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 森の歌が聞こえますか?
 果てなき緑が見えますか?

「だけどボクは捨てたから
 何も見えないし、聞こえない」







キャラットSS:フォレスト・ワルツ(後)









「ええい、この場だけは引いてやる!」
「覚えてなさいよ、べーだっ!」
「まったくしつこい連中だなぁ」
「あはは…」
 旅はとても楽しいものでした。来人さんもフィリーも、カレンさんも楊雲さんもキャラットにひどいことはしません。カイルさんやレミットも、邪魔はしてくるけど決して悪い人ではありません。ううん、本当にごくごく一部を除けば悪い人なんて世の中にはいないのかもしれません。
 でも、とキャラットは考えます。
 でももしもこの旅が終わったら、ボクはどこへ行けばいいんだろう。今さら森にはキャラットの戻るところなんてないのです。
「…街に帰るんだ、決まってるよ」
 そう、ボクは街から逃げ出したんじゃなくて、ただ来人さんが大変だから手伝ってるだけ。終わったらまた街に行くの…
 でもそれを考えるのはとても辛くて、だから来人さんに悪いとは思いつつ、この旅がずっと続けばいいと心の底で願ってしまうキャラットでした。


「それじゃ買い物行ってくるから留守番お願いね。来人くんは一緒に来てね」
「また荷物持ちかい…」
「だから尻に敷かれるって言ったでしょ!」
 ある宿屋で楊雲さんと2人きりで留守番することになりました。楊雲さんは影の民で、もちろんいい人なのですが無口でキャラットはちょっと苦手でした。その時も何を話していいかわからなくて、キャラットはそわそわと片づけなくていい荷物を片づけていたりしました。
「…座ってはいかがですか」
「え?う、うんっ」
 キャラットは赤くなって楊雲さんの隣の長椅子にちょこんと腰かけます。しばらくそのまましーんとしていましたが、沈黙に耐えられなくなってキャラットはとにかく話題を切り出しました。
「えーと…。来人さん、魔宝集められるといいね」
「そうですね」
「え、ええと…。楊雲さんてなんでパーリアの街にいたの?」
 そんなことを聞いてしまったのはやはりまだ街のことが気にかかっていたからなのでしょうか。
「たまたまです…。特に行くところも、ありませんでしたから」
「ふ、ふぅん…」
 言ってからなんとなくしまったと思いました。『キャラットさんはどうなのですか?』と聞かれでもしたら答えようがないからです。でも楊雲さんはキャラットのことなんて興味がないのか、じっと宙を見つめていました。
「‥‥‥‥‥‥」
 もしかして嫌われてるんだろうか、とキャラットが不安になってきたところへ、ふと楊雲さんが静かに口を開きます。
「…人が時として迷うのは仕方のないことですよ」
「え…」
 顔を上げると楊雲さんが深い湖の底のような瞳でこちらを見ています。キャラットは金縛りにあったように何も言えず固まっていましたが、ふと楊雲さんは視線を和らげるとキャラットの頭にそっと手を置きました。その表情は哀しそうな、それでいてすごく優しそうなそんな顔でした。
「新しい旅は新しい答えを与えてくれます。ですから今は先のことよりも、今感じたものをそのまま受け止めた方がよろしいですよ…」
 それは影の民の予言だったのでしょうか。どういう意味か聞こうとしたのですが、その前にフィリーが人手が足りないからとキャラットを呼びに来ました。キャラットはちらちらと後ろを振り返りながら宿屋を後にしました。



 途中立ち寄った街でフォーウッドが森で迷子になってるという話を聞きます。今はフォーウッドには会いたくないとちょっと思ってしまうのですが、そんなことより助けなきゃという気持ちの方が先に立ってキャラットは一生懸命森の中を探しました。果たして見つかったのは森にいたころよく遊んであげたセロでした。
「キャラットおねぇちゃぁぁぁ〜〜〜ん!」
「セ、セロ!?」
 セロはキャラットがうらやましくなって自分も街に出てきたのですが、結局馴染めなくて森に逃げこんだらしいのです。それを聞いてキャラットの胸はちくちくと痛むのですが、それを表に出すことはできませんでした。
「街の人もみんなセロのこと探してたんだよ」
「ほ、ほんとに?」
「うん、本当はいい人たちばかりなんだから」
「そっかぁ…うん、今度はセロからみんなに話しかけてみる」
 にっこり笑うセロをキャラットはうらやましいと思いました。セロはまだ子供だから、素直に泣いたり笑ったりできるのです。ううん、ちょっと前までは自分もそうでした。子供だったからみんな優しくしてくれると勝手に思い込んで、それが裏切られたからといって勝手に傷ついたのです。
「…おねえちゃん?」
「え、あ、と、とにかくセロも頑張ってね!」
「うんっ、おねえちゃん!」
 ごめんねセロ。
 ボクは本当はこんなこと言う資格ないんだ。
 ボクは本当は弱虫で、それを笑って誤魔化してるだけなんだ。
 ごめんねセロ、うそついてごめんね。
「そんなに街がいいならなんで旅についてきたりしたのよ」
 フィリーの質問に、キャラットは返す言葉がありませんでした。



 旅の途中で野宿することになりました。
 水をくみに行ったキャラットが戻ってくると、来人さんとカレンさんがなにか話をしています。立ち聞きなんてよくないと思いながら、仲間外れが怖くてついつい草むらに隠れて聞いてしまいました。
「なんか最近キャラットが元気ないみたいでさ…」
 来人さんの言葉にキャラットの耳がびくん、と動きます。
「あのフォーウッドの子…セロちゃんだっけか?あの子と別れてからかなぁ。別にどこがどうというわけじゃないんだけど、なんか無理してるというか…」
「ふふっ、来人クンもあながちただの鈍感じゃないってワケね」
「何だよそりゃ」
「でもね、来人クンはそんなに気にすることないと思うな。キミだって旅の途中なんだし、変に気を回すよりいつも通り自然に接してあげなさいよ。それこそキャラットちゃんが安心できるように、ね」
「そ、そうかな…」
 来人さんは渋々うなずいて去っていき、キャラットはほっとため息をつきました。本当に、誰にも迷惑なんてかけたくないのです。さすがカレンさんはお姉さんだと思います。キャラットがあんな風になれる日はくるのでしょうか。
 しかしこそこそとその場から立ち去ろうとするキャラットに、お姉さんの声が飛びました。
「キャラットちゃん、そこで何やってるのかなぁ?」
 キャラットの心臓は飛び上がり、今ごろになって長い耳が草の上に出ていることに気づきます。あわてて耳を押さえて身を隠すのですが、お姉さんに吹き出されて真っ赤になって出てきました。
「た、立ち聞きしてごめんなさいっ!」
「いいのよ」
 お姉さんは深々と下がるキャラットの頭をなでてくれました。キャラットにとって人に嫌われるのがどんなに怖いか知っていたのかもしれません。
「キャラットちゃんは本当にいい子なのね」
「そ、そんなことないよ」
 そうは言いながらキャラットは嬉しくてにっこり笑いました。でもそれを見つめるカレンさんの目は、なにがしか寂しそうなものを秘めていました。
「…あなたはいつも笑ってるのね」
「え?」
 キャラットは笑ったままカレンさんを見つめ返します。
「だってボク楽しい方が好きだもの。まわりの人にも楽しい気分になってほしいし、泣くよりは笑った方がいいよね?」
「そうね。でもキャラットちゃん、泣かないのと泣けないのは違うのよ。みんなあなたの仲間なんだから、遠慮なんてすることないのよ」
 カレンさんは優しくそう言ってくれます。でもそれはキャラットには一番触れてほしくない部分でした。キャラットの表情は凍り、そのまま下を向いて、必死に声を絞り出します。
「…ボク、大丈夫だよ」
「‥‥‥‥‥」
 カレンさんは目を閉じて頭を振ると、パン!と両手を合わせます。
「さ!それより早く夕御飯にしましょ。お腹が空いてるときにこんな話しても仕方ないものね」
「う、うんっ」
 みんなと一緒にお料理して、みんなと一緒にご飯を食べて…
「ボク、来人さんと一緒に来てよかったよ」
「そ、そう?」
「うんっ!」
 嘘じゃなくて、本当に楽しい旅なのです。心の片隅にあるほんの少しの不安なんて大したことじゃないと、そう思おうとしていました。




 その道を勧めたのはロクサーヌさんでした。
「アンタこっちって森じゃなかった?」
「いやぁ、たまには森林浴もいいものですよ」
「まぁロクサーヌがそう言うなら…」
 ロクサーヌさんも意地悪で言ったわけではないのでしょうが、キャラットの足取りはどうしても重くなりました。なにせこの先にはフォーウッドの森があるのです。今さらどんな顔して故郷に帰れと言うのでしょう。
 そんなキャラットにカレンさんと来人さんが怪訝そうな目を向けて、あわててキャラットはいつものように元気に足を早めました。そして楊雲さんはそんなキャラットをじっと見ていました。


 色濃くなる緑。森を抜ける風のにおい。何もかもが懐かしく、またずっと求めていたはずのものでした。
 でもそれを求めていたのはキャラットの弱さでした。だからキャラットは怖かったのです。


 茂る葉が日差しを遮る中、青い影がキャラットの前に飛び出してきました。
「キャラットおねえちゃん!」
「セ…セロ!?」
 セロは元気そうでした。あの後街に戻って、なんとかうまくやっているようです。セロは子供だからだよ、と一瞬思って、キャラットは自分が嫌になりました。
 そしてセロは子供なので、りんご祭りのことをみんなにぺらぺらと喋ってしまいます。
「ちょうどよかったじゃない、お祭りに寄っていきましょうよ」
「で、でも…」
「なに、少しぐらい旅が遅れてもいいさ」
 来人さんは気遣いのつもりで言ってくれたのでしょうが、キャラットにはありがた迷惑でした。楊雲さんがキャラットの肩にそっと手を置きます。
「決めるのは、あなたですよ」
 キャラットはそれが一番苦手でした。自分の決断で誰かが不愉快になるなら、何もしない方がいいんです。嫌われるのは嫌です。叱られるのも嫌です。怒鳴られるのも、無視されるのも、冷たくされるのも……
「それはいいことを聞かせてもらった!その祭りとやらはオレが粉砕してやろう!」
「カイル!」
「そんなことはさせないわ!」
 カイルさんとレミットが乱入してきて、キャラットははっきりしないまま村へ向かうことになりました。決めるのを先延ばしにしただけかもしれません。


 懐かしい音。懐かしい風。森に住んでいたときは何度も通った道。記憶からぬぐい去りようのないその光景に、キャラットの心はどんどん弱くなっていきます。だから来たくなかったのに。
 帰りたい。
 帰りたい。
 帰りたい。
「(だめ…!)」
 眠りの森を通り抜け、小人の村を迂回して、一歩また一歩と、キャラットは故郷に近づいていきました。帰りたいはずはないのです。だってあの時、自分から村を出ていったのだから――
「おねえちゃん?」
 村の入り口までやってきて、キャラットはうつむいたまま小さな声で言いました。
「…ボク、行かない」


「キャラット!?」
「ど、どうしたのよ」
 来人さんとフィリーは驚いて、カレンさんは困ったような顔で、楊雲さんはじっとこちらを見ています。セロがその小さな手でキャラットの手を引きました。
「おねえちゃん、どうしたの?」
「…ボクは街で暮らすって決めたの」
 街へ行って、たくさん友達を作って、みんなと仲良くなりたい。そんな夢を描きながら森を飛び出して。
 そして挫折して、人に会うのが怖くなって、自分がいることが悪いことの気がしてきて、結局街からも逃げ出して。
 それでまた森に戻るなんて許されない。そんなことしちゃいけない。頑張らなきゃ、もっと頑張らなきゃ。
「もう、村には帰れないんだ…」
「た、たまにはいいじゃない」
「ダメなの…」
 だってボクは弱虫だから。
 辛いことから逃げてばかりで、今村に帰ったら、もう旅には出られない。
 こんなにもボクは弱虫だから。安全な場所に逃げ込んだら、もう二度と出てはこられない。
 来人さんがキャラットの前に立ちます。その顔をキャラットは見上げることができませんでした。
「ごめん、ずっとうそついて…」
 下を向いたままキャラットは謝ります。もう笑うことはできませんでした。
「…本当は、寂しかったんだね」
 そう言う来人さんの声こそ寂しそうでした。キャラットは泣きたくなって、でも泣くこともできませんでした。一粒の涙も出てこないまま、キャラットは死んだように地面を見つめ続けていました。



 僕らは陽気なフォーウッド いつもにこにこ森の民
 ぽかぽかお日さま見上げてさ 木々をかこんでお祭りだ



 セロの耳がぴくんと持ち上がります。来人さんたちもきょろきょろとあたりを見回しました。歌声は森の奥から聞こえてくるようでした。
「お祭りが始まったんだ!」
 小さなセロにはキャラットの気持ちはまだわかるはずもありません。お祭りの歌声を聞いて、いてもたってもいられなくなります。
「ごめんねおねえちゃん、ボク、先に行くね」
「う、うん…」
「おねえちゃんも早く来てねっ!」
 とてとてと駆けていくセロを、キャラットは呆然と見送っていました。歌声はだんだん大きくなっていきます。

 ホーホーヤッホー ほらね輪になって踊ろう
 ホーホーヤッホー はずむ歌声合わせて

「キャラット、俺たちも行こうよ」
「だめ!」
 キャラットはぎゅっと拳を握りしめました。
「ボクは一人で頑張るって決めたんだ!」
「そういうのって、ちょっと悲しいな」
 カレンさんが困ったように言います。
「誰も一人でなんて生きていけないわよ」
「でも…!」
「キャラット、とにかく顔上げてよ」
 来人さんの言葉にも、キャラットは下を向いたままでした。小さく肩を震わせて、自分の心を隠そうと必死でした。
「無理強いはできないけど…。俺、いつまでもそんなキャラットを見ていたくないよ」
「だって…」
「キャラットさん」
 楊雲さんが静かに口を開きます。
「少しだけ、心を開いてみてはどうですか?」
 以前宿屋で言われたことを思いだして、キャラットは思わず顔を上げました。
 目の前にあるのは何度も見た村の入り口で、そこを歩いていたときは気にもならなかった樹々が、草が、石ころが、今はひどく遠く感じるのです。でもその姿が変わったのではなく、キャラットが変わってしまっただけなのかもしれません。また下を向いてしまいそうな自分を必死で堪えて、キャラットは耳をそばだてました。一人じゃなくて、周りにみんながいてくれたおかげでそれができました。


 ホーホーヤッホー 今日も元気に行こうよ
 ホーホーヤッホー 僕らの森で


「…そうさ僕らはフォーウッド 一人で泣くのは好きじゃない…」
 キャラットの口から自然に歌声が流れ出しました。毎年楽しみにしていたりんご祭り。何度も、何度も歌ったこの歌を、忘れることなんてできるわけがなかったのです。


 そうさ僕らはフォーウッド 一人で泣くのは好きじゃない
 鳥や獣も集まって みんな一緒にお祭りだ


 景色がにじんでいきました。泣いちゃいけない、という気持ちが徐々に和らいでいって、ぽとっ、と。そしてぽろぽろと。キャラットの目から涙がこぼれ落ちました。
「キャラット」
「ボク…」
 帰りたいんだ。
 確かにボクは弱虫だけど。
 でも忘れることなんてできないんだ。
「もう、いつまでうじうじしてんのよ!行くなら早く行きましょうよ!」
「大丈夫です」
「おねーさんがついてるわよ!」
 ごしごしと目をこすると、みんながそこに立っていました。弱虫のキャラットを、意気地なしのキャラットを、みんなが支えてくれました。来人さんが手を差し出します。
「行こう、キャラット。キャラットの帰りたいところなんだろう?」
「‥‥うん‥‥」
 キャラットは微笑みました。まだ涙は止まらなかったけど、それでも精一杯の笑顔をこめて。
「ありがとう…」
 そしていてもたってもいられなくなって、キャラットはそのまま走り出します。あわてて追ってくる仲間と一緒に、大きくなっていく歌声の中をキャラットは駆けて行きました。



 ホーホーヤッホー さあさ手をとって踊ろう
 ホーホーヤッホー 嫌なこと全部忘れて
 ホーホーヤッホー そうさみんなはここにいる
 ホーホーヤッホー 僕らの森に



 フォーウッドの村はすぐそこです。故郷は自分を迎え入れてくれるでしょうか?
 一度は飛び出していったキャラットが、帰ることは許されるでしょうか?
 わからないけど、許してもらえないかもしれないけど。
 もし駄目だって言われても、それでも――



 ホーホーヤッホー ほらね輪になって踊ろう
 ホーホーヤッホー はずむ歌声合わせて
 ホーホーヤッホー 今日も元気に行こうよ
 ホーホーヤッホー 僕らの森で…





 村の入り口で立ち止まったキャラットは、少し息を整えて、おずおずと村に入ります。そこは昔とちっとも変わっていなくて、キャラットが生まれ育った世界でたった一つの場所でした。
「さ、キャラット」
「うん…」
 来人さんに背中を押してもらってゆっくりと歩いていきます。音楽は村を、森を、すべて覆い尽くしていて、そして目の前に広場が開けたとき…
「キャラットおねえちゃん!」
 セロが嬉しそうに駆け寄ってきます。セロが既に話していたのでしょう。村人たちが笑顔でこちらを振り返りました。
「キャラット!」
「キャラットだ!」
「キャラットが帰ってきた!」
「あ…」
 キャラットは一歩も動けませんでした。何か言おうとしたけど声がのどの奥にはりついて、何も言葉が出てこないのです。
「キャラット!」
「ほんとにこの子は、手紙もよこさないで…」
 お父さんとお母さんが飛び出してきてキャラットを抱きしめます。こういう時なんと言えばいいのでしょう?キャラットはわかっていたはずなのに、涙でにじむ目をこすることもできませんでした。
 村人たちの間から、長老さまが姿を現します。
「よく戻ってきたね、キャラット」
「長老さま…」
「ふむ、なかなか苦労してきたようじゃの」
「そ、そんなことないです。ボク…」
 反射的にそう言ってしまうキャラットに、長老さまも、他のみんなも苦笑します。だって泣きはらしたキャラットの目を見ればすぐに本当のことがわかりましたから。でもそんなキャラットだから、みな何度でも暖かく迎えてくれるのです。
「そういうとこはちっとも変わっとらんのう。だが今日は年に一度のりんご祭り。堅い話は抜きにしようか」
「は、はいっ」
「皆様も、キャラットがずいぶんとお世話になったようで」
「本当に、どうもありがとうございます」
「いや別に礼を言われるほどのことは…」
「さ、キャラット!」
 フォーウッドの子供たち――キャラットの友達が、お祭りの輪の方へ手を引きます。
「ねぇねぇ、街の暮らしはどうだった?」
「すごいよね、ボクと同い年なのに一人で街へ行ったんだもん」
「え、えと…」
 困ったように引っ張られるキャラットも、お祭りの音楽にその心はもう重くありません。そして人の輪の中に、旅を続けていたはずのレタが、優しい笑顔でこちらを見ていました。彼もまた今日のため故郷に立ち寄っていたのでした。
「お帰り、キャラット」
「た…」
 声はかすれて声になりません。でもフォーウッドの仲間たちも、フォーウッドでない仲間たちも、みんながキャラットを応援してくれて、彼女は涙をこぼしながら、それでもにこり微笑んで、ようやく声に出したのでした。
「ただいま…!」







 〜エピローグ〜



「お土産にりんごはいかがかね?」
「わぁい、ありがとう!」
「良かったですねぇ、姫さま」
「フ、フン。まあ貢ぎ物としてもらってやる!」
 昔だったら見るはずもなかったそんな光景を、キャラットはくすくす笑いながら眺めていました。
「おねえちゃん、もう行っちゃうの?」
「うん…そろそろ旅に戻らなくちゃ」
 一晩中語り明かして、それでも次の朝はやってきます。昨日までとはもう違うのだと、そう自分に言い聞かせながら。
「今度はちゃんと手紙を書くのよ」
「うん、ゴメンねお母さん」
「皆さん、キャラットのことよろしくお願いいたします」
「は、はいっ」
「おねーさんにまかせなさい!」
「キャラットや」
 出ていこうとするキャラットを、長老さまが呼び止めます。
「しょせん誰しも故郷を捨てて生きてはゆけぬのさ。なにも捨て去ることはない。みんなはいつでも待ってるからね」
「は、はい…」
 キャラットはぺこりと頭を下げました。みんなが見送りに来てくれてます。ここがボクのたった一つの故郷。どんなに遠く離れても、ずっと変わらないボクの生まれ育った場所。
「それじゃみんな、また…」
 キャラットは村を後にします。あの時と同じように。
 ううん、あの時に比べて、少しは強くなれたでしょうか?
 まだ足りないかもしれないけど…
「頑張れよ!」
「体に気をつけるんだよ」
「次のお祭りにも来てね!」
「…みんな、またね!」
 村のみんなが見えなくなるまで、キャラットはずっと手を降り続けていました。今度戻ってくるときは、きっと笑顔でいられますように。


「キャラット、本当にもういいのか?」
「うんっ、早く次の魔宝を見つけなくちゃね!」
 大丈夫か?と聞かれたら、大丈夫ではないかもしれません。これからも辛いことや寂しいことは、きっとたくさんあるのでしょう。でもそれも含めて来人さんと、フィリーと、楊雲さんとカレンさんとこのまま旅を続けたいと、そう思うキャラットでした。
(そしてこの旅が終わったら)
 その時はまたパーリアの街へ行って、おじさんとおばさんに謝ろう。フォーウッドのキャラットとして、今度はちゃんと頑張ってみよう。
 そしてもし許してもらえるなら、もう一度花屋さんで働かせてもらおうと、キャラットはそう決めていました。

(転んだら、また起きあがればいいよ)

 森の歌が聞こえます。たとえ遠く離れても。
 だからもう少し頑張れること。そのことに力を感じながら、キャラット・シールズは歩いていくのでした。







<END>




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