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「晴ちゃんは、五条坂の陶器市は行くの?」

 登下校時の自転車置き場は、二年生が二人きりになれる機会である。
 皆に内緒にしている晴の陶磁器趣味について、小都子が話せるのは今しかなかった。

 京都の夏の風物詩である、五条坂の陶器まつり。
 天之錦との対戦が決まったこともあり、何となく京都について調べていた小都子は、今日からこのイベントがあることを知った。
 自転車に鍵をかけた晴は、無表情のまま首を縦に振る。

「そうやな。清水焼はもう十分持ってるけど、近いし一応行くか」
「一緒に行ってもいい?」
「良くない」

 何を分かり切ったことを、という目で一瞥して、晴は校舎へと歩き出す。

「器を見る時は誰にも邪魔されず、自由でないとあかんねん。独りで静かで豊かで」
「それ、何かのドラマの台詞やろ?」
「漫画の方やけどな。とにかく、徒党を組んで見に行くようなものではない」
「うーん、まあ、そう言われるとは思ってたから」

 午前の太陽の下を並んで歩きながら、小都子は穏やかに笑った。

「何か一緒に行ってもらえる交換条件はないか、帰りまでに考えておくね」
「諦めるという選択肢はないんか」
「まあまあ、晴ちゃんは取引のできる人やから」

 大事なイベントなら小都子も邪魔しようとは思わないが、『一応行くか』程度なら別にいいだろう。
 多少強引でも食らいついていかないと、晴との関係は変わらないままだ。


 *   *   *


 その日は六日ぶりにつかさが参加した。
 本人は悪びれる様子もなく、部員たちも表面上は普通に接している。

「はいつかさちゃん。新曲の歌詞や」
「おっ、どれどれ」

 一枚紙を渡した花歩は、本当なら完成の時に一緒にいてほしかったけど、贅沢は言えない。
 自分だって土曜は田舎へ行って休んだのだし。

『それは一面の花畑
 咲くのを待つ蕾たちの上を 空飛ぶ魚が跳ねていく
 花開く時のため 水しぶきを振りかけながら』

「なかなか印象的な歌詞やろ! 花歩はもう立派な作詞家やな」
「私、こういうファンタジーなの好きやねえ」

 立火は自分のことのように得意顔で、小都子も好みにヒットしたようだ。
 照れている花歩の前で、つかさの目が一節に止まる。

『花はそこから動けないから 魚たちを憧れの目で 見送るしかないけれど』

「花歩、勇魚に何かコンプレックスでもあるの?」
「そういう深読みはしなくてええから! 良い歌詞にしたいだけで、作者とは無関係です!」
「あはは、そうやでつーちゃん! 練習だって花ちゃんの方が上手なんやから!」

 勇魚が誉めてくれるのは嬉しいけど、花歩は少し複雑である。
(どうせこの後の練習で、つかさちゃんに簡単に追い抜かれるんやろな……)
(でもノロマな亀だって、コツコツやってればいつか必ず……!)

 そんな花歩の思いも知らず、つかさは別の件について立火に確認した。

「京都の人は対戦OKしてくれたんですよね」
「ああ。向こうの三年生は半引退みたいやけど、最後の記念にって」
「なら良かったです。夕理、大阪っぽい曲の調子はどうなん?」

 つかさに聞かれ、夕理は渋々と状況を報告する。

「めっちゃ難航してる。仕方ないから新喜劇とか見て勉強してるけど……」
「うぷぷぷ、夕理が真面目な顔で吉本見てるのって……想像するだけでお腹痛い」
「木ノ川先輩ーーー!!」
「ま、まあまあ。対決は文化祭の後やから、時間はまだまだ大丈夫やで」

 小都子の言う通り、日程は九月下旬。
 今の暑さからは考えられないが、その頃にはもう秋だ。
 ぽんと手を打った小都子は、にこにこしながら夕理に迫った。

「そうや夕理ちゃん。私の選り抜きお笑いDVD貸そか? もしくは一緒に鑑賞会とか!」
「は、はあ。もしもの時はお願いします……」


 雑談はそれくらいにして、さっそく練習開始。
 着替えの最中、つかさは頑張って久し振りの姫水に近づいた。
 向こうからは話しかけてくれないのも、もう慣れてしまった。

「あー……花火のとき、奈々がうるさくなかった?」
「三重野さん? 賑やかで楽しかったわよ。そういえば仲良かったのね」
「まあ、中学一緒やから」
「帰りに汐里ちゃんが、あなたのこと誉めてたわよ」
「え、そう? いやー照れるわー」

 姫水とあまり会えなくなるのは、部活を休むデメリットではある。
 でも結局、こんな当たり障りない話しかできないなら、家で妄想でもしていた方がマシかもしれないが……。
 そんな後輩を、晴の視線が背後から射る。

(どうにかしてつかさのやる気を引き出さへんと、早晩詰む)
(こいつの大事なものは何なんや……)

 さすがの晴も、隠された乙女心までは見抜くすべはなかった。


 *   *   *


 練習はつつがなく終わり、帰りの自転車置き場にて、小都子は考えていた交換条件を切り出した。

「晴ちゃん、そうめん食べない? 親戚から山ほど送られてきたんやけど、高級揖保乃糸いぼのいとやで」
「いらない。というかお前、それただの在庫処分やないか」
「うーん、WinWinになると思ったんやけどねえ」
「だが、陶器市へは一緒に行く」
「!?」

 混乱する小都子に、逆に晴の方から条件を出してくる。

「その代わり、終わった後で小都子にしたい話が二つある。どっちも嫌な話や」
「ええ……陶器市デートと引き換えって、どれだけ耳に痛い話すんねん」
「それはその時のお楽しみや。明日の部活後でいい?」
「う、うん。とにかく晴ちゃんと初めてのお出かけやね。楽しみにしとく!」
「私と一緒で楽しいとは思えへんけど、まあご自由に」


 翌日、つかさのいない部活は何事もなく過ぎ去った。
 学校に自転車を置いたまま、少し間を開けて駅へと向かったのだが……。

「あれ、二人ともどこか行くん?」

 間を開けた甲斐もなく、駅のトイレから出てきた桜夜と鉢合わせしてしまった。

「い、いえ、ちょっと野暮用というか」
「んんー? 怪しいなあ。二人で内緒のデートぉ~?」
「ぜ、全然そういうのとちゃいますってば!」

 必死で手を振る小都子の隣で、軽く溜息をついた晴はあっさりとバラす。

「京都の五条で陶器市があるので、今から行くところです」
「へー。小都子はともかく、晴がそういうの好きなんは意外やな」
「別にパソコンばかりやってるわけではないですよ」
「そういや、お寺とか好きやもんね」
(ああ……)

 晴にしてみれば面倒だから言ってなかっただけで、そこまで隠すものでもないのだろう。
 でも小都子からは、自分だけが知っている晴の秘密だったのに……。

 大国町で桜夜と別れた後、晴がぼそりと言った。

「顔に出てたで」
「え、ほ、ほんま!?」
「桜夜先輩やから気付いてへんかったけど、意外と素直やな」
「ううっ、恥ずかしい。晴ちゃんのポーカーフェイスを見習わないとなあ」
「……別に今のままでええと思うけど」


 淀屋橋から京阪電車に乗って、一時間ほどで清水五条の駅に着いた。
 牛若丸と弁慶の五条大橋から東側、五条通りの700mほどが会場だ。
 京都らしい歴史ありそうな店の軒先や中に、あるいはよそから来た店のテントに、器が所狭しと並べられている。
 最初に入った店内にあった、『全品三割引』の張り紙に心が躍る。

「晴ちゃんは何かお目当てはあるの?」
「香炉が欲しい。が、無理やな」
「さすがに香炉はねえ」

 三割引の力をもってしても、一万円を越える品が並ぶ。
 仕方なしに、晴は茶碗などを手にとって眺め出した。
 小都子は隣からそれを覗き込む。



「私はアイスを入れる器が欲しいんやけどね。こう、足がついてるの」
「そう」
「コンビニのアイスでも、そういうのに入れたら美味しいと思わへん?」
「そうかもな」
(……別に楽しくお喋りとかは期待してへんかったけど、ねえ)

 晴の性格を変えようなんて、傲慢なことは考えていない。
 でも二人だけ残った同学年として、少しでいいから、特別な位置を占めたいというのは望みすぎだろうか……。

 清水寺の入口である東山五条まで行ってから、道の反対側を戻る。
 特価五百円のケースを小都子が見ている間に、晴はさっさと先へ行ってしまい、慌てて追いかける。

(晴ちゃんはあくまで、伝統工芸品としての陶磁器が好きなんやな)
(洋風のものや、清水焼らしさがないものは見向きもしない)
(……それが分かっただけでも、まあええか)

 晴は紅葉が書かれた小鉢を、小都子はアイス入れは見つからなかったが、センスのいい蕎麦猪口を買って、往復1.4kmの買い物は終わった。
 これでそうめんでも食べよう。

「さて――覚悟はできてるで。どんと来たってや」

 帰りの電車の中、晴の隣に座って『嫌な話』を待ち受ける。
 変わらぬ表情で小都子を見た晴は、意外にも感謝の言葉から入った。

「まずは礼を言いたい。夕理を懐柔してくれてありがとう」
「え……?」
「おかげで夕理はどんな曲でも書いてくれるようになった。全国へ向けて、必要な条件が一つ揃った」
「うーん、どういたしましてと言いたいけど、確かに嫌な言い方やな」
「本題はここからやで。曲は心配なくなったから……」

 揺れる車内で、晴の言葉が冷ややかに響く。

「もう十分や。夕理からは少し距離を置け」
「は?」
「部長も花歩に思い入れがあるようだが、お前の入れ込みようはそれ以上や。
 次期部長がそんなことでは困る。後輩は対等に扱ってくれ」
「………」

 確かに嫌な話だった。
 小都子は晴から視線を外し、車両の床を見ながら抗弁する。

「夕理ちゃんを一番気にしてるのは認めるけど!
 他の一年生だって、別に邪険にしてるわけとちゃうやろ?
 ちゃんと仲良くしてるのに、そんなん言われる筋合い――」
「最近、姫水と何を話した?」
「そっ……それは……」

 そう言われるとぱっと思い出せない。
 小都子の目は左右し、少し弱い声で言い訳する。

「だって姫水ちゃん、全然手ぇかからへんから……」
「姫水はそうやし、他の一年も精神的にはある程度安定している。
 せやから一人だけ不安定な夕理に、構いたくなる気持ちは分かるけどな。
 しかし夕理も合宿やら何やらで成長してきてるんや。いつまでも保護者気取りで……」
「ほ、他の子とも今まで以上に話すようにする! それでええやろ!」
「忠告はしたからな」
「はいはい、忠告されました。二つ目は?」

 本当、情のない人だ。
 部全体のことを考えてるのは分かるけど、夕理を大事に思う気持ちまで否定することはないだろうに。

「二つ目は、冬のラブライブに向けての話や」

 こちらはまともな話のようで、小都子も気持ちを切り替え耳を傾ける。

「勝てる可能性は低いとはいえ、やはり全国へ行きたい」
「それはまあ、当然やね」
「そのために効果的なことは何やと思う」
「え……皆の心を一つにするとか?」
「そんな精神論でどうこうなる段階とちゃう」

 じっと相手を見てから、晴はおもむろに口を開いた。

「身も蓋もないことを言えば、練習時間を増やすことや」
「―――!」

 忘れていた。
 これは、嫌な話だったのだ。

「二学期からは朝練一時間。放課後は一時間延長。
 日曜はさすがに休むとしても、一日四時間。去年と同じやな。
 26位から這い上がるには、これでも足らんかもしれへんけど」
「そっ……それは、私に言うてもしゃあないやろ?」
「もちろん、明日全員の前で提案する。その前に小都子の意見を聞きたかったんや」
「ふ……ふうん」

 晴の意図が読めない。
 頭に浮かぶのは去年のこと。あの時のことを、何か掘り返そうとしているのか。
 それとも考えすぎで、純粋に意見を聞きたいだけなのか――。

「みんながそれでええなら……私も、反対する理由はないかなあ」
「それが、小都子の本音なんやな」
「も、もちろんや……」
「分かった。では明日の部活で」

 話は終わり、晴は無言でスマホをいじり始めた。
 小都子も身を固くしたまま、京都と大阪の府境を通り過ぎる。
 駅で別れる際も、素っ気ない挨拶しかできなかった。

 自転車を取りに行く気力はなく、そのまま電車で家まで帰る。
 部屋に入ったとき、窓ガラスに映る自分が、刹那に一年前の姿に見えた。
 ボロボロになって、うわ言を呟きながら机に向かっていた頃の。

『勉強せな……』
『もっと頑張らな……』
『せっかく、大好きなWestaに入れたんやから……』

 すべては過去に消え去って、今年は楽しい部活動が続いていたのに。
 晴は自分に、何の恨みがあるのだろう。
 いや、全国へ行くためという理屈は分かる。自分こそ逆恨みかもしれないが……。

「……勉強せな」

 あの日と同じように呟いて、小都子はひとり机に向かう。
 せっかく買ってきた器も、包みから出さないままで。



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