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第28話 最終ロード・vs神戸


『I wanna hold your hand! All I wanna do is kiss you tonight!』

 UKロックが響き渡るここは、住之江女子高校の体育館。
 ノリノリで歌い踊るイギリス人高校生に、二百人ほどの住女生は熱狂の渦にある。
 Westaの面々も客席から声援を送りながら、その心中は穏やかではない。

 襲来した留学生に、母校の生徒が魅了されているのを実感しつつ。
 今週起きたことを、立火は改めて思い出していた。


 *   *   *


『最後の戦いの幕が開く 誇りと魂の全てを懸けて
 鍛え励んだ私の力 今こそ解き放つ時や!』

 熱く勇猛果敢ながら、どこかクラシック的な格調高さを持った曲。
 まだ少し自信がなさそうな夕理に、寄り添った花歩は力強く曲名を言った。
 だって本当に、夕理が作った最高の曲だと思うから。

「タイトルは『バトル・オブ・オオサカ』! これが私たちの、最高の決戦の曲です!
 ……とか言いつつ、歌詞はまだ半分です。すみません、急いで完成させます!」
「いやいや、奈良戦終わったばかりなのに良くやってくれたで。できたところから練習を……」
「待ってください。その前に全員で、忌憚ない意見をお願いします」

 一同驚くが、夕理は今さら他人に頼ることに躊躇しなかった。
 プロトタイプということで部員たちも意見は言いやすく、さっそく晴が手を上げる。

「まずタイトルについて」
「って私の方ですか! あ、はい、どうぞ」
「バトルロードの締めとしてはええけど、地区予選に出すにはローカルすぎる。完成版では変えた方がいい」
「そ、そうですね。関西全体が相手ですし、大阪弁も控えめにした方がいいですね」
「え、そうやろか?」

 少し残念そうなのはもちろん立火だ。

「むしろ大阪色出した方がええんちゃう? 歌詞に『六甲おろし』って入れるとか」
「前から思ってたけど、六甲おろしが吹くのって神戸やん。何で大阪の曲みたいになってんねん」
「うむ、それは阪と神という切り離せぬ関係がやな」
「もっと役に立つ意見を言ってくださいっ!」
『ハイ……』

 夕理に怒られた立火と桜夜も、漫才をしている場合ではないと悟り、良い曲にする方法を真剣に考える。
 小都子が音楽的な面から、つかさが世間受けの面から、姫水が両方から意見を重ねていく。
 勇魚は相変わらず誉めるばかりで、あまり役に立たなかったが……。

 話がまとまりかけた頃、今さらやけど、とつかさが尋ねた。

「神戸で一度発表するんやろ。地区予選って未発表曲でなくていいの?」
「その縛りは最初の予選だけや。現にA-RISEは二回の予選で同じ曲を使った。
 ……それでトップから転げ落ちたから、縁起が悪くて以後やるグループは少ないけど」

 もちろん縁起云々だけではなく、同じ曲は「またか」と思われるというのもあるだろう。
 それを承知で、夕理の目は真剣である。

「でも才能のない私が、全国へ行ける曲を作るにはこの方法しかないんや。
 神戸戦を参考にさらに改良するつもりやから、飽きずに聞いてもらえるとは思う」
「もちろん、私の歌詞もやで!」
「部長、センターはどうします? ダブルセンターがいいと思いますが」

 振り付けを考えていた晴が、サビの掛け合いを見て立火に尋ねた。
 テーマは決闘で、それは二人の間で行われるもの。
 賛同のうなずきを見せる部員たちに、立火は相方に顔を向ける。

「そういうことなら私たちの出番やな! 桜夜、めっちゃバトるで!」
「立火と戦うのって初めてやなあ。ま、今の私なら簡単には負けへんで」

 ずっと肩を並べてやってきた二人が、今回は正面から向かい合うのだ。
 皆も当然のことと受け入れ、バトルロード最後のセンターを二人に託す。

「先輩たちやったら、楽しい決闘になりそうですね!」
「どつき漫才にはしないでくださいよ~」

 勇魚とつかさの言葉に笑いが起こる部室で、夕理だけは笑い切れていなかった。
 こんなに協力してもらえてるのに、自分の方は皆に隠していることがある。
 この曲についてそれを明かしたとき、皆に信じてもらえるだろうか。
 Westaと仲間たちを、本当に大事に思った上でのことだと……。


 *   *   *


 それから数日はひたすら練習。
 歌詞も完成し、後はイベントも何もなく、神戸戦まで練習が続くと思った矢先だった。
 ヴィクトリアから電話がかかってきたのは。

『よく考えたら不公平デース!』

 藪から棒に抗議された。

『ユーがうちの学校でライブをするのは、兵庫での知名度を高めるためデスヨネー。
 だったら私たちだって、大阪でライブして知名度を高めたいデース!』
「いや、それは……」

 確かにそれが目的の上に、会場の準備等は向こうにやってもらうのだから、元から厚かましいロードだったかもしれない。
 その分、交通費の負担は自分たちだけだし、土産も持っていってはいるが……。
 電話を替わった深蘭シェンランが落ち着いて続ける。

『もちろん発案者である君たちにはその権利がある。
 なので正式なライブでなくていい。次の土曜に少しだけ、そっちで歌わせてもらえない?』
「って明々後日しあさってやん! そんな急に客集まらへんて!」
『大阪観光のついでだから、それでもいいよ。
 もうすぐ本国に帰る私たちに、大阪の思い出も作らせてもらえないかな』

 そう言われると人情のなにわっ子としては断れない。
 了承して電話を切ると同時に、漏れ聞こえていた晴が断言した。

「準備は私と助っ人三人でやります。皆は練習を続けてください」
「……ああ、頼むで晴。精一杯もてなしたってや」

 もはや遠慮もなく阿吽で役割を分担する二人に、勇魚が空気を読まず割って入る。

「晴先輩、せめてうちだけでも手伝いを!」
「お前が一番練習が必要なんや。菊間先輩に言われたこと、忘れてないやろな」
「……はい……」

 晴の言葉に勇魚はもちろん、花歩も心臓がひやりとした。

『アンタ、地区予選ちゃんと見てたん?』
『あそこで戦えるレベルでないと意味ないんやで』

 あの言葉が、いよいよ現実味を帯びてきた。
 期末テスト期間を除くと、残された時間は一ヵ月。
 夏に客席から見た大阪城ホールに、立つだけの実力を備えられるのか……?

 表情の強張る後輩の前で、立火は少ししゃがんで二人の肩に手を置いた。

「言っておくが、お前たち二人を外すという選択肢はないで。
 花歩と勇魚が入らなければ、どのみち全国へは行かれへんと思ってる。
 あの場でやるのは一曲や。その一曲だけを、魂を込めて練習すれば絶対大丈夫!」
「ぶ、部長、そこまで私のことを……必ずご期待に応えてみせます!」
「うちもです! 花ちゃん、頑張ろうね!」
「うん!」

 その気合いは他の部員にも伝播し、前にもまして熱い練習が続く。
 晴も一切手は抜かず、たとえ敵を利することになろうと、準備と広報に奔走し。
 そして土曜日、二人の留学生がやってきた。


 *   *   *


 生徒会の助けもあり、何とか二百人を集めた体育館。
 ロッカー風衣装のヴィクトリアは、大満足して腕を振り上げた。

「イエーイ! サンキュー!」
『ヴィッキー! ヴィッキー!』

 ノリのいい住女生のコールが盛大に響く。
 少し複雑なWestaの眼前で、ミーハーな奈々などは大騒ぎしている。

「きゃー! 素敵ー! 外タレー!」
(奈々、あのさあ……いやまあ、あたしも部員でなければああやったかもな……)

 続いて舞台に上がった深蘭は、ゆったりとした女官風の衣装だ。
 いつもの拳法アクションとは違い、今日は落ち着いた雰囲気である。

「我が国が誇る詩人、李白の詩をお聞きください。『廬山ろざん瀑布ばくふを望む』」

 中華な音楽が流れる中、深蘭の歌声は朗々と響き渡った。

『日照香爐生紫煙 遥看瀑布挂前川 飛流直下三千尺 疑是銀河落九天』

 中国語で何言ってるか分からないと思いきや、すぐに日本語でも歌ってくれる。

『日は香爐こうろを照らして紫煙を生ず
 遥かに瀑布ばくふ前川ぜんせんくるを
 飛流ひりゅう直下三千尺
 疑うらくはれ銀河の九天きゅうてんより落つるかと』

 一幅の山水画が目に浮かぶかのようなステージに、深い感嘆の拍手が送られる。
 副部長対決で勝つつもりだった桜夜は、客席で頭を抱えるしかなかった。

「あいつ歌まで上手いの……」
「だ、大丈夫です。可愛さでは桜夜先輩が勝ってますっ」

 花歩が懸命に慰めている間に、Worldsの二人はMCに入る。

「今日は前哨戦としてお邪魔したわけですけレドーモ。
 みんな、来週の本番は神戸に来てくれマスカー!?」
『イエーーーー!!』
(ま、まあ来週に向けて盛り上がったと思えば、うちも損ではないで……)

 湧き上がる館内に、立火は必死で自分を鼓舞する。
 格上の力を見せつけられたが、そんなのは最初から分かっていたことだ。
 しかし留学生たちの話は、それだけでは終わらなかった。

「ところでヴィッキー、私たちだけでステージを占領するのは心苦しい。
 Westaの人にも一曲歌ってもらわない?」
「ワオ、グッドアイデアデース!」
(おい、ちょっと待て! 聞いてないで!)

 狼狽する立火を無視し、ヴィクトリアの視線は一人の住女生へと向く。
 穏やかに微笑んだまま一部始終を見ていた、その少女とは――

「プリンセス姫水!
 地区予選では不調だったユーの本気、私たちはまだこの眼で見ていまセーン。
 ひとつ偵察させてもらえませんかネー!?」

 一瞬固まった生徒たちは、すぐさま大喜びでコールを始める。

『ひーすーい! ひーすーい!』
「そ、そんな急に……」

 思わず幼なじみをかばおうとする勇魚を、姫水が手で制する。
 生徒たちが期待の視線を送る中、彼女はうやうやしくお辞儀をした。

「ご指名いただきありがとうございます。
 確かにお二人のライブ、非常に参考になりました。こちらも少しは手の内を見せるべきでしょうね」
(姫水……)

 つかさの頭の中で、心配する気持ちとやったれ!という気持ちが交錯する中、姫水は晴に耳打ちしてから舞台に上る。
 入れ替えで客席に下りた留学生たちの前で、一年生は何の動揺もなく平静だった。

「制服のままで失礼しますね。――ミュージック・カモン!」

 急にワイルドになった姫水の指示で、晴が流したのはどこかで聞いた曲。
 いや、どこかで聞いたどころの話ではなく……

『I wanna hold your hand!』
(私の曲!?)

 ヴィクトリアが驚愕する中、敵の曲を一瞬でラーニングした女優がロックを奏でる。
 しかしその歌い方は、先ほどのライブとは全く違う。
 よりシリアスで、魂を切り裂くようなシャウトだった。

『Many thanks to you!』

 曲が終わって歓呼の拍手の中、ヴィクトリアはうめくように言った。

「今の歌い方、どこかで聞いたことがありマース……」
「横浜レンガ学院『Seagirlsシーガールス』の演技です。
 先の全国大会では八位。ロックでは日本最高のスクールアイドルといえるでしょう。再現度は七割ほどですが」
「……HAHAHA! 大したものデス、これがプロ女優の力デースカ」
「神戸の私たちに横浜をぶつけるとは、なかなか洒落がきいてるね」

 種明かしされて少し余裕の出た留学生たちだが、姫水の方はもう微笑みもせず、気迫の視線を二人に向けた。

「いかにも、これが私の力です。
 ここ最近は他メンバーのデビューやセンターのため、少し抑え気味にしていましたが。
 今回はそうも言っていられません。今まで吸収した全ての技術、神戸で発揮させていただきます」

 即座に体育館内は最高に沸き上がる。

『ひーすーい!! ひーすーい!!』
「藤上さーん!」
「今日、来てよかったああああ!!」

 奈々を始め1-6の生徒たちは、滂沱の涙を流している。
 そしてWestaの皆も心強さに震える中、つかさだけは拳を握ってうつむいていた。

(姫水……!)

 今まで本気でなかったというのか。
 勇魚や小都子が主役だったライブで、そちらを立てようとしたのは分かるけど。
 九月に自分がやる気になって以来、少しは追いついてきたと思ったのは、ただの錯覚だったのか――。


 *   *   *


 最後にもう一曲デュエットをして、留学生たちのミニライブは終わった。
 部室に戻り着替えを終えた二人に、小都子が持ってきた茶葉で緑茶をいれる。

「お茶の伝来元と、紅茶の本場の方の口に合うかは分かりませんが」
「謝謝。……ほう、香りも味も素晴らしい」
「リキュウのワザ! グレートデース!」
「そ、そこまで大層なものではないですよ」
「ゆっくりしていってくださいね!」

 勇魚が笑顔で勧めるが、二人は申し訳なさそうに湯呑みを置いた。

「ソーリー。お話ししたいのは山々ですが、それより大阪観光をしたいのデース」
「四月に国に帰ったら、次いつ来られるか分からないからね」
「そ、そうですか……はいっ、いっぱい大阪を見ていってください!」
「それなら私が案内するで。ちょっと紅葉めぐりって天気ではないけど……」

 立火が見上げた窓の外は、今にも降りそうな曇りである。
 そもそも通天閣や大阪城などの有名どころは既に行っているそうで、行先を決めかねている二人に、待ち切れないように夕理が手を上げた。

「あのっ、私もご一緒していいですか!
 移動中だけでもいいので、作曲の話をハンセルさんにお伺いしたく!」
「おっ。私もあれからの成長を聞かせてほしいとこやな」

 関西弁に切り替えたヴィクトリアが、夏の予選でのことを思い出して目を細める。
 Worldsの作曲は三年間彼女が担当してきたが、経験が長いだけに、頑張っている一年生は新鮮だった。

「別に移動中だけとは言わず、観光しながら話したらええよ。
 深蘭、この子も練習があるし、近場にしとこか」
「ならコスモタワー? それとも来年サミットがあるインテックス?」
「もっと近くに面白そうなのがあるやろ」

 ヴィクトリアが指さしたのは、今日来るときに下りた駅の向こう側だった。

「住之江競艇場に行きたいデース!」
「え゛」


 *   *   *


 目的地まで歩きながら作曲の話をする夕理だが、その顔は浮かない。
 不思議に思ったヴィクトリアが、理由を聞いて爆笑した。

「HAHAHAHA、ギャンブル嫌いとは! その清教徒的な潔癖さ、愛らしいデース!」
「笑い事じゃありませんっ! 紳士淑女のイギリスならこんなものないですよね!?」
「まさかあ。イギリスは近代競馬の発祥地で、何でもブックメーカーにかける国デスヨ」
「そ、そうでしたか……」

 現実を知ってへこんでいる夕理に、立火と深蘭は苦笑いしている。
 四人が駅を通り過ぎると、そこはもう競艇場の前。
 大勢のおじさん、たまにおばさんが入場口へ吸い込まれていく。
 立火たちも百円玉をゲートに入れて中に入った。

「リッカはよく来るのデスカー?」
「百円で時間潰せるから、たまに来てたで。
 言うても舟券は二十歳まで買えへんし、ルールもよく分からへんけどな」
「二十歳になったら買う気なんですかっ!?」
「まーまー。とりあえずレース見に行こか」

 外にある観客席に出ると、ちょうど六艇が目の前を通り過ぎていった。
 爆音を響かせ水上を跳ねていくボートに、ヴィクトリアは目を輝かせる。

「ワオ、予想以上の迫力デース!」
「あんな小さい船であんな速度を出すのか。自分が乗ったらと思うと怖いね」



 とはいえ重要なレースではないのか、客入りはそれなりで歓声等もない。
 レース場の端まで行ったボートは、水しぶきを上げUターンして戻ってくる。
 淡々としたアナウンスの中、何回かの競走を座って見てから、夕理は怪訝そうに立火へ尋ねた。

「あの……どう見ても、一番内側が有利なんですが」

 横一線で走ってきたボートが、Uターンすれば当然内側が一番速い。
 かといってコースの取り合いをする様子もなく、差のある距離を回って差のついたまま戻っていく。

「うん、五割くらいは一番内側が勝つらしいで」
「不公平やないですか! 競技として成り立ってません!」
「おとんに聞いた話やと、同じボートが何回もレースするらしくて、毎回違うコースに割り当ててバランス取ってるとか」
「なぜそんな無駄なことを……」
「まあ、それがルールとして定着してるなら、その方が面白いんじゃないの? 推測だけど」
「深蘭、そういう時は『知らんけど』ってつけるといいデース」
「し、知らんけどー」

 とりあえず一度席を立って、売店に飲み物を調達に行った。
 立火がおごりで焼きそばを一パック買う。

「本場の人がいるのに何やけど」
「いやいや、ソース焼きそばは中国にはないからね」
「そうなん? すぐソースかける国民でえらいすんまへん」

 客席に戻って飲み食いしつつ観戦しつつ、夕理とヴィクトリアは音楽の話を再開した。

「ユーリの曲、全部聞かせてもらってマース。
 ……どんどん成長してるとは思うけど、統一感は全くないねんな」
「うっ……そ、そうですね」

 地区予選の後だけでも、フレッシュなデビューの曲、大阪のお笑い曲、優しいセレナーデ。
 そして熱く真剣な決闘の曲。
 我ながら統一感のなさに赤面する。

「その都度その都度、一番良い曲にしようとした結果なんですが」
「今はそれで正解や。でも二年生になったら、『これこそが天名夕理の曲』って軸ができるとええね」
「は、はいっ。ハンセルさんは、普段どうやって作曲してるんですか?」
「んー、私はねえ」

 来週戦うとは思えぬほど和気あいあいと、二人は芸術の話に入っていく。
 その隣でレースを眺めながら、立火と深蘭の話は間近のラブライブのことだ。

「君のところの参謀、本当に優秀だね。最近あちこちでWestaの名前を見るよ」
「おっ、そうやろそうやろ!」

 晴を誉められ、立火は自分のことのように大喜び。
 本当に晴がいなかったら、こうして格上と対等に話せることもなかったろう。

「三国志で言うたらどれくらいや? 孔明くらい?」
「ははは、それは何とも言えないけど。
 でもどれだけ軍師が優秀でも、理詰めでできることには限界がある。
 孔明も蜀の国力のなさはどうにもできず、北伐という賭けに出た。結果として失敗したけど」

 息をのむ立火の前で、人のよさそうだった深蘭の眼光が急に鋭くなる。

「私たちは危ない橋を渡る気はない。
 前回が関西6位。そこから赤穂とゴルフラが抜けたから、単純計算なら今は4位だ。
 無論そんな簡単な話ではないけど、いつものWorldsを最高の状態で出すだけだよ」
「……でも私たちは、26位から4位に入ろうとしてる。
 それには何らかのギャンブルをしないと無理いうことやな」
「さて、どうだろうね。
 私はこんな話をすることで、Westaの調子を狂わせるつもりかもしれないよ」
「も~、腹の探り合いはやめてや。私はそういうの苦手なんや」

 笑いながら、残った焼きそばを分け合って片づける。
 そんな二人の話は、夕理たちの耳にも届いていた。

(ギャンブル……大嫌いやけど……)

 その対象であるレースを、ヴィクトリアと一緒にもう一度眺める。
 ルールはよく分からないが、あの選手たちも勝つために鍛錬してきたのだろう。
 しかし鍛錬しているのは他人も同じだ。
 全力で走っても差が縮まらないとき、どんな手があるというのか……。


 *   *   *


「ベリーベリー楽しかったデース! また来週ー!」

 笑顔で手を振りながら、二人は駅から帰っていった。
 学校へ戻る途中、立火は自分に言い聞かせるように夕理と話す。

「Westaも夏に比べたらずっと進化してる。勝算はあるはずなんや」
「……はい」
「姫水はさっき見た通り。
 花歩と勇魚はゼロから1に変わった。
 小都子はもう地味なんて誰にも言わせへん。
 桜夜は見せ方の向上もあるけど、それ以上にスクールアイドルとしての覚悟がようやくできたように見える」
「そして、つかさは言わずもがなです」

 歩道橋の階段を並んで登る。
 足元を行き交う車の上で、部長は歩みを止めて後輩を見つめた。

「問題は私たちや。
 夏からこれといってパワーアップしてへん」
「はい……」
「もちろん夕理は作曲者としては成長してるけど、ステージ上での方な」
「そうですね……つかさの応援ばかりしてる場合とちゃうと、自分でも思います」

 地区予選本番ではバイオリンも使えない。
 真面目にコツコツやる以外の武器は、夕理にはない。
 再び歩き出しながら、立火は手のひらにぱしんと拳をぶつけた。

「よし、晴に相談するか!」
「広町先輩はそればかりですね」
「夏のアレ以来、最後まで晴を信じるって決めたからな。
 小都子は私ほどは晴の言うこと聞かなそうやけど、ま、来年はうまくやってや」
「……来年の話なんて、まだしなくていいです」


「そんな都合の良いパワーアップ方法があれば、とっくに実行してます」

 そやねー、としか言いようのない返事をよこしてから、晴は話を続けた。

「二人は以前から練習熱心で、意識も高く、才能もそれなりにある。
 その上で今の状態ですから、もう大きな伸びしろはありません。
 敢えて言うなら夕理はまだ笑顔が少し控え目だが、次は決闘の曲や。そこまで笑う必要はない」

 部室から壁一枚隔てた廊下で、立火も夕理も並んで嘆息する。
 もちろん夏から今までの練習は実になっていると思うが、それだけだ。
 それなりの才能しかない者は、それなりの到達点までしか行けないのだろうか。

 悩む二人に、晴は表情を変えずに断言する。

「スクールアイドルは一人でやるものとちゃいます。総力戦で上回ればいいんです」
「おお、晴がそないな青春みたいなこと言うとはなあ」
「綺麗事を言いたいわけではなく。
 例えばWorldsに五人いた三年生のうち、二人は既に引退しました。
 それに対して私たちは夏から純粋に戦力増です。差は十分に縮まっています。
 ……もちろん、先輩たちの受験リスクと引き替えの有利なので、手放しには喜べませんが」

 少し視線を落とす晴に、立火は大丈夫というように笑顔を見せた。
 夕理もまた、学生の本分は理解しつつ、今は部長に頼るしかない。

「すみません広町先輩。本来なら受験勉強に打ち込んでほしいところですが。
 でもWestaにはまだ先輩たちが必要です。何とか両立をお願いします」
「ああ、お願いされたで。なーに、この前はB判定やったんや。いけるいける」
「ちょっとー、いつまで喋ってるんやー」

 寂しくなった桜夜が、戸を開けて廊下に顔を出した。

「総力戦なら、ますます全員で練習せなあかんやろ」
「なんや聞こえてたんか。ああ、その通りやな」
「終わったらお土産の神戸プリン食べるで!」

 晴にお礼を言って、立火と夕理は練習に戻る。
 この先はもう、画期的なパワーアップは多分ない。
 後はしっかり地道に練習するしかない。
 一週間後の神戸戦に向けて、八人はただ鍛練を重ねていく。



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