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「花ちゃん、おっはよー!」

 月曜の朝。バス停に響いたのは、元気な勇魚の声だけだった。

「おはよ。姫水ちゃんは?」
「早起きして文化祭の準備に行ったで。
 放課後は手伝えへんから、その埋め合わせにって」
「ううっ、放課後は私のコーチしてくれるんやもんね。なんか申し訳ないなあ……」
「もー、友達同士遠慮はなしやで!」

 久しぶりの二人きりのバスは、台風の残滓もだいぶ消えた街を走っていく。
 話すのはもちろん文化祭のことだ。

「バザーの品、使ってないタオルとかでいいかなあ」
「ええよええよ、チャリティーなんやから気持ちが大事や!
 姫ちゃんはサイン色紙を書いてくれるんやって」
「うわ高く売れそう」


 文化祭まであと四日。
 どこも最後の追い込みに入り、昼休みには立火からメッセージが届いた。

『放課後は劇の練習で遅れる。誰か鍵を頼むで』
『わかりました。私が開けます』

 すぐ返信された姫水の文章に、つかさは苦い気分である。

(藤上さんも準備大変なんやから、他の奴に任せといたらええのに)
(ったく、優等生さんは余計な苦労ばかりして……)
「うちのクラス、何もしてへんけどええんかなあ」

 一緒に昼食中のクラスメイトが、不安そうに言う。
 1-5は総じてやる気がなく、クイズ大会に決まったのも、他に案が出なかったからだ。
 まあ問題読み上げるだけやし……六組みたいに熱くなりすぎるのも引くし……と言い訳する友達の中、つかさは別のことを考えていた。

(藤上さんが部室の鍵を開けて、部長さん達はクラスの準備ってことは)
(早目に行けば、二人きりになれるかも……)

 卵焼きを食べながら、勝手なイベントがつかさの頭を流れていく。
 誰もいない部室で、あんなことやそんなことを……。


「少し早いが、今日の授業はここまで」

 空気を読んでくれたのかは知らないが、忙しい1-6の生徒は教師に感謝した。
 すぐに準備作業に入る中、姫水は申し訳なさそうに鞄を持つ。

「それじゃ悪いけど、私は部活へ行くから……」
「ええってええって! 朝、作業してくれてありがとね!」
「藤上さん、昨日はボランティア行ったんやろ? あんまり無理しないで!」
「ありがとう。みんなも根を詰めすぎないでね」

 職員室で鍵を受け取ってから、姫水は反省しつつ廊下を歩く。

(お化け屋敷、ちょっと凝りすぎたかもしれないわね。工数がどんどん増える……)
(でもあと少しだし、頑張らないと)

 視聴覚室の扉を開け、誰もいない空間に入る。
 空っぽの部室は現実感を根こそぎ奪うようで、姫水は椅子に座って深呼吸した。

 日曜は勇魚と一緒に復興に従事してきて、さすがに疲労がたまっている。
 役者をしていた頃。撮影時間は不規則で、休めるときに休む技術を身に着けた。
 それを久々に発揮するときかもしれない。

(勇魚ちゃんはいないけど――)
(桜夜先輩か誰かが起こしてくれるでしょう)

 机に突っ伏すと、姫水はすぐに寝息を立て始めた。



「ち、ちわーっす……」

 静まり返った空気に少し緊張しながら、つかさは部室に足を踏み入れる。
 それと同時に、目の前で眠っている姫水を直視した。

(え、えええええ!?)

 焦って物音を立てそうになる自分を、必死で制御する。
 静かに扉を閉めて、恐る恐る近づいていく。

(何でこんなとこで無防備に寝てんねん!)
(もう……)
(眠り姫みたいやないか……)

 起こさないように気を付けながら、彼女の寝顔を存分に堪能する。
 あまりにも綺麗で泣きたくなる。
 きょろきょろ周囲を見回してから、小声で話しかけてみた。

「優等生ばっかやってるから、疲れてるんとちゃうのー?」
「あたしなら息抜きの方法、色々知ってますけどー?」
(……なんて)

 目を覚まさない相手に安心しつつ、自分の言葉に虚しさを感じる。
 三年前、夕理に声をかけた時とは状況が違う。
 姫水の周りにはいくらでも人がいて、何より勇魚という絶対的な幼なじみがいる。
 つかさの出る幕なんて、どこにも……。

 音を立てないよう椅子を引いて、彼女と並んで座ってみる。
 もし同じクラスで、もし隣の席ならもっと違っていたかもしれないのに。

(……どうしたら、届くんやろ)

 夕理に言われるまでもなく、停滞して悶々とするだけの日々は、いい加減に脱したい。
 かといって大勢いる友達の一人にだけはなりたくない。
 この子の、特別になりたい――。

「ねえ……」

 心臓が速度を上げる中、唇を近づけた。
 目を覚ましたらどうしよう。
 既に起きていたらどうしよう。
 この緊張に比べたら、ステージの上なんて遊び場みたいなものだった。



「好き――」



「その香流ちゃんって子と仲良くなりまして! 文化祭も見に来てくれるそうです!」
「へー、良かったやん。花歩のファン1号ってこと?」
「い、いえ、そうなるかは本番次第で……」
(ん――)

 廊下に響く大声に、姫水はゆっくりと目を覚ます。
 騒々しい桜夜と花歩が部室に入ると、眠そうな姫水が顔を上げたところだった。

「あれ姫水、寝てたん?」
「はい、時間を有効に使おうと」
「ひ、姫水ちゃん、やっぱり疲れてるんちゃう? 私の面倒なんか見て大丈夫?」
「大丈夫よ、体力の配分を考えるのもプロだから」

 そう言う姫水の目は、笑いながらすっと細められた。

「それに今日頑張るのは、私でなくて花歩ちゃんなんだからね?」
「あ、ハイ、お手柔らかにお願いシマス……。
 ってつかさちゃん、そんなとこで何してんの?」

 ようやく三人とも、部室の隅で石化しているつかさに気付いた。
 あまりに高速で飛びのいたので、途中で机にぶつけた足がじんじんしている。

「べ、べべ別に何でもないでー」
「来てたの」
「あ、うん……」

 不審そうな姫水の目は、『寝てる私に何かした?』と言いたげだ。
 つかさがまだ固まっている間に、桜夜がニヤニヤと笑い出した。

「ははあ、さては姫水の顔に落書きでもしようとしたんやろ~?」
「し、してませんよ! ペンとか持ってないでしょ!? ほらあ!!」

 両手を開いて無罪を主張するつかさの必死さに、桜夜は少し引く。
 そして姫水の方は、呆れたように取り合うのをやめた。

「そんなこと考えるのは桜夜先輩くらいですよ。
 それじゃ花歩ちゃん。せっかくだから本番と同じく、体育館で練習しましょうか」
「ええけど、他の部が使ってない?」
「クラスの子の話だと、バレー部は屋台の準備をするんだって」
「そうそう、クレープ屋やんねんで~」

 恵から聞いていた桜夜が、じゅるりとよだれを拭く。

「私、文化祭では食べまくるからね! そのために最近おやつ減らしてるんや!」
「食べ過ぎてライブに影響しないようにしてくださいね?」

 言いながら体操着に着替えた姫水は、花歩と一緒に部室を出て行った。
 つかさは黙って見送るしかない。

(……ま、まあ結構大胆なことできたやん! いけるいける! あと一歩!)
(やっぱり、文化祭中に何とかしよう!)
「ねーつかさ、食券買わへん? 金曜しか使えへんけど20円引きやで」
「はあ、先輩は気楽でいいっすね……ま、付き合いで1枚買いますよ」
「100枚くらい買ってもええよ?」
「がめつすぎでしょ!」


 *   *   *


 体育館へ向かう途上、放課後の学校はいつもと違う雰囲気だ。
 お祭りは準備が一番楽しいというけど、どの生徒も少し浮かれて見える。
 夕理がちょっと心配だけど、今頃黙々と段ボールを加工してるのだろうか。

「このへんも飾り付けたいなあ」

 声がする中庭を見ると、実行委員の人たちが校門用のアーチを作っている。
 台風が今週でなくて不幸中の幸いだった。

「なんかこう、ワクワクしてくるよね!」
「ふふ。そんな風に言えるなら、もうメンタルは問題ないのかしら?」
「ど、どうなんやろなあ。でも協力してくれた二人を裏切らないようにしないと」
「頼もしいわね。クラスの準備は大丈夫?」
「もう終わってるでー。縁日は道具さえ揃えばいけるからね」

 体育館に入ると、情報通りにバレーコートが空いていた。
 その向こうにあるステージで、練習中の演劇部が一気に振り返る。

「藤上さん!?」
「こんにちは。こちらのコートを使わせていただきますね」
「あ、はい、どうぞ……」

 見に来てくれたわけではないのか……と落ち込む部員たちに、姫水はすぐさまフォローを入れる。

「文化祭の舞台、私も楽しみにしています。
 コンクールは11月ですよね? 皆さんにとっては大事な前哨戦ですね」
「う、うん、そうなんや!」
「ぜひとも忌憚ない意見をお願いするで!」

 ハッスルした演劇部員たちは、熱気とともに活動を再開した。
(やっぱり姫水ちゃんは、特別な子なんやなあ)
 元が違う上に練習も真面目な彼女には、勝とうという考えすら起きない。
 今日も素直に指導に従うつもりだった。


「さて花歩ちゃん」

 柔軟体操をこなしてから、姫水の長身が改めて向き直った。

「勇魚ちゃんの代役は私にしかできないし、そう思って立候補したけど……。
 そのせいで、一つ大きな問題が発生してる」
「というと?」
「このままでは私に注目が集まって、花歩ちゃんの影が薄くなる」

 今さら歯に衣を着せたりはせず、ずばりと事実を言われた。
 全くもってその通り。
 勇魚とのペアなら問題なかったが、相方が姫水では花歩の輝きなんてかき消されるだけだ。

「うん……そやね……」
「花歩ちゃんはどこを目標にしたい?
 とりあえず失敗せず無難に終わらせたいなら、このままでもいいとは思うけど」
「……あのね。笑わないで聞いてほしいんやけど」
「ええ」
「つかさちゃんに勝ちたい……」

 姫水は一瞬驚いたが、すぐ落ち着いた表情には『納得』の二文字が張り付いていた。

「確かに、真面目にやってない人に勝てないのは悔しいわよね」
「あああのね! つかさちゃん自身に不満はないねん! ほんまに!
 この前だって私のこと手伝ってくれたし!」
「いいじゃない、結果として花歩ちゃんの向上心に繋がるなら。
 彩谷さんには悪いけれど、今回は補助輪になってもらいましょう」

 姫水は持ってきた台で床にスマホを設置し、録画の準備をする。

「私は今から、あなたを輝かせるためだけに動く。
 予備予選で桜夜先輩にしたようにね」
「Supreme Loveで?」

 確かにあの曲で、強烈に印象に残ったのは桜夜の可愛らしさだ。
 姫水は意図的にそうしていたのか……と今さら気付くと同時に、花歩は困ったように頭をかく。

「私やと桜夜先輩みたいにはいかへんやろ?」
「確かに、難易度はちょっと高いわね」
「ぐはっ。輝かせにくい石ころでごめん」
「今のあなたは宝石の原石にはなってるわよ。後は徹底的に磨くだけ」

 スマホからタイマー設定しておいた曲が流れ出した。
 まだピンとこないが、細かいことは姫水に任せて、花歩は全力でパフォーマンスをこなす。

『それは一面の花畑――』

 ライブ中は特に違った印象はなかったが……。

「えええ! だいぶ変わってる!」

 撮影された動画の中で、花歩は別人のように映えていた。
 姫水に導かれ、見られることに特化した動きをすることで。
 そして当の姫水は表情を隠し気配を隠し、花歩を引き立てる脇役に徹している。

「姫水ちゃんってすごいすごいとは思ってたけど……まるで魔法使いやね」
「まだまだ、彩谷さんには全然届いてないわよ。
 花歩ちゃんはもっと上に行ける。さ、練習を続けましょう」
「う、うんっ!」

 もはや何のためらいもなく、花歩は全てを姫水に委ねる。
 自身がプリンセスなだけでなく、他人をプリンセスにもできる魔法使い。
 原石の自分を、この子が宝石に研磨してくれる!



「笑顔はもっと晴れやかに。楽しいことを思い出して」
「はいっ!」
「その腕の振りはワンテンポ早く、上に15°傾けて」
「はいっ!」

 淡々としつつも容赦ない姫水の指示を、必死で実行していく。
 隣の演劇部が息をのむ中、スパルタ特訓は延々と続いた。
 秘めた輝きを、必ず世に放つために。


「ひー、くたくたや」
「よく頑張りました。あと二日鍛えて、三日目に全体練習で仕上げましょう」

 部室へ戻りながら、姫水はいつも以上に優しく微笑んだ。

「天名さんの方法でもメンタルは強くなったと思うけど。
 でも緊張への一番の薬は、やっぱり自信を持つことだと思う。
 そして、自信を裏付けるだけの実力をつけること」
「……うん」

 確かにそれができれば一番で、それが一番難しい。
 今も姫水に助けられてるだけで、本当の実力とはいえないかもしれないけど。
 でも借り物でも力は力。少しずつでも自信にしていかないと。

「今回は姫水ちゃんに遠慮なく頼るね。
 私が色々足りてないのは分かってる。なら手段なんて選んでられへん」
「花歩ちゃん……」

 いつもと同じ平凡な笑顔ながら、瞳の奥には強い意志が宿る。
 そんな花歩の表情に、姫水もまた意気込みの段階を一つ上げた。

「必ず私たちで、勇魚ちゃんに最高のライブを見せましょうね」
「うん! 明日もご指導よろしく頼むで!」


 *   *   *


 翌々日の放課後。3-5では最後の練習が行われていた。

「これにて一件落着!
 また新たな驚きを探しに行くか!」
「はーい、そこまで」

 手を打った未波が、スマホの録画を軽く確認する。

「殺陣のとこ、もうちょい派手にできひんかなあ」
「これ以上は危ないやろ。おもちゃとはいえ木刀やで」
「うーん、まあ演劇部でもないし十分か。
 では練習は完了! 後は当日頑張ろう!」
『おつかれー』

 立火も木刀を置いて一息ついた。これで後は部活に専念できる。
 衣装を片付けていると、隣に鬼がやってきた。
 鬼のお面が外され、下から景子の顔が出てくる。

「これ、敵っぽくはあるけど呼吸が辛すぎやで」
「ご苦労さん。そういや新体操部は何すんの?」
「ふっふっ、今流行りのタピオカドリンクや。めっちゃ儲かるんやって」
「儲かっても全部学校に没収されるやろ?」
「まあそうなんやけど、やっぱり気分的には黒字にしたいやん」

 そんな雑談の後、景子と別れて部室に向かう立火だが、途中の廊下に人だかりを見かける。
 困り顔の二年生たちが一人を囲んでいた。

「橘さん、この件はどうしたら……」
「そうやねえ。もう時間もないし、A案は諦めてもらってB案で」
「小都子!?」

 思わず上げた声に、振り返った後輩は気まずそうだった。
 確か文化祭の仕事を避けるために、わざわざ体育祭で苦労したはずだが……。

「何してるんや、実行委員でもないのに」
「ううっ、まあ、そうなんですけど」
「すみません! 私たちでは処理が追いつかなくて、橘さんに頼るしかなくて!」

 手を合わせて謝っているのは実行委員のようだ。
 どおりでなかなか部活に来ないと思った。
 お人好しぶりに呆れている部長に、小都子は申し訳なさそうに弁解する。

「こ、これが片付いたらすぐ部活に行きますので……」
「何言うてるんや、勇魚は快く送り出したんやで。お前の人助けを認めないわけないやろ。
 それより、何か手伝うことある?」
「いいんですか!? でも花歩ちゃんは……」
「姫水が一緒にいるし、花歩ならきっと何とかする。
 時には後輩を信じて任せるのも、部長の役目やで」

 自信を持って心得を伝える立火に、小都子も微笑んで受け継いだ。


 なので二人が体育館に向かったのは、決して不安だったからではない。
 必要な道具を用具室から持ってくるためだったが……。
 体育館に踏み入るなり、後輩たちのライブに目を奪われた。

『フラワー・フィッシュ・フレンド 私たちは友達
 フラワー・フィッシュ・フレンド 輪になって踊るよ』

 夏休み中に見てきたライブとはまるで別物。
 芸術品のように輝いていた花歩は、一曲終わると同時にこちらに気付いた。

「先輩! 何かご用ですか?」
「ちょっと用具室に物を取りに来たんやけど」

 立火が固まっていたので、答えたのは小都子の口だけだ。

「花歩ちゃん、見違えたねぇ。どんな魔法を使ったん?」
「ふっふっふっ。実は姫水ちゃんは魔女だったのです!」
「もう、花歩ちゃんったら」

 笑っている姫水を、立火はまだ固まったまま凝視する。

(私の数ヶ月の指導より、姫水の数日のコーチの方が役に立ってるんとちゃうか……)

 姫水に比べたら、自分が凡人なことは分かっていたけど……。
 それに気付いた姫水は、小声でいつものようにフォローを入れる。

「私は最後の見せ方を工夫しているだけです。先輩が今まで教えてきた土台あってのことですよ」
「そ、そう? なんや、気い使わせて悪いなあ」
「立火先輩に向かっておべっかは言いません」

 姫水が真剣な目で言ってくれたので、立火も素直に信じることにした。
 そもそも花歩が進化したのだから、部長がすべきことは喜ぶことだけだ。

「うん、とにかく二人ともよくやった!
 うちの劇はもう完成したから、明日は一緒に練習できるで。小都子は?」
「後はぬいぐるみだけなので、家に帰ってから作ります」
「へー、お化け屋敷やろ? 血まみれのゾンビとか?」
「そ、そこは当日のお楽しみで。花歩ちゃん、これ良かったら」

 小都子が花歩に渡したのは、赤く燃える何かのアップリケだった。

「これは……焚き火ですか?」
「そう、魔除けの焚き火。ハロウィンの伝統なんやって」
「そうなんですね! ありがとうございます、本番で勇気が出そうです!」

 お化け屋敷のネタバレになってしまったが、喜んでもらえた小都子は少し心が軽くなる。

「私はこんなことしかできひんけど……ステージの上では、一緒に頑張ろうね」
「はいっ、ようやく、ようやく皆さんと同じステージに立てます!」

 花歩のピュアな笑顔に浄化されながら、二人で用具室へ行って得点ボードを運び出す。
 これに紙を貼って案内板にするのだ。
 体育館を出るとき、向けた視線の先では再び花歩が特訓に励んでいた。

「……立火先輩」

 運搬中、何か考え込んでいた小都子がぽつりと言う。

「何や?」
「一度、私にセンターをやらせてもらえませんか」
「え!?」

 驚いてボードを落としそうになった。
 準備に騒がしい校内で、ここだけ静かに小都子の声が流れる。

「花歩ちゃんは私と同じ、地味で目立たへん子やって思ってました。
 それがあんなに必死になって、自分自身を開花させようとしてる。
 なのに先輩の私が、地味って言葉に逃げ続けるわけにはいかへんやないですか」
「小都子……」

 立火の胸に、熱い何かが湧き上がる。
 花歩の頑張りが他のメンバーにも影響するなら、こんなに嬉しいことはない。

「よし分かった! 次のラブライブは小都子がセンターや!」
「ええ!? そ、そんな重要なライブでなくて、もっと小さいのでいいんですが……」
「何を中途半端なこと言うてんねん。やる気になったんやったら、とことんやったれ!」
「うう……は、はい。頑張ってみます!」

 冬のラブライブは十月末に始まる。
 まだ先の話だが、未来に一つ火が灯った気がした。


 *   *   *


『花はそこから動けないから 魚たちを憧れの目で 見送るしかないけれど』

 いよいよ文化祭前日。
 最後の全体練習で、一緒に踊るメンバーにも強く感じられた。
 花歩に魔法がかかっていることを。
 そして外から録画している晴は、生まれ変わった後輩の姿に、柄にもなく心動かされた。

(姫水の助力ありとはいえ、つかさと夕理に十分匹敵する)
(単に情だけでステージに上げるわけやない)
(花歩はWestaの立派な戦力や!)

 ライブ後に録画を見た部員たちも、花歩の大輪に目を見開く。
 何も考えていない桜夜が、素直に感想を言った。

「いやー、花歩めっちゃ可愛くなったやん! あ、前から可愛かったけどね?」
「あはは……ありがとうございますっ」
「これで世間にも花歩の魅力を知ってもらえるんやな!」
「お客さん、そう思ってくれますかね~」

 何だか急すぎて、花歩にも実感が湧いてこない。
 助けてくれた二人の一年生に、恐る恐る評価を聞く。

「……どうやろ。夕理ちゃん、つかさちゃん」
「自分でも分かってるんやろ? 後はこれを本番で発揮するだけや」
「あたしも言うことはないで。ほんま大したもんやなあ」
(私が役に立てたのかとか、女々しいことは今さら言わへん。とにかく全力で最高のライブにする!)
(藤上さん、花歩のために頑張りすぎやろ……いくら勇魚に頼まれたからって……。
 あたしだって藤上さんに助けてもらえば、何だってできるっちゅーねん。
 って、こういう考えも花歩を下に見ることになるんやろか……うう……)

 もやもやするつかさも、表面上は明るく振る舞っている。
 なので横目で見る立火には、内心までは伺い知れなかった。
(まだステージ降りるとは言わへんよな?)
(せめて勇魚と一緒にライブするまでは……頼むで……)

 そして校内には放送が響き渡る。

『間もなく下校時間です。
 どうしても残りたい団体は、実行委員に申請してください』
「よし、何とか時間内に終わったな」
「終わらなくて学校に泊まるのもやってみたかったんやけどな~」
「そういうのは実際にやったら、眠くて文化祭なんて楽しめませんよ」

 桜夜と姫水の会話に、立火の頭も文化祭に切り替わる。
 明日の金曜は在校生限定で、例年まったりした一日になる。
 土曜が本命の一般公開日で、外部からの客でにぎわい、Westaのステージも行われるのだ。

 部長は腰に手を当て、最後に部員たちへ指示を出した。

「本番は明後日や!
 明日はライブのことは忘れて、目いっぱい文化祭を楽しむで!」
『はい!』
「では今日は解散!」
『お疲れさまでした!』

 解散なのだが、花歩は最後にしたいことがあった。
 だが同時に残る懸念が、その行動をためらわせる。
 帰る支度をしながら、ちらりと黒髪の友達を見る。
 夕理は誰か、文化祭を一緒に回る人はいるのだろうか……。

「夕理ちゃ――」
「夕理ちゃん、私と一緒に回らへん?」

 花歩の懸念を消すように、声をかけたのはもちろん小都子だった。
 困り顔の夕理が遠慮がちに尋ねる。

「小都子先輩と回りたい人は、他に大勢いるのでは……」
「そうやね。でも私が回りたいのは夕理ちゃんやから」
「そ、そうですか……でしたら、はい」

 小都子の笑みが、少しだけ花歩に向いた気がした。
 心の中でお礼すると同時に、大好きな人に向けて一歩を踏み出す。
 今回、色んな人に助けてもらったけれど。
 ここで勇気を奮い起こすくらいは、自分の力でやらないと!

「部長! 文化祭、一緒に回りませんか!?」

 部員たちが温かい目で見守る中。
 振り返った立火は、最初から待っていたように破顔した。

「ええよ、喜んで!」



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