優美SS:放課後にキャッチボール


「せーんぱいっ!」
 わぁい、間に合ったぁ。2人とも部活があるからけっこうつかまえるの難しかっ
たりするけど、今日はバッチリ成功だもんね。
「なんだ、優美ちゃんか」
「優美と一緒に帰りませんかぁ?」
「…うん、いいよ」
 えへへぇ、大成功。嬉しいな。
 先輩は野球部でファーストを守ってて、いずれ甲子園にも行く人なんだよ。なぜ
かお兄ちゃんなんかと友達やってるけど、すっごくステキな人だよね。
「それでねぇ、優美もバスケの試合出られるかもしれないんですよ」
「そ、そう…」
 あれ、なんか元気がないなあ。いつもの先輩らしくないよ。
「…優美とお話しするのつまんない?」
「そっ、そうじゃないよ!」
「そうだよね、優美すっごく楽しいもん」
 これでも優美は先輩を元気づけたつもりだったんだけど、先輩は小さくため息を
ついてしまった。
「いいよなぁ、優美ちゃんは元気で」
 ぶー、ひどいなぁ。
 それどういう意味?すーぐ子供扱いするんだから。
「優美だって悩むことぐらいありますよーだ」
「そうだよな、ごめんごめん」
 …なんか先輩、本当に変。
「ねえ、先輩こそ悩んでないですか?優美でよかったらいつでも相談に乗りますか
 らね」
「…いや、なんでもないんだ。それじゃ」
 そう言って先輩はそそくさと家に帰っちゃった。優美に相談したってしょうがな
いのかなあ…。


「あーあ」
 やっぱり優美って子供なのかな。大人だったら先輩だって悩みを打ち明けてくれ
るかもしれないのに。
 でも優美今だってこうやって悩んでるよね。もしかしたらちょっと大人なのかも。
「何ぼーっとしてんだよ。さっき夕飯食べたばっかなのにもう腹が減ったか?」
「‥‥‥‥‥‥」
 はあ、と思いっきりため息をつく。こんな人がお兄ちゃんだからいけないんだよね。
「な、なんだよその目は」
「なんでもありませんよーだ」
 先輩がお兄ちゃんだったらなぁ。でもそれじゃ先輩の彼女になれないよね。
 あ、優美ね先輩のことが好きなんだよ。え、とっくに知ってた?そうかなぁ。
「ねえお兄ちゃん、主人先輩って最近なにか悩んでない?」
「公の奴か?そりゃお前お前みたいなガキの相手してばっかで…」
 ‥‥‥‥‥‥。
「お、おい冗談だって。そんなに落ち込まなくたっていいだろ?」
 お兄ちゃんにはわからないよ。年下の優美の気持ちなんて。
「優美…なんで1つ下なのかな」
「おい…」
「たったの2ヶ月なのにね。あと2ヶ月早く生まれてれば、優美だって先輩と同い
 年だったのに…」
「‥‥‥‥」
 そうすれば先輩だって優美を女の子と見てくれるのに、一つ違うだけでいつだっ
て妹扱いだもん…。神様、こんなのってひどいよ…。
「なあ優美…」
 いいのお兄ちゃん、慰めてくれなくても。こんなこと言ってもしょうがないって
わかってる。でも優美はね…
「歳を云々する前に、同い年の連中と比べてもおまえは十分ガキだと思うんだが…」
「ぐさぁっ!!」

ドンドンドン
「おーい優美。悪かった、悪かったってば!」
ばんっ
 鍵のかかったドアに、クッションを思いっきり投げつける。人を絶望のフチに投
げ込むようなことを平気で言うんだからあのお兄ちゃんは…。
「それだから全然彼女ができないんだからね!ふんだ老後になって優美を頼ってき
 たってぜっっったいに面倒なんて見てやらないんだからべろべろべーーだ!」
「参ったなぁ…」
 勝手に参ってるお兄ちゃんをほっといて、ごろんとベッドに横になる。くすん、
優美ってやっぱりガキですか?先輩もそう思ってますか?
 お母さんに呼ばれて下に降りてったお兄ちゃんが、わざとらしく大声を上げるの
が聞こえた。
「おっと公の奴から電話じゃないか!もしかして優美に用かもしれないなぁ!」
 がば、と飛び起きて階段を転げ降りる。電話の所ではお兄ちゃんが、見えない相
手に必死で頼み事をしてた。
「な、一言でいいから慰めてやってくれよ。そりゃお前だってそれどころじゃない
 かもしれないけどさ、優美の奴ホントに…」
 …ごめんなさい、お兄ちゃんはとってもいいお兄ちゃんです。優美こそ、バカで
わがままな子供です。
「だからさ…おわっ優美!もう降りてきたのか!」
 優美はなにも言えないまま、こくんと小さくうなずいた。そんな優美を励ますよ
うに、お兄ちゃんは優美に受話器を渡す。
「もしもし、優美です」
『あ、優美ちゃん?なんか落ち込んでるんだって?』
「う、うん。ちょっと…」
『あんまり事情がわからずにこんなこと言うのもなんだけど、元気なのが一番優美
 ちゃんらしいと思うよ。小さなことでくよくよしちゃ駄目だよ』
「は、はいっ!そうですよねっ!」
 えへへ、やっぱり先輩って優しいなあ。さっきまでの落ち込みはどこかに吹っ飛
んで、思わず顔がにやけちゃう。
「もういいか?…おう、サンキューな公。お前こそあんまり落ち込むなよ」
 そう言ってお兄ちゃんは受話器を置いた。あ、そういえば先輩も悩んでたんだっ
け。うーん、一人ではしゃいでた優美ってやっぱり子供?
「ねえ、先輩なにか言ってたの?」
「それがなぁ…あいつレギュラーから外されそうなんだ」
「ええええっ!?」
 そんな、なんでえ!?
「先輩あんなに上手だし、いつもちゃんと練習に行ってたんだよ!?」
「今年の野球部はけっこういい1年が入ったからなあ。トコロテン式ってことで…」
「解説してる場合じゃないよぉっ!」
 そんなのひどいよ。先輩だって一言言ってくれればよかったのに。
「おい、どこ行くんだよ」
「先輩のとこ!」
「バカ、今何時だと思ってんだ!」
「やだぁ優美行くんだもん!放してよ!」
「落ち付けって!おーい母さん…」
 ふぇ〜〜ん先輩〜〜〜。

 今日ほど先輩と同じ学年でないのが悲しかった日はなかった。先輩が心配で心配
でたまらないのに、結局先輩の教室へは行けなかったんだもん。
 だいたいこんな日に限って朝練があるし…昼休みも練習だし…。もうすぐインタ
ーハイだからしょうがないけどっ。
「さあ、放課後も張り切って練習行くわよ!」
「鞠川先輩ぃ〜」
「ホラホラ優美ちゃん、あなたのガードとしての才能には期待してるんだから」
 ふぇ〜ん、期待されるのは嬉しいけど、先輩のところに行けないよ〜。
 あたりも暗くなってきたころ、ようやく練習が終わった優美は、着替えもせずに
グラウンドへ走ってった。
 野球部もけっこう遅くまで練習してたみたいだけど、さすがにバスケ部にはかな
わなかったみたい。蛍光灯の明かりに照らされたグラウンドには、とっくに誰もい
なかった。あーあ、明日に賭けるしかないかなあ。
「優美ちゃん?」
「わあっ!」
 いきなり後ろから声をかけられて、優美は文字通り飛び上がる。1塁側のベンチ
には、先輩がぼんやりした顔で座っていた。
「どうしたの、こんな時間に」
「せ、先輩こそ…」
 ちょこんと先輩の隣に腰を下ろす。うーん、どうやってなぐさめよう。
「好雄から話聞いたんだろ」
「う、うん…」
 白い光に映る、気の抜けたような顔。優美の知ってる先輩じゃなかった。
「俺の2年間って何だったんだろうなあ…」
 むかっ
 違うもん、こんなの先輩じゃない!
「ちょっと来てっ!」
「ゆ、優美ちゃん!?」
 優美は先輩の手を取ると、体育館の方へと引っ張っていく。
「ち、ちょっと待ってよ」
 中庭に来たあたりでふりほどかれちゃったけど、優美はかまわずに一人で体育館
に走ってく。
「優美ちゃん、どうしたの!?」
「ボール借りまぁす!」
 カゴの中から1個バスケットボールを取り出すと、中庭に戻っていって、呆然と
してる先輩に思いっきり投げつけた。
「うわっ!」
 ボールを受け止めた先輩の両手が、夜の学校に大きな音をたてる。
「先輩のうそつき!」
「え?」
「優美には元気出せって言うなら、先輩だって元気出さなきゃだめだもん!」
 優美が両手を構える。先輩はそれに気付いて、優美にボールを投げ返してくる。
 ぱすん
「そんなんじゃだめだってば!」
 ばんっ!もう一度思いっきりバスケットボールを投げつける。
「優美ちゃん…」
 1つ下だから、一緒に修学旅行に行けない。
 1つ下だから、先輩と一緒に卒業できない。
「でも、元気出そうよっ!」
 ボールの勢いが強くなる。先輩から、優美へ。
 だってくよくよしたってしょうがないよ。それで先に進むわけじゃないし。
 とりあえず元気出そうよ。幸せなんて後からついてくるよ。
 ばしっ、先輩のボールを受け止める手が少し痛い。でもなんだかうれしかった。
「いっくぞぉー!」
 2人きりの中庭で、ボールが飛び交う。
 気がつくと、先輩が笑ってた。


「すっかり遅くなっちゃったね」
 先輩と並んで歩きながら、そう話しかける。先輩はそれには答えないで、かわり
に優美の頭を軽くたたいてくれた。
「ありがとう、優美ちゃん」
「元気出た?」
「優美ちゃんのおかげでね」
「…うんっ!」
 先輩は優しく笑ってた。なぜだかその笑顔を受け止められないで、優美は思わず
うつむいちゃう。
「優美ちゃん?」
 言っちゃえ。
 チャンスだよ、告白しちゃえ。
「先輩、優美ね」
 どきどきどきどき…
 急に心臓がダンスを始める。
「優美ね…」
 大好きです、先輩。
 大好き…
 大事なことをなにも言えないまま、優美はその場に立ちつくしてた。
「おーい、優美!」
 お兄ちゃんの声に、魔法が解けたように元に戻る。
(お兄ちゃん、いいところだったのに)
(お兄ちゃん、おかげで助かったよぉ)
 2つの気持ちがごっちゃになって、優美の頭はちょっとパニックだった。
「お前今何時だと思ってるんだよ!」
「悪い!俺がちょっと付き合わせちゃってさ」
「付き合わせたって公…お前なぁ〜」
 違うよお兄ちゃん、優美が…。
「それじゃ優美ちゃん、また明日」
「う、うんっ」
 真っ暗な夜に溶けてく背中に、優美は思わず叫んでいた。
「先輩、明日も会いに行くね!」
 先輩は振り返ると、「待ってるよ」っていう風に手を挙げてくれた。
「優美?」
 ぽかんとしてるお兄ちゃんを、優美は玄関の方へ押していく。
「早く入ろうよ、おなか空いちゃった」
「何言ってんだよ。お前の分のメシなんてもうないぜ」
「あーっ、お兄ちゃんは優美を殺す気なんだ」
「とんでもございません、最近腹の出てきた妹に対する大いなる兄の愛情ですよ」
「言ったなぁっ!」
 逃げるお兄ちゃんを追って、玄関に駆け込む。中からは味噌汁のいい匂いが流れ
てきた。

 明日から、また頑張ろうね!


                           <END>



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