美樹原SS:愛ちゃんのとある1日



 pipipipipi…
 目覚まし時計が朝を告げるけど、私はしばらくベッドで目をつぶっていました。あと少しだけ、あの人のことを考えていたいから…
「クゥーン」
「きゃっ、ムク。くすぐったいよぉ」
 心配したムクがぺろぺろと私の鼻をなめます。私は目を開けてムクの頭をなでると、えいやっと起きあがりました。
「おはよう、ムク」
「ワン!」
「パタちゃんとぐりちゃんも、おはよう」
「ピーピー」
「やんやんとめそ君とパノッサとレッドちゃんとシューリィとモグもおはよう」
(かさかさかさかさ)
(ばちゃばちゃばちゃ)
 私はカナリアとハムスターと金魚とどじょうに挨拶すると、ベッドの上で着替えを始めます。み、見ちゃダメですよ…。
「ワンワンワン!」
「ち、ちょっと待って。すぐやるからね」
 私はあわててボタンをしめると、ムクの毛のブラッシングを始めました。ヨークシャーテリアは甘えん坊だから、かまってあげないとすぐすねるんです。
「はい、できました」
「クゥーン」
「また帰ってきたらね。遅刻しちゃうもの」
「ピーピー!」
「はいはい、今餌をあげるね」
 そんなこんなでみんなの世話をして、下におりていくのは7時過ぎごろです。台所ではお父さんとお母さんと操お姉ちゃんがもうそろっていました。
「おはよう」
「おはよう、愛ちゃん」
 私は操お姉ちゃんのところへ行って、髪を結ってもらいます。
 今日の朝ごはんはパンと牛乳にハムエッグ。ついてきたムクが、ほしそうに見ています。
「ダメよ、ムクのごはんはあっちでしょう?」
「クーン」
「しょうがないなあ。ちょっとだけね」
「ワン!」
 私は食パンをひとかけ取ると、牛乳にひたしてムクにあげました。ムクったらドッグフードよりこっちの方が好きなんですよ。
「幸ちゃんたらまだ寝てるのね。愛ちゃん、起こしてきてくれる?」
「はぁい」
 朝ごはんを食べ終わった私が幸お姉ちゃんの部屋に行くと、案の定お姉ちゃんはぐーすか寝てるところでした。
「ねえ、もう朝だよ。遅刻しちゃうよ」
「うう…。返事がない、ただのしかばねのようだ…」
「また遅くまでゲームやってたんだ…」
「まあ幸ちゃん、あなたそんなことをやってる場合じゃないでしょう?」
「そ、そうよ。ちゃんと勉強しないと…」
「だいたいあなたは」
 いつのまにか来ていた操お姉ちゃんがお説教を始めようとするのですが、その前にがばと起きあがって悲しそうな目でこちらを見ます。
「ひどい、そんなに浪人浪人言うことないじゃない」
「誰もそこまで言ってない…」
「これでも一応気を使ってるのよ…」
「ううっそれがかえって私を傷つけるんだわ!ひどいわひどいわー!」
 お姉ちゃんはそう言うと頭から毛布をかぶってしまいました。また予備校さぼるつもりみたいです。
「はぁ、本当にしょうのない子ね。ここはいいから、愛ちゃんは学校へ行ってらっしゃいね」
「は、はぁい」
 私は自分の部屋で制服に着替えると、カバンを持ってみんなにあいさつしました。どじょうのモグが(潜るからモグです)しっぽを振って見送ってくれます。帰ってきたら水槽のお水とりかえなくちゃ…。
「それじゃ行ってきまーす」
「愛ちゃん、ハンカチとちり紙は持った?」
「う、うん」
「クーンクーン」
「ごめんねムク、なるべく早く帰ってくるからね」
 私は外に出ると青い空を見上げました。今日もいい天気になりそうです。


 ピンポーン
「はーい」
「おはよう、詩織ちゃん」
「おはよ、メグ」
 詩織ちゃんの家はすぐ近くなので、毎朝一緒に学校に行ってます。主人さんの家は隣だけど…い、いえ、なんでもないです…。
「だーれの家を見てるのかなぁ?」
「し、詩織ちゃんっ。私別に…」
「くすくす、メグったらすぐ顔に出ちゃうんだから」
「あ、あのっ」
 私は真っ赤になりながら、詩織ちゃんと一緒に歩いていきました。2人ともあんまりテレビとかは見ないので、学校のこととかうちの動物のこととかをいろいろとおしゃべりします。
 きらめき高校は駅が近いので、自転車と徒歩とは半々ぐらいですね。学校が近づくにつれてだんだん人が多くなってきます。
 伝説の樹を右手に見ながら校門をくぐって、玄関までの道をゆっくりと歩いていきました。上履きにはきかえてちょっとだけ立ち止まります。詩織ちゃんとはクラスが違うので、ここの廊下でお別れしなくちゃいけないんです。
「それじゃね、メグ」
「う、うん…」
 私は軽く手を上げて詩織ちゃんの姿を見送りました。なんでうちの学校ってクラス替えがないのかな…。
「おはよう、愛!」
「きゃっ」
「おっはよー!」
「お、おはよう。見晴ちゃんあやめちゃん」
 振り返るといつもの2人が、笑いながら立っていました。
「ぼーっとしてないで早く行くよ。見晴のノート写さなきゃなんないし」
「いつ写させるなんて言ったのよ…」
「友のノートといえば我がノートも同然でしょうが!」
「聞いたーめぐ!?こいつってこういうヤツだよねー!」
 私は思わず吹き出してしまいました。この2人は中学時代から一緒で、仲がいいくせにけんかばっかりしてるんだから…。
 …うん、今のクラスも大好きです。


「いいか、数列は点くれ問題と思え。パターンさえ覚えればこんな易しいものはない」
「ねえ、めぐちゃんめぐちゃん」
 数学の授業中に、後ろの席の香苗ちゃんから手紙が渡されました。回したのは見晴ちゃんみたいです。
『彼をデートに誘うってのはどうなった?』
 う゛。今度の日曜に一緒に中央公園に行きたいんですけど、誘おう誘おうと思ったまま今日まで延ばし延ばしになってます。もう木曜日なのに…。
『また次の週になるかも…』
 そう返事を書いて回してもらいました。途中で手に取ったあやめちゃんが、呆れた目でこっちを見ています。だってだって〜…。
「館林、何をしている!」
 びくっ!と見晴ちゃんと私の心臓が飛び上がります。手紙を見て苦笑いしてた見晴ちゃんが、先生の目に止まってしまったみたいです。
「ご、ごめんなさい。なんでもないですぅっ」
「なかなか面白そうな手紙だなぁ。先生にも見せてくれないか、ん?」
「いや、その…」
 見晴ちゃんのピンチに私がおろおろしてるところへ、あやめちゃんが決然と立ち上がりました。なぜか私の方へ駆け寄ります。
「愛!大丈夫!?」
「え、え?」
「なに、お腹が痛い?大変保健室に連れてかなくちゃ見晴も手伝って!」
「オ、オッケー!」
 見晴ちゃんも手紙をつかんだまま席を立つと、呆然としている先生を残して3人で教室の外へ逃げ出しました。
「た、助かったぁ」
「う、うん…。でも授業どうしよう…」
「ま、しょーがないじゃない。適当に時間つぶそ」
 それからみんなでなにをするか相談を始めたのですが、相談しただけでその時間は終わってしまいました。た、たまにはこういうのもいいですよね。


 4時間目が終わると、私たちは大急ぎで学食へと急ぎます。見晴ちゃんの大好きなきら校名物『コアランチ』が、いつも急がないとなくなってしまうからです。
「それ、そんなにおいしい?」
 あやめちゃんはカツカレーを食べながら、ほくほくしてる見晴ちゃんに尋ねました。ちなみに私は山菜うどんです。
「おいしいよぉー。特にこの目のところにある黒豆が最高なの」
「げろげろ」
「なによ、なんか文句あるっ!?」
「ふ、2人とも落ち着いて…」
 あんまり席を占領していてもまずいのでちゃっちゃっと片づけながら、話はなぜか主人さんの方へと向かいました。
「だいたいさあ、あんたは人一倍奥手なんだから、人一倍アタックしないとダメなんだよね」
「アタックできないのを奥手って言うんじゃないかな…」
「さすが見晴ちゃん頭いい」
「感心するな!」
 いえ、あやめちゃんの言うこともわかってるんですけど…。でもまだ心の準備が…。
「だったら体当たりなんてのはどう?じゃなけりゃ留守番電話とか」
「またそういうバカな作戦を言い出す」
「わたしたちのナイーブな心はあやめなんかにはわかりませんよーだ」
 そうなんです、見晴ちゃんも一目惚れした相手に何もできないまま、見つめるだけの日々が続いているのでした。詩織ちゃんみたいに紹介してくれる人もいないから、いつも体当たりとか涙ぐましい努力をしているんです。
「全然涙ぐましくないわよっ!他にやることないの!?」
「何よっ!そういうあやめはどうなのよ!」
「え」
 見晴ちゃんの反撃に、あやめちゃんは思わずひるみました。
「あ、うん。私もそれ聞きたい…」
「さあっ白状しなさいっ」
「そ、そういえば…
 (私には好きな人がいない!他人の世話ばかり焼いてる私の青春て一体ーー!?)」
 あやめちゃんはショックのあまり放心してしまいました。悪いこと聞いちゃったみたいです…。
「そ、そんな気にすることないよ。そのうち物好きな人が現れるかもしれないし」
「フォローのつもりか!」
「あ、あはははは…」
 私たち3人はいつもこんな調子で、私はたいてい聞き役です。でもみんな聞き上手だって言ってくれるのでそれもいいかなと思ってます。


 5時間目は英語の授業だったんですけど…ね、眠いです…。
「(ああ、こんなときお魚さんなら目を閉じなくてすむのに…)」
 見晴ちゃんは後ろでこっくりこっくりしているようです。私ももうダメかも…さようならみなさん…。
「それではこのへんで誰かに読んでもらいましょウ。ミス美樹原、OKですカ?」
「は、はいっ!」
 私はあわてて立ち上がると、教科書のページをめくりました。えとえとえと
「56ページ」
 あ、ありがとう迫田さん。ごじゅうろくごじゅうろく…
「あ、あのっ。To avoid ジ、ジ、えと、」
「Ohミス美樹原、もうちょっと落ち着いて」
「ご、ごめんなさい…。あの…その…」
 うつむいた私の声はだんだんと小さくなっていきます。先生は軽くため息をつくと、別の人を当てました。くすん、どうして私ってこうなのかな…。
「そ、そんな気にすることないよ。いつものことじゃない」
「見晴ちゃん、やっぱりフォローになってない…」
「いや、だから…あやめもなんとか言ってよぉ〜」
「寝てたから何があったか知らない」
 …いいんです、私なんて…。


 渡り廊下にモップをかけながら、考えるのはやっぱりあの人のことです。いつになったら普通に話せるようになるのかな…。
「メグ、どうしたの」
「し、詩織ちゃんっ」
 私はモップを持ったまま、ぽつぽつと今日のことを話しました。
「ふぅん…。でもメグ、中学の頃に比べたらずっと良くなってると思うけどな」
「そ、そう?」
「うん。友だちも大勢できたし、明るくなったじゃない。もっと自信持っていいと思うよ」
 詩織ちゃんがそう言ってくれるなら…だ、大丈夫かな。
 そして掃除を終えた私は、にこにこしながら教室に戻って2人に気味悪がられました。わりと私って単純なのかもしれません。


「それじゃまた明日ね」
「うん」
「じゃねー」
 あやめちゃんはバレー部に行ってしまい、幽霊文芸部員の見晴ちゃんと私が残されました。入学直後どこに入るか迷ってたら入りそこねて、途中から入るのもなんとなく気が引けて、結局今も帰宅部です…。
「それじゃどうする?どこか寄ってこうか」
「え、でも…」
「あ、そっか。うんうん、そうだよねえ」
 見晴ちゃんは勝手に納得すると、私の肩を叩いてにっこり笑いました。
「それじゃ、お互い頑張ろうね」
「う、うん…」
「館林見晴、行きます!」
 そして見晴ちゃんはいずこかへ駆けていきます。同じ片思いでどうしてこう違うんでしょうね…。
「(どうしよう、主人さんが来るまで待ってようかな…。でもでも、一緒に帰ろうだなんて恥ずかしいし…)」
「おい、あの娘なに校門のところでぐるぐる回ってるんだ?」
「さあ、新手の健康法じゃないか?」
 そばを通る人がそんなことを言ってるとも気づかず、私は1時間ほどそこで迷ってました。
「あれ、美樹原さん?」
「きゃっ!あ、あの、おはようございます」
「…おはよう」
 ああっ、夕方なのに何言ってるんでしょう。は、恥ずかしすぎます…。
「どうしたの?」
「え、えと…その、あの…」
 なんでもないです、と言いそうになる口を押さえて、私はほとんど勢いだけで言ってしまいました。
「い、一緒に帰りませんか」
「あ、ああ。いいよ、一緒に帰ろう」
 えっ…?私は主人さんの顔をまじまじと見つめました。
「ど、どうかした?」
「い、いえっ。かかか帰りましょうっ」
 そして私は主人さんと並んで、いつもの帰り道を歩いていきました。緊張してほとんど何も話せなかったけど、その分彼がいろいろとお話ししてくれました。
「それでね、うちの部で今ダンゴムシの研究をしてるんだ」
「あ、あの…、私ダンゴムシ好きです…」
「そうなの!じゃあ文化祭で見に来てくれ!」
「は、はいっ」
「いやあ、1人も客が来ないんじゃないかと心配してたんだ」
「す、素敵な研究だと思います…」
 ちょっとずつ彼との接点が増えていって。いつ届くかわからないけど、少しでも近づけるのがすごく嬉しいです。
「それじゃ美樹原さん、またね」
「は、はいっ。さよなら…」
 私は交差点に立って、彼の姿が見えなくなるまで小さく手を振っていました。
 あ、来週の日曜のこと聞くの忘れちゃった…。でもいいの、お話しできたもの…。


「おかえりーん」
「ただいま…」ぼー
「犬のやつがさっきからうるさいのよ。さっさと散歩連れてってよ」
「うん…」ぼー
「もしもーし?」
 ぼー…
「ダメだこりゃ…」
 私はムクと外に出ましたが、頭の中は彼のことでいっぱいでした。ごめんねムク、あとでちゃんと遊んであげるから…。
「ウーワンワン!」
「うっ、何よ駄犬!この私に刃向かう気なの!」
 あ、やっぱり機嫌悪いみたい…。ごめんねお姉ちゃん…。
「はっ、そういえば犬は家族の誰か1人だけを自分よりしたと見なすという!あんたさては私を下っぱだと思ってるわねいいえそう思ってるんだわ!」
「ワンワンワン!」
「かーかってきなさい!」
「幸ちゃん…ムクと対等にケンカしてるようじゃ確実に大学落ちるわよ…」
 お姉ちゃんたちの声も耳に届かず、夕ごはんのときもお風呂のときも私はぼーっとしていました。
「愛ぃー、CD貸してね」
「うん…」
「マンガも持ってくね」
「うん…」
「彼氏とはCまでいった?」
「うん…って、い、いってませんっ!」
 幸お姉ちゃんはカラカラと笑ってます。くすん、意地悪…。
「だいたいお姉ちゃん、今日予備校行ったの?」
「ん〜なんのことかな〜〜」
「お姉ちゃん…」
「ほら、勉強して落ちたら悔しいけど、勉強しないで落ちたならまあ当然かとあきらめもつくじゃない?酒もタバコもやって100まで生きた人もいるしさぁ」
 お姉ちゃんはよくわからない理屈を言うと、CDとマンガを持って自分の部屋に戻っていきました。3浪は確実みたいです…。
「愛ちゃーん、お電話ですよー」
「は、はーい」
 私は下へ降りていくと、操お姉ちゃんが受話器を手に待っていました。
「そういえばさっきCとか言ってたけど、まさか愛ちゃん不良になっちゃったんじゃ…」
「な、なってませんっ」
「そう?ならいいんだけど最近の高校生は進んでるから心配だわ。男の子とつきあうときは、お父さんとお母さんと私に紹介してからにしましょうね」
「‥‥‥‥‥‥。(ごめんなさい操お姉ちゃん、絶対イヤです…)」
 電話は詩織ちゃんからだったので、私は受話器だけ持って2階に上がりました。
『そう、それじゃ公くんとはうまくいってるんだ』
「う、うまくいってるっていうか…。ちょっとお話ししただけだし…」
『うんうん、次はデートに誘わないとね』
「あ、あのっ」
 で、でも今日だって一緒に帰ろうって言えたんだもの…。やってみれば意外と簡単なのかもしれませんね。
 その後しばらくとりとめもない話をして、私はおやすみを言うと電話を切りました。いつか彼と詩織ちゃんの間みたいに、気軽に話せる日が来るのかな…。
「ねえ、やんやん」
 ハムスターのやんやんを手に乗せていると、とたんにムクがすり寄ってきます。本当にこの子は甘えん坊なんだから…。
「クゥーン」
「はいはい。それじゃみんな、もう寝ましょうね」
 まだ10時ちょっとすぎですけど、私はけっこう夜は苦手です。それにベッドの中なら彼に会えますし…(言ってて恥ずかしいですけど…)
「それじゃみんな、おやすみなさい」
 電気を消して、ベッドに潜り込みます。今日も素敵な1日でしたね。



 pipipipipi…
「クゥーン」
 目覚まし時計が鳴り響き、ムクがゆさゆさと私を揺すります。外でチュンチュンと鳥さんの声が聞こえます。
 はっきりとは覚えてないけど、彼が夢に出てきたような気がします。そこでは私と2人っきりで、なにかを楽しそうに話していました。
 私はちょっとだけ目をこすります。現実の世界は夢とは違うけれど、いつか本当になるといいな…。
「おはよう、みんな」
 ムクとパタちゃんとぐりちゃんとやんやんとめそ君とパノッサとレッドちゃんとシューリィとモグにあいさつして、私は起きあがるとカーテンを開けました。朝日が差し込んできて、私は思わず目を閉じます。
「…いつか、本当にしたいな」
 絶対なんて言えるほど私は強くないけど、せめて昨日できなかったことができるように。

 そして私はゆっくりと目を開けました。今日も素敵な1日になりそうです。




<END>




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