如月SS: 怒る如月さん




 新入部員も何人か残ったある日の部室。
 わがきら高演劇部は部員7名という小さな部だ。今年は俺が部長を務めることになり、うちとしては最大のイベントである文化祭の準備に取りかかる時期である。一昨年の金太郎侍、昨年のカルトマンに続き、今年は何を出すかそろそろ決めなくてはならなかった。
「えーっとそれじゃ意見を…」
「はいはいはい!RPGもの!」
「たまにはラブコメとかやろうよぉ」
「俺は何でもいーっス」
 うぅ、きら校演劇部は昔はかなり大会なんかも出てたらしいけどなぁ。落ちに落ちぶれてこの有様か。さすがに3年連続で軽い路線てのはちょっと…。
「あのさ…。たまには夕鶴とかきちんとした演劇をやってみない?俺2年ともそんなのだったしさ」
「えーっなにそれぇ」
「主人くん一人でやればぁ?」
「ああああっ」
「ち、ちょっと待ってください皆さん」
 と、みんなの集中砲火を浴びる俺を見かねて如月さんが控えめに助け船を出す。ううっ、優しいなぁ。君だけだ俺の味方は。
「主人さんの言うことももっともだと思いませんか? 確かにお祭り要素も大事だけど、『文化』あっての文化祭ですから…。たまには真剣に打ち込むのもいいのではないでしょうか」
「でもさー…」
「とにかく、私は主人さんに賛成ですから…」
 如月さんは小さな声でそう言うと、恥ずかしそうに俯いたまま席に座った。部員たちもぐぅの音も出ず黙っている。如月さんに駆け寄ってそっと抱きしめたい(それじゃ変態だよ)衝動に駆られながら、俺は部長らしく一同を見渡す。
「ということを踏まえた上で今年の演目を決めようと思う。如月さんは何がいい?」
「わ、私ですか…?そうですね…。『ロミオとジュリエット』なんてどうでしょう?」
「シェークスピアねぇ…」
「は、はい…」
 部員のいく人かが嫌そうな顔をして、如月さんの声はまた消え入りそうな声になっていく。今度は俺があわててフォローを入れた。
「あ、いや、俺はいいと思うよ。さすがロマンチストな如月さんだよね」
「いえ、あの話は所詮は特権階級の茶番ですけど(オイ)。でもきちんと筋を追える人あまりいないので、いいんじゃないかなと」
「やるんだったら本当にやりたいもんにしなさいよ…」
「そ、そうですね…。本当は『蟹工船』とか『人間失格』とかの方が…」
「ロミオとジュリエットにしよう!」
「そう!それが一番!!」

 俺を含む全員が大焦りで口をそろえ、形はともかく意見の一致をみる。あぁ、ようやくこの部もまともな活動らしい活動ができるんだなぁ…。などと考えながら俺は黒板に『ロミオとジュリエット』の文字を書いたその時!
「はーーっはっはっはぁ!!」
「げげっ先輩!!」
「うむうむ、なーかなか盛り上がっているではないか」
 今年卒業した出島先輩だ。OBのくせに部室に入りびたってはやりたい放題の困った人である。
「む!なんだこの文字列は!」
 黒板の題目を見て先輩はショックを受ける。そりゃあこの人には水と油のような今年の劇だ。
「でぇーい、誰だこんな劇を言い出したヤツは!」
「え、ええと…」
「き、如月さんじゃありませんよっ!俺たち全員で決めたんです!」
「主人…。お前うちの伝統というものをわかってないなぁ…」
 とかなんとか言って嘆息した先輩は、黒板消しを手に何文字か書き換えた。

『ロメオとジュリエッタ』

「なんすかそれ…」
「そうだなぁ、ロメオが悲しんでるところにジュリエッタのいびきが聞こえてくるなんてのはどうだ」
 またこの人はこういうこと言い出すし…。現に如月さんは何とも困惑した顔で立ちつくしている。
 しかしそれ以外の連中にはウケが良く、とたんに部室が賑やかになった。
「いいんじゃないですか?面白そう」
「俺それならやるっス」
「やっぱ楽しくなくちゃねー」
「で、でもですね」
 これはたまらないとなんとか抵抗しようとする如月さん。
「やはり文化あってこそで…」
「お祭りあってこそでしょーが!」
「で、でも…」
「ここは部長の意見を聞きたいな」
「そうそう、部長はどう思ってるかよね」
「え゛」
 少しの期待を込めた如月さん含む全員の視線が俺に集まる。ああっどうする、如月さんのために部員全員を敵に回すか?でっでも如月さんを裏切るわけには。しかしよくよく考えてみれば先輩の案の方が面白いよーな気もする…。
「さあさあ!」
「あああああっ」
「あの…、私のことなら気にしなくて結構ですから…」
 寂しそうに微笑む如月さん。そうだ、こんな部員たちの中で彼女だけはいつも静かに俺に微笑みかけてくれた。そんな彼女を悲しませるなんてできるわけないじゃないか!俺は…
 が、叫ぼうとした俺の視界の隅に先輩の怪しい笑みが入ってきた。
「主人く〜〜〜ん、わかっているね?」
「は、はいっわかってます!先輩の仰るとおりでございますです!」
「はっはっはっ、それで良いのだよ」
 こうして賛成多数により今年の演目は『ロメオとジュリエッタ』に決まった。部員たちは楽しく劇の話を始め、俺の身の安全も保証された。
「‥‥‥‥‥‥」
 しかし待っていたのは如月さんの冷たい視線だった…。

「あ…如月さん、おはよう」
「お、おはようございます…」
「‥‥‥ええと」
「…すみません、急ぎますので…」
「あ…」
 鞄を抱きしめて小走りに駆けていく彼女を、寒風に吹かれながら俺は呆然と見送った。あれから3日。気まずい。別に怒っているわけではないのだろうが非常に気まずい。ああなんでこうなるかなぁ…。
「そりゃお前が優柔不断だからだっつーの」
「やっぱりそうかぁ…」
「ま、こういうときはきっちり腹割って話すんだな。如月さんだってもののわからない娘じゃないだろ?」
 好雄にそう激励されて、俺は昼休みに彼女の姿を探した。中庭にいると聞いてさっそく向かう。行ってみると虹野さんと並んで弁当を食べていた。
「ねぇ、もうそろそろ許してあげてもいいんじゃないかな?」
「べ、別に許すも何も…。主人さんがあちらの劇の方がいいと言うなら私には何も言えませんし…」
 うっ、俺はなぜ校舎の陰に隠れてるんだ。しかしちょっと今は間が悪い。おまけにまだ何言うか考えてなかったりする。
「でも未緒ちゃんあれからずっと元気ないもの。きっと彼のことがすごく気になるのね!」
「な、なにを言い出すんですか!」
「ううん、大丈夫!未緒ちゃんならきっと大丈夫よ!」
「し、知りませんっ」
 …気になる…。如月さんが、俺を?そ、そうなのか?いやしかし、でもだな。だいたいなんで俺はこんなに彼女が気になるんだ?それはつまり。
「あ゛」
「…主人…さん…?」
 俺が苦悩している間に昼食が終わったらしく、彼女とばったり鉢合わせしてしまった。お互いの顔がかぁっと赤くなる。お、落ち着け!これも青春だ!
 が、ふるふると拳を握りしめた彼女の顔は、赤くはなっていたがどうも俺の期待とはちょっと違うように見える。
「…立ち聞きしてたんですね…」
「え!?」
 ああっ、ああっもしかして怒ってる!?
「だだ断じてそういうわけでは!」
「失礼します」
 俺の言葉に背を向けて、如月さんはすたすたと歩き去った。あまりのことに俺は目の前の光景を受け入れられないでいる。
「主人くん、立ち聞きなんて男らしくないと思うな」
 違う!違うんだぁぁーーー!

「あ…如月さん、おは」
「沙希ちゃん、おはようございます。今朝も寒いですね」
「う、うん、そうね」
「おはよ…」
「…ねぇ、主人くんいるよ」
「ああ、いますね。それがどうかしたんですか?」
「え?…ええと別になんでもないよ、うん」
「そうですか。それでは行きましょう」
「‥‥‥‥‥‥(しくしくしくしく…)」
 あの日以来如月さんが口きいてくれない…。俺、そんなに悪いことしたかなぁ…。
「はっはっはっ、苦労しているようだね」
「先輩…。確か就職したはずじゃぁ…」
「細かいことは気にせんでよろしい。まーあれだな、どのみち部活では顔合わせるんだからその時にでもだな」
「それなんですけどねぇ…」
 一応部長として俺はロメオ。しかしジュリエッタは如月さんではない。
 シナリオが上がり役も決まり、さっそく俺たちは読み合わせを始める。如月さんは当然のように裏方の仕事を引き受け、誰もそれに異を唱えるものはいなかった。
「あ、あのさ如月さん」
「すみません、今衣装の研究中ですので…。少し話しかけないでいただけますか?」
「なにもこんな劇でわざわざ研究までしなくても…」
「そうですか、分かりました。主人さんにとって演劇ってそんなものだったんですね」
「(あうあうあう…)」
 如月さんは素知らぬ顔で中世ヨーロッパの衣装の本なんかをめくっている。その表情は眼鏡に隠されて見えず、俺はすごすごと元いた場所へと戻っていった。
「部長〜、もうちょっとしっかりしてよね」
「はぁ…」
「そのたうり!このゴージャスなシナリオで客が集まらなかったらただではおかんぞ」
 先輩が無理矢理書いてきたシナリオは確かにゴージャスすぎてめまいがする。シェークスピアが見たら憤怒のあまり卒倒しそうな内容だ。ちなみにこれを見た如月さんは眼鏡を光らせただけでなにも言わなかったが、その沈黙がものすごく怖い
「あの先輩…。一応文化祭ですから少しは遠慮した方が…」
「何を言うのかね主人くん!こんなもの楽しけりゃそれでいいんだよ、なあ?」
 ペキッ
 何の音かって?如月さんが手に力を込めたせいでシャープペンの芯が折れたんだ。いや、ただそれだけなんですけどね。
「すみません、体調がすぐれないので…。今日は失礼させていただきます」
「ああっ如月さーーーん!」
「まったく最近の部員ときたら…」

 まったくもってにっちもさっちもいかない。俺には好雄に泣きついた。
「だから誠心誠意謝ってだなぁ」
「だって話聞いてくれないんだもの…」
「かーっ情けねぇ!俺ぁもう幻滅しちゃったね。もう勝手にしろっつーの」
「そ、そこまで言うことないだろ!」
「おおぅその元気があれば大丈夫だ。それじゃ行ってこーーい!」
 なんか上手く乗せられた気がする…。いや、ここは気合いだ!気合いで如月さんに謝るんだ!!
「如月さんっ!!」
「あ、図書室に忘れ物…」
「ちょっと待ってってば!」
「いたっ」
「あ、ご、ごめん」
 俺が思わず腕を掴んだせいで、如月さんは痛そうに顔をしかめる。うう、だって仕方ないじゃないかぁ。
「暴力はやめてください…」
「ごめん!俺が悪かった!!だからもういい加減怒らないでくれよ、な?」
「べ、別に怒ってませんから」
 それだけ言ってすたすたと立ち去ろうとする。うう、どう見ても怒ってるよ…。
「き、如月さん…」
「…なんですか」
 すごく嫌そうな顔してるし…。ここはもう謝って謝って謝り倒すしかない!
「この通り、俺が全面的に悪かった。どうか許してほしい!」
「そんなこと言われましても…。特に謝られるようなことはありませんし…」
「こんなに謝ってるのに…」
「『とりあえず謝っておけ』という政治家的考えは嫌いです」
「どないせいっちゅうねん!!」
「私に聞かれましても…」
 如月さんはぷいと後ろを向くと逃げるように俺の目の前から消えた。ああーもう!
「ま、謝ればいいってもんじゃねぇよな」
「好雄てめえ…」

「おおロメオよロメオ、どうして貴方はロメオなの!?」
「それではジュリエッタよ、僕が山田太郎だったら良かったとでも言うのか!」
「それはイヤ」
 文化祭もだんだん近づいてきて、みんなの気分も盛り上がってくる。ただそんな中で如月さんだけが、『死んでも楽しんでやるものか』という決意のもと(俺にはそう見える)、黙々と作業を続けていた。
「あのさ如月さん…。一応部活なんだし、もうちょっとみんなの間にとけ込んだ方がいいんじゃないかな…」
「そうかもしれませんね。ご忠告どうもありがとうございます」
 ばか丁寧にそう言いはするのだが、その後も変わらず一人で効果音などを研究している。ああ、とりつく島がない…。
「そ、そういえば如月さんこの前のテストも上位だったよね。すごいね」
「それはどうも」
「あ、き、今日のそのリボン可愛いね」
「いつもと同じです」
「‥‥‥‥‥‥」
 すごすごと敗退する俺に、ジュリエッタの厳しい追い打ち。
「だいたい部長がハッキリしないのがいけないのよねー」
「1年にまでこう言われる俺って一体…」
「嫌ならなんとかしなさいよっ!あの人見てるとこっちまで気が落ち込んでくるんだから!」
「わあっバカッ!聞こえ…」
 ガタン! 見事に聞こえたらしい如月さんが席を立つと、そのまま出口の扉に手をかけた。
「きっ如月さんどこへ!?」
「…私はいない方がいいみたいですので…」
「俺はみんなに迷惑がられても強く生きてるぞ」
「先輩は黙っててくださいよ!おい、お前も謝れ!」
「べーだ」
「ち、ちょっと如月さぁぁん!!」
 ああ、なんてこった…。とうとう出ていってしまった如月さんを追って俺も外へ飛び出す。何でこうなったんだ、俺が悪かったのか?いや、今はそんなことを考えてる時じゃない。
 如月さんにはあっさり追いついて、階段の踊り場で何とかつかまえた。少し走っただけでなのに肩で息をしている彼女に声をかけようとするが、なんと言ったらいいものか。
「…私こんなことするために演劇部に入ったんじゃないんです…」
「いや、それはわかるよそれは」
 如月さんて真面目だなぁ。そこがいいとこなんだろうけど…。
「でも一応みんなで決まったことなんだしさ」
「そう…ですね。解ってます、私の我が儘でしかないですよね。私って嫌な女の子ですね…」
「いや…そこまで卑下せんでも…」
 俺は頭を振ると無理に笑顔を作って如月さんの手を取る。
「とにかく部室へ戻ろう!何にせよ最後の劇には変わりないんだし、楽しんだ方が得じゃないか!」
「それはできません…。私はプロレタリアが良かったんです」
「客が来ないってば…」
「お客の数のためにやるのが文化祭じゃないと思います…。でも私みんなの足引っ張るだけですよね。ごめんなさい、もう部活やめます」
「ち、ちょっと!!」
 一番聞きたくない言葉を言われてしまった。目を伏せて表情を見せないでいる彼女。
「駄目だ、如月さんがやめるなら俺もやめる!」
「ぬ、主人さんは部長じゃないですか」
「いいんだ、如月さんがいない部なんて!」
「…困ります…」
 しばらく沈黙が流れた。意気込んで断言した俺だが、泣き出しそうな顔で下を向いたままの彼女に、反動で熱気がすーっと引いていく。
「如月さん…」
「‥‥‥‥‥」
「わかったよ…。如月さんがやめたいなら仕方ないよ。でももう一度だけ考え直してくれないか?」
「…ごめんなさい」
 俺は小さくため息をつくと、もと来た階段を上っていった。
 如月さんはついて来てはくれなかった。

 そして文化祭当日。
「どーうした主人!暗いぞ、んー?」
「ほっといてくださいよ…」
 いつの間にか監督になってる先輩が実にうらめしい。俺がロメオといっても基本がギャグだし。
「はぁ…」
 如月さんがいろいろと細かいところを準備していってくれたおかげで俺たちは練習だけに打ち込むことができた。しかし彼女はもういない。あの時あんなにあっさり諦めないでもっと引き留めればよかった。多分まだこの学校のどこかで怒ってるんだろうな…。
「もう部長、しっかりしてよね」
「そうだぞ、ティーポット君やパセリ君を決闘で殺った極悪人だろう」
「もう寛大な斟酌なんて真っ平だ」
 しかし開始30分前になって、まだ神父役の奴が現れない。あいつが毒薬渡してくれないと話が成立しないんだが…。
「大変だ!あいつ寝坊して今家出たとこらしい!」
「何ぃーーーっ!!?」
 ああっ最後の最後までこんな目に!あいつの家からだと学校まで1時間はかかる。既に実行委員が準備をするように言いに来た。
「ううむ仕方ないなぁ。誰か出番が重ならない奴を代わりに出せ」
「いえ…」
 先輩の言葉を遮る俺にある考えが浮かんでいた。よりによってこんな時に不謹慎かもしれないが…。
「みんなごめん!少し時間をくれ!!」
「おい、主人!?」
 俺は弁論大会の最中の体育館に駆け込むと、大急ぎで彼女を捜し始めた。さすがに大声出すわけにもいかない。いや、諦めるな。必ずこのどこかにいるはずだ!
「主人くん!」
 小さく呼ぶ声が俺を振り返らせる。天の助けか虹野さんが、逃げようとする如月さんをしっかり掴んで手招きしていた。
「如月さん…」
「な、なんの御用でしょうか」
「頼みがある!」
 俺は如月さんに事情を説明した。彼女なら当然セリフなど余裕で覚えているだろう。いや、それ以上に。卑怯かもしれないが、やっぱり俺は如月さんと一緒に劇をしたい。
「で、でも私みんなと合わせたこともないですし…。かえって迷惑がかかるんじゃないかと…」
「如月さんの演技力は俺が一番知ってるって!」
「未緒ちゃん、ここでやらなかったら一生後悔すると思うな」
「沙希ちゃん…。そうですね、わかりました。私も覚悟を決めます」
 無表情でそう言うと、如月さんはなるべく俺の方を見ないように控え室へと歩いていった。しかし今のは何だか無理して感情を抑えようとしていたような…気がする。
 そして劇が始まった。

「うふふふふ…。だからこの薬を飲むんです。飲みなさいさあさあ」
 ぶっつけ本番だというのにまったくとちることないのはさすが如月さん、舞台に上がればもはや別人である。
「ぬう!計ったなこのウジ虫野郎ーーー!」
「わははははは」
 ほとんど勢いだけで劇は進み、神父様に怪しい薬を飲まされてジュリエッタは息絶えた。悲嘆にくれるロメオ(俺)は毒入りの美酒を飲み、ばたりと倒れた沈黙の後会場に寝息が響く。
「起きてくれ、ジュリエッタ」
 こうして拍手喝采の中劇は終わった。
 これで良かったんだろうか…。ま、いいよなウン。

「いやー悪い悪い!つい目覚ましが故障しちゃって」
「死刑」
「そんな怒らなくてもーーーっ!!」
 遅刻してきた馬鹿野郎を全員で袋にすると、俺は一人止めようとはらはらしている如月さんに向き直った。
「な…なんでしょう」
「ありがとう。如月さんのおかげで大成功だったよ」
「大成功といわれても…。確かに受けは良かったかもしれませんけど」
「はっはっはっ、そう言いつつ楽しかったろう」
「た、楽しくなんてありません!私がやりたかったのは…」
 部員みんなの目が如月さんに集中し、彼女は赤くなって沈黙する。それは演技ではないのだろうけど。
「まだ怒ってる?」
「さ、最初から怒ってなんていません」
「本当に?」
「は、はい…」
 彼女の顔をのぞき込む。眼鏡に隠されて見えないけれど。
「…自分は怒ってるんだ、と…思いこもうとしてただけだと思います…」
 彼女は小さな声でそう言った。本当に、演技の上手な人は自分も騙してしまうのだろうか。その訳を知りたかったけど聞けなかった。たぶん教えてはくれなかったから。
 でも、もしも俺の想像通りなら。
「…もう普通に話してくれるよね?」
「は、はい。私でよければ…。今までごめんなさい…」
「いや、俺の方こそ…」
 そこまで言ったとたん控え室に拍手が鳴り響く。部員たちが一斉にはやし立て、彼女はどうしていいかわからないような顔でおろおろしていた。
「いよっ!熱いねーご両人!」
「や、やめてください…」
「見せつけちゃってーこのこの!」
「やめて…」
「逃げよう、如月さん!」
「は、はいっ!」
 こうして俺たちの劇は終わり、彼女の小さな手が俺の手に触れる。奇妙な逃避行を祝うかのように、拍手はいつまでも鳴り響いていた。


「でもやっぱり如月さん劇上手だよね」
「そ、そうでしょうか…。ちょっと、恥ずかしいですね…」
「いやほんと、あの神父の不気味さはさすがだったよ」
「はあ…」
「特にあの笑い声なんて聞いてるこっちが背筋寒くなったもんな。いやぁさすが如月さん」
「‥‥‥‥‥」
「しかしあの怪しさ大爆発も君の才能があればこそ…如月さん?」
「すみません。用事を思い出したのでこれで失礼します」
「ああっ如月さんーーー!?」



<END>





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