・この作品は『ARIA』の世界及びキャラクターを借りて創作されています。
アイコン劇場のテキストだけ抜き出したものです。時間のある方はアイコン劇場の方をご覧ください。








灯里『アイちゃん。今日もネオ・ヴェネツィアは爽やかな天気でした。そちらはどうですか?』
灯里『アリシアさんがいなくなってから、もうすぐ1年が経ちます』
灯里『無我夢中だった日々も終わって、ARIAカンパニーにも緩やかな時間が戻ってきた感じかな』
灯里『と言いつつ、これから税務署に出す書類を書かないといけないんだけどね。数字ばかりでちょっとめげそうです…』

灯里「うーんうーん…。ここの控除額って何を書けばいいんでしょうね。アリア社長?」
アリア社長「ぷいにゃー!」
灯里「ああっ、本気で聞いたわけじゃないですから、逃げなくてもいいですよー」
灯里「…私、ちょっと難しい顔してましたね。どんなことでも楽しくやらないと!」
灯里「あ、ほら。この数字の合計が111です。これって素敵な奇跡ですよね」
アリア社長「ぷいZzzz」
灯里「ああっ社長、寝ないでください〜」
 ゆったりのんびりしたARIAカンパニーの毎日。慣れてくると、昔からこうだったんじゃないか、とまで思えてきます。

灯里「アリア社長、夕ご飯ですよー」
 …でも、一つだけ慣れないことがあるとすれば。
灯里「いただきまーす」
 もふもふ
灯里「…やっぱり、テーブルが広いですよね」
 もふもふ
灯里「…もぐもぐ」
 こう毎日が落ち着いてしまうと、テーブルも、部屋も、私とアリア社長だけでは広く感じられてしまいます。
 昼間は仕事の忙しさで気にならないけど、夜になると、どうしても…。

灯里『アリシアさん、今日の料理はどうでしょうかっ』
アリシア『あらあら。灯里ちゃん、また腕を上げたわね』
灯里『はひっ。アリシアさんに教わったおかげですっ』

灯里「はぁ…。一日の終わりって、どうしても後ろを振り返ってしまいますよね」
アリア社長「ぷいぷいー」
灯里「そうだ、誰か呼びましょうか。今を楽しむのって、楽しめるよう工夫することも、きっと含まれていますよね」
 げふー
灯里「…社長、聞いてますか?」

 誰か呼ぶ
 誰か雇う
 諦める




灯里「誰を呼ぼうかなぁ?」

 藍華&アリス
 三大妖精
 他に誰か…




 次へ

灯里「雇う……誰を?」

 新人さん
 事務のアルバイトさん
 アイちゃん




灯里「う、うーん。雇いたいのはやまやまだけど、今の状況じゃ無理だよね」
灯里「お金もないし、人に教えられるほどの腕もないし…」
アリア社長「ぷぷいぷい」
灯里「え、社長の知り合いなら猫缶3個で来てくれるんですか? ありがたいですけど、できれば人間を雇いたいです…」

 事務のアルバイトさん
 アイちゃん




灯里「やっぱり藍華ちゃんとアリスちゃんかなぁ。明日のお昼休みに電話してみよっと」


 昼に電話したところ、二人とも快く受けてくれました。
 そして仕事が終わって、夜――

藍華「ブオナセラ〜」
アリス「お招きありがとうございます」
灯里「いらっしゃい、来てくれて嬉しいよ〜」
アリア社長「ぷいにゅー」
藍華「で、なんで招かれたの? 何かのお祝い?」
灯里「ううん、単に淋しいから」
藍華「…あんたって子は…」
アリス「そうやって素直に言えるところは、ある意味尊敬します」
灯里「えへへ」

灯里&藍華&アリス『いただきまーす』
灯里「大勢の食事って楽しいよね。まるでテーブルの上に、お日様が二つ昇ったみたい」
藍華「恥ず…! げほっげほっ」
灯里「あ、藍華ちゃん、大丈夫!?」
藍華「む、むせた…」
アリス「何をやってるんですか…」
アリス「やっぱり、アリア社長と二人だけの会社は淋しいですか?」
灯里「うん…。仕事している間はいいんだけど、夜になって一息つくと、少しね」
灯里「ね、今度は藍華ちゃんかアリスちゃんのところに食べに行っていい?」
藍華「あんたとアリア社長だけならいいけど…。アリスちゃんが姫屋の扉をくぐるのは、さすがに厳しいでしょ」
アリス「そうですね。今の藍華先輩がオレンジぷらねっとの食堂に来たら、でっかい大騒ぎです」
灯里「そっか、二人とも有名人だもんね。もう、シングルの頃とは違うんだね…」
アリス「………」
藍華「そ。というわけで、集まるなら灯里のトコに決定ね」
灯里「う、うんっ。毎日でも大歓迎だよ」
アリス「はい…。ここなら落ち着けます」
アリス「そういえば灯里先輩。机の上に書類が散乱してますけど、何を書いてたんですか?」
灯里「あ、それ? 税金関係の書類だよ」
アリス「税金ですか…。灯里先輩は、そういう作業もしなくちゃいけないんですね」
藍華「制度が少し変わったから大変でしょ。事務の人でも雇えばいいのに」
灯里「あはは、ちょっとそんな余裕はないかな」
アリス「そうなんですか? 結構、お客様は付いていると思っていましたけど…」
藍華「そういえばウチで話題になったんだけどさぁ…。何でも、ダンピング行為をやってるウンディーネがいるらしいのよ」
アリス「それは穏やかではありませんね」
灯里「ダンピングってなんだっけ?」
アリス「不当に安い値段で商品を提供することです」
藍華「そ。半周コースだったのに、『どうしてもお見せしたい素敵な場所があるんです』とか言って、結局半分の値段で全コース回ったりとか…」
藍華「親に放置されて寂しそうな子供に、『友達だからタダでいいよ』ってタダで乗せたりとか…」
アリス「………」
灯里「………」
灯里「えへへー」
藍華「あんたかっ! やっぱりあんたの仕業かぁぁ!!」
灯里「で、でもほら。プリマになって実感したんだけど、やっぱりゴンドラの料金って高いんだよね」
灯里「せっかくネオ・ヴェネツィアに来てくれたのに、お財布の関係で素敵な風景を見てもらえないなんて、すごく勿体ないなって…」
藍華「あんたねぇ、慈善事業やってんじゃないのよ…」
アリス「気持ちは立派と思いますけど、大丈夫なんですか? 灯里先輩が路頭に迷ったら元も子もないですよ?」
灯里「うん、大丈夫大丈夫。私と社長が食べていくくらいは、何とかなってるよ」
アリア社長「ぷいにゅー」
アリス「ならいいですけど、困ったら言ってくださいね。その、少しならお金も何とかなりますし」
灯里「ありがと、アリスちゃん」
藍華「言っとくけど私は当てにしないでよ。支店長が私情でライバル店を援助したら、誰もついてこないからね」
アリス「で、でっかい冷たいです! そんな人とは思いませんでした!」
藍華「あーっもう! だからそんな事にならないように、普段からしっかりしなさいって言ってるのよ!」
藍華「とにかくっ、安易に値下げするの禁止。相場を乱されると他が困るのよ」
灯里「ええー」
アリス「藍華先輩、学校で習いましたよ。そういうのカルテルって言うんですよね」
藍華「だ、誰もそこまでは言ってないでしょー。ただ、プリマのブランドイメージというか、業界の伝統というか…」
アリス「やれやれ、姫屋は相変わらず伝統伝統ですか。そんなだから時代から取り残されるんです」
藍華「んなっ。あんたんトコみたいに、土産物屋と結託してるよりマシよっ!」
アリス「そ、その分料金を下げてるんだからいいじゃないですか! 商売上の工夫です、工夫!」
灯里「ま、まあまあまあ。それにしても、やっぱり二人の会社が凌ぎを削ってるんだね」
藍華「まあねー。今は負けてるけど、一年以内に業界トップを奪い返してみせるわよ」
灯里「ほへー。藍華ちゃん、すっかり支店長さんだねぇ。さすが女王様」
藍華「ふっふっ、何だかんだで追う立場の方が燃えるのよ。覚悟しなさい、後輩ちゃんっ」
アリス「…業界何位かなんて興味ありません。勝手にやっててください」
藍華「にゃにおー」
灯里「ふふっ、でも…」
灯里「そんな二つの会社のエースが、実は親友同士だなんて、こんな素敵なことって他にないよね」
藍華&アリス『………』
藍華「後輩ちゃん、たまには一緒にやろっか?」
アリス「お付き合いします」
藍華&アリス『恥ずかしいセリフ禁止ーー!!』
灯里「ええー、二人でぇ?」
藍華「ま、確かに、後輩ちゃんと喧嘩しても仕方ないけどね」
アリス「…藍華先輩。せっかく灯里先輩が言っているので、仮に親友という前提で話しますけど…」
アリス「いい加減、その『後輩ちゃん』という呼び方はやめてください」
藍華「うぐっ」
灯里「大好きな人には、名前で呼んでほしいものだよね」
アリス「だ、誰もそんなことは言ってないです! 恥ずかしいセリフ禁止です!!」
灯里「ええー」
アリス「単に、私はもうでっかい大人ですので、それなりの扱いをですね」
藍華「いいじゃん。後輩ちゃんは後輩なんだからさぁ…」
アリス「プリマとしては私の方が先輩です」
藍華「くっ、数日の差だったくせに」
灯里「ほら藍華ちゃん、呼んであげようよ。『アリスちゃん』って」
藍華「ううう…」
 どきどき
灯里「はい、『アリスちゃ〜ん』」
藍華「ア…」
灯里「ほれほれ、『アリスちゃ〜ん』」
藍華「ア、アリ…」
藍華「アリアリアリアリアリアリアリーヴェデルチ!(さよならだ)」
灯里「あっ、逃げたーっ」
アリス「はぁ…。もういいです、藍華先輩のばか」
アリス「私もそろそろ帰ります。ご馳走様でした」
灯里「あ、うん。ありがとう、おかげで楽しかったよ」
アリス「そうですね。私も楽しかったです」
アリス「あ、あの…。もし良かったら、明日も来ていいですか?」
灯里「うんっ、大歓迎だよ〜。あっ、通りまで送ってくね」
アリア社長「ぷいにゅ〜」
アリス「ふふ…。はい、お願いします」

 翌日、藍華ちゃんに電話したら…。
藍華『は? 今晩も集まるの? しょうがないわねぇ、あんたも後輩ちゃんもお子様でぇ』
 と言いつつ、了解してくれました。
 これで、朝から晩まで楽しい毎日が続きそう。
灯里「さて、まずはお仕事ですね! 行きましょう、アリア社長!」
アリア社長「ぷいにゃ〜!」

 夜――
アリス「藍華先輩、遅いですね」
灯里「うん、仕事が長引いてるのかな?」
 Trrr
灯里「お電話ありがとうございます、ARIAカンパニーですっ」
晃『よう、灯里ちゃん』
灯里「あっ。晃さん、こんばんは〜」
晃『藍華から伝言でね。急に会議が入ったから、今日はごめんってさ』
灯里「そうですか…。やっぱり支店長さんって大変なんですね」
晃『うん…。まあ端から見れば無茶な就任だったし、これで赤字なんて出そうものなら、何言われるか分かったもんじゃないしな』
灯里「そ、そうですか…」
晃『でもさ。昨日の晩は、本当に楽しそうに帰ってきたんだ』
晃『明日は私がどうにかするから、また誘ってやってくれよな』
灯里「はひっ。ちゃんと藍華ちゃんの分も、美味しい料理を用意しておきますっ」
アリス「………」
灯里「藍華ちゃん、来られないって」
アリス「…仕方ないですよね、支店長ですもんね。私みたいなただのプリマとは違いますよね」
灯里「でも、明日は晃さんが何とかしてくれるって。だから、今日は三人で食べよう?」
アリス「そ、そうですか。明日来るんなら…いいです」

灯里&アリス&アリア社長『いただきまーす』『ぷいにゅー』
アリス「…灯里先輩」
灯里「うん?」
アリス「昨日はあんなこと言いましたけど、本当は土産物屋の宣伝なんてしたくないです」
アリス「なんだか、お客様を裏切っているみたいで気分が悪いです。でも、最近姫屋に追い上げられて、会社の方も焦っているみたいで…」
灯里「そうなんだ…。でも、安い分だけお客様も承知していると思うし」
灯里「大事なのは満足するかどうかなんだから、アリスちゃんが心を込めて案内すれば、十分補えるんじゃないかな?」
アリス「そ、そうですよね。私の努力次第ですよね」
灯里「うーん。でも偉そうなことを言いながら、ARIAカンパニーだけはのんびりで、ちょっと申し訳ない気分」
アリア社長「ぷいにゅ…」
アリス「いいんです。この会社だけは、このままの雰囲気でいてほしいです」
アリス「…正直、ARIAカンパニーに移籍したいって思うことすらあります」
灯里「そ、それは嬉しいけど、さすがに無理だよね」
アリス「そうですね。育ててもらった恩もありますから…」
アリス「だから、いっぱい遊びに来てもいいですか?」
灯里「アリスちゃん…。ありがとう、大好きだよ」
アリス「も、もう、相変わらずでっかい恥ずかしい人ですね…」


灯里「今日のお仕事は…。予約の方ですね」
アリア社長「ぷいぷい」
 Trrr
灯里「お電話ありがとうございます。ARIAカンパニーです」
電話『えーっと、今日予約していた○○なんだけど、ちょっと道に迷っちゃって…』
灯里「は、はいっ。今の場所は分かりますか?」
電話『いやそれが、どこがどこやら…』
灯里「通りの看板か、特徴的な建物は見えますか? すぐにお迎えに上がりますね」
 ………
灯里「場所が分かりました! 行きましょう、アリア社長!」
アリア社長「ぷいにゅ!」

客「いやあ、助かったよ。ネオ・ヴェネツィアの道って、分かりにくいねぇ」
灯里「そうですねぇ。でも、おかげで新たな発見が尽きないんです」
灯里「例えば、あの小さな水路が、実はサン・マルコ広場への近道だったりするんですよ」
客「へええ」
灯里(あれ、あそこを歩いてるのはアル君だ…。また買い出しかな?)

 夕方――

アリス「ちょっと早いですけど、こんばんは」
灯里「アリスちゃん、お仕事終わったの?」
アリス「はい、早めに切り上げさせてもらいました。その、私もお料理手伝おうかなって」
灯里「ありがと〜。アリスちゃんは本当にいい子だね」
アリス「そ、そんな事ないです。毎回お呼ばれするのは気が引けるだけです」
 ………

アリス「ここでひとつ、革新的な味付けに挑戦したいと思います」
灯里「あ、アリスちゃん。あんまり無謀なことは〜」
アリス「ふっふっふ。藍華先輩の驚く顔が見えるようです」
 Trrrr
藍華『やっほー、灯里ー』
灯里「あれ、藍華ちゃん」
アリス「藍華先輩…」
灯里「どうしたの? …もしかして仕事入っちゃった?」
藍華『いや、仕事は晃さんが何とかしてくれたんだけどさ…。何というか、アル君が来ててね?』
灯里「あー、うん。それなら仕方ないよね」
藍華『ごめん! 本っっ当にごめん!!』
灯里「あはは、野暮なことは言わないよ。お幸せにね」
藍華『い、いや別にそんなデートとかじゃないのよ? ちょっと食事に行くだけよ?』
灯里「はいはい、ごちそうさま」
アリス「………」
 あれ? アリスちゃんがなんだか怖い顔してる…。
 と思いきや、受話器を引ったくられてしまいました。
藍華『おー。後…アリ…後輩ちゃん』
アリス「女の友情より男や仕事ですか。そうですよね、藍華先輩ってそういう人ですよね」
藍華『んなっ。な、何よいきなり』
アリス「で? そのうち結婚して寿引退ですか? 藍華先輩って、何のためにプリマになったんですか!?」
藍華『あ、あのねぇ。後輩ちゃん…』
アリス「もういいです! 藍華先輩なんて勝手にすればいいんです!!」
 ぽいっ
灯里「わわっ、受話器受話器」
藍華『はぁぁ…。本当にお子ちゃまよねぇ…』
灯里「あ、あのね、藍華ちゃん…」
藍華『電話じゃどうしようもないわね。灯里、悪いんだけど後輩ちゃんのこと、お願い』
灯里「うん、こっちは大丈夫。藍華ちゃんは気にせず楽しんできてね」
藍華『そうさせてもらうわ。この程度でどうにかなっちゃうなんて、思ってないしね』
 チン…
灯里「アリスちゃん…」
アリス「…藍華先輩がゴンドラを漕ぐところ、最近見ましたか?」
灯里「え? そ、そういえばあまり見ないね…」
灯里「でも仕方ないんじゃないかな。支店長さんなんだし…」
アリス「それでいいんですか」
アリス「じゃあ、あの合同練習は何だったんですか」
アリス「プリマになるために、ゴンドラを漕ぐために毎日練習してたんじゃないんですか!? それとも藍華先輩は、プリマっていう資格さえ手に入ればそれで良かったんですか!?」
灯里「ア、アリスちゃん…」
アリス「………」
アリス「頭では分かってるんです。それぞれの進む道があるって」
アリス「でも、アリシアさんがウンディーネを引退しちゃって…」
灯里「………!」
アリス「藍華先輩も、経営のことばっかりで…」
アリス「アテナ先輩までっ…! オペラになんか手を出し始めて…!」
灯里「ア、アテナさんはほら、あれ一回きりだって言ってたよ?」
アリス「そんなの分からないです。私が怒ったから、私に気を遣って、無理して言ってるのかもしれないです」
アリス「アテナ先輩は歌が好きな人なんだから、本当はオペラの方がやりたいのかもしれないです…」
灯里「………」
アリス「分かってるんです。仕方のないことだって」
アリス「でも、私にはゴンドラしかないから…」
アリス「ゴンドラを漕ぐ以外、何の能もない人間だから…」
アリス「だから、そこから離れられない。オールを手放す人たちが、理解できないです」
アリス「…自分でもお子様すぎて、嫌になります」
灯里「………」
灯里「…ねえ、アリスちゃん」
灯里「私たちが、初めて会ったときのこと、覚えてる?」
アリス「………」
灯里「ああ、ゴンドラを漕ぐのが、本当に好きな子なんだなぁって思った」
灯里「私も大好きだけど、たぶん私以上。もしかしたら、世界で一番好きな子かもって」
灯里「それって、本当に素敵なことだよね。ゴンドラしかないんじゃなくて、アリスちゃんにはゴンドラがあるんだよ」
アリス「灯里先輩…」
灯里「でも、アリスちゃんが世界で一番なら、他の人たちはどうしても二番や三番になっちゃうから…」
灯里「アリスちゃんから見れば足りないかもしれないけど。でも、世界で二番や三番なんだから、そこは許してくれないかな?」
アリス「………」
アリス「……世界で百番以内なら、認めることにします」
灯里「ふふっ、ありがとう」
アリス「で、でも、藍華先輩がそうだって決まったわけではないです」
灯里「じゃ、明日聞いてみよっか」
アリス「え…」
アリス「だ、駄目です! こんなお子様なこと、恥ずかしくて聞けるわけないです!」
灯里「ううん、それじゃねえ…」
アリア社長「ぷいにゅぷいにゅ」
灯里「そうですね。ちょっと賭けをしましょうか」
灯里「明日、藍華ちゃんが最初にアリスちゃんを名前で呼んだら、正直に話すこと。どう?」
アリス「い、いいでしょう。あの人が、私の名前を呼ぶわけないですし」
灯里「うん、決定〜」

 そして翌日、お昼時に姫屋で――

藍華「あー、灯里」
灯里「藍華ちゃん、カフェ行ける?」
藍華「まあ、三十分くらいなら」
藍華「………」
アリス「………」
藍華「…やっほ、アリスちゃん」
アリス「!!」
藍華「って、あああ! こっ恥ずかしい! いいじゃない今までの呼び方で!」
アリス「はい、それはいいんですけど…」
藍華「いいんかいっ!」
アリス「賭けに負けてしまいました。でっかい意外です」
藍華「? 何の話?」
灯里「まあまあ。カフェでゆっくり話すよ」


藍華「…ふーん、そういうわけ」
アリス「はい…。昨日はすみませんでした」
藍華「そういうことなら、私も言わせてもらうけどね…」
藍華「私だって、もっとゴンドラ漕ぎたいわよコンチクショー!!」
アリス「…え?」
藍華「当たり前でしょーが! 何のためにさんざん合同練習したと思ってるのよ!」
アリス「だ、だって、最近の藍華先輩は経営が楽しそうで…」
藍華「そりゃ、どっちにしろやらなきゃいけない事だもの。どうせやるなら、楽しくやった方がいいでしょ」
アリス「そ、そうですよね…。いえ、だったらいいんですけど」
藍華「ったく。あんたって子は、相変わらずどうでもいいことで悩むわね」
灯里「まあまあ。そこがアリスちゃんの可愛いところなんだよ」
アリス「ほ、放っておいてください! 悩みのなさそうな藍華先輩に言われたくないです!」
藍華「………」
アリス「?」
藍華「…アリスちゃんが話してくれたから、私も話しておこうかな」
 そうして藍華ちゃんは話してくれました。
 私たちに比べて、自分は天賦の才能がないって悩んでいたことを。晃さんのおかげで、そこから立ち直ったことを。
藍華「ま、あの頃は若かったわよね。今となっては時効よ、時効」
灯里「はわわわ。アリスちゃんならともかく、私に天賦の才能なんてないよー」
アリス「灯里先輩は性格が特別です。私こそ、天才で片付けられるのは納得できません」
藍華「うん、みんな自分ではそう思ってるのよね。…ほんと、若かった」
藍華「おっと、そろそろ戻らなきゃ。灯里、これから決算期だから、ご飯食べに行けないかもしれないけど…」
灯里「うん、次に時間が空く時を楽しみにしてるよ」
アリス「私も戻ります。途中までなら一緒に行けますから」
藍華「ふっふっ。そんなにこのお姉さんと一緒にいたいのかな〜」
アリス「もういいです! 一人で戻ります!」
藍華「アリスちゃん、待ってってば〜」
灯里「…ふふ」
灯里「よし、私も頑張らなくちゃ!」

灯里「ゴンドラ、いかがですか〜」
アリア社長「ぷいぷいにゅ〜」
灯里「ゴンドラですよ〜」
客「三人だけど、行ける?」
灯里「はいっ、ありがとうございます! ネオ・ヴェネツィアへようこそ!」

 このお話には、ちょっと続きがあります。

灯里(ん…)
灯里(そろそろ起きなきゃ…)
 カチャ…

灯里「んーっ、今日もいい天気になりそう」
藍華「あれ」
灯里「あれ?」
 早朝の運河に、藍華ちゃんがゴンドラを浮かべていました。
灯里「ど、どうしたの? こんな朝早くに練習?」
藍華「あはは、最近ゴンドラ漕げないからね。このまま腕が鈍ったら、あんたたちに置いてかれちゃうでしょ」
アリス「そーいう事でしたか」
藍華「うわあっ! なんでアリスちゃんまでいるのよ!?」
アリス「朝の散歩中に見かけたので、こっそり後をつけてきました」
藍華「そういう事を堂々と言うの禁止!」
灯里「ち、ちょっと待って、私も舟を出すよ」
 バタバタバタ…


藍華「…ったく、これじゃ結局合同練習じゃない」
アリス「まったくです」
灯里「…ふふ、そうだね」
 そう言いながらも、みんな気付いていました。
 あの頃は、三人が一艘の黒い舟に乗っていて…。
 今は、それぞれがそれぞれ、三艘の白い舟に乗っている。
 なまじ似た光景の分、離れた距離を実感します。
 でも…。
 パシャ…
 早朝の大運河を、三つのオールがかき分けていきます。
灯里「あ」
藍華「何、どうしたの?」
灯里「繋がってる」
アリス「何がですか?」
灯里「ほら、オールと、ネオアドリア海を通して、私たちの手が繋がってる」
藍華「…まあ、それは確かにそうだけど」
灯里「うんっ。これから別々の仕事に行っても、私たちはオールで繋がってる」
灯里「たとえゴンドラを漕がなくなっても、ネオ・ヴェネツィアの空で繋がってる」
灯里「もしネオ・ヴェネツィアを離れたとしても、今一緒に舟を漕いでいる、この思い出で繋がってるんだね」
灯里「この水が途切れることがないように、私たちの縁は、いつまでも切れたりしないんだね」
アリス「灯里……先輩……」
藍華「…同感だけど、とりあえず恥ずかしいセリフだから禁止しとくわ」
灯里「えー、そんな無理に禁止しなくても」
アリス「………」
藍華「ん?」
 アリスちゃんは俯いたまま、ぎゅっとオールを抱きしめていました。
藍華「んん? ど〜したのかな、アリスちゃん?」
アリス「ど、どうもしないです」
藍華「何を涙ぐんでるのかなぁ?」
アリス「な、涙ぐんでなんかいないです! もう、藍華先輩はいっつも失礼です」
藍華「あーもう、本当に可愛い子ねぇ」
灯里「藍華ちゃんも、本当にアリスちゃんが大好きなんだね」
藍華「んなっ」
アリス「早く禁止してください!」

 アイちゃん。今も私たちは、青い海と空で繋がっています。
 私とアイちゃんの間には、真っ黒な宇宙空間が広がっているけど…。
 それだってメールで越えちゃうんだから、人の繋がりって無敵だよね。
アイ『灯里さん。アリスさんって本当に可愛い人ですね…なんて言ったら怒られちゃうかな?』
アイ『灯里さんたちを繋ぐ海と空は、アクアマリンの色。やっぱり灯里さんそのものなんだよね』
アイ『そんなわけで、このメールもアクアマリン色にしてみました。 これでもっともっと、灯里さんと繋がれるといいな』
 END
 次へ


 最初から
 選択肢から





 次へ

灯里「アイちゃんかぁ…。アイちゃんが来てくれたら、すごく楽しいだろうなぁ…」
灯里「って、無理だよね。アイちゃん、まだ11歳だもん」
灯里「…でも、4年経てばミドルスクール卒業だし! もしかしたらもしかして」
アリア社長「ぷいにゃ」
灯里「そ、そうですよね。そもそもウンディーネになりたいのかも分からないですよね」
灯里「そうだ、メールでそれとなく勧誘してみましょうか?」
アリア社長「ぷいにゅ〜」

灯里『アイちゃん。アイちゃんには、将来の夢はありますか?』
灯里『アイちゃんみたいな素敵な女の子なら、きっと夢がたくさん詰まってるんだろうね』
灯里『その中に、ウンディーネの道が入ってたりすると、とっても嬉しいな』
灯里『毎日色んな素敵と出会える、やりがいのあるお仕事です』
灯里『給料や将来性は…むにゃむにゃ…だけど、時々社員旅行という名のピクニックがあります』
灯里『希望される場合は担当:水無まで』
灯里「…なんか求人広告みたいになっちゃいましたね…」
アリア社長「ぷいぷいにゅ!」(ダメ社員!)
灯里「はひっ、すみません〜」
灯里「こんなにストレートじゃなくて、もう少し遠回しに言うベきですよね」
灯里『アイちゃん。アリア社長と二人きりの会社は、やっぱり少しだけ淋しいです』
灯里『ああ…どこかに素敵大好きで素直で明るくて、名前にアのつく女の子がいないかなぁ…』
灯里『その子がうちに入社してくれたら、毎日でもオムライスを作ってあげるのに…』
灯里「…なんか遠回しすぎてアレですね…」
アリア社長「ぷいにゅ!」
灯里「え、社長が代筆してくれるんですか? それじゃお願いします」
アリア社長「ぷいにゃ〜」
 アリア社長は短い文章しか打てないけど、短いほど素直な想いが表れることもあるんだよね。
アリア社長「ぷいぷい」
灯里「できましたか? どれどれ」
灯里『アイちゃんかわいいよアイちゃん』
灯里「…あの、アイちゃんが好きだという想いは伝わりますけど…。これじゃ私が変態さんみたいなんですが…」
アリア社長「ぷい!」(ポチッ)
灯里「あーーっ!」
 送信中…
灯里「さ、3通とも送っちゃった…」
灯里「社長〜! あんまりですよ〜!」
アリア社長「ぷいにゅぷいにゅ」
灯里「き、気にするなって言われても…。ううっ、どうしよう…」
灯里『アイちゃん、さっきのメールはアリア社長の悪戯なんです。お願いだから気にしないでね』
 というメールを急いで出したものの、アイちゃんからの返事はありませんでした…。


藍華「それは引かれたわね」
アリス「でっかいドン引きです」
灯里「あああ、やっぱり…」
藍華「ま、あんたが見捨てられたら、アイちゃんは私が面倒見てあげるわよ」
灯里「そんな〜」
アリス「藍華先輩、後輩の指導する暇なんてあるんですか? ただでさえ支店長が忙しそうですけど」
藍華「うっ、それはそうなんだけどさ…」
藍華「でも、晃さんから教わったことを、次の世代に伝えたいじゃない…」
灯里&アリス「………」
藍華「はっ」
アリス「灯里先輩、日頃のお返しです。禁止してやりましょう」
灯里「ううん、私は恥ずかしいセリフ推奨だよ〜」
藍華「ぎゃーす! 私としたことが〜!」
灯里「アリスちゃんは、後輩はできないの?」
アリス「それが、そろそろ持たなきゃならない雲行きです。今までは若いからと免除されてましたが、もう一年経ちますし…」
藍華「ひょひょひょ、いよいよ年上の後輩に気を遣うわけですな〜」
アリス「べ、別に年上と決まったわけではないです! それより、アテナ先輩と別の部屋になるのが問題です」
灯里「そっか…。それは淋しいよね」
アリス「さ、淋しくなんかないです。ただ私の後釜の人が、アテナ先輩のドジをフォローできるのかがですね」
藍華「ハイハイ。っていうか灯里、あんたのとこ新人雇える余裕あんの?」
灯里「うっ…。…三食と住居だけでいいなら…」
藍華「それって時給ゼロってことじゃない…。あんたもひどい女ね」
灯里「そ、そうだよね。まずはお給料払えるようにならないとね」
灯里「よしっ。アイちゃんを雇えるように、頑張ってお仕事しよう!」
藍華「私も昼休み終了! バリバリ働くわよ!」
アリス「はいっ、頑張りましょう!」


灯里「ふー。今日は結構忙しかったですね、アリア社長」
アリア社長「ぷいぷいにゅ」
灯里「さ〜て、そろそろアイちゃんから返事来たかな〜」
 新着なし
灯里「………」
アリア社長「ぷいにゅぷいにゅ」
灯里「社長のせいじゃないですか〜!亅
灯里「はぁ…。完全に嫌われちゃったのかなぁ…」
灯里「とりあえず夕ご飯にしましょう…」

 カチャカチャ…
灯里「いただきます…」
 ……
灯里「ごちそうさま…」
灯里「ううっ」
 ピンポーン
灯里「あれ、こんな時間に誰だろ。はーい」


 ガチャッ
灯里「え…?」
アイ「ごめんなさい。急いだんだけど、こんな時間になっちゃって」
灯里「アイ…ちゃん? どうして…」
アイ「あのね、メールじゃなくて、どうしても直接伝えたかったの。だから来ちゃいました」
アイ「灯里さん!」
灯里「はひっ」
アイ「私、ウンディーネになりたいです」
アイ「今の私はまだ小さいけど……でも、学校なんてすぐに卒業するから」
アイ「そうしたら、私をARIA力ンパニーで雇ってください!」
灯里「あ…」
灯里「あ、あはは、ごめんね。私があんなメール送ったから、気を遣わせちゃったんだね」
アイ「もうっ! こんな大事なこと、気を遣うくらいで言えると思ってるんですか!?」
灯里「アイちゃん…」
アイ「私だってずっと悩んでたんだから! 私なんかがプリマになれるのかな、とか、今から雇ってなんて言われても迷惑じゃないかな、とか…」
アイ「でも、灯里さんのメールを読んで、自分の気持ちを正直に伝えようって…」
アイ「私じゃ、ダメ……ですか?」
灯里「そ、そんなわけないよ! 大歓迎だよっ!」
アイ「良かったぁ…」
アイ「あっ、アリア社長ー。そういうわけなので、よろしくお願いしますね」
アリア「ぷいにゅー」
 ぎゅっ
アイ「あ、灯里さん?」
灯里「ありがとう、アイちゃん…。嬉しいよぉっ…!」
アイ「灯里さん…」
アイ「もう少しだけ待ってくださいね。私が卒業したら、絶対灯里さんに淋しい思いなんかさせないから」
灯里「うん…うんっ…!」

 その夜、私たちはべッドの中で、素敵な未来のことを色々と話しました。
 この部屋はアイちゃんにあげるから、私は二階を改造して住めるようにしよう、とか。
 アイちゃんの通り名は何にしようなんて、とっても気の早い話とか…。
灯里「4年後までには、アイちゃんを雇えるだけの稼ぎは出せるようにしないとね」
アイ「うーん、でもあんまり無理はしないでくださいね。売り上げ重視の灯里さんなんて、ちょっとらしくないし」
灯里「うん…そうだね。お金のことに汲々としたくはないよね」
灯里「だから保険料とかも、よく分からないで適当に払ってるんだけどねー」
アイ「いや、ちゃんとしましょうよそーゆーのは!」
アイ「はぁ…早く私がついてあげないと、灯里さんが心配でしょうがないです」
灯里「ふふっ、頼もしいなぁ」
 そして、次の日…

灯里「もう帰らないといけないんだね…」
アイ「ごめんなさい、明日は学校なの…」
灯里「ううん、私こそごめんね。こんな遠くまで、わざわざ来てもらっちゃって」
アイ「大丈夫です、もう3回目だし。チケットも、お姉ちゃんに余ったのをもらっただけだから」
灯里「なら、いいんだけど」
アイ(本当は、お小遣い使い果たしちゃったけどね…)
藍華「おーい」
灯里「藍華ちゃんにアリスちゃん、来てくれたんだ」
アイ「お久しぶりでーす」
アリス「まさか最初に弟子を作るのが、灯里先輩になるとは思いませんでした」
アイ「えへへ。実際にゴンドラを漕げるのは、まだ当分先ですけどね」
藍華「はー。それにしても、あの時のタダ乗り少女が灯里の後輩とはねえ。世の中わからないもんだわ」
アイ「うっ…そ、その事はもう忘れてくださいよぅ…」
灯里「ふふっ、でも、あの時思った通りだったよね。私とアイちゃんが出会ったのは、素敵な奇跡だったんだよ」
藍華「恥ず…!」
アイ「そうですよね。あの時の出会いのお陰で、私はアクアを好きになって、灯里さんとメールを交換するようになって」
アイ「そうして、私の人生まで変わっちゃうなんて……本当に奇跡ですよね」
藍華「………」
灯里「アイちゃん。私、アイちゃんに会えて本当に良かった。今でもそう思うんだもん、これからもっともっと、この出会いが愛おしくなるよね」
アイ「灯里さん。私たちのメールボックスが素敵なアルバムになったみたいに、ARIAカンパニーでの時間もきっと、キラキラ輝く宝石箱になりますよね」
藍華「うわあああツッコミ切れないぃぃぃ!」
アリス「恐ろしい師弟になりそうですね…」
アイ「それじゃ、そろそろ行きます」
灯里「うん…またね」
アリア社長「ぷいぷいにゅー」
 宇宙船が飛び立ちます。
 それが点になって消えるまで、私たちはずっと見送っていました。
灯里「4年後には、私も少しは大人っぽくなってるかなぁ…」
藍華「無理ね」
アリス「でっかい想像不可能です」
灯里「ええー。そんな事ないよ、アリシアさんみたいになってるよ」
藍華「あんたがミス・パーフェクトって柄じゃないでしょー」
アリス「百歩譲って、アリシアさんに天然さを加えた感じでしょうか」
灯里「じゃあ藍華ちゃんは、晃さんにひょうきんさを加えた感じだね」
藍華「おい! あんたの中で、私のイメージはどうなってんのよ!」
灯里「アリスちゃんは、アテナさんからドジっ子さを引いた感じだね」
アリス「ただの無個性な人にしか思えませんが…」
灯里「ああー楽しみ! 私たちの素敵な未来は、一体どんな風になるんだろう?」
藍華「本当、将来の不安とか無縁よねぇ…」
アリス「でっかい羨ましいです」

 その夜、電話で…

アリシア『そう…、アイちゃんがそう言ってくれたの…』
アリシア『私も会議がなければ、見送りに行けたのだけれど』
灯里「大丈夫。4年後には、しょっちゅう会えるようになりますよ」
アリシア『うふふ、それもそうね。4年かぁ…』
アリシア『…灯里ちゃんは、大丈夫? あと4年も、二人きりの会社で頑張れる?』
灯里「はいっ、もちろんです」
灯里「だって、もう二人きりの会社じゃない。未来のアイちゃんが、もうここにいるんですから」
灯里「いつか来るアイちゃんとの時間を、どきどきわくわくしながら待つなんて…」
灯里「こんな楽しいこと、今しか経験できませんよ」
アリシア『灯里ちゃん…』
アリシア『ねえ、灯里ちゃん。一言だけアドバイス』
灯里「はひっ」
アリシア『灯里ちゃんが楽しみにしている以上に、後輩と過ごす日々は素敵なものよ』
アリシア『私の経験からすると、きっとね』
灯里「アリシアさん…」
アリシア『だから、灯里ちゃんも期待していていいわよ』
灯里「はひっ。すごくすごく期待しますっ」
アリシア『それじゃ、お休みなさい』
灯里「はい、お休みなさい」
 チン…
 …ありがとうございます、アリシアさん。

 その晩、私は夢を見ました。
 いつか来る会社の風景。三人になった食卓で、私は制服姿のアイちゃんを見つめています。
 食事の手を止めたアイちゃんは、恥ずかしそうに隠れてしまって。
 私は何か言った気がするけど、夢の中なのでよく覚えていません。
 その言葉は――きっと4年後には、分かりますよね。
 END





灯里「他に誰かいたかなぁ…。あっ、郵便屋さんとか」
暁「おい」
灯里「はひっ!? ど、どうしたんですか暁さん、こんな夜中に」
暁「兄貴から届け物だ。試供品のキャットフードが手に入ったから、もみ子にやれってよ」
アリア社長「ぷいにゅー!」
灯里「わわ、ありがとうございますー。お兄様にもよろしくお伝えください。もみ子じゃないですけど」
暁「ったく、クソ兄貴め。人をこき使いやがって…。何だ、何か悩み事か?」
灯里「い、いえ、大したことではないんですけど」
灯里「食卓が淋しいから、誰か来てくれないかなーって」
暁「…ほう」
暁「あれだ…。オレも今日は仕事が忙しくて、食っている暇がなくてな」

 よかったら、何か食べていきませんか?
 彼女に作ってもらったらどうですか?




暁「………」
灯里「どうかしましたか? 顔色が良くないですよー」
暁「帰る、邪魔したな…」
灯里「そうですか、お気をつけてー」
灯里「暁さん、体調でも悪かったんでしょうかね?」
アリア社長「ぷいぷいにゅ…」
灯里『アイちゃん。そんなわけなので、アイちゃんも暁さんの幸せを祈ってあげてね』
アイ『灯里さん……あんた鬼だよ』
 BAD END


暁「ふん! もみ子の手料理というのが気に食わんが、そこまで言うならご馳走になってやるか!」
灯里「はいっ、お皿を用意しますね。あと、もみ子じゃないです」


暁「もみ子にしては、なかなか良い味だな」
灯里「ありがとうございます。でも、もみ子じゃないです」
暁「…万事ゆるい貴様が、この呼び方だけは頑固に抵抗するな」
灯里「私なりにこだわりのあるヘアスタイルなんですよ…」
暁「まあ、もみ子の髪型はどうでもいいとして」
灯里「ええー」
暁「やはり物足りないな…。アリシアさんさえ、アリシアさんさえいてくれれば!」
灯里「あはは。アリシアさんなら、今ごろ新婚家庭でラブラブですよー」
暁「うわあああ言うなぁぁぁ! そのことは言うなぁぁぁぁ!!」
暁「くそう、オレからアリシアさんを奪った男め……一体どんなヤツなんだ」
灯里「え、結婚式に来なかったんですか? 相手の方は…」
暁「やめろおおお聞きたくないいいいい!!」
暁「ぜえぜえ…。くそっ、アリシアさんも水臭いぜ。せめて事前に知らせてもらえれば、決闘の申し込みくらいはできたものを」
灯里「そう…ですよね。教えてほしかったですよね…」
暁「む…。何だ、もみ子も知らなかったのか」
灯里「はい、お付き合いしている方がいることすら知りませんでした。もみ子じゃありませんけど…」
灯里「私、アリシアさんのこと、本当は何も知らなかったのかもしれません」
暁「そう落ち込むな。アリシアさんのことだ、何か考えがあったんだろう」
灯里「そうですね。きっと…」

 今が変わってしまうのが怖かったんですよ
 恥ずかしかったんですよ
 ご主人の身が危険だからですよ




灯里「言葉にすることで、変化が現実になってしまう…そんな気がすることってありますよね」
灯里「私もアリシアさんも、変わっていくことが怖かった。だからそれに繋がるようなことは…交際のことや、結婚のことは、無意識に避けていたんだと思います」
暁「ふぅむ…。オレ様にはよく分からんな」
暁「アリシアさんには悪いが、オレは変化のない日常など御免だな! そんなもの退屈でかなわん」
灯里「あはは、暁さんらしいです」
 次へ

暁「なにっ。アリシアさんは、あれで結構恥ずかしがり屋なのか!」
灯里「内容は知らないんですけど、『恥ずかしいから私に内緒』の話をしてたって、アリスちゃんが言ってました」
暁「恥じらうアリシアさん…。良い! 良すぎるではないか!」
灯里「人妻ですけどね」
暁「ぐわああああああ!!」
 次へ

灯里「アリシアさんが結婚するなんて言ったら、暁さんみたいな方が黙っていませんからね」
灯里「下手に情報が漏れれば、闇討ちくらいはあったかもしれません。ガタガタガタ…。恐ろしいですね」
暁「まあ否定はできんが、もみ子に言われると何だかショックだ…」
暁「………」
灯里「………」
 もぐもぐ
灯里「ねえ、暁さん」
暁「何だ」
灯里「私も、いつか結婚するんでしょうかねぇ」
 ブー!
灯里「はわっ。暁さん、汚いですよー」
暁「い、いきなり妙ちきりんな事を言い出すからだっ!」
灯里「そ、そんなに妙ちきりんでしょうか。わりと普通の女の子らしいと思ったんですが…」
暁「ええい、思い上がるなもみ子よ! アリシアさんならともかく、貴様なんぞに嫁の貰い手があってたまるか!」
灯里「そ、そうですか…。そうですよね…」
暁「あ…。いや、その…」
灯里「あ、でもいいんです。私、ゴンドラと結婚することにします」
灯里「ゴンドラに生き、ゴンドラに死す…映画みたいでカッコイイですねっ」
灯里「ちょっと淋しいですけど…。でも、私なんかお嫁さんにしてくれる、物好きな方がいるわけありませんから。あはは」
暁「いや、だから…。つまりだな…」
灯里「そういえば、暁さんはいつ結婚するんですか?」
暁「…お前、時々平気で残酷なこと言うのな…」
灯里「?」
暁「ハァ、もういい…。そういやウッディーの奴に連絡があった。電話を借りるぞ」
灯里「はい、どうぞどうぞ」
 Trrrrr
暁「ウッディーか? 例の件はOKだ」
暁「今どこにいるかって? どこでもいいだろう…」
灯里「私のとこですよー」
暁「おわーーッ!?」
ウッディ『ど、どういうことなのだ!? 待ってろ、今すぐそっちに行くのだ!』
灯里「はい、どうぞどうぞ」
暁「来るなーーッ!」


暁「ホントに来やがった…。しかもアルまで…」
ウッディ「いやぁ、暁も隅に置けないのだ」
アル「ぜひとも事情を説明してほしいですねぇ」(ニヤニヤ)
暁「だから、何もないと言っとるだろう!」
アリア社長「ぷぷいにゅー」
アル「ええっ、そんな大胆なことを!」
暁「何を喋ってる猫ーーッッ!」
灯里「二人とも、何か召し上がりますか?」
アル「あ、僕らは済ませてきましたので、お気遣いなく」
ウッディ「でも、せっかくだからいただくのだ」
暁「厚かましい奴らめ…」
灯里「このフリッタータ、ウッディーさんにいただいた卵を使ったんですよ」
アル「へえ、卵なんてあげてたんですか」
ウッディ「いやあ、空を泳ぐ者として当然の心得なのだ」
灯里「でも、毎朝届けてくださるなんて…。ウッディーさんは本当にいい人です」
暁「おい…。何か今、聞き捨てならないことを聞いたぞ」
ウッディ「何がなのだ?」
暁「ま、毎朝って、まさか貴様、もみ子を狙って…!」
灯里「違いますよ。ウッディーさんは純粋な善意で、卵をくださってるんです」
ウッディ「なんでも下心があると考えるのは良くないのだ」
アル「まあまあ。暁くんは年頃なので、そういう思考に傾きがちなんですよ」
暁「お前ら、何かオレ様に恨みでもあるのか…」
灯里「そういえばアルくん、藍華ちゃんとはその後どうなんですか?」
アル「うわっ、灯里さんからそんな攻撃が来るとは思いませんでした!」
暁「おうおう、でかしたもみ子。まずはアルから吐いてもらおうか」
アル「え〜? 別に何もないですよ〜」
ウッディ「夜中に他の女性の家に上がり込んだりして、後でバレたら修羅場なのだ」
アル「ええっ!? ち、ちょっと待ってくださいよ。僕一人ならともかく、君達もいるでしょー!?」
暁「そういえば、こんな夜中に男を三人も家に上げて…。もみ子お前、無防備すぎるだろう」

 皆さん、大切なお友達ですから
 逆ハーレムでウハウハですね!
 え? 私はもみ子じゃないですよ?




暁「女の子がそんな事を言っちゃいかーーん!」
灯里「暁さん、女の子に幻想を持ちすぎですよ!」
ウッディ「で、灯里ちゃんは誰が本命なのだ?」
灯里「え…」
灯里「………」
灯里『アイちゃん。私の前に素敵な人が現れるのは、まだまだ先のことみたいです』
暁&ウッディ&アル『ひでぇぇぇ!』
 BAD END


暁「まだ言うか、もみ子のくせに…」
灯里「二人とも聞いてください。暁さんってば、何度言っても私をもみ子と呼ぶんです」
ウッディ「それは良くないのだ。フレンドリーにアカリンと呼んであげるのだ」
暁「呼ぶかあ!」
アル「まあまあ。もみ子と言うからには、灯里さんの色んなところを揉みたいという、暁くんの願望の現れなんですよ」
暁「………」
灯里&暁「………」
暁「このオヤジ野郎がぁぁぁーーッ!!」
アル「ひでぶ!」
灯里「暁さん…」
暁「そんな目で見るなァァァァ!」

 そして…

暁「おい!」
灯里「はひっ」
暁「はひはひ言ってるから、はひ子と呼ぶことにしたぞ」
灯里「パピコみたいですね…」
 END


灯里「地球にいた頃は、あまり異性のお友達というのは縁がありませんでしたけど…」
灯里「今は三人も、こんなに素敵なお友達ができて、私はとっても幸せです」
暁「ったく、どこまでも呑気な奴め…」
アル「まあまあ。僕らがいる限り、多少無防備でも何も起きませんよ」
ウッディ「そうなのだ。灯里ちゃんに変な虫が寄ってきても、オイラ達がガードするのだ」
暁「ふん…。まあ、そうだな」
灯里「?」
アル「だから暁くんも、安心して灯里さんを狙うといいですよ」
暁「だから、何でそんな話に…!」
灯里「三人で何を話しているんでしょうね、アリア社長?」
アリア社長「ぷいぷい」
灯里「きっと漢らしい硬派な話なんでしょうね。混ざれない私はちょっと淋しいです…」
アリア社長「ぷぷいにゅー…」(全然ちゃうよ)

 そして…

灯里「ゴンドラ、いかがですか〜」
暁「乗せてもらおうか」
灯里「あっ、はい! ありがとうございま…」
灯里「って、暁さんじゃないですか。急にどうしたんですか?」
暁「考えてみれば、プリマウンディーネの腕前を見ていないからな」
暁「オレ様も今や一人前だし、半人前の料金しか払えなかった昔とは違うのだ」
灯里「はひっ。ありがとうございます、それではお手をどうぞ」
暁「さ、触るな! 一人で乗れる!」
灯里「ええー」


灯里「右に見えますのが、かの有名な…」
暁「知ってる。そんな普通の観光案内はいらん」
灯里「えええー。じゃあどうしろと…」
灯里「んんー…」
灯里「正面に見えますのが、私のお友達の出雲暁さんです」
暁「おいっ!」
灯里「私がこの星に来て、初めて挫けそうになったとき…」

灯里『ごめんなさい、私の腕では間に合いません…。アリシアさん、お願いします』

灯里「前に進むチャンスをくれたのが、暁さんでした」

暁『おい、もみ子…。オレはあんたの客だぞ』
暁『たとえ半人前でも、水先案内人(ウンディーネ)なんだろう?』

灯里「それからも半人前同士、何かと励まされて…」
灯里「今こうして、一人前同士で舟に乗れるのも、あの時のことがあったからですよね」
暁「…よくもまあ、そんな昔のことを覚えているもんだな」
灯里「えへへー。忘れるわけがないじゃないですか」
暁「ふん…」
暁「しかし、相変わらずゴンドラが遅い!」
灯里「ええー? これが最適な速度ですよぅ」
暁「いーや、あの時はもっと速かった」
暁「男の中の男たるオレ様には、あのスピードが丁度いいのだ」
灯里「逆漕ぎですかあ…。しょうがないなぁ、ちょっと沖に出ますね」


灯里「それーっ!」
暁「はっはっは、やはりこいつは爽快だな!」
灯里「この漕ぎ方だと前が見えませんのでーっ! 暁さんがちゃんと見ていてくださいねーっ!」
暁「なにぃ!? そういうことは早く言え!」
灯里「あははは。たまには逆漕ぎも気持ちいいですねーっ!」
暁「うわっ、そっちは岸だーっ!」
 …暁さん。
 ずっと、見ていてくださいね。
 END



灯里「そうだ、事務のアルバイトさんを雇うというのはどうでしょう。一日くらいなら何とか雇えますよ」
灯里「それで色んな書類とか作ってもらえば、夕ご飯も食べていってくれるかもしれませんよね」
アリア社長「ぷいぷい…」
灯里「え、目的が本末転倒ですか? いいじゃないですかぁ…」

 さっそく次の日、協会のアリシアさんに相談に行きました。

アリシア「そういうことなら協会で斡旋できるわよ。会計士さんがいいのかしら?」
灯里「い、いえ、そんな凄い人は雇えませんので…。アルバイトで、かつ経理に詳しい人がいいなって…」
灯里「…すみません、虫の良すぎる話でした。出直してきます…」
アリシア「あらあら、灯里ちゃんはせっかちさんね。当てはあるから、私に任せておいてちょうだい」
灯里「本当ですかっ。さすがはアリシアさんです」

 そして数日後の午後…

灯里「お茶の用意よし、お菓子の用意よし…」
アリア社長「ぷぷいにゅ…」
灯里「一体どんな人が来てくれるんでしょう。どきどきわくわくですねっ」
アリア社長「ぷぷいにゅー!」
 コンコン
灯里「はひっ。お待ちしてました、どうぞどうぞ!」
灯里「あれ?」
アトラ「こんにちは。事務の仕事に来ました」
灯里「あ、アトラさん? …ですよね?」
アトラ「お久しぶりね、灯里さん。一年ぶりかしら」
灯里「は、はひっ。あの、私が頼んだのは事務のアルバイトさんなんですが…」
アトラ「だから、私もそう言ってるでしょう。間違ってないから大丈夫よ」
灯里「で、でも、アトラさんはウンディーネで…」
アトラ「………」
アトラ「…今月一杯で、オレンジぷらねっとを辞めるの」
灯里「え――!?」
アトラ「平たく言えばクビなんだけどね。あれから何度か試験は受けたんだけど、残念ながら夢は叶いませんでした」

 
灯里「そん…な…」
アトラ「あ、でも杏はとうとうプリマになったわよ」

アトラ「あの娘はずっと頑張っていたもの。神様はちゃんと見ていたのね」
灯里「は、はい、協会の会報で知りました。今度お祝いを言いに行こうって…」
 その会報に、アトラさんの名前がなかったのが気になっていたけど…そんな事になっていたなんて。
アトラ「まあ私もアレサ部長の推薦で、協会で仕事をさせてもらえることになったしね。何とか食いっぱぐれずには済みそうよ」
アトラ「で、少し早いけど仕事を頼めないかって、アリシアさんに呼ばれたというわけ。…どうせ今の会社にいても、することがないしね」
灯里「そ、そう、だったんですか…」
アトラ「さ、重い話はこれくらいにして、書類を片付けちゃいましょうか。今までも似た仕事はよくやってたから、腕は信用してもらっていいわよ」


アトラ「はい、これでお終い」
灯里「素敵ですっ。あんなに見辛かった帳簿が、こんなに分かりやすく…。アトラさんの手には魔法がかかってるんですね」
アトラ「税務署と協会に出す書類は、ここに揃えておいたから」
灯里2(スルーされました!?)
アトラ「ついでだから、書類作成用のプログラムも組んでおいたわよ。来年も制度が変わらなければ、数字を入れるだけで使えると思うわ」
灯里「す、凄いです! やっぱり眼鏡をかけている人は、頭がいいんですね」
アトラ「眼鏡は関係ないけどね…」
灯里「いえっ。私はあんまり数字に強い方ではないので、アトラさんみたいな人は尊敬します」
アトラ「私としては計算力より、ウンディーネの才能が欲しかったんだけどね。世の中ままならないものよ」
灯里「あ…」
アトラ「や、やだ、冗談よ。それじゃこの辺で失礼しますね。お茶、ごちそうさま」
灯里「あ、あのっ」
アトラ「まだ何か?」
灯里「あの、もしお時間があればですけど、夕ご飯を食べていきませんか」
灯里「アトラさんとも、もっとお話がしたいですし…」
アトラ「…話?」
灯里「は、はひっ。いえそんな大したことではないんですが、最近の天気の話とか…」
アトラ「そう…」
アトラ「私がどうしてこんな状況に至ったか、その経緯の話とか?」
灯里「あ、あのっ…」
 顔に出てたんでしょうか…。
灯里「あの…無理に聞き出そうというわけでは決してないんですけどっ…」
 でも…本当に夢を諦めちゃうんですか?
 事情を聞かせてもらえば、何か私にできることが…プリマを諦めずに済む方法が、見つかったりはしませんか?
灯里(そんな偉そうなこと、とても言えないよ…)
アトラ「ふぅ…」
アトラ「…聞かない方がいいわよ」
灯里「え?」
アトラ「聞けばきっと、あなたは不愉快な思いをする」
 私、が…?
 それは私や、私の周りの人に関係する話、ということでしょうか?

 それでも聞きたいです
 やめておきます…




灯里「な、なんだか聞かない方が良さそうなので…やめておきます」
アトラ「うん、それが賢明」
灯里「で、でも夕食はご一緒しませんかっ」
アトラ「そんな腫れ物に触るみたいに気を遣われたままじゃ、楽しい食卓にはならないでしょう? いつか私が完全に吹っ切れたら、その時にお願いするわ」
灯里「そ、そうですか…」


藍華「ふーん、そんな事があったんだ」
アリス「それはでっかい残念ですね」
灯里「…なんか二人とも、反応薄いね…」
藍華「あのねぇ。ARIAカンパニーはともかく、他の店ではこんなの日常茶飯事よ。いちいち落ち込んでいたら、身が持たないわよ」
アリス「変に同情するのは、かえって失礼というものです」
灯里「そ、そっか、そうだよね…。藍華ちゃんなんて、むしろクビにする側だもんね…」
藍華「嫌な言い方するわね…。その通りだけどさあ」
アリス「逆にそういうことを避けるために、ARIAカンパニーは少数精鋭なのかもしれないですね」
藍華「そうねー。弟子が一人しかいないんじゃ、何が何でもプリマにするしかないもんね」
アリス「まあ潰れそうな店だと、質がどうこう言っていられないので、安易にプリマにすることもありますけど」
藍華「でも当然お客様からの評価は下がるから、結局は潰れるのよね」
灯里「うう、生々しい話はよそうよ…。なんだか食欲がなくなってきたよ…」
藍華「じゃあそれもーらいっ」
アリス「あっ、ズルいです藍華先輩。それは私が狙ってたのに」
灯里「二人とも、本当にタフだね…」
 その後しばらくの間、私は素敵なものを見つけられませんでした…。
 END
 次へ

アトラ「そう…。そこまで言うなら、ご馳走になっていこうかしら」
灯里「あ、ありがとうございますっ。すぐ準備をしますので、アリア社長と遊んでいてくださいね」
アリア社長「ぷいにゅにゅーい」


 そうして、何だか緊迫した雰囲気の夕食が始まりました。
アトラ「何だか懐かしいわね…。あなたと一緒にトラゲットをしたのは、もう一年以上前になるんだ」
灯里「は、はひっ。あの時は、私も色々と勉強になりました」
アトラ「私こそ、あの時はお陰で前向きになれて、すぐに試験の申込みに行ったの」
アトラ「先輩には『今更何しに来たんだ』って嫌味言われたし、試験の結果も案の定駄目だったけど…」
アトラ「でも、そう簡単に受かるわけないんだからって、逃げたくなる自分を叱って、また頑張ろうとしたわ」
アトラ「…でも、そんな時にあの出来事が起こった」
 な、何かありましたっけ…。
 アトラさんは一瞬躊躇しましたが、僅かに視線を逸らして口を開きました。
アトラ「――アリス・キャロルさんの、飛び級プリマ昇格」
灯里「あ――!」
アトラ「灯里さんは、その場に居合わせたんですってね」
アトラ「きっとあなたのことだから、純粋に彼女を祝福したんでしょうね」
灯里「は、はひ…。まあ…」
アトラ「私には無理だった。4歳も年下の子にあっさり追い抜かれて、それで平静でなんていられなかった」

杏『アトラちゃん、元気ないですね。どうしたんですか』
アトラ『…アリスさんのこと、聞いた…?』
杏『え、ええ…。やっぱりスゴい人ですよね。あたしも頑張らなくちゃ』
アトラ『…なんでそんな風に思えるの?』
杏『アトラちゃん…』
アトラ『私なんてシングルに上がるのでも一苦労だったのに、それを飛び越えて一気にプリマよ!? はっ! もう笑うしかないわ』
アトラ『しょせん、才能のある人は違うのよ。私みたいな凡人が敵うわけがないし、同じ土俵に上がろうってのが間違いだったのよ』
杏『気持ちは分かります。あたしだって、本音を言えばちょっぴりショックです』
杏『でも、それで腐ったって何もならないじゃないですか…』
アトラ『それは…そうだけど…』
杏『自分は自分、他人は他人ですよ。あたしたちはアリスさんにはなれないんだから、自分にできることをしましょうよ』
アトラ『う、うん…』

灯里「そ、それでアトラさんも立ち直ったわけですね! さすがは杏さんですね」
アトラ「我ながら浮き沈みが激しいけど…。とにかく頑張るしかないんだって、もう一度立ち上がろうとした」
アトラ「でも、そこへ止めみたいに、あの知らせがやって来た」
 何か…ありましたっけ…。
 本当に聞くの? とアトラさんの目が言っています。
 でも、今更遮ることもできないし…。沈黙する私に、アトラさんは諦めたように口を開きました。
アトラ「…私ね、白き妖精(スノーホワイト)に憧れていたの」
 初めて――逃げ出したくなりました。
アトラ「プリマになるなら、アリシアさんみたいになりたいと思ってた」
アトラ「あんな風に華麗に水上を舞って、みんなを笑顔にして、ずっとネオ・ヴェネツィアの風景になれたらって思ってた」
アトラ「――その彼女が、自分からウンディーネを放棄するなんて思いもしなかったわ」
灯里「………」
アトラ「別に体力の限界だったわけでもない。結婚して家庭に入るからというわけでもない」
アトラ「ただ、プリマと協会の理事を天秤にかけて、理事の方を選んだ。少なくとも、プリマに執着があるようには見えなかった」
アトラ「私が必死で目指しているプリマウンディーネは、あの人にとってはその程度の存在だった」
アトラ「…そんなに怖い顔をしないで」
灯里「…私、怖い顔をしてましたか」
アトラ「そうね。あなたにもそんな部分があるんだって、少し安心した」
アトラ「もちろん、アリシアさんにも色々と事情があったのだろうし、すごく悩んだんだろうって想像はできるわ」
アトラ「結局私は、他人を言い訳に使ってるだけだって自覚もあった」
アトラ「でもね、考えないようにしても、次から次へと頭に浮かんでくるの」

アトラ(とにかく、練習に集中しなきゃ。他人のことなんて関係ないんだから…)

アトラ『何のために練習するの? どうせプリマになんてなれない。目標だった人もいなくなった。これ以上続けてどうするの?』

アトラ(私なんて、遠くから憧れてただけじゃない。きっと一番ショックなのは、近くにいた灯里さんなんだから…)

アトラ『…でもあの子は笑顔で祝福するんだろうな。私とは違うから』
アトラ『プリマに昇格したんだってね。あの時は一緒のトラゲットに乗ったのに、あっさりと置いていかれて、きっと一生追いつけないのね』

アトラ(集中…しなきゃ…)

アトラ『ああ、私が望んでも望んでも届かないものは』
アトラ『あの人たちにはこうも容易に、手に入れたり、手放したりできるものなんだ』
アトラ『彼女たちから見れば、私なんてさぞかし滑稽に映るんだろうな』
アトラ『なんて惨めなんだろう…』
アトラ『叶いもしない夢にすがって、本当に馬鹿みたい…』

アトラ「それからずっと、落ち込んだり、頑張らなきゃって言い聞かせたり、何もかも放り出したくなったり、必死で踏みとどまったり…」
アトラ「そんな状態で試験になんか受かるわけなくて、結果はボロボロで、先輩にも罵倒されて…」
アトラ「杏にも劣等感を持つようになって、避けるようになって――でも、諦める勇気もなくて、未練がましくしがみついて――」
アトラ「そうしてこの前が、最後の試験だった」
アトラ「杏は受かって、私は落ちた」

アトラ「…それだけの話なんだけどね」
 アトラさんは自嘲気味に笑って、料理を口に運びました。
 …とても、美味しそうには見えませんでした。
 私も、息を吸うだけで精一杯で…。
 ようやく言葉を出せたのは、数分経ってからでした。
灯里「アトラさんっ…」

 …今まで、お疲れ様でした
 諦めないでください…!
 あやまれ! アリシアさんにあやまれ!




灯里「なんにも知らないくせに! なんにも知らないくせに、アリシアさんのことをそんな風に言うなんて許せない!」
アトラ「ち、ちょっと語弊があったかもしれないけど…。なにしろ理事を選ぶ理由が分からないものだから、端からはそう見えるというかね?」
灯里「私のことは何を言ってもいいけど、アリシアさんはそんな人じゃない! あやまれ! あやまれ、あやまれ、アリシアさんにあやまれ…あやまれ…」
アトラ「それなんてカレイドスター? じゃなくて、ご、ごめんなさい…」
灯里「反省が足りなーい!」
アトラ「どうしろって言うのよぉ…」
灯里「どうやら、アリシアさんの素晴らしさを根本的に叩き込む必要がありそうですね」
アリア社長「ぷぷーい」(がしっ)
アトラ「え、あの、何を!? 灯里さん、目が笑ってな…」

アトラ「いやぁぁぁ〜〜!」

 Trrrr

灯里「はひっ、ARIAカンパニーです」
アリシア『灯里ちゃん!? そっちへ行って以来、アトラちゃんの様子がおかしいんだけど…』
アトラ『あらあらうふふー』
灯里「えへへー、ちょっとアリシアさんの素敵なところを教えてあげました」
アトラ『あらあらうふふー』
アリシア『それだけで、こうはならないんじゃないかしら…』
灯里「大丈夫、安心してください! 黒シアとかヤリシアとか抜かす輩は、みんな素敵脳に改造してあげますから!」
アリシア『いや全然安心できないんだけど…。もしもし灯里ちゃん? もしもーし』
 ガチャン
灯里「いいことをした後って、晴れやかな気持ちになりますよね」
アリア社長「ぷいにゅぷいにゅ」
灯里「…世界がみんなアリシアさんになればいいのに…」
アリア社長「ぷいにゅぷいにゅ」
 BAD END
 次へ

アトラ「…うん」
灯里「あのっ、私なんかがこんな事を言うのは、おこがましいのは分かってますけどっ…」
灯里「自分を卑下する必要はないと思います。アトラさんは、精一杯やったじゃないですか。弱い心と、最後まで戦ったんじゃないですか」
アトラ「…私が弱くなければ、そもそも戦う必要はなかったんだけどね」
灯里「そんなのっ…。『考えてしまう』ことを、完全に止められる人なんていません。私だって、なかったわけじゃない…」
アトラ「ありがとう。そんなに心配しなくても、もう大丈夫よ」
アトラ「来月からは、アリシアさんの下で働くの。どちらもウンディーネじゃないのが何とも皮肉だけど、いつまでも引きずっていられないしね」
灯里「そ、そうですか…。これからもお世話になると思いますけど、よろしくお願いします」
アトラ「ええ…こちらこそ」
 その後の食卓は、当たり障りのない会話に終始しました。
 ただ、一度だけ…
アトラ「…あのトラゲットの時に、時間が止まっていれば良かったのに」
 アトラさんの口から、つい零れてしまったその言葉が、いつまでも耳に残っていて…。
 アトラさんが帰った後の部屋は、普段以上に静かに感じました。
灯里「アリア社長…」
アリア社長「ぷい?」
灯里「私なんかが、プリマをやっていていいんでしょうか」
アリア社長「ぷぷーい…」
灯里「だって私なんて、単に運が良かっただけじゃないですか! たまたまアリシアさんに拾われたからプリマになれただけ…」
灯里「私なんて死に物狂いで努力したわけでもない。あんなに悩んだわけでもない」
灯里「いっつもお気楽で、なのにアトラさんがプリマになれなくて、どうして私なんかが…!」
アリア社長「ぷいにゅ!」(ペし)
灯里「あ…」
灯里「そ、そうですよね。こんなことを言うのは、いろんな人への裏切りですよね…」
灯里「曲がりなりにもプリマになったんだから、アトラさんを失望させないようにしないと…」

 そう、頭では分かっていました。
 でも、べッドに入ると嫌な考えが次々と浮かんできます。
灯里(どうして私なんかがプリマなんだろう)
灯里(ウンディーネなんか目指さないで、マンホームで大人しくしてれば、その分誰かがプリマになれたかもしれない)
 振り払っても振り払っても、頭から去ってくれなくて。
 アトラさんは、こんなことと長い間戦ってたんだ…。


あゆみ「ふんふんふ〜ん。ウチはスーパートラゲッタ〜」
灯里「あの…」
あゆみ「あ、舟は向こう岸だからさ。もう少し待ってね」
あゆみ「って、灯里ちゃんじゃん。久しぶりだねー、元気?…そうじゃないね」
灯里「はい…。アトラさんのこと、聞きました…」
あゆみ「あー…うん」
あゆみ「ま、まあアトラもやるだけやったんだしさ! 当たって砕けちゃったけど、それもまた青春さ!」
灯里「でも私、あの時すごく無責任なこと言って…。こんなことになるなんて思わなくて…」
あゆみ「そ、それを言ったらウチの方が重罪だよ…」

あゆみ『何で杏みたいに何度もチャレンジしないの?』
灯里『何時でも何処でも何度でも、チャレンジしたいと思った時が真っ白なスタートです』

あゆみ「…でも、それでもやっぱり、ウチらが暗い顔したって仕方ないんだからさ」
灯里「それは、分かってるんですが…」
あゆみ「トラゲットやってるとさ、色んな人の話を聞くことがあるよ」
あゆみ「中には、辛い経験をしている人もいる」
あゆみ「でもさ、どんなに辛いことだって、時間が経てば薄れるもんだよ」
あゆみ「アトラだって、この先一年も二年も落ち込んでるわけじゃないんだから…」
あゆみ「少し落ち着いたら、杏も誘ってどっか遊びに行こうよ」
灯里「はい…そうですね」
灯里「その時は、私もご一緒していいですか?」
あゆみ「当たり前じゃん。一日だけでも、立派な仲間だったんだからさ」
灯里「あゆみさん…」
あゆみ「あ、舟が戻ってきた。ちょっと乗ってく?」
灯里「はひっ、乗っていきます」
あゆみ「って思わず聞いちゃったけど、向こう岸に用事あんの?」
灯里「ないですけど、なんだか乗りたい気分なんです」
 観光という非日常ではない、生活という日常を乗せて、トラゲットは水上を行きます。
 アトラさんの日常は、私や藍華ちゃんやアリスちゃんとは違ってしまったけれど。
 でも、いつかアテナさんが言ったように、今だって満更じゃないと…。
 そう思える日常が、アトラさんの下に訪れますように――
 END
 次へ

アトラ「………」
アトラ「まあ、諦めたくなくてもね。会社の方が待ってくれないから」
灯里「ど、どうしてですか? アトラさんの年齢なら、プリマになるには遅いってほどでもないじゃないですか」
アトラ「オレンジぷらねっとが養成学校を持ってるのは、知ってるでしょう?」
アトラ「そこから、新しい子がどんどん入ってくるの。私より才能があるかもしれない、ううん、きっとある子たちが、どんどん」
アトラ「私みたいに何年も芽が出ないのは、お呼びじゃないの」
灯里「だったら、ARIAカンパニーに来ればいいんです!」
アトラ「――え?」
灯里「あ、いえ、見ていただいた通りの経済状況ですので、今すぐとはいきませんが…」
灯里「でも頑張って、数年以内には人を雇えるようにしますから!」
灯里「私なんかに指導されるのは嫌でしょうけど、そこさえ我慢してもらえれば、アトラさんがプリマになるまでずっと付き合いますから…!」
灯里「社長もいいですよね!」
アリア社長「ぷ、ぷぷーい」
アトラ「あ、灯里さん、ちょっと落ち着いて」
灯里「あ…」
灯里「す、すみませんっ。私ってば勝手なことばかり…」
アトラ「ううん、嬉しかったわ。気持ちはありがたくいただいておくわね」
灯里「あの、でも、私は本気です」
アトラ「え!?」
灯里「大きい会社ではないですけど、ずっと先の話になってしまうかもしれませんけど」
灯里「それでも構わないくらい、プリマへの夢が残っていたら…ARIAカンパニーに来ていただけませんか?」
 喜んでくれると思っていました。
 夢を諦めずに済むなら、その方がいいに決まっているって…。
 でも…。
アトラ「―――」
 アトラさんが一瞬、青ざめたように見えたのは…。
 まるで暗い淵を覗き込んだ時のような、恐怖の表情に見えたのは……私の気のせいだったのでしょうか?
アトラ「ありがとう、灯里さん」
 そこにいたのは、普段通りのアトラさんでした。
アトラ「きっぱり諦めたつもりだけど、でも私は、意志の弱い人間だから…」
アトラ「もしいつまでも未練が断ちきれなくて、その時たまたま、ARIAカンパニーに新人さんがいなかったら…お世話になってもいいかしら」
灯里「は、はひっ、約束します! 指切りしてもいいです!」
アトラ「ううん。あなたなら、言葉だけで十分よ」
 アトラさんはにこやかに微笑みます。
 その眼鏡の奥にあるものは、私には分かりませんでした。


杏「こちらで終点となります。ご乗船、誠にありがとうございました」
客「丁寧な説明で良かったわぁ」
杏「あ、ありがとうございます。よい旅をお祈りしています!」
杏「ふぅ…」
灯里「杏さん、こんにちは」
杏「灯里ちゃん!? 久しぶりですねー」
灯里「はいっ。遅くなっちゃいましたけど、昇格おめでとうございます」
杏「ありがとうございます。紙一重で何とかなりました」
杏「アトラちゃんから聞きましたよ。もしかしたら、ARIAカンパニーでプリマを目指せるかもしれないって」
灯里「は、はひっ。そうなったらいいなって思ってます。ただ…」
杏「ただ?」
灯里「ただ、その話をした時、アトラさんが脅えたように見えて…」
 あの一瞬の表情が、頭から離れません…。
灯里「…杏さんなら、アトラさんの気持ちが分かるかなって、聞きにきたんです」
杏「………。灯里ちゃんは、なぜだと思いますか?」
灯里「そ、それは…」
灯里「もしかして…夢を諦めない方が、辛かったり、苦しかったりするんでしょうか」
杏「…そうです」
杏「報われるなら楽しいかもしれない。でも、頑張っても結果が出なくて、叶うかどうかも分からなくて、先が見えなくて…」
杏「そんな毎日が続くのは、本当に辛かった。苦しかった」
杏「終わりが決まったとき、アトラちゃんはどこか安堵したようにも見えました」
杏「もう、これ以上頑張らなくていいんだって…」
灯里「…じゃあ、それじゃあ、私のやったことは」
灯里「ようやく吹っ切れたアトラさんに、中途半端な夢を見せて、余計に苦しめただけなんでしょうか」
灯里「私なんかが指導したって、プリマになれるとは限らないのに。なれたとしても、何年先になるか分からないのに」
灯里「私はただ、諦めてほしくないっていう勝手な願望で、残酷なことを言ってしまったんでしょうか…」
杏「…そうかもしれません」
灯里「わ、私、アトラさんに謝ってきます!」
杏「あわわ、落ち着いてください」
杏「そうかもしれない。でも、それを選択するのはアトラちゃんです」
杏「アトラちゃんは灯里ちゃんの言葉を聞き流すこともできるし、苦労を承知で可能性に賭けることもできる」
杏「それはアトラちゃん次第なんです」
杏「灯里ちゃんは選択肢を提示しただけなんだから…何も気にすることはないです」
灯里「そ、そうでしょうか…」
杏「それに、少なくとも一つは、灯里ちゃんのおかげで助かったことがありますよ」
灯里「え…?」

アトラ『もしかしたらの話だけど、ARIAカンパニーでプリマになれるかもしれない』
アトラ『可能性は1%くらいかもしれないけど、いつか杏と一緒に舟を並べられるかもしれない』
アトラ『だから、杏が気にすることなんてないのよ』
アトラ『ようやく念願のプリマになれたのに、私に気を遣って喜べないなんて、そんなの勿体ないじゃない』
杏『アトラちゃん…』

杏「なんだか、私の方が気を遣わせてしまっていたみたいでした」
灯里「そ、そうだったんですか…」
杏「だから、灯里ちゃんの言葉は、ちゃんと希望になってます」
杏「それが実際には、私を元気付けるための口実だったとしても、可能性があるってだけで救いになる」
杏「やわっこく受け止めることができれば、可能性は多ければ多いだけ、素敵な未来へ繋がれると思うんです」
灯里「杏さん…」
灯里「杏さんは、本当に強い人です」
杏「そ、そんな事はないですよ〜。私だって心の中では、何度諦めようって思ったか…」
杏「…ねえ、灯里ちゃん」
灯里「はい」
杏「アトラちゃんは、実際はもう諦めていると思います。また夢を追おうとすることは、九割九分ないと思います」
杏「でも、もし残り一分が現実になったら…」
杏「その時はアトラちゃんのこと、よろしくお願いします」
灯里「はい…もちろんです」
灯里「それが苦しくて辛いことなら、私も一緒に苦しみを分け合いたいです」
灯里「どんな急坂でも、それを乗り越えた先にこそ、素敵な未来があると思いますから」
 杏さんは微笑んで、仕事に戻ろうとオールを手にしました。
杏「…このオールは、本当に重いんですね」
灯里「はい…」
灯里「今頃になって気付くなんて、私は本当に鈍ちんです」

 その後もアトラさんには、協会の関係で時々お世話になりました。
 ウンディーネに戻るという話は全く聞かないし、私も口にはしません。
 けれど休みの日に、一人で河岸に座って、行き交うゴンドラを眺めている姿をたまに見かけます。
 私は声をかけられなかったけど…。でも、どうしても夢想してしまいます。
 水面を行く、ARIAカンパニーの二人のプリマ。
 何かにつけて適当な私を、しっかり者のアトラさんは、呆れ顔でフォローしてくれて…。
 でも、観光案内をしている時の彼女は、無邪気な女の子みたいに幸せそうな笑顔。
 そんな夢想も、少しなら構いませんよね。
 可能性は、ゼロではないから…。
 END



灯里「ううん…この程度で弱音を言ってたら、立派なプリマにはなれませんよね」
灯里「変なこと考えてないで、明日も仕事を頑張りましょう」
アリア社長「ぷぷいにゅー…」


 その日のお客様は、マンホームからいらっしゃった男性の方でした。
灯里「右手に見えますのはー」
客「ああ、案内は結構です。観光ではありませんので」
灯里「そうでしたか。お仕事か何かですか?」
客「いやあ、ちょっと自殺でもしようかと思いまして」
灯里「………」
灯里「ええええええ!?」
客「何を驚いているんです? この街って自殺の名所でしょう?」
灯里「そんなの初耳ですよ! あの、むしろ希望に満ち溢れた素敵な街と思ってるんですが…」
客「そう、景色は美しい、街の人は親切、悪人なんて一人もいない…」
客「こんな所に来たら、誰だって自分の薄汚さを再確認しますよ!」
灯里「ええー」
客「何がヒーリングアニメですか! 現実と比較して余計に鬱になるだけです!」
客「というわけで、ネオ・ヴェネツィアの美しさに絶望したので死にます」
灯里「ま、待ってくださいーっ! そ、それほど美しい街ってわけでもないんですよ!」
灯里「私だって、こう見えても結構腹黒いんです! はーっひっひっひっ」
客「ほう…人は見かけによりませんね」
灯里(うう…何でこんな目に)
客「ふっ。私としたことが、少々ポジティブになり過ぎていたようです」
灯里(今のでポジティブだったんだ…)
客「考えてみれば、沈没したヴェネツィアを再現しているわけですしね」
客「いわば水死体を展示しているようなものですよ!」
灯里「ものすごく嫌な表現ですね…」
客「ああ、そこもあそこも実物は沈没…。もう死んじゃおっかな…」
灯里「べ、別に何が沈没しても、お客様には関係ないじゃないですかぁ…」
客「何を言ってるんですか、私の人生なんて沈没しっぱなしですよ!」
・ムー大陸

・アトランチス大陸

・カチカチ山の狸

・驕る平家

・ポセイドンの海底神殿

・巨大戦艦
・豪華客船

・ホリエモン

・日本

・日本以外全部

・ミホークのヒマつぶしで…

・true tearsの終盤の展開

客「たとえ一時的に栄えたところで、どうせ最後は沈没するのです!」
客「絶望した! ヴェネツィアが沈没する世界に絶望した!!」

 とにかく死んじゃダメ! ゼッタイ!
 少しお話しませんか? この出会いも奇跡だと思うんです
 やだなぁ、ヴェネツィアが沈没なんてするわけないじゃないですか




灯里「あれは地下潜伏ですよ」
客「ヴェネツィアはどっかのゲリラ組織ですか!?」
灯里「18世紀末にナポレオンから攻撃されたとき、海に身を潜めてかわしたんですよ」
客「私の知っている歴史と随分違うのですが…」
灯里「そろそろいいかなー、と思って顔を出したら、そこは22世紀のアクアだったんです! これって素敵な奇跡ですよね」
灯里「私の肉親関係が全く出てこないのも、きっと地下潜伏しているに違いありません」
客「もおいいですから!」
客「しかし…良いことを聞きました」
客「つまり私も地下潜伏すれば、数百年後のユートピア的世界に行けるわけですね!」
灯里「なんて素敵な奇跡!」
客「早速実行します。とうっ」
 ざばーん
 ごぼごぼごぼ
灯里「あ、沈んだ」
 がぼがぼがぼ
灯里「あ、浮いてきた」
客「死んだらどーする!!」
灯里「大丈夫! そんなのは、より人生を楽しむための隠し味と思えばいいんですよ!」
客「ポジティブにも程があるでしょう!」

灯里『アイちゃん。ケット・シーがいるんだから、ポロロッカ星人だっているはずだよね』
アイ『灯里さん…それはないよ』
灯里『ほへー、アリだよ』
アイ『アリ…かな?』
灯里『アリアリ』
灯里『アリアリアリアリアリシアさん』
アイ『どさくさに紛れて変なこと言ってない?』
 END


客「いいや死にます! 死ーなーせーてーくーだーさーいー」
灯里「だ、だめですってばっ。誰か、誰かぁー!」
少女「何をしてるんですか、先生…」
客「あ゛」
灯里「お知り合いの方ですか! 大変です、この人が死のうとしてるんです!」
少女2「あー、放っておいていいよ。単なるポーズだから」
客「な、何を言うのです! 私は死ぬ気まんまん」
少女「そんなことより何なのよ、この街は! 陸なのか海なのかきっちりしてほしいわ」
灯里「ほへー」
少女「何がほへーよ。そういうの凄くイライラする! きっちりしてよ!」
灯里「そ、そう言われましても、このゆるさが売りでして…」
少女「きーっ」
客「で、あなた方は何をしてたんです?」
少女2「私ですか? サン・マルコ広場とドゥカーレ宮殿を見て、カンパニーレに登ってきましたけど」
客「普通の観光コースですね…」
少女2「普通って言うなぁ!」
灯里「いいじゃないですか、普通で」
少女2「え…?」
灯里「本当に素敵なことって、意外と普通なことの中にあると思うんです」
灯里「普通の出来事も、見方を変えるとキラキラ輝いていて、普通の毎日が愛おしく思える…」
灯里「それって、普通が生んだ奇跡ですよね」
少女2「そ、そうか! 普通でもいいんだ! 普通万歳!」
灯里「ばんざーい」
客「まあ普通の人間には、日常の中の素敵なんて見つかりませんけどね…」
少女2「………」
少女2「うわぁぁぁぁん!」
灯里「ああっ! 駄目ですよぅ、絶望させちゃ…」
客「人は絶望して成長するんですよ」
客「あなたもたまには絶望しないと、三大妖精レベルには到底至らない! かもしれません」
灯里「そ、そういうものなんですか。うーん…」
灯里「………」
灯里「絶望した! 絶望する対象がないことに絶望した!」
客「なんて贅沢な絶望だぁ!」

灯里『アイちゃん、何か私が絶望できることってないかな?』
アイ『4期がなさそうなことに絶望したらどうですか?』
客「なんて贅沢な絶望だぁぁぁぁ!!」
 END


客「え、ええっと…」
灯里「自ら命を絶とうとまでするんです。きっと余程辛いことがあったのだと思います」
灯里「でも、お客様はこのネオ・ヴェネツィアへ来てくださって、私のゴンドラに乗ってくれました」
灯里「何の接点もない私たちが、こうして出会うことが出来たんです。少しだけ、この奇跡を信じてみませんか?」
客「は、はあ…」
客(どーしよー…。こんなまともな対応されたら、実は死ぬ気ないなんて言えませんよ…)
 じー
客「うわあああ! そんな純粋な目で見るなぁぁぁ!」
声「どうせ『生きていればいいことがある』とか、知った風なことを言う気でしょう!」
声「私の気持ちを理解してくれるのは、まといちゃんだけですよ!」
客「って、人の声色で妙なことを言わないでくださーい! いたんですか!」
少女「ええ、ずっと」
灯里2(やけに舟が重いと思った…)
客「そ、それではこのへんで、他の皆さんに映像を切り替えてみましょう!」
少女「逃げましたね?」

少女「やっぱり、アル×暁が最高よねー」
 パサッ
藍華「あっ、本が落ちましたよ」
少女「ありゃ、すいません…って、ヤバッ」
藍華「あれ、どこかで見たキャラクターのような…」
藍華「………」(パラパラ)
藍華「ぎゃーーーーす!!」
少女「に、逃げろーっ!」

少女「ゴンドラ! マリアも地球で乗ったことあるヨ」
アリス「マンホームにもウンディーネがいるんですか?」
少女「ウン、なかなか凄腕のウンディーネだったヨ」
アリス「それは一度手合わせしてみたいですね」
少女「あの時ゴンドラには、40人くらいが乗ってたナ」
アリス「40人! それだけの舟を動かせるとは、でっかい達人です」
少女「当局の目をかいくぐって、ゴンドラを無事日本に届けてくれたヨ。今頃ドコで拘留されてるのカナ…」
アリス「マンホームのウンディーネ…。でっかいかっこいいです」
アテナ(アリスちゃん、それってウンディーネと違うから…。ていうかゴンドラじゃなくてコンテナだから…)

客(おどおど… そわそわ…)
晃「お客様、舟の上であまり動くと危ないですよ」
客「すいません! 私、舟を揺らしてましたか!?」
客「邪魔になると思って端に行こうとしたんですけど、かえって波を起こして建物を傷めてますよね!?」
晃「い、いや、そこまでは…」
客「ネオ・ヴェネツィアの皆様にとんだご迷惑を! すいません! すいません!」
客「素敵な奇跡を台無しにしてすいません! 名前が『あ』で始まるからって調子に乗ってすいません!」
晃(すわっ!とか言ったらショック死しそうだな…)

暁「おし、そろそろ釜を開けるか」
 ゴォンゴォン
少女「開けないでよ」
暁「うおお!? 何で釜の中に人が!? つーか何で生きてんだ!?」
少女「引きこもりだから…」
暁「これがHIKIKOMORIかよ、恐ろしい生物だぜ」

ウッディ「はい、到着なのだー」
少女「なかなかの空中散歩だったわね」
ウッディ「でも下から見ると、パンツ丸見えだったのだ」
少女「訴えてやる!」

少女「あなたのしっぽには魅力を感じないわ」
アリア社長(ガーン)

客「とまあ、どうやら皆さん楽しんでいるようですね」
少女「先生、私たちも楽しみましょう」
客「あ、あのですね。狭い船上ですので、もう少し離れていただけると…」
灯里「良かった、ちゃんとお客様を想ってくれる人がいるんですね。これなら自殺したりしませんよね」
灯里「だって人は、大事な人のために生きていくものですから…」
客「絶望した! 恥ずかしいセリフに絶望した!」
少女「勿論よ。先生は私さえいれば大丈夫です」
客「なんというストーカー思考!」
灯里「ストーカー?」
少女「違います、ディープラブです」
灯里「ほへー、なら大丈夫ですね」
客「あなた人の言葉を信じすぎです!」

灯里『アイちゃん。今日はユニークなお客様を乗せました』
灯里『ちょっと変わっていたけど…。でも、とても素敵な人たちだったよ』
 めるめる めるめる
メール『心にもないこと言ってんじゃねーぞボケ。オマエ、何にでも素敵ってつけときゃいいと思ってるだろ』
灯里「………」
灯里「だ、誰かの間違いメールだよね?」
 END



灯里「アリシアさん…」
灯里「は、無理ですよね。ここで夕食にしたら、旦那様が家で一人ぼっちですもんね…」
アリア社長「ぷいにゅ…」
灯里「晃さんとアテナさん…は、忙しそうだし」
灯里「でも、もし会えたら、聞くだけ聞いてみようかな?」


灯里「ゴンドラ、いかがですか〜」
アリア社長「ぷいぷいにゅ〜」
客「どうする? せっかく来たんだし乗ってく?」
客2「そうねえ」
灯里「あっ、もし良かったら…」
 ドンッ
ウンディーネ「いらっしゃいませ! オレンジぷらねっとのゴンドラはいかがでしょうか!」
客「は、はあ…」
ウンディーネ「今お乗りいただきますと、30以上の土産物店、レストランでご利用可能な、お得なクーポンをサービスしておりますが!」
客「じ、じゃあ、それにしようかね…」
ウンディーネ「ありがとうございます! それではこちらへどうぞ!」
灯里「………」
灯里「ゴンドラ、いかがですか〜」
アリア社長「ぷいぷいにゅ…」
晃「すわっ!」
灯里「はひっ!?」
晃「なぜ、何も言わない?」
灯里「あ、晃さん…」
晃「今の、明らかに後から割り込まれたろう。なぜ黙っている?」
灯里「そ、それは…」

 争いごとは嫌いなんです…
 お客様に嫌な思いをさせるわけには…
 トロい私がいけないんです。えへへ。




灯里「人と争ってまで売り上げを伸ばそうなんて…そういうの、ちょっと嫌ですよね」
晃「甘ったれたことを抜かすな!」
灯里「はひいっ!」
晃「プリマになった時点で、他の人間を蹴落としてるんだ。商売なんてのは多かれ少なかれ競争なんだ!」
灯里「それは、そうかもしれませんが…」
晃「灯里ちゃんだって会社を守るため、戦わないといけない場面が来るかもしれない」
晃「その時は、ちゃんと戦うんだぞ」
灯里「は、はひ。自信はないですけど、頑張ります…」
 次へ

灯里「せっかくの旅行先で、ウンディーネ同士の客の取り合いなんて見せられたら…」
灯里「楽しい気分が、台無しになっちゃいますから」
晃「ほう…あくまでお客様のためだと?」
灯里「は、はひ」
晃「ならばよし!」
灯里(ほっ…)
 次へ

晃「………」
灯里「え…えへへ…」
晃「…ま、いいさ」
晃「でもそんなにお人好しじゃあ、そのうち詐欺か何かに引っかかりかねないな…」
灯里「それなら大丈夫ですよー」
晃「どうして?」
灯里「だってこんなステキな街に、詐欺をする人なんているわけないですから…」
晃「………。灯里ちゃん。大きいお金を動かす時は、必ず藍華に相談するんだぞ。な」
灯里「? はひ」
晃「それにしても今の奴は酷いな。後でオレンジぷらねっとに苦情入れてやる」
灯里「い、いいですよそんな〜」
晃「いーや、こういうのは互いの仁義が大事なんだ。何でもアリになったら、この業界はお終いだぞ」
灯里「そ、それより晃さん、今日の夜は空いていますか?」
晃「私か? 別に用事はないけどさ」
灯里「もし良かったら、夕食にご招待させていただけませんか?」
晃「へえ、灯里ちゃんから誘われるとは思わなかったな。藍華でなくていいの?」
灯里「藍華ちゃんとはよく会いますけど、晃さんとは最近、ゆっくりお話しする機会もありませんでしたから…」
晃「それもそうだな…。よし、OK!」
灯里「はひっ。お待ちしていますっ」


晃「邪魔するよ」
灯里「いらっしゃいませ〜。どうぞどうぞ」
アリア社長「ぷいにゅにゅーい」
晃「……」
灯里「晃さん?」
晃「いや…妙な気分だと思ってさ。アリシアのいないこの会社に、足を踏み入れることになるなんてね」
灯里「晃さん…。晃さんの瞳には、やっぱりアリシアさんの姿が焼きついてるんですね」
晃「すわっ! 恥ずかしいセリフ禁止!」
灯里「ええー」
晃「別にアリシアなんてどーでもいい! さ、メシにするぞ」
灯里「は、はひっ」

晃「灯里ちゃん、結構料理上手いんだな」
灯里「えへへー、ありがとうございます。アリシアさんと比べてどうでしょう」
晃「まだまだだね」
灯里「そ、そうですか…」
晃「あ…いや、アリシアの料理は昔から食ってたからさ。単なる慣れの問題だな、うん」
灯里「…あの、この前、藍華ちゃんと話してたんですけど」
灯里「アリシアさんの引退が一番ショックだったのは、実は晃さんだったんじゃないかって」
晃「は? 私が? なんで?」
灯里「だって、アリシアさんが勝ち逃げしちゃったわけですし…」
 ぐわし
 突如私の顔面は、アイアンクローの餌食になっていました。
灯里「はひぃぃぃぃぃ!?」
晃「勝ち逃げ、とはどういう意味かなぁ?」
灯里「い、いえ、あのっ」
晃「私がいつ! どこで! アリシアに負けたのかなあ? ん〜、灯里ちゃん?」
灯里「だ、だって藍華ちゃんがそー言ってましてっ」
晃「藍華め…。後でとっちめてやる」
灯里(あわわわわ。ごめんねごめんね藍華ちゃん〜!)
晃「…ま、残念じゃなかったって言ったら嘘になるさ。どう考えても引退する歳じゃなかったからね」
灯里「そう…ですよね」
晃「でも、本人が決めた事じゃ仕方ないさ」
晃「そういえばアイツ、よく協会の会合に行ってたなって、後になってから思ったっけ」
 そういえば、本当にしょっちゅう行ってたなぁ…。
 私も行かなきゃいけないのかと思ったら、別にそうでもないみたいだし。
灯里「………」
灯里「あのう、こんなことを聞いていいのか分かりませんが…」
晃「何だ何だ、何でも聞いていいぞ。私は気のいい先輩だからな」
灯里「その…ゴンドラ協会って、そんなに人材不足だったんですか?」
灯里「アリシアさんを引き抜かないといけないくらい…」
晃「………」
灯里「い、いえ。決して協会の皆様に不満があるとか、そういうわけではなくてですねっ」
晃「分かるよ。私だって受け入れはしたけど、納得できるかは話が別だ」
晃「でも、私は経営者じゃないし、協会の内情まではちょっとなぁ…」
晃「オジサンオバサンばかりだから、若い女性が欲しかったんじゃないか?」

 やはり、広告塔ということでしょうか
 なんていやらしい!
 じゃあ別に晃さんでも良かったんですね




晃「だな。あいつ、この前は地球まで宜伝に行ったそうだし」
晃「最近はネオハワイやネオ京都も観光攻勢をかけてきたから、こっちもうかうかしてられないよな」
灯里「どちらも素敵そうな場所ですねっ。いつか行ってみたいです」
晃(こういう危機感のない奴ばかりだから、協会も大変なんだろうな…)
 次へ

晃「…灯里ちゃんの口からそういう言葉が出てくるのは、おねーさんとしてはショックだぞ…」
灯里「何を言ってるんですかー。私だって酸いも甘いも噛み分けた大人の女ですよー」
晃「その顔で言われても、何の説得力もないんだが」
 次へ

晃「何だよ、その『お前が生け贄になってりゃ良かったんだよ!』みたいな目は…」
灯里「いえいえ、そんなことは全然思ってないですよー」
灯里「やっぱりアリシアさんは優しいから、どうしてもって頼まれたら断れなかったんでしょうか」
晃「灯里ちゃんはアイツを過大評価しすぎっ!」
灯里「はひっ!」
晃「アイツは昔っから、美味しいところだけはちゃっかり頂くような奴なんだぞ! 頼まれて断れないなんて、そんな可愛気があってたまるか!」
晃「…まあ、少なくとも、やりたくもない仕事を嫌々やる奴じゃないよ」
灯里「はい…そうですね」
灯里「やっぱり晃さんが一番、アリシアさんのことを分かってるんですね」
灯里「ちょっと悔しいですけど…でも、何だか嬉しいです」
晃「またそういう恥ずかしい事を…」
晃「………」
晃「灯里ちゃん、今から話すことは、決して口外しないと約束できるか」
灯里「え? は、はい」
晃「あー…」
晃「そうだよ、アリシアのことはよく分かってる。私の親友なんだからな」
灯里「晃さん…」
晃「子供の頃から、ずっと同じ道を歩いてきて…」
晃「なのにここへ来て、とうとう別の道を進むことになっちまった」
晃「だから余計に思うんだ。この先、どんなに道が離れても。もし私も結婚して、互いに家庭ができたとしても――」
晃「親友であることだけは、変わらずにいよう…ってさ」
灯里「晃さん…」(じーん)
晃「待て、感動するな! 本題はこれからだ!」
晃「それだけ、親友ってのはかけがえのないものだと思う」
晃「だから灯里ちゃんも、いつまでも藍華の親友でいてやってほしい」
灯里「あ…」
晃「私から頼むようなことじゃないのは分かってる。でも藍華は、これからもっともっと大変になる」
晃「灯里ちゃんやアリスちゃんの存在が必要なんだ。頼むよ…」
灯里「…晃さん」
灯里「もう、そんなの当たり前じゃないですか」
晃「灯里ちゃん…」
灯里「私がアクアに来て、初めてのお友達が藍華ちゃんでした」
灯里「私と同年代の子が、同じ道を進んでいるのを見て、とっても嬉しかったのを覚えています」
灯里「それからアリスちゃんも加わって、一緒に頑張ってきて…」
灯里「一年前に、道は少し分かれてしまったけれど、その後も私たちの関係は変わっていません」
灯里「見ていてくださいね。晃さんとアリシアさんに負けないくらい、素敵な親友になってみせますから」
晃「…そうか、安心したよ」
灯里「晃さんは、本当に藍華ちゃんが大切なんですね」
晃「ん? ああ…。今の私があるのは、あの時のアイツのお陰だからな」
灯里「ほへー、何があったんですか?」
晃「ははっ、こればっかりは灯里ちゃんにも秘密だ。藍華の奴も覚えてないしね」
灯里「そうですか。でもきっと、素敵なことがあったんでしょうね」
灯里「藍華ちゃんが女王様なら、晃さんは剣を捧げた騎士様みたいですね」
晃「恥ずかしいセリフだけど、今日のところは素直に受け取っておくよ」
 晃さんはそう言って、満開の薔薇のような笑顔を見せたのでした。


 今日のお客様は、とある高校の美術部の皆さんです。
客3「ああ……ねこさん……いいわぁ……」
アリア社長「ぷ、ぷにゃにゃーい…」
客1(火星ネコは顔が大きい)
客1(もしかすると、クマさんも火星ネコなのかもしれない……などと考えるワタシなのだった)
客2「いやー、さすが綺麗な街並たいねー」
灯里「はいっ。この街って奇跡でできてるんですよ」
客4「OH! ソーナンデスカー!」
客5&客6「………」
客5「この街では奇跡が主食なのよ」
客4「OH! ソーナンデスカー!」
客2「ウンディーネさん、ケイトに変なことを教えたら困るったい!」
灯里「ええー」
灯里(あれっ、今のはアテナさん…。何か探していたみたい)


灯里「アテナさん、こんにちは」
アテナ「あー、灯里ちゃん。こんにちは〜」
灯里「何か探し物ですか?」
アテナ「そうなの〜。いつも予定を忘れるからって、アリスちゃんがスケジュール帳をくれたんだけど…」
灯里「そのスケジュール帳をなくしてしまった、と…」
アテナ「ううっ、またアリスちゃんに怒られる…」
灯里「一大事ですね。私も探しますっ」
アテナ「え、いいの? 灯里ちゃん、働かなくて大丈夫なの?」
灯里「だ、大丈夫ということはないですけど…。でも、お世話になった先輩を見捨てるほど、苦しいわけでもありませんから」
アテナ「ありがとう。それじゃお願いね」
 一時間後、手帳はアテナさんのポケットから見つかりました…。
アテナ「おかしいなぁ、最初に探したと思ったんだけど…」
灯里「………」
アテナ「ご、ごめんね。灯里ちゃんには何かお礼をしないとね」
灯里「い、いいですよそんな」
アテナ「ううん。恩は返さないと、恩知らずお化けが出るから」
灯里「は、はあ…。あ! それじゃ今日のお夕食を、私の会社でいかがでしょうか」
アテナ「え? それって全然恩返しになってないんじゃ」
灯里「えへへ。実は二人きりの食卓が淋しいので、ゲストさんを募集中なんです」
アテナ「そうだったの。それじゃ私も何か作っていくわね」
灯里「はひっ、楽しみにしてます!」


アテナ「こんばんは〜」
灯里「いらっしゃいませ。お待ちしてましたっ」
アリア社長「ぷいにゅーい」
 アテナさんは、じゃが芋のひき肉詰めを作ってきてくれました。
灯里「おいしいですね〜」
アテナ「うん、今日は砂糖と塩を間違えなかったから」
灯里「そ、そうですか…」
 もぎゅもぎゅ
 もぎゅもぎゅ
 ぼへ〜
 ぼへ〜
 はっ! せっかくアテナさんが来てくれたんだから、何か話さないと!

 アリスちゃんは最近どうですか?
 オペラはもうやらないんですか?
 私のカンツォーネってどうでしょうか?




アテナ「そうそう。アリスちゃんといえば、前から言おうと思って忘れてたことがあったのよ」
灯里「はひっ、なんでしょう」
アテナ「灯里ちゃん」
灯里「は、はひ」
アテナ「アリスちゃんがプリマになれたのは、半分以上あなたのお陰です。本当にありがとう」
灯里「ええ!? め、滅相もないです。私なんて何も…」
アテナ「ううん。素直な笑顔も、お客様への優しさも、みんな灯里ちゃんが教えたことだもの」
アテナ「それに引き換え私なんて、ろくに指導らしい指導もできなかったような…」
灯里「そんな事ありませんよ。アテナさんは、いつもアリスちゃんを陰から支えてたじゃないですか」
アテナ「逆に言えば、陰から支える程度のことしかしてこなかったのよね」
アテナ「でもまあ、ちゃんと育ったからいっか〜」
灯里「い、いいんですか…」
 次へ

アテナ「オペラ? もうやらないわよ」
灯里「そうなんですか? なんだか勿体ないですね」
アテナ「劇場で歌うのも悪くはないけど、やっばり私は舟の上で歌うのが好き」
アテナ「広い空と海に歌声が吸い込まれていく感覚は、オペラ座では味わえないもの」
灯里「そうですね…。私もアテナさんは、舟の上で歌うのが似合ってると思います」
アテナ「ありがと、灯里ちゃん」
アテナ「それにね、オペラってセリフ覚えないといけないのよ。二度とやりたくない…」
灯里「た、大変でしたね…」
 次へ

アテナ「灯里ちゃんは、とても楽しそうに歌っているわ」
アテナ「それは一番大切なこと。いつまでもその気持ちを忘れないでね」
灯里「ありがとうございます! 技術的にはどうですか?」
アテナ「え、技術…?」
アテナ「さあ…。あんまり考えたことないし…」
灯里(アテナさんって、本当に天才タイプなんだなぁ…)
アテナ「話は変わるけど、アリシアちゃんはよく遊びにくるの?」
灯里「そうですねぇ。最近は月に3、4回くらい顔を見せに来てくださってます」
アテナ「ふふっ」
灯里「?」
アテナ「一年前のあの時、アリシアちゃんって本当に暗い顔してたのよ。もう二度と灯里ちゃんに会えない、みたいな」
アテナ「でも結局、引退してからもしょっちゅう会いに来てるじゃない?」
アテナ「そのことを言ったら、確かにあの時は大袈裟だったって、恥ずかしそうにしてたわ」
灯里「うっ…それを言われると私も恥ずかしいです。あの時は本気で泣いちゃいましたし…」
灯里「で、でも、やっぱり毎日会っていたのに比べたら、月に数回は少なすぎますよ」
アテナ「うん…。でも生きてるってことは、その気さえあれば会えるってことだから」
アテナ「本当のお別れになっちゃうと、もう何も届かないしね」
灯里「そ、そうですね…」
灯里(アテナさん、誰か大事な人を亡くしてるのかな…)
アテナ「…灯里ちゃんも、話だけは聞いたことがあるはずよ」
灯里「え!?」
灯里(だ、誰だろう…)

 回答
 ヒント!
 ギブアップ




アテナ「ヒント、人間じゃありません」
灯里「…あ!」
 次へ

灯里「うう…すみません、ギブアップです」
アテナ「ちょっと意地悪だったかな。まぁくんの前の、オレンジぷらねっと社長よ」
灯里「あ…!」
 そういえば、アリスちゃんがまぁくんを見つけた時に言ってたっけ…。つい先日、社長が亡くなったって。
 次へ

灯里「オレンジぷらねっとの、先代の社長さん…ですね」
アテナ「…うん」
アテナ「地球猫でね。私は入社した時からの付き合いだった」
アテナ「私は昔からトロくて、なかなか周りについていけなくて…」
アテナ「そんな時、いつもあの子が話し相手になってくれた」
アテナ「プリマになってからも、仕事帰りの私をいつも出迎えてくれたわ」
アテナ「それが、最期には寝たきりになっちゃってね。寿命だから仕方なかったんだけど」
アテナ「獣医さんからも、そろそろお別れの準備をって言われて、どうにかして休みを取ったの。せめて一日一緒にいてあげようって」
アテナ「そうしたらね、急に元気に走り回り出したのよ。初めて会った時みたいに。その日は夜まで、子供みたいになって一緒に遊んだわ」
アテナ「…でも、翌日の朝には冷たくなっていた」
アテナ「最期だって分かっていたのね。それで無理をしてまで、元気に振る舞って…」
灯里「ううっ…ぐすっ…」
アテナ「あ、灯里ちゃん、そんなに泣かないで…」
灯里「ず、ずびばせん…。きっと社長さんも、最後まで幸せだったと思います」
アテナ「…ありがと。でもね、あの子が亡くなったその日にも、お仕事の予約が入っていたの」
アテナ「悲しくて胸が張り裂けそうなのに、お客様の前では笑顔でいないといけなかった」
アテナ「あの時ばかりは、さすがにこんな仕事辞めちゃいたいって思ったなぁ…」
灯里「そ、そうだったんですか…」
アテナ「あ、ごめんね。暗い話になって…」
アテナ「それでも時は過ぎて、アリスちゃんがまぁくんを見つけてきてくれて…。私も今は、ウンディーネを続けて良かったと思ってる」
アテナ「あの辛い別れがあったからこそ、尚更、今過ごす時間を大事にしなきゃって……そう思うわ」

 ――だからいずれは変わっていく今を、この素敵な時間を大切に、ね。
 アテナさんが帰って、会社は再び二人だけになりました。

灯里「アリア社長…」
アリア社長「ぷい?」
 火星猫の寿命って、どれくらいなんだろう…。
灯里「アリア社長は、いなくなったりしませんよね?」
灯里「社長がいなくなったら、私もさすがに立ち直る自信がないです」
アリア社長「ぷいにゃにゃーい」
 アリア社長は大丈夫、という風に、私の頭を撫でてくれました。
 それでも、どちらが先になるにせよ、いつかお別れの日は来るんだ…。
灯里「…ううん、今からそんなことを考えても仕方ないですよね」
灯里「アリア社長、明日も素敵な一日にしましょうね」
アリア社長「ぷいにゅ!」


 ピンポーン
灯里「はい、ただいま〜」
 ガチャ
客「失礼。アリシア・フローレンスさんの店はこちらかね?」
灯里「はい。ARIAカンパニーは当社ですが、アリシアは一年前にウンディーネを引退しました」
灯里「現在は弟子である私、水無灯里がプリマウンディーネを務めさせて…」
客「なんだとぉぉぉぉ!!」
灯里「はひぃっ!?」
客「引退とはどういうことだっ!」
灯里「ど、どうと仰いましても、言葉通りでして…」
客「あの女は、前に来た時に言ったんだぞ! 『次も是非私にご案内させてください』と…」
灯里「そ、それは申し訳ありません…。あの、いつ頃のお話でしょうか?」
客「5年前だ!」
灯里「そのう、5年も経ちますと色々と事情も変わりまして…」
客「この店は客との約束も守らんのか! もういい、時間の無駄だった!」
灯里「本当に申し訳ございませんでしたっ!」
灯里「はぁ…」
アリア社長「ぷぷいにゅー…」
灯里「大丈夫ですよ、アリア社長」
灯里「お怒りを解けなかったのは残念でしたけど…。あんなにもアリシアさんのゴンドラを好きでいてくれたなんて、何だか嬉しいじゃないですか」
アリア社長「ぷいぷーい」
灯里「さ、お仕事に行きましょう」


灯里「お客様、お手をどうぞ」
客「はい、よろしく」
客「この会社って聞かない名前だけど、一人でやってるの?」
灯里「はい、ARIAカンパニーは昔から少数精鋭なんです。一年前にアリシアが引退してからは、私一人です」
客「アリシア?」
灯里「え、ええ。姫屋の晃さん、オレンジぷらねっとのアテナさんと並んで、水の三大妖精と呼ばれていました」
客「ふーん、そういう人もいたのね」
灯里(そっか…。もう、『白き妖精』のことを知らない人もいるんだ…)


灯里「今日の夕食は何にしましょうか、アリア社長」
アリア社長「ぷいにゅ〜」
アリシア「そうねえ、かぼちゃのポトフなんてどうかしら」
灯里「あ、いいですねぇ…って、アリシアさん!?」
アリシア「あらあら。驚かせちゃったかしら?」
灯里「い、いえ。ただ、こんな時間にお会いできるとは思わなくて」
アリシア「だって、晃ちゃんとアテナちゃんは夕食に誘われたって言うじゃない? なのに私には声がかからないから、淋しくなって自分から来ちゃったの」
灯里「すすすすすみませんっ! あの、決してアリシアさんを避けていたわけではなくてですねっ!」
アリシア「うふふ、冗談よ。私が所帯持ちだから遠慮していたんでしょう?」
アリシア「あの人のことなら、可愛い弟子の所へ行くって言ったら、快く送り出してくれたわよ」
灯里「そ、そうなんですか…。とっても嬉しいです!」
灯里「本当は誰よりも、アリシアさんをお呼びしたかったんです」
アリシア「ありがとう、灯里ちゃん。それじゃ、久しぶりに二人で作りましょうか」
灯里「はひっ!」
アリア社長「ぷぷいぷーい!」

アリシア「お仕事の方は、最近どう?」
灯里「はひっ、お陰様で順調にいってます。この前はこんな素敵なことが…」
 ・・・・・・
灯里「す、すみませんっ。私ばかり喋っちゃって」
アリシア「ううん、灯里ちゃんのそういうところを見ていると、帰ってきたって気がするわ」
灯里「え、えへへ…。アリシアさんの方は、お仕事はいかがですか?」
アリシア「そうね、やり甲斐のある仕事よ。今は『子供ゴンドラ教室』の計画を立ててるから、そのうち協力をお願いするかもしれないわ」
灯里「わ、素敵ですねっ。すごく楽しみですー」
アリシア「でも、ウンディーネに比べると体を動かさないから、ちょっと太っちゃったかもね」
灯里「ええー、全然そうは見えないですよ」
アリシア「それに、やっぱりお客様との距離は遠くなっちゃったし…」
アリシア「…今日も、約束を破ったって怒られて、ただただ頭を下げるしかなかったわ」
灯里「え!」
灯里2(あのお客様、協会まで押しかけちゃったんだ…)
灯里「すみませんアリシアさん。私がちゃんとフォローできていれば…」
アリシア「灯里ちゃんには何の責任もないわ。実際に、私が約束を破ったのだもの」
灯里「で、でも仕方ないじゃないですか。アリシアさんだって引退したくて引退したわけじゃ…」
 …あれ?
 アリシアさんが望んで引退したのかなんて、ちゃんと聞いたっけ…?
アリシア「…一年前を思い出すわ」
アリシア「私が引退すると知って、喜んだのは協会の人たちだけだった。他の全ての人を失望させた」
アリシア「お客様方も、街の人たちも、みんな責めこそしなかったけど残念そうだった」
灯里「それは…。だって、みんなウンディーネのアリシアさんが好きだったから…」
アリシア「その上、灯里ちゃんには会社まで押しつけちゃったわね」
灯里「そ、そんなのへっちゃらのへーです! アリア社長もいてくれたし、実際何とかなりましたから!」
アリシア「うん…。でもプリマになったばかりの子に、会社を丸ごと任せるのはないだろうって、普通は思うもの」
アリシア「灯里ちゃん、あなたはあの時、何も聞かなかったわね」
アリシア「私一人で勝手に決めてしまって、灯里ちゃんには恨まれても仕方ないくらいだったのに。素敵な未来に会いに行くためだって、何も聞かずに信じてくれた」
アリシア「私もそれに甘えてしまった。どうしてウンディーネを辞めてまで、理事にならないといけなかったのか、何も説明しなかった」
アリシア「今更遅いかもしれないけど…。灯里ちゃんが聞きたければ、きちんと話すわ」
灯里「アリシアさん…」
灯里「…確かに私も、詳しい理由は聞きませんでした」
灯里「どんな理由だろうと、アリシアさんのすることに間違いはないと思っていたから…」
灯里「でも本当は、アリシアさんが辞めちゃうってことを、直視したくなかっただけなのかもしれませんね」
アリシア「………」
灯里「当ててみてもいいですか?」
アリシア「え?」
灯里「晃さんには負けるかもしれませんけど、私だってアリシアさんを理解しているし、そうありたいと思ってます」
灯里「アリシアさんが何故あの選択をしたのか、私の予想を言ってみてもいいですか?」
アリシア「…ふふっ、そうね」
アリシア「前にアリスちゃんが言ってくれたわ。私と灯里ちゃんは一心同体だって」
アリシア「理由は一つだけじゃないけど、きっとどれかには当たっていると思うわよ」
灯里「それじゃあ…」

 私を独り立ちさせるためですね
 業界の未来が危ないんですね
 愛のためですね
 その他





 実は体力の限界だったんですね
 権力が欲しかったんですね
 百合……?
 その他




灯里「覚えています。アリシアさんがプリマに昇格した後、グランマが出て行かれたときの話を」

アリシア『嫌です、悲しいです! 私を、一人残していかないでください…』
グランマ『私があなたのところから去るんじゃないわ。あなたが、私から巣立つのよ。大丈夫、あなたはもうプリマなんだから』

アリシア「本当、あのときは途方に暮れたわ」
 アリシアさんは苦笑しながらも、目は優しいままでした。
アリシア「グランマ、あんまりです。…なんて、一度も思わなかったと言ったら、嘘になっちゃうわね」
灯里「でも、今はグランマのした事に、納得しているんでしょう?」
灯里「そうでなければ、グランマと同じ事をするわけがありませんから」
アリシア「そうね…」
アリシア「もちろん、数年かけて少しずつ移譲していくことはできたと思うわ。その方が、引き継ぐ方は楽だったでしょうね」
アリシア「でも、その場合はきっと、私はいつまでもグランマに頼ってばかりだった」
アリシア「それはグランマのARIAカンパニーを引き継いだだけで、私のARIAカンパニーにはならなかった」
灯里「自分の…ARIAカンパニー…」
アリシア「グランマがそうだったように、私も、灯里ちゃんのARIAカンパニーが見たかったの」
アリシア「そのために、灯里ちゃんには苦労をかけちゃったけど…」
灯里「そんな事ないです! いえ、大変は大変でしたけど」
灯里「やっぱり、苦労して初めて得られる喜びってあると思うんです」
灯里「社長と二人きりになって、改めて実感しました。自分がどれだけ、アリシアさんに甘え切っていたか…」
アリシア「灯里ちゃん…」
灯里「あのままだったら、きっと私、アリシアさんがいないと何もできない人間になっていたと思います」
灯里「アリシアさん…。私、アリシアさんの期待に応えることができたでしょうか? 他の誰でもない、私のARIAカンパニーを作れているでしょうか?」
アリシア「…協会の椅子に座っていても、街へ買い物に出かけていても、あちこちであなたの話を聞くわ」
アリシア「あなたのことを話す人たちは、みんな楽しそうに笑っている」
アリシア「それは他の誰でもない、灯里ちゃん自身の力が作り出した笑顔よ」
アリシア「灯里ちゃん。私にとってあなたのARIAカンパニーは、世界で一番素敵な会社だわ」
灯里「アリシアさんっ…!」
 嬉しい…。
 この一年間、頑張ってきて本当に良かった…!


灯里「っていうような話をしたんだよ」
藍華「うむむ、ARIAカンパニーって意外とスパルタなのね」
アリス「新人一人に会社を任せるのが伝統なんですね…。まあ、それまでが甘かった分、平均すると丁度いいのかもしれませんが」
藍華「高低差激しすぎでしょ!」
灯里「まあまあ。お陰で私もこんなにしっかりしたんだから」
藍華「昼間から寝言禁止」
灯里「ええー」
アリス「…灯里先輩も、新人がプリマになったら引退しちゃうんですか?」
灯里「え?」
アリス「だって、それが伝統みたいですし…」
灯里「う、うーん、別に何もかも同じでなくてもいいんじゃないかな」
灯里「実際にどうするかは分からないけど、その時に自分で考えて決めるよ」
灯里「それが、私のARIAカンパニーってことだものね」
アリス「そうですか…」
藍華「後輩ちゃん、そんなあからさまに安堵しなくても」
アリス「あ、安堵なんかしてません! 変なこと言わないでください!」
灯里「あはは」

灯里『アイちゃん。私と新人さんの関係って、どんな風になるのかな』
灯里『グランマとアリシアさんの関係、アリシアさんと私の関係…。それとは違うかもしれないけど、素敵な関係を作れるといいな』
アイ『引退なんかしないで、二人でプリマやりましょうよぅ…。あ、ううん、こっちの話です』
 END
 次へ

灯里「晃さんが言っていました。どんな理由があっても、アリシアさんがやりたくもない仕事をするはずないって」
灯里「それなら、協会の方が言っていた理由を、素直に受け取ればいいんですよね」
灯里「十年、百年続く水先案内人業界の繁栄のために、アリシアさんの力が必要だって…」
アリシア「そうね…」
灯里「…それは、アリシアさんがいないと、十年先は危ないということでしょうか」
アリシア「………」
アリシア「灯里ちゃん。説明すると言った矢先に何だけど、本当に聞きたい?」
アリシア「灯里ちゃんには、業界の事情なんて気にして欲しくない。いつまでも純粋な気持ちで、オールを漕いでいて欲しいの…」
灯里「アリシアさん、私だっていつまでも子供じゃありません! 本当はべファーナがいない事だって知ってます」
灯里「この業界の裏で、どれほどドロドロした確執があろうと受け取めてみせますっ!」
アリシア「べ、別にそこまで大袈裟な話じゃないのよ。まあ姫屋とオレンジぷらねっとは仲が悪いけど…そこは晃ちゃんやアテナちゃんもいるし、何とかなってるわ」
アリシア「実は…一番の問題は、ウンディーネ志望者が大すぎることなの」
灯里「え゛」
アリシア「月刊ウンディーネなんかの記事を見て、マンホームから憧れを持って希望してくる子が多くて…」
灯里「は、はあ…」
アリシア「志望者が増えたからって、今まで合格していたレベルの子を落とすのは忍びないし…。おまけに大手2社は張り合ってばかりだから、勢力拡大のためにプリマを増やしこそすれ、減らそうとはしないし…」
アリシア「でも、それに比例してお客様が増えるわけじゃないのよ…」
灯里「そ、それはそうですよね…」
アリシア「そうなると、プリマ同士でお客様の取り合いになる。一人あたりの売り上げも減るから、みんな苛々し始める…」
灯里「…ハイ、先日もそんな事がありました…」
灯里「あの…。私も、その状況を作った志望者の一人なわけで…。どうにもスミマセン…」
アリシア「あ、灯里ちゃんはいいのよ! 私が許すから」
灯里2(ええー)
アリシア「協会としても、志望してくれること自体は嬉しいのよ。誰も志望しないよりはずっと良いし、贅沢な悩みというものね」
アリシア「とにかく今は、お客様を増やすしかないわね。私も、自分を宜伝塔と割り切って、頑張って宜伝してるわ」
灯里「そ、そうですねっ。私も頑張って、何度も来てもらえるようにおもてなしします」
アリシア「ただ…ネオ・ヴェネツィアは不便な街だっていう、根本的な問題がある」
アリシア「協会に寄せられる声でも、万事のんびりし過ぎるとか、いつも変わり映えしないとか、そういう意見も多いわ」
灯里「それが、この街の良いところじゃないですか…」
アリシア「私たちにとっては、ね。でも、そう考えてくれる人の総数は、どうしても上限があるの」
アリシア「他の観光地は、派手で人目を引く施設でお客を集めてる。ネオ・ヴェネツィアも売りが癒しだけでは、いつかは先細りになる…そういう声も出てきているわ」
灯里「わ、私は…」
 この街の良さが失なわれるくらいなら、いっそ寂れてもいいです。
 …なんてこと、頑張っているアリシアさんに向かって、とても言えませんよね…。
アリシア「大丈夫よ、灯里ちゃん」
アリシア「さっきも言ったけど、灯里ちゃんには純粋な気持ちでゴンドラに乗って欲しいの。そのために、私は協会に入ったんだから」
アリシア「少し時間はかかるかもしれないけれど、必ず私が何とかするわ」
アリシア「灯里ちゃんや、灯里ちゃんの次のウンディーネや、そのまた次のウンディーネが、いつまでも笑顔でゴンドラを漕げるように」
アリシア「水の妖精たちが行き交う光景が…この街の優しさが、いつまでも失われないように――」
灯里「アリシアさん…」
 アリシアさんはそのために、大切なオールを手放して…。
 私たちのために、この若さで引退という道を選んだんだ…。

 ありがとうございます、アリシアさん
 アリシアさんだけに全てを押しつけることはできません!




灯里「アリシアさんには、大変な重荷を負わせてしまってますけど…。私は私で、自分にできることをやります」
アリシア「そうね。それが一番、私にとっても嬉しいことよ」
アリシア「今すぐにはどうにか出来ないかもしれない。何もかも変わらずにはいられなくて、この街も元のままではいられないのかもしれない」
アリシア「それでも、灯里ちゃんは優しい笑顔を忘れないでね」
灯里「はいっ! それだけが取り柄ですから!」

 そのときは、元気に答えたのですが…
 季節が巡ってオフシーズンになると、ちょっと苦しくなってきました。

灯里(ここしばらく大雨で仕事にならなかったし…。今日は何とかしないと)
灯里「ゴンドラ、いかがですか〜」
ウンディーネ「ゴンドラ、いかがですか〜」
ウンディーネ2「いかがですか〜」
灯里「うっ…やっぱり、いい場所は同業者も多いですね」
アリア社長「ぷいにゅーい…」
灯里「もうちょっと外れの方へ行ってみましょう」

客「ゴンドラでも乗ってみるか」
灯里(あっ。あそこにお客様が…)
ウンディーネ「ごめんなさい! あのお客様、譲ってください!」
灯里「え!?」
ウンディーネ「今週のノルマが全然達成できてなくて…。このままじゃクビになっちゃう…」
灯里「そ、そうなんですか。それなら仕方ないです…」
ウンディーネ「ありがとう、恩に着ます!」
灯里「………」


灯里「はぁ…。結局、一人もお客様がつかまりませんでしたね」
アリア社長「ぷぷーい…」
灯里「まあ、こんな日もありますよ。明日また頑張りましょう…」
おばさん「おや、灯里ちゃんじゃないかい」
灯里「あっ、おばさん。こんにちはー」
おばさん「丁度よかった。この荷物、店まで運んでもらえないかねぇ」
灯里「えっ、私にですか?」
おばさん「プリマウンディーネにこんなこと頼んで、申し訳ないんだけど…」
灯里「と、とんでもありません! 喜んでやらせていただきます!」


灯里「はいっ、到着です。お手をどうぞ」
おばさん「ありがとうねぇ。少なくて悪いんだけど、運賃ね」
灯里「ありがとうございますっ。今日は誰ともお話できなかったので、おばさんと話せて嬉しかったです…えへへ」
おばさん「灯里ちゃん…」
おばさん「そうだ、このトマト持っておいき!」
おばさん「あと、これとこれとこれも!」
灯里「え、え、こんなにいいんですか!?」
おばさん「おばさんと灯里ちゃんの仲じゃないか。これを食べて、また元気な顔を見せておくれよ」
灯里「は…はひっ! ありがとうございます、また明日も頑張ります…!」


灯里「…ねえ、アリア社長」
アリア社長「ぷぷい?」
灯里「時間が経つと、色々変わってしまう。この街も、ウンディーネの世界も、それは例外ではないのかもしれません」
灯里「…でも、それなら出来るだけ、良い方向に変えていきたいですよね」
アリア社長「ぷいにゃーい!」
灯里「ふふっ。新鮮な材料もいただけましたし、今日の夕食は新作に挑戦してみましょうか。新たな発見があるかもしれませんよ」

 私たちの未来は、素敵なことばかりじゃないのかもしれない。
 それでも、出来るだけ素敵な未来を引き寄せるために、アリシアさんは今の道を選びました。
 私はアリシアさんみたいにはなれないけど。私に出来ることなんて、笑顔でいることと、日常の中の奇跡を見つけることくらいだけど…。
 それが十年先の笑顔に続くと信じて、私は私の道を歩いていきます。
 遙かなる蒼――いつまでもどこまでも続く、青空と青い海。
 アリシアさんがくれたその名前のように、私も生きていけたらいいな…。
 END
 次へ

灯里「私も業界の先行きのために、何か考えてみます!」
アリシア「だ、駄目よ! そんな難しいことを考えるなんて、灯里ちゃんらしくないわ!」
灯里「アリシアさん…もしかして私をアホだと思ってませんか…?」
アリシア「そ、そんなことはないのよ。とにかく無理はしないでね」
灯里「………」
灯里「アリア社長は、何かいいアイデアはないですか? 社長の知恵を見せるときですよ」
アリア社長「ぷぷいにゅー」(うむ、需要と供給のギャップが一番の問題だ。業界がこの先生きのこるには、より付加価値の高いサービスの提供が必須と言えるだろう)
灯里「ほへー。やっぱり猫語はよく分かりませんねぇ」
アリア社長「ぷにゃにゃーい!」(絶望した! 話が難しくなると猫語のせいにする社員に絶望した!)
灯里「やっぱり、私が何か考えないと…」
 ぽく ぽく ぽく ちーん
灯里「よし、これでいきましょう!」

 そして一年後

アナウンサー『衛星ディモスがテラフォーミングされて、ネオアクアが生まれてから一ヶ月。この星に新たな観光名所が生まれました』
アナウンサー『その名もネオ・ネオヴェネツィア! ネオ・ヴェネツィアを模して作られた街です!』
灯里「これでプリマが多少増えても、過当競争にはなりませんね!」
アリシア「それはいいんだけど、結局本家と似たような街だし…。お客様の取り合いにならないかしら?」
灯里「大丈夫。客層が違うので、競合はしません」
アリシア「というと?」
灯里「この街のターゲットは、宇宙人の皆さんです!」
宇宙人「¢%#*@☆◎※↑∨∃∂」
アリシア「ええええ!?」
灯里「ケット・シーに頼んで、銀河鉄道で連れてきてもらいました」
灯里「あっ、ホゲレケ星人さんこんにちはーっ。ŇκЗ√刀H それは素敵んぐですね」
アリシア「灯里ちゃん…。あなたが遠くへ行ってしまった気がするわ…」
 END
 次へ

灯里「アリシアさんがどれほど忙しかったか、私が一番よく知っています」
灯里「休めるのが月に1回くらいで…。これじゃあ、新婚生活どころではありませんよね」
アリシア「そうね…。今までは夢中でやってきたけど、さすがに結婚となると、生活のことを考えざるを得なかったわ」
灯里「分かります。自分一人のことではないですもんね」

恋人『アリシア…こんな過酷な労働をいつまでも続けるのかい?』
アリシア『あなた、仕方ないのよ。アイドルに労働基準法なんて存在しないの…』
恋人『ああ、愛しのシニョリーナ! 君には皆のアイドルではなく、僕だけのアイドルでいて欲しいんだ!』
アリシア『ああアモーレ・ミーオ…。分かったわ、協会なら週休2日制だし、仕事を変えるわ!』

灯里「というようなやり取りがあったんですね!」
アリシア「何か妙な素敵フィルターが入っているようだけど、まあそんなところかしら…」
アリシア「本当に、個人的な理由でごめんなさいね」
灯里「そんなことないです! 生活を犠牲にしてまで、プリマを続けて欲しいなんて誰も言えません」
アリシア「グランマも、結婚こそされなかたったけれど、やはり生活にゆとりがなくて姫屋を離れたわ」
アリシア「灯里ちゃんもいつか、仕事と時間のどちらを取るかで悩むかもしれないわね」
灯里「は、はあ…。今のヒマな状況からすると、むしろ悩むくらい繁盛して欲しいです…」
アリシア「あらあら。いつか、その言葉を懐かしむ日が来るわよ」


灯里「っていうようなことを話してました」
暁「ええい何だ、その相手の男は! 一緒にいられないから仕事を変えて欲しいなどと、つくづく器の小さい奴だ」
暁「ビッグなオレ様だったら、喜んでアリシアさんにプリマを続けてもらっていたな!」
灯里「それはそれで、愛が薄いと思われるかもしれないですねぇ」
暁「なにっ。そ、そういうものなのか?」
灯里「まあ人それぞれでしょうけど、一緒にいられなくても寂しくないということですからねぇ」
暁「ぐぬぬぬぬぬ」
暁「ハァ…さすがにオレも、男らしく諦めるしかないのか…」
灯里「そうですよ。もう一年も経ってるんですから」
暁「…なあ、アリシアさんに双子の姉妹とかはいないのか?」
灯里「全然、男らしくないですね…」
 END
 次へ

灯里「アリシアさん…私が知らないとでも思っていたんですか?」
灯里「既にアリシアさんの身体は、ゴンドラを漕げないほどボロボロなんでしょう!?」
アリシア「!」
アリシア「そう…気付いていたのね…」
灯里「それは、あんなにオールを回転させたり、オールを回転させたり、オールを回転させたりしていたら、腕が壊れるに決まっています!」
灯里「どうして、どうして普通に漕げばいいところを、無駄に華麗に漕いだりしたんですか!?」
アリシア「無駄に華麗とかゆーな。仕方なかったのよ、皆の期待に応えるためには、それしかなかったの…」

アリシア『ここの水路は、普段は難しい流れです。今日は水量が少ないので普通に漕げますけどねー』
客(普通に漕ぐ…?)
客2(あの白き妖精が、そんなわけないだろう…?)
客3(きっと、さぞかし華麗で優雅なオール捌きを見せてくれるに違いないぜ!)
アリシア『………』
アリシア『てぇーい! アリシア流操舵術、白鳥の舞い!』
客『おーーっ』(ぱちぱち)

アリシア「そうして、私の腕はもう使い物にならなく…でも、後悔はしていないわ…」
灯里「あ、アリシアさん、どこまで優しい人なんですか…」
アリシア「心残りがあるとすれば、アリシア流操舵術を完成できなかったことかしら…。でも、灯里ちゃんならきっと極めることができるわ!」
灯里「わ、私に!?」
アリシア「これが秘伝書よ! 灯里ちゃん、後は任せたわ…!」
灯里「アリシアさん…。分かりました、必ずやアリシア流の極意を会得してみせます!」
アリア社長(何、この流れ…)

 そして数年後

藍華「灯里、大変よぉー!」
灯里「どうしたの、藍華ちゃん」
藍華「第一衛星のフォボスが、アクアに落下してくるのよ! もう私たちはおしまいだわ…!」
灯里「そう…今こそ、アリシア流操舵術の奥義を見せるときだね」
藍華「灯里、何をする気?」
灯里「このアクアそのものを…漕ぐ!」
藍華「な、何ですってぇーー!!」

 果たして灯里さんはアクアを救えるのか!? そして、そのとき灯里さんの身体は…!?
アイ『…なーんてね、フフ…』
灯里『…アイちゃん?』
 END
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灯里「協会といえば、プリマの昇格試験も管理してますからねー」

アリシア『あらあら晃ちゃん、チェリオ買ってこい』
晃『なっ!? なんでお前なんかに…』
アリシア『うふふ…。いいのかしら? 次の試験で姫屋は全員落とすわよ…』
晃『くっ…。わ、分かりました…』

灯里「とゆー風に、普段強気な晃さんを屈服させて萌えたりできるわけですね!」
アリシア「……灯里ちゃん……あなたには失望したわ……」
灯里「はひっ、冗談ですっ」
アリシア「この私が、ゴンドラ協会ごときで満足するわけないでしょう!!」
灯里「ええー!?」
アリシア「協会など足がかりに過ぎない! 私の目標は、2年後のネオ・ヴェネツィア市長選よ!」
アリシア「そう、そこで私は市長になる…。そうして、この美しい街に相応しくない汚れた人間を排除し、私はネオ・ヴェネツィアの神となる!」
アリシア「そうしなければ、この奇跡でできた街は守れないの! 灯里ちゃんなら分かってくれるわね!?」
灯里「ア、アリシアさん…。分かりません! 何を言ってるんですか!?」
アリシア「そう、同じようにこの街を愛しているはずなのに…。私たちの道はここで分かたれたようね」
灯里「本気なんですね、アリシアさん…。もう引き返せないんですね」

 2年後の市長選。アリシアさんは言葉通り、市長に当選しました。
 その圧倒的な人気の前に、私には何もできませんでした…。
 そうして誰も止められなくなった頃、アリシアさんの恐怖政治は始まったのです…。

住民「かーっ、ぺっ」
秘密警察「貴様! 唾を水路に吐いたな!」
住民「え!? そ、その…」
秘密警察「ネオ・ヴェネツィアから追放する!」
住民「ウンディーネの衣装って、よく見ると色っぽいよなぁ…」
秘密警察「貴様! 邪なことを考えたな!」
住民「え!? そ、その…」
秘密警察「投獄する!」
灯里(やっぱり、こうなってしまったんですね…)

 私は密かに準備していたレジスタンスを立ち上げました。
 あまりのアリシアさんのやり方に、賛同者は徐々に増えていきました。
 しかしアリシアさんは、問答無用で弾圧を始めたのです!
暁「もみ子、この場所が秘密警察にバレた! お前は逃げろ!」
灯里「で、でも暁さんは…!」
暁「アリシアさんは今、カンバニーレの最上階にいる! あの人を止められるのはお前だけだ…後は頼んだぜ、もみ子!」
灯里「あ、暁さん!? 暁さーーん!!」


灯里「カンパニーレ…ここにアリシアさんが」
灯里「私一人だけになっちゃいました…。でも、暁さんたちの犠牲を無駄にはできない…」
声『一人じゃないさ!』
灯里「あ、あなたたちはー!」
灯里「藍華ちゃん! アリスちゃん!」
藍華「やれやれ、アンタだけで突破できると思ってるの?」
アリス「でっかい水くさいですね」
灯里「い、いいの二人とも!? 向こうには晃さんとアテナさんもいるんだよ!?」
藍華「だからこそ私たちが来たんじゃない。晃さんを止められるのは私だけよ」
晃「フッ。口だけは立派だな、藍華」
灯里&藍華&アリス『晃さん!!』
晃「お前達には悪いが、アリシアに手出しはさせない…」
藍華「行きなさい、灯里、後輩ちゃん! ここは私が食い止めるわ!」
灯里「で、でもっ…」
アリス「行きましょう、灯里先輩!」
灯里「藍華ちゃーーん!!」
晃「泣き虫のお前ごときに、私を止められるかな?」
藍華「私だっていつまでも泣き虫じゃない! 支店長の力、今こそ見せてやる!」


アリス「この階段の上にアリシアさんが!」
 〜〜〜♪
灯里「こ、この歌声は!?」
アリス「聞いちゃ駄目です、灯里先輩!」
アテナ「無駄よ。たとえ耳を塞ごうと、私の歌声は相手の脳に直接影響する…。そうして思考能力、運動能力を奪い、私以下のドジっ子に落としてしまうのよ」
アテナ「さあ受けよ、セイレーンの魔の歌声! デッドエンドバルカローレ!!」
灯里「うわぁぁぁぁーーッ!」
 ――
晃「うわっはっはっはっ」
晃「そこまでか! 貴様の力など、そこまでのものに過ぎんのか! それでもプリマウンディーネかぁー!」
藍華「ぐっ…」
晃「足を踏んばり、腰を入れんか! そんなことでは、お局様の私一人倒せんぞ! この馬鹿弟子がぁぁぁぁぁ!!」
藍華「う、うるさい! 今日こそ私はアンタを越えてみせる!!」
藍華「私の髪が真っ赤に燃える! セリフを禁止と轟き叫ぶ!」
藍華「ヒィーート! エ…」
晃「ようし、今こそお前は本物のローゼンクイーン…」
藍華「し…」
藍華「師匠ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
 ――
アテナ「はっ、灯里ちゃんがいない!? いつの間に…!」
アリス「相変わらず抜けてますねアテナ先輩。灯里先輩は、私が上に行かせました」
アテナ「うっ…。私の身体の自由が奪われていく。バカな、これは一体…」
アリス「ようやく効いてきたようですね。今日の朝食に、遅効性の痺れ薬を入れておいたんです」
アテナ「そんな、この状況になるのを読んでいたというの。でも朝ご飯は、アリスちゃんも同じものを食べたはず…」
アリス「灯里先輩のためならば、このアリス一人の命など惜しくはない!」
アテナ「み、見事よアリスちゃん。あなたはまさしく私の全てを受け継いだ…」
 バタリ
アリス(いつか…いつかまた二人で、あのおれんじプラネットの寮へ帰りましょう…)
アリス(ありがとうアテナ先輩…。そしてさよなら…!)
 ――
アリシア「来たのね…。灯里ちゃん」
灯里「アリシアさん、もうやめてください! 元の優しいアリシアさんに戻ってください!」
アリシア「あらあら…。今の私は優しくないのかしら?」
灯里「………。いえ、アリシアさんは優しすぎたんですね…。だから、ネオ・ヴェネツィアが汚されていくのが許せなかったんですね…」
アリシア「もう私のところに、戻ってきてはくれないのね」
灯里「はい…。今の私はプリマレジスタンスです」
アリシア「灯里ちゃん…最後に一つ言っておくことがあるわ」
灯里「何でしょう?」
アリシア「あなたは私をじゅうきゅうさいと思っていたようだけど…実はアリシアさんじゅうきゅうさい」
灯里「な、何ですって!?」
アリシア「そしてアリア社長はやせてきたのでサンマルコ広場に解放しておいたわ。後は私を倒すだけねクックック…」
灯里「フ…上等です…私も言っておくことがあります。私にメール文通している女の子がいた気がしましたが別にそんなことはありませんでした!」
アリシア「そう」
灯里「ウオオオいくぞオオオ!」
アリシア「さあ来い!」
 灯里の勇気がネオ・ヴェネツィアを救うと信じて…! ご愛読ありがとうございました!!
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灯里「アリシアさんは、もしかして…」
アリシア「…もしかして?」
灯里(…あれ? 私、今何を言おうとしたんだろう…)
灯里「な、何でもないです」
アリシア「あらあら、変な灯里ちゃんね」
アリシア「…ねえ、灯里ちゃんは、誰か好きな人はできた?」
灯里「はひっ!? わ、私はみんなが大好きです」
アリシア「うふふ、そうじゃなくて、世界に一人だけ。一番に好きな相手よ」
灯里「私の、一番好きな人…」
 それは、その人は…。
灯里「…はい、私にも、誰よりも大好きな人がいます」
灯里「でも、もういいんです。その人は、もう他の人のものになってしまいましたから…」
アリシア「…そう」
灯里「そ、それに、私と結婚はしてもらえなくても、大事には思ってもらえてるんです!」
灯里「あの時も、そう言ってくれました…」

『貴方が火星に来てくれてから、私の世界は一変した』
『あたりまえだった日常が、世界の表情が、素敵に輝いていった』
『まるで魔法にかけられたように。この火星を優しく包み込んでくれる、どこまでも続く空や海のように』
『貴方に出逢えて本当によかった』

アリシア「そう、そんなことを言ったの…」
アリシア「まるで、熱烈な愛の告白みたいね」
灯里「そ、そんな事ないですよ…。その人はもう、他の人と結婚されてるんですから」
アリシア「そう? その人は、結婚相手にそこまでのことを言ったのかしら?」
灯里「そ、それは…。分かりませんけど…」
アリシア「ここまでの言葉を、そう何人にも言えるわけがないんじゃないかしら?」
灯里「………」
アリシア「…灯里ちゃん」
アリシア「私が一番に愛しているのは、今の主人ではないと言ったら、あなたは怒るかしら…?」
灯里「え…!?」
アリシア「そう、私には他に、誰よりも愛している子がいたの」
アリシア「でも、その子とは決して結ばれない立場だった…」
アリシア「性別という、どうしようもない壁があったわ…」
灯里「アリシア…さん…?」
アリシア「だから離れたの。これ以上そばにいたら、気持ちを抑えられなくなりそうだった。その子を汚してしまうかもしれなかった」
アリシア「幸いにして、結婚を申し込んでくれる人がいたわ」
アリシア「所帯を持って、しばらく経てば、こんな想いは忘れられる…そう思ってた」
灯里「思って…た?」
アリシア「ええ…でも、やっぱり無理だったわ…」
アリシア「今でも、その子がどうしようもなく愛おしい。この場で抱きしめてしまいたい…」
アリシア「もう離婚して、自分の気持ちに正直になろうって…そう思い始めているのよ…」
 アリシア…さん。
 アリシアさんが、戻ってきてくれる。
 また、アリシアさんと一緒にいられる。
 晴れの日も雨の日も、朝食の時も夕食の時も、いつだってアリシアさんが側にいてくれる。
 それは、なんて素敵な未来図なんだろう…。
灯里「………」
灯里「駄目ですよ…アリシアさん」
アリシア「灯里ちゃん…?」
灯里「旦那様はどうするんですか? アリシアさんのことを愛してるんでしょう?」
灯里「自分で決めた結婚じゃないですか…。今頃になって放り出すなんて、そんなの、アリシアさんらしくないです…」
アリシア「………」
アリシア「そう…そうね。灯里ちゃんの言うとおりだわ」
アリシア「灯里ちゃんは、本当に優しいのね」
灯里「そんな…」
アリシア「そろそろ、帰るわね」
アリシア「…もう…あまり顔を出さないようにするわ。いつまでも、未練がましくしても仕方ないものね…」
アリア社長「ぷいぷーい…」
灯里「あはは…なんで私、泣いてるんでしょうね?」
アリア社長「ぷいにゅ…」
灯里「馬鹿だなぁ、私…。今頃、自分の気持ちに気付いて、でももう手遅れで…本当に馬鹿ですよね…」
灯里「……アリア社長?」
アリア社長(こんな世界ヤダ!)
灯里「え…?」


灯里「はひっ!」
灯里「あ…夢かぁ…」
灯里「って、私ってばなんて夢を! ごめんなさいアリシアさんごめんなさい!」
灯里「はぁ…。早く仕事行こう…」
灯里「………」
 夢の中くらい、もう少し我が儘になれば良かったかな…?
 END
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 アリシア選択肢から
 最初から
 選択肢から





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