「そろそろ寒くなってきたわね。ね、みんな?」
「はいっ!鏡さん!」
 ここ数日というもの、魅羅は自分のやっていることに疑問を感じ始めていた。
 女の子の外見しか見ようとしない男達を、あざ笑い虐げることで復讐する。そのこと自体は魅羅には当然のことであったが。
「寒いと思ったら窓が開いてるじゃないの。そこのあなた、もう少し気をつけなさい!」
「あああっ、ごめんなさい鏡さん!」
 しかし復讐というわりに、彼らがやたらと幸せそうに見えるのは気のせいだろうか…。
「なんだか気分が悪くなってきたので今日は早退するわ。それでは皆さんご機嫌よう。おーほほほほ」
「はいっ!鏡さん!!」
「鏡さん万歳!!!」
 本当に気分が悪くなってきた魅羅だった。



鏡BDSS:映る鏡像




 魅羅のいなくなったH組で女子たちの冷たい視線にもめげず、親衛隊の心は夏のように熱かったという。
「いやー、やっぱり鏡さんはいいよな」
「安土…俺もう辞めていい?」
「なにーーーっ!?」
 鏡魅羅親衛隊長こと安土君は、親友の胸ぐらをつかむと思いっきり詰め寄った。
「主人きさまぁっ!鏡さんの何が不満だ、ええっ!?」
「いや、その逆というか…。近頃何だか快感になってきてやばいなーとゆーか…」
「そうだろうそうだろう。昔からお前は奴隷向きの性格だと思ってた」
「うれしくない…」
 入学時の決意もつかの間、中学からの悪友の手によりいつの間にか彼は鏡魅羅親衛隊No.85ということになっていた。A組とH組に分かれて少しの間に旧友に何があったのかは知らないが、こういう相手は逆らうと怖い。
「わかったところでもうすぐ鏡さんの誕生日だ!会場は半年前から予約してあるし、この日のためにこつこつと積み立ててきたバイト代もついに報われる」
「何がお前をそこまで…」
「『愛』だ!女王様にお仕えするよろこび!お前も感じないとは言わさねぇ」
「ああっ最近感じてるような気がするぅぅぅ」
 ずぶずぶと人生を踏み外していく主人公。まだ16の秋だった。

「鏡さんの住所?」
「そ。お前知ってる?」
 馬鹿にすんなという風に指を振ると、好雄は秘蔵のメモ帳をめくり始めた。
「クラス名簿に載ってることくらいきっちり調べてあるぜ。鏡さん、鏡さんと…」
 好雄メモにびっしりと書き込まれた文字の中から一点を示されると、公は大急ぎで手帳に落とす。
「年賀状でも出すのか?」
「あ、ああ。そんなとこ」
「どうでもいいけどお前、親衛隊になんか入るよりもうちょっと青春を謳歌しろよな」
「…色々としがらみがね…」
 こう言ったら親衛隊のみんなに袋叩きにされるだろうが、魅羅のこと、最初に入隊させられた頃は非常に面白い人だと思っていた。今時高笑いなど本当にやる人がいるとは思わなかったのだが。
 しかし実際のところ彼と女王様とでは共有する部分がゼロに等しかったので、間近に見ながら彼女は自分には理解不能である。ああいう態度をとる彼女は、内心では一体何を考えているのだろうか?それとも何も考えてないのだろうか?
 というわけで次の日曜日、彼はヒマだったので彼女の家のそばまで行ってみることにした。隊則では抜け駆けは絶対禁止だが、別に彼女の気を引こうとかそういうつもりは全然ないので大丈夫だろう。
「わりと遠いな…」
 電車で4駅ほど揺られ、しばらく歩いてようやく好雄に教わった町名を見つけた。さてこれからどうするか。まさか家に押し掛けるわけにも行かない。
「待てよぉ、輝ー」
「べーだ、こっちだよー」
 ふと見ると小さな公園で小学生くらいの男の子がサッカーで遊んでいる。とりあえず歩き疲れたので、ベンチに腰掛けて休むことにした。
「(そういえば鏡さんへのプレゼントまだ考えてないや。金足りるかなぁ…。いや、いかんいかんまるっきり思考がミツグ君だ!)」
 頭を振って苦悩する彼の足元に、てんてんとサッカーボールが転がってきた。2人の男の子がぱたぱたと駆けてくる。公はボールを拾うと、ぽんと2人の方へ投げてよこした。
「ありがとう」
「ありがとー」
「いえいえ」
 あれ、とふと思った。
 そんなはずはないのだが、2人の顔のどこかに鏡さんの面影が見える。あるいは頭の髄まで彼女に支配されてしまったのだろうか。
「なぁ君たち、鏡さんて人知ってる?」
 きょとんとしている子供たちに、公はあわてて補足した。
「俺と同じくらいの歳の女の人なんだよね。すっごい美人なんだけど…」
「お姉ちゃん?」
「は?」
 今度は公がきょとんとする番だった。2人の男の子は後ろを向くと、歩いてくる女性に向かって手を振る。
「お姉ちゃーん」
 公は思わず立ち上がる。さらに小さな男の子の手を引いて、優しく微笑んでいるのはたぶん魅羅だった。たぶんというのは普段の姿からあまりにも違っていた。今まで見たことがないくらい、世界のどんなものよりも綺麗だった。
「2人とも、どうしたの」
 公の視線は彼女に釘付けになったまま、指一本動かない。一目惚れというものがあるとしたら、あるいはこんな感じだろうか?
 魅羅の方も公の姿を認めて、少し怪訝そうな顔をする。記憶をたどって隊員No.85を探し当てたとき
 魅羅の表情は一瞬にして硬直し、3人の弟たちを驚かせた。たった今まであった笑顔は跡形もなく消え、公ははっとしてあたふたと口を開く。
「あ、えと、鏡さん…」
 ぱしっ
 寒々とした空に、乾いた音が響いた。


「さーて準備だ準備だ!我等親衛隊の総意を結集して最高に盛り上げるべし」
「おうっ!きっと僕たちはこの日のために生まれてきたんだ!」
「お前、プレゼントに何買った?」
「ふっふっふ、それは秘密なのだが、サファイアのイヤリングとだけ言っておこうか」
「‥‥‥‥‥‥」
 魅羅の誕生パーティーはとある会館の一室で行われることになっていた。今日は折り紙やらオーナメントやらを持ち寄って、隊員一同で飾りつけである。当然公も駆り出されてきていた。
 魅羅にはたかれた左頬はまだ痛い。物理的な痛さではなく、精神的に痛い。日頃芸能レポーター等に対してさんざん悪口を言っていたにもかかわらず、彼らと同じ事をしてしまった。ただの好奇心で他人の生活を探るなんて人間として最低だ。
 そして今熱心に行動している友人達も裏切った。裏切りながら、それを謝ることもできない。不当に得てしまった彼女の秘密は、話せばさらに罪の上塗りである。
「ああ…」
「どうした主人、具合でも悪いか?」
「…ごめん、なんでもない」
「そうか?…おおっ!」
 準備にいそしむ隊員達の前に、魅羅自身が姿を現した。いつものように傲然と、人を惑わすような艶やかな瞳である。
「みんな、なかなか頑張ってるようね」
「はいっ!鏡さん!」
「せいぜいこの私にふさわしい美しいパーティにしてもらいたいものね。おーほほほほ」
「はいっ!鏡さん!!」
「か、鏡さん…」
 目の前を横切る魅羅に公は何か声をかけようとしたが、彼女はちらりともこちらを見ることなく通り過ぎた。何もできぬまま公はがっくりとうなだれる。
 あれは目の錯覚だったのだろうか?弟たちに笑いかける姿は。今の彼女からはどうひっくり返っても想像できない。謎を解きに行ったはずがかえって謎を深めてしまった。一体彼女はどういう人なのだろうか?
「(いや、やめよう…)」
 そうやって余計なことを探ろうとするのが良くないのである。とはいえ今となっては、はたして奴隷として仕えたままで良いのかも自信がない。なんだかかえって彼女を傷つけてるような気もする。
「か、鏡さん。もうお帰りなのでしょうか?」
「少し様子を見に来ただけよ。私がいなくてもしっかりやるのよ?いいわね?」
「はいっ!鏡さん!!」
「明日をお楽しみに!!」
 隊員の1人がコートを取り、おそるおそる魅羅の肩に当てる。高慢な女王様はコートに袖を通すと、颯爽と部屋を出ていってしまった。
「…鏡さん!」
「主人?」
 ためらっていた公だったが、彼女の姿が見えなくなると弾かれたように後を追った。安土たちは何事かと目を丸くしたが、数瞬の後隊長が黙って手を振ったので、何事もなかったように準備を続けた。

 すぐ目の前を魅羅が歩いている。夕日の中をとぼとぼとついていく公だったが、このままではどうにもならないと行動に出た。
「か、鏡さん」
「‥‥‥‥‥‥」
「…この前はごめん」
「一体、何のことですの?」
 予想はされた答えだったが、それだけに何も言えなかった。公は少し小走りになり、早足で歩く魅羅に並んだ。
「明日、本当にいいの?」
「何を言ってるかわからないわね」
「鏡さん…本当は俺たちが嫌いなんですか?」


 魅羅は立ち止まると、怒りを含んだ視線を公へと向けた。なぜこの男は、こう気に障ることをするのだろう。
「当然じゃない!!男なんて生き物に私が好意を持つと思うの!!?」
 もともと限界だったのかもしれない。今まで押さえに押さえて、今目の前にぶつけるべき相手がいる。彼には気の毒だが自業自得というものだろう。
「知ってる?私ってね、中学の時は男の子に振られてばかりだったのよ。それだけなら私に魅力がないだけだから仕方ないわ。でも高校に入って私が美人になったとたんどう?とたんにみんなちやほやするようになったじゃない!内面は何も変わってないのに、外見が変わったというだけで!!」
 魅羅の紫の髪が揺れる。自分より少し高いだけの少年は、まるで立っているのがやっとのように蒼白だった。
「男なんて、結局女の子の外見が一番大事なんだわ」
「そんな事…」
「貴方は違うの?外見を気にしないって断言できる?誰々が可愛いとか美人だとか、一度も言ったことがないの?どんなに取り繕ったってそれが事実よ、私は身を持って知ってるものね!」
 少しの間肩で息をする。猛烈な後悔が襲ってきた。こんな風に取り乱して、自分じゃ…
「わかったら、せいぜい今までのように私に仕えることね。貴方たち男にはそれがお似合いだわ」
 必死でいつもの顔を取り戻して。動けない公を残し、魅羅はそのままきびすを返す。
「だったら!」
 後ろから投げかけられる声に、少しだけ歩調が早まる。
「だったら、何でいつも嫌いな男に取り囲まれてるんだよ!?」
 逃げるように魅羅は走り去った。

「あ、行ってらっしゃい」
 魅羅が洗濯物を取り込んでいると、母親が仕事に出かけるところだった。父が亡くなって以来、夜に働きづめの母は既に疲れ切っている。魅羅は母親似なので当然彼女も美人なのだが、さすがに衰えは隠せない。
「…そういえば、明日は魅羅の誕生日だったわね」
「え、ええ」
 またひとつ歳を取る。魅羅の美しさも、いずれは花のように枯れてしまう。
 その時自分がどうするか、考えたくもなかった。
「ごめんね」
 ぽつりと呟いて玄関へ行く母親を、あわてて魅羅は後を追った。
「高校卒業したら私も働くから。そうすれば少しは楽になると思うし…」
 母は何も言わぬまま足を引きずるように出ていった。魅羅はしばし立ちつくしたまま、その姿を見送った。
 今すぐ中退して働けばいい。なぜ自分は高校になど行っているのだろう?
 男なんて、顔を見るのも嫌なはずだ。ではなぜだろう?確かに彼らの貢ぎ物は家計の足しになっているが、そのためだなどとは死んでも思いたくない。ではなぜ。
「ただいまー」
 泥んこになって帰ってきた弟たちを見て、ふっと魅羅の表情が和らいだ。自分なんて不幸でもいいのだ。彼らが幸せになってくれたら…
「あら、輝。それはなぁに?」
「うん、この前のお兄ちゃんがくれたんだよ」
「!」
 輝の手には小さな包みがあった。聞いたとたん取り上げて外に投げ捨てたくなったが、弟たちの手本としてそんなことはできない。それにしてもあの後またここまで追ってくるなんて、つくづく見下げ果てた男である。
「良かったわね。さあみんな、先にお風呂に入ってらっしゃいね」
「はーい」
「おい、輝ぅ。それなんなんだよぅ」
「明日まで開けちゃダメなんだってー」
 包みは机の上に乗せられる。とりあえずこの事は忘れることに決めた。
「姉さん」
 振り返ると長男の明が立っている。まだ小学6年生なのに、いつも魅羅を助けようと必死な彼だ。
「どうしたの?明」
「明日、どのくらい遅くなるの?」
 魅羅は微笑むと、安心させるように弟の頭に手を置いた。
「なるべく早く帰ってくるわ」
「うん。僕たちも精一杯お祝いするからね」
 風呂場の方から弟の声が聞こえて、明はそちらへ走っていった。魅羅は目を細めると、台所に立って夕食の準備を始める。
 弟たちの誕生日には、いつも彼女が腕によりをかけてご馳走を作っていた。
 自分の誕生日は、一体どうなるのだろう…


 その日のパーティ会場は、常人には理解できない熱気に包まれていたという。
「やはり今の時代、鏡さんのように強い女性が必要なんじゃないかな」
「いや、なんといってもあの美しさだ。その前では理屈など必要ない!」
 鏡さんの魅力を熱く語る親衛隊員の中で、公だけは1人落ち込んでいた。自分が悪いとはいえ何も知らなければ少しは楽しめただろうに…。
『皆さんご静粛に。これより鏡さんが入場します』
 ご丁寧にアナウンスが行われ、ラジカセから荘重な音楽が流れ出す。どんなに馬鹿馬鹿しいことも、熱意があれば美化されてしまうらしい。
「みなさん、今日はまあまあの出来ね。誉めてあげてもよくってよ。ほほほほほ、おーほほほほ!」
「はいっっっ!鏡さんっっ!!!!」
「鏡さん、お誕生日おめでとうございます!!」
 かくしてパーティが盛大に始められる。安土の目は崇拝と感激で溢れかえっていて、公は怖くて声をかけられなかった。魅羅は楽しんでいないはずだ。
「‥‥‥‥‥」
 そのはずだ。でもそう見えない。何かとんでもない勘違いをしているのか?そもそも自分はなぜここにいるのだろう。
「ほほほほほ…」
 そう、なぜここにいるのだろう。表面的な祝辞ではなく、本当に思いのこもった祝いの言葉。でもどうしたってそれを嬉しいと思えるわけがない。ではなぜここにいるのだろう?
 一人一人に対して、当然のように高慢な言葉を投げかける。もう慣れた。自然に口をついて出てくる。だから自分は 自分は誰?
 相手のことも判らないし、自分のことも判らない。
 大きな流れの中で、今までと同じ。壊すことは出来なかった。魅羅も、そして公も。

 互いに知る由もないまま同じイメージが作られる。子供の頃入ったミラーハウス。
 周囲を鏡に囲まれた。無数に映る鏡像。目の前のこの手が実物かどうか自信がない。あるいはただの鏡像…

 どれが本当の自分かなんて、自分にどうして判るだろう?
 何もできず、無力感を抱きしめたままパーティは終わった。


 魅羅が帰り支度をしている間、公たちは大急ぎで会場を片づけていた。急がないと延長料金を取られるらしい。
「いやあ、今日は最高だったな!」
「あ、ああ…余りもの持って帰っていい?」
「おー好きにしろい。俺は今猛烈に感動している!」
 魅羅への多量のプレゼントは、後で宅急便で送ることになった。見た目だけからは判らなかったが、公のは手作りのコースターだ。
「今日はなかなか楽しかったわね。ね、みんな?」
「はいっ!鏡さん!!」
「また呼ばれてあげてもよくってよ。それじゃご機嫌よう。ね、みんな?」
「はいっ!鏡さん!!」
 送ろうとする数人を手で制すると、魅羅はまたいつものように会場から立ち去った。周囲から感嘆と陶酔のため息がもれる。
「安土、ちょっと外していいか?」
「ん?ああ」
 公は友人に断ると、ひとつの箱を手に魅羅の後を追った。後に残った隊長が何を考えているか、誰も知ることはできなかった。

 公は魅羅の斜め後ろを歩いている。
「見送りならけっこうですわ」
「‥‥‥‥‥」
「それから、人の弟に変なものを与えるのはやめてくれます?気の毒だとでも思ったのかしら」
「そうじゃないってば!」
 声を上げたものの、後が続かない。強がりでも強がれる分、魅羅の方が強いのかもしれない、でも
「でも、自分を救えるのは自分だけだと思う。言い訳かもしれないけど…」
 魅羅は黙って歩き続けた。
「俺、鏡さんが好きだよ。みんなだって。あの笑顔が本当の鏡さんなら、全員じゃなくても残る奴はいっぱいいる。だから」
 だから自分にできることをしたい。どんなに小さなことでもいいから。
 決めるのが魅羅自身でも、そのために何かをしたかった。

 そして2人は黙ったまま、しばらくして駅へと着く。
「ここまででいいわ」
「…うん」
 公は白い箱を魅羅に差し出した。怪訝な目を向ける彼女に笑顔を作る。
「ケーキ。余りもので悪いんだけど」
「要らない」
「そう言わずに!」
 通勤客が2人の横を通り過ぎていく。少しだけ手に力を入れて、魅羅は贈り物を受け取った。
「もらってあげるわ。誕生日だから」
「うん…誕生日おめでとう」
 彼は嬉しそうに笑った。初めて見る本当の笑顔。彼だっていつも見せてるわけじゃなくて、でも今だけは見せてくれる。
「…ありがとう」
 小さくささやいて、魅羅は電車に乗り込んだ。すっかり暗くなった駅のそばで、公はしばらく電車を見送っていた。


「お、帰ったか」
「ああ、悪い」
 会場の片付けはあらかた終わっていた。何人かが不信の目を向ける中で、安土は気にしてないようでゴミをまとめていた。
「ま、鏡さんに喜んでもらえたなら俺としてはそれに勝ものはない」
「…うん」
「お前が何を悩んでるかは知らないけどな。でもな」
 不意に彼の表情が真剣味を帯びる。
「もしお前が鏡さんを傷つけるようなことがあれば、俺は決して許さないからな」
「…わかってる」
「俺は彼女のためなら喜んで死ねる」
 公は答えなかった。誰が彼を責められるだろう?
 安土はいつもの表情に戻ると、一同を外に出して鍵を閉めた。
「それではこれから打ち上げに出かける!」
「おおおっ!」
「鏡魅羅親衛隊に栄光あれ!!」
「おおおおーーーっ!」
 誰が間違ってると言えるのだろう?多分間違ってるのだろうけど。
 とぼとぼとついていきながら、でもいつか終わりが来ることを確信していた。だって彼女は強い人だから。その時みんなに謝ろう。
 だから今日は、今日だけはあの人が、どうか幸せでありますように。


「ただいま」
 魅羅を出迎える声はなかったが、彼女が落胆することはなかった。弟たちの考えくらいお見通しである。実際戸の向こうから、くすくす笑いが聞こえてくる。
「(本当に、困ったいたずらっ子たちね…)」
 魅羅は苦笑すると、勢いよく戸を開けた。そして…
 パンパンパーーン!
「お姉ちゃん誕生日おめでとーーー!」
 びっくり仰天している魅羅の前で、弟たちが唱和する。クラッカーの火薬の臭いにではなく、魅羅は胸を詰まらせた。
「あなたたち…」
 そこまで言って魅羅は思わず吹き出した。末っ子の光だけ真上にクラッカーを打ったらしく、頭から紙屑をかぶっていたのだ。
「おねえちゃぁん…」
「はいはい、ちょっとじっとしててね」
 光の頭の上をきれいにして、魅羅は理解したように微笑む。これが公の彼らへの贈り物だった。6つのクラッカー、ただそれだけだけど。
「姉さん、おめでとう」
 明の声に、弟たちが我も我もとくっついてくる。
「これ、ボクが作ったんだよ」
「あーっ、おれが先だぞぉ」
「こらこら、ケンカしないの。みんな、ありがとう」
 テーブルの上には魅羅が作っておいた料理の他に、いくつか品目が増えている。見た目はあまり良くないけど、きっと一生懸命作ったのだろう。
「ありがとう…。ほら、ケーキがあるのよ」
「わぁいケーキーーー!」
「開けてみていい?」
「いいわよ、でも食べるのは後でね」
 ケーキはちゃんと7つあった。弟たちが大喜びしてる。それだけで十分の贈り物。
 暖かさ。暖かさが欲しいのかもしれない。だって今満ち足りてる。自分が不幸だなんて…どうして思ったのだろう?
「かんぱーい」
「はい、乾杯」
「いっただっきまーす」
「めしあがれ。そんなに焦らないのよ」
 自分の誕生日。幸せでもいいのかもしれない。
 だから今日は素直に受け取ろう。彼の好意も、それから…
「あら、このサラダは誰が作ったの?」
「明お兄ちゃーーん」
「なんかつながちゃってるけど…」
「そんなことないわよ。うん、上出来」
 そして鏡像は消え、実体が手の中に残る。
 明るい笑い声に包まれながら、魅羅の誕生日は過ぎていった。


<END>




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