に刺さりつつ、勉強を再開する。
 四時頃、今度は桜夜から電話がかかってきた。

『まだ落ち込んでんの?』
「お前と違てデリケートなんや……」
『よー言うわ! ま、そんな相方を元気づけるために浴衣着てあげるから。
 今すぐ天満宮に来て。そして可愛い私を誉めて!』
「切るで」
『わーっ! せっかく新調したのに!』
「……さっき、花歩の誘いを断ってもうたんや。
 それでいてお前と遊べるわけないやろ」
『あーもーめんどくさい。ならええわ、本題を言うで』

 桜夜の声色が不意に下がる。
 今まで聞いたことがないほどに。
 心臓に氷を押し当てられたような立火に、その言葉は告げられた。

『私、もう引退したい。
 ラブライブなんて二度とごめんや。
 話し合う気があるなら、今すぐ天満宮に来て』


 *   *   *


 大阪天満宮の境内では、大勢の見物客が何かを遠巻きにしていた。

(そうか、陸渡御りくとぎょの時間や……)

 御輿や御車、稚児や獅子舞などが、次々と天満宮を出ていく。
 大阪の町を練り歩く、三千人の大行列だ。
 だが今は見物する暇はなく、指定された待ち合わせ場所に向かう。

(ええと、参集殿の裏……)

 皆は祭りに夢中なため、神社の裏はひっそりとしている。
 喧噪を遠ざけながら、立火は参集殿の壁を回り込んだ。

「桜夜!」



 浴衣を着た桜夜が、一人で立火を待っていた。
 初めて出会ったときと同じ、愛らしい笑顔で。



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