清川SS:花壇で対決!




「さーて、今日も練習練習」
 いつものように授業を寝倒して、今日もあたしはプールへと向かった。役にも立たない受験勉強詰め込むくらいなら水泳にエネルギー使うべきだよな。
 ところが今日に限って廊下が何か騒がしい。人混みの間からあたしがひょこっと顔を出すと、小さな女の子が一人上級生に絡まれているところだった。
「あの…、あの…」
「あの、じゃわかんねぇっつってんだよぉ」
「あんた、あたしらのコトなめてんじゃねぇのぉ?」
「そ、そんな…あの…」
 あ、あれはスケ番グループ(死語)!まだ絶滅しないで残ってやがったのか。周りの連中も連中だ、女の子があんな目に合ってて誰も助けようともしないのか。
「おい、やめろよ!」
「ああ!?」
「んっだてめぇは!」
 見るからにヤバそうな3年生があたしの方を睨むけど、あたしはかえって腹が立って思いっきりにらみ返した。
「て、てめぇには関係ねぇだろうがよ!」
「あたしはねぇ、弱い者いじめが大っ嫌いなんだよ!!」
 スケ番たちはあたしの迫力にあとずさる。一人がボスらしいヤツに耳打ちした。
「こ、こいつ清川望ですぜ」
「あ、あの化け物スイマーのかい?」
「化け物で悪かったな!!」
 あたしが腕まくりして近づくと、やつらはさらに後ずさる。しまいには後ろが壁になって、わたわたと崩れ去った。
「き、今日はこのへんで勘弁しといたらぁー!」
 お約束を言って逃げてく連中はほっといて、あたしは女の子に歩み寄った。
「大丈夫かい?」
「は、はい…。ありがとうございます…」
「あんたもさ、言われっぱなしになってないで誰かに助けを求めるとかなんかした方がいいよ」
「ご、ごめんなさい…」
「いや、別に謝らなくてもいいんだけどさ」
 見れば本当に小さくて、いかにも守ってあげたくなるような女の子だ。きっとあいつもこんな娘がってやめやめ、最近思考が暗いや。
「それじゃあたしは練習があるから」
「は、はい…。すいません…」
 消え入りそうな声を背にしてプールに向かう。ふんだどうせあたしは化け物スイマーだよ。いいんだ水泳と結婚するんだからふんだ。

「そろそろポインセチアが咲いたかな…」
 次の日の昼休みにあたしがいつものように花壇を見に行った時だった。いつもは人通りの少ない場所のこともあって誰もいないんだけど、今日は女の子が一人ちょこんと座ってあたしの花に見入っている。なんだか嬉しくなって、るんたったと元気良く声をかけた。
「よ!お花好きなの?」
「きゃっ、あ、あの…」
「あれ、昨日の」
 昨日の栗色の髪の女の子。そうか花とか好きそうだもんな。あたしみたいに似合わないヤツと違ってってだからそれをやめろってば。
「あの、この花壇清川さんが作ったんですか?」
「うん。あたしの名前知ってるんだ」
「は、はい…。わ、私美樹原愛っていいます…」
 話を聞くとあたしと同じ2年だった。てっきり1年か、下手すると中学生が紛れ込んできたのかと思ったけどな。
 でも話してみるとよさそうな子で、あたしはいつも一人で花壇やってたこともあり、ここぞとばかりに説明を始める。
「ここに赤玉土を敷き詰めるんだよね。そうすると水はけもよくってここ日当たりもいいからよく育つんだ。あーでも本当は蘭育てたいんだよな。胡蝶蘭見たことある?すっごい綺麗なんだけど高くてさ、花言葉は清らかさ…」
「そ、そうなんですか…」
 あ゛、なんかこの子さっきからあたしの顔ばっかり見てる。まずいよそれは。そりゃ良くあるんだけどやっぱりまずいよ。
「あ、あのね美樹原さん?」
「あっ…ご、ごめんなさい。清川さんのことうらやましくて…」
「え?」
 なんでそーいうこと言うかなぁ。気分が重石つけられたようにずしんと沈む。
「あの、私って内気だし…。清川さんみたいにはきはきしてないし…」
「やめろよっ!」
 あたしの大声に彼女はびくっと体をすくめる。
「そうやってうじうじしてるのが一番イライラするんだ!自分は自分だろう?他人うらやましがったって仕方ないじゃないか!」
 あ、ひどいあたし。八つ当たりだ。自分への腹立ちを彼女にぶつけてる。
 美樹原さんの目からぽろぽろと涙がこぼれて、何も言えずに走り出そうとする彼女。
「ご、ごめん!悪かった!」
 あわてて腕をつかむ。力を入れると折れちゃいそうな。
「ごめん、偉そうなこと言ったけど…。本当はあたしも美樹原さんがうらやましいんだ…」
「え…?」
「だってあたしなんてこんな男みたいだし、もてるのは女の子にばっかりだしさ…。はぁ、女々しいよね。笑ってくれよ…」
「そ、そんなことないです…。それに女々しいということは女の子らしいと思います…」
「そっ、そういう理屈も成り立つかなぁ?」
 なんていうおバカな会話をしていたときだった。突然ズゥゥンと音がしたかと思うと、あたしたちの前に変な奴が現れたんだ。え、変なヤツじゃ解らないって?いや、だからさ、あーっどうせあたしには彩子みたいな表現力はないよっ!
「あ、あなたは…」
「フラワー!俺様はPETの怪人お花魔人。世界中の花壇を潰して花に飢えた連中にPETのドクダミ草を高く売りつけるのだフラワー!」
「何だって!?」
 くっ、なんてとんでもないヤツだ!実現まで何年かかるか知れたもんじゃない作戦のような気がするが今はそんなこと言ってる場合じゃないぜ!
「というわけでそこの花壇も潰させてもらうフラワー」
「させるかぁっ!」
 殴りかかるあたしの目の前で、お花魔人の顔にいきなりお花が咲いた。あたしの拳がぴたりと止まる。
「さあどうしたどうした。俺様を攻撃してみろフラワー!」
「う、うう…。花好きなあたしにお花殴るなんてできない!できないんだぁぁっ!!」
「フラワー!」
「ぐはっ!」
「清川さん!」
 魔人に吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられるあたし。介抱しようとする美樹原さんに、敵はゆっくりと近づいてきた。
「う、うう…。に、逃げるんだ美樹原さん…」
「で、でも…。あの…」
 お花魔人がにたりと笑う。コウ、助けて…!っていくらなんでもそりゃ無理だよな。逃げろ、逃げるんだ美樹原さん!
「だ、大丈夫です…。ここは私が…」
「バ、バカっ何言ってんだよ!早く逃げろ!」
 美樹原さんは微笑んだけど、なんか無理してるみたいだった。それでも決然と立ち上がり、いきなり両手を天にかざす。
「ワンダフルパワー!」
 しゅびどぅばー。
「動物愛護、キューティメグ!」
「‥‥‥‥‥は?」
 あんぐりと口を開けてるあたしの前に、どこからかヨークシャーテリアが駆け寄ってくる。
「彼女こそはキューティメグ。動物愛護のために戦う愛の戦士なのだワン」
「い、犬がしゃべった!?」
「僕はワンダフル星人のムク。最近はスカウトなどもやってるワン」
「そ、そうだったのか…。なんて前フリの長いSSなんだ…」
「それは言わないでほしいのだワン…」
 ごめん美樹原さん、ただの内気な女の子なんかじゃなかったんだ。まさか世界の生き物を守ってただなんて…あたしは恥ずかしいよ。
「あの、植物も地球上の命です。壊すなんて良くないです」
「それを言うなら俺様も地球上の命だフラワー」
「そ、それ言われると困るんですけど…」
「フラワー!」
「やーん」
 く、くそっ!なんて卑劣なヤツなんだ!このままじゃキューティメグが危ない、ああ、あたしにも力があったら…。
「それは本当かワン?」
「な、何かあるの?」
「うむ、清川さんも変身すればヤツと戦えるのだワン。しかしそれは辛い試練になるワン…」
「か、構わないよ!ただ見てるだけよりはずっとマシだ!」
「良く言ったワン!それではこのセントブーケを受け取るのだワン」
「あ、ああ」
 ムクがくれたのはシクラメンの花束。そりゃあたしはシクラメン好きだけど、これで一体どうしろと?
「こう叫ぶのだワン。『ウェディング・シャイネス・フラワー!』」
「う…『ウェディング・シャイネス・フラワー!!!』」
 ぴかぁっ!ちゃっちゃっちゃらっちゃっちゃっちゃっちゃっちゃ〜ん
 光に包まれ、あたしの衣装が変化していく。ああ、これであたしも…。
「って、ウェディングドレスじゃないかぁぁぁ!!」
「うむ、愛天使ウェディングシクラメンの誕生だワン」
「語呂が悪いーーー!そ、それにあたしにウェディングドレスなんて似合わないってば!」
「そのわりに嬉しそうなのはなぜかワン」
「き、気のせいだっ!だだだだってこんな、そのっ」
♪ゆ〜め〜が〜いっぱい フリルいっぱい お願いよウェディングドレス
「な、なんだよこの恥ずかしい歌は…」
「なんだと言われても…」
♪見つめてる 気づいてる そんなっシチュエイション
 信じてる 夢見てる オ・ン・ナ・ノ・コ
「だーーーっ!!」
「ええい試練に耐えると言ったのは誰かワン!美少女戦士は皆この恥ずかしさに耐えているのだワン!!」
「そ、そうだったのかーーー!(ガーン)」
 くぅっ、あたしが甘かったのか。せめてコウが見てないのが救いだなぁ…。
「あれ、清川さん」
「はうっ!!」
 なんでこうなるんだぁぁぁっ!コウにこんなところ見られて、あたしもう生きてけない…。
「演劇の練習か何か?」
「そ、そんなとこ…。あたしには似合わないよね、こんなの…。はは…」
「いや…俺はけっこう可愛いと思うけど」
「え…!?」
 ぼっ、と自分の顔から音が聞こえた気がした。かわいい?そ、そう?なは、なはははははは。
「いい加減にこっちに話を戻せフラワー!」
「ウェディングシクラメン、助けてぇ〜」
「あ、しまったっ」
 そうだ、あたしは花壇を守らなくちゃいけないんだ。コウ、見ててくれよ!(いや、恥を捨てたわけじゃないんだけどさ)
「シクラメンは内気な心の象徴だ!邪悪な風なんか吹き飛ばしてやるぜ!」
「こ…こしゃくなフラワー!」
「いくぞ!…って、ああっ」
 勢いあまってドレスの裾をふんずけると、あたしはそのまま地面に落っこちた。コウの目の前で…しょせんあたしなんてこんな役なんだな…フフ、フフフ…。
「いや、こういう時のためにお色直しがあるのだワン!」
「お、お色直し!?」
「さあ叫ぶのだワン!」
『ウェディングチェンジ、お色直し! エンジェル・スイミング・シクラメーーン!』
 ぱぱやぱやぱやー
 再び光に包まれて、あたしは動きやすいバトルスーツに変身した。うわっミニだ、こっちもこっちで恥ずかしい。
「だいたいこんなのあるならウェディングドレスにどういう意味があるんだよ?」
「うわーーっ!それを聞いてはいけないのだワーーン!!」
「いや、俺はあの姿が見られてよかったと思うよ」
「そ、そうかなっ。え、えと、よかったら今度の日曜日…」
「シクラメ〜ン」
「はっ、しまったっ!」
「頑張れ清川さん!」
 あたしは改めてお花魔人と対峙した。あたりに鐘の音が響きわたる。
「寒さにも、耐えて咲かせる冬の花。今日のこの良き日に花壇を荒そうだなんて許せない!愛天使ウェディングシクラメンは、とってもご機嫌ななめだぜ!」
「ふ、何を言おうがこの俺を攻撃することはできないのだフラワー!」
 自信満面のお花魔人に、あたしはちっちと指を振る。
「このウェディングシクラメンの目はごまかされないぜ!それは本物に巧妙に似せた造花だろう!」
「ガビーーーン!」
 お花魔人の正体見たりただの偽物。見てくれコウ、この一撃にあたしのすべてを込めて…。
 あたしはブーケをかざすと、一気に必殺技を放った。
「セント・スイミング・シクラメン・トルネーード!!」
「ぐはぁ!…こ、これが愛のウェーブなのかフラワー…」
 お花魔人はきらきらと輝くと、光の中に消えていった。次は本当に綺麗な花として生まれ変わってくれよ…。
「ありがとう、ウェディングシクラメン!」
「何言うんだよキューティメグ、あたしたちは仲間じゃないか」
「ともあれこれで事件解決だワン」
「あたしの花壇も無事だったし!」
『ポカリで乾杯!3人そろっておめでとう!!』

 なんとか一息ついたあたしに、コウが拍手しながら歩み寄ってきた。とたんに心臓がランニングを始める。
「なんかよくわからないけどすごかったよ清川さん!」
「そ、そう?えーと…」
 チャンスだっ何か言うんだっ!ここまでやったならもう怖いものなんてないぞ!
「あ、あのさ!」
「ん?」
「えっと…やっぱり…お、お開き宣言!!それじゃっ!!」
 結局なにも言えないままあたしはその場から走り去った。ああっバカバカあたしのバカーー!でも可愛いって言ってもらえたからいいか…。


  ♪水着いっぱい フリル似合わない お願いよ Legend Wood
   沙希のような 可愛らしさ 身につくかしら
   届けたいの 職員室へ 本持って My Happiness
   雷鳴る 無人島で 目がくらみそうよ

   壊してる 暴投する そんなあたしでも
   花が好き 内気です オ・ン・ナ・ノ・コ

   守りたいの 庭の花壇 輝きは in My Pool
   涙さえも 笑みに変える 想いの樹の下

   涙さえも 笑みに変える 想いの樹の下…



 その後あたしがどうしてるかというと、今日も鏡の前で変身してたりする。
「よ…よく見れば意外と似合うかなぁ。なは、なははははは」
 な、なんだよ、別にいいだろっ!う、ウェディングドレスは女の子の永遠の憧れなんだから…ね。


<END>



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