この作品は「ときめきメモリアル2」(c)KONAMIの世界及びキャラクターを借りて創作されています。
八重花桜梨に関するネタバレを含みます。

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花桜梨SS: サンクランチ






 
 
 
 


 昼休みというのは長いこと苦痛だった。
 同じクラスの子が何人かで集まってお昼を食べる中で、ひとり話し相手もないままぼそぼそとパンを口に運ぶ私は、惨め以外の何者でもなかったから。
 咲き遅れの桜の下で、決意してから1ヶ月。今は幸いグループのひとつに入れてもらえて、お昼も前ほどは苦痛じゃない…と思う。
「八重さん、おいでおいで」
「あ…。うん」
 机をくっつけて、5人からなる一団におまけのように紛れ込む。中心になっているのは同じバレー部の真田さん、私と正反対の明るい子。他の4人も程度の差こそあれごく普通の女の子。
 お弁当なりパンなりを口に運びながら始まる話は、テレビ、漫画、芸能、進路にテスト、新しいお店…。
 でもせっかく混ぜてもらったのに、話し下手な私は上手く話題に乗れず、たまに話を振られても「うん…」とか「そうね…」とか曖昧な相づちだけ。
 前よりはずっとましだけど、面白い話のひとつもできず、根暗な奴と思われてるんじゃないかとか、私のせいで場が白けてるんじゃないかとか…。
 そんなことばかり気になって、失った2年、いや3年間を取り戻すことの大変さを、あらためて理解する日々だった。
「そういえばさ、八重さん」
 そんな私に気を遣わせてしまったのか、真田さんが話の向きを変える。
「主人くんとは最近どうなん?」
「ごほっ! けほっ!」
 飲みかけの缶コーヒーが気管に入って、思いっきりむせる私…。
「ど、どうってっ…な、何が?」
「あ、わたしも聞きたーい」
「よくデートしてるんでしょ?」
 わ、私が参加できる話題を振ってくれるのは嬉しいんだけどっ…
 流暢な返答が出てくるわけもなく、ただごにょごにょと口の中で声を反芻する。
「べ、別に主人くんとは何も…。ただ優しいから、私のこと気にかけてくれるだけで…」
「ああ、同情ってやつ?」
 ずきん。
 悪気はないって分かってるけど、心臓に突き刺さる。
 これくらいでいちいち傷ついてたら、人付き合いなんてできるわけないのに…。
「駄目だって同情なんか当てにしてちゃ。もっとこう、アタックしなくちゃさあ」
「ア、アタック…?」
「例えば、デートの時なに着てってる?」
「制服だけど…」
「…アホかぁぁぁっ!!」
「だ、だって外出時は学生らしい服装でって校則に…」
「だからって制服はないでしょ制服はっ!」
 そうなんだ…。でも、他にこれといった服も持ってないし…。
「美人で頭いいくせに天然なんだもんねぇ。なんかしなよ、さりげなく抱きつくとか」
「ち、ちょっ…!」
 想像してみて、思わず顔が赤くなる。それは無理。
「お弁当作ってあげるとか」
「お弁当…」
 それならできるかも…。
 と一瞬思ったけど、やっぱり無理。人に食べさせる料理なんて作ったことないもの。
「あ、あのね、本当に彼とは何も…」
「あ、噂をすれば」
「っ!」
 心臓が跳ね上がり、反射的に振り返ると、学食から戻ってきた彼とばっちり目が合ってしまう。
「ん? 八重さん、どうかした?」
「べ、別にっ…何でも」
 首を元に戻して俯く私。露骨に視線逸らせちゃった…。気を悪くしたんじゃないだろうか。
 そんな事を気にしてる間に近づく足音。
「そうそう、今度の日曜空いてるかな」
「え? うん…」
「よかったら、一緒に中央公園に行かない?」
 状況を理解していない彼があっさりと言う。
 途端に目の前から上がる歓声。
「ひゅーひゅー!」
「やっるー、主人くん!」
「うおっ!? な、なんだっ」
「いよっ、熱いねー」
「ふ、ふん。くだらんっ」
「なんだよお前らまでっ! 匠、何をメモ帳に書き込んでる!」
 居辛い空気。どうしてこんな…。いや、気にする方がおかしいんだろう。きっとそうだ。
「う、うん。私でよかったら…」
 努めて笑顔を作り、そう言った。


 …疲れた…。
 一人の時の方が気楽だったかもしれない。
 ふとそう考えて、あわてて頭を振る。もうあんな毎日は嫌。あそこから彼が救い出してくれたのに、私がこんなこと考えてどうするのよ…。
 部活も終わって、玄関に出ると外は雨。
 ふと顔を上げると校門へ向かう真田さんの姿が見える。珍しく一人で帰るらしい。
 どうしよう。逡巡するけど、思い切って傘を広げて後を追う。生まれ変わると決心したなら、そう行動しなきゃ。
「さ、真田さん」
「ん? ああ、八重さん」
「その、よかったら…途中まで一緒に帰らない?」
「ん、いーよ」
 拍子抜けするほどあっさり承諾され、彼女と傘を並べて校門を出る。
 何か喋らなきゃ。私の方から誘ったんだから。
 同じ部なんだからバレーの話をすればいいんだろうか。でも真田さん、あまり練習熱心な方じゃないし、部活で疲れた後にそんな話したくないかもしれない。
 …とか考えてる間に、彼女の方から口を開く。
「お昼はごめんねー、みんな悪ノリしちゃってさ」
「う、ううん…、そんな…」
「でもいいよねえ八重さん。あたしも彼氏ほしー」
「べ、別に彼氏じゃ…。その…」
 …語尾が消える。
 気ばかり焦って、肝心の言葉が出てこない。
「ご、ごめんなさい」
「へ?」
「私、あんまり話すの得意じゃないから…」
「え、いや、謝られても困るんだけど。私だって好き勝手に喋ってるだけだし」
 そのまま二人とも黙ってしまう。
 気まずい雰囲気の中、傘を叩く雨音だけが響く。
(なんで私のこと仲間に入れてくれたの?)
 どうしてもそんな言葉が浮かんでくる。だって私なんか入れても、彼女たちに何の得もないし。
 ううん…見当はついてる。
「…主人くんに、何か頼まれた?」
 だからそう訊く。
 …沈黙。
「ん……まあね」
 程なくして口を開く彼女。
 そう…。
「八重さんに声かけてやってくれって」
「そ、そうなんだ…」
 ごめんなさい、と言った方がいいんだろうか。
 気落ちしている間に、彼女が前から私の顔を覗き込む。
「でもさあ、別に嫌々付き合ってるわけじゃないよ? そりゃ八重さんて暗いしあんま面白くないけど、だからって嫌だとかムカツクとかってほどでもないし。んな細かい事いちいち誰も気にしてないってば」
「そ、そうかな…」
「そうそう、適当だもん」
 …それができないから苦労してるの。
 なんて事言えるはずもなく、私はただ相手の気分を害さないように、なんとか笑うだけだった。
「あ、そうだ」
 分かれ道までやって来て、傘を肩に挟んだまま、真田さんが鞄から何か取り出す。
「これ読む? 私けっこう料理とか好きなんだよねー」
 彼女の手にあるのはお弁当の本。
「え、えっと…」
「あ、もちろん無理にとは言わないけど」
「う、ううん。そんな事ない。…ありがとう」
 そう言って、受け取る。
(…有り難迷惑)
 頭に浮かぶそんな声を必死で追い払い、表面だけは感謝しながら受け取る。
「んじゃねー、また明日」
「う、うん…。さよなら」
 中途半端に手を挙げ、彼女の姿が見えなくなったところで、小さくため息。
 濡れないように本を鞄にしまう。周りへの負債ばかり増えていく。返さなきゃ。
 返さなきゃ……


(…そうね、作ってみるのもいいかもしれない)
(私のお弁当なんかじゃお礼にもならないけど、今こうしていられるのは彼のおかげなんだし)
(ア、アタックとかじゃなくて…あくまでお礼として)
 ――と。
 そう思って台所に立ったはいいけど、1時間もしない間にその考えは消し飛んだ。
 目の前の、料理だか何だか分からない残骸を見れば誰でも同意するだろう。
 本の通りに作ったはずなのに、どうしてこうなるのよ…。
「はぁ…」
 試しに一口食べてみて、見た目通りの味に椅子へ座り込む。
 そういえば両親は仕事で家を空けがちだし、姉は自分の分しか作らないから、私の夕食はレトルトとかコンビニ食品とかそんなのばかりだった。
 まともな料理を知りもしない者が、作れるはずがない。
(――欠落)

 私という人間は、何か人として欠落しているのかもしれない。みんなの様に、楽しく普通に話すことが出来ない私は。
 それは今から埋めるしかないのだけど、その道の遠さを思うと暗澹とする――。
「…捨てよう」
 食べ物とすら言えないゴミを、バケツに捨てようとした時だった。
「何やってるのよ、花桜梨」
「あ…」
 台所の入り口で、冷ややかな目を向ける姉の姿。心臓が凍る。昔からこの人は苦手だった。
「そ、その…料理失敗しちゃって…」
 視線を逸らして言い訳する。姉はつかつかと近寄ると、皿の上の焦げた物体を一つ口に放り込んだ。
「あ…」
「…不味い」
「だ、だから捨てるから…っ!」
 私に構わないでよ…!
 そう言いかけるけど、姉は腕組みをしたまま私を見る。
「食べ物を粗末にしていいと思ってるの?」
 こうやって冷たく正論を吐くから、この人は苦手だ。
「でも、失敗作だし…」
「食べられないことはないでしょ。いいわ、私の夜食にするから」
 どうしてこう余計なことをしてくれるんだろう。
 でも文句を言ったって、農家の人の苦労がとか、アフリカの飢えた子供がとか言い出すのだろうし、それに私は反論できない。
「いい…私が食べるから」
 余計なことするんじゃなかった。

 そうして失敗物を口に押し込んで、よろよろと部屋に戻った。
 …気持ち悪い。
 部屋のベッドに身を投げ出す。姉が半分食べてくれたお陰で、とりあえず死なずには済んだ。
 料理は苦手だって自分でも分かってたくせに。一瞬でも、主人くんが喜ぶ顔を想像して、馬鹿みたい。
 薄目を開けて天井を見る。ああ、そうか。あの時もそうだったっけ。結局私、変わってないんだ。それはそうだ。同じ私なんだから。
 ゆっくりと瞼が落ちていく。思い出したくない。思い出したくない……




*      *       *




 良かれと思ってやったつもりだった。


『あの子でしょ? 部費盗んだって』
『大人しそうな顔して、こっえー』

 そう言われても平気。私一人が犠牲になればいい。そう思ってた。
 みんな知らないから悪し様に言う。でも事情を知ってるバレー部の仲間なら、悪く思うはずがない。
 いや、感謝してくれるはずだ。
 そう、思い込んでいた。

『警察には届けませんが、実に困った話で…』
『全く何て事だ、うちの娘がこんな…』
『…本当に、花桜梨がやったの?』
『…ごめんなさい』
『ふ…ん』

 結果は半月の停学。教師も両親も、みんな私を責め立てる。
 姉だけは私を信じてくれた。いや、逆だ。『自分がやった』という私の言葉を、端から信じていなかった。彼女は生徒会の役員だったから、何かするのではないかと不安だったけど、私にできるのはしばらく部屋に閉じこもるだけだった。
 そして半月が過ぎ、学校に戻った。


 私とバレーをしてくれる人は誰もいなくなっていた。


 感謝されると、いや感謝までは図々しくても理解はしてくれると思ってたのに。
 皆が私を避けようとする。視線を合わせてくれない。話しかけても無視される。
(どうして…?)
 貼られたのは盗人のレッテル。教室に居場所はなく、
 どうして? 信じてたのに。
 裏切られた――!

『馬鹿じゃないの? あんたが勝手に信じてただけでしょ』
 姉は冷ややかにそう言った。
『あんたに人を見る目がなかった。信じるべきでない人間を信じた、それだけよ』
 そう言って、カセットレコーダーを私に向けて放り投げる。
 嫌な胸騒ぎを覚えながら、おそるおそる聞いてみた。

(バッカよねー、八重)
(何ノコノコ戻ってきてんだか)
(ま、いーじゃん。アイツが罪被ってくれたお陰であたしら助かったし)
(あんな根暗、いるだけで鬱陶しいんだからさ。そのくらい役に立てって感じ)

『何、これ……』
 バレー部の先輩たちの声。
 私が庇った、庇ったつもりになっていた先輩の、悪意に満ちた声。
『口で言っても分からないだろうから、わざわざ録音してやったわよ』
『で、でもっ…』
 嫌だ。私がすがっていたもの、全部無くなってしまう。
『他のみんなはそんなんじゃ…』
『じゃあ何で花桜梨が無視されてるの?
 このテープ録るのに協力したのもバレー部の連中だけど、事件のあと例の先輩がやりたい放題になって迷惑してるとか、頼みもしないのに八重は余計なことしてくれたとか、そんな事ばかり言ってたわよ』
『‥‥‥』
 耳を塞ぎたくても、腕が動かなかった。足下から自分が全部崩れていく、そんな感覚。

『これに懲りたら、信じるに足る相手かどうかの見極めくらいつけなさい。
 ましてあんたのやった事は不正の隠匿よ。それで何をしようって言うの?
 私は見過ごす気はないから』
 そう言って、テープ片手に職員室へ向かう姉を、止める気力はもうなかった。
 何も無くなって、自分の馬鹿な行動のせいで何もかも無くして、心の抜けた人形みたいに虚ろに立ち尽くしていた。

 バレー部は廃部になった。


 私はしばらく登校拒否して、その後退学した。私のした事なんて、結局なんにもならなかった。事態を悪くしただけだった。

 だったら、何もしない方がいい。
 良かれと思ってやったつもりでも、感謝されるどころか、恨まれるだけかもしれないのだから。
 だったら余計なことをせず、大人しくしていればいい。私が何もしなくても、今は主人くんが助けてくれる。彼の方から手を差し伸べてくれる。それを享受するだけなら私の責任はない。失敗して責められることもない。
 私は元々欠落してるんだから…
 私は――




*      *       *




「いい天気になったよなー」
「そうね…」
 日曜日に、私は公園にやって来た。手ぶらで。
 そのこと自体はいつもと変わらない。だから彼には知る由もない。知ったらきっと軽蔑する。
「八重さん、どうかした?」
「え? …別に、何も」
「ちょっと座ろうか」
「う、うん…」
 若葉が覆う桜の樹の前で、二人並んでベンチに腰を下ろす。
 生まれ変わろうと決心した場所。
 だから許されない。彼の優しさを待っていればいい、なんて。
 そんな事を考える自分が、許されるわけない。でも前に進んだつもりでも、悪い結果が待つかもしれない。
「何か悩み事?」
「‥‥‥」
「いや、俺じゃ当てにならないかもしれないけどさ。話して楽になるって事もあるかもしれないし」
 善意が辛くなるなんて思いもしなかった。
 私には返すすべがないから。
「‥‥‥‥」
 結局沈黙に耐えられなくなって、口を開く。
「あ…あのね…」
「うん」
「例えばだけど…
 自分では相手のためとか、誰かのためになるって思ってたのに。
 それってただの勘違いで、かえって相手の迷惑にしかならない事ってあるよね。
 …そういうの、どうすればいいんだろう」

 例えば私が不味いお弁当を作っても、彼には迷惑なだけかもしれない。
 いや、なお悪いことに、優しいから表面だけは笑顔でお礼を言うかもしれない。本当は迷惑なのに。
 そういう場合…

 初夏の風が吹き抜けていく。
 彼は気まずそうに頭をかいた。
「悪い…。俺、お節介だった?」
「え!? あ、違っ…!」
 目の前が真っ白になる。
 そんなわけない。気にしてくれて嬉しかった。遊びに行こうって誘ってくれて、ううん、声をかけてくれるだけで、表には出さなかったけど本当は嬉しかった。
 また、失敗した――
「ごめんなさい! 違うの、あなたの事じゃなくて」
「あ、なら安心した。自分でも結構しつこかったかなって思ってたしさ」
「そんな事…、ないよ…」
 どうしてこう上手くいかないんだろう。
 どうして他の人みたいに、普通に話ができないんだろう。
「どうして私なんかに構ったの…」
「え?」
「去年までの私って、周りには信じてもらいたいくせに、自分からは信じようとしないで。
 …自分のことしか考えてなくて、優しくしても何の得にもならないような人間だったのに、どうして…」
 思い出しても死にたくなる、あの頃の自分。
 私に近づいて得があったとは思えない。気を遣っても、感謝もされないのだから。私が同じ立場だったら、絶対に近づかない。
「別に見返りが欲しくて親切にするわけじゃないだろ」
 彼はそう言う。
 それは正論で、異論を挟めはしないけれど…
「八重さん、『また誘って』って言ってたし。
 なら嫌がられてはいないんだろうし、それなりに喜んでくれているみたいだったからさ。
 そりゃ『絶対喜んでるって言い切れるか』って言われたら自信はないけど、そこまで厳しく言ったら何もできないし。
 絶対じゃなくても、ある程度は常識で判断できるんじゃないか?」
「…私は、そういうのが出来ないから」
 欠けてるから。
 だから前の学校であんな事になった。欠落した社会落伍者。『普通』の中に溶け込むことができない、そういう…
「なら、俺を練習台にしてよ」
「え…?」
 作り物じゃない笑顔で、彼は言う。
「今の俺は八重さんがどんな人か知ってるし、八重さんが善意でやった事で、気を悪くするほど薄情でもないって。
 だから俺がどう思うかなんて気にしなくていい。八重さんのしたい様にしてよ」
「そ、そんなの…」
 私からは何も返せないのに。
 彼の利益は何なんだろう。

「八重さんが幸せなら、俺だって嬉しいんだから、さ」
 それでいいの…?

「あ、あのね…」
 必死になって言葉を紡ぐ。
「うん」
「…今日、本当はお弁当作ろうと思ったの。
 友達に本借りたから、作ってみたんだけど、上手くできなくて。
 こんなもの渡しても迷惑なだけだって…」
「いや、俺は嬉しいよ?」
「でも、本当に不味くて」
「まあ味は別としても、って言ったらアレだけど、女の子が弁当作ってくれるなら嬉しいに決まってるって」
 自分の手を握りしめる。この言葉が嘘の筈ないと思う。素直に受け取って…判断すれば。
 そうだった。今まで逃げて、逃げ続けた私に、これ以上の逃げ道なんてない。
 軽く息を吐いて、顔を上げる。
「ありがとう‥‥楽になった」
「いや、役に立ててすっげー嬉しい」
 そう言って、笑う彼。その向こうには桜の樹。桜でも季節が移れば葉が芽吹く。私は遅いけど…足掻いてみよう。
「でも、やっぱり私の料理は下手だから…
 上手くなるまで待っててくれる?」
 最後にそう言う私に。
 彼の答えは、予想の通りだった。



 3週間経って、私はほとんど暗記してしまった本を真田さんに返した。
「長いこと借りてごめんなさい」
「いーっていーって。んで、どんな感じ?」
「う、うん…」
 鞄からタッパーを取り出して、おずおずと蓋を取る。
「ど、どうかな…」
「へー、鳥の唐揚げじゃん。食べていいの?」
「うん…。そう思って別にしたから…」
「なになに? あたしにもちょーだい」
「あ、私朝ご飯食べてないんだよねー」
 他の子たちも近寄ってきて、思い思いに唐揚げを口に入れる。どうしても緊張する。姉さんに味見してもらったから、大丈夫とは思うけど…。
「ん、結構上手じゃん」
「あたしはもうちょっと濃い味がいい」
「アンタ塩分取りすぎ」
「なによぉー」
 好き勝手なことを言い出すみんな。身構えていた自分が可笑しくなる。
「こらこら、ホームルーム前になに食べてるの?」
「やば、先生」
「八重さん、ごちそうさまー」
 蜘蛛の子のように散っていく中、私もあわてて席に着いて、前に座る真田さんに小声で耳打ち。
「あの…ありがとう」
「ん? 本?」
「うん、それもだけど…、仲間に入れてくれて。
 やっぱり私、みんなと友達でいたい。
 今はこんなだけど。これから溶け込めるように努力するから、一緒にいたいって思ってもらえるように…頑張るから」
「…うん」
 小さくVサインを作る、彼女。
「ま、そんなに気負いなさんな。八重さんがそう思ってるなら、こっちだって仲良くしようって思うよ」
「…ありがとう」
 もう一度、そう言って。
 そして授業が過ぎていき、昼休みが近づいてくる。長いこと憂鬱だった時間。
 そのうちに、楽しみに思える日が来るだろうか。
「あの…、主人くん、ちょっといいかな」
 背後に友達の冷やかす声を聞きながら、包みを手に彼の席へ近づく。
「お弁当、作ってきたんだ…。良かったら食べて」
 喜んでもらえないかもしれない。
 あるいは喜んでいるように見えても、内心では迷惑なのかもしれない。
 でも…
「マジ? いいの!? やっりーーー!」
「ちぇ、いーなぁ公」
「て、手作り弁当…。お前いつの間にそこまで…」
 素直に受け取る限り、彼は喜んでくれてる。
 そう思っていいよね?
「ありがとな、八重さん」
「う、ううん…」
「んじゃいただきまーす」
 口に運ばれるのを見ながら胸を高鳴らせて…
「うん、美味い!」

 ああ、そうか。
『喜んでくれるのが嬉しい』
 それってこんな気持ちなんだ。人の自然な関係。その中に入っていける。これから入っていける。
 ほころびそうになる顔を押さえながら、一旦みんなのところへ戻る。
「やったじゃん」
「あ、うん…」
「でもあれじゃ甘いよ? 普通は屋上にでも行って二人きりで食べるのがセオリーだよ?」
「え…、そ、そこまではっ…」
「こら、八重さん奥手なんだからいじめるんじゃないっ」
 上がる笑い声。つられて私も笑う。自分用のお弁当箱を開けて、友達とおかずを交換したりする、そんなお昼休み。
 こんな時間が、ずっと続くといいな…
 初めて私も、そんな風に思うことができた。






<END>





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