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「悪いけど、明日は模試やから部活は休むで」

 部活が始まる前の待機中に、立火から報告があった。
 そういう単語を聞くと、部長も受験生なのだなと実感してしまう。
 色々聞いていいのか迷う花歩だが、図々しい勇魚が先に聞いた。

「先輩はどこの大学を受けるんですか!」
「う……実はまだ決めてへんねん」
「は?」

 呆れた目を向けるのはもちろん夕理である。
 立火は冷や汗をかきながら、進路事情を説明する。

「私は公務員志望やからな。学部はどこでもええゆうたらええんや」
「公務員って、まさか……」
「もちろん大阪市か大阪府の職員や! 私の手で大阪をより良くするで!」
『おーー』

 長居組の三人は拍手するが、夕理の目は変わらず冷たいままだ。

「失礼ですけど、無駄な箱物を作りそうで不安なんですが」
「ほんま失礼やな! 住之江で反面教師を散々見てるんやから、そんなんせえへんって」

 まあ試験の倍率は厳しいが、そこは大学に入ってから必死に勉強するつもりだ。
 今はとにかく部活を頑張りつつ、入れる大学に入るしかない。
 魔法瓶から冷たいお茶を入れながら、持ち主へと問いを投げる。

「小都子は議員を継ぐの?」
「うーん、最近は世襲に厳しいですからねえ。性格的に政治家向きとも思えませんし……」
「いえ、小都子先輩のような清廉な人こそ議員になるべきです! 世襲なのはこの際目をつぶります」
「あ、ありがと夕理ちゃん。まあ、ゆっくり考えるつもりや」
「おはよー。何の話?」

 登校してきた桜夜に、全員の心配そうな目が向く。

「進路の話や」
「いたたたた。急にお腹が」
「お前、明日の模試ほんまに受けなくてええの?」
「だってどうせ、ろくでもない点数取るだけやし……」

 桜夜は鞄を下ろすと、姫水に近づいて猫なで声を出した。

「ねー姫水、私ってモデルとか向いてると思わへん? 可愛いし」
「芸能界に興味がおありですか?」

 姫水は少し嬉しそうに、自分がいた業界へと手招きする。

「桜夜先輩なら、モデルになるだけなら容易だと思います。
 でも大半は食べていけず、アルバイトをしながら続けているのが現状です。
 歳を取れば当然仕事も減っていきますし、安泰など望めないでしょう。
 それでも素敵なお仕事です。良かったら事務所を紹介しましょうか?」
「あ……ええと……またの機会に……」

 あっさり逃げに転じる桜夜に、姫水はそうですか……と残念顔だ。
 立火が呆れたように軽く手を振る。

「ムリムリ。桜夜にそんな厳しい世界が務まるわけないやろ」
「ほっといて! でもまあ、楽に稼げる仕事に就きたいなあ」

 甘ったれたことを言いながら、桜夜もお茶を入れて椅子に座った。
 まだ晴が来ていないのを見て、不毛な愚痴を始める。

「晴はIT系に進むんやって。あいつなら引く手あまたやろ。
 不公平やと思わへん!? 頭のいい奴は進路がいくらでもあって、顔のいい奴は何で狭き門しかないの!?」
「そこは金持ちの男をつかまえて玉の輿狙いでしょ……ってつかさちゃんなら言いそうですよね」

 本人は今日も休みなので、花歩がゲスな意見を代弁する。
 だが桜夜的にはその進路もあり得ないようだ。

「さすがに好きでもない相手と一緒になるのはないわー。玉の輿狙う人って、ある意味メンタル強すぎやろ」
「アホなことばかり言うてへんで、少しは真面目に考えや」
「へーい……」

 そうこうしている間に晴が来て、今日も活動が始まった。


 *   *   *


『フラワー・フィッシュ・フレンド 私たちは友達
 フラワー・フィッシュ・フレンド 輪になって踊るよ』

 サビの部分、センターの立火を中心に、花歩と勇魚がくるくると回る。
 だが、じっと見ていた晴が何回目かの停止をかけた。

「勇魚、今度は手の向きが逆や」
「あ、しもた! えへへー、すみません」
(勇魚ちゃん、ほんまに大丈夫かなあ……)

 まだ時間はあるとはいえ、本人が前向きすぎて危機感に欠けるのがちょっと不安だ。
 衣装案も見せてもらったが、ひまわりがついた半魚人みたいな格好で、心を鬼にして駄目出しした。
 それでも一切めげないのが勇魚の良いところではあるけど……。

 そして午前の練習は終わり、部室でお弁当を食べている最中。

「部長、最近面白い漫画ってありますか?」

 何気なく尋ねた花歩だが、直後に後悔した。受験生に何を聞いているのか。
 だが聞かれた方はノリノリで答える。

「今一番アツいのは、キン肉マンやな!」
「は……はあ」
「ジャンプの連載が終わってから24年ぶりにWebで復活したんやけどな。
 これが連載中以上に面白くて、この前なんて昔は雑魚やったキン肉マンビッグボディが、幻の必殺技メイプルリーフクラッチで敵をマットに沈め……」
「そ、そうなんですか」
「作者のゆでたまご先生は、なんと住之江小学校の出身なんやで!」

 熱く語ってから、引き気味の周囲に小声になる立火である。

「あ……ごめん。花歩は少年漫画とか読まへんかった?」
「そ、そんなことないです。ワンピースとかナルトとか読んでますよ!」
「そうか! なら絶対おすすめやで!」
「確か、通天閣に展示がある作品ですよね」

 先日勇魚と一緒に登ってきた姫水が、思い出しながら尋ねた。

「そうそう。大阪出身の縁で新世界100周年のイベントに出たんや。スパワールドにもあるで」
「いきなりムキムキの男性像があって驚きました」
「まあ、プロレス漫画やからね……」

 ムキムキと聞いて少し不安になる花歩だが、せっかくの部長のおすすめだ。
 それに好きな人が好きなものには、自分だって触れておきたい。

「きんにくまんですね! 今度、漫画喫茶で読んでみますね」
「い、いや、ちょっと待つんや」

 一巻から読み始める花歩を想像して、立火は思わず止める。
 正直、初めの方はあまり面白くないのだ。

「連載開始が1979年やから、今見るとめっちゃ古いねん。
 しかも当初ギャグ路線やったのが、途中から格闘路線に変わった口で……」
「あ、よくありますよね」
(どうする……初期は飛ばして超人オリンピックから読ませるか……?
 でもブロッケン真っ二つとかグロいしなあ……。
 第2回もペンタゴンとかラーメンマンの流血を、花歩に読ませていいものか……)

 悩んだ立火は、ぽんと膝を打って結論を出した。

「よし花歩、今度うちに泊まりにきたらええわ」
「え……えええええ!?」
「うちに全巻揃ってるから、私がフォローしながら読むのがええやろ」
「い、いいんですかっ!」
「今さら何を遠慮してるんや。部員は誰でもウェルカムやで」

 漫画の話から思わぬ展開になった。
 お泊りという大イベントに、勇魚と姫水も祝福を送る。

「花ちゃん、良かったね!」
「めいっぱい満喫してきてね」
(漫画喫茶代わりだけに満喫やね……いや、これ言うたら姫水ちゃんに呆れられる)

 小都子が姫水との距離を測りかねてる一方、不満そうなのは桜夜である。

「もー、家近いからって立火ばっかズルいで。
 ねえ花歩、私んち泊まって少女漫画読もう! 水沢めぐみ先生の最高傑作はおしゃべりな時間割とか、そういう話しよ!」
「あ、あはは。またそのうちに……」
「桜夜が読む漫画って、惚れたの腫れたのばっかやないか」
「それ言うたら立火が読むのって、戦ったり必殺技撃ったりばっかやろ!」

 そうして漫画談義をしながらランチの時間は終わる。
 ずっと黙っていた夕理に、最後に立火が声をかけた。

「夕理も良かったら読みに来てええで」
「高校生にもなって漫画なんか読みません」
「言うと思った!」


 *   *   *


(か、髪型変とちゃうかな……)

 とんとん拍子で話が進み、翌日いきなり泊まることになった。
 部活を終えて皆が帰った後、誰もいない視聴覚室で立火を待つ。
 何だかロマンティックな状況だ。

 落ち着かずに歌の自主練などをしていると、ほどなくして立火が現れた。

「お待たせ! いい美声が聞こえてきたで」
「あわわわ。お恥ずかしいところを」

 迎えに来てくれた先輩は、普段にもましてイケメンに見えた。

「も、模試はどうでしたか?」
「まあまあの手ごたえや。
 地区予選のせいで期末テストはボロボロやったから、ここから調子上げてかんとなあ」
「私は何もできませんけど、応援してますから!」
「あはは、百人力やな! りくろーおじさんの店寄ってっていい?」
「あ、はいっ」

 大阪では有名な焼きたてチーズケーキを買って、徒歩数分で広町家。
 泊まるのは初めてだが、家自体にはファーストライブ以降何度か寄っている。
 出迎えてくれた立火の母と祖母も既に顔なじみだ。

「今日はお世話になります! これ、岐阜の田舎で買った栗蒸し羊羹です」
「あらあら、わざわざありがとうね」
「ま、狭い家やけど、ゆっくりしていきや」

 部屋へ行き、こもっていた熱気に、立火はすぐにエアコンをつけた。

「昔は扇風機とうちわでしのいでたんやけどな。さすがに最近はあかんわ」
「やっぱり地球温暖化なんですかねえ」
「せやなあ。飲み物入れてくるから、座って待っててや」

 先輩の部屋に一人残され、何だか緊張する。
 前に来たときも上げてもらったが、相変わらずシンプルな部屋だ。
 装飾は阪神の選手のポスターくらいしかない。

(そこの机でいつも勉強してはるんやなあ……)
(あのタンスの中に部長の服が……)
(私がつかさちゃんやったら、家宅捜査や~とか言うて勝手に開けられそうやけど)
(……ううっ、私にはそんな度胸はないで)

「お待たせ~」
「はいいいいい!!」

 心臓が飛び出しかけた後輩の前に、立火はニヤニヤしながらお盆を置く。

「ん~? 家捜しでもしてたんちゃうか?」
「してません! してませんってば!」

 チーズケーキとアイスティーをお供に、さっそく読書タイムに入った。
 本棚に並んだコミックスから、立火が取り出したのは第八巻である。

「このへんから読むのがええやろ。興味が出たら前の巻も読んだってや」
「はいっ」
「登場人物は超人といって、人の力を超えたヒーロー的な存在で……」

 残虐なシーンは立火が注意しながら、正義超人たちの戦いを読み進めていく。
 最初は古さに戸惑ったものの、そこは往年の名作。すぐに花歩も夢中になり始めた。
 数冊読み終わったところで、もう大丈夫やろと、あとは自由に読ませる。
 勉強を始めた立火の後ろで、しばらくして声が聞こえた。

「ああっ、ウルフマンが死んじゃった……。ええ人やったのに……」
(すぐ生き返ったりまた死んだりするのは黙っておこう……)


 *   *   *


「花歩ちゃん、先にお風呂入ってええで」
「あ、はーい。部長、お先に失礼します」
「ゆっくりするんやでー」

 よその家のお風呂というのはさすがに緊張する。
 体を洗いながら、ついシャンプーの銘柄などをチェックしてしまう。

(部長も毎日、このお風呂に入ってるんやな)
(ちょっとドキドキ……)
(……あんまりせえへんな)

 よく考えたら合宿でも一緒に入ったのに、特に何もなかった。
 他にも大勢いたというのもあったけれど。

(やっぱり私の部長への気持ちって、ただの憧れなのかなあ)
(……恋とか、私にはよく分からへん)

 湯船に浸かりながら、ぼんやりそんなことを考える。
 立火のことが好きだ。
 先輩として尊敬してるし、一緒にいるだけで楽しい。

 だったら今は、それで十分なのかもしれない。
 恋が幸せなだけのものではないって、それこそ漫画でよく読んだことだし……。


 夕食前に、立火の父が仕事から帰ってきた。

「よっ、いらっしゃい」
「お邪魔してます! 高野山の時はありがとうございました」
「いやいや、お安いご用や。
 それにしても周りが女ばっかでおっちゃん不安やで。花歩ちゃん、優しくしたってや」
「は、はあ……」
「アホなこと言うてへんで、早よお風呂入ってきて!」
「ははは」
(相変わらず親子で仲ええなあ)

 夕ご飯は花歩が好きな鶏の唐揚げを出してくれた。
 話の中心は当然花歩になり、大人たちから質問攻めにされる。
 部活楽しい? 歌詞ってどうやって書くの? 得意教科は? 立火はちゃんとやれてる?
 そのへんにしとき、と立火が止めるも、あと一つだけ、と母が近い未来のことを聞いた。

「文化祭、花歩ちゃんのクラスは何するの?」
「縁日です。輪投げとか的当てとかですね」
「ええなあ。こんなおばさんでも遊びに行っていい?」
「是非いらしてください! そういえば、部長のところはどうなんですか?」
「あ……しもた。まだ聞いてへん」
「ええ……」

 あの時は地区予選に追い詰められて、それどころではなかった。
 ごまかし笑いを浮かべながら、相方のことに話題を変える。

「もうすぐ登校日やからその時に聞くわ。桜夜のとこはたこ焼き喫茶らしいで」
「まさかあの子、自分で焼くんとちゃうやろな」

 祖母の渋い顔に、花歩は桜夜の料理の腕を察した。
 もっとも本人の性格的にはウェイトレスの方だろう。
 たこ焼きの話題が出たところで、父が時事ネタを繰り出した。

「何にせよ、脱税さえしなければ問題ないやろ!」
『あははは……』

 先月、大阪城内のたこ焼き屋が、一億円以上を脱税して告発されたのだ。
 他のみんなは苦笑していたが、ひとり口をとがらせているのは立火である。

「アッッッホやなあ、あの店! 税金くらい払えっちゅーねん!
 あそこが閉店したせいで、大阪らしい屋台が全然なくなったやないか」
「天守閣前の店もミライザに移りましたもんね」
「今の大阪城はスタバだのイタ飯屋だのが出来て……あんなん大阪城とちゃうわ」
「頭の固い孫やなあ。若い子はたいてい喜んでるやないの、スタバ」
「私は嫌やねん!」

 普段の部活よりちょっと子供っぽい立火は、家族の前だからだろうか。
 何だか新鮮な花歩の傍ら、祖母はしみじみと言う。

「時代ってのはそうやって変わってくもんやで。
 あたしゃグランフロントよく行くんやけどね、花歩ちゃんはどうや?」
「あ、私も妹と時々行きます。最初できた時は、大阪にもこんな場所が!って感動しました」
「ええー? あんな東京っぽいお洒落なビル、大阪には似合わへんわ」
「立火、お前ねえ」
「古き良き大阪が失われていく……」
「十八年しか生きてへん小娘が、なーにが古き良き大阪や!」

 呆れ切った祖母は、茶碗と箸を置いて真面目な顔で言った。

「立火、前から思ってたんやけどね。
 お前は視野が狭すぎや。大学は大阪の外、いや関西の外へ行った方がええわ」
「ち、ちょっと婆ちゃん。いきなり何を言い出すんや」

 うろたえる立火だが、両親まで『うん確かに』とうなずいている。
 実家暮らしを続ける気満々だった娘は、焦って抗弁した。

「うちにそんなお金ないやろ? ちゃんと家から通える範囲で考えて……」
「お前、俺の稼ぎを舐めすぎやろ。まあ多くはないけど……娘を一人暮らしさせるくらいはあるわ!」
「お母さんが入院費ばかりかかって、今まであまり贅沢させられへんでごめんね。
 でも、もうずっと体調もええんや。立火がいなくても大丈夫」
「お母ちゃんまで何言うてんの!?」
「もちろん無理に出て行けとは言わへんけど、でもね……」

 そう言って、母はちらりと花歩の方を見た。

「この家は高校に近すぎる。ここにいたら、あんた部活に顔出したくなるやろ?」
「そっ……それは……」
「ああ、それはあかんわ。引退したのに顔出すOGなんて鬱陶しいだけや」
「そ、そんなことないです!」

 祖母の言葉に、花歩は思わず反論する。
 全員の目が向く中、赤くなりながらも正直に言った。

「鬱陶しいなんて全然思わないです。部長が部長でなくなっても、毎日遊びに来てほしいです……」
「ありがとう、花歩ちゃん。うちの娘をそこまで慕ってくれて」

 儚い雰囲気の立火の母は、しかし引くことなくきっぱりと言った。

「でもね二人とも、けじめはつけないとあかんよ」

 立火も花歩も、息をのんだまま何も言い返せない。

「本気で好きになれる部活が見つかったのは、とても素晴らしいことやと思う。
 だからこそ、けじめはきちんとつけなあかん。
 ――高校を卒業するっていうのは、そういうことなんや」


 *   *   *


「大阪を出る、かあ……」

 部屋に戻った立火は、寝転んで天井を見つめた。
 パジャマに着替えた花歩が、その隣にちょこんと座る。

「ごめんな。せっかく遊びに来てくれたのに、変な話して」
「いえいえ滅相もない! むしろ部長の人生を決める岐路に、私なんかがいてすいませんっていうか」

 そう言いながらも、少しでも関われるのは正直嬉しい。
 大人たちの言ったことは、寂しいけれど間違ってないと思う。
 後輩としてできるのは、背中を押すことなのだろうか……。

「よ、他所に行くとしても四年だけですよね! 大学を卒業したら大阪に戻ってくるんですよね」
「そうやな。他の都市の文化も学んで、それを武器に公務員試験を受けるのもええのかもな……」

 呟くように言ってから、すぐにごろんと横を向く。

「でも東京だけは行きたないなー」
「なら間を取って名古屋とか?」
「名古屋か! なかなか良さそうやな、よく知らんけど」

 がばっと勢いよく身を起こす。
 大阪と名古屋。微妙に近いだけに旅行の対象にもならず、一度も行ったことがない。



 いきなりその気になる部長に、花歩は慌てて手を振った。

「い、いえ、私が適当に言うたことで決めないでください! 晴先輩に相談したらどうですか?」
「確かになあ。ちょっと待っててや」

 慣れた手つきでスマホを操作する立火は、晴には相談し慣れているのだろう。
 少し羨ましいが、頭の出来を考えると仕方ない。

『てことで全国二位の大阪人として、三位のとこを偵察に行くのもええかと思うんやけど、どうやろ?』

 晴も慣れているのか、すぐに返信が届いた。

『勘違いがあるようですが、愛知県のGDPは大阪府を抜いています』
「嘘ぉ!?」

 スマホを見ていた立火と花歩が同時に叫んだ。
 立火の手が慌てて文字を打ち込む。

『大阪は三位ってこと!?』
『GDPの計算方法が変わったこともありますが。
 少なくとも二位だと偉そうに断言できる立場ではないですね』
『いつの間にそないなことに……』
『大阪の人間は総じて中京を軽視しすぎです。
 ちなみに貨物取扱で全国一位は名古屋港です』
『大阪港とちゃうの!?』
『大阪港は十位、東京港は八位です』
『割と大したことなかった!』

 やり取りを終えてから、二人は顔を見合わせる。

「愛知って結構な強敵やったんやな……」
「すみません、味噌カツのイメージしかありませんでした……」
「うーん、よし! 名古屋の大学で考えてみるか!」
「い、いいんですか!?」
「もちろん家族と先生にも相談するけど。
 花歩が来た日にこんな話になって、花歩が名古屋って言うてくれたのも何かの縁やろ!」
(わ、私が部長の人生に影響を……)

 ちょっと夢見心地の花歩に、立火の顔も自然とほころんでいく。

「よし、この話はここまで! 遠慮せず、漫画の続きを読んだってや」
「はいっ、それでは遠慮なく!」


 *   *   *


 夜も更けた頃。最強の敵、悪魔将軍を倒したところで一区切りをつけた。

「うう……感動しました。友情って素晴らしいです!」
「そうやろー? 友情の描写では、これを越える作品はないで」
「でもバッファローマンの乱入は反則とちゃうんですか?」
「ま、まあ将軍の体がないのも反則みたいなもんやから……あれでフェアな勝負になったってことで……」

 続きはまた泊まりに来た時に読むことにして、とりあえず布団を敷く。
 時刻は十一時。家族はもう寝ており、互いに小さな声だ。

「いつもは何時に寝てるん?」
「これくらいの時間です。でも夏休みですし、夜更かしもアリやと思います!」
「おっ、ええこと言うなあ。しばらくお喋りしよか」

 布団に転がり、お互いに笑い合う。
 取り留めなく話しながら、二人きりの夜を過ごしていく。
 中学生の頃のことを。小学生の頃のことを。



 同じ大阪で暮らしながらも、ずっと関わりなく過ごしてきて。
 そして出会った今でも、二つの歳の差は縮められない。

(一年間しか一緒にいられへんけど)
(一年間でも一緒にいられるんやから)

 だからこの今を、何よりも大事にしないと――。


 得がたい時間だけど、あまり長引いても明日の部活に響いてしまう。
 そろそろ切り上げようかと立火が時計を見ると、隣からささやくような声が聞こえた。

「……今年は、最高の夏休みになりました……」
「こらこら、気ぃ早いやろ。まだ半分終わっただけなんやから……」

 立火の言葉は途中で消える。
 愛らしい後輩は、安心しきったように寝息を立てていた。
 思えば今日、自分が模試を受けている間も、この子は練習していたのだ。

(……ありがとう)
(花歩たちが頑張ってるから、私も頑張れるんやで)

 電気を消そうと立ったとき、先ほどの漫画の背表紙が目に入る。
 何となく、一度最終回を迎えた時の台詞を思い出した。
 元はワシントンの言葉だという。

『友情は成長のおそい植物である。
 それが友情という名の花を咲かすまでは
 幾度かの試練・困難の打撃を受けて 堪えねばならぬ――』

 この前の小都子との出来事を思う。
 きっとこれからも、Westaの中では色々なことがあるのだろう。
 それも全ては、花を咲かせるための試練だと信じて。
 立火は電気を消して、後輩の隣で目を閉じた。


「おやすみ花歩。
 明日からも、一緒に歩いていこな」


<第21話・終>

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