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『行ってらっしゃーい』

 いよいよ土曜日。
 桜夜と姫水に見送られ、出場する五人は明日香村へと出発する。
 電車は千早赤阪村のときと同じルートを通ってから、古市駅で東に分岐した。
 峠を通って奈良県に入ると、何だか空気も穏やかになった気がする。

「あ、七五三や」

 着物姿の小さな子が、千歳飴の袋を持って親と歩いている。
 すぐに遠くへ流れていく車窓に、花歩は親友の方を振り向いた。

「汐里ちゃんは去年やったっけ?」
「ん? 女の子は五歳ではやらへんで」
「あれ、そっか。もう自分のときのこと忘れてるなあ」
「花ちゃんちは二人一緒にやから、めっちゃ可愛かったやろね!」
「ど、どうやったかなー」

 平和な話をしている二人へ、つかさの呆れたような声が飛ぶ。

「緊張感のないやっちゃなあ。これから他校と勝負なんやで」
「あ、あはは。なんか奈良ってまったりしてるから」

 そして夕理は、そんな友達の姿にくすくすと笑った。

「つかさがそんなん言うなんてね」
「え、ええやろ別に! 姫水に恥ずかしいとこ見せられへんし!」
「あはは、もちろん真剣にやるのは大事やけどな」

 よく晴れた空の下では、木に柿の実がなっている。
 立火はいつになく落ち着いた顔で、今の気持ちを正直に述べた。

「これが終わった後はWorldsに地区予選と、シビアな戦いが続くんや。
 今日は人数も少ないし、気軽に楽しんでこようやないか」
「バトルロード・ぷち版ですね!」

 花歩のネーミングに、ほのぼのした笑いが起こった。
 つかさも少し苦笑して、ずっと張りつめていた気を今だけ緩める。
 電車は神武天皇ゆかりの橿原を通り、いよいよ明日香へと一同を運ぶ。


 *   *   *


「ようこそ明日香村へー」

 飛鳥駅で降りた五人を出迎えたのは、車の運転席から聞こえる間延びした声だった。

「って、免許持ってんの!?」
「うち、民宿やからー。卒業したら働くし、今のうちに取っといてんー。
 てことで改めまして、明日香村の飛鳥ちゃんやー」
「おっと失礼、Westaの広町立火や。
 今回は挑戦してくれてほんまおおきに! これ、土産のたこ焼きや」
「わざわざありがとうー。こちらこそ、無茶な申し込みを受けてくれて嬉しいでー。
 さ、乗って乗って。まずはお昼にしよー」

 よろしくお願いしまーす、と一年生たちも挨拶してミニバンに乗り込む。
 駅前を出て少し走ると、稲刈りの終わった田んぼが広がる、平和な里山の風景に変わる。
 これがそのように保たれた結果であることを、夕理は事前に予習してきている。



「これがいわゆる、日本の原風景ですか」
「そうそう。明日香村は全体が古都保存法で守られてるからねー。
 そのせいで開発も全然できやんで、人口減はこのあたりの自治体で断トツなんやけどねー。あっはっは」
「そ、そうなんですか……」

 大阪人たちが笑うに笑えない中、立火が空気を変えるようにぽんと手を叩いた。

「そうや、思い出した! 幼稚園の頃にこの村に来て、めっちゃ並んだ記憶があるで」
「キトラ古墳の壁画が初めて公開されたときかな? あのときは大勢来てくれたねえ」
「あと、なんか動物の形の石があったような」
「亀石と猿石、亀形石造物やね。何のために作られたのか、今も謎なんやけどねー」
「うーん、もっと来といたら良かったな」
「あはは、今日来てくれたんやからええやんー」

 観光客向けのレストランで、古代米のカレーやおにぎりに舌鼓を打つ。
 飛鳥がせっかくだからと、古代のチーズ『蘇』をごちそうしてくれた。
 何だか不思議な味だった。


「来たな、大阪人!」

 着替えのため明日香女子高校に行くと、仁王立ちで待ち構えていたのは礼阿である。

「あれ、ツインテールの子は来てへんの」
「あ、ああ、今日は留守番組やねん。あのときはホンマ申し訳なく……」
「いや、仲直りしようと思ってたんやけどね。気にしてないって伝えといて」
「あ、そう? さすが奈良人は大仏のように心が広い!」

 三年生たちが話している間に、万葉は柱の影から安菜を引っ張り出す。

「ほら、挨拶くらいしてくださいよ」
「ふ、ふへへ……。い、いや別に怖ないで?
 私だって大阪へはよく行くんや。主に同人誌とCDの特典のために」
『?』
「ああっ、これ系の話が通じる子が一人もいない!?
 オタ活しやすい都会に住んでるくせに! なんてもったいない!」
「もういいです、黙っててください……。では皆さん、部室へご案内します」
「よく分かりませんけど、大阪に来てくれるのは嬉しいです!」
「そ、そう? いやあ、日本橋がもう少し駅から近ければね……」

 とりあえず話を聞いてくれそうな勇魚に、安菜は一方的に絡み始めた。
 呆れながら前を歩く万葉は、ついてくる一年生を振り返る。

「Saras&Vatiのお二人は、ずいぶん精力的に活動されてますよね」
「あはは、才能がないから手数で勝負やで。
 ていうか同い年やろ? 敬語なんて使わなくてええって」
「気にしないでください。私の口癖のようなものなので」
「あ、そう……」

 つかさ達が鼻白む前で、万葉は一人で考え込む。

(今や大阪市二位の強豪Westa……。夏に完敗しただけに、なりふり構ってない感じやな)
(だからこそ私たちみたいな弱小だろうと、経験値稼ぎに使う気になったんやろうけど)
(まあ利用する気なのはお互い様や。Westaの人気に便乗して、私たちも知名度を上げないと)

 いつもは四人で寂しい部室で、今は九人も着替えているのは不思議な気分だ。
 冠位十二階の『大仁』を示す青いリボンをつけた礼阿は、『羽ばたけ!』の衣装姿の花歩から感心された。

「わ、飛鳥時代っぽいですね! カッコいいです!」
「動きやすさには欠けるんやけどね。今回は見た目重視や。って、安菜……」

 呆れ返る視線の先では、安菜がしつこく勇魚に話しかけている。

「奈良のアニメイトは品数少なくてねえ。私は天王寺の方によく行くんや」
「そうなんですね!」
「でもアニメイト奈良もいいとこはあるんやで。
 奈良出身の声優さんのコーナー作ったりね。知ってる? 久保ユリカさんていうんやけど」
「すみません、知らないです! でも素敵なお話ですね!」
「安菜、いつまでやってるんや! その子着替えられへんやろ!」
「ううう……キモがらずに話してくれる貴重な子やのに」
「えへへ、安菜先輩のお話面白いです!」

 勇魚も笑いながら急いで着替え、準備が整ったWestaは、再び飛鳥の車で運ばれていく。
 残された三人の中で、はっと気付いた万葉が先輩たちを振り返った。

「えっ、私たちは自転車で行くんですか? この格好で!?」
「し、しゃあないやろ! 古墳に着替える場所なんてないんやから!」
「フフフ……とんだ羞恥プレイやねぇ……」


 *   *   *


(国の特別史跡でライブか……世の中何を経験するか分からへんな)

 アイドル衣装の立火たちを、観光客が興味深そうに見ていく。
 入場料を払うときに何か言われないかと思ったが、話は通っていたようで応援された。
 見れば告知のポスターも貼ってもらえている。
 短い階段を登ると、一段高い敷地の中心にその物体はあった。

「わあ! ほんまの石舞台や!」

 勇魚が大喜びで声を上げる。
 敷地の隅では本日のスタッフらしき明日香女子の生徒が、配信の準備を。
 そこから一段下がった場所には、数は少ないながら既に観客が待ってくれていた。
 ファンの声援に手を振ってから、立火は飛鳥に一言断る。

「まだ時間あるし、ちょっと見学してくるで」
「どうぞー」

 Westaの五人が近づいた巨岩は、遠く飛鳥の時代から動かず鎮座していた。
 元は土がかぶさって古墳になっていたのが、土がはがされ石室だけ表に出ているのだ。

「こんな大きい石、飛鳥時代にどうやって運んだんやろなあ……って、ううっ、やっぱ寒い」

 花歩の学術的な感慨は、吹いてくる北風に遮られた。
 今回の衣装は春夏に作ったものの使い回し。つまりは半袖である。

「やっぱり、上に羽織るもの持ってくればよかった」
「何やこれくらい。スクールアイドルなら、ファンの前では凜としてないとあかんで」
「夕理は変なとこで根性あるなあ……この中入ったらしのげるんとちゃうか」

 立火に言われて、横の入口から石室に入ってみる。
 巨岩の間から差し込む光は、古墳の底にいる自分たちを想像させた。

「うち、みんなとなら一緒に埋葬されてもええで!」
「千四百年後に『古代のスクールアイドル』って発掘されるの?」

 勇魚とつかさの会話に、皆も釣られて笑う。
 観光客の邪魔にならないよう、端に固まって開始の時間を待つ。




 *   *   *


「あと少しでライブの時間ですね。練習はいったん休みましょう」
「ふぇー、きつかった」

 二人きりの部室は、いつもの数倍広く感じる。
 でも寂しいなんてことはなく、桜夜はコーチの後輩に真剣な目を向けた。

「私、Worldsの副部長に勝てると思う?」
「趙さんですか……かなりの手練れですからね。
 でも桜夜先輩も相当成長してますよ。自信を持ってください」
「へへー、姫水と晴のおかげやね」
「岸部先輩の依頼というのが少々複雑ですけど」

 口を滑らせた姫水に、桜夜は困ったような顔をする。
 もちろん姫水も後悔した。誰にも言ったことはなかったのに、この先輩と二人だとつい気が緩んでしまう。

「なんや姫水、晴のこと嫌いなん?」
「嫌いというか……いつも勇魚ちゃんに冷たいので」
「ほんま勇魚第一やなあ。晴もああ見えて、勇魚のことはちゃんと気にかけてると思うで」
「……なら、いいんですけど」
「もちろん私も常に後輩を気にかけてるで!
 言うても姫水には助けられてばかりやけどね。何か私が助けられることはない?」
「それでしたら……」

 勉強を頑張って私を安心させてください、とか優等生的に言おうとしたが、ふと別のことを思いついた。
 他に誰もいない今日しかできないことだ。
 数瞬だけ逡巡してから、思い切って口にする。

「も……もう一度キスしていただけませんか」
「うわ、大胆やな! 二人きりやからって!」
「決して変な意味ではなく!
 やはり私が100%を発揮するには、現実感を取り戻すしかないので! そのためにです!」
「でも前にやったときは治らなかったやん。今度は唇にする?」
「そんなに軽々しくファーストキスを捨てないでください!」
「なら頬でいいから、姫水からしてー」

 そう言いながら、ほらと左頬を突き出してくる。
 相変わらずの軽さだが、自分から言い出したことである。
 少し固くなりながら、姫水は桜夜の両肩に手を乗せた。

(別にこれくらい何ともないわよ。現実感がないんだから)
(って、それじゃ意味ないじゃない! 無理矢理でも気持ちを高めて、現実を引き寄せないと)
(先輩……桜夜先輩……)

 この無邪気で明るい先輩のことを、心から大事に思っている……と自己暗示をかけながら、姫水は唇を寄せていく。
 もし今、誰かが部室に入ってきたらどう思われるだろうか。
 スリルも加算して、目も口も閉じてそのまま触れた。

(現実感……現実感……)

 そんな後輩の体温を頬に感じ、桜夜は微笑ましい気分になる。

(姫水、ほんまに可愛えなあ)
(何とか、お別れするまでに治ってほしいな)
(自然なままの姫水に会って、改めて仲良くなってから卒業を……)
(………)
(長くない!?)

 ちゅーーーーーー
 吸血鬼みたいに吸い付いている後輩に、さすがに桜夜も焦り始める。

(ちょっ、ライブ始まるで!)
(立火とこんな風に離れるの初めてやし、ちゃんと応援しないと!)
(でも女の子のキスを振り払うのは乙女的にどうなんや……)
(あ、なんか気持ちよくなってきた……ごめん立火……)

 とろんとしてきた桜夜に密着しつつ、姫水はとにかく必死である。

(現実感現実感現実感現実感――!)
『お待たせ! バトルロード二回戦の開幕や!』
「!!!」

 PCから響く立火の声に、桜夜は弾かれたように姫水から飛びのく。
 何とか息を整えているところへ、申し訳なさそうな後輩の顔が向いた。

「す、すみません、調子に乗ってしまって……」
「い、いいから別に! 気持ちよかったから……じゃなくて!
 それで、現実感は戻ったん?」
「ええと……はい、ほんの少しだけ」
「少しかーい! 私が一方的にどぎまぎしただけやん!」
「したんですか?」
「あ、ほ、ほら、みんなのこと応援するで!」

 石舞台を背景に挨拶している部長を見ながら、姫水は桜夜と並んで座る。
 そう簡単に治りはしなかったけど、本当に、自分たちを気にかけてくれてるのを感じた。
 その先輩が言うのだから、晴のことも一応信じていいのかもしれない。

「そうそう。花歩にあげた何でもします券、まだ使ってもらえてへんねん。
 忘れてたらあれやから、姫水からも言っといて」
「ふふ。はい、バスの中ででも聞いてみます」

 ごまかすような桜夜の話に微笑んで答える。
 その花歩の前で、つかさが真剣な顔で出番を待っている。
 さっきのキスが急に恥ずかしく思えてきて、姫水は何となく居ずまいを正した。


 *   *   *


「それでは住之江女子からは一つ目のユニット!」

 晴がいないので、三十分に収めるタイムキーパーは立火がやらねばならない。
 挨拶は短く切り上げ、さっそく一曲目へと移行する。

「大阪弁天町のおしゃれな二人、Saras&Vatiの登場や!」
「奈良の皆さんこんにちはー! 彩谷つかさでーっす」
「天名夕理です。♪~~~」

 バイオリンの音色に乗った挨拶に、観客から拍手が飛ぶ。
 だがつかさの意識は、配信のビデオカメラに集中していた。
 その先にいるはずの、一人の女の子だけに。

 気軽に楽しもうと部長に言われたし、できればもちろんそうしたい。
 でも自分が何のためにやっているのか、いつか世間に言わねばならなかった。
 それは今、あいつが観客として自分を見ている、この瞬間しかないのだ。

「あたし達が、何でこのユニットを組んだかというとですね。
 うちの部に藤上姫水ってのがいるんですよ。Westaの一年では一番の有名人ですけど。
 ……あたしはそいつの足下にも及ばない、つまんない人間で。
 でもどうしても追いつきたくて。あたしを認めさせたくて! 今必死に頑張ってます!」
(ちょっ、いきなりお客さんに向かって何言ってるのよ!)

 画面のこちらの姫水は頭を抱えたくなった。
 配信の視聴者数は、京都戦を上回りそうな勢いなのに。
 さっきのお返しとばかり、桜夜のニヤニヤ顔が隣の後輩へ向く。

「なんや愛の告白みたいやなあ」
「知りません! 私のこと嫌いなはずなのに!
 本当、彩谷さんってわけが分からない……」
「またまたー、薄々分かってきてはいるんやろ?」
「わ、私は……」

 もちろんつかさも、立火から受けた注意は忘れていない。
 対戦相手を尊重するため、mahoro-paの四人へ笑顔を向ける。

「てことで藤上は今日は留守ですけど、あたしで勘弁してくださいねー」
「まあ、藤上さんが来てたら私たちはフルボッコでしたからね」
(あの万葉って子もそういう評価か……けど、今から見返したる!)

 長い前置きに立火がはらはらし始めた前で、二人はすぐさま臨戦態勢に入る。

「聞いてください、『KAI-KAN YOU-CAN』!」

『巡る神秘のアクアリウム 深海の底はオトナの時間』

(姫水! ねえ姫水!)
(見ててくれてる!? 聞いててくれてるよね!)

 セクシーながらもひたむきに、つかさはカメラの向こうに必死に訴えかける。
 夕理も覚悟を決めて、弦を鳴らしながらサポートに徹した。

『何も届かぬ海の底 あなたの光が差し込んだの
 もう絶対に離さない 私の体がどうなったって 一直線に浮上する!』

 意味深な歌詞をどう感じてるんやろと、桜夜はちらりと隣を見る。
 詮索を拒むように、後輩は無表情だったけれど……
 最後まで身じろぎもせず、曲が終わるまで、姫水の目はつかさから離れなかった。

『WA-WA-WA-WAO!』

 観光客も思わず足を止めた中で、一帯は大きな拍手に包まれる。

(つかさちゃん、やり過ぎやって……)

 のどかな奈良の空気を無視して、やりたい放題の友達に花歩は苦笑する。
 でも、それができるのが今のつかさの強さなのだろう。
 そしてmahoro-paの面々も、いきなりの情熱的なライブにすっかり萎縮していた。

「うわー、えらいもんぶつけてきたなー」
「もう少し気軽な気分で来てるのかと思ってました……」
「私のラブコメセンサーが、深い女の情念を感じる」

 早くも弱気の部員たちに、礼阿が気持ちを奮って発破をかける。

「ええい、たかが一年生二人に何をびびってるんや!
 このために準備してきたんやろ。飛鳥、予定通り頼むで!」
「はいはーい」
「本当にやるんですね……」

 入れ替わって登場した四人は、まず飛鳥のにこやかな挨拶から始めた。

「どーもどーも、mahoro-paでーす。
 私たちのファンの顔も見えますねー。ありがとー」

 ファンものんびりした気性のようで、いえいえー、と軽く返している。
 が、続く言葉にその場の全員が固まった。

「実はみんなに隠していたことがあるんやー。
 なんとmahoro-paのメンバーは……私が呼び出した、古代人の生まれ変わりだったのです!」

『………?』

 呆気に取られている面々の前で、万葉からヤケ気味に解説を始めた。

「わ、私は日本最古の妹キャラ、小野妹子です!
 ちょっと国書をなくしちゃうようなドジっ子ですが、よろしくお願いします!」
「私は日本最古の聖人キャラ、聖徳太子!
 和をもって貴しとなします! 争い事はいけませんよ~! あらあら~!」
「クックック。日本最古の悪役キャラ、蘇我馬子や。
 物部はシネ! 仏教を広めた私をあがめろ! 子供の教育には失敗したけど」
「そして私、明日香村の飛鳥ちゃんが彼女たちの居候先やー!
 これぞ古代アイドル、mahoro-pa!」

『………』

 しーん


 静寂の中、いきなり礼阿が後輩を締め上げた。

「安菜あああああ! 思いっきり滑ってるやないかああああ!!」
「あ、あっれー。偉人女性化は覇権コンテンツのはずやのになあ……」
(大阪の人、少しはノってくれると思ったんやけどー)

 しかし飛鳥の視線の先で、立火は頭が追いつかないようにぽかんとしている。
 あれではノリもツッコミもない。
 諦めに至った万葉が、観客とカメラに向かって声を張り上げた。

「……というキャラ作りです!
 何の特技もない私たちには、これしかなかったんです!
 受け入れてもらえると嬉しいです!」
「ちょ、万葉ちゃんwww。バラしちゃうのwww」
「何を半笑いになってるんですか! 安菜先輩のせいでしょ!」
「あ、あー! なるほど!」

 ようやく理解した立火が、意識を復活させて笑顔を作った。
 少しばかり引きつってはいたけど。

「確かに、そういうのも面白そうやな! うん、よく考えたもんやで!」
「キャラ作りが一番大事って、矢澤にこちゃんも言うてはりました!」
「他にないユニークさなのは間違いないですよね!」

 勇魚と花歩にもフォローされて、礼阿はこれ以上いたたまれなくなる。
 勾玉のネックレスを揺らし、強引にライブへ切り替えた。

「聞いてください、『long for 飛鳥時代』!」

『船は行くよ~ 隋の国へ~
 太子お姉様のお手紙はあ 正直ちょっとケンカ売ってるけど~
 私はどうなっちゃうのかなあ~』

 ちょっと間の抜けたネタ曲を聞きながら、観客の心は平穏を取り戻していく。
 見守るような笑顔が広がる中で、ひとり花歩だけが真剣な表情に変化した。

(いや……言うてることはもっともやで)
(何の特技もないアイドルには、キャラ作りが最後の武器なんや)
(何もない、私には……)

『大化の改新のせいで 何もかも変わってしまったけれど
 不思議な縁により 現代に蘇った私たち!
 古代アイドルmahoro-pa 平和な日々はこれからも続く~』

「どーもどーも、ありがとうー」

 最終的には何となくほんわかした印象を残して、mahoro-paは一時退場した。
 気を取り直した立火は、二人の仲間と拳を合わせる。

「いよいよザ・ハリセンズの出番や! 楽しんでいくで!」
『はいっ!』

 とはいえ先ほどのキャラ設定、思わず意識が飛ばされるほどインパクトだけは大きかった。
 まともな自分たちで、埋もれずにいられるのか……?



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